まるえさま作
『戦え! FANG GUNNERS!』外伝
『ガブリエル様の白き翼の下に〜猫かぶりお嬢さま奮闘記〜』
第十五話
| ◇奇襲逆襲! 地区大編◇ |
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さて、リタイアした1年ズは、大会本部の隣にある救護室に運ばれ、ベッドに横たえられていた。 勿論、三人とも、気持ち悪いやら目が回るやらで、到底起き上がれる状態ではない。 だが、ベッドに寝かせられて、少しは落ち着いたのか、大会が始まる頃には、千歳も千恵子もみずえも、ウトウトし始めていた。 「……全く、手の掛かる子達ですこと」 すうすう寝息を立て始めた名越みずえの体に掛かった毛布を直しながら、こう呟かれたのは、何と、“礼儀作法の完璧なお姉様ナンバーワン”、月の宮こと藤原八重子(ふじわら・やえこ)様だった。 実は、花の宮こと犬養亜紀(いぬかい・あき)に引きずられるような形で、彼女もこの南関東大会の観戦にやって来ていた。 それが、「サバイバルゲームに参加する一年生が倒れた」との連絡で、急遽、救護室に駆け付けたのである。 で、1年ズの看病をしている。 “三宮様”に看病されるなど、ガブリエルの生徒にとっては、非常に恐れ多いことである。 だが、1年ズにとっては、昨年の出来事もあり、迷惑と苦痛以外の何者でもない。 しかし、3人とも、意識が余りはっきりしていないので、雪の宮さまの存在を認識していないのが、幸いであった。 「我が校は、もう人数が足りなくて、出られないでしょうから、応援の生徒は全員帰るでしょう。けれど、せめてこの子達がシャンとするまでは、側にいてあげませんとねえ……」 まさか彼女の友人が、倒れた1年ズの代わりにエアガンを乱射することになったとは、月の宮様は予想だにしなかった……。
従って、1チームにつき、4試合を戦うことになる。 そして、5チームのうち、勝ちが一番多かったチームが優勝である。 ちなみに、対戦表は、こんな感じである。
つまり、リニューアルなったお嬢様方の最初の出番は、第2試合である。 しかも相手は、長倉氏の所属する『剣道部!』である。 (なんで最初から、よりにもよって……) 控えテントで、不安そうな表情を浮かべているのは、くの一マーズこと、赤橋園美嬢である。 その不安を見透かしたように、 「安心しな。『剣道部!』は、今回、控えメンバーで戦うらしいぜ。リーダーの権藤は出るが、あとは西塔(さいとう)、猪上(いのうえ)、東堂(とうどう)、竹田(たけだ)、梅原(うめはら)。吉方は出ねぇ」 臨時の情報収集役・哲ちゃんが園美に告げた。 すると、 「あ、そうですか……よかった、吉方さんとは顔をあわせなくていいんですね」 園美さんはホッとため息をついた。 以前、追いかけられた時の、冷徹な鬼のようなイメージが、頭に強くインプットされているらしい。 「そうか、それなら、この『月刊種子島』の『剣道部!』の講評は、当てにならないということだな」 臨時作戦参謀の春山純が、『月刊種子島』を見ながら呟く。 「……だが、竹田はナポレオン軍略とドイツ陸軍軍略をモノにした野郎だ。作戦の面に関して油断はできねぇ。それに、竹田以外のメンバーは、全員正規メンバーに勝るとも劣らない使い手でぃ。油断してると、泣きを見るぜぃ」 「確かにそうだな」 『剣道部!』の正規メンバーである長倉氏が重々しく頷く。 「ふむ、そうなると、向こうの出方が分からない、ということになる。だが、向こうもこちらのことは分からないはず。覚悟を決めて、作戦を練るしかないな」 春山君は、地図を見ながら、考え込み始めた。 「……よし、今から訓練を始めるぞ!」 長倉コーチが叫ぶ。 「は、はい!」(←園美) 「はい」(←瞳) 「かしこまりましたわ」(←美華) 「了解した」(←真理亜) 「あいよ〜」(←亜紀) 「承知いたしました」(←芳乃) お嬢様方は揃って返事をした。 