投稿小説だぜ

Mituyaさま作

『戦え! FANG GUNNERS!』外伝

偽りのものたち

序章


「硝子の笑顔」

◇現在◇


「インサイダーっ!! これで逆転!!」

「くぅっ、瑠璃華め! インサイダー取引は、今現在禁止されているんだぞ!!」

「……!!」

「先生、真夜(まよ)。これはゲームなんだから。それに、インサイダーしなきゃこのゲーム勝てないでしょうが」

「オレは相乗りしてるもんね」

……と、非常にわかりにくいかも知れないが、オレと瑠璃華と謎の黒子風同級生の真夜、それに保健室の先生と一緒に、保健室でゲームをしていた。

昼休み、オレと瑠璃華、それに真夜はよく、保健室に来てゲームをすることは多い。

真夜と先生に初めて出会ったときは、その風貌だったり性格だったりに度肝を抜いたものだ。

……いや、今はそれを語るようなことはやめよう。

そんなとき、ふと瑠璃華はオレの顔を見て、にこりと微笑んだ。

ウチの学校でも屈指の美人である瑠璃華の笑みは、万人受けすることは間違いないだろう。

事実オレだって、顔が熱くなるのを感じたくらいだ。

でも、オレが瑠璃華に持った第一印象は、こんなに明るい印象の女の子ではなかった。

支えがなく、生きることに絶望した、そんな儚い女の子。

今でもそのイメージは、多少の変化こそすれ、崩れることはなく、弱々しい女性という印象が残っていた。

そのことをふと思い出す時にオレが見る、オレの手首に残る深い横一文字の傷と、瑠璃華の手首に残る無数の傷。

そしてそれこそが、オレと瑠璃華を結ぶ絆。



◇過去〜平穏な日々〜◇


遡ること数ヶ月。

「げ。今日もハンバーガーかよ……」

「しょうがないよ。バイトのおかげで、安価で手に入れられるんだし……」

「我が儘を言うのであれば、憐殿はいらぬと判断するが」

「そうですわ。わたくしだって、もっといいもの食べたいのですし」

その日は、オレたちが初めて学校へと行く日だった。

朝からハンバーガーはちと重いが、この面々は当初、ロクな食事を作ることもままならなかったので、仕方ない。

どこぞのナンバーツーは、それを全部分けて、豪華に見えるように盛り付けていたりしたのだが、流石にそんなことはしない。

「ところで、瑠璃華ちゃんは?」

「……まだふさぎこんでる」

オレの質問に、美奈ちゃんも麗奈ちゃんも、顔を下に向けた。

「どれだけわたくしが言っても、立ち直る傾向は微塵も感じられませんわ」

「そっか……」

オレたちは、センゴクマンのクローンだ。

オレは伊達春樹、憐は直江輪、美奈ちゃんは本多美亜子、シュウは真田淳二、麗奈ちゃんは武田広奈を元にして作られた存在。

瑠璃華に関しては、何故だかは知らないけど、明智瑠華というお目付け役のクローンにしたらしいが、何の目的で瑠璃華を作る必要があったのかは、オレも知らない。

オレたちが誕生した当初は、ただセンゴクマンを倒すという目標の元に、魔王クラーマの言いなりになっていればよかった。

だけど……オレたちは不要になった。

だがそんなときにユキメさんと出会い、今の生活を手に入れることが出来た。

しかし、瑠璃華は魔王クラーマに裏切られたのがショックだったのか、ずっと落ち込んだまんまなのだ。

