まるえさま作
『戦え! FANG GUNNERS!』外伝
『ガブリエル様の白き翼の下に〜猫かぶりお嬢さま奮闘記〜』
第十六話
| ◇想いは巡るよ休憩編◇ |
|---|
|
会ったのは、たった一度だけ。 けれど、忘れられない。 頭から離れない。 ……何故? 何故、貴方の笑顔が、頭から離れない? 直江どの……
宿命のライバルであった『剣道部!』を倒し、応援に駆けつけた聖ガブリエルの生徒達は、大喜びだった。 だがしかし、どんな集団にも、意見の合わない少数の人々が存在する。 戦い終えたガブサバ会のメンバーを、控えテントで出迎えた、月の宮様こと、藤原八重子(ふじわら・やえこ)様も、その少数派の一人だった。 「亜紀様っ! これはどういうことなのですか!」 柳眉をピンと跳ね上げ、銀縁眼鏡に冷たい光を湛え、友人の犬飼亜紀(いぬかい・あき)さまを問い詰める八重子さまの姿は、全身黒づくめの悪魔のような小学校教師を彷彿とさせた。 「あ、あのね、やえっち、これにはふかぁーい訳が……」 友人の怒りに怯えたか、柄にもなく、弁明を開始される亜紀さまであったが、 「言い訳は無用!」 八重子さま、そのカードをピシャリと封じてしまった。 「まさか、まさか貴女が、サバイバルゲームに出場なさるなんて……」 「だって、仕方ないじゃん。アンも、剣道の子も、模試トップの子も、倒れちゃって、代わりがいなかったんだもん」 「また貴女はそのような言葉づかいを……許せません」 友人の言葉づかいの悪さに、更に激昂なさる月の宮様。 それに怯えたか、“聖ガブリエルの聖女様”・畠山美華(はたけやま・みか)さまが「ひぃぃっ……」と悲鳴を上げた。 「お、お願いで御座います、月の宮様。花の宮様を、許してあげてくださいませ。花の宮様は、メンバーの足りないあたくしたちのたっての願いで、あたくしたちに加わってくださったので御座います。ですから……ですから、罰するなら、このあたくしを!」 地面に跪き、必死の嘆願をする美華さま。 その両の瞳からは、涙の滴がこぼれ落ちていた。 この場に男性がいたなら、その美しさに、忽ちノックアウトされてしまうであろう。 「何を言う、美華さま。悪いのは美華さまだけではない、リーダーであるこの私にも咎がある……美華さま一人に、罪を背負わせはしない」 “聖ガブリエルのオスカル様”こと斯波真理亜(しば・まりあ)さまが、凛々しく美華さまを庇われる。 その優しさに、 「大将さま……」 よよと泣き崩れる姫さま。 控えテントは、いっぺんに素敵異空間と化した。 「まあまあ、許してあげておくれやす、八重子はん。あの急場を救うには、これしかありませんでした。どうか、堪忍しとくれやす。これ、この通り」 雪の宮様、こと、片桐芳乃(かたぎり・よしの)さまが、優雅に月の宮様に一礼する。 自分より、唯一地位の高い学友に、頭を下げられてしまっては、流石の月の宮様も、怒りの矛先を収めるしかなかった。 「……まぁ、それも一理ありますわね。かしこまりました。許して差し上げます」 渋々頷くと、亜紀は「どーも」とにっこりした。 「それにしても、勝つなんて思ってもみな……みませんでしたわ。まぁ、気分はよろしゅうございましたけれど」 慣れぬ丁寧語を使いながら、亜紀さまが述懐する。 「そうどすなぁ。きっと、作戦がよかったんどすなぁ」 芳乃も相槌を打つ。 「確かに、あの作戦には、敵も意表を突かれたはず。それに、赤橋くんと二階堂くんの活躍も光った……」 「そうでございますわね。おーい、我が愛しのプティ・スール、貴女、よく頑張ったですわね。ご褒美としてあたしの……って、あれ? 赤橋ちゃんたちは?」 亜紀さまは首を傾げた。 今テントの中にいるのは、自分をはじめとする三宮、そしてオスカルと天使の美華ちゃん。 今活躍した一年生のみならず、協力してくれた男子高校生たちも、テント内にはいなかった。 「どないしはったんやろ?」 芳乃さまが首を傾げた、その時だった。 美華さまの携帯電話の着信音が、可愛らしく鳴り響いた。 「はい、畠山でございます。はい、はい、……まぁ、危なくはないのですか? え? 千歳さんのお祖父様が……かしこまりましたわ、皆様にはあたくしから伝えておきますわ」 電話をお切りになると、畠山美華さまは、優雅に溜め息をおつきになった。 