投稿小説だぜ

Mituyaさま作

『戦え! FANG GUNNERS!』外伝

偽りのものたち

外伝


「イクサクニヨロズ既視」

◇1◇


山城高校在籍の生徒は、昼休みを楽しみにしていた。

いや、こればかりは恐らくほとんどの高校生が思うことだろう。

二年四組のクラスでも、四時間目が終わると同時に弁当を取り出す者、学食へと赴く者、購買へと死闘を繰り広げに行く者と三分していた。

憐と美奈はその中の前者で、麗奈作のおいしい弁当をいつも食べていた。

「おーす、憐。俺にも分けてくれ。今日は金なし弁当なしで、きちーんだ」

憐は一人で弁当を食べようとしていた矢先、一人の男性が憐に声をかけてきた。

中肉中背で、容姿だけならかっこ悪いとは言えないものの、三枚目気質でカッコイイとは言い切れない男性だ。

彼の名前は、菅原圭介(すがわら けいすけ)。

憐の言葉を聞かず、圭介はそのまま憐の正面へと腰を下ろした。

なお、美奈としては憐と一緒に食べたいという思いはあるが、人の目と度胸の無さがあり、他の友人と一緒に昼食をとっていたりする。

「そーそー。噂の転校生が一人、武田麗奈の作ったこのタコさんウィンナー。これがうまいんだよな」

やっぱり憐の有無を言わさず、圭介は勝手に憐の弁当をついばんだ。

憐としては文句の一つも言いたいところだが、いつもこと弁当に関して、圭介は人の話をまるで聞かない。

憐は彼の言葉を無視する方針を立てるや否や、急いで弁当を自らの胃に流し込んだ。

圭介はその様子を残念そうに見た、そんなときだった。

「圭介様ーーっ!!」

ここで、とてとてといった感じでかわいらしい足音を立てていたならば問題はないのだが、今鳴っているのは地響きだ。

まさに猛獣の群れが自分たちにつっこんでくるような音が、憐と圭介の耳を響かせる。

途端に圭介の顔が真っ青となり、急いで席から離れようとしたが……。

「圭介様が空腹でお困りになっているということをお聞きして、あたくしの専属コックに作らせましたの。食べてくださる?」

「……なあ華音(かのん)。俺くらいの体格で、これが食えると思うか?」

「え? あたくしには前菜程度にしかなりませんけど?」

ちなみに圭介の目の前に置かれているのは、牛の丸焼き、という奴である。

しかも並みの大きさでなく、間違いなく憐と圭介の体重を合わせた後二倍してちょうどよいくらいだろう。

「そりゃあ、お前はな……」

そして、華音と呼ばれた少女の体格は、間違いなく圭介のそれより大きい。

身長は2mを超え、さらに体重は4倍を超えない程度のものだと推測できる、そんな大柄な女の子。

有体に言えば、デブだった。

そして圭介と設楽華音(しだら かのん)は幼馴染で、しかも華音は露骨なほど圭介にアプローチを繰り返していた。

だけど、誰が見てもそれは片思いでしかなかった。

幼馴染同士は、漫画の中では結ばれやすいのだろうが、この場合に関しては、明らかに華音の容貌がマイナスになっていた。

四組の女性は、華音のその純粋さに心打たれて、圭介と華音を結ばせようとした動きもあったのだが、無駄だった。

で、今日も二人の心がすれ違うのだった。

「……設楽さん」

「菅原君も菅原君よね。設楽さんの好意をつっぱねてさ」

