国内小旅行記

広奈と行く信玄めぐり(甲府)




2002年7月20日


私こと、嵐を呼ぶ旅人直江雨続はついに長年の念願である甲府へとやってきた。

今回の旅の目的は、ずばり武田信玄めぐりである。

甲府といえば武田信玄、武田信玄といえば武田広奈だ(小説を読んでおくように)

というわけで、今回は連れの代理として広奈に登場してもらう。

では、広奈、自己紹介だ。

「はい、わたくし武田広奈と申します。小説をお読みの皆様にはすっかりおなじみですね。そうでない皆さんはこれを機にぜひ小説も読んでくださいね」

うむ、ナイス宣伝だ。では、早速レンタカーを借りて武田神社に行くぞ。


10時30分駅レンタカー


朝10時半、我々は甲府駅を出て、すぐ近くの駅レンタカーに駆け込んだ。

「雨続さん、なんという車を借りるんですか?」

うむ、今回はマツダの誇る主力コンパクトカー、デミオに乗ってみる。

「どうしてですか?」

前回秩父に行ったときはヴィッツだったからな、今回はデミオに乗って比較してみようという企画も兼ねている。

で、次回はホンダのフィットか日産のマーチ、あるいはトヨタのistなんかにも乗ってみたい。

要するにコンパクトカー乗り比べ、ってわけだ。

「なるほど、では今度わたくしの執事板垣が運転するマクラーレンF1ロードカーにもぜひ乗ってくださいね」

…遠慮しておこう。

ってわけで、デミオを6300円で借りた。


さて、そのデミオを駆ってまず向かったのは甲府駅から北に行った先にある 武田神社

かつてここには躑躅ヶ埼館があり、かの武田信玄公が本拠地としていた場所である。

詳しい説明はこれを見てくれい。

武田神社前の看板。

さて、広奈、躑躅ヶ埼館って読めるか?

「もちろんです。“つつじがさきやかた”ですわ」

よく出来ました。

が、ここで気になることがあるだろ、信玄って“館”を本拠地にしてたってこと。

普通戦国時代の大名と言えば、“城”じゃないのか?

織田信長は安土城、上杉謙信は春日山城、伊達政宗は青葉城、直江兼続は与板城、本多忠勝も大多喜城、真田幸村だってもともと上田城にいたわけだ。

それがなんで武田信玄は“館”なんだ?

「読者の皆さん、考えてみてくださいね」

……をい、お前に答えさせようと思ったのに、読者に振るな。

「だって、わたくしに聞いたところで知っているのは当然ですもの」

…で、あるか。ならば説明しよう。

戦国時代の大名といえば、堅固な城を本拠地とするのが一般的だが、武田信玄の場合「人は城、人は石垣」の名文句で知られる通り、本拠地に城を構える事はしなかったのである。

