投稿小説だぜ

Mituyaさま作

『戦え! FANG GUNNERS!』外伝

偽りのものたち

第十四話


「イクサクニヨロズ女王」

◇前回までのあらすじ◇


ユキメ「やるな、コンペーイトウ。だが、世界じゃ二番目だ!」

愛「ふ、だが貴様はもう限界に近かろう、ゼンザーイ!」

チサト「誰ですか、それは!?」

ユキメ「(無視して)二人は激しい戦いを繰り広げ、いつしか二人には敵意とは違う、新たな感情が生まれていた!」

愛「果たしてそれは変? それとも恋? はたまた故意?」

ユキメ「未必の恋は、成就必然!」

愛「二人の戦いは、いつしか悲しみの連鎖へと繋がっていく」

ユキメ「果たして、戦いの行方やいかに!?」

チサト「えーと、打ち切り」

愛「えーん、打ち切りにされちゃったぁ!」

ユキメ「だったら、いつかこれを自費出版しなければ!」

チサト「するな!」

ユキメ「嫌ぷー」

愛「ぷー」

チサト「山吹色の波紋○走(サンライトイエローオーバー○ライブ)っ!!」

ユキメ「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!(やられながら)」

愛「無駄じゃないわね、それ」

チサト「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!」

愛「はぶ、ほぶ、へぶぅっ!!」

チサト「ぜぇ、ぜぇ……。……ええと、画面を見るときは部屋を明るくして、離れて御覧ください」

愛「ミタラーシィダンッゴ……貴様は強かった。けど……間違った強さだった……」

チサト「黙れ!」

愛「ぐぇ」



◇0◇


憐は、もう日も傾いた夕方頃に目を覚ました。

目覚めたばかり故に、頭はボーッとし、身体もまだまだ睡眠を求めているようだ。

このまま襲い来る眠気に屈し、深遠の夢の中へと踏み込んでもいいのだが、時間が時間なのでそうも言っていられない。

(……あれ? でも何で俺、寝てたんだ?)

(ユキメさんのせいでしょ? ユキメのユキは、作者の友人の名前〜♪)

(そこ! 本人から許可も得てないのに、そういうこと言うな!)

相変わらず、憐の頭の中では電波な少女が居座っている。

しかも今日も電波は絶好調のようだ。

だがそんな霧華のボケ、そして自分の反射的なツッコミで目が覚めたのか、次第に思い出してきた。

(……そういや、ユキメさんが俺たちのところに来て……ああ駄目だ。思いだせん)

(おもいわび、から始まる歌は、うきにたへぬはなみだなりけり♪)

(そうそう。百人一首で遊ぶときは、重い浮き、って覚えれば……ってそうじゃないっ!)

大体、百人一首というのは、古きよき歌が収められたものなのだから、しっかり覚えるのがスジというものである。

皆さんは、全部しっかりおぼえましょう。

(なみだなみだ♪ 涙は心の汗とよく似たり! だから乾くとくさーいの♪)

(黙れ)

(嫌ぷー♪ これも古きよき人物が考えた台詞だよね♪)

(いいから黙れ)

(はい、黙ります♪)