美奈とその仲間で、二人の様子を見て話を咲かせた。

食事の合間に二人の様子をちらりと見ると、圭介が無言で教室を後にし、華音がしょんぼりとした様子で圭介の背中を見送っていた。

「やっぱ、何としても設楽さんと菅原君を結ばせなきゃ」

「華音って、お嬢様育ちなのに、いい子だし」

美奈も、仲間との会話を楽しみながら、やはり皆と同じように華音を見つめていた。

「あれ?」

そのとき、美奈の視線に異質なモノが入り込んだ。

華音がいたその場所に、長身の美人モデルのような少女がそこにいた。

思わず美奈は、目蓋を手でこする。

だけど、彼女が再び視線を戻したその場所には、いつも通りの華音が、そこにいた。

そのとき、美奈は何とも思わず、目の錯覚かなぁ、程度の意識であった。

「……前にもこんなことがあったような気がする」



◇2◇


「ねえ聞いてよ聞いてよ!!」

「……もう何度目ですか、瑠璃華さん」

「いーや、何度でも聞いてもらうもん。ようやく、秋彦とキスできたのよ!!」

今日は朝から瑠璃華がやかましかった。

何度でも聞いて欲しいらしく、美奈にしろ麗奈にしろ、耳にタコが出来るくらい昨日の出来事を聞かされているので、嬉々とした瑠璃華に対して、のろけ話を聞かされている美奈はうんざりした様子である。

しかし美奈はあまり強く言い切れない性質なので、苦笑混じりである。

「キスっていいものよねー。秋彦の唇ってすっごく柔らかいんだよ。思わずうっとりして時を忘れちゃったんだけど、意識がはっきりしてくると、これがまた凄いのよ。秋彦の唾液は麻薬以上に興奮して、蜂蜜よりも甘い、そんな感覚。もう、キャーッて叫びたい!! それでねそれでね、もっと秋彦を確かめたいって思って入れちゃったのよ。え、何をって? し・た♪ ファーストキスだったんだけど、そのまま舌を絡ませあって、そのままディープキスしちゃった♪ 秋彦は驚いてたみたいだけど、もうクセになっちゃった。それでねそれでね、やっぱり恋人同士なんだから、もっと先に進みたいと思うわけよ。だから今日は秋彦を襲っちゃおうかなーって。ちょうど危ない日なんだけど、どうせ未来を確かめ合った仲なんだし、いっそ既成事実を作っちゃおうって思って……」

(……秋彦君の独身人生は今日で終わりですか)

美奈は瑠璃華の言葉に、見知らぬ子どもを抱き上げた秋彦パパと瑠璃華ママというビジョンを垣間見て、苦笑いを浮かべた。

半ば秋彦に同情心を抱きつつも、いずれ確定していたはずの運命が早まっただけと、瑠璃華を応援する気持ちも抱いていた。

「……あー、一時間目って私、体育じゃない。じゃ、またね♪」

瑠璃華が去って、ようやくのろけ話から解放されると内心ほっとした美奈であった。

一時間目が始まる前に、昨日から置きっぱなしだった英語の教科書を机から取り出して、次の授業の準備をしようとしたそのときだった。

聞きなれた声とともに、一人の少女が美奈に声をかける。

「おはようございます、美奈さん」

「あ、おはようございます。設楽さん」

ゆるいウェーブのかかった黒髪に、陶磁器のようなすべすべの肌、身長は高いくせにウエストは細く、それでいて出るところは出ている、超絶美少女な女の子が、美奈に微笑みかける。