「どうした?」 オスカルさまのご質問に、 「残念なことになってしまいましたわ」 聖ガブリエルの聖女さまは、眉宇を曇らせた。 「千歳さんのお祖父様のご提案で、園美さんと瞳さんは、偵察に出るそうで御座いますの。ですから、お昼ご飯はご一緒できないということでございますわ」 「あらあら、残念どすなぁ」 雪の宮様が言った。 「まあ、しょうがないですわね。私たちだけで、お昼にいたしましょうか」 月の宮さまの口から、現実的な発言が飛び出す。 「お姉さまがた、私の家のものが、昼食を用意しております。フランス料理ですが、もしよろしければご一緒にいかがですか?」 「まあ、真理亜はんの家のお料理やなんて、美味しそうどすなあ。是非、呼ばれましょ」 「是非」 こうして、斯波家の方が設けた別席で、お姉さまがたの会食が始まることになったのであるが、それは置いておいて。
心配そうな顔で、赤橋園美(あかはし・そのみ)が尋ねたのは、救護室の病室区域だった。 もちろん、あの恥ずかしいくの一スタイルのコスチュームは、既に出場者専用の更衣室で脱ぎ捨て、現在は制服姿に戻っていた。 「まぁ、何とかな……」 ベッドに横たわったまま、力無く答えたのは、佐々木千恵子(ささき・ちえこ)さん。 じいさま、こと、勝本信義(かつもと・のぶよし)氏の運転する車の中で、激しい車酔いになり、出場辞退して休養していた、ガブサバ会の作戦参謀である。 「調子は戻ってきたみたいだね〜。今の電話も、作戦的中だよ〜。そのちゃんから畠山先輩っていう人選もよかったし、言い訳も完璧〜。ありがと〜、ちえちゃん」 にっこりしたのは、こちらも園美と同じく制服姿の二階堂瞳(にかいどう・ひとみ)さんだった。 「へっ……千恵がボロ出すなんて、よっぽどのことがない限り、あるわけないじゃん。オレじゃあるまいし」 ベッドの上で胡座をかいているのは、名越みずえ(なごし・みずえ)さん。 千恵子同様、激しい車酔いのために戦線離脱していたが、ずっと眠り続けたおかげか、体調は元に戻ってきたようである。 「ところで、試合はどうなったんだ? 人数、足りなかったんだよなぁ……」 「もちろん、出場辞退やろ?」 レギュラー二人の質問に、園美さんは首を横に振った。 「ううん、出ましたよ」 「は?」 「!」 「あのね、あたしも出たの。それから、犬飼先輩と片桐先輩が出て……」 瞳さんの説明に、 (うっ……ゲーマーさまかよ……) (なんで“はんなり姉ちゃん”が……) 三宮様に余りいい思い出を持っていないみずえと千恵子の顔が、また青ざめた。 「……もちろん、負けたんやろ?」 気を取り直して、再び尋ねる千恵子。 だが、園美の口からは、千恵子が予想だにしなかった言葉が飛び出した。 「ううん、勝ちましたよ、『剣道部!』に」 「「!」」 千恵子さんとみずえさんが、一様に目をまん丸くした。 「そんな……」 (あの『剣道部!』に勝った? どないして?) 作戦参謀の頭の中では、様々な思考が渦巻いていた。 今回のフィールドは、真ん中に大きな池がある。 西側から進撃するなら、道は池の南岸と北岸しかない。 そうなれば、戦闘力の高さで勝敗が決まるから、4人が初心者であるこちらに勝ち目はない。 東側に布陣して、向かってくる敵を迎撃するなら、まだ勝ち目はあるが、戦闘力の差を考えれば、それも危うい。 いや、それより問題なのは、『ガブサバ会』が『剣道部!』に勝ったという事実が作られてしまったことである。 この大会は敢えて作戦を立てずに負け、作戦力で勝ち上がった感の強い『ガブサバ会』の作戦能力に対する評価を、地に落とし、単なるイロモノコスプレチームという印象を植え付けてしまう。 そして、油断した敵を、全国大会で叩きのめす。 それが、千恵子の考えていた、全国大会優勝への策だった。 今ここで勝ってしまえば、全国大会で、ますます警戒されてしまう。 全国大会優勝が、遠くなる。 「……どうやって、勝ったんや?」 絞り出すような声で質問した作戦参謀の顔には、苦渋の色が浮かんでいた。 