うるさいのが黙ったところで、現在の様子を伺うことにした。

今まで眠りについていたのはわかる。

眠りについたであろうと予想できる時間は、朝。

憐が記憶にあった時間がここだったからだ。

だがわかるのはそれだけだ。

そして、憐の周りだが、趣味が悪くならない程度に、豪華な品々が置かれている。

さらに足が埋まるのではないかと錯覚させられてしまうほどの、ふかふかな絨毯。

憐が寝かされていたベッドも、今までの布団と比べると何段階も上の、上質なそれだった。

ふと、視線を動かしてみると、首元に妙な感覚を覚えた。

後ろを振り返ってみても、細い線のようなものが見えるだけ……。

「は?」

そして気づいた。

その細い線が髪であることを。

「……いたずらか?」

強引にその髪をむしってみると、頭から何かがずれ落ちる。

銀色の髪のかつら。

憐が自身の女顔にコンプレックスを抱いていると知っていて、こんな真似をするならば、相当度胸のある人物だ。

まあ一部例外もいないわけでないが。

というわけで憐は、そういう人の気にすることを容赦なくやらかす人物、ユキメを最有力容疑者と決め込むことにした。

が。

「……は?」

それでも憐の首の横には漆黒の糸が流れ落ちた。

憐にとっては黒い方が髪と認識しやすかったため、それが髪であることはすぐわかる。

だが先ほどとは違い、この髪には触覚が存在していた。

そのとき、たまたま目に入った姿見を見て、憐は呆然とすることとなる。

その姿見には、銀髪のかつらを持った美女が存在したからだ。

流れ落ちる黒髪は、一糸たりとも乱れることなく腰ほどまで伸び、そのくびれた体には、美女に良く似合う、きらきらと光るドレスが着せられていた。

さらにその美女は、憐が右手を動かすと左手を、左手を動かすと右手を動かすではないか。

「なんじゃこりゃああああああああああっ!!!」

直江憐。

彼はまだ女装から離れられないようだ。



◇1◇


「で?」

ずずー、という緊張感の欠片もないような音が、憐の周りで繰り広げられていた。

その部屋はとても豪勢で、色々なインテリアはもちろん、肌触りの良い絨毯やレトロな暖炉といった器具も充実している。

そこは食堂なのだが、長机の中で一番おエライさんが座るような位置を憐は陣取っていた。

「さっきも説明したじゃない」

ここにいる人物で、唯一いつもの格好をしている少女が、紅茶を優雅に飲みながら、あきれたように憐に言った。

もっともそれは外見だけで、ずずーという音を立てている様は、優雅の欠片も見当たらない。

その少女は、ポニーテールが特徴的な、憐たちにとっての恩人であり悪女。

少々この場にはそぐわないが、長袖のブラウスにノースリーブの白いセーター、それにチェック柄のプリーツスカートと、学生を地で行っている。

「ルグリア王国の女王の身代わりを、私が依頼して憐君たちが承諾した。だからその役をやってもらってる。何か問題でも?」

「……俺、『女王の護衛』は承諾しましたが、『女王の身代わり』は許可してませんよ」

「細かいこと、男なら気にしないの!」

「……自分の身体調べましたからわかりますけど、今の俺って女じゃあ……」

「そうね。これから憐君じゃなくて、憐ちゃんにしないと」

「それもヤダ……」

そう、憐の身体は今は女性そのものだった。

女王の身代わりをするのであれば、やはり女性の身体でなければ、偽者となんてすぐばれてしまう。

もちろん、素で女性である美奈たちを使えばいいだけの話だったのだが、何とその女王、顔つきが憐そっくりだったのだ。

不幸にも、同時期に開発が成功した、瑠璃華と翔子の合作<性転換>が手元にあった。

後はもう、言わずもがな。

「その銀髪のかつらは常につけておくこと。あと、憐君が変装している女王の名前は『アリサ』だから。後は今そこにいる美奈ちゃんたちと、護衛の睦月(むつき)、葉月(はづき)、あとグレイっていう人に聞いといて」

「……ユキメさんは?」

「私は用事があるし。ま、チサトちゃんもいるし、平気でしょ?」

何だかんだで、ユキメはここにいる気はないようだ。

何かしらの理由があるかもしれないのだが、ユキメのことだから理由がないのかもしれない、と頭のよぎる憐。

ユキメはトリックスターを地で行く人間なので、その辺りの確定は出来なかった。

相変わらず、謎の多い人物である。

「……しっかり元に戻してもらえるんでしょうね?」

憐は、自分の身体を指してユキメに問う。

戻れないようなら、憐は当然やりたくなかった。

もっとも戻れないなら、一生女性として過ごすこととなるのだが、そこまで憐は考えが及んでなかったりする。

「当然。終わったら戻す手段を教えてあげる」

「……その言葉、覚えててくださいよ」

ユキメはにやりと、心の中でほくそ笑んだ。

実は<性転換>の効果はそれほど長くなく、個人差こそあるが早くて2日、長引いて7日といったところなのだ。

要するに、放っておいても元には戻れるのである。

だがユキメはあえてそれを隠し、あたかも自分が元に戻してあげる、というように考えを向けさせた。

そうすることによって、憐の行動を意図的に制限させ、自分の意思で任務をこなさせるように仕向けたのだ。

しかも「戻してあげる」だったらそれは嘘となり、意図せずとも目や行動で胡散臭さがにじみ出るのだが、ユキメは「戻す手段を教えてあげる」と言って限りなく黒に近いが白にしてみせたのである。

この辺り、本人が言う「嘘はつかないけど法螺は吹く」という所以だったりする。

「んじゃ、またね」

しかもユキメは、相手の返事を待たずにしっかり手を振って去っていった。

この辺りの、相手に反論を言わせないあたり、ユキメらしいと言えよう。

兎にも角にも、元凶で台風の目な存在は、憐たちの元を去っていった。

「えっと……じゃあ私が説明しますけど……いい、憐君?」

「あ、ああ……」

ふと憐は思ったが、自分の声が意識しないで高い声が出せている。

一旦憐は口を閉ざし、発声練習をしてみたら、一応男性の声も出せるようだ。

だが周囲が「似合わない」と一斉に同じ言葉を並べたので、憮然としながらも憐はソプラノの声色で我慢することにした。

頃合良しと踏んだ美奈は、説明を続けた。

「憐君の、身の回りの世話は私とルリーさんと海里さんで行います。他にも麗奈さんと葉月さんもそのサポートをしますが、二人は憐君の護衛を主に行います。えっと……他に、修一君と秋彦君、それにチサトさんと睦月さんとグレンさんが護衛ですので……忘れないでね。えっとえっと……そう、憐君が女王様の身代わりをしていることは、先ほど述べた人しか知らないそうなので、それ以外の人にはルグリア王国女王、アリサとして振舞ってください」

「……」

憐は無言で、少し憮然としながら美奈の説明を聞いていた。

美奈は憐の、無言の圧力に耐え切れないのか、次第に涙目になりながらも辛うじて説明をこなしていた。

そんな様子を見て、流石に憐も威圧的な態度はとらなくなったが。

あと、身の回りの世話をする、と言うだけあって、美奈と瑠璃華と海里は濃紺のエプロンドレスに白いレースの髪飾りという格好。

平たく言えば、冥土……じゃなくて明度……でもなくて冥途……失礼、メイドである。

余談だが麗奈は、

「わたくしが従者の格好なんて、我慢できませんわ!」

と激しく否定したので、SPという形での配属となった。

とはいえ特徴的な髪型はともかく、麗奈のパンツルックは意外と様になっている。

縦ロールにサングラスはまるで似合わないが。

「ま、何にせよ俺が身代わりをやれってことだろ? 俺の男としての瀬戸際なんだし、やるっきゃねえだろ」

「憐。女王様なんだから、その言葉遣い」

「……やるしかないわよね」

女言葉は、男としてのアイデンティティを激しく削り取るのだが、そこは大人の女性(仮)として我慢しておいた。

その様子を見て、言葉遣いを注意した瑠璃華も満足そうだ。

つくづく自分は女顔なんだ、ということを改めて痛感し、濃厚なため息をつく憐であった。

「それで、今後の予定はどうなんだ……なの?」

「ええっと……いい、憐君? 午後五時……あと十分後なんだけど、三時間くらいルグリア王国の大臣たちと会議があって、そこで予算について議論するらしいの」

一介の男子高校生(今は女性だが)がそんな大事に口を出していいのか! と心の中でツッコミは入れておく。

(……そういえば、最近俺ってツッコミばっかりだよな)