彼女の名前は設楽華音。

美奈は“いつも学校で顔をあわせる、美人なのに皆から愛される性格を持つ、非の打ち所のないお嬢様”である華音に対し、会釈をした。

それがまるで“当然のこと”のように。

「あれ?」

そのとき、美奈の視線に異質なモノが入り込んだ。

華音がいたその場所に、身長2mを超しながら、横幅は4倍という怪獣みたいな女性がそこにいた。

思わず美奈は、目蓋を手でこする。

だけど、彼女が再び視線を戻したその場所には、“いつも通りの華音”が、そこにいた。

美奈は一瞬だけ今の光景にデジャビュを感じたが、気にかけるのはやめておいた。

“当然”クラスメートも彼女を見て、男女を問わず呆けていた。

男性は「何て綺麗なんだ」、女性は「私もあんな風にになれれば」と。

「相変わらずだよなぁ。設楽の奴」

憐はいつの間にか、美奈の傍にいて、ぼそりと呟く。

そんな憐の行為が、僅かに美奈の嫉妬心を煽る。

「……憐君は、ああいう女の子が好みなの?」

思わずつぶやいた美奈だったが、急に憐の表情が変わり、不可解なものを見たと言わんばかりの表情へと変化していた。

「……設楽の奴、圭介に惚れてるんだよな」

「? そうだけど、それが?」

憐の質問があまりにも突飛で、美奈は小首をかしげる。

美奈の顔に疑問が浮かぶのだが、対して憐の表情は険しいものとなってくる。

「でも圭介の奴は、“あの容姿”が恋心を抱かせるには無理があって、両思いにはならなかった。どうしてだ? 設楽の奴は、どこからどう見ても超絶美少女のはずなのに……」

「うーん、デブ専とか」

「いや、あいつの好みはスレンダーな女性だとか聞いたぞ」

いくら憐が思考を重ねても、理由はわからない。

まあ人にはそれぞれ好みがあって、どこか華音の一部分が気に入らないだろう、という結論にしか達することはなかった。

(ま、気のせいだろ)

結局結論はこうなり、話は流れてしまった。

だが、憐と美奈の会話を聞いている者が、ここにはいた。

その人物は食い入るように憐と美奈の方を見ていた。

「……なあ、憐、美奈。話があるんだが」


「「はぁ?」」

山城高校の屋上は、周りがフェンスで囲われているために見栄えが悪く、見晴らしもまた悪い。

そこに呼び出された憐と美奈の二人は、華音の幼馴染である圭介を注視していた。

そんな状況で、圭介は突拍子もないことを言い、憐と美奈の二人は顔を見合わせ、互いにしかめた。

「そ、そんなに変なことかよ……」

「ああ、絶対変だ」

「そうですよ。華音さんは私が始めて見たときから、容姿、性格、才能と非の打ち所のない人でした。それなのに……」

「違う!! 華音は性格はいいし、才能だって俺なんかと比べようもない。しかもいいとこ出のお嬢様だ。だけどあいつはブスだったんだよ……」

互いの認識に差異があるのか、いくら圭介が話そうとも平行線のままだった。

一向に終わりの見えない会話に呆れた憐は、頭をぽりぽりと掻き、つぶやいた。

「……お前って、美的感覚は人とズレてないか?」

「だから違うんだよ! 俺はスレンダーな女性がタイプなんだよ!」

「だったらいいじゃないですか。設楽さんは明らかに菅原君に惚れてますし、同性から見ても最高のスタイルです。それに何の文句が……」

「だから!! ……憐。お前、昨日は華音がブサイクだったって言ったら信じるか?」

「……信じないな」

「だけど俺にとってはそれなんだ。俺以外の人が全員、昔から華音は美人だ、って言うんだぜ。今朝だって、いつも迎えにくるのがあの巨漢なのに、美人さんだったんだ。思わず誰かと聞いちゃったけど、華音だって聞いて……ああもう、訳わかんねぇ!!」

圭介は少し長めの髪を掻き毟った。

彼は混乱の局地にあるようで、ところどころで言葉につまったりろれつがまわらなかったりもしていた。

「じゃあ、何で俺たちなんだ?」

「華音に関して疑問に持ったのがお前たちだけだからだ」

「……わかった。その件、俺たちも手を貸そう」

「憐君?」

まるで、手のひらを返すような発言に、美奈は首をかしげて憐に尋ねた。

憐は一旦腕を組んで考えるような仕草を見せたが、返答は思いのほか早かった。

「あいつが嘘をついてるように見えねぇし、かといって俺たちも信じられる話じゃない。だから、何かきな臭さを感じた、ってところか」 さりげなく憐は顔を美奈に近づけ、ぼそっと美奈の耳元で教えてくれた。

