Mituyaさま作
『戦え! FANG GUNNERS!』外伝
偽りのものたち
第十五話
| 「イクサクニヨロズ逃亡」 |
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大河「嘘をつくな、嘘を」 ユキメ「嘘の中に真実はアリ! そうシャストア様も仰られているわよ!!」 大河「誰だ、シャストアってよ!? だから冗談はそれぐらいに抑えろって!!」 ユキメ「嫌ぷー。これが大河君への、私の愛情表現なんだから」 大河「嫌な愛情表現だな……」 ユキメ「で、結局のところ、どうだったっけ?」 大河「お前……わかってて言ってるだろ?」 ユキメ「うん(即答)」 大河「(黙って、正中線四連突き)」 ユキメ「(やられながら)大河君の頭に10円ハゲ!!」 大河「誰のせいでなったと思ってる!!(アッパー)」 ユキメ「五連!!」 大河「……とこのバカの戯言はほっといて、女王の身代わりを買って出た憐たちは、一日を終え、黒川、森嶋睦月、森嶋葉月、そしてグレンを味方に加え、今日も身代わりの仕事に励むのであった。……そうそう。部屋を明るくして、画面から離れて見るように」
銀髪のウィッグは不思議と汚れは少ないのだが、それでもやはり肌や服が汚れる様は見てて美しくはなかった。 一人の敵から奪い取った小銃を胸元に引き寄せて、隠れた木陰から辺りを伺った。 物音一つない森の中、木によりかかりながら、ずり落ちるように女性は汚れた地面へと力なく座る。 「ふひぃ……」 聞く人が聞けば、色気もクソもないため息だが、本人が気にするところではない。 それに幸いと言うべきか、それを聞いた人はこの場にはいなかった。 女性の名前は憐。 元男性である。 というと、微妙に誤解されそうな言い回しなので説明をさせていただくと……いや、前話を見ていただきたい。 ともかく紆余曲折があり、憐はアリサという女王の影武者を勤めることとなり、そして間を挟んで現在に至る。 その間がともかく問題だった。 思い返してみると……。
仲間たちの安否が確かではないこともそうだが、爆破で運良く外へと飛び出して目を回していたらすぐに襲撃があったりという非日常、相手にとってのご都合主義、または恩人であるユキメの思惑かとも思ったりして、ともかく頭が痛い。 山奥ということもあってやや酸素が薄いこともあるが、少し荒い息を整えるように深く息を吸い込んだ。 冷たい空気が、火照った今の身体には優しい。 すると少し曇っていた思考がクリアとなり、現状を整えるくらいには回復してくれた。 「さて、どうするか……」 小声で、一人で呟く。 大声を出すと、アリサの命を狙う輩にばれかねないし、なにより独り言で大声を話す奴はいない。 常識と現状から、憐は頭の中だけで灰色の脳細胞を活性化させた。 現在の場所の地形は、来るまでの過程ですでに眠らされていたこともあり、憐にはわからない。 しかし逃げ惑いながら地形を把握したこともあって、少しはマシなレベルまでは引き上げられた。 まず館を中心に、館を覆うようなほど深い杉の森が館を包んでいる。 そして館は山の頂上付近に作られていることがわかる。 憐が移動中に降りっぱなしだったことと、館から見える景色が、森の中にも関わらずよく見えたことから容易に推測がつく。 (一番いい手段としては、このまま山を降りて警察かなんかに駆け込むことなんだけど……) そもそもここまでやったのだから、爆破のときに姿を見られた憐を生きて帰すはずはないだろう。 となると、逃げられる場所は非常に限られている。 だが残るとなっても、しらみつぶしに調べられては逃げようがない。 (少なくとも、主要の道路なんかは使えないってことか) そうなるとやはり、傾斜のきつい獣道を使うしかないのは間違いないだろう。 (問題はやっぱり美奈たちか……。改造人間みたいなモンだから、爆破で死ににくくはなってるだろうけど、だからといって生きてたら捕まって人質とされるっつうこともあるだろうし……。それに問題なのはチサトさん、睦月さんと葉月さん、グレンさん……はそういや傭兵を向かえに行ったからいなかったんだよな。あと今日、本物のアリサ様に仕事しに来た翔子さん……無事かな……) じわ、と憐の目に湿ったものが浮かび上がる。 それに気づいた憐は、そんな自らの反応に自己嫌悪してずぅんとオドロ線を出して落ち込んだ。 「……たか……か……」 「だけ……に……」 多少距離はあったが、聞きなれない二人の男の声に憐は疲労した足に活を入れ、小銃を胸に抱え身構えた。 その際に慣れない柔らかな感触に戸惑いこそあったが、緊急時だったために頭には入れないように心がける。 最初は、ただの一般人の声かもと軽く希望を抱いたが、ここは人っ子一人通るはずない険しい獣道。 間違いなく、ただの一般人とは程遠い。 そしてその推測は外れることなく、二人の男は憐から十数メートル離れた位置を通り、そのまま憐に気づくことなく通り過ぎた。 憐は、その男性たちの容姿を見て少しだけ腑に落ちなかった。 二人とも彫の深い顔立ちで、日本人だとしても高すぎる鼻。 さらには日本人特有の黒い髪でなく茶色で、また瞳の色も青かった。 それなのに、憐にはその言葉がまるで母国語かのように理解できてしまっている。 まるで先日、瑠璃華から貰った陰陽術の効果が続いているかのように……。 (あ、それはボクの影響♪) (てめーか!) (言葉は世界を繋ぐんだよ♪) (それは今は関係ないっ!!) (一度聞いた言葉は、陰陽術師には二度と通用しないんだぜ♪ それはもはや常識♪) (車田○美ネタはやめい!) 戸惑いこそあれ、言葉が理解できることはマイナスにはならないこともあって、憐はとりあえず考えるのをやめにする。 むしろ、今を生きる上では大きなメリットなので、打算的に考えてもプラスにしか転がらない。 考えることを停止させると、霧華も憐が返答しないのを知り、あーだこーだ言うことはなくなった。 もっとも不満そうな感情だけは残していたことに、一抹の不安は感じたが。 憐は気を取り直して、ちょっとだけ休ませた身体に鞭を打ち、道ならぬ道をひたすら進むことにした。 