まあ事実ではあるが、そういう性分を呪いたくなってくる。

「ユキメさんは、憐君のことを信頼してるからね」

美奈の、今言った台詞は、憐にとっては疑ってかかるべき発言だと、何となく察していた。

いや、あの人は面倒なことを俺に押し付けただけだ、と。

そうかどうかは永遠の謎なのだが、押し付けられた以上、こなすしかない。

「そして八時から九時の間に夕食。その後、入浴、睡眠と続きます。以後のことは、私もよくは……」

「いや、わかった……わ、美奈」

「憐殿……いや、アリサ殿」

「な……何です、シュウ」

「今はまだお目にはかかってはおらぬが、七時頃に睦月殿と葉月殿が戻ってこられる。なので、夕食のとき、同時に自己紹介をしよう」

「わかった……わよ」

どうしても女言葉には慣れず、憐の言葉はたどたどしくなってしまう。

そして必然的に、言葉の数が減ってしまうようだ。

と、そんなとき「ガハハ……」と大きな笑い声が憐たちのいる部屋を響かせた。

びくっと憐は反応して、目をそちらへと向けた。

憐は、彼が確かにそこにいることはわかっていた。

だがまだ認知していない状況下故、反応できなかったのだ。

「俺の名前はグレン。各国を飛びまわって傭兵をしている。嬢ちゃん、ヨロシコ。ガハハハハハハ……!」

「は、はぁ……」

嬢ちゃんと呼ばれたことに、憐は少々むっときたが、今彼との関係を悪化させるのは得策ではないと判断し、曖昧に返事をした。

グレンという中年男性と憐は、握手をする。

グレンは頭髪を全て剃りあげ、顔の至る所に傷跡がある、強面の男性だ。

そんな彼はベレー帽をかぶり、憐たちも見慣れた迷彩服を着こなしている。

もっとも、森林での戦いならともかく、現在は室内なので目立つことこの上ない。

身長は2メートルを超えていて、結構背の高い方である憐からも見上げる形になる。

しかし憐自身、<性転換>の影響からか身長が低くなっており、現在170センチ強といったところなのだが、憐は気づいていなかったりする。

「ムツキとハヅキは、本物のプリンセスを安全な所に運んでいる」

「……安全な所?」

「そうだ。俺が見込んだ中でも指折りの使い手で、“処刑人”の二つ名を持つ者のところだ。見かけはキュートガールだかな。ガハハ……」

「つまり、護衛らしくないけど、実は達人ってことか……ことよね」

憐の言葉に、グレンはうなずいた。

こういう仕事は本職ではないにしろ、命を狙われている女王を安全な所へと避難させ、かつ身代わりを用いて暗殺者をあぶりだすという、ユキメの意図は読めてきた。

だが実は、女王がプライベートで遊びに行きたいから、影武者に仕事を押し付けた、というのが本当の話だったりする。

そのことを知っていたら、憐は間違いなくこの仕事を断ったであろうから。

「では、そろそろ時間だな。嬢ちゃん……いや、アリサ様。これから我々と共に、会議の場へと参りましょう」

思っていたよりも、時間は早く経っていたようで、憐は思わず時計の方を振り向いた。

時間はまだ、あと五分後といったところだが、移動距離の関係も考えると無視できない時間だ。

憐は、周りに修一、麗奈、秋彦、グレンを置き、彼らの外側に、かしづくように美奈、瑠璃華、海里がついていく。

「……歩きにくい」

歩き始めてから思っていたことだが、しっかりハイヒールを履かされているので、歩きにくいことこの上ない。

無論、憐はハイヒールなんぞ履いたことがなく、その実用性ゼロの靴に苦虫を噛み締めていた。

「ん、わかる……りますよ、アリサ様。私も、そのような靴はあまり……」

「あら、わたくしは慣れてますわよ、みーなさん。こう見えても、広奈としてハイヒールは履いてましたし」

えっへん、と胸を張る麗奈。

しかし自分としての経験ではないのに、自慢するのはいかがなものか。

そんな麗奈に、修一は少しだけ首をかしげる。

「というか、ハイヒールを履くのって、れいちゃんだけっしょ?」

「あら、ルリーさんはそうではなくって?」

「はっきし言ってあたし、学校の革靴買うのが精一杯だし、瑠華としても履く経験ないし」

「私は、おねえ……美亜子としての靴選びは、実用性一辺倒だったし」

そこで、修一は再び首をかしげる。

「ふむ……」

そんな修一の動作に少しだけ疑問を抱きながら、秋彦は皆に声をかけた。

「ま、とりあえず言えることは、だ。アリサ様、ずっこけないでくださいよ。あとこういうことに慣れてそうな麗奈ちゃんを主軸に、フォローして」

憐は、どうしても「アリサ」と呼ばれることに慣れず、それが自分のことを指していることを認識するまでのタイムラグが生じてしまう。 麗奈がしっかり反応して、自信満々で秋彦の指示を承諾したから、傍目から見ても自然な光景ではあるが、やはりその辺りを慣れなければならない。