「では、初心者は銃の扱い方から。それから、やったことのある者は、二手に分かれて対決してもらおう」 長倉氏のこの指示に、オスカル様と美華様は、控えテントの隣にある、30m×30mぐらいのスペースで、対決方式の実戦訓練を開始した。 審判と指導は、いつの間にか現れた勝本信義公である。 オスカル様は正攻法、対する美華様はフリーズ狙い。 オスカル様の背後を狙う美華さまと、そうはさせじと先を読んで動くオスカル様の、凄まじい応酬が繰り広げられ始めた。 そして、残る初心者4人組は、 「わーお、やっぱ乱射するのっていいねえ〜」 「あの、花の宮さま……そのスコーピオンは、乱射したらすぐ弾切れになってしまいますが……」 「あーそっか。でも赤橋ちゃんのコルト奪うわけにも行かないし……」 「うち、これにします」 「あたし、ハンドガンがいいです〜」 などと、エアガンを的に向かって試し撃ちしながら、どのエアガンを使うか、きゃぴきゃぴと相談していた。 その様子を見ながら、 (ふむ、二階堂さんは筋がいい。犬養さんは度胸があるから、この二人はアタッカー向きかもしれない。片桐さんはディフェンダーで、園美は……機嫌次第というところだが、前線には出したくないな……) コーチ、こと長倉氏は、各人の適性を見抜こうとしていた。 また、その隣で、 「ふむ、今回のフィールドは、池が大半を占めている。これをどうするか……」
フィールドの地図を見ながら、春山君が呟いている。 そして、 「えーと、あの銃はああしてこうして……って、おーい、早く終らせてくれないかー? 終らないと、俺、エアガン改造できないんだけどなあ……」 きゃいきゃい騒ぐ女子高生たちに、義晴兄さんが催促する。 だが、コーチと作戦参謀とメカニックの思考は、 「あ、あたし、こっちのエアガンがいいんだけど」 「それはあきません。亜紀はんには重すぎます」 「だから、あたしは、ハンドガンがいいんですけど〜」 「あの……私のエアガンは?」 などという、初心者4人組の嬌声によって中断されることもあったのだが…… ともかく、4人の話し合いの結果、
という形に落ち着いた。 ただし、 「片桐さんのメインウェポンは、作戦によっては、長倉さんの六四式小銃に変えてもらいましょう。そうでなくては、機動力が大幅に殺がれてしまう」 との、作戦参謀(仮)の条件付きである。 「さて、作戦だが……」 会場の地図を見ながら、春山君は、その頭をフル回転させ始めた。 その時だった。 遠くのほうから、エアガンの発射音とは別の音が聞こえ始めたのだ。 春山君は、ぴくん、と身体を震わせた。
観客の多くを占める、聖ガブリエルの生徒たちや、“聖ガブリエルの聖女たち”目当ての怪しいお兄さんたちは、適当に試合を観戦していた。 だが、観客の中には、きちんと、試合を観戦している者も存在する。 その中の一人に、紫英館高校3年生の、山神慶介(やまがみ・けいすけ)がいた。 「『魏新特選隊』は、弾数と射程範囲の広さで、『Shall We SABAGE?』のコンビ戦術を封殺しよう、という腹ですね。流石、資金の豊富な学校は違う」 などと、腕組みしながら、細かい解説を入れている。 スターティングメンバーから外れた山神君は、今日は長倉と同じく、私服である。 とはいえ、その私服が、きちんとアイロンがけされた襟付きの白いシャツに、折り目の付けられた灰色のスラックスというあたりに、彼の性格がうかがえる。 「ところで、問題は聖ガブリエルだ。佐々木さんはじめ、正規メンバーの1年生は全員出場していない。しかも、細川さんまでも……恐らく、我らと同じく、この南関東大会を重要視していないのでしょう。