「え、えっとですね、私は指示に従って動いただけだから、よく分からないんですけど……えっと、斯波先輩以外の5人が、池を横切って敵の本陣にいって、でも川向こうから敵が来たから、エアガン撃ったら当たって、気が付いたら試合が終わっちゃってたんですよね」 「あたし! あたし、リーダーの人倒しちゃったの〜。勘で撃ったら当たって〜」 「あと、私をこの前追い掛け回してた、あの変なちびっ子軍師さんは、畠山先輩が後ろから撃墜したんです。ほんと、ホッとしました。あの人がステージに出て来たときには、どうなることかと……」 「いいじゃん〜。やっつけられたんだし。それに、そのちゃんが撃ったの、ポニーテール男みたいだよ〜」 興奮気味に、試合の経過を軍師に報告する園美と瞳。 だが、その内容は、軍師様のお気に召さなかったらしい。 「……いまいち分からんな。敵はどういう配置やったんや? 敵も、うちらもどう動いてたんや? 誰が考えたんか知らんけど、聞いただけでは、博打みたいな作戦をやったとしか思えへんのやけど……ゲーマー様あたりの思い付きか?」 顔をしかめつつ、千恵子さんは友人に問いただす。 すると、彼女からは、明確な答えが返ってきた。 「ううん、違います。考えたのは、東京東高校の、春山さんって人です」 「……春山? 誰やそら?」 千恵子さんが首を傾げる。 「ほらー、覚えてない? 1回戦で戦った人たちだよ〜。あたしたちが困ってたら、助けてくれたの〜」 瞳が助け舟を出す。 すると、 「思い出したぜ!」 みずえさんが右拳で左の手のひらを打った。 「東京東高校って、旧日本海軍の夏の制服着て出て来たところだろ? オレ、写真一緒に撮ってもらったから覚えてるぜ」 友人の言葉に、 「……あそこか! 姫さんが大将さんを誤認撃墜してしもて、タカラヅカ状態になった、あん時の相手か!」 千恵子さんも、ようやく思い出したようだ。 「せやけど、作戦は、いまいちぱっとせんかった気がするけど……」 「ううん〜。そんなことないよ〜。大会の後から、戦術の勉強を本格的に始めたんだって〜」 瞳さんの補足情報に、千恵子さんは「う〜ん」と考え込むようだったが、1分ほど後、 「……今、その人いるか? おったら、ここに呼んで欲しい」 やや固い表情で、友人に頼んだのであった。
救護室に通された春山くんは、折り目正しく千恵子さんに挨拶した。 「聖ガブリエル女学院高校一年の佐々木と申します。体調が思わしくないので、寝たままで失礼いたします」 千恵子さんは完璧に猫を被って、春山くんに相対した。 ちなみに、みずえさんは、園美と瞳と一緒に昼食を買いに行き、千歳は、まだ布団をかぶって寝ているため、救護室内には、実質、春山くんと千恵子さんの二人だけしかいなかった。 「この度は、わたくしに代わって、我がチームの作戦を立てていただいたとのこと、誠に有難う存じます」 「いや、いい勉強をさせていただきました」 かつて敗北した相手を前にしているせいか、あくまで謙遜する春山くんである。 「……ところで、一体、どのように敵をお倒しになったのでございますか? 後学のために、詳しく教えていただけないでしょうか?」 「わかりました」 そう言って、春山くんは、持っていた黒い革の学生カバンから、一冊のノートを取り出した。 「俺の友人が、スタンドから試合を遠望して書いた戦闘詳報です」 (せ、セントウショウホウ? なんやそら? 旧日本軍かいな?) 聞きなれない用語に、千恵子さん突っ込みを入れたかったが、そこは猫をしっかり被ってこらえる。 そして、彼女はノートを受け取ると、ベッドの上に起き上がり、ノートを開いて、書かれた文字を読み始めた。 「……本当でしたのね、開始直後から、池を渡ったというのは。余りにリスクの高い作戦ですわ」 ノートの内容を読み終わると、千恵子さんは、ため息をつきつつ呟いた。 「……と思われるのも無理はない。だが、それがミソです。実は、あの池は、一番深い所でも水深60cmしかない。それを知らないチームが多かったようです。加えて、あなた方が、予選では、守り重視の印象が強かったことも、敵の油断に結びついたようです」 「敵の作戦、春山さまはご存知だったのでございますか?」 「いえ」 春山くんの答えに、じっと考え込む千恵子さん。 (なるほど、成功する確率がゼロよりは上やった訳か。せやけど、島に誰ぞおったら破綻する。