人質作戦も、当人がいない限りは通用しないだろうし、名目上の関係で言えば憐と美奈たちは主人と従者だ。 交渉のカードとしては不十分なのは、向こうにもわかっているだろう。 ささやかな希望を胸に秘めて、慣れない山道を進む。 ハイヒールを未だに履いていることもあって、足は特にぼろぼろだ。 脱ぐと脱ぐで尖った小石とかで足が傷つきそうだし、ならば持ち前の特殊能力で鎧バージョンになればいいだろうと考えて変身してみたが、その姿が大きく変わってしまったこともあってドレスのままとなったのだ。 なお、その姿は……まあ露出度が高いというだけで、ご想像にお任せする。 (あんな格好じゃあ、鎧といえど防御力はないも同じだしな) 実際には、防御力は通常と同じなのだが、それに気づかない憐君……もとい、憐ちゃん、哀れ。 ともあれ道中、敵から奪った小銃を右手に、そしていつもの刀を左手に持って再びさまようことにした。 小銃はコンパクトなタイプで、名前こそ憐は知らなかったが片手で持てる程度の重量。 女性になっても腕力は落ちていないのか、もしくは軽量化が図られている銃なのかは知らないが、憐にとってはありがたい。 「さて、どこに向かうかな」 色々とアテはあるが、これが一番、という選択肢は存在しない。 まずは美奈たちとスムーズに合流するために、再び館に戻るという選択肢だ。 これは他にも、相手の裏をかいて現場に戻るという手段でもあるのだが、それゆえに王道である。 しかしバレた場合のリスクが大きすぎるので、相手もそこをつく可能性だって十分に考えられる。 次に下山すること。 アリサの死体を見つけられていない以上、どこかで待ち伏せを食らう可能性だってあるため、これも実行するには不確定要素が多すぎる。 そして最後に待機。 これは両方の利点と欠点を得られたりとまあ悪くない選択肢ではあるが、憐の性分からあまり納得のいくものではない。 とはいえまだ木漏れ日が頭上から照らす時間帯であるため、迂闊に動くと見つかる可能性だって高い。 動くのなら、間違いなく見つかりにくい夜が定石だ。 (とはいえ、昼でも夜でもこの銀髪は……目立つよなぁ……) 自分のウィッグを一束梳くって、ため息をつきながら思う。 (目的、って訳じゃないが、まず銃を使う場合は敵と味方の両方に自分の所在が知られる訳だろ? 向こうは俺……っつーかアリサ姫の命が狙いなのは明白。逆に囮として使えなくもないが……) 悩むのは性に合わないものの、個人の一存でそういうことを決めていいのだろうかと悩む。 ひとしきりうなった後、何故か懐に存在していた髪ゴムでウィッグをまとめて一言「よしっ!」と気合を入れた。 (美奈たちに人質の価値はないから、このまま下山! やばかったら強行突破!) 一度決めたら、その思いは一直線。 憐は武器を油断なく構えて、道ならぬ道を不慣れなハイヒールで進むことにする。 もちろんそんなもので進むとなると、移動速度なんて亀みたいなもので、しかも不慣れときているのでその速度はさらに低下する。 慎重に慎重に、なおかつサバゲーで鍛えたアンブッシュの腕の見せ所と言わんばかりに、視界が悪い場所を選んでひたすら突き進む。 少々草が無造作に生えすぎており、物音はするのだが、それは風音でするような葉が擦れる音と重なることもあって、案外目立たない。 さらに言えば、道から遠く離れているので、気づかれることもなかった。 しかし、そんな安堵の時間もすぐに終わりを告げるのであった。 数十分後……。 「……迷った」 ただひたすらに傾斜にそって進めばいいとばかり思っていた憐だったが、前を向いても、後ろを向いても昇りの傾斜という所謂窪地にたどり着いてしまった。 その上、来た道がわからず、煙が昇っていた館も消火活動が終了したのかすでに灰色の煙は姿形も見せていない。 まあようするに、平和な山であった。 こうなってしまったら、むしろ敵に見つけて欲しい気にもなってしまう。 だが実際には人の声一つせず、虫やら鳥やらの自然の音だけが憐の耳を響かせていた。 それでもひたすら、適当に歩くのは、自分は迷っていないという無意味なプライドなのだろうか。 もちろんそんなことをすれば結果としては、さらに迷うという無限ループに陥るのである。 現在、憐が見るのは日本とは思えないほどの、深い森。 無造作に生い茂った雑草に、人間の身長の数倍はあろうかと思われる高い木々、そして異常にまで発達した虫といった、まるで異世界のジャングルといった様相の森であった。 「……どうする、俺?」 つづく。 ……わけないですね、はい。 憐が、遮二無二歩いていると、がさっという葉が擦れる音が聞こえてきたため、咄嗟に姿を隠す。 履いているものやら着ているもので、隠れるのは間違いなく無茶だが、それでも物音一つ出なかったのは幸いだ。 木の影から物音が聞こえてきた方を覗いて見る。 今まで出会ったのは、彫りの深い顔立ちという、あからさまに外人さんですよー的な、重武装の男たちだったがそこにいたのは、今まで見たそれとは違った。 黒髪、黒い瞳で彫りも浅いという、典型的なアジア系の若い男だ。 迷彩服を着ているし、バッグに何が入っているのかわからないものの、今までの男たちのような殺気や剣呑さは見受けられない。 「ふー、この手の登山も久しぶりだな。半身タイガースと一緒にした、六甲山での臨時雪中行軍訓練を思い出すぜ」 (……それって遭難の間違いじゃないのか?) 「ソウナンです。……って何で俺、そう思ったんだっけ?」 一瞬、山一面ホワイトアウトといった状況になったような幻覚に捕われた憐であった。 「ま、ソウナン度もなるものでもないし〜」 思わず突っ込みを入れようとしてしまう、ツッコミ役としての性が、ここでアダとなった。 身体が動いてしまったようで、上手く隠れていた場所と衣服を擦り合わせてしまい、物音がしたのだ。 男もそれに気づいたようで、右手を後ろに隠して腰を落とし、憐に睨みを利かせた。 「監視のつもりか? 出て来いよ」 憐はため息をひとつついて、仕方ないといった表情で隠していた身体を、男にさらした。 男は一瞬だけ驚愕の表情を見せたが、すぐに先ほどと同じような、油断ない表情へと戻す。 