となると、あえて初心者のチームをぶつけ、『魏新特選隊』などの戦い方のパターンを分析しているのかも……いや、もしかしたら、佐々木さんが、裏で作戦を前面指揮しているのかもしれない……だとすると、恐るべき企み……となると、後は山咲くんの報告を待って……」 山神解説委員が、にやにやしながら、ぶつぶつ呟いていると、 「なあなあ、山神さん、サバゲーの観戦で、その格好はねーんじゃねーか?」 特大のおにぎりをがっつきながら、山神君の左隣に座った野田右馬之助が突っ込んだ。 ちなみに、彼はTシャツにジーパンという、至って普通(?)の格好である。 「山神さんって、いっつもきちんとしたカッコしてますよねー?」 野田君の隣で、野田君に同調する少女の名は、真沙代(まさよ)という。 くりくりした目が印象的な、紫英館高校近くの喫茶「おかめ」の看板娘である。 今日は、野田君をはじめとする、『剣道部!』の面々に誘われ、サバゲー観戦にやって来たのだ。 もちろん、お手製のお弁当も大量に持って、である。 「そーなんだよねー」 真沙代ちゃんに、彼女の隣に座る奥田聡司(おくだ・そうじ)も同調する。 この男、東京都大会では22人を撃墜し、撃墜王に輝いたのだが、今日は作戦参謀の指示により、控えに回っている。 本当は、ゲームに参加したくてたまらないのであるが、先輩の権藤が説得したため、おとなしく観戦と相成った。 「そういう主義を、お持ちなんですか?」 奥田君の隣から、ひょいと顔をのぞかせたのは、楊秀美(やなぎ・ひでみ)さん。 紫英館高校の学生寮・美武寮(みぶりょう)の管理人さんの娘である。 この子も、手製のお弁当を大量に作って、観戦しにやってきた。 「……まあ、しょうがないですよ。山神センセは、いっつもこうですから」 山神の右隣でこう言ったのは、山神さんの彼女・明村涼香(あけむら・すずか)さん。 純朴さが残る顔立ちの彼女は、実は中学3年生で、受験に備え、山神さんから、歴史を教わっていた。 そのためか、 「……涼香さん。明日は大事な模試でしょう。なぜ、ここにいるんですか?」 こんなツッコミが彼氏から飛んでくる。 「えー、ええやないのー。だって、最近勉強ばっかりやったし、あんたはサバゲーの練習と剣道の稽古と受験勉強ばっかりやったし、一緒に外に出かけられんかったし……」 「しかし、涼香さん……」 困りつつ、しかし微笑は絶やさずに、山神君が傍らの彼女を見やる。 だが、明村さんは、そんな彼氏の様子に気がつかない様子で、 「ええやんか、久しぶりのお出かけや。な、一緒にいてええやろ? な?」 「……わがままを言うなーーーっ!!」 突然の山神君の叫びに、山神さんの近くにいる奥田君や野田君、いや、周辺の観客たちも、驚いて山神君の方を振り向いた。 「ひ、ひどい、そんなこと言われるなんて……うちはただ、あんたと一緒にいたい、って、思てるだけなのに……」 明村さんは、彼氏に怒られたのがよほどショックだったのか、顔を伏せてしゃくり上げ始めた。 「おい、あいつ、女の子泣かせてるぞ」 「ひどい奴だな」 周囲の観客が、山神君を見ながら、ひそひそ言い交わしている。 山神さんは、更に困った表情になり、慌てて、泣きじゃくる明村さんを抱きしめ、 「……これ以上、私を困らせるな」 最大限の慈しみを込めた声で、明村さんの受けたダメージを回復しようと努めた。 そんな彼の誠意が伝わったのか、 「うん、堪忍、堪忍な、山神センセ……」 涼香さんも、泣きじゃくりながら、山神君に謝った。 「……はあ、結局、この二人は、バカップルなんよねえ」 未だに観客席で抱き合っている山神・明村カップルを見やりながら、真沙代ちゃんが飽きれたように呟いた。 「んー、ま、いいんじゃねーの? 仲がいいってことだからさ」 おにぎりをいつの間にか食べ終えていた野田君が、ちらりと脇を見やりながら言う。 「……真沙代ちゃん、俺たちも、バカップルしてみるかい?」 「結構や」 あわや抱きかかえようかという野田君の腕を、真沙代ちゃんは巧みにすり抜けて立ち上がると、野田君を置いてどこかへ行ってしまった。 「……そりゃないぜ」 呆然とする野田君に、 「ま、いつものことですよね」 無邪気な笑顔で、奥田が無慈悲に突っ込みを入れた。