いや、それよりも……。

「……なぁ。俺たちだけなんだし、普通に喋っても……」

「あらアリサ様。そのような品のない言葉遣いをなさってはいけませんわ」

憐の提案は、麗奈にあっさりと拒否された。

だが、一応フォローをするつもりなのか、美奈が耳打ちしてきた。

「これ、ユキメさんの指示なの。壁に耳あり障子に目あり、ということらしいよ。だから憐君も、出来るだけアリサとして振舞って」

「……」

流石に、しばらくオカマのような真似事をさせられると思うとうんざりしてくる。

遠くを眺めようとしたのだが、生憎そこに窓はなく、長い廊下の奥を眺めるしかない。

と、そこで一つ、重大なことに気づいた。

「……俺……私、日本語以外はてんで駄目なんだけど」

ルグリア王国という国が、どのような言語で話されているかは知らないが、日本語が母国語である可能性は皆無だ。

憐は当然日本語が母国語であり、唯一スキルのある英語でも、日常会話レベルがやっとだ。

それ以外の言語については、当然ながらまったく駄目なのだ。

しかし、憐の心配は杞憂だったらしく、海里がため息をついて話してくれた。

「その点も解決済みです、アリサ様」

「そう、この『ほんやくこんにゃ○』で!」

どこかのアニメで聞いたことのあるような効果音が一瞬聞こえたような気がした一同である。

それはともかく、瑠璃華が懐から取り出したのは蒟蒻……じゃなくて一枚の札だ。

「これを張れば、どんな人でも英語がペラペラになれる、あたし特製の陰陽術だぁ!!」

「我にくれ! いくらだ!」

「んー……これって実は無茶苦茶高いの。滅多にない材質を墨汁に混ぜて、しかも紙も特別なやつを使わなきゃならないし。しかも効果は一日持つ程度のレベルだし」

瑠璃華が、一枚それを作る値段を言った瞬間、修一の英語下手を陰陽術で治そうという、修一の希望は儚く散った。

修一は力が抜けたのか、膝立ちになり、縦線が数本、顔の横に引かれたような状態となる。

「修一先輩。私が英語を教えてあげますから、どうか気を落とさずに……」

「後輩に勉強を教わる我っていったい……」

海里の追撃がとどめとなり、修一はグロッキーとなった。


およそ三時間後。

「やりましたね、アリサ様。大臣たちに費やしていた無駄な税金を省き、来年の予算を大幅黒字で乗り切れそうですよ」

「当然よ。聞いてると、大臣たちに払ってる税金が多すぎる。だから計算によって導き出したお金を交通費にしたりすれば、おのずとそうなるわよ……って、何で俺はノリノリで女言葉話してるんだーっ!!!」

<性転換>の副作用か、三時間ずっと意識して女言葉を使っていて慣れてしまったのか、はたまた元々そのケがあったのか、憐の女言葉は中々の堂に入っていた。

もちろんそんなことに口を挟む人間は、この場にはいない上、男言葉を話そうものなら注意が飛ぶ始末。

憐がそのようになるのは、ごく当たり前のことなのかもしれない。

「っつーかよ……」

「アリサ様!!」

「……わかったわよ、麗奈。何で影武者である私が、本物がなすべき仕事をしてる訳?」

「もちろん、貴女がアリサ様だからですわ」

「……」

憐は、まだ自分がアリサとして扱われていることに気づき、顔をしかめた。

身代わりを務めている以上、そう扱われなければバレる可能性もあるし、文句の一つも言えない。

と、思っていたのだが、憐たちが廊下を歩いている最中、窓ガラスに映った自分の顔を、憐は見た。

そこにいるのは、白銀の髪をした美少女であり、憐ではない。

じーっと良く見ると、その顔は自分の顔に近づいてくるのだが、特徴的な白銀の髪が憐であることを拒否している。

(……これじゃあ、俺を憐として扱う訳がねえよな)