美奈の方も、憐の言葉に同意できる点はあったため、圭介にばれないように小さく頷いた。

「サンキュ。じゃ、今日の放課後、俺ん家に集合な」



◇3◇


結局、圭介の家に集まったのは、圭介の他は、憐、美奈、修一、麗奈、秋彦、瑠璃華、海里というメンバーとなった。

もっとも、いつもとこのメンバーで違うことと言えば、いつも以上に秋彦と瑠璃華がいちゃついているところだろうか。

度々瑠璃華が秋彦にキスを求め、それに秋彦が応じている様子は、他の面々はうんざりせざるをえない。

「設楽華音さんは、わたくしたちの高校の中でも指折りの天才児らしいですわね。ま、もっともわたくしには敵いませんけど」

「……なあ圭介。お前の知る設楽と麗奈の関係はどんな感じだった?」

「似たようなものだよ。ただ、麗奈ちゃんは華音と美貌じゃ相手にならなかったんだけど……」

だが、ここにいる一同は、麗奈は華音に対して才能だけでなく、容姿の点で敵視していることを暗黙の了解としていた。

それだけでも、十分に圭介と自分たちとの見識の違いを見せられる。

なお余談だが、地位と性格の点では相手にならないという見識もあるとかないとか。

「じゃあ写真とかは? 写真なら間違いなく昔のモノだろ?」

との秋彦の発言を受けて、圭介の部屋に加え、圭介の親の力も借りて、彼の昔の写真を引っ張り出すこととなった。

とりあえず手分けして探すこととなる。

そしてその結果。

「……結論。設楽は昔から美少女だった」

であった。

写真は華音だけで写っていたりするものはほとんどなく、多く……というよりはほとんど圭介と一緒に写っているものばかりだった。

最初は赤ん坊の頃からで、幼稚園時代は互いを無二の親友として。

小学生くらいから圭介が悪ぶって、そんな圭介を笑顔で対処する華音という構図。

中学生あたりから圭介が華音を意識し始めたようで、逆に華音が積極的に圭介に対してアプローチを仕掛けている。

写真から、そんな様子が容易に伺えた。

だが圭介だけがそんな現実を受け入れなかった。

写真を見るたびに目を見開き、身体を震わせて、ありえない現実に目を逸らせと理性がささやく。

「ありえない……」

圭介にとっては、華音は幼馴染であり、大切な友人だった。

圭介は華音の才に、幾度となくお世話になった。

逆に華音は圭介によく相談を持ちかけ、容姿というコンプレックスを克服した。

そうして作った圭介と華音の関係。

だがそれが今、崩れようとしていた。

見たことない幼馴染。

その存在が圭介の思い出を土足で踏みにじろうとしている。

そして圭介の頭の中までも……。

「……違う!! 俺はそんな華音知らない!!」

突然の圭介の叫びに、一同はびくっと反応した。

「……悪い」

「そうか!」

今度は圭介でなく、叫んだのは海里だった。

反応の仕方は、先ほどと同じようだった。

「何ですの、来栖さん。藪から棒に」

「この事件。もしかしたら、魔王クラーマ関連の事件かもしれない」

「は?」

「魔王クラーマは、歴史そのものを変える怪人の作成をしていた、と聞いたことがある。恐らく目的は、センゴクマンが存在しない歴史、だ」

「なるほどな、来栖。となると、今回の事件は、実験体として華音を用意した」

「憐。じゃあ華音の動機は?」

「多分、菅原君への恋心じゃないでしょうか? このままじゃ振り向いてもらえないと思った、菅原君の知る設楽さんが、実験体となるために用意した条件が、自らの容姿を整えること。だよね、憐君」