自分の腰に手を伸ばしている様子から、武器を携帯しているのが見て取れる。 だがそれ以上に、見た目の若さと反して、その成熟された滑らかな動きの方が憐の気に留まった。 「……で、お前は出てこないのか?」 要領を得ない発言に、憐は顔をしかめたが、その理由はすぐにわかった。 男がそう言った矢先、憐の後ろから葉擦れの音が響き、その音を発した正体が現れたからだ。 男と同じくらいの年齢の女性……というには若い少女だった。 一見、どこにでもいる日本人だろうと憐は思うし、男が日本語で話しかけたのだから事実そうなのだろう。 「すみません、銀髪のねーさん。驚かせてしまったみたいで。俺はヒロ、こいつはマミ。迷惑かけてしまい、申し訳ありませ……えーと、日本語を理解できますか?」 「あ、うん」 そういえば、今の自分の状況を考えてみたら、そう思われても仕方ないだろうと憐は考える。 そして、自分はどのような対応を二人にすればいいのだろうか、とも思考が回る。 「……一応、お……私は日本語を学んでるし、構わない……わ」 「へー。お姉さん、日本語上手ですねぇ」 マミと呼ばれた少女が、目を光らせて関心して憐を見ていたが、それをヒロという男性が小突いて止める。 「マミ、このねーさんに迷惑だろ」 「は、はい少佐!!」 「その呼び名は止めろ」 「……は……うん、ヒロ君」 「それで、ねーさん。お名前を聞いてもよろしいですか?」 「……ええ。私はアリサ。ルグリア王国という国の人」 名前を言うのは、どうしてもためらってしまう。 だが、名前だけなら日本人としても通用しそうな名前だし、女王といわなければなんてこともないだろう。 奇妙な二人組だが、やはり関係者ではないこともあり、いざこざに巻き込むのも気が引ける。 だから言うべきことを言わずして、その場を後にしようと憐は考えていた。 だが名前を言うのは、憐の危惧していた通り、浅はかであった。 「アリサ? っていうと、ルグリア王国の王女……いや、今は女王だったな」 「そういえば、アリサ姫の叔父がクーデター引き起こして失敗したんだっけ?」 「そうだ。けどその首謀者が身内ということもあって、女王が寛大な精神で目を瞑ってくれたらしい。で、その女王様が何故ここに?」 そんなことを言われても、俄か女王をしている憐には、まったく状況がつかめていない。 テロが起こって、辛うじて逃げ出した憐を追う追跡者がいるというだけで、さっぱりだ。 無論、今聞いたことから推測しても、この事件の犯人はわかったも同然なのだが、わかったからといって今の状況が即座に変わるものでもない。 まあせっかくの殺すチャンスをフイにするところからも、この二人がその追跡者とは無関係なのが会話からわかることもあって、その点だけは内心ほっと息をついた。 「はい。私は仲間たちの力を借り、辛うじて爆破から逃れることが出来ました。けれど私の死体を確認できないことから、テロリストが私の命を付け狙っているのです」 ともかく、憐はわかっていることだけをまとめて説明した。 が、言い終わったあとで自分の失態に気づき、はっと息を呑んだ。 慌てて憐は自分の口を手で塞ぐも、もう遅い。 「あ……いえ……これは……」 「なるほど。先ほどの轟音はこれだったのですか、女王様。では不肖、元傭兵のヒロが女王様をお守りいたします。いいな、少尉」 「い、イエッサー!!」 わずかな間だが、マミは戸惑いの表情を浮かべていたが、その顔は歓喜のそれへと変わる。 少女がうれしそうに敬礼を示すのだが、それとは正反対に憐は先ほどの失態を心の中で悔いつつ、どう言い訳をすればいいかを短時間で構築していた。 「い、いえ、貴方方にそのような迷惑をかける訳には……」 「このような状況を見て、助けずにいるような奴にはなりたくないのでしてね。もしこれを迷惑と言うのであれば、我慢してください、としか言い様はないですが」 「で、ですが命の危険も……」 「大丈夫です、お姫様。少佐はこう見えても、イラン軍に雇われ、数多くの歴戦の猛者を屠ってきた傭兵なんですよ!」 「……まあそういう事情です。あまり深くは聞かないでください。あ、あと少尉は自分が推す、最も優秀な部下。自分に遅れはとりません」 よろこんで、ヒロの武勲を語るマミだが、対照的にヒロは少し暗い影を落としていた。 何かがあるのは、ヒロの言葉の通りでありそうなのだが、本人がその追従を許さないかのように釘を刺すのを忘れていないために、つっこめない。 ともあれそれがどうであろうが、今の憐にはあまり関係のない話だ。 まあ何だかんだで、ヒロとマミが参加してくれるのはありがたいために、無碍に断ることのできない憐だった。 本人たちは傭兵らしいため、一般人とも言い切れないこともあり、断る理由も作りにくい。 「さあ姫。ご命令を」 「……わかりました。私を、安全な場所まで連れて行ってください。私の仲間がいれば、その場で保護もよろしくおねがいします」 傭兵ヒロ、傭兵マミが仲間に加わった。 んちゃちゃちゃちゃちゃ、んちゃちゃちゃちゃちゃ、ちゃららららららららー、ちゃちゃー、ちゃー。 「何だぁ、今の効果音はぁぁぁぁっ!!」 「如何なさいましたか、お姫様?」 「姫?」 「……あ、い、いえ、ちょっと電波が」 まさか、ルグリア王国の女王が電波少女だとか言ったら国の沽券に関わるということもあって、憐はなんとかごまかそうとした。 幸い、ヒロとマミの二人は眉を潜めただけで、あまり気にする様子はなく、懐から小型の小銃を取り出して辺りを警戒する。 三人の隊列は、典型的な縦列隊形をとっていた。 マミが先頭に立ち、護衛対象である憐が中央、そして一番守りづらいとされている殿(しんがり)がヒロだ。 とはいえ自分だけが守られていて足を引っ張るのもどうかと思うので、二人に自分の役割を指示してもらい、左側の警戒を担当することとなった。 警戒しているためか、それとも山が広すぎるのか、辺りはとても静かで、敵がいるとは思えないほど自然が満ちた森だった。 ただ三人が歩くたびに鳴る葉擦れの音が、無駄に響き渡る。 「何ていうか、姫は手馴れてらっしゃる」 「……何がですか、ヒロ?」 「いえ。