低木に偽装しているのだが、周りの風景と完全に溶け合っていた。 誰が見ても、そこに人間がいるとは、思わないだろう。 今回欠場している細川直子さまも、低木に偽装してフィールド内取材を敢行したことがあったが、そのレベルを凌駕した偽装である。 これでも、金沢千歳のような、気配読みの達人がいれば、話は別なのだが、幸いなことに、彼女はいない。 二階堂瞳のように、勘が鋭い人間がいても危険だが、彼女も、猫を被らなければならない状況下で、その勘を生かすことが出来なかった。 つまり、今の状況は、山咲にとって、絶好のチャンスなのだ。 (まず、メンバーは、入場した人らで間違いなさそうやな) 山咲は、訓練中の女子高生たちの様子の把握に取りかかった。 (全員訓練中ってことは、作戦は考える暇がないっていうことか、もう作戦が立ってるか、どっちかやな。もう少し、様子を探った方が良さそうや) 諜報員・山咲が、そう思った瞬間だった。 「そこで何をしている」 男の声と共に、背中に木刀が突きつけられた。 (!) まさか、自分の偽装がバレたのか。 「何が目的だ、この破廉恥漢め。まさか瞳さんの……」 「ち、ちえたん萌えーっ!」 山咲はとっさに立ち上がり、間髪入れずに、全速力で逃走を開始した。 低木の偽装のままだが、最早そんなことを気にしている場合ではない。 「何だあれは……」 勝本信義公の執事・牛尾さんは、手にした木刀から力を抜いた。 実は、殿様が真理亜さまと美華さまの訓練の指導をしている間、牛尾さんは、周辺の警戒に当たっていたのである。 特にすることがなくて暇だから、という消極的な理由からだったが、危ないお兄さん達に注目されている聖ガブリエルには、実は必要とされる人材であった。 現にこうして、危ない千恵子さんファン(と牛尾さんは思っている)の覗き行為を、予防することができたのだから。 (気をつけなければ。もし、瞳さんをはじめとする聖ガブリエルの皆さんが、破廉恥漢の餌食になってしまったら……) もし、静かに燃えている牛尾さんの姿を、千恵子さんが見ていたら、こう言ったことだろう。 「それは恋っちゅーもんや」 と。
恐る恐る、音のする方を見やる。 ぱからっ、ぱからっ、ぱからっ…… 「ん?」 「どうした?」 長倉君と、義晴兄さんが、怪訝な顔で作戦参謀を見つめる。 だが、その視線に気がつくことなく、春山君は、音のする方角を見つめたまま、微動だにしない。 「おいおい、どうした、いきなり固まっちまって。石化しちゃったのか?」 義晴兄さんが、おどけたように、春山君の顔を覗き込むと、 「ま、まさか……」 彼の顔は、緊張のためか、強張っていた。 「何か、あっちにいるのか?」 義晴兄さんが、春山君の見つめる方角を眺めると、遠くの方に、ぽつんと、何かの影が見えた。 その影が、みるみるうちに大きくなる。 どうやら、人が乗った馬のようである。 ぱからっ、ぱからっ、という音も、次第に大きくなる。 そして、 「ひひーん」 馬は、春山君の前に、土ぼこりを立てて急停止した。 「うひゃっ」 「こ、これは……」 埃の直撃を食らった義晴兄さんと長倉君が、腕で目を庇う。 次の瞬間、 ポカッ! 「いたた……何するんですか、姉さん……」 出会うやいなや頭を一発殴られた純君が、抗議の声を上げた。 だが、 「純! お前は何をしているか!」 鞍から地面に飛び降りるやいなや、人を殴りつけた乗馬服の女性は、殴った相手を逆に怒鳴りつけた。 「おい、貴様、殴った相手を怒鳴りつけるとは、無礼にも程があるぞ!」 道理に合わないことが大嫌いな長倉が、女性に詰め寄る。 「あ……な、長倉さん、止めてくれ……」 ダメージからまだ回復できないのか、弱々しく止めに入った純君の声は届かず、長倉は女性の襟首を掴もうとした。 だが、 「未熟者め!」 