妙に憐は納得し、思わず苦笑いを浮かべてしまった。

ガラスに映る美少女も苦笑いを浮かべていた。

幸い、憐の思いは誰に知られるでもなく、夕食の時間となった。

会議がかなり長かったこともあり、憐たちのお腹はペコペコだ。

いくらバイトの時間帯が、いつも夕食と重なっているとはいえ、この時間帯はお腹がどうしてもすいてしまう。

ともかく、美奈たちの先導で食堂へと向かう。

憐以外の面々は、事前にこの屋敷の中を知らされていたのか、その足に淀みは見られない。

憐の意識がなくなった時間と、意識を取り戻した時間の間が結構あったし、別に不思議なことではないだろう。

食堂には、『イクサクニヨロズ』、チサト、グレンの他に、二人の男女が立っていた。

二人とも、黒服にサングラスというところから推測にするに、憐ことアリサの護衛なのだろうと想像できる。

つまり、チサトと同業者ということだ。

二人は、サングラスを取って会釈をしてみせる。

男性は見た目、二十代後半、女性は二十代前半、といったところか。

「初めまして。睦月、と申します」

「初めまして。葉月です。睦月の妻です」

まるで葉月と名乗った女性が、釘を刺すかのように、自らの立場を主張する。

そのやり方からではないが、葉月はどこか瑠璃華を想像させるような感じを、憐は覚えた。

「あ……初めまして。俺は……」

「いえ、貴女はアリサ様。少なくとも、今はそれ以外で呼ぶつもりはありませんから」

「もちろん影武者、という立場からだけどね、睦月」

この睦月という人物は真面目、そして相対的にだが、この葉月という人物はさっぱりとした性格のようだ。

アリサと呼ばれることには少し慣れてきたものの、やっぱり少し不快感を覚えて、睦月を睨みつけてしまう。

だがそれを、何と勘違いしたかは知らないが、葉月は急にその穏やかな目を一変させ、激しい敵意を憐に向ける。

何事か、と疑問が飛び交った憐だったが、そこはチサトがそっと耳元で助言をしてくれた。

「葉月さんって、睦月さんにぞっこんですから、あまり色目を使わないほうがいいですよ」

そのとき、改めて自分の身体が女性そのものであることを自覚させられた。

葉月に瑠璃華を見たのは、瑠璃華と同じく愛する人への独占欲が強すぎる点だったらしい。

憐はため息をついた。

「……やっぱり、どこかで見たことあるような気がしません?」

「だよねぇ、麗奈ちゃん。でもどこで……」

憐は、後ろでぼそぼそと内緒の会話をしている麗奈と秋彦の姿を見た。

憐としても、この睦月と葉月の二人に対して、麗奈たちと似たようなデジャヴュを感じ取っていたが、思い出すには至らない。

そもそも向こうの様子からしてみても、自分たちのことを知っている様子はないみたいだし、知り合いということはないようだ。

それでもどこかで引っかかってしまう。

だがそんな些細な悩みは、憐のかわいく鳴るお腹の音に、打ち消されるのであった。

一斉に憐のことを見る一同に対し、憐は顔を赤らめてうつむいた。

そんな姿は、縮こまっている少女そのものであった。



◇2◇


食事風景は、憐にとっては少々意外なものだった。

想像していたのは、憐が一人で食事をして、それをメイドの誰かが給仕することだったのだが、想像に反し、一斉に食事を開始する。

無論、メイドとしての役割を持つ美奈、瑠璃華、海里の三人は、万一のために給仕をしているのだが。

しかし、SPの方々全員も一緒に食事をとるというのは意外の他、何者でもない。

だがそれ以上に……。

「はい、あーんして、睦月」

「……」

「どうしたの、睦月? もしかして、食欲がないの?」

「……何よりも、視線が痛い」

このSP夫婦、睦月と葉月の、引くくらいのラブラブっぷりに、一同は目を奪われていた。

というより、どこかで見たことあるような光景に、目を疑っていたのだろう。

自らの手で睦月に餌付けしようとする葉月と、どこか困惑した様子を見せるのが睦月。

憐たちが見慣れている光景と違う点と言えば、口の周りを汚したときに、葉月自らの口で汚れを拭うことくらいか。

瑠璃華はそれを見た際、引く、というよりは関心したような表情で見ていたり。

見慣れているのか、チサトとグレンの二人は、そんな二人を気にすることなく、黙々と食事をしていた。

「……いつもこんな感じなのか……です?」

しっかり睨みつけるような視線を憐は敏感に感じ取り、急いで自らの口調を直した。

「はい。私が睦月さんと葉月さんと知り合ったときからこうでしたよ」

答えたのは、多少の付き合いがあるのか、チサトだった。

チサトのその表情からは、苦笑が浮かんでいる。

「過ぎたるは及ばざるが如し。ハヅキも、ムツキから一歩引いた方が身のためだと思うぞ」

「ふーんだ、グレンにはわからないよーだ。睦月はわかってくれるよね」

グレンの忠告を無視して、葉月はグレンに舌をべーっと出し、睦月に擦り寄る。

睦月はそれに対し、観念したかのような苦笑いを浮かべて、胸に手を回して抱きついてくる葉月の頭を撫でた。

もう片方の手は、自前の調味料を食事に振りかけている。

「……睦月殿、秋彦殿に似てるな」

「そんなこと言ったら、葉月さんはかなり瑠璃華に似てるぞ」

少々呆れながらも、修一と秋彦は肉を切りながら会話する。

いずれ、瑠璃華とある一線を越えて、なお瑠璃華と恋人関係であるとしたら……そう秋彦が思うと、今の睦月はとても人事だとは思えない。

今でこそ、瑠璃華も多少の自重はしてくれるが、その箍がはずれたら……。

秋彦は恐怖を覚え、無意識的に睦月の使っていた調味料を手にとり、それを肉にふりかけた。

一応人の物だから、それは失礼な行為なのだろうが、誰も気づいてはいない。

「それより、プリンセスはどうだった? お前のような一般人の暮らしが知りたいと言っていたが……」

「ん、ああ。そういえば、周りに気を遣うことなくカープの試合を見れるとか言ってたな……」

「……どんな女王だよ……じゃなくて、女王なのよ? それに、女王ならクイーンでしょうに……」

多少引きながら、憐はアリサへの評価を僅かに……いや、かなり変えた。