では攻められたらどうするかというと、武田信玄は「攻められる前に国の外に出て戦う」のを基本方針にしていたわけ。

だから「人は城、人は石垣」ということで、本拠地に城なんか必要なかった、とまぁ、この辺からも信玄公の名将ぶりがよく分かるお話。

ついでに言うと普通戦国大名って、国外の敵のほかに自分の部下の裏切りを警戒する意味でも、本拠地に堅固な城を構えておくのが常識だった。

が、信玄はそれをしなかった。

つまり、信玄が治めているかぎり甲斐の国で部下の裏切りは有り得ない、と言う自信の表れでもあったわけ。

ちなみに信玄の死後跡を継いだ勝頼は城を築いて本拠地にしたけど、あっさり信長に滅ぼされてます…。

で、前置きが長くなったがその武田神社である。

武田神社前

まぁ、写真を見てもらえば分かる通り、ぱっと見普通の神社である。

しかし、石垣と堀があるし昔はそれなりに城としての機能を持った館だった事が伺える。

入ってみるとまず目に付くのが家紋の武田菱をあしらったものが随所にあるって事。

灯篭から水飲み場?から瓦に至るまで、武田ファンなら感涙ものである。

ここで手と口を清めるのです。
武田神社の灯篭。
そして掲示板には武田信玄祭りのポスター。

奥に進んで社に行くと、・・・まぁ見ての通りの光景である。

武田神社の本殿

そしてこの巨大杯には武田二十四将の歌が・・・。

歌があるんですねぇ〜。

いや、凄いです、ほんと。

「わたくし、唄ってみたいですわ」

……あとにしてくれ。

さて、目を転じてこちらはお守りやグッツを売っているところ。

武田神社のお守りや風林火山の旗、軍配などなど、思わず欲しくなるグッツが目白押し。

さすがにこんな序盤で買い込むと後の楽しみがなくなるかなぁと思ったので写真だけで我慢。

信玄グッツの数々。
広奈の必殺技『風林火山』で使用する軍配はこんなのだろうか。

その後武田神社の宝物殿にGO。

そこで、まぁご覧の通りの宝物の数々を閲覧。

信玄直筆の運気の書。木火土金水の五行が書いてある。
つまり、信玄公って陰陽五行説にも詳しかったのだ。
信玄公のお姿。
武田二十四将。

満足して神社を後にすると向かいにいかにもという感じのお土産屋さんが・・・。

で、行ってみた私を驚愕させ、むしろ爆笑させたのが武田信玄キティちゃんグッツ。

甲斐路キティだそうです。
おなじみ風林火山の旗も売っております。
武田神社前のお土産屋さんかぶとや。

な、なんなんだこれは・・・と思いつつなぜか購入している自分(笑)

そして程よい値段で売っていた風林火山軍配(というかうちわ?)も合わせて購入。

これらは現在職場の机を飾っている。

ちなみに広奈嬢はここで巨峰ソフトクリームを購入。

私も一口食べてみたが、あまりうまくなかった。

やっぱソフトクリームは函館のキクチのが一番うまい。

「ですわね」

広奈嬢からも同意が返ってきた。

というわけで、12時をまわったところで武田神社を後にしデミオ君に乗って今度は武田信玄の菩提寺である恵林寺へドライブ。

ちなみに恵林寺と言えばもうひとつ。

織田信長の軍に恵林寺全山が焼かれたときに三門楼上で快川国師が唱えた言葉「心頭滅却すれば火もまた涼し」でも有名である。

さて、デミオ君の乗り心地だがヴィッツと比べても見劣りしない。

というかこのクラスで乗り心地に差が出るとも思えないが、ともかく普通に運転する分には普通に扱えて乗りやすい車である。

心頭を滅却すればデミオもまたセルシオって感じだ。

但し、ヴィッツと比べるとブレーキの遊びがなくて、少々ブレーキングに気をつかう感じ。

エンジンからはスポーツマインドはほとんど感じなかったがそれは酷と言うものだろう。

このクラスならばまず燃費なのだから。

あ、それから不満がもう一つ。

前回かりたヴィッツはCDプレイヤーがついていたが今回はカセットのみ。

ドライブするんだから、と思って前日CDを買ったのだが思いっきり無駄になってしまった・・・。

「ところで、誰のCDを買ったんですか?」

…河村隆一。

「あ、雨続さんの十八番は河村隆一の『Love is…』でしたよね。ふふっ、わたくしも聞いてみたいですわ」

バカの愛野郎を歌ってくれたらな。

「ネタが分からない読者さんはセンゴクマンの第七話、読んでくださいね」

よし、ナイス宣伝だ。

話はデミオに戻るが、前回ヴィッツのときは料金をプラスしてカーナビのついてるのにしてもらったが、今回はカーナビ無し。

よって助手席の広奈のナビでドライブする事になる。

広奈は手に持った“るるぶ”の地図を見ながら進路を指示、私はそれに従ってデミオを走らせて行く。

で、あんまり広くもない道を30分ほど走ると恵林寺に到着。

「あ、ここが駐車場みたいですよ」

なぬ?

…が、私は思いっきり通過してしまった。

「雨続さん……」

広奈の視線が痛い。

仕方ないのでローソンに車を止めて、飲み物を買うなどしてごまかした後、Uターンして駐車場へ。

何やら細こい道をくねくね進んで境内脇の駐車場へデミオを停めて恵林寺にGO。

で、早速入場料を払って恵林寺内見学ツアー。

いかにも歴史のある古刹らしく、そりゃぁもう古刹であって、古刹でした。

「よくわかりませんが…」

いいの。写真を見て頂戴。

恵林寺。

どうでもいいが、恵林寺って“えりんじ”って読むのだが、これワープロだと変換されないので、“めぐみはやしでら”と打ち込んでいる。

めぐみはやしでらって、林原めぐみ(声優)を連想するなぁ。

「どうでもいいですわね、確かに」

うぐぅ。

「それより、ここは武田信玄公の墓所なんですから。ちゃんとお参りしましょう」

うむ。それがこの旅の一番の目的だからな。

「本当ですか? わたくしが聞いたところによると『風林火山』の旗を買うのが一番の目的とか?」

大差はない。

ささ、早速お墓参りだ。

武田信玄公のお墓です。
お墓の前にあった案内の看板。信玄じゃなくて晴信と紹介してる。

早速手を合わせお参り。

「お館様をネタに小説書いてます、すいません」

何故か懺悔する作者。

「わたくしが生まれたのも信玄公のおかげです。ありがとうございます」

感謝する広奈。

・・・ふぅ、しかしこれ後何回やればいいんだろうか(笑)