姫さんがメガネのおかっぱ野郎を撃墜できたんは納得できるけど、瞳が権藤を撃墜できたんは、奇跡に近いな。まぁ、勘のええ子やから、可能性、なくはないか……せやけど、相手の情報が手に取るように分かっているはずのあのチーム相手に、何で勝てたんや? この作戦かて、向こうに漏れてるはずやろ? まさか……) 「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」 春山くんの声に、千恵子ははっと我に返った。 「な、何でもございませんわ」 すぐに、可愛らしい微笑を振り撒く。 だが、その心中は、穏やかではなかった。 (やっぱり、向こうはうちと同じ腹や! 今度はこっちの作戦を探って置いて、それに合わせて上手いこと負けるように、作戦を立てたんや。ほんで、何にも考えずに、自分らの作戦を取ってきた相手の傾向を探っておいて、全国大会で……なんちゅうこっちゃ、うちが都大会の決勝でやったことを、そのまま返されたようなもんやないか。唯一の救いは、作戦立てたんがうちやない、っちゅーことやけど……恐るべし、吉方・山神!) 実は、『剣道部!』のスパイ・山咲が、牛尾さんに発見され、「千恵たん萌えーっ!」と叫んで逃亡せざるをえなかったため、『剣道部!』にガブサバ会の作戦が伝わらず、軍師・竹田が敗北を喫してしまったという事情なのだが、体調が万全ではない軍師様は、妄想を極限まで膨らませてしまった。 (どうする? これから? うちが復帰して、わざとアホな作戦しか立てへんか、それとも、この人に丸投げして、うちとは違うパターンの作戦しか、敵に見せんようにするか? どうする? どうする?) いつもなら、すぐに答えが出るのに、体調不良のせいか、結論が出ない。 軍師様は、焦っていた。 と、 「いけない、汗が出ていますよ。やはり、まだ寝ていた方がいいのでは?」 春山君が言った。 「そ、そうですか? では……」 動揺しつつ、再びベッドに横になる千恵子さん。 「まだ、体調が戻っていないようでございますね……」 精一杯、病人らしい顔になって、千恵子さんは呟いた。 「そのようですね。無理をさせてしまって、申し訳ない。ですが、最後に一つだけ、聞いてもよろしいですか?」 「何でございましょう?」 千恵子さんは、内心警戒しつつも、春山氏に聞き返した。 すると、春山君は、 「……都大会で、なぜ、貴女は本陣を空けたのですか?」 と言った。 (っ! ……こいつ、気付いてんのかいな?!) 一瞬動揺する千恵子。 だが、次の瞬間には、彼女は、顔を曇らせた。 「そのことは、おっしゃらないで下さいませ、春山様。あれは、わたくしの、痛恨のミスでございます。あのようなことをしたばっかりに、優勝を逃してしまい……悔やんでも、悔やみきれません。今でも、悔しゅうございます」 そう言って、顔を背ける千恵子さん。 だが、その仕草が、春山くんの眼には、わざとらしく映ったらしい。 千恵子さんを見据える視線が、鋭くなった。 「……それはおかしい。貴女ほどの策略家が、あのような初歩的なミスを犯す訳がないでしょう」 「わたくしが、策略家ですって? とんでもございませんわ。チームの皆様のお力があったからこそ、我がチームはここまで勝ち上がれたのでございます」 千恵子の反論に、 「確かに、4回戦と、準決勝は、そうでしょう」 春山君は、こう答え、更に続ける。 「だが、2回戦の敵のだまし方、3回戦の敵の見事なコントロール、そして準々決勝の鮮やかな2面攻撃……それを間近に見た俺としては、貴女が、そんなミスを犯すとはどうしても考えられない。それに、準々決勝の『恵』との試合で、貴女は、敵のスパイの存在に気が付いていて、最初に金沢さんに撃墜させている。また、『恵』は、中央突破が得意だとは言え、敵が中央から突撃してくるとは限らない。それに、布陣図を改めて見直すと、『恵』には、予選で、敵の作戦を傍受しているのではないかと思える節が見られた。貴女は、それに、予選の段階で既に気がついていたのではないですか? そして、敵のスパイに、わざと偽の作戦を聞かせ、敵の作戦を中央突破に決定させてしまったのではないですか? その貴女が……」 「……止めてくださいっ!」 