部屋が一緒である美奈ちゃんと麗奈ちゃんは、顔を合わせることはしばしばだが、二人にも心を開こうとはしない。

無論、部屋が違うオレと憐とシュウなんかはもってのほかだ。

「そろそろ出発した方がいいのではありませんこと? 初日から遅刻だなんて、わたくしは嫌ですわ」

「それもそうだな」

麗奈ちゃんの言葉に、素直に頷く憐。

それに呼応して、美奈ちゃんとシュウも荷物を手に取り、憐たちと一緒に部屋を出た。

だけどオレは……。

「先に行ってて。オレは後で行くからさ」

少し、皆の表情が怪訝になったけど、オレは気にしない。

「……遅れるなよ」

憐はそう言って、皆と一緒に学校へと向かった。

といっても、オレだってやるべきことはほとんどないと言ってもいい。

オレは、貸しアパート『むつ』の203号室こと、瑠璃華がいる部屋の戸を叩いた。

「瑠璃華ちゃん?」

返事はない。

ただ静寂が広がるばかり。

だけどオレは、必ずオレの言葉を聞いていると信じて、語りかけるように話しかけた。

「今日、オレたちの初登校なんだ。瑠璃華ちゃんは行きたくないかもしれないけど、行きたくなったらオレたち皆と一緒に行こう」

返事は無いとわかりきっていても、オレは語りかけるのをやめない。

「きっと楽しいよ。大丈夫。目を背けたくなるようなことは起きないさ」

返事はいくら待ってもこないので、オレもむなしくなってはくるが、めげようとはしない。

ただ、扉の向こうにいる瑠璃華の心に響かせたい一心だったから。

しかしそんな思いとは裏腹に、時というのは過ぎていくものである。

「……ごめん。時間になっちゃったから、オレは学校に行ってくるよ。……瑠璃華ちゃん、またね」

この頃の瑠璃華は、他人の言葉を聞かず、他人だけでなく自分すらも見ず、そして何も語らない、命のある人形のような存在だった。

だけどそんな瑠璃華を、オレたちは厄介に見たりはしなかった。

なぜならオレたちは、同じ境遇の同士だから、瑠璃華の気持ちは嫌というほどよくわかる。

ただ、そこからすぐに立ち直ったか、まだ立ち直っていないかの違いなだけだった。


「伊達秋彦です。苗字で呼ばれるのが嫌いなので、名前で呼んでください」

この時期に転入生は珍しいのか、教室はワイワイガヤガヤと騒がしかった。

今ならその理由もわかるのだが、やはりその時のオレはうかれていたのだろうと思う。

未来への期待と、言い知れぬ不安とが交錯して、オレの心臓は少しだけ高く鳴っていた。

その予想は、良い方に転がってくれた。

「よろしく!!」

「ウェルカム、マイクラース!!」

「いつの間に、お前のクラスになったんだよ!?」

「へぇ、ちょっとカッコイイね。彼女いるの?」

オレの挨拶が終わると共に、オレのクラスメイトとなる人たちが一斉に騒ぎ出した。

その時のオレは、歓迎されていることを知り、ほっと胸をなでおろした。

と、そんなとき。

「先生! もう一人、女子が転入してくるって聞いたんですけど?」

「ん? ああ。先ほど、他のクラスの転入生である直江からの託(ことづけ)で「うつ病が悪化したから、しばらく休む」とのことだ」 「へぇ、他のクラスにも転入生がいたんですか?」

