五行戦隊センゴクマン外伝
ファン投票3冠記念特別作品
|
そんな、ピンク色の戦場に、デパートの地下のチョコレート売り場の前に、とびきり人目を引く美貌の少女が居た。 少女の名は明智瑠華。しかし、ときめく気持ちを胸に秘め、チョコレートという最終兵器を買いあさる女性たちと比べ、その表情は明らかに場違い。 完璧な調和を誇る美しい顔には、無表情という名の表情が張り付いたまま。 そんな瑠華の肩をぽむ、と叩くと、瑠華にこんな状況を強制した張本人、立花なつめは、勤めて明るくこう言った。 「さ、瑠華ちゃん、どれ買う?」 瑠華が通う函館白楊高校の校医にして、センゴクマンの諜報員にして、峠の走り屋という、良く分からない肩書きを持つなつめは、もう一つ、瑠華の同居人という立場でもあった。 今日はそんな立場を利用し、生活必需品を買い込むから付き合え、という口実で瑠華を連れ出していた。 「…話が違うのではないか?」 無表情の上に若干の不機嫌さをミックスして、瑠華が応じる。 「まぁまぁ、これだって大事な買い物よ」 目の前に広がるチョコレートの山、また山。 「…特に必要性を認めないが」 しかし、当人はいたって関心、無し。 「まぁまぁまぁ、そんなこと言わずに、一個くらい買ってみたら? これなんかどう?」 「なつめ、私はそういう……」 「まぁまぁまぁまぁ」 「いや、だからな…」 「まぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁまぁ、いいじゃないの。なんたってバレンタインなのよ? 若いのよ? 青春なのよ?」 「……………………………ふぅ」 なるほど、最初からこれが目的だったのか。 遅まきながらなつめの作戦に気付いた瑠華は、仕方なく財布を取り出した。 こういう場合、なつめは妙に頑固だから、ポーズでも安いやつでも買ってみせるしかない。 財布の中には福沢諭吉さんが一枚。細かいほうは347円保持。 「………ふむ」 こうして瑠華は値段だけを判断基準に、300円のチョコレートをひとつ購入した。
チョコレートを買うことで、気付く思いもまた真実。 ひとつだけ買ったチョコレート、誰に渡すかと考えたとき、やはり、瑠華の脳裏に浮かんだのは、誠実で健気で不幸な、例のあの人だった。 バレンタイン、それは好きな男性にチョコレートを贈る日。 女の子が自分の気持ちを伝える、一年に一度の特別な日。 そんなことは、さすがに瑠華だって知っている。 本命には手作りチョコを渡し、友達には安い義理チョコをばら撒く。 それが世の常だということだって分かっている。 だが、これまでずっと、好きだの惚れただの、そんな話とは無縁なところに自分をおいてきた。 それは、今更変えられるだろうか。 そういう意味で、瑠華は臆病だった。
ごく平凡で善良な高校2年生。瑠華のクラスメイト。 特に美形というわけでもない。武道を修めているわけでもない。勇敢とも言えず、知略に秀でているとも言えず、周りの人間を引っ張っていくカリスマがあるわけでもない。 ただ、よく身の程を知り、ほかのメンバーの足手まといにはなるまいと、健気に、そして必死に戦う姿が、センゴクマンのお目付け役である瑠華にとって好ましく思えていることは確かだ。 だからと言って、自分が本当に春樹に対して恋愛感情を抱いているかというと、それは良く分からない。 だから、あえて安いチョコレートを買い、自分の気持ちをごまかそうとした。 義理チョコだと受け取られても構わない。 なにより、なつめの目の前で春樹のためのチョコレートを選ぶなんて、瑠華には恥ずかしくて出来なかったのだ…。