襟首を掴もうとした腕の手首を、女性は革の手袋に包まれた右手でガシッと掴み、片手だけで捻り上げたのである。 「うぐわぁ……」 あの長倉が、苦悶の表情を浮かべる。 対する女性は、表情一つ変えていない。 腰まで届こうかという黒髪が、折からの風で乱れ広がり、無慈悲な女神、という印象が一層強くなる。 「テメェ、長倉になんてぇことしやがるんでぇ!」 怒りの導火線に火が付いた哲ちゃんを、 「待て……待ってくれ、清水君!」 純君は後ろから羽交い締めにした。 「何で止めるんでぇ!」 腕を振り解こうとする哲ちゃんに、 「あれは俺の姉なんだ!」 純君は叫んだ。 「は?」 哲ちゃんは怪訝な顔になった。 それはそうだ。 春山君は今は高校2年生。 それなのに、目の前にいるこの女性は、どうみても25歳は超えている。 少子化のこの時代、こんなに年の離れた姉弟には、余りお目にかかれない。 寧ろ、親子と言った方がしっくり来る。 「その通り。10も年は離れているが、私は純の姉だ。断じて母ではない!」 哲ちゃんの様子に気分を害したか、純の姉・春山好子(はるやま・よしこ)は、捻り上げた長倉の腕に、更に捻りを加えた。 「うがぁ……や、止めてくれ……」 長倉、たまらずギブアップ宣言。 「姉さん、お願いだ、止めてくれ! その人は俺の仲間だ!」 弟も懇願する。 「……仲間?」 柳眉を顰めた好子さんが、右手を開く。 「は……はあ……はあ……」 荒い呼吸の長倉がうずくまった横を通り過ぎながら、 「お前は、観客席で試合を遠望し、戦術研究に励んでおるはずではないのか?」 好子さんは弟に問いただした。 返答次第では、純君の生命が危機に曝されるであろうことが、目の光から見て取れる。 「……実は、聖ガブリエル女学院サバイバルゲーム愛好会の皆さんから、協力要請を受けたのです。作戦参謀がリタイアした。代わりに作戦を立ててくれ、と。そこで、私は興さんと一緒に、ガブサバ会のために力を尽くすことにしたのです。従って、これは、俺が今までに培った戦術の実践。サボっている訳では断じてないのです」 弟の必死の弁明に、姉は「ふむ……」と、考える素振りを見せた。 「なるほど、そういう考え方もできるな。今の己の実力がいかほどか、把握するのもよかろう。だが出るからには、純、全て勝つつもりで闘え」 「はっ!」 純君は、“恐怖の”姉に向かって敬礼した。 その顔が、強張っているのは気のせいか。 それを見た好子さんは、「うむ」と頷くと、ヒラリと馬に跨った。 「……一つ教えておこう。フィールドの池は、浅い。以前、馬で駆けたことがあるが、一番深いところで60cmしかなかった」 それだけ言うと、好子さんは馬首を返し、馬腹を蹴って走り去って行った。 「あ、あれが姉か……」 長倉君が呆然としている。 「すげぇ奴だぜぃ……」 哲ちゃんも、馬が走り去って行った方角を、恐ろしいものでもみているかのような視線で見やる。 「……ああ、姉には大きな借りがあるから、俺は頭が上がらないのだ。喧嘩をさせれば強いし……長倉さんには悪いことをした。済まない」 「いや、構わない」 長倉君は首を左右に振る。 「だが、何故、馬がこんなところに……」 ようやく解凍された義晴兄さんが、みんなの疑問を口に出す。 「……恐らく、アウトドアランドの馬でしょう。ここは、乗馬ができるんですよ。姉は、そこで土日だけバイトをしているので、厩舎から馬を勝手に引っ張ってきたんじゃないでしょうか」 「そういや、聞いたことがある。去年の暮れに、千葉の暴走族が、正体不明の乗馬服の女に、30人全員、再起不能なまでに叩きのめされたって……もしかして……」 情報屋・哲ちゃんが、記憶を引っ張り出す。 「……姉だろう。確か、暮れに、因縁を付けて来た奴らを叩きのめしてきた、と言って帰って来たことがあったな」 弟の返答に、 (流石に、園美では無理だろうな……) (流石に、お蝶でもキツいだろうな……) 長倉と哲ちゃんが凍りつく。 そんな二人のそばで、 「しかし、水深が浅いのか……うん、これは使えるかもしれない」 作戦参謀、姉の言葉に、作戦の糸口を見いだしたようである。 これが思わぬ展開を生み出すことになるのだが、それは置いておいて……。