千恵子さんは、春山君を睨みつけた。 「そないなこと、言える訳ないでしょう! ここがどこやと思ってはるんですか!」 激昂した余り、関西弁の台詞を春山君に投げつけてしまう。 「え……?」 自分の考えが的中したということより、お嬢様だと思っていた少女が、コテコテの関西弁を話したことに、驚きを隠せない春山君。 その表情を見て、自分がやったことの意味に気がついた千恵子さんの顔が、みるみるうちに青ざめた。 (ど、どないしょ……猫が剥がれてしもた……しかも、作戦がバレとるし……) と、 「よかった……」 春山君が、ほっとしているではないか。 「な、何がや……ちゃう、何が、でございますの?」 慌てて問いただす千恵子さんに、春山君は微笑しながら、 「根っからのお嬢様だと思ってたが、普通の女の子だったのか……俺は、聖ガブリエルの生徒は、学校でも家でもおしとやかで、お弁当がものすごく手の込んだもので、休みの日にお友達を招いてハロッズの紅茶でイギリス風にお茶会を楽しんで、フリルのたくさんついたパジャマを着て、お父様お母様お休みなさいませ、などと挨拶してから、天蓋のついたベッドで寝るのかと思っていた」 と言った。 「……っていうか、幻想抱きすぎやっちゅーの」 長い台詞に、思わず突っ込む千恵子さん。 すると、 「そのようだな。それでよかった。俺は、お嬢様より、佐々木さんみたいな普通の女の子の方が好きだから」 春山君は、千恵子さんに、にっこりと笑いかけた。 「は……?」 彼の言葉の意味をとりかねて、首を傾げる千恵子さん。 だが、 「……まだ体調が悪いなら、俺がずっと作戦の指揮を執る。それでいいか?」 という言葉には、すぐに、 「ええですよ」 と返事した。 「但し、条件が2つあります」 「何だ?」 「一つは、うちも口出しさせてもらうこと。で、もう一つは……うちの名前は出さんと、手柄は春山はんの手柄にすることや」 そう言って、千恵子さんは悪戯っぽく笑みを浮かべた。 「うちも、勝ちとうなったんです。せやけど……分かるでしょう?」 その言葉に、春山君は「なるほど」と頷いた。 「では、俺も、貴女と同じ夢を見させてもらおう。全国大会優勝という夢を……」 「そのためには、ここで、他のチームの戦い方を見極めることが大事や。よろしゅう頼みます」 「こちらこそ、軍師様」 春山君は敬礼して、ニヤリと笑ったが、堪えきれず、声を立てて笑い始めた。 つられて、千恵子さんも笑い出す。 春山純と佐々木千恵子、参謀タッグが結成された瞬間であった。
「……」 実は眠っていなかった。 先ほど、吉方君に言われた言葉。 それで、彼女は一人、悶々としていたのである。 千歳の頭の中では、二年前の夏の情景が、鮮やかに蘇っていた――
今から2年前の夏。 函館のとある街角で、道に迷っている、一人の少女がいた。 金沢千歳である。 なぜ、彼女がここにいるか、その説明をしなければならない。 当時、中2だった千歳さんは、剣道の群馬県大会・女子の部で優勝した。 そのため、全国大会の群馬県代表に選ばれ、函館で行われる、全国大会に出場することになった。 顧問教師が、一緒についていってくれたので、千歳は無事、函館のホテルには到着した。 そして、個人戦の予選には、顧問教師がついていったため、迷わずに会場にたどり着き、見事、準々決勝に進出することができた。 しかし、個人戦の準々決勝が行われる日、ホテルから会場までの道で、案の定、彼女は道に迷った。 監督と顧問教師は、用事があるとかで、千歳を置いて、先にホテルを出てしまっていた。 「もう一回行ったから大丈夫だろう」 という、彼らの予測は、気持ちがいいくらいに外れた。 千歳は、監督や顧問教師が考えている以上に、方向音痴なのである。 そんな筋金入りの方向音痴の少女を、一人で、知らない街中に置いたらどうなるか。 答えは明白であった。 「ええと、市立体育館はどこだ……?」 きょろきょろしている千歳さんは、若草色の和服姿。 髪こそいつものポニーテールであるが、足は白足袋に下駄という、ほぼ完全な和装であった。 ちなみに、竹刀は肩に担ぎ、防具は袋に入れて、竹刀の先に引っ掛けてある。 