明智瑠華は憂鬱な表情でため息を漏らした。 チョコレート、なつめのごり押しに負けて購入したはいいが、果たしてこれをどうするべきか。 春樹に渡すことは決めたのだが、いかんせんこの手のことに免疫の無い瑠華である。 チョコレートを渡すタイミングがつかめない…。 さらにチョコレートを渡すところを誰かに見られるのだけは避けたいところだった。 となればやはり放課後、どこか屋上あたりに呼び出して渡してしまうか…。 しかし、呼び出すとなれば休み時間あたりに春樹に声をかける必要があるし、それを誰かに聞かれたら、ちょっと困ったことになりかねない。 「…ふぅぅ」 再びため息。 いっそこっそり手紙を渡して呼び出すか? そんな事を考えていた瑠華、知らず知らず前列右側の席に座っている春樹のことをジーッと凝視。 と、春樹が消しゴムを落とし、それを拾おうとしてふと瑠華と目が合った。 「(どきーん)」 ばっ、と慌てて目をそらす瑠華。 どきどきどき。 (な、何を動揺しているのだ、私は…) なにせ誰かにチョコレートをあげること自体、初めての経験となる瑠華である。 世の中の娘たちが毎年どんな思いをしているのか、少しだけ、分かった。
ついに、瑠華が重い腰を上げた。 ちょうど春樹の周りに誰もいなくなったことを見計らって接近。 とりあえず、手には文庫本を持ち、その陰にチョコを隠してある。 「伊達…」 ちょっとためらいがちに呼びかける。 「あ、明智さん」 春樹は生真面目に向き直った。 そして、何かご用ですか? と小首を傾げて瑠華を見つめる。 純朴そうな瞳がぱちぱちと二度まばたき。 「……あ、その…」 真正面から見つめられ、瑠華は早くも絶句していた。 なにせ、こんなシチュエーションは生まれて始めてである。 焦るのだが、なかなか次の言葉が出てこない。 「………?」 春樹の首の角度がさらに5度ほど傾いた。 「…………………………………………」 たっぷり3秒は固まっている瑠華に、ようやく春樹も気付いた。 (もしかして、明智さん…。ひょっとして、まさか、僕にチョコレートを?) 途端に二人の間の空気に緊張感が増す。 春樹の心臓が早鐘のように打ち鳴らされた。 どきどきどきどき。 (こ、こういう場面ではなんて言えばいいんだろ。「僕にチョコをくれるの?」じゃ図々しいよね、やっぱり黙って待ってたほうが…) 「…………………………………………」 「…………………………………………」 西日が教室の窓から差し込み、二人を照らす。 無言で見つめあう春樹と瑠華。 瑠華の頬がほんのりと赤く染まっているのは、夕陽のせいだろうか…。 と、ついに瑠華が動いた。
そう言って本の陰から、何かを取り出そうとするそぶり。 その時、二人のほかは誰もいないはずの教室に、突如笑い声が響く。 「んふふふふふふっ、青いねぇ、青い青い…。青春の一ページだねぇ」 「だ、誰?」 思いっきりびっくりした春樹が振り向くと、そこにはハート型のチョコレート。 …ただし、人間大で手足が生えている。 「我輩はチョコレート怪人。この学校で一番ピュア〜な心がこもったチョコレート、早速頂いて我輩のパワーアップの糧としてやろう〜。んっふっふ〜」 「ちょ、チョコレート怪人!?」 どうしてこんなときに、と春樹が思う間もなく、瑠華の手の中からかわいらしい包装がされたチョコレートが勝手に飛び出してきた。 「んっふっふ〜、ちょこげっちゅ〜♪」 飛び出した瑠華のチョコを、チョコレート怪人がキャッチ。