「恐らく、美奈の言うとおりだろうな」

「しかしそうなると疑問が残る。何故、菅原殿には歴史を変えた際に、我らのように記憶の改ざんが行われなかった?」

「恐らくは、設楽さんとの距離が近すぎたのではないかしら? 菅原君も、設楽さんの存在は大きいみたいですし」

圭介にはさっぱりわからない会話が七人で繰り広げられていて、彼にとってはクエスチョンマークが飛び交う始末。

難しい顔をしたり、適当に相槌を打ったりしているが、理解はまったく出来ていないだろう。

まあ一般人が魔王だの怪人だのと聞かされたら、そういう表情をするのが普通だろう。

「ん?」

「あれ?」

そんなとき、憐と美奈の二人が互いに不穏な表情を作る。

別におかしな会話をしていた訳ではないし、二人とも視線はバラバラで、何に疑問を抱いて奇声を発したのかは、他の面々には理解できない。

だが次第に二人の表情が真面目なそれとなっていく。

「……あっちが本物の設楽か」

「……確かに、菅原君が付き合わないのも合点がいくかも」

「憐……美奈ちゃん……」

「思い出したよ。確かに、設楽は圭介の言うとおりだった。こりゃ、魔王クラーマ関連はビンゴっぽいな」

「でも、記憶そのものが、やせてる設楽さんに置き換わろうとしてるみたい……。ちょっと気を緩めると、また忘れちゃうと思う」

なお、二人が思い出したのは、憐と美奈が華音と同じクラスで、以前の記憶が根付いて離れきれなかったからである。

現に、クラスの違う面々は、女性なのに最大級の巨漢であった頃の華音に対しての記憶が大きすぎることがなかったため、思い出すには至らない。

「で、どうするんだよ。原因はわかったみたいだけど、解決してるわけじゃないんだろ?」

「ああそうだ、圭介。とはいえ、設楽の最大の目的はお前と恋人関係になることなんだろ? だったらまだ目的は達成されてない。だからきっと、もう一度魔王クラーマの怪人と接触するはずだ。だから、設楽の奴を尾行してみるぞ」