そして、いよいよ、お嬢様方の出場する第2試合である。 だが、入場は、相手となる東京都A代表『剣道部!』からであった。 お馴染みとなったメロディーに乗って、新撰組コスプレをした『剣道部!』がドラゴンゲートから入場する。 先頭に紅の地に金糸で「誠」と刺繍した大きな旗を押し立て、控えメンバー達も引き連れ、二列に並んで整然と入場してくるその様子に、 「局長〜!」 「トシさま? トシさまはいないの?」 「待たせたな!」 などと、観客席から声が飛ぶ。 流石に東京大会で優勝しただけあり、固定ファンもついているようである。 だが、 ♪ちゃら ちゃら ちゃららちゃ〜ん 「美少女忍者くの一ムーン」のオープニングのメロディーが流れ始めた途端、その声は大きな歓声に変わった。 それは、美少女忍者5人が現れ、キメポーズを作って見せると、更に大きくなった。 しかも、衣装は開会式の時と同じ、露出度の高いくの一スタイルだったので、 「みんなスタイルいいよな……」 「ムーン萌え……」 「美華ちゅわーん、くの一も萌えるよー!」 「フトモモ……はあはあ……」 東京大会からの固定ファン、そして危ないお兄さん達が、熱い視線を注ぐ。 そして、最後に悠然と登場したオスカル様の姿に、 「きゃぁぁぁ」 「オスカル様ー!」 ほぼ全員が斯波真理亜様のファンであるガブリエルの生徒たちは、声を大きくする。 と、 「ふっふっふ、やはり現れたな、天狗!」 くの一マーズこと、赤橋園美嬢を指差し、『剣道部!』の作戦参謀・竹田くんは叫んだ。 その声、オスカルファンたちの歓声に勝るとも劣らない大きさで、会場は静まり返った。 「あ、貴方はあの時の…」 竹田君の顔を確認した、赤橋さんの顔が強張った。 それを見て、「ふふん」と、竹田君は鼻で笑い、満足げに、 「やはりこのわたしの目に狂いは無かった。最終兵器気取りで出てきたのだろうが、対策は既にバッチリだ! ふっふっふ、このわたしのエアガンの餌食にしてくれる!」 と、ニヤリと笑った。 その口上を聞いていた赤橋さんの顔は、みるみるうちに青ざめた。 それはそうだ。 竹田くんは、先日の東京大会の時、園美の大事なメモ帳(ネタ帳)を奪い取ろうと、先頭に立って、園美を執拗に追いかけ回した人間である。 その後ろには、暗い目をしたポニーテール男・西塔も控えている。 この男も、園美を執拗に追いかけ回した一人である。 (し、信じられません……この人たちと戦うなんて!) 既に園美の顔は真っ青になっていて、エアガンを持つ手がガタガタ震えていた。 「まあ……なんということでしょう」 「ジュリエットさまが、怯えていらっしゃるではないですか」 この事態に、聖ガブリエルの応援席も、不穏な空気に包まれていた。 それはそうだ。 紫英館高校は、聖ガブリエルの憎きライバルである。 園美と長倉の恋愛発覚騒動があったおかげで、全員が憎らしいという認識ではないものの、決勝戦で千恵子さんを泣かした事実は、動かしようが無い。 そのため、聖ガブリエルの生徒の間では、「長倉・権藤・山神以外の紫英館の人間は冷酷」という認識が広く行われていた。 特に、千恵子さんを泣かせた実行犯(?)である吉方は、聖ガブリエルの生徒の間では、蛇蝎の如く忌み嫌われている。 そこに、園美を追い掛け回していた、竹田くんの登場である。 ガブリエルの生徒たちの紫英館への感情は、悪化の一途をたどっていた。 (ウッソー、あいつらが堂々と出て来るなんて〜) くの一ムーン・二階堂瞳も、あの時の追っ手がこの場に出てきたことに、軽くパニックになっていた。 だが、ここで考えなしに言い返せば、易々と竹田の弁舌の罠にかかってしまう。 