見た目が今の自分に似ている、ということから、憐はそれなりの女性との評価をしていた。

いくら女顔だの何だのと言われているからといっても、憐は男性(今は女性だが)だから、女性への思い込みというのはある。

しかも今の憐は……自分でも超がつけられるほどの美人なだけあって、どうしても幻想を抱いてしまう。

「ん……?」

色々と思い悩んだ挙句、辺りを見渡すことしかできなかった憐は、そこで異常に気づいた。

「お、おいアキ、鼻血……」

「へ? あ、本当だ」

憐の言葉で始めて気づいたようで、手身近にあるティッシュで鼻を拭う秋彦。

始めのうちは、ただの鼻血と思っていただけあって、周りは静かだった。

だが数分も経たないうちに、秋彦の異常が明らかとなる。

「……止まらない」

もうかれこれ数分は出血しっぱなしなのだ。

使用したティッシュはすでに何枚もが真っ赤に染まり、ティッシュでつめていてもそれは真っ赤となって戻ってくるだけ。

しかしそれをおいても、体調が悪くならず、むしろ血の気が多く体温も高かった。

そこでふと何かに気づいたのか、睦月が使った調味料を手にとる。

「……もしかして、これを使った?」

「え? あ、はい。やけにうまい調味料でしたけど、何だったんですか?」

「……俺もよく知らない。何でも、黒魔術で使うような怪しげな材料を使ってるとか何とか……」

正直な話、秋彦はそれを聞いて一気に血の気が引いたのだが、それに反して身体は火照ってくる一方である。

何でも効果は、滋養強壮だそうな。

ただし効果が高すぎて、お疲れのおとーさん以外に使用するのは極めて危険という劇薬らしい。

「俺も、昔みたいに若くないからなぁ」

睦月はどこか遠い目で、哀愁に満ちた笑みを浮かべていた。

結局、中々血が止まらない秋彦を見て食欲が失せたのか、そこで夕食はお開きとなってしまった。



◇3◇


「うー、酷い目にあった」

血の勢いはようやく終息を見せ、詰め物一つで何とかなる程度になった秋彦は、未だに身体がカッカする状態で机に突っ伏した。

人事とはいえ、あれだけ大量の血を見せられた修一、麗奈、睦月、グレンの四人は同情混じりの苦笑を見せていた。

なお、残りの面々は、憐の入浴タイムのため、浴場へと向かっている。

「すまない。娘が、俺の身体を気遣って渡してくれたのだけど……」

「……聡明な娘さんなんですね」

秋彦は自分の身体を知ってるが故に、無心で呟いた。

だがここで、自分で言ったことに一つだけ疑問が生じた。

見かけが二十代の後半くらいの年齢とはいえ、昨今の平均結婚年齢から考えて見れば若い部類に入る。

「睦月さんって、歳いくつですか?」

「36。ちなみに葉月は35だ」

当然ながら、睦月の発言は三人の口をあんぐりとさせた。

明らかに、あの夫婦の年齢は二十代にしか見えない。

まあ葉月は、睦月から精気を吸い取っていると苦しい言い訳でもすれば、納得できなくも無い。

だけど明らかに苦労してそうな睦月ですら、この若さ。

女性として、麗奈は是非ともその若さの秘訣を教えて欲しいところであった。

これは後日談なのだが、葉月にそれを聞いたら「睦月の愛を感じること」とよくわからない返答が返ってきたのだが、それは今は語るまい。

「……ってことは睦月さんのお子さんは」

「六人兄弟。一番上の双子の兄妹、その二つ下の双子の姉妹、でまた二つ下の娘、そしてさらに二つ下の息子。さっき言ってたのは、四女だ。久美っていって……」

「「……あっ!!」」

麗奈と秋彦の二人は、ここでハッとした表情をして、先ほど感じたデジャビュの正体を知り、納得した。

以前、サバゲーで知り合ったチーム『HERO』のリーダーを務めていた少女、森嶋久美(もりしま くみ)によく似ているのだ。

久美が二人の娘ということもあって、睦月も葉月も、久美の面影が存在する。

いや、そんじょそこらの親子より面影が強い、と言っても過言ではない。

「森嶋さんのお父さんでしたの。わたくし、以前に森嶋さんにお世話になりまして……」

「世間は狭いっすね。まさか森嶋さんの父親と、こんな形で会えるなんて……」

二人が久美の知り合いであることを教えたら、睦月も少々驚いて見せた。

「そうか、久美を知っているのか。あの子は俺たちの子の中でも聡明で、何でもやってくれて、正直手のかからない子だからな」

「その分、苦労なさっているようですけど」

「ああ……。だけど、親である俺をあまり頼りにしないで、いくら俺が気をかけてもまるで他人を見るかのように遠慮して……。思えば、事故があったあの時からか。それまでは「パパ、パパ」ってなついてくれたのに、昏睡状態から目覚めてみたら、当時はまるで俺たちを腫れ物を扱うかのように遠慮して、呼び方まで「父さん」に変わって……。いくら事故のせいで記憶喪失になったからって、俺と久美は親子なんだから、親を頼ってくれてもいいのに……そう思うだろ、真田君、武田君、伊達君!」

「は、はぁ……」

世のおとーさんというのは、子どもが気づかないところで鬱屈を抱えているようである。

そんな鬱屈が溜まりに溜まって、修一たちに意見を求めるが、親になったことのない人たちは曖昧に返事するしかなかった。

「一つ聞くが、その久美殿が記憶喪失になったのはいつ頃か?」

「三歳……。葉月や卓たちには遠慮せずに接してくれるのに、何で俺だけに遠慮するんだ、久美……」

「……」

当然ながら三歳程度で性格が形成されるはずもなく、かつ人生の大半をすごしていたとしたら娘としては十分だろう。

そう思った修一たちは、想像ではあるが、久美は案外上手く娘としてやっていっているのではないだろうか、と思った。

何より、世のおとーさんというのは実際、娘に毛嫌いものなのだから。

「ガハハ……、ムツキよ。あの子に心配されるくらいなのだから、嫌われてることはないだろ?」

「いやしかし……、俺は武術を教えると言い訳をつけて、無理矢理久美には俺に対して親しみを持たせようとしたし、俺は親なのに全て久美に家事を押し付けているし……もっともそれを言えば、葉月にも「母さん、たまには父さんといちゃいちゃしないで、家事を手伝ってよね」って言ってるけど……」