荒事に慣れているのやもしれませんが、銃の構え方、警戒時、緊急時などの動きが、まだまだ甘いとはいえ、一般人相手なら十分に通用する腕前。感服します」 顔は笑顔で、心の中では舌を打つ憐。 こんなところでサバイバルゲームの経験が活きてくるとは思わなかったが、だからと言って一介の姫がすることではない。 そんなささいな疑問を持たれると、いろいろと不都合があることを考慮しても、あまり憐にとってはいいことではないのは明らかだ。 「もう少し、物音を立てないようにすると最良です。姫」 しかし、まだまだ素人の域を出ていない自分の腕前のなさに、今は感謝した。 と同時に、今度秋彦に、忍び足のコツを教えてもらおうとも思った。 彼の安否もまだ確認はできていないが、彼も彼とて人間とは言えない能力の持ち主のため、死ぬことはないだろうと、憐は思う。 これからどうなるかはわからないが、最良の明日へと向かって、憐は歩を進めた。 「……むー」 憐の前で、憐とヒロに見えないように頬を膨らませていたマミだったが、二人は気がつくことはなかった。 「少尉……」 「え……あ、はっ!」 「前方を警戒しろ」 「は、はっ!」 憐も気がつかなかったが、ヒロは何かを感じ取っていたらしく、全方位を警戒しつつマミに注意を促した。 そんなヒロを信頼してか、マミは前方だけを注視しているようだ。 こんな二人の、統率されたコンビネーションに、自分たちのチームの黄金コンビで、プライベートでもべったりの二人を憐は連想した。 と、内心でそんなことを思いながらも、憐は耳を傾け、目は辺りに死角を作らないようにして前方広範囲を主に警戒する。 するとしばらくして、がさがさという物音が聞こえてくる。 憐とマミは前方へと武器を構えて、ヒロはやはり後方への注意を残していて、憐とマミみたいに前方へと武器を構えたりはしない。 だがいつでも前方へと火器を集中できるようにしていることから、相手への過小評価をしていたりはしていないようだ。 物音が聞こえてからちょっと後、音の聞こえてきた方から話し声が聞こえてきた。 それが日本語だと理解するのはすぐだった。 「え、えーと文江ちゃん?」 「違う。これは迷ったのではない。急遽、行軍訓練を実施してだな……」 「さすが姫様! 如何なる時でも自らを鍛え上げることを忘れないその志、とてもすばらしいです。これなら、すぐにでもあの女を突き放せるでしょう」 「って、烈人君。それは遭難だから! 命の危機だから!」 「「ソウナンです」」 ……どこかで聞いたことのあるようなやりとりだが、気にしないでほしい。 人生とは、偶然に満ち溢れたものなのだから。 「とはいえ、自分やレッドならともかく、茜さんは一般人だから、早めに切り上げないとな」 「だからこれは遭難なの、文江ちゃん!」 「大丈夫。ソウナン度もなるものじゃないっすよ、茜さん」 「だから今、遭難してるじゃないのよー!」 ……えーと、気にしちゃ駄目だよ。 とはいえ偶然に偶然が重なったやりとりなだけあって、憐はその会話に内心ツッコミを入れると同時に、脱力して警戒心を薄れさせるのであった。 それは他二人も同じようである。 がさっという音と同時に、無造作に生えた草木を掻き分けて、その声の主と対面する。 会話からも三人以上なのだろうとは予想が出来ていたが、事実三人で、二人の女性と一人の男性だ。 一人は男性にも見間違えるベリーショートの髪にスーツ姿が勇ましいが、思いのほか体格が小さいのと、わずかに存在する胸のふくらみから女性であることを強調していた。 もう一人の女性はビジネス用の服であるのは前者の女性と変わらないが、スラックスの彼女に対してこちらはスカートだ。 髪もそれなりに長く、肩にかかるくらいは存在していたし、化粧からも女性であることは一目瞭然だ。 最後の男性はそれなりの容貌の青年で、体格は大きく、その体格をビジネススーツで身を包んでいる。 だがその腰についている剣は時代錯誤もはなはだしく、違和感はバリバリだった。 会話から警戒するに足らない人物だと思っていたが、これほどの相手ともなると警戒心が再び鎌首をもたげてくる。 「む? そなたらも急遽、行軍訓練を実施した者たちなのか?」 「違わい!!」 遭難したのは事実だが、行軍訓練を実施したわけでないので、憐は即座に否定した。 思わず地が出た憐で、そんな憐の様子を、目を丸くして見るヒロとマミだったり。 こほん、と一旦せきをつき、その場を誤魔化すことにした。 「……私たちは道を外してしまいまして、でも下山をしたくて、途方に暮れながら歩いている所存です」 自分たちのことを誤魔化す意味も兼ねて嘘をつき、この三人の出方を伺うことにした。 馬鹿正直に本当のことを言うにしても、やはり一般人を巻き込むわけにはいかないのが理由の一つだ。 「そうなのか? だとしたら危険だな。先ほど、理由も告げずに襲い掛かってきた輩と遭遇してな。自分とレッド……いや、この佐々木烈人(ささき れっと)と共に叩き潰してきたのだが、奴らの仲間が何人いるかまでは把握しきれてはいない」 「もっとも、姫様の手にかかれば数秒ともたないんだけどな!」 内容はアレだが、二人の言葉には実力を想像させる。 部隊としての知識を持つヒロとマミ、そして兵士としての実力を持つ文江と烈人が揃えば、憐は無事なのではないか? そう思ったが、憐自身人間とはいい難い能力の持ち主なのでこの中の誰よりも安全であり、文江と烈人の連れである女性の一人の実力は未知数故に不確定要素が多すぎるので、過度の期待は無用だ。 「おっと、自己紹介がまだだったな。自分は三島文江(みしま ふみえ)。『転生団』という宗教団体の経営者だ」 「俺は姫様……文江様一の従者、佐々木烈人」 「わ、私は神崎茜(かんざき あかね)」 「一応、自分はウエポンマスターという二つ名を持っているし、レッドも白兵戦ならば自分に引けをとらん。だが茜さんは我々の顧問弁護士だが荒事は不慣れ。このような戦場からは早く連れ出したいのだが、戦域の離脱に協力してはいただけないか?」 リーダー格である文江は、茜を不安げに視線を送りつつ、憐たちに向けて自らの希望を言う。 このように裏表なく目的を話してくれる分には、対処の仕様はいくらでもあるため、憐にとっては単刀直入な物言いは嫌いではない。 