「は、はいっ」 そして春樹は高々と叫ぶ。 「変身! センゴクブルー!!」 シャキーン! ナレーション:「紺碧の狙撃手(スナイパー)、センゴクブルー!」 すちゃっ。 ナレーション:「センゴクブルー、一人だけで登場である」 「なんとっ。貴様はセンゴクブルー、こんなところで、しかもたった一人で我輩と戦う気か? ちょうど良い、仲間が来ないうちに葬ってやろう、んっふっふ〜」 チョコレート怪人はそう言うと早速春樹に攻撃開始。 『喰らえ、義理チョコ爆弾!』 ぽいぽい 投げられたチョコレート形の爆弾、いや、爆発するチョコレートが春樹と瑠華を襲う。 「明智さん、危ない!」 「くっ」 ちゅどーん。 「うわぁぁぁっ」 とっさに瑠華をかばった春樹が直撃を受けてしまう。 「伊達っ!」 「だ、大丈夫」 そしていざ反撃しようと火縄銃を構えた春樹は、前方に広がる景色に言葉を失う。 なんと、いつの間にかチョコレート怪人の前にはふわふわと無数のチョコレートが浮かんでいたのである。 「ふっふっふ、秘技『本命バリア』。ここにあるのは今日この学校で我輩が奪い取った“本命チョコ”の数々。お前にこれが撃てるか? 純な女子高生の想いの詰まった本命チョコをよもや撃てはすまい」 「な、なんて酷いことを…」 銃口をチョコレート怪人に向けた春樹が絶句して固まってしまう。 「んっふっふ〜、どれ、バリアをパワーアップさせるか」 そう言うとチョコレート怪人は、瑠華のチョコを手に持ち、怪しい変身台詞を叫んだ。 『本命チョコパワー、蒸〜着っ♪』 すると瑠華のチョコからきらきらの光があふれ出し、それが帯のように伸びるとふわふわ浮いていた本命チョコの数々をつつみ、それらが次々とチョコレート怪人の身体に張り付いていく。 『完成。本命鎧〜』 なんと、チョコレート怪人の身体は一面本命チョコに覆われてしまった。 その中心には瑠華のチョコレート。 「そんな、これじゃ攻撃できない…」 春樹、大ピンチ。 「伊達、私のを撃て」 「えっ?」 突然の瑠華の指示に春樹は言葉を失う。 「早くしろ!」 「で、でもあれは…」 戸惑う春樹。 そしてそれを助長するかのようにチョコレート怪人がささやく。 「そうだ、センゴクブルー。これはその女にとって生まれて初めて買ったバレンタインのチョコレートだ。これほどピュアで貴重なチョコレートは他にはないぞ〜。んっふっふ〜」 「…そんな」 「馬鹿者、センゴクマンの任務に私情は持ち込むな。撃て!」 しかし、春樹はふるふると頭をふった。 「駄目。そんなこと出来ないよ」 こう見えて、春樹は頑固で一途なところがある。 このときの春樹はまさに頑固一徹。重いコンダラを背負ってしまっていたのである。 だが、それを見逃してくれるほどチョコレート怪人は甘くは無かった。 「我輩の体は甘いが、攻撃はビターだぞ。ほれ、義理チョコ爆弾」 ぽいぽい。 再び投げられた2つの義理チョコ爆弾。 だが、それが春樹に到達する前に、頼もしい声が立て続けに響く。 『護身氷壁!』 『金剛障壁っ!』 ちゅどちゅどーん。 チョコレート爆弾の爆発は、春樹の目の前に出現した氷と鋼、二つの壁に阻まれた。 「何をしている春樹、隙だらけだぞ」 「危機一髪ね。感謝しなさいよ、ハル」 春樹のピンチを救ったのは、直江輪と本多美亜子。否、すでに変身済みのセンゴクブラックとセンゴクホワイトだった。 共に武道の達人で長身の美男美女。幼馴染の腐れ縁で、息もぴったり。センゴクマンの中核をなす二人だ。 教室の後ろ側の戸から入ってきた二人の姿を見、瑠華の顔に安堵が戻る。 「よし、いっせいに攻撃しろ、急いで倒せ!」 そんな瑠華の指示を待つまでも無く、二人は防御から反撃へと転じようとしていた。 だが… 「待って! あれはみんなのチョコレートなんだ。攻撃しちゃ駄目だよ!!」 そんな春樹の声に、輪と美亜子の手が止まる。 チョコレート怪人の全身をコーティングする本命チョコの数々、それは百戦錬磨の輪と美亜子をすら躊躇させる鉄壁の鎧となってしまった。 「くっ、姑息なまねを…」 「なんて卑怯な」 状況が飲み込めると、二人は打開策を必死で探した。 どこかに隙はないか、何か打つ手は無いか。 「真ん中を撃て。あれは…」 私のだから問題ない。たかが300円のチョコレートだ。 瑠華がそう言おうとした、その時。 「遅れてすまん! っていきなり『爆炎拳!!!』 