◇4◇


華音は浮かれ、そして同時に沈んでもいた。

今までは常に自分の容姿を馬鹿にされ、豚だの牛だのミノタウロスだのと悪口は絶えず、そして悪口に負けないように数多くの努力を惜しまなかった。

そんな自分を常に励ましてくれた圭介は、彼女にとっては神であり崇拝すべき相手でありもう一歩歩み寄りたい存在だった。

だが彼はどれだけ自分がアプローチを仕掛けても、決してなびくことはない。

そしてその原因が自分の容姿によるものであることも知っていた。

永久に縮まらない一歩。

そんなとき、彼女は“魔法使い”に出会った。

そして得たのは、彼女が永遠に手に入らない一歩だった。

圭介が初めて、自分を見て顔を赤らめてくれたこと。

それが彼女が知った、今日最高の喜び。

だが同時に、自分を見て圭介が言い放った言葉が、今日最悪の痛み。

「お前、誰だ!?」

“魔法使い”は、記憶も改ざんしてくれることを約束したのに、華音が最も愛した男性だけが自分のことを覚えていてくれなかった。

約束が違う、そう思った。

だから彼女は再び“魔法使い”に出会うために、執事も連れず、車も使わず、自らの足で歩く。

それは自分のわがままのために、他人に労力を使わせたくなかったからなのかもしれない。

とはいえ、華音は今、絶世の美人とも言える容貌である。

街を行けば、老若男女問わず、誰もがその整った容貌に振り向かずにはいられない。

以前は奇異と同情と嘲りの目だけだったのに……。

少しだけその優越感に浸りながら、目的だけは忘れずに華音は歩く。

そしてそんな彼女をあらゆる方面で尾行している影がいくつか存在した。

「確かに、設楽殿はどこかへと向かっているようだな」

「そうですわね」

立ち位置を説明すると、尾行の技術がある修一と、彼のサポートとしての麗奈が偽装カップルとなり、華音の前に立つようにしてのやや難しい尾行。

瑠璃華と海里がまるで姉妹のような様子で華音の右側。

秋彦は単独で左。

そして同級生である憐、美奈、そして幼馴染の圭介は後ろというポジションをとった。

なるべく目立たないように、修一は麗奈の見立てで服装を整え、麗奈自身も目立つ縦ロールは避け、サラサラのストレートヘアーにニット帽という格好となった。

「……納得いかない。何故私ではなく、麗奈先輩なのだ」

「はいはい。愚痴らない、愚痴らない」

少々不満げに、海里は華音ではなく修一、麗奈のカップルをにらみつけた。

対してそんな海里を諌める瑠璃華は、大人の女性らしく余裕たっぷりだ。

なお、海里は心の中で、

「落ち着け。あれは“偽装カップル”だ。修一先輩が麗奈先輩などの色香に惑わされるような男じゃない……」

とか思ってたり。

修一も麗奈も、非常に目立つ容貌ではあるが、誰もが絶世の美人である華音に目をやっているし、当の本人からは、二人の姿は背中しか見えない。

だから、華音は気づく様子はなく、少し早足で歩くだけだ。

「……麗奈殿」

「何ですの?」

「……腕に胸が当たっているのだが」

「それが何か?」

「……それは返答に窮する命題ではある」

麗奈は麗奈で、ここぞとばかりに修一にアピールを続けていた。

修一自身は麗奈の好意にまったく気がつかないのだが。

(女子(おなご)というのは元来、そのような部位に触れることを拒むというものらしいのだが……)

まあどうでも……よくないことかもしれないが、無視してやってほしい。

無論それを見て、血が滲むほど手を握り締めている海里がいたりもするのだが。

華音のまわりに美男美女が勢ぞろいして取り囲んで尾行(つけ)ているのだが、ふらふらっと華音についていく人物は予想以上に多い。

とはいえ次第にその数を減らしていき、ある程度少なくなってきたところで、全員が華音の後ろをつける形となった。

そのあたりで、海里はほっと胸を撫で下ろすのだが、まあそれもどうでもいい。

そのとき、憐がマナーモードに設定していた携帯電話が、憐のポケットを揺らした。

「……ユキメさん? よかった。ようやく通じました」

『用件はメールの通り? なら二人が向かう場所はおそらく人通りがまったくなくなる霊区名場(れいくなば)。貴方たちがいる場所から考えると、数十メートル先に廃墟があるはずだから、麗奈さん、秋彦さん、来栖さんが狙撃するにはうってつけの場所となるわ』

「はい、ありがとうございます」

『別に、礼なんていらない』

憐は、恩人に向けての感想としてはどうかと思うが“相変わらず”愛想や感情の起伏に欠けるな、と思った。

“出会った頃から”感情も情熱もないクールさだが、憐たちはそんなユキメが、実は熱い情熱を秘めていることを知っていた。

『さよなら』

ユキメからの電話を、気の抜けた返事とともに切った憐だが、どこか腑に落ちない表情で携帯電話を見つめていた。

「……何だよ、この妙な違和感は」

しかしどれだけこの違和感を辿ってみても、何も掴むことはできなかった。

とはいえ事態の進行は時と共に進んでしまうので、的確に遠距離タイプの麗奈、秋彦、海里の三人に指示を出して、ユキメに言われた通りの場所で待機するように指示を出した。

そんなときだった。

「華音……。本当に……」

「シッ! ……来たぞ」

華音の目の前に現れたのは、ローブを着込んで姿こそ見えないが、明らかに怪しげな人物。

イクサクニヨロズの全員に見鬼の力こそ備わっていないが、その怪しげな容貌からその匂いを彷彿とさせる。

「魔法使いさん。確かに、皆さんあたくしのことをこの姿だと思っているみたいですけど……なんで圭介様だけは覚えていないのです!?」

「なるほど。その者は確か、貴殿の幼馴染と言っていたな。やはり、近しい者には染み付いた記憶が残るようだな。いいだろう。完璧に歴史を書き換えてこそのこの私。その願い、聞き届け……」