「それはこちらとしても望むところです。あ、こちら側も自己紹介をしておくのが無難ですね。私は直……アリサと申します。そしてこの二人は、手助けをしてくれるヒロとマミ」 二人は言葉を発することなく、憐の紹介の後にぺこりと会釈をする。 先ほどの物言いから考えると、傭兵と言っていたが軍人に近いものがあるため、敬礼の一つもするのではないかと考えた憐だったものの予想が外れた。 だからといって何だというわけでもないので、憐は平然とした表情で文江たちとヒロたちを見やる。 「あの、姫」 「なんだ……ですか、ヒロ」 「ここまでは、人の踏み入らない、いわゆる未踏の森を進んできた訳ですが、ここから先は必ず敵と遭遇しない、という保障がありません」 「それで?」 「実は、私とマミの元同業者で、その手の事に詳しい人がおりますので、ご連絡させて頂けないかと思いまして」 正直な話、憐一人だけならば、生身の人間相手なら問題なく戦うことができる。 改造人間の一種だから当然ではあるが、だからといってその力を如何なく働かせての勝利は、正直好ましくない。 力は一種の特徴であり、それを自由に使うのには問題ないのではないか、と麗奈がユキメに言ったことがあった。 「出る杭は打たれる。特にこの国ではその傾向は如実。かといって他の国でも、力を持つ人ってのは怯えられるものよ」 と、力の行使をやんわりと否定していた。 生き残るためには力の行使は仕方ないのかもしれないが、それでもユキメの言葉を信じて、出来る限りは力は使いたくはない。 戦闘を回避する術があるならば、文江たちのこともあるし、出来る限りそれを使うべきだ。 だから憐は、ヒロの提案を承諾する。 承諾されたとわかると、すぐさまヒロは携帯電話を取り出した。 憐たちも持っているとはいえ、圏外。 ヒロもそうだと思ったのだが、どうやら通じているらしい。 少しだけ疑問に思ったが、マミがヒロの持つ携帯電話が特注のものであることを補足してくれた。 「あ、ご無沙汰してます。ヒロです、竜さん……竜さん? え、えーとどちらさまでしょうか? は、はぁ……はい、はい……はい……わかりました、ありがとうございます、えーと……は、はぁ、蘭さんですか。それでは」 電話が終わったころに、マミは少しだけむくれた表情でヒロを見ていた。 何事かとヒロが困惑しているが、マミの感情に気づいてはいないようだ。 わからないものは置いといて、ヒロは全員の方を向いた。 「状況を説明するぞ!」 一喝すると、ヒロはバックパックからコンパスと地図、それに小型のホワイトボード「たくてぃくす君」を取り出して、ホワイトボードに簡易地図を書き出す。 一瞬、こんなところまで「たくてぃくす君」が浸透しているのか、という軽いツッコミが頭をよぎった。 「まず敵の目的だが、姫の命……だが、ここにいる姫さんは影武者なんだろ?」 「そ、ソウナンですか!?」 「……ええ。でもソウナン回も同じネタをするのはもうやめて」 ヒロが、電話の相手から聞き出したのだろう。 驚いているマミと、感情を見せないヒロに対し、隠すつもりもないので素直に憐はうなずいた。 だが憐が女性であると思い込んでいる……というかどう見ても女性だし、自分でもそれ以外に見られるはずもないと思っているので言葉遣いは変えない。 「私の名前は……そうですね、リンとでも呼んでください」 自分の本当の名前を女として呼ばれるのもシャクにさわるし、かといって変な名前だと呼ばれたときに反応出来ないことを考え、この名前を選んだ。 これならば昔に使っていた名前でもあり、なおかつ自分ではないとも言い切れる。 さらに言えば、女性としてこの名前を使うのも問題はないだろう。 「髪はウィッグ、目はカラコンです。一応、日本人ですから」 「……今、竜さんと一緒にいる本物のアリサ姫も、暗殺されかけたらしい。だから、もしかしたらこっちのテロリストも撤退したかと思ったんだけど、そうじゃないらしい。一度したことで後には引けないのか、それともどっちのアリサ姫が本物なのかがわからないのか……」 「しょ、少佐。本物と偽者の違いって顔を見ればわかるんじゃ……」 「何でも、双子と間違えるほどに似ているらしい。ちなみに違いは、日本語。本物は広島弁だそうだ。それで話を戻すが、結局はここに相手方の兵が残り、影武者とはいえアリサ姫を狙う以上は、このリンという女性をアリサの叔父の手から守り抜き、現在駐留しているアメリカの傭兵集団「タイタン」へと引き渡して安全を確保させねばならない」 「イエッサー!」 広島弁だったのか、というツッコミはないわけではないが、今はツッコミを入れるような状況ではないと理解はしているので、憐は押し黙ったまま、語るヒロの様子を見ていた。 「そのためにもこの敵陣を乗り越えなくてはならない。だが敵は無数に存在している。これに見つからずに抜け出すには少々難度が高いミッションだ。何か質問は?」 「質問。何故ヒロは敵がいることがわかるの? それと動きもわかっているのは何故?」 「いい質問だ、リン。実は先ほど、電話をした相手である竜さんと、蘭という女性が調べて教えてくれた。盗聴の恐れもあり、長々と会話をすることはかなわなかったが、それでも我々に有益な情報をもたらしてくれた」 「情報の信頼性は?」 「蘭という女性はわからないが、竜さんは元々私たちの同業者で、なおかつあの若さで一個小隊を任されたスーパーエリート。信頼するには十分ではないか?」 階級だけでは信頼には値するかどうかの判別はできないのだが、ヒロの目は確固たる自信に満ちていた。 それはヒロが竜という人物をそれだけ信頼しているということであり、そうまでさせる竜という人物は脚色一つ無くともエリートなのだろう。 少なくとも、憐はそう感じた。 「それと、リン。貴女に蘭という人物が、自分を信頼するためにも聞いて欲しいことがあるそうだ」 「は?」 蘭、という人物の名は聞いたこと……はあるにはあるが、夢の中での話だ。 何故自分のことを知っているのだろう、と首をわずかに傾げる。 「私はユキメさんの上司にあたります、と」 「……なるほど」 妙に納得した憐であった。 