」 教室の前方の扉を開け、アホが一人乱入。 奇襲を意図したらしく、センゴクレッドこと真田淳二は登場と同時に特大の炎を撃ち出した。 超高温の炎、それは確かにチョコレート怪人にとって最大の弱点である。 全身を覆う本命チョコの数々もろとも、チョコレート怪人が文字通り“チョコレート灰燼”と化しかけたその瞬間。 「駄目ーーーーっ!!!」 ゴールを守る若林君も真っ青の超反応で、春樹は炎の正面に立ちふさがった。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」 直撃。そして春樹の悲痛な叫び。 「馬鹿なっ」 絶句する瑠華。 春樹は身を挺してチョコレート怪人を、否、みんなの大切なチョコレートを守ったのだ。 だが、代償はあまりにも大きかった。 「駄目…、これはみんなの…、明智さんの…、大切な…」 春樹はひざから崩れ落ち、ぱったりと倒れ伏してしまった。 「春樹ッ!」 「ハル!?」 「にょぁっ??」 凍りつく輪と美亜子。焦る淳二。 「何故だ!?」 たかが300円のチョコレートの為に、あそこまで…。 瑠華には理解不能だった。 理性では理解できないが、その反面、なぜか瑠華はどうしようもなく心が揺れているのを感じていた。 一方、一瞬死の恐怖を味わったチョコレート怪人は、3人が驚く間にショックから立ち直っていた。 そして、この場合最も有効な戦術を選択した。 「動くな。動けばこいつの命は無いぞ」 そう、お約束の人質作戦である。 意識の無い春樹の首筋に、なにやらチョコレートで出来た槍(?)を突きつける。 「さ、武器を捨てろ。でないと、こいつの血でチョコ槍の“トンボ義理”をトッピングすることになる」 何たる卑劣っぷり、何たる見事な悪役っぷり。 まさに怪人の中の怪人。完璧である。 「ってか、なにそのトンボ義理って!? パクリよパクリ、悪質なネーミングだわ」 美亜子は武器の名前に対し、怒りをぶちまけていたりするが…。 「そんな事を気にしている場合か」 たしなめるように輪がそう言っても、逆にチョコレート怪人に喜ばれるだけだった。 「左様。細かい事を気にしている場合ではないのだ。早速だが、武器を捨ててもらおう。その本家“蜻蛉切”をな」 「くっ…」 センゴクマン(特に美亜子)絶体絶命のピンチ。 このままチョコレート怪人の卑劣な人質攻撃の前に、戦線は崩壊してしまうのか? しかし、センゴクマンにはあと一人、最強の御方がいる。
そして、金色に輝く矢は狙い過たず、チョコレート怪人の胴体のど真ん中を、瑠華のチョコレートを容赦なく射抜いていた。 「そんな、馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「やれやれ…」 ほっと胸をなでおろす美亜子と輪。 「ひ、広奈ちゃん…、いま矢がオレの頬をかすめたんだけど…」 冷や汗をダラダラかきつつ、淳二が振り返る。 そう、センゴクマン最後の一人、センゴクイエローこと武田広奈はちょうど淳二を遮蔽物に使い、チョコレート怪人を狙い撃ったのだった。 「淳二さんの軽率な行動に対するお仕置きですわ」 ぴしゃりと言われて、淳二はさらに青くなった。 「す、すんませんです…」 「謝るなら春樹さんに」 「ははーっ」 すでにリーダーの面目はまったく無かった。 真田淳二、やはり広奈様には逆立ちしたって敵わない事を、いつもながら痛感した。
そう、ちゃんと持ち主の元に戻ったのである。 「伊達!」 倒れた春樹のもとに慌てて瑠華が駆け寄る。 火傷と炎の衝撃でひどい怪我だったが、命に別状はなさそうだ。 それに、センゴクブルーは生命力の象徴たる“木”の戦士、すでに超回復も始まっていた。 「全く…、どうして…」 かすれるほどの小声で、瑠華は意識の無い春樹に呟いた。 ゆっくりと抱き起こそうとすると、春樹のてのひらから、瑠華のチョコレートがぽとりと落ちた。 広奈の矢が貫通し、包装はぐちゃぐちゃ、中身はばらばらに砕けている。 しぶしぶ買った300円のチョコレート。 こんなものを守ろうとして、伊達は…。 瑠華は、それを拾い上げ、しばらくじっと見つめていた…。