「そうはさせませんわ!」

一斉に建物の影から飛び出す『イクサクニヨロズ』。

本来なら奇襲で一気にカタをつける方がよっぽど楽なのだが、そこは目立ちたがりの麗奈が飛び出し、タンカを切るものだから、それも出来なくなった。

憐は相変わらずの突撃っぷりにため息を深くついた。

とはいえ、もう一人の人物も動き出したくてうずうずしていたみたいだから、少し憐もあきらめていたのかもしれない。

しかし、ちゃんと指示に従っている秋彦や海里の存在には気づいていないようなので、そこだけは内心ホッとする。 「華音!」

「圭介様……どうして……」

見られたくない光景を見られて、硬直する華音。

そして情けないような、悔しいような、複雑な表情を華音に向ける圭介。

そんな二人だったが、先に動いたのは華音だった。

「……あたくしを止めに来たのですか?」

「……ああ」

口調も、仕草も、そして圭介の頭に植え付けようとされる記憶もが、今自分の前にいる人物が華音だと認識しているのに、圭介の理性だけがそれを拒絶する。

遠い他人であり、近すぎる幼馴染。

「なあ、何でだよ。俺たちは小さい頃から一緒で、俺んとこに遊びに来て母さんの手作りクッキーを食べて感動したり、俺が華音のとこに行ってその暮らしに驚いたり、俺がお前の頭の良さに感銘を受けたり何なりして一緒にすごして来た親友だろ? 俺、華音が別人になるなんて、嫌だよ」

「……親友からもう一歩、踏み出せないのですか」

その問いには、圭介は答えられない。

代わりに、気づかれない程度に一歩、また一歩と華音との距離を詰めていく。

「あたくしは嫌。物心ついたときから、ずっと貴方に心引かれてましたの。あたくしと違ってとても強く、たくましく、あたくしには無い魅力を、圭介様は常にお持ちでいました。そして、圭介様があたくしのことを女として見たことがないのも知ってます。あのままでは圭介様との距離を詰めることなんて出来ない。……でも魔法使いさんがあたくしを後押ししてくれましたの。これでやっと、圭介様の心を得ることが出来る。どう? あたくし、綺麗ですか?」

「いいや、ブサイクだね」

圭介はキッパリとつっぱねた。

華音も予想外の回答に唖然とした表情と、絶望にみまわれた表情を同時に見せる。

「姿だけは、確かに綺麗になった。だけどそんな方法で綺麗になるなんて心が、俺には醜く写ってしょうがない。俺の知る華音は、容姿は駄目かもしれないけど、そのコンプレックスを克服しようと、他全てにおいて努力を欠かさず、完璧な人間だったんだよ。今のお前は、華音の記憶があるだけの、ただの美人さんだよ」

華音の目に涙が滲む。

今の自分に、圭介に好かれたくて求めたのに、その当人から否定されるとは思わず、混乱のあまりに体中が震えている。

目の前にいる男性は変わらず美しい心を持っているのに、自分だけが穢れてしまったような感覚。

だがそんな彼女を、圭介はおもむろに抱きしめた。

「細い、な。いつもなら俺の手なんてお前の脇腹くらいまでしか届かないのに」

「圭介……様……」

「……ああっ、もったいねぇ! これが見知らぬ美女だったら即お持ち帰りしたのによぅ!!」

「むー……」

傍目から見れば、他愛もない痴話げんかがここ勃発した。

とはいえ二人は抱き合ったままなので、痴話げんかというよりはただのいちゃいちゃに過ぎない。

しかし今はそんな様子を見ている状況ではなく、憐たち一同は、華音の言う魔法使いと対峙する。

「ほう、センゴクマンの出来損ない共か」

「てめぇ……」

「戦って、魔王クラーマ様が残したゴミを処分したいのは山々だが、私には戦闘能力はない。故にこの状況は絶望的だな。私を逃がすか、もしくは早々に殺したまえ。そうだ、一つ言っておこう。私の名前は魔王クラーマ様の部下、歴史改竄(かいざん)怪人。センゴクマンのいない歴史に書き換えようとしていた者だ」