とりあえず米沢に行って直江兼続の愛の兜を見たいし、上田駅前の真田幸村の馬上像も見たいし、平将門の神田明神なんかにも行かないとなぁ、などと考えつつ。

(ちなみに伊達政宗の墓所瑞鳳殿には2000年夏に行ったことがあるぞ)

にしても恵林寺の庭はとても素敵。

写真で見て頂戴。

恵林寺の庭。

そんな感じでぐるっと一回りして再び入り口付近。

おおっ、なんだこれは・・・。

立体絵巻物?
さらに掛け軸には風林火山。

素敵だ。

「わたくしの家の内装みたいですわ」

…どんな家だ。


んで、期待に胸躍らせつつ向かったのが、恵林寺の宝物殿。

で、実際そこは私にとってお宝の山!

本物の風林火山の旗や諏訪大明神の旗を筆頭に武具やら鎧やら手紙やら、かなりの品揃え。

本物の旗がこれ、このように。
信玄所用の軍配。結構有名なものらしく私の持ってる資料本にも掲載されてます。
広奈の必殺技『風林火山』で使用する軍配って、つまり、これか?

「はぁ〜これりゃお宝の山だねぇ〜よいよい♪」

思わず合いの手を入れたくなるところでした。

で、中でも私を大いに喜ばせたのが武田家伝来の家宝「楯無」の鎧(レプリカ)でした。

何でかと言うと…。

「わたくしが着ているのがこの「楯無」だから、ですわね」

うむ。

なのでこれは読者にも是非お見せしたい、と思った私はぱしぱし写真に収めたのである。

「楯無」の鎧(レプリカ)。綺麗なもんでしょう? これを着た広奈の姿を想像してくださいませ。
楯無の説明。

さて、楯無の説明の写真を良くご覧ください。

途中「御旗楯無も照覧あれ」って武田家誓盟の言葉が説明されている。

これが広奈の変身セリフの由来である。

説明に書いているが、信玄の時代、この鎧は甲府の鬼門鎮護に使われていた。

それだけ、神聖なものだったって訳。

「そうだったんですか。初めて知りましたわ」

ありがたみが増したろう?

「はい」

というわけで、大満足で宝物殿を出ると、よく見れば風林火山の旗がひらめいているではないか。

「凝ってるなぁ」と思いつつまた一枚。

宝物殿の入口。まるで本陣である。

さて、ここでおなかもすいてきたことだし、お昼にしようと思って私が向かった先が、 [信玄館]ってお店。

信玄館。
信玄館にあった信玄公の像2連発。

私は事前にここのHPを見ており、ここのほうとうを食べてみたい、と思っていたので早速レストランへ。

が、無情にも予約していないと食べられません、との事。

そこはお土産屋さんも兼ねていたが、意気消沈した私は何も買わずにふらふらと恵林寺へと戻っていったのでした。

あ、ちなみに広奈はここでなにやらお土産を購入していた模様。

「はぁ〜、がっかりだよ。車に戻ってどっか適当なお店探そう」

「そうですね」

と思って駐車場に向かった私の目が、隼のように獲物を見つけ出した。

そう、境内にも売店、というか食堂があり、そこでもほうとうの文字が躍っていたのである。

「うし、ここにすんべか」

と空腹に耐え兼ねていた私はそのままふらふらとお店の中へ。

「ほうとうください」

「ほうとう10人前ください」(嘘)