瞳の勘は、そう告げていた。 (あ〜も〜、ど〜したらいいの〜?) 瞳の思考回路が火を噴きそうになった、その時。 「おいおい、お前ら、赤橋ちゃんに何やってくれちゃったんだよ」 マーズの横合いから、スッと前に抜け出た人影があった。 くの一ジュピター、こと犬養亜紀さまである。 「ぬ……き、貴様は?」 竹田くんが眉を顰める。 「あれぇ? あたしのこと、知らないのか……業界の関係者なら知ってると思ったんだけど……」 ちょっとがっかりした様子の亜紀さまだったが、 「まぁいいや。あたしの名前は犬養亜紀。この子の先輩さ。ガブリエルじゃ、これでも、知られた顔なんだけどねぇ」 (業界って、一体どんな業界なんだよ) 観客席でお茶を飲みながら、義晴兄さんがこっそり突っ込む。 だが、外野からの蚊の鳴くような雑音はものともせず、花の宮さまは、 「とにかくねぇ、あたしの可愛い妹に手を出した奴ぁ、許せないんだよ、ボーヤ」 と言いながら、園美の背後に歩み寄り、彼女の首に、両腕を回してみせた。 「「「「「!」」」」」 聖ガブリエルの選手たち、そして観客席全体が、大きく動揺する。 「こ、これはスール!」 「スール萌え!」(以上、危ないお兄さん達) 「ま、まさかジュリエットさまが……」 「花の宮さまの妹なんて、何という栄誉でしょう」(以上、怪しげな生徒たち) 「まぁ……」(美華さま) 「何と」(オスカルさま) 「あらあら」(雪の宮さま) 「何か大変そ〜」(瞳さん) 様々な人が、多様な感想を抱く中、 「や、止めてください花の宮さま、わたくし、某女子校小説のような趣味はないんです!」 「いーじゃねーか、演出だよ。偽装カップル」 園美さんと花の宮さまの間では、こんな会話が小声で交わされていた。 そして、 (仲がいいのだな) 園美を巡る三角関係の一角を占める(?)ことになってしまった長倉君は、こんな感想を抱いただけであった。 「おっ、おのれ! このわたしを子供扱いするか!」 竹田君は、ボーヤという単語のみに反応し、手にした軍扇を振り回した。 「ボーヤをボーヤと言って何が悪いのさ、ねぇ、園美」 花の宮さまは、右手で妹(?)の頬を妖しくなで上げる。 (いやぁっ! 平八さんっ! 助けて!) 園美は心の中で絶叫していた。 恐らく、ここがステージでなければ、ブチキレモードに突入するであろう。 だが、 「あの〜、……私のエアガンは?」 不意に、間延びした声がステージに響いた。 場の空気を完全に無視したその発言に、場内の緊張が一気に緩む。 「とっ、東堂(とうどう)くん、こんな時に、君は何を言っているのかね?!」 竹田君は軍扇の先を、後ろでまごまごしているお坊ちゃん顔の少年に突きつけた。 それでもなおオロオロと自分の武器を探し続ける東堂くんと軍師の間に、 「え、エアガンはここです!」 慌ただしく平凡な容姿の少年が入りこみ、東堂くんの胸にエアガンを押し付けた。 「荷物に紛れ込んでたのかい、川相(かわい)?」 「あ、そうなんですよ、梅原(うめはら)さん。よくわかんないですけど」 定位置に戻った少年が、隣にいる細身の男と囁き交わす。 「梅原くんっ、君も何をしているのかね!」 軍師の叫び声に、 「えいやぁーっ!」 ポーズまでキメて、謎に気合いを入れる梅原くん。 その雄姿に、 「うわぁ、あの可哀想な人たちにそっくりだ」 「未亡人には注意しろ!」 「軍師にも注意しろ!」 観客が野次を入れる。 「まぁいい、兎に角、このわたしに出会ったのが運の尽き。覚悟しろ、天狗!」 竹田くんが軍扇を振り回した。 「どーぞ、ご勝手に」 花の宮さまが嫣然と微笑まれた。 こうして、会場を訳の分からない状態に巻き込んだまま、第2試合が開始されることになった。 (だからその手を離してください!) 唯一の被害者だったのは、花の宮さまの妹扱いされてしまった園美さんだったのだが……
雨がパラパラと落ちる中、『剣道部!』の軍師竹田君は、フィールドマップを広げると、残りの面々に説明を始めた。