そして頭を下げる。 「御免なさい。瑠華さんの大切なチョコレート…」 「いや、構わん。どうせ安物だ」 自嘲気味に瑠華はそう呟いた。 そして、広奈に言ったのか、独り言なのか、さらに小声でもう一言。 「分からん。なぜ伊達はああも愚かな行動をしたのだ…。たかが300円のチョコレートを撃つのをためらうとは」 すると広奈は、やんわりと微笑むと、たしなめるように瑠華に告げた。 「瑠華さんのチョコレートだからですよ」 「私の?」 瑠華は驚きの表情で広奈の顔を凝視した。 「春樹さんはきっと嬉しかったんだと思います。チョコレートそのものよりも、それをくれた瑠華さんの気持ちが。だから精一杯の行動でそれを守ろうとした」 それを聞いて瑠華は黙りこくる。 (私の気持ち…。300円のチョコレートが私の気持ち?) そして、まだ意識の無い春樹に目をやった。 その目は春樹に対する申し訳なさと、なにより強い後悔に満ちていた。 そんな瑠華の心情を広奈はよくよく分かったらしく、そっと背中を押すように一言。 「瑠華さん、春樹さんには改めて別のチョコレートを贈ってくださいね。今度は、もっとしっかり瑠華さんの気持ちを込めたものを…」 広奈の言葉に、瑠華ははっとした表情を浮かべた。 (そうだ、私は本当はあんな安物をあげたかったわけじゃない。あんなの私の気持ちじゃない。私は…、私の気持ちは…) 「後は頼む」 瑠華はそれだけ広奈に告げると、慌てて教室から走り出た。 「ふふっ、頑張って、瑠華さん」 にっこりと微笑んで、広奈は瑠華の後姿を見送った。 そして少しだけさびしそうに呟く。 「でも、ちょっとだけ妬けてしまいそうですわね…」
慌てて教室を飛び出した瑠華を見送り、広奈に質問。 「瑠華ってばどうしたの?」 「春樹さんの真心が、瑠華さんにようやく伝わったんです」 にこにこと広奈は嬉しそうに答える。 「ふぅ〜ん。なんか知らないけど、いい感じなんだ?」 美亜子はなんとなく、分かったような…。 「? 良く分からんな。まぁ、いい、俺は帰るぞ」 輪は特に興味なし。っていうか、とっとと家に帰って、綾瀬の手作りチョコレートを堪能したいというのが正直な気持ちである。 「それじゃ、あたしも帰ろうっと」 (早いとこパパにチョコレートあげないと泣きそうだし…) というわけで、美亜子も帰宅組。 「えっと、オレは…」 「春樹さんを介抱してあげてくださいね」 すかさず広奈にそう言われ、淳二は引きつった顔でこくこくと首を縦に振るだけだった。
たとえ地球の平和を守るセンゴクマンだろうと、普段は高校生。 生真面目な春樹のこと、学業にも決して手を抜いたりはしないのだ。 でも、今日はちょっと勝手が違った。 「…ふぅ」 どうも勉強が手につかず、ため息ばかり出る。 原因は、放課後の出来事だ。 瑠華のチョコレートをもらいそびれてしまったことが、春樹が落ち込んでいる理由だった。 自分のせいで仲間をピンチに追い込んだあの行動。きっと瑠華を幻滅させただろう。 しかも、なんとしても守りたかったあのチョコレートは見事に破壊されたらしいし、目がさめたら瑠華の姿はなかった。 (やっぱり、嫌われちゃったかな…) そう思うと、とってもやるせない気持ちになる。 「…はぁ」 またまたため息。 実際、瑠華のチョコレートがもらえそうになり、すごく嬉しかったのは確かなのだ。 それを、すべて台無しにしてしまった。 (どうしてもっとうまく立ち回れなかったんだろう…) 結局、大切なものというのは無くしてみて、はじめてその価値が分かるのだ。