意外とお祭り好きのクラスらしく、他のクラスの転入生のことを、クラスの皆が一斉に先生に対して聞いてくる。

もちろんその転入生が誰であるのかは知っているし、オレが先生に聞く理由はない。

オレは皆が先生に群がっている間に席につき、このクラスに来るはずのもう一人の転入生のことを考える。

とは言っても、その当時のオレと瑠璃華は繋がりはほとんどなかったため、大したことは考えられなかった。

曖昧な考えは、一人の生徒の声で打ち消された。

「よろしく、伊達……は駄目なんだよな。秋彦君」

「あ、うん。よろしく。オレのことは秋彦、って呼び捨てにしてもいいよ」

初日はそんな感じで、クラスに上手く溶け込み、そして終わった。

オレだけでなく、憐、美奈ちゃん、シュウ、麗奈ちゃんも友達が出来たと聞くし、クラスにも馴染めたそうだ。

授業に関しても、問題はなかった。

もっとも初めての授業に、美奈ちゃんやシュウは苦戦していたらしいけど。


そしてそれからの数週間はあっという間に過ぎていった。

オレらの友達はさらに増え、サバイバルゲームという趣味も見付けた。

オレたちの境遇から考えると、今は幸せすぎる毎日を送っていた。

ただ一人を除いて。

その一人も、オレたちと同じように幸せになって欲しかったのだが、彼女は未だに取り付く島を与えてはくれない。

でもオレは、瑠璃華の説得を諦めるつもりはなかった。



◇過去〜運命の変革〜◇


そんなある日のことだった。

相変わらず、瑠璃華はオレたちに心を開かず、塞ぎこんだまま。

そしてオレたちは日常に溶け込むという、いつもと変わらない一日だったはずだった。

しかしオレはその日、何かに違和感を感じていた。

理論だけで言うなら、何一つ根拠のない違和感だったが、直感はとんでもない出来事があると言って止まなかったのを覚えている。

「……ぃ。……おい、伊達!!」

珍しく、オレは呆然としていたようだ。

先生が、そんなオレの頭を名簿で叩く。

「……すみません」

もちろんだが、苗字で呼ばれるのを嫌っているオレは、そのことに対して不快感を抱いたが、心の内に押し殺す。

というよりも、自分の不快感以上に襲い掛かる不安が、怒りを押し殺していたのかもしれない。

そんないつもと違う、どこかぼーっとしながらも刺々しい雰囲気のオレに、友人たちもどこか不安そうに声をかけてきたりしていた。

が、理由のわからない不安なので、ただ笑って「大丈夫」と言うしかない。

どれだけ時間が経っても、その不安は拭えなかった。

授業も身に入らず、下校時刻となっていた。

そのときである。

ドクン……。

先ほど以上の不安が、オレの心を支配した。

今度は疑念を抱くような直感でなく、確信。

理由はわからないが、間違いない。

「瑠璃華ちゃん!!」

まだ最後のホームルームが終わらないうちに、オレは走っていた。

全身のバネを使い、力の限り走った。

もっと急ぎたい、もっと先に進みたいという意思だけが空回りして、実際に走っている自分がもどかしくなる。

意思に追いつかない身体のおかげで、何度も転びそうになったが、オレは帰り道を疾風の如く駆け抜けた。

『むつ』についたときには、バテバテだったのだが、今は息をする暇すら惜しい。

203号室の扉の前につくなり、オレはその戸を思いっきり叩いた。

「瑠璃華ちゃん、いるんだろ!! 返事をしてくれ!!」

だが皮肉にもオレの予想が当たったのか、返事はなかった。

それを確認すると、僅かに舌打ちをした後、思い切って扉を開こうとした。

鍵はかかっていなかったようで、軽々と扉は開かれた。

そしてオレの本能が赴くままに、オレは風呂の戸を開けた。