「まず一つは、この川を渡るルート。次に、橋を渡るルート。最後に、池の南岸を回るルート。従って、この3箇所を押さえれば、勝利は確実です」 軍扇で、マップを指して説明する軍師は、いささか得意げだった。 それはそうだ。 今まで、山神と吉方のダブル参謀に阻まれ、作戦を立てる機会がなかったのだ。 軍師竹田、大事なデビュー戦である。 気合が入るのも、当然だった。 「特に重要なのは、池の北側! ここは、進撃路が交差する、重要な戦略ポイントだ。従って、池の北の丘を奪取するのが特に肝要。梅原くんと東堂くんには、池の北から進撃してもらいます。そして、猪上(いのうえ)さんには、島経由で池の北に回ってもらいましょう」 「えいやあーー!」 「しょ、承知しました」 「かしこまりました」 梅原・東堂・猪上が礼をする。 「西塔くんは、池の南側から進撃してもらいましょう。このエリアは狭いから、一人でも十分交戦可能だ」 「承知……だが、あんたはどうする」 暗い目をした西塔が、軍師に問いかけると、 「わたしは、権藤部長の傍で、本陣を守る!」 軍師からは、このような答えが返ってきた。 「……あれ、攻撃しないんですか?」 東堂くんの質問に、 「軍師ですから?」 さも当然であるかの如く、言い返す軍師様である。 「……では、その作戦で行こう」 リーダーの権藤君が口を開いた。 「「「「「応!」」」」」 試合開始のホイッスルが、鳴った。
割り当てられた西側の陣地にたどり着くと、亜紀はため息を付いた。 「ホンマに、しつこいお人どすなぁ」 芳乃が、おっとりと応じる。 「うん……だけどさぁ、あたしはいいとして、よしのっちも、美華も、本当に大丈夫? 雨まで降ってきたのに」 「うちは大事ないですよ」 「あたくしも」 気丈に答える美華と芳乃。 「そう? じゃ、オスカル、後は頼んだよ」 「分かっております」 オスカルが一礼する。 本当は、彼女がリーダーなのだが、先輩を立て、立ち位置を譲っていた。 (……ていうか、私たちは無視なんですね) 降り始めた雨に濡れながら、こっそり皮肉る園美。 (まあ、ど〜せ濡れるから、雨も関係ないよね〜) 瞳は、意外と平然としている。 「いいか、これは敵に気付かれたらそれまでの作戦だ。幸いにして、雨も降ってきた。成功の確率は高まっている。健闘を祈ります」 作戦参謀・春山君が、最後の訓示を与える。 「「「「「「はい!」」」」」」 リニューアルなった“聖ガブリエルの聖女たち”は、作戦参謀に敬礼した。
「君、ガブリエルの試合が始まっているようですよ」 救護室に詰めていた松木(まつき)医師が、1年ズの看病に徹していた雪の宮様に声を掛けた。 彼は、紫英館高校の校医を務めており、今回はその縁で、大会の救護室担当として活動していた。 「え? 我が校の試合が?」 てっきり、ガブリエルがメンバー不足で試合放棄をすると思い込んでいた八重子さまは、怪訝な顔をした。 「……急遽メンバーを集めたらしいですよ。しかし、未経験者ばかりだから、負ける可能性が大きいでしょうな」 八重子さまに、松木医師は落ち着いた声で教えた。 「急遽メンバーを……」 雪の宮様の脳裏を、行儀の悪い友人の顔がよぎる。 (まさか、亜紀様……大会に、出てはいないでしょうね) ピンポン♪ それはともかく、 「この3人は、お昼ぐらいまで安静にしていれば、調子も落ち着くでしょう。ここは私が看ておくから、試合を見に行ったらどうですか?」 八重子さまの心配を感じ取ったのか、松木医師はこう言ってくれた。 「……では、お言葉に甘えて。3人をよろしくお願いします」 一礼して、雪の宮さまは、救護室を後にした。 その、数分の後であった。 救護室の入り口が、外側から開けられた。 「……吉方君?」 最新の医学雑誌を読んでいた松木医師が、目を瞠る。 「どうした? 具合でも悪いのか?」 松木医師の言葉