と同時に、それだけで通じるとわかった蘭という人はいったい、と思う一同であった。 「さて、話を戻す。今回の最優先事項は、アリサ姫。すなわちアリサ姫の影武者、リンを無事に「タイタン」へと引き渡すことだ。その上では正直、私や少尉を犠牲にしても問題はない。が、今回は一般人である三島、佐々木、神崎の三名の安全も保障しなければならない。故に私と少尉で囮の役割を果たし、その間に四人には指示したルートを下り……」 「異議あり。無事に降りるのは六人よ」 「そうだぞヒロ。リンの言うとおりだ。我々は武侠学園の生徒。命のために義を捨てるなど、武を志す者の恥だ」 「さすが姫様! 心に響きます!」 「……私は本当に一般人なんだけど」 約一名、茜が小さく手を上げて苦情を言うものの、聞き入れる者は、指揮官的存在であるヒロだけだった。 ここでの動きが素人だと判断できるのは、確かに茜だけで、彼女だけは上手くフォローしなければ、という風にヒロは思う。 ちらりと視線を茜に向けた後に、ふたたび「たくてぃくす君」に視線を戻した。 「では、今回の作戦について説明する。リンを護衛しつつ、誰も欠けることなく生きて帰ること。そのためには無数の敵、ルグリア王国の反乱軍から見つからずに通り抜けることが優先される。ここまでは先ほど情報で説明した通りだ。ここで我々がとる策の一つは、二列縦隊の形をとり、リン、そして戦闘経験がなさそうな神崎を中央と置く。私と佐々木が殿、マミ、三島が先頭に立つように。異論がある者は?」 憐としては意見はないが、真っ先に文江が挙手をした。 その姿は恐れというより不満が先に出ているかのようで、多少ながら頬が膨れている。 「自分が殿ではいけないのだろうか? いや、確かに戦闘経験豊富で、銃撃戦に慣れているヒロが先頭以上に困難とされている殿である点に関しては自分も異論はない。だがなぜ自分ではなくレッドなのだ? 自分がレッドより劣るとでも言うのか?」 「……言いたいことがありそうだな」 「ああ。自分は先ほども言ったが、武侠学園の生徒。暴力団とも武器を交えたこともある。だがそこではいつも我が宿敵とブルーの二人が殿を務めていた。無論、あの二人は我が宿敵の姉二人と双璧をなす黄金タッグ。それは否定しない。だが……なぜ我が宿敵は良くて自分では……」 「その話をこっちにするのは見当違いだ。その手の内容は、佐々木と交渉するんだな」 「んなっ!」 まあ、そんな理由で前後を入れ替えられる理由になるはずもない。 どちらかというと、憐ですら殿は慎重に選ぶべきだと思うし、あわよくばヒロ以外にもマミを設置しておきたいところだ。 が、だからといって先頭も安全とはいえないためにマミを配置しているのもよくわかる。 となると必然的に体格の優れた男である烈人になるのだから、後は当人たちの交渉でどうにでもしてくれ、といったところだ。 事実、文江は即座に烈人に食って掛かり、殿の座を手に入れようと躍起になっていた。 「敵の位置は……こんな感じだ」 すらすらっと「たくてぃくす君」に書き上げていく敵の位置は、人を探すためには少々多すぎるのだが、相手が一国の女王ともなれば当然だろう。 ヒロはさらに、敵の移動パターンを書き上げていく。 するとそのホワイトボードは当然ながら、蟻一匹抜け出す穴さえなくなってしまう。 「確実に安全と言える脱出パターンはないわけね。それで?」 「そうだ、リン。だから竜さんが調べてくれた位置と速度を考慮した上で、その時点で安全と言えるルートを踏破することとなる。ではマミ。これの欠点と言うと?」 「はい少佐。イレギュラーな移動パターンに弱いことと、時間を緻密に考えた上で、自らの移動速度まで考慮しなければならないことです。特に現時点では、前者は調べてくれたとはいえ、未踏の異国ですからぶれが生じやすく、後者は即席のメンバーそのものですので、移動速度を考慮しきれないことです」 「……で、ヒロは経験から後者を補えるのですか?」 「無論……とは言い難いな。リンと神崎の二人はハイヒール。しかも、足場の悪い山奥ともなると……な」 当然ながら、憐も茜もハイヒール以外の靴を持っているわけではないため、こればかりは補うことは不可能。 さらなる要因を挙げるとすれば、憐自身、ハイヒールを履いている経験は……まあ今日だけでも経験値急上昇なのだが、だからと言って生粋の女性とは比べるまでもない。 「しかし、私たちが発見されることが敗北につながる、というわけではない」 「限りなく黒に近い灰色のようなモノだがな」 最良、ではないものの、見つかったとして、殺されずに脱出すればいい、という点を言えばさほど分が悪い勝負という訳でもない。 殺す目標である憐は、銃弾を一発受ける程度では死なないことも考えれば有利でもある。 「夜がふけるまでに時間もあるし……」 「ないものをねだってもしょうがないだろ、リン」 「……あともう一つ思ったんだけど、ヒロ。貴方、その携帯で警察とか軍隊とか呼び寄せられないの?」 「警察は相手の武装しての立て篭もりから慎重になってる。軍隊は管轄じゃない。あ、あと私関連の傭兵というのは個人的理由から却下な」 「個人的理由で、人の命を軽視しないで……」 いろいろと文句がないわけではないが、傭兵というのは金を貰って動く、私設の軍隊のようなものだ。 それを動かすにはお金が必要で、それは一女子学生(男子学生ではない)に動かせるようなものでもない。 ため息をついた後、あきらめたように憐はつぶやいた。 「わかったわよ……」 「では現時刻から、アリサ姫脱出作戦を開始する」 即座に隊列を組み、ヒロが言うような隊列を組んだ。 マミと烈人を先頭に、真ん中に憐と茜、殿に文江とヒロという二列縦隊だ。 烈人が先頭に来ていることを見ても、文江が殿を勝ち取ったらしい。 ヒロが作戦開始、と言ったこともあって憐は意気込んで警戒を強めていたが、そんな思いとは裏腹に辺りは静かなものだった。 先ほどまでのような、異界のような森の様相こそないものの、穏やかな森山といった感じである。 忍び足こそいつも以上に気をつけているが、やはり自分たち以外の足音は聞こえなかった。 杞憂に感じた、そんなときだった。 