そのまま、ぐちぐちと不満を漏らす睦月と、それを年長者らしくどっしりと構えて聞くグレン。

グレンに関しては軽そうなイメージがあっただけあって関心もしたが、睦月に関しては父親としての苦悩と見かけの鋭さとは裏腹のネガティブシンキングで……違った意味でまた関心した。

「秋彦殿、秋彦殿」

「どうした、シュウ?」

「先ほども思ったのだが……」

いつも要点だけを言うような事務的な会話をする修一が、珍しく言いよどんだ。

そんな珍しい光景に、麗奈も秋彦も、目を白黒させるほかない。

やがて修一は決心したのか、二人の目を見て口を開いた。

「我々は、センゴクマンに対しての怒りが消えてるように思える」

「……へ?」

秋彦が少々間抜けな返事をして混乱している際にも、修一は言葉を続ける。

「そう思ったのが、会議の前だ。あの時、麗奈殿は広奈殿としての経験を、まるで自分の力と言わぬかのように自慢していた。これは、以前の麗奈殿にはなかったことだ」

「……確かにそうですわね。前は広奈と比べられるだけで、はらわたが煮えくり返るような思いでしたし」

「さらに決定的なのが、その後の美奈殿の言葉。美亜子殿のことを「お姉ちゃん」と言いかけた。元々、美奈殿は平和主義な面があって、敵意すらあった我々とは違い、オリジナルである美亜子殿のことを目標と定めている節はあった。さらに言えば、美奈殿は兄弟を欲していたきらいもあった」

沈黙が、三人を包んだ。

今まで無意識的にセンゴクマンを憎んでいた彼らに、殺意の芽が摘まれていたのだから。

当初は、センゴクマンに対していわれの無い復讐をしようかとも考えていたほど憎んでいたのにも関わらず……。

秋彦はそんな中、軽く口を挟み、沈黙を破った。

「いいんじゃない? もうオレたちはセンゴクマンとは関係ない、一個人なんだから」

「フッ、そうだな、秋彦殿」

「そうですわね。もうわたくし、広奈なんてメじゃないほどですものね。おーっほっほっほ……」

それはどうなんだろう?