そこは、赤い水の溜まった風呂と、それを薄めようとあふれるほどに足される水。

そして……黒髪の少女が血のついたカッターを持ち、風呂に手を入れて、力なく座り込んでいた。

「瑠璃華ちゃん、しっかりしろ!!」

ただオレは咄嗟に、瑠璃華ちゃんを風呂から引きずり出し、手身近にあったタオルで傷つけられた手首を圧迫する。

応急手当のノウハウは知らないが、患部を押さえることによって、出血が抑えられることを聞いたことがあるからだ。

「瑠璃華ちゃん!!」

「……う」

瑠璃華は、オレの言葉に返事をしてくれた。

出血は激しいようだが、まだ生きている。

オレは安堵した。

だが……。

「!」

瑠璃華が目を開くや否や、その目をかっと見開き、次の瞬間には髪を乱しながら、オレの手を離そうと暴れ始めた。

しかしオレは予想以上の力が、瑠璃華の手首に入っていたようで、そう簡単には振りほどけない。

「離して! 離してよ!!」

とても、大量の出血があったとは思えない力で、瑠璃華は暴れた。

瑠璃華の肘とかがオレに当たり、激痛が走ったりしたのだが、それでもオレは瑠璃華の手首を放さない。

「もう嫌! 皆、皆大っ嫌い!!!」

出血のせいで、瑠璃華の顔面は真っ青と言っても差し支えがないほど血の気がなかったのに、その動転の仕方は酷かった。

顔は涙でぐちゃぐちゃとなり、せっかくの整った顔立ちが台無しだ。

でも精一杯、オレの手を振り解こうと暴れまくる。

瑠璃華はただ暴れただけだったかも知れないが、そんなときに事件は起きた。

瑠璃華の、もう片方の手に握られたカッターが、偶然にもオレの左手の手首を切り裂いたのだ。

その一撃は予想以上に深いところを切り裂き、血がまさに噴水の如く吹き出し、風呂場を赤で埋め尽くした。

「あっ……」

あまりにも唐突なことで、オレには手首の痛みを感じられなかったので、最初は何が起こったのかはわからなかった。

だが瑠璃華は、自分のせいでオレが傷ついたことを知ってか、力ない呟きと共に暴れていた身体を止め、全身を震わせていた。

次にオレが感じたのは、全身の気だるさだ。

急速に力が失われていくのを感じていた。

しかしなぜか、瑠璃華の手首に込める力だけはそのままだった。

「あ……き……ひこ?」

オレは瑠璃華の手首を握る力をそのままに、それを除いた全身の力を失い、倒れていた。

視界が次第にぼやけ始め、眠気が肥大し始めてくる。

「やだ! しっかりして!!」

どこか、瑠璃華の声も遠く聞こえてくるようだ。

先ほどとは別種の動転をしている瑠璃華に、オレは何故かは知らないけど、笑顔でいた。

「へ……へ……。瑠璃華……ちゃんが……無事で……よか……った……よ」

「何で……あたしなんかを……」

オレは、そんな瑠璃華にニコリと微笑むだけ。

というよりは、声を出すのもつらかった。

「そうだ!!『刀痕治癒・急急如律令!』」

瑠璃華は手で印を切り、何かの術を唱えた。

オレには何の術なのかは知らない。

ただ、オレを真摯に助けようという心の声だけは、オレの心に響いていた。

が。

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

オレの手首に、傷口を抉り、さらにはそこに塩を擦り付けたような強烈な痛みが走った。

最初ほどではないが、傷口から多大な血がさらに流出する。

「嘘! 何で、何でよぉ……」

オレの意識は、出血量に比例して急速に失われていった。

目蓋が完全に閉じきる前に、オレは瑠璃華の目から大粒の涙が流れ落ちるのに気づいた。

そして反射的に、唇を動かすオレ。

(泣くな……)