「気をつけろ、リン」 真後ろから文江がぼそりと耳元でつぶやいたため、喉から心臓が飛び出るような錯覚を覚えて、憐は息を呑んだ。 そんな動揺を気づいていないのか、文江は気にせず話を進めた。 「一人前の狙撃主というのは、数百メートルの距離をものともせずに決めてくる。貴女が気をつけなくてどうする」 「大丈夫よ、それはない。この森は割と深いわ。もしもそんなスナイパーがいたとしても数メートルが限度。第一、それだけの距離を狙撃してくる相手だったなら、ある程度の対処は出来ても、この視界の悪い山中では警戒の仕様もないし」 「しかし……」 「それに狙いのつきにくい深い山中、女一人を制圧するなら、小銃片手にしてた方がよっぽど効率はいいのよ。それに、出来れば私本人から王位継承を言うように指示できた方が後々のいざこざも回避できるしね」 理論を並べてみると、少し不満に思ったのか、文江は上目遣いで小さくうなった。 同時に、隣で憐の論理に関心したのか、ヒロが口を開いた。 「ほー、リンは大局を見る力があるみたいだな」 「まあね。そもそも政権争いをしている片方が死んだら、もう片方に疑惑が上がるのは当然。その上、一度その争いに敗れてるとあっちゃ、国民から信頼を得るなんて不可能じゃない」 「だとしても、警戒はしておいた方がいい。リン以外が攻撃される可能性もあるからな」 憐はこくりと頷くと、再び警戒を強めて慎重に、かつ素早く移動を開始した。 ハイヒールはバランスが非常に悪いものの、起伏は思いのほか大きくないため、決して歩きにくくはなかった。 それは茜も同じようで、速度は思いのほか速い。 遅滞なく進むことで、少々憐は肩透かしを食らったが、こういう肩透かしはむしろ望むところ。 逆に似非一般人である文江と烈人の二人はぶーぶーと小さく文句を言ったが、誰も反応はしなかった。 一度、敵を見つけてニアミスをしかけはしたが、アンブッシュが上手くいったらしく、敵は通り過ぎてくれた、ということもあった。 次第に傾斜が強くなってくるが、その頃には危険地帯は既に抜け、あとは人気のあるところに行けばそれで終わりだ。 「ほっとしたわよ。何事もなくて」 「まだわからないのだから、最後まで警戒しておけ、リン」 「あはは、ヒロ君。引率の先生みたい」 「先生、おやつは500円以内ですか?」 「バナナはおやつに入りますか?」 「三島、佐々木……。お前らな……。おやつは300円以内だ! バナナはおやつには入らん!」 緊張は抜け落ちたのか、マミはヒロを少佐と呼ぶこともなくなり、ふざけたやり取りをする余力すら出始めてきた。 だが事実安全地帯までいけたのだから仕方ないとも思うし、憐もほほえましく思う。 しかし、そんな弛緩した雰囲気は乾いた轟音とともに打ち消された。 それが銃声だと気づいたのは、全員が轟音の発生源に振り向いたときだった。 「うひ、うひひひひひひひひひひひ……」 怪しげな奇声を発するのは、中年の外人、といった様子の、拳銃を持った男だった。 何ら変哲もなく、黙って精悍な顔つきをしていれば、おそらくはいい男だっただろう。 が、その口からだらしなくよだれが流れ、表情は狂気に歪み、まるで薬物の中毒であるかのような様だ。 ヒロとマミがみんなの前に立つかのように、小銃を男に向けた。 しかし男は銃にひるむことなく、照準の合わない視線はうつろに憐だけを見つめていた。 欲望に満ちた殺気は、容易にアリサの関係者であることを想像させる。 その様子は、仕方なく殺すに過ぎない兵士たちとは一線を画す。 「……どうしました、叔父様? 私を恨み過ぎて、薬物にまで手を出すようになられました?」 少々の皮肉を込め、相手が使うであろう言語で先んじてけん制した。 もちろんアリサの叔父ではないのかもしれないが、恐らくれっきとした殺意を持つ以上は動機もあり、その動機がしっかりしているのは、話の流れ上、アリサの叔父しかいない。 「ころ、ころ、ころ、殺す、殺す、うひ、ひひひ、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、シネ、シネ、シネ、ぎゃは、ぎゃははは、ぎゃはははははははは、くけけけけけけけけけけけけけけけけけけ……」 狂ってる……そう思うしかなかった。 もしかしたら本当に薬物をやっているのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。 憐たちはむしろその狂気に恐怖した。 人を殺す上で、もっとも問題となるのは動機や武器ではなく、倫理。 人を殺そうというところで、ちょっとでも躊躇すれば、案外簡単には人というのは死にはしないものだ。 だがこうまで狂っている場合となるとその倫理を期待する方が無理という話になる。 殺すという明確な意思、そして人としての倫理をすてた狂人と対峙する、というのは命の危機そのものなのだから。 その中で最もその殺意を受けている憐としても、気分のいい話ではない。 こういうときにこそ、ユキメのような説得能力があれば楽なのだが、実際にはそんなもの持っているはずもなく、また相手が相手なだけあってそんなことできるとも思っていない。 とはいえ、背を向けて逃げ出しても、背中を撃たれてアウト。 「……」 「……」 それがわかっていても、ヒロとマミの二人は動かない。 ここは日本という国で、かつ傭兵とはいえ、だった、人間なため銃器を持つのは固く禁じられ、一般人が発砲するのもダメで、なおかつそれで傷害を負わせればさらなる厄介な事態になりかねない。 いくら自衛という大義名分があったとしても、相手は拳銃なのだ。 小銃を持つ二人では、間違いなく過剰防衛となるであろう。 一触即発の緊張が辺りを包む。 そのときだった。 激しい、金属と金属が打ち合う音が聞こえると、叔父の持っていた拳銃が茜の足元へと転がる。 そんな一瞬の隙に閃くのは二つの影。 一人は、いつの間にか装備したトンファーで鼻っ柱を叩き、もう一人は刃の潰れたブロードソードの平で強く腹を打ち付けた。 「ふん、この程度か。やはり我が宿敵と対峙した時の方が緊張感がある」 「ええ、まったくです姫様」 相手の体たらくに不満げな文江と烈人だが、そんな二人を尻目にヒロが叔父を的確に縛り上げ、憐とマミは金属と金属が打ち合う前、わずかに聞こえた爆裂音をした方をにらみつけていた。 