そう呆れながらも思う、修一と秋彦の二人であった。



◇4◇


一方その頃、憐は一人で葛藤していた。

脱衣所では、数人とはいえ選りすぐりの美女たちが自分の目の前で着替えをしているからだ。

とはいえ興奮するかといえばそうでなく、一種の罪悪感だけが憐の心の内を支配していた。

無論、自分に内在する霧華としての人格は女性らしいので、この相棒に相談することは意味がない。

加えて、自身が女性化した影響からか、性欲が薄れているのか「まったく」問題がなかった。

……それも男性としてどうかと思うが。

「どうしました?」

脱衣所の隅で、背中を丸めながら着替えをする憐を心配したのか、チサトが声をかけてきた。

そんな彼女も、憐のことを女性と見ているからか、自分の今の格好に何ら疑問を抱く様子はない。

「あの、ですねぇ。チサトさん……私、本当は男……」

「それが?」

恐る恐る振り返ってみるが、チサトは幸いにもバスタオルくらいは身体に巻いていた。

それには、憐もほっと胸をなでおろす。

しかし、自分の格好を気にする様子はない。

「死線を潜り抜けてくると、格好云々で恥ずかしがっていると死んでた、っていうシーンは多かったですから」

「……」

呆れ顔で、真顔のチサトを見る憐だったが、妙に納得もしてしまう。

憐にとってのチサトとは、そんな人物なのだから。

一旦、盛大なため息をついて心を落ち着かせると、観念したのか思い切って服を脱ぐことにした。

一枚一枚服を脱ぎ捨てていくにつれて、憐の絶妙なプロポーションがが明らかになっていく。

服を着ているときには控えめだった胸も、着痩せする性質なのか、その胸は思いのほか大きい。

憐として身体を鍛えている甲斐があってか、筋肉もそこそこついており、無駄な脂肪は一切無かった。

故に、腰のくびれはヴィーナスを想像させる程のものだ。

腰周りは男性のときと大差ないが、全体的に身体が小さくなっていることもあって、相対的に大きく見える。

何はともあれ、絶世の美女がそこにいた。

「……何の冗談だよ」

こんな美女が自分だと思うと、そう呟かざるを得ない。

「ん?」

憐は、無数の視線に気づいて、思わず辺りを見渡した。

全員が物珍しそうな目で、憐の……主に局部に視線を集中させている。

全員の視線の意味を即座に知った憐は、素早くバスタオルで自らの身体を隠し、身体を縮こまらせた。

「……くそっ。何で男の俺がセクハラ受けねぇといけないんだよ」

元々は男でありながら、よりにもよって女性にセクハラを受けるこの理不尽な状況に、憐は思わず小さく愚痴った。

とはいえ、この場で助けてくれる人物は皆無であった。


憐の陰鬱な雰囲気は、風呂の暖かい湯によって洗い流された。

いくら憐が不機嫌だったからといっても、お風呂というのは日本人の心の一つなのかもしれない。

風呂場でのマナーとして、憐はいきなり風呂へとは入らずに、身体を洗い流そうと思っていた。

そんなときだった。

「アリサ様。あたしが背中流しまーす」

「私もお手伝いします」

にこにこと、タオルを持って憐に近づいてくるのは瑠璃華とチサトの二人。

美奈は憐のことを意識しているのか知らないが、顔を真っ赤に染めながら、憐から離れた位置で縮こまっている。

海里はいつも通りだったが、辺りを警戒しているようで、きょろきょろと辺りを見渡している。

そして葉月だが、彼女も風呂を堪能したいのか、自らの身体を洗おうと蛇口の前で座っていた。

ともかくこの即席メイドと凄腕SPの二人の提案を、憐としてはともかく、影武者としては蹴る手はない。

「好きにして」

それだけ言うと、憐は自らの前面を洗う。

「ったく……本当は髪から洗いたいんだけど、これじゃあ……」

「仕方ありませんよ、アリサ様。……ユキメさんの指示ですし」

手を動かしながらも、憐は諸悪の根源のことを思う。

……思ったら、眉間に皺が寄り、一発ぶん殴りたい気分にすらなってくる。

「んー、やっぱりすごいなあ。あたしと師匠の合作で、なるべく綺麗に見せようと、頭髪、眉毛、睫毛以外のムダ毛は抜けるようにも作ったんだけど……まさかここまで抜け落ちるとは……」

「俺だってびっくりだよ」

「アリサ様!」

「……私だって驚いたわよ」

「でもね。やっぱり産毛くらいは残しといた方がいいと思うの。皮膚感覚が鋭敏になるしね。そういう点では、改良が必要なのかな? 体験者としてはどう思う?」

「つーか、そんなの作らないで」

あーだこーだと会話しているうちに終わったのか、チサトがシャワーで憐の身体にまとわりついた泡を洗い流した。

ウィッグを洗えないことを危惧したのか、首元に、水流弱めでかけてくれる。

そんな肌を刺激するぬるめのお湯が気持ちいい。

思わず「はふぅ」と、間の抜けたような、それでいて少し色っぽいため息が無意識的に吐き出される。

「それじゃ、私はお風呂入るから」

まだ身体を洗っている瑠璃華とチサトの二人をよそに、憐は身体にバスタオルを巻いてお風呂に……。

「あ、アリサ様。湯船にタオルを入れるのはマナー違反ですからね」

瑠璃華の言った一言に、声にならない奇声を軽く発し、仕方なくタオルをはずして風呂へと入る。

先に身体を洗い終えたのか、美奈と葉月の二人はお湯の中にいた。

美奈は憐を意識して隅にいる。

葉月はというと、憐が女性であると思い込んでいるらしく、恥じらいの欠片も見せていない。

一見天国のように見えるが、憐は罪悪感の方がどうしても先にたって、申し訳の無い気持ちでいっぱいだった。

だが……。

「「……!!」」

美奈とチサトの二人が突如、顔をハッと上げるや否や、二人して叫んだ。

「「アリサ様!!」」

次の瞬間、美奈の手には愛槍が握られ、それを天井へと突き立てる。

それと同時に、チサトは憐に向かって突進して身体を抱きしめると、その勢いで湯船に転がった。

遅れてくるのは、憐がいた場所を貫く銃弾。

今になって、憐は身代わりの仕事をしていることを思い知らされた。

暗殺失敗を察してか、天井から降りてくる人物が二名。

二人とも全身を覆う格好なため、顔まではわからなかった。

暗殺者たちと相対するのは、海里と葉月。

美奈はまだ敵がいると察したのかはわからないが、辺りを警戒する姿勢を崩そうとはしない。

そして瑠璃華、チサトの二人は憐をかばうようにして立っていた。

勝負は一瞬だった。

海里は暗殺者が使用するナイフを銃で軽々といなし、返す刀で銃弾を胸へと叩き込んだ。

そして葉月は、ナイフを持つ手を捌くと、素早く相手の背後を取ると、裸締めに似たような風に、首を締め上げた。

いや、相手の首が嫌な方向へと捻じ曲がった。

「森嶋流総合格闘術、絞首」

「……って、来栖!! 葉月さん!!」

「大丈夫だ、アリサ様。私が使っているのは、暴徒によく使用されているゴム弾だからな」

「大丈夫、大丈夫。ここの医療スタッフって、結構優秀らしいし」

と、二人とも軽く言ってのけるが、ゴム弾を胸に受けた暗殺者は呼吸困難に陥っているのかもがき苦しんでいるし、首を捻られた暗殺者は嫌な感じでピクピクと痙攣している。

「憐君……」

「……ったく、ユキメさんも厄介な仕事を押し付けるぜ」

そう、彼女らの仕事はまだ始まったばかりなのである。


「……って、作者まで俺を女として扱うなーっ!!」

アリサ様!!

「……扱わないでよーっ!!」


つづく。


次回予告

「恨みは募る一方だが、彼の者は今はいない。
ただその意図に乗るしかない彼女らは、ただ仕事をこなすしかない。
影武者アリサこと、憐ちゃんは今日も行く。
そこにある出会いは、運命の出会いとなるのか?
ヒロインvs暗殺者の戦いはどのように動くのか?
次回いつわりのものたち第十五話「イクサクニヨロズ逃亡」

国の未来を賭けて戦え『イクサクニヨロズ』」


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