で出てきたのがこれ。実際私もほうとうと言うのがどういう食べ物なのかよく分かってなかったが、まぁ、味噌煮込みうどんって感じである。

ほうとう。ほうとう士元というギャグが分かる人は三国志好きです。

一口食べてみる。


「こ、これは・・・」


正直に言ってしまおう。私はあまり期待していなかった。

名物にうまいもの無しとも言うし、せいぜいネタになるかな、ぐらいの気持ち、そして楽しみにしていた信玄館じゃなかったことで、駄目でもともとの気分だったのだ。

が、しかし、

「うまいじゃないかミッターマイヤー」

私の口から驚嘆の声が漏れたのであった。

「あら、おいしい」

広奈も満足の様子。

もちもちした麺と味噌の味がとても良く合い、かぼちゃや大根にも味が染みていてとてもおいしい。

冷房の効いた店内であつあつのほうとうという取り合わせもまた良し。

さらには私の好きなきのこ類も入っていて大満足である。

「ふぃ〜、うまかったぁ〜。あ、おばちゃん麦茶のおかわりください」

と、すっかりくつろぐ私。

こんなうまいものだったとはなぁ、とちょこっと感動。

というわけで晩御飯もほうとうを食べる事になる。

が、それはまだ先の話。

ちなみに私はこの食堂の売店で「風林火山の旗(大)」を購入した。

現在私の部屋にでかでかと飾ってある。

「素敵なお部屋…」

そう思うのは私とお前だけだ。


こうして満腹になった私は恵林寺を後にして、再び広奈のナビでデミオを走らせた。

目的地は河口湖。

何しに行くかと言うと富士山を見に行く。

そう、武田信玄巡りと並ぶ今回の目的がこれ。

なにせ北海道人の私はまだ富士山を間近で拝んだ事はないのだ。

カナディアンロッキーやアルプスは間近で見たくせに、富士山はまだなのである。

というわけでデミオを快調に走らせ、所々で道に迷いつつも河口湖近辺までやってきた。

で、どうするか・・・。

どっか適当な所に車停めて、湖越しに霊峰富士を眺め倒してやろう計画であった。

しかし、そのどっか適当なところがない。

仕方ない、広奈、車の中からでいいから写真頼む。

「はい」

助手席の広奈撮影、富士山と河口湖。
助手席の広奈撮影、富士山その2。

そうこうしているうちにデミオは湖を半周し、道の駅に到着。

が、湖を半周するとどうなるかと言うと、湖越しの富士は不可能。

我々は湖と富士の間に立っているのであった。

「・・・意味ないじゃん」

しかも、湖半周ドライブを敢行しているうちになにやら急に霧が出てきて富士山を覆い隠していたのである。

富士山はすっかり濃い霧の中。

「・・・それ以前に見えないじゃん」

雨こそ降らなかったものの、やっぱりお天気の神様と相性のよろしくない私であった。

「さすがですわね」

心底感心されてもあまり嬉しくない。

道の駅にてデミオ君の勇姿。

そんなわけで道の駅で一休みしたあとは、今度は甲府に帰るだけである。

せっかくだから上九一色村を通っていこう。

とドライブルートを広奈に告げ、そのナビの元デミオは快調に甲府に向かった。

それにしても途中の道はず〜〜っと下りで、ほとんどアクセルを踏まず走破できて面白かった。

やっぱダウンヒルって面白いなぁ、と思いつつ。

そして5時ごろに甲府駅前に到着。

一旦ガソリンスタンドで満タンにしてからデミオを返すのだが、ここで私はガソリンスタンドの場所が分からず、というか道を一本間違えて延々と遠回りすると言う大ボケをかましてしまった。

「さすがですわね」

だから、褒めるな、頼むから。

で、15分ほど市内をドライブ(?)してからようやくガソリンスタンドに辿り着き、給油。

結局メーターが39269キロから39392キロだったので123キロ走った事になる。

で、ガソリン代が900円強と千円を切ったのはうれしい誤算。

デミオの燃費もなかなかよろしいようだ。

さて、車を返したが、夕飯までにはちょっと時間があるな、と思ったので、散歩する事にした。

目的地は城跡公園。

で、その途中でガイドブックにも載っていた和菓子屋さんがあったので寄ってみる事にした。

ここがその和菓子屋さん。 桔梗屋

  で、入っていろいろと物色していたら、お茶とゼリーの無料サービスがあった。

ありがたく頂く。

と、

「う、うまいじゃないかミッターマイヤー」(本日二回目)

思わずゼリーの棚を指差し店員さんに聞いた。

「このゼリーってどれですか?」

で、そのゼリーを購入。 ほかにもドラヤキとか饅頭とか最中とか桔梗信玄餅(名物らしい)とかを購入。

食後のデザートである。

で、城跡公園である。

なんというか、何にもなかった(笑)

ただ、景色は良かったので写真をどうぞ。

城門らしい。
城門その2。
てっぺんからの眺め。

  かくして夕御飯の時間である。

どこへ行くかと言うと小作ってお店。

何を食べるかと言うとまたまたほうとう。

しかも今回は焼き豚入りほうとう。

ここで晩飯を食べました。
焼き豚入りほうとう。

  昼間とは倍くらいの量のほうとうが出てきた。

しかもジャガイモとかかぼちゃの大きさたるや、物凄い固まりでごろっと入っている。

「お、多いじゃないかミッターマイヤー・・・」

と、思わず絶句。

「全然足りませんけど」

お前の基準で言わんでくれ。

小食の私にとってはぎりぎりの戦いになりそうである。

で、結局僅差で敗北。

「もう駄目だ…。広奈、残り食ってくれ」

「はい」

パクパクパクパク…。

さすがである。

さて、このほうとう、味はというと最初はおいしかったが、中盤を過ぎるともはや味どころではなく、厳しいだけであった。

昼間ぐらいの量がちょうど良いという事がよく分かった。

あと、別に頼んだ豚串はとてもうまかった事を付け加えておこう。

こうして甲府一日観光は幕を閉じたのである。

めでたしめでたし(雨が降らなかったからである)

では、次回また私がどこかに出かけたらお会いしましょう。

「さようなら。また小説でお会いしましょうね」

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