金属音同士の不協和音が耳に残ってはいたものの、だからと言ってその前の音を無視するわけにもいかず、持っていた小銃を構えておく。 相手は無造作に歩み寄っているようで、ざっ、ざっ、という音が一定感覚で聞こえてくる。 接近してくるのは二人だろうか。 思わず構えた小銃に力が篭もる。 「大丈夫ですか、アリサ様!」 「心配したんですよ!」 しかし、声と同時に飛び込んできた、見覚えある姿を見て一気に憐の力は抜けた。 足の力こそ抜けなかったが、張っていた肩ががくっと落ちるのを憐は感じていた。 「って秋彦かよ!」 「瑠璃華!?」 憐が口を開こうとした直前に、ヒロとマミの二人が驚いたように二人、秋彦と瑠璃華を呆然と見つめる。 「は? 何で博之(ひろゆき)がこんなとこにいるんだよ?」 「もしかして麻美(まみ)、彼氏とハイキングデート?」 秋彦と瑠璃華の二人に立て続けに質問されたヒロこと博之とマミこと麻美の二人は曖昧に乾いた笑いを浮かべていた。 視線はどこか遠くを写しているところからも、ごまかす気は満々らしい。 「「あ、あははははは……」」 ひとしきり、ごまかしを意図した笑いをあげると二人で憐の方を向いて、口元で指を立てる。 そして再び秋彦と瑠璃華に相対すると、 「実はちょっとしたゴタゴタに巻き込まれちまってさ、一般人なのに銃持てるって、俺、珍しくねぇ?」 「そ、そうそう。ヒロ君と偶然。そう、本当に偶然だよ。ハイキングしてたらヒロ君と一緒に巻き込まれちゃったの。一般人なのにね。あははははは……」 「そ、それよりよ。何でお前ら……アリサを知ってるんだ?」 「う、うんうん。何でかな、かな?」 逆に問われた秋彦と瑠璃華も、乾いた笑いをすると、 「ま、まあ色々とあるんだよ……な、瑠璃華」 「う、うん。そうだよね」 片や、情報屋からの内緒の仕事。 片や、元傭兵を内緒にしたい似非一般人。 憐自体も秘密を持っている一人だから人事ではないのだが、そんな二組を見ていると自然と笑みがこぼれた。 「ねえアキ。ヒロとマミとは知り合いなの?」 「……? あ、はい。二人とは同級生だけど」 「同じクラスなんだけど」 一瞬、怪訝な顔をした秋彦だが、秋彦はその後すぐ答えてくれ、瑠璃華がそれを補足する。 とはいえ憐もそれで、何故秋彦たちがヒロたちを知っているのかは納得した。 と同時に、何でもアリな憐たちの高校、山城高校にヒロたちがいる理由も妙に納得してしまう。 あそこには、昔から訳アリな人たちが入学するという噂が存在するだけあって……。 「では皆さん。今から俺の指示に従って下山してください」 秋彦の先導の下、この長かった女王生活とも終わるのかと思うと、妙に感慨深いものがあった憐であった。
下山してすぐ、グレンが指揮していた傭兵部隊「タイタン」によって、憐たちは保護された。 憐以外の五人は多少疑われはしたものの、ルグリア王国と関連がないとわかるとすぐに釈放された。 博之と麻美は、自分たちが元傭兵であることを知られたくないのかすぐに青森に戻ったそうだ。 周りからは、戦場を駆け抜けた後だというのに元気な二人だと驚かれたが、憐は二人が特別な訓練を受けていることが想像できたので、何とも思わなかった。 文江たち三人も、憐が影武者だとわかっていたため、すぐに福島に戻るそうだ。 途中、知り合いなのか、睦月と葉月の二人と話し合っていたが。 「んなことより、大変だったのよ。チサトさんや仕事に来た師匠や睦月さん、葉月さんを守りつつ、あたしらの力をごまかすの」 「ごめんごめん。私だって、瑠璃華の力になれればなってたわよ」 「ユキメさんにも連絡とろうと思ったんだけど、電源切ってるみたいなのよ」 「あの人のことだから、隠れて本物を護衛してたりして」 あはは、と笑いながら瑠璃華との会話を続ける憐。 不思議と会話という行為が面白くて、自然と頭に言葉が浮かび上がるのは、ちょっと驚きだった。 「にしても、リアルサバゲーなんてやるもんじゃないわ。自分の出来の悪さがわかるわよ」 「へー。どんな感じに?」 「忍び足一つで何でこんなに大きな音が出るんだろ、とか、警戒する方向とかもう色々。今度アキに教えてもらおうかなー」 「秋彦と二人っきりはダメだよ」 「……何でよ?」 なぜか急にむっとした表情を、瑠璃華は見せた。 瑠璃華を見れば、喜怒哀楽の表情の変化が激しいだけあって、機嫌が悪いときはすぐにわかる。 だからその原因を探り、思い至らないこともあって、首をかしげて尋ね返した。 が、そんな質問は、横槍によって打ち消される。 そして同時に、解消もするのであった。 「なあ憐。俺、さっきからずーーーーーーっと思ってたんだけどさ」 「だから何? さっきから秋彦といい、瑠璃華といい、何か様子変よ」 「いや、俺たちから見れば憐の方が……」 なあ、と瑠璃華を見る秋彦。 頷き返す瑠璃華。 思い至らない自分は鈍いのではないかと、憐は思う。 そして……。 「いや、だからよ。何で、さっきから女みたいな喋り方なのかなーって……」 時が止まった。
そして時は動き出す。 「URYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!」
どんどん、と扉を何度も叩くが、一向に出てこない天照の神こと直江憐。 あれからどれだけ経とうとも、数日前の愚行のことがあって、恥ずかしさから引きこもりを継続していたのであった。 それだけならまだ良かった。 そこに追い討ちをかけたのは、やはりというのも名誉を汚すのかもしれないが、ユキメだった。 即座に女性化を解除する薬というのは存在せず、結局のところ自然回復が後遺症もなく、安全だと言ったのだ。 そしてその期間は一週間。 「憐殿。出席点が危うくなるぞ」 「それに、引きこもり続けるのは身体にも良くありませんわよ。美容の大敵ですわ」 「わ……俺は男だぁぁぁぁぁぁぁっ!! 美容なんかに興味ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「サバゲーハイも残すところあと一週間。 |