しかし、それは声には出なかった。

そして、テレビの電源が消えるように、オレの意識はぷつっと消えていった。


目が覚めると、そこは清潔感あふれる白を基調とした部屋だった。

「ここは……?」

そのとき、オレの左手首に強烈な痛みが走った。

「痛っ! ……そっか、オレは」

「ったく、自殺するのを食い止めたのはいいが、自分が死にかけるだなんて、運がなさすぎるぞ」

「憐、修一……」

ベッドの傍にいる、憐と修一。

憐は少し怒りに任せてるような発言だが、表情はどこかほっとしたような表情。

修一も、普段は鉄仮面のように無表情なことは多いが、口の端が僅かにゆるんでいた。

まだ血が足りないらしく、どこかぼんやりとした頭で、オレは呆然と天井を見詰める。

「ってことは、瑠璃華ちゃんは……」

「ああ。メンタル面で不安定だったから一応入院してるけど、今は女性の大部屋んとこで、美奈と麗奈が面倒見てる」

「そっか。よかった……」

正直、自分が生きていたときより嬉しく、大きく息を吐いた。

そんな時、オレはふと自分のことを思い出した。

「オレって木行のくせに、再生能力ないんだよね……」

木行というかその属性を持つ春樹は再生能力を持つが、それは春樹が植物を操る能力に長けているからだ。

植物の加護なのかもしれない。

しかしオレは、植物というよりは、受けているのは雷神の恩寵なのだ。

故に、本家ほど傷の治りは速くない。

「ま、何にしろ意識を取り戻したんだ。明日には退院だ」

「失血で、多少は朦朧とするかもしれぬがな」

オレは咄嗟に、早っ、とか思ったのだが、実際手首を傷つけただけで、骨の方までは傷つかなかったようだ。

神経も、奇跡的に無傷だったらしい。

つまりは軽症だったので、病院のベッドを開けろ、ということだ。

「瑠璃華本人のせいで傷ついたんだが、あいつが一生懸命に治療したんだ。感謝しとけよ」

「瑠璃華ちゃんが……どうやって?」

「あいつ陰陽術で、応急処置くらいなら出来るんだとさ」

「そっか……」

まだ気だるさが残る身体ゆえに疲れたのか、脱力と共に眠気がオレを襲ってきた。

抵抗する気もないので、オレは睡魔に身をゆだね、深い眠りへとついた。



◇過去〜そして絆は結ばれる〜◇


翌日の朝。

今日は平日のため、憐たちのお見舞いはない。

それに午前にはオレと瑠璃華は退院することになっているため、来る必要がないのだが。

オレはいち早く帰宅の準備を済まし、瑠璃華のいる部屋へと足を運んだ。

少々長い廊下に、病み上がりの身体は少々堪えたが、今は瑠璃華の無事を確かめることに気をおいていたため、気にはならなかった。

「あっ……」

まだ寝巻きの格好だった瑠璃華は、オレの顔を見るなり、怯えと安堵の感情が入り混じったような表情を、オレに向けた。

「おはよっ、瑠璃華ちゃん」

昨日の今日だから、オレとの接し方がわからないのだろうと判断したオレは、あえていつもどおりの接し方で瑠璃華に近づいた。

しかし、それはいいほうには転がらなかったようだ。

次の瞬間には、瑠璃華はうつむき大粒の涙と共に、嗚咽を漏らし始める。

「ちょ、ちょっと瑠璃華ちゃん!!」

「……なさい」

「え?」

「ごめん……なさい……」

別に謝られたのがオレの心に直撃したわけではないが、オレは動揺した。

「ちょ、ちょっと!?」

「あたし……秋彦を傷……つけちゃった……」

いくらなんでも、人前で涙をぽろぽろと流されては、変な噂が立てられる恐れがある。

多少とはいえ、『むつ』から距離があるとはいえ、噂ほど高を括ってはいけないものはない。

「ほら、ほら! オレは死んでないし、傷だって浅かったんだ。瑠璃華ちゃんが気に病む必要なんてこれっぽっちもないって」

虚勢を張るため、ボディビルダーが筋肉を見せ付けるようなポーズをとり、おどけて見せた。

が、実際にはときどき眩暈だってするし、事実肌の色は血の気が引いて、少し青白くなっている。

無理をしているのは、よほどの鈍感でない限りはバレバレであろう。

「うっ……うっ……」

オレはこの状況に居た堪れなくなり、条件反射で瑠璃華の着替えをオレがして、瑠璃華の手を引くように病室を後にした。

……今考えてみると、オレってとんでもないことしたかも、って思ってくる。

その時は無心だったけど、瑠璃華の裸見たんだよな。

う……思い出して見ると鼻血が出てくるな。


時間的には、今から学校へ行ってもいい時間帯だ。

多少の遅刻程度だし、これなら言い訳も利く。

けど。

「瑠璃華ちゃん……」

今、オレの傍には、申し訳なさそうな表情でついてくる、瑠璃華の姿があった。

瑠璃華の今の姿は、女性としてはだらしない。

ノーメイクなのは、若さから言って問題はないんだけど、問題は髪と服装。

髪は、急いで退院してしまったため、整える暇もなかったので、所々髪がほつれている。

服装は髪のような理由はないのだが、瑠璃華自身がひきこもっていたため、外出用の服装がほとんどなかったのである。

一応トレーナーにジーパンという服装で落ち着いてはいるが、やっぱり女性としては色気がない。

と、そんな風に考えているオレを、瑠璃華は震える小動物のような目で見つめていた。