彼女にとっては、これが普通の格好なのだが、剣道道具一式を持った和装の少女は、函館の町並みの中では、思いっきり目立っていた。 すれ違う地元民や観光客の中には、振り返って、千歳さんの姿を確認する者までいたほどである。 「仕方が無い、ここは誰かに道を聞いて……」 千歳さんが困っていると、長身の美丈夫が通りかかった。 年格好は、千歳より1つか2つ上、という感じである。 そして、千歳とは違い、洋装であるが、竹刀と防具を背負っていた。 (これは……同じ会場で行われる男子の個人戦に出る人か?) そう判断するや否や、 「もし、そこな御仁」 千歳は、美丈夫に声を掛けた。 「もしや、全国中学生剣道大会に出場される方でございまするか?」 「……そうですが」 急に女性に話しかけられ、相手は驚いた様子だったが、 「申し遅れました。私は金沢千歳と申す者。剣道大会の群馬県代表として、個人戦に出場する者でございます。実は、初めての町ゆえ、道に迷ってしまって……誠に相済みませぬが、会場までご一緒してもよろしゅうございまするか?」 千歳は一気に言って、相手に最敬礼した。 折角掴んだ、迷子状態からの脱出の機会である。 これがおじゃんになってしまえば、試合に間に合わない。 千歳の必死さが通じたのか、それともその明らかに街中で浮いていた服装と時代がかった口調に興味を引かれたのか、 「…ふむ、構いません。目的地は同じだ。一緒に行きましょう」 美丈夫は、快く頷いてくれた。 「か、かたじけない!」 千歳は再び最敬礼した。
市立体育館への道を、てくてくと歩きながら、美丈夫――千歳の救いの神――は尋ねた。 「……顧問の先生は、今日は、用事がお有りで、先に行かれてしまったので、私一人で会場に……。一回、予選のときに、行った道なのでございますが、私は……その……方向音痴でして……道に迷ってしまい、いかが致そうかと思っていたのでございますが、貴殿に巡り会えて、幸いでございました」 「なるほど。道理で反対方向へ歩いているわけだ。俺が地元の人間でこの道を通っていたからこそ会えた訳か。確かに幸運だな」 ふむふむ、とその美丈夫は呟くと、不意に思い出したように、 「……自己紹介するのを忘れていた。俺は直江輪。中学3年だ。一応個人戦の北海道代表ということになっている」 「直江、どの……」 千歳は口の中で、相手の名を反芻した。 直江どの、という呼ばれ方が初めてだったのか、彼は物珍しそうに千歳を見ると、 「……いつもそんな言葉遣いなのか?」 尋ねた。 「そうでございますが……おかしゅうございますか?」 何がそんなにおかしいのか、と千歳はキョトンとした。 「まぁ、日本語としてはおかしいところは無い。ただ、周りから浮いているだろう?」 「さようなことは……」 千歳さんは普段の様子を思い返す。 家でも、学校でも、この言葉遣いが普通だ。 「言葉遣いがおかしい」と、指摘された記憶はない。 この言葉遣いは、千歳の父方の祖父・義孝(よしたか)が仕込んだものである。 「武家に生まれた子なら、きちんとした言葉遣いが出来ねば、殿様に申し訳が立たん!」 そう言う義孝おじいちゃんの、孫に対する猛烈な教育振りは、町の評判となっていた。 当然、「おかしい」との声が上がってしかるべきなのであるが、金沢家と言えば、旧藩時代、町を治めていた勝本家とも縁戚関係のある筆頭家老家。 そのため、皆が義孝氏に遠慮して、千歳に面と向かって「言葉遣いがおかしい」と注意することはなかったのである。 「古い武家の出か何かか? それとも、家で時代劇を良く見ているとか?」 「よくお分かりでございますな。私の家は、江戸時代、家老職を拝命しておりました」 その台詞に、直江どのは、何やら思うところがあったらしい。ふむふむと二度ほど頷くと、 「なるほど。躾が厳しいのか」 「厳しゅうはございません!」 千歳は思わず叫んでいた。 「たとえ厳しゅうても、耐えなければなりませぬ。それが、代々家老職を拝命してきた、金沢家の娘としての掟でございまする」 “救いの神”に言い募る千歳の口調は、江戸時代の武家の娘のそれであった。 「……金沢の祖父も、常々申しております。家老職を拝命してきた家の子ならば、誰にでも恥ずかしくないよう、己を律しなければならぬ、でなければ、殿様に申し訳が立たぬ、と。