全てを言い終わる前に、一同は飛び出していた。

憐の刀が閃き、美奈の薙刀が歴史改ざん怪人の胴を薙ぎ、修一の短刀が急所を貫く。

そして三人が離れた瞬間に矢、銃、陰陽術の波状攻撃が歴史改竄怪人を襲い、そして彼は地へと伏せた。

「ふふ……そうそう、一つ言い忘れていたことがあった。私が死ぬと全ての歴史が歪む。どのような歴史となるのかな? 君らが存在しない歴史か? それともセンゴクマンがいない歴史か? それとも我が主が存在しない歴史か? もしくは私たちの想像もつかない歴史となるかもしれない。ふふ……面白い……ぐふっ!」

その瞬間、辺りに強烈な光が一同を襲った。

圭介はその光から庇うようにして、華音を抱きしめる。

……そして。



◇5◇


「……ん?」

「おい、美奈。漢文が嫌いなのはわかったが、寝るな」

「……嫌ぷー」

「ユキメさんみたいなこと言うな、阿呆!!」

先ほどの授業が国語で、しかも美奈の嫌いな古文と並ぶ、漢文だったために美奈の目は冴えることなく、混沌の渦中にいた。

そこで怠けている美奈を起こすのは、憐であっても至難の業だ。

だから古文、漢文の授業後は、彼女を起こすのに遠慮をしない。

「痛、痛っ!! チョップは止めて!!」

「起きない美奈が悪い」

「うふふ、相変わらず仲がよろしいのですのね、憐さん、美奈さん」

ゆるいウェーブのかかった黒髪に、陶磁器のようなすべすべの肌、身長は高いくせにウエストは細く、それでいて出るところは出ている、超絶美少女な女の子が、美奈に微笑みかける。

彼女の名前は設楽華音。

「あ、おはようございます、設楽さん」

「もう三時間目も終わりましたわ」

くすくすと笑う彼女は、お嬢様の名に恥じないほど端正な立ち振る舞いである。

彼女は美人なのに皆から愛される性格を持つ、非の打ち所のないお嬢様なのだ。

「ちなみに次の授業は物理の実験ですので、第二実験室ですわ。第一実験室は、以前に起こった謎の水道管破裂に伴い、改装中ですし」

「ありがとうございます〜」

「ふふ……。そうそう、先ほど明智さんが来られてまた「何時になったら、秋彦と私のファーストキスが出来るのよ〜!」と嘆いておられましたよ」

「秋彦君、肝心なときに度胸がないからね〜」

まだ少し眠たげなのか、美奈は間延びした口調で答えた。

まぶたも重そうで、このまま机の住人と化すのも時間の問題のように思えてしまう。

「おい、華音。お前は日直だろうがよ。準備とかあるんだし、さっさと行かないと先生にどやされるぞ」

「あ、はい。圭介様」

少し不機嫌そうな表情で、圭介は華音を見つめ、彼女も焦ったようにして彼の命令に応えた。

そんな中、圭介は迷うことなく彼女の左手を自らの右手で掴むと、彼女の手を引いて教室を後にした。

少し恥ずかしそうにして大またで歩く圭介、対照的に顔を赤らめて笑顔をこぼす華音。

二人の姿は、まるで小指ではなく、手同士が赤い糸で結ばれた永遠を誓い合う恋人のよう……。

美奈はそんな二人の後姿を見て、うらやましく思う。

「……あれ?」

「どうした、美奈?」

「前にもこんなこと、あったような気がする」

「ばーか、あの二人はいつもああだろうがよ」

僅かながらデジャビュを感じた美奈だったが、憐の言うとおり“いつもの出来事”だったので、一瞬の疑惑は投棄された。

「だよね」

こうして、憐たちの平凡な一日は続いていく。


貴方も、知らないところで人生そのものを捻じ曲げられているのかもしれない。


戻る