「瑠璃華ちゃん……」

「……何?」

もちろん、今すぐ帰って、すぐに学校へ行ってもよかった。

むしろ健全な男子高校生であれば、そうするべきであろう。

オレ自身、病院にいたときはそうしようと思っていた。

けど、オレは瑠璃華の、何かにすがる、そんな瞳に吸い込まれていた。

「……遊びに行こっか?」

それが、オレと瑠璃華の初デートであった。


一応補足しておくが、オレはデートの経験は皆無だ。

学校の皆は、たまにそういう話をしていたのを覚えてはいるが、それが実践できるかどうかは話が別。

大体、唐突に決めたことなので、デートスポットすら知らないのだ。

戸惑いながらも、一生懸命イニシアチブを取ろうとするオレの姿を、当然ながら瑠璃華は見る。

オレは、瑠璃華がつまらなそうにしたり、オレのヘタレっぷりを落胆した様子で見るものかと思っていた。

が、意外にも瑠璃華は嫌そうな顔一つ見せず、ついてきてくれた。

しかし、嫌な顔を見せないというよりも、瑠璃華は表情を消している、というのが正しいかも。

結局、初デートは何でも揃っていると有名な、デパートへと足を運ぶことに決めた。

とはいえ、オレ自身金を持ってないから、ほとんどがウインドウショッピングになるのはミエミエなんだけど。

で、一階。

「そちらのお嬢さん〜!!」

いきなり、妙にハイテンションな店員さんに引き止められるオレたちだった。

顔や体格は男の中の男、という感じなのだが、仕草が女っぽい、っつーかオカマっぽい。

「こんな綺麗な素質を持っているンだから、それに相応しい格好しなきゃダメダメよん♪」

有無を言わさない雰囲気で、瑠璃華の手を取り、店の奥へと引っ張っていく店員さん。

妙にくねくねした動きが気持ち悪い、そんな店員さんである。

困惑している瑠璃華にも気に留めず、店員さんは強引に瑠璃華を、鏡が前に置いてある椅子に座らせた。

続いて、彼は慣れた手つきで、ブラシ片手に瑠璃華の髪をといていった。

「あらン。やっぱり若い子の髪はいいわねぇ。アタシなんて剛毛で、ヤになっちゃう」

店員さんは、瑠璃華のことを褒めているが、瑠璃華は鏡を前に、次第に表情が固くなっていた。

その気持ちは、オレにもわかる。

髪を綺麗にといた今の瑠璃華の姿は……瑠華そのものだったからだ。

どれだけ心を開かなくても、オリジナルが嫌いであることは、オレたちと同じらしい。

眉を吊り上げ、瑠璃華は振り向きざまに、ブラシを持つ店員の手をはたいた。

ばちん、という小気味のいい音が、店中に響き渡り、辺りの時が凍りつく。

客も、他の店員も、その音に驚き、瑠璃華の方を注視する。

オカマっぽい店員さんも、驚きのあまりに目をまんまるにさせている。

その中で動けたのは、オレだけだった。

オレは咄嗟に、手身近にある髪留め用のゴムを掴み、瑠璃華の髪を結ぶ。

とはいえ、オレは女性の髪型に関しては良く知らない。

少々子どもっぽいかもしれないが、所謂ツインテールと呼ばれる髪型にしていた。

「あ……はは……。女の子なんだし、身だしなみには気を使わないといけないっしょ? だからそのゴムはオレのプレゼントだよ」

ロクに商品も見ないで選んだ安物だけど、という言葉はこの際押し込んでおく。

一応、オレのフォローが利いたのかは知らないけど、店員さんはその後、かわいいを連発してくれていた。

瑠璃華の方も、これなら問題ないようで、先ほどのような激昂した表情は見せていない。

ちらりとオレのことを見る瑠璃華だが、オレはそんな瑠璃華に笑顔で応えていた。

結局、その店で買ったのはそのゴムだけだった。

店員さんは、瑠璃華への服も勧めていたんだけど、生憎お金がなかったし。

よく考えてみれば、このときから瑠璃華の髪型はツインテールだったんだよな。


それから二階、三階……とぶらついたが、先ほどのようなことはない。

強いて言えば、瑠璃華の足が、どこか軽やかだったような気がしたくらいだ。

そうこうしているうちに、あっという間にお昼時となった。

少々豪勢だが、外食と洒落込むことにするオレたち。

デパートの中にある、所謂大衆食堂っぽい場所で昼食をとることにした。

オレたちが座れた席は、町が見渡せる、眺めのいい席だった。

平日のせいか、周りの客は少ない。

オレは今日、瑠璃華を元気づかせるために、瑠璃華を引っ張り回した。

だけど瑠璃華は未だに心を開かないのか、ほとんど話しかけない。

現に今だって、瑠璃華はオレの正面で俯いたままだ。

(迷惑だったかな……)

自分のおせっかい焼きなところに嫌気を刺し始めた、そんなときだった。

「……ごめんなさい」

「?」

「あたしのせいで……」

ぽつりと、瑠璃華はオレに謝る。

目は涙目となり、それが病院のときと同じような展開を予測させる。

「だーかーら、オレはそんなこと気にしてないって。瑠璃華ちゃんが無事だったんだから、オレはそれで許す」

「でも……」

「それでも納得いかない、って言うなら、もう二度と自殺なんてしない。そしてオレたちを心配させない。それを守って欲しい」

「……」

「悩みがあるなら、オレたちに話してくれよ。……同じ境遇の仲間じゃないか」

何度目だろうか?