ですから、辛うはございませぬ」 普通の人間なら、なんと時代錯誤な発言だろう、と思うだろう。 だが、 「その言や良し!」 「えっ?」 むしろ、千歳のほうが聞き返してしまった。 今、直江どのはなんと? だが、千歳の困惑をよそに、相手は、感銘を受けた様子で、やや興奮気味に喋り始めた。 「いや、正直感服した。まさしくあなたは俺と似たような思想の持ち主らしいな。あなたほどではないが俺自身も昔から“軍師”や“参謀”、あるいは“家老”といった立場に憧れて、そうありたいとこの身を律してきたつもりだ」 だからこれは俺の勝手な先入観かもしれないが、と前置きして、直江どのは千歳にとって衝撃的とも言える発言をしたのである。 「初対面ながら、あなたと俺は他人とは思えないな」 真正面から直江どのに見つめられ、しかもそんなことを聞かされた千歳はというと…、 「さ、さようでございますか。そ、それは、また、その、なんと申しましょうか…」 支離滅裂。 しかも、初めて感じる不思議な感覚に完璧に狼狽していた。 それは、体中から湯気が出てしまうような、傍から見ていて分かるくらい、強烈な赤面であった。 なにせ、これまで千歳のクラスメイトの男子などは、千歳が家老の娘であることと、千歳がそこらへんの不良どもよりも強いことも手伝って、千歳に対しずいぶんと距離を置いて恐る恐る会話をすることがほとんどであったのだ。 直江どのが指摘したように、千歳の存在は、今どきの中学生の間でも相当浮いていたわけである。 ところが、ここに“美丈夫”で、かつ、千歳に対しここまで踏み込んだ発言をし、そのメンタリティに深く共感してくれる男子が登場したのである。 千歳にとって、それは初めての経験であった。 (こ、これは一体……私は一体……何を、その……どうすれば……) 顔を真っ赤にして、どう喋ればいいのか、何をすればいいのか分からず、歩みまで止めてしまった千歳。 だが、直江どのは、 「いや、気を悪くされたら申し訳ない。だが、よければもう少しあなたの話を聞かせてもらえるだろうか」 と、自らの知的好奇心の赴くまま、千歳にこう言った。 千歳の心の中の嵐には、全く気付かないらしい。 「は、はあ……」 戸惑いながらも答えた千歳に、 「金沢さんは、なぜ、剣道を?」 興味津々といった感じで、直江どのは上機嫌に質問を繰り出してきた。 狼狽していた千歳も、その笑顔に励まされるように、 「なぜ、と言われても……武家に生まれた身ですから、当たり前だと思っておりました」 「なるほど」 相手の相槌に乗せられ、更に喋るのだった。 「物心ついた時にはもう、金沢の祖父に稽古を付けられて……兄に剣才がないと分かってからは、毎日稽古を……」 「ほう、お祖父さん仕込なのだな。流派はあるのか?」 「北辰一刀流でございます。江戸時代に、藩校の剣道の流派がそれだったので」 「なるほど、幕末にはメジャーだった流派だな。幕末の志士たちを、多く輩出した流派だ」 「はい、さようでございます。坂本竜馬などは、確か北辰一刀流でございますよね」 「うむ、そうだ。俺は坂本竜馬は、司馬遼太郎の『竜馬が行く』で知った口だが、あれはなかなかの作品だった。金沢さんは、読んだことがあるか?」 足を止め、道端で、千歳と直江どのは、話し込んだ。 それは、千歳の人生の中では、初めてのことであった。 何せ、千歳は普段から寡黙。 軽いところのある兄に苦言を呈し、逆にからかわれて口げんかになる時ぐらいは喋ったりするが、普段、友達とおしゃべりに興じることもない。 だが、今は違った。 自分の興味のあることを語れる。 人の意見を聞く。 新たな知識を得る。 いや、それだけではない。うわべだけの知識の交換にとどまらない、言葉のやりとり……。 (こういうものも、悪くはない……) 他人との会話というものが、このように楽しく、実りあるものなのだと、千歳は初めて実感した。 そして、会話という作業に、時を経つのを忘れ、夢中になっていた。 直江どのも、楽しそうに笑いながら、時には真面目な顔になりながら、千歳との会話に没頭している。 その笑顔を見ていると、千歳は不思議な感覚に襲われた。 心地よいような、それでいて、胸が苦しくなるような…… 思わず、目のやり場に困り、千歳さんは、ふと時計を見た。 (10時半……) 文字盤の示す時刻が頭を通り過ぎようとしたその時、千歳の記憶が蘇った。 10時半。 選手の集合時刻ではないか。 そして、試合開始は、その10分後。 「……あ! 遅刻?!」 千歳さんの叫びに、直江どのも、慌てて自分の腕時計を確認した。 「……いかん、金沢さん、試合に間に合わなくなってしまう!」 叫ぶが早いか、直江どのは、千歳の手をがしっと掴んだ。 そのまま、会場へと向かって駆け出す。 「?!」 突然、直江どのに手を握られ、千歳さんは、頭が真っ白になってしまった。 だが、走らなければならない、というのは理解できた。 足がもつれそうになりながらも、直江どのに遅れまいと会場に慌てて駆けていく。 握られた手から、力強さと、暖かさが感じられる。 その感覚で千歳の頭の中は一杯で、もう、対戦相手のことも、試合のことも、頭の中から吹っ飛んでいた。 体育館の門をくぐったことも、建物の中に入ったことも、おぼろげにしか記憶がない。 気がつくと、千歳は、“女子出場者控え室”と書かれた扉の前に立っていた。 「10時38分……ぎりぎりセーフだな」 流石に疲れたのか、ぜいぜいと荒い息を吐きながら、恩人は言った。 「ここまでくれば、もう大丈夫だろう。あとは、周りにいる大会の係りの人に聞いてくれ。流石に、この先は、俺も入れないからな」 「か……かたじけない」 千歳はペコりと頭を下げた。 「試合、頑張れよ」 「はい、直江どのも……応援して、います」 「じゃあな」 直江どのは、そう言うと、踵を返した。 (直江どの……) 千歳は、その後姿が、廊下の角の向こうに消えるまで、その場に立ち尽くしていた。 握られていた左手に残る、彼の温もりを感じながら――
千歳は、2年前の出来事を一通り回想すると、寝返りを打った。 胸の鼓動が、いつもより早く、強くなっているのが分かる。 (直江どの……元気でやっていらっしゃるのだろうか。もしかしたら、全国大会に出場されるのだろうか。もしそうなら、会いたい……直江どのに会いたい……) そして、あの手の温もりを、もう一度感じたい―― 千歳は、布団の中で、自分の左手の上に、右手をそっと重ねた。
会場の、どこかにあるテント。 片眼鏡を掛けている理知的な風貌の人物が、入り口から入ってきた優男風に、冷たく声を掛けた。 「ん? みっちーか? はっちゃんか?」 「佐藤ですよ」 「ああ、そうか」 「で、何をしてきたんです?」 「って、決まってるじゃないか。埼玉のチームに、ご挨拶をさ」 気だるげに答える優男風の右頬は、赤く腫れている。 何をしてきたのか、大体察しのついた片眼鏡の男は、ため息をついた。 「告訴されたら、どうするんですか。それに、マスコミが嗅ぎつけたら、厄介ですよ」 「大丈夫だって。俺は、ただ、あの子を喜ばせようと思ってしただけだもんな」 「知りませんよ。斯波さんにどう思われても」 「いいんだよ。どうせ、俺がどんなに優しくて、神様みたいな性格でも、愛の無い結婚をするに決まってるんだから。まあ、俺が真理亜をモノにしたら、話は別だけど」 めんどくさそうに答える優男風は、椅子にさかさまに腰掛けた。 「愛の無い結婚ですか。それは、どうかと思いますね。最悪の形で、破綻しますよ」 「割り切れば平気だって」 「そうじゃありませんよ。愛が無い結婚なんて、カカオ99%のチョコレートのようなものです」 「何だよ、その例えは」 「苦過ぎて、結局食べられない、ということです。そんな目に遭いたくなかったら、心から愛し合える女性を結婚相手に選ぶことですね」 「……意外だな、お前からそんな発言が飛び出すなんて。本当にみっちーかよ? はっちゃんじゃないのか?」 「だから、佐藤ですよ。ためしに、顔の皮でも、引っぺがして御覧なさい」 「へいへい、わかった、わかったよ」 優男は、ため息をついた。 「……まあいいさ。第4試合は俺がもらう。そうしたら、晴れて真理亜を俺のものに出来るってこった。楽しみだなあ……」 にんまり笑うこの優男の正体とは? そして、聖ガブリエルのリーダー、斯波真理亜さまとこの男との関係は? 次回に続く……多分。
「次の試合を前に、くつろぐお嬢さま方。 |