『まかなまかなまかな〜♪』 「えっ? 緊急招集?」 慌てて手にとって見ると、メールが一通。 「明智さんから?」
たったそれだけの短いメール。
扉を開けると、雪の降りしきる中、下宿の前の街灯の下に、ひっそりと瑠華が立っていた。 粉雪と街灯の光が、瑠華を彩る。 冬物のファッション雑誌から抜け出したような、コート姿の瑠華の美しさに、春樹はしばし目を奪われた。 瑠華は、無言。 2月の函館は氷点下の寒さ、吐く息は白い。 真夜中ともなれば、好き好んで出歩く人もいない。雪の降る音が聞こえるような静かな夜だ。 「えっと…、どうしたの、こんな夜遅くに」 きわめて常識的にそう訊ねる春樹。 瑠華は、それには答えなかった。 ちらっと春樹を見、またうつむく。 なんだか、春樹はいたたまれなくなってきた。 だから、とりあえず、謝ることにした。 「あの、昼間はごめんなさい。僕のせいで色々迷惑かけちゃって…」 「…いや、こちらこそ済まない。準備に時間がかかってな、こんな時間になってしまった」 微妙にかみ合わない会話。 春樹が顔中に?マークをつけて瑠華を見つめる。 瑠華はしばらく何かを躊躇している様子だったが、やがて意を決したらしく、その手に持っていたものを黙って春樹に差し出した。 「えっ? これ…?」 明らかに素人の手による包装がなされた、それは小さな箱だった。 「うまく…作れなかったが、私の気持ちだ。受け取って欲しい」 春樹を正視できないのか、俯いたまま、瑠華は消え入りそうな声でそう言った。 それで、さすがに鈍い春樹だって中身が何かは分かった。 「もしかして、チョコレート?? 明智さん、…ひょっとして作ってくれたの?」 瑠華は下を向いたまま、小さく頷く。 明日でもいいのに、と言おうとして、春樹は思いとどまった。 違う。瑠華はちゃんとバレンタインデーのうちに渡そうとしてくれたのだ。 だから、こんな遅い時間にもかかわらず、わざわざ家まで届けに来てくれた。 「…ありがとう」 春樹はそれが壊れやすいガラス細工であるかのように、両手で大切に受け取った。 「開けていいかな?」 やっぱり瑠華は答えず、頷くだけ。 かさかさと包装紙を解くと、小箱の中、大きさも形もばらばらの明らかに手作りと分かる生チョコが、可愛らしいポーチに包まれていた。 「すごい。美味しそう。…食べていい?」 「ああ、急いで作ったので、味の保障は出来ないが…」 それはそれで問題がありそうな発言だったが、この際それは気にしてはいけない。 例えどんなに不味くても、この状況では美味しいと言わなければ男じゃない。 春樹は生チョコをひとかけ掴むと、思い切って口の中に投入した。
きっと瑠華の真心が詰まっていたからだろう。 「うん、美味しい。ほんと美味しいよ」 満面の笑顔を浮かべ、2つ目のかけらを頬張る春樹を見て、ようやく瑠華は緊張から解き放たれた。 「そうか、良かった」 心底ほっとした様子でそう呟く。 自分の気持ちを込めたチョコレートを、こうして喜んで受け取ってもらえる。 自分の好意をしっかり受け止めてくれる相手がいる。 自分という存在を無条件に肯定し、必死に守ってくれる人がいる。 それはなんて幸せなことだろうか。 なにやら、とってもいいムードに包まれた空間が形成された。 だから、春樹もごく自然に切り出せた。 「それじゃ、明智さん。遅いから家まで送るね」 粉雪の降りしきる氷点下の夜。 でも、二人で歩く道は、きっと暖かいだろう。 「ああ、頼む。…私も、伊達と一緒に歩きたい気分だ」 そう言って瑠華は柔らかな微笑を浮かべた。
|
主演5人以外の人気投票
第一位:明智瑠華(65票)
カップリング人気投票
第一位:伊達春樹&明智瑠華(168票)
2003年12月21日時点
執筆時BGM:中島美嘉『雪の華』