オレは、こうやって何度も瑠璃華に笑顔を見せ、安心させようとしている。

いや、何度だっていい。

瑠璃華が、オレたちと同じように立ち直ってくれさえすれば。

「……秋彦」

「何? 瑠璃華ちゃん」

「お願いがあるの……」

瑠璃華の唐突なお願いに、オレは一瞬だけ困惑した。

が、瑠璃華が初めてオレを信頼してくれていることを知り、次の瞬間にはうれしさがこみ上げてきていた。

「ああ。出来る範囲なら、何だってするよ」

瑠璃華は、オレのことをちらりちらりと見るだけで、基本的には顔を伏せている。

対するオレは、笑顔で瑠璃華の方を見ていた。

「……秋彦は、あたしのことを裏切ったりしないよね。ううん、裏切らないで……」

瑠璃華は、オレたちが捨てられてから、全てを拒んだ。

何ものも、瑠璃華のパーソナルスペースへの侵入を許さず、自らの存在ですらそれを許さなかった。

それは、恐怖ゆえ。

他者に裏切られるのが怖かった。

自分ですら信じられなかった。

そんな瑠璃華が、再び他人を信じられるときがやってきたのだ、とオレは思った。

だから瑠璃華の、どこか振り絞るように言った言葉に、オレはこう言う。

「当たり前じゃないか」

そのとき、瑠璃華の表情が一変した。

オレが初めて見る、瑠璃華の笑顔。

満面の笑み。

これ以上ない、と言えるほどの笑み。

だけど……歪んだ歓喜の笑みだった。


その時から瑠璃華は変わった。

まるで性格が180度変わったかのような、陽気で積極的な少女になっていた。

夜、憐たちの前に姿を見せたときなんか、皆が目を丸くしていたくらいに。

「えーと、今まで迷惑かけました! これからは、精一杯皆と仲良くしていきたいと思ってます」

皆を見渡し、そして最後に視線をオレの方へと向ける。

そのときの瑠璃華の表情は、笑顔で満ち溢れていた。

その笑顔は硬くて、透き通るような純粋さ。

だけど同時に儚さをもかもし出す、硬くて純粋であるがゆえの脆さを想像する、ガラスのような笑顔だった。



◇現在〜そしてオレが思うこと〜◇


……と、これがオレと瑠璃華の話の全てだ。

この後すぐ、瑠璃華がオレに愛の告白をして、まあオレも断る理由なんてなかったし、実際オレ自身も瑠璃華に好意を抱いていたのを否定できないし、すぐにOKを出した。

だけど問題なのが、その後の瑠璃華の初登校だ。

そこで瑠璃華が、オレの恋人宣言をあっさりするものだから、大多数の男子生徒の非難を浴びたものだ。

オレに近づく女生徒にも睨みをきかせるし……。

意外と、瑠璃華って嫉妬深いんだよなぁ。

けど、それは仕方ない。

オレは瑠璃華の心の隙間にもぐりこんだ形で、瑠璃華の信頼を得てしまったのだから。

……だけど最近になって、思うことがある。

オレが瑠璃華の心を捕えてしまったのではなく、オレの心が瑠璃華に囚われてしまったんじゃないかなぁ、って。

そうなると、オレと瑠璃華の手首についた傷は、オレたちを結びつける赤い糸ならぬ、赤い手錠みたいなものかもしれない。

例え因果律がそのように作り変えられたものだとしても、オレが瑠璃華を好きなことには変わりはない。

決して切れることのない運命であったとしても、それを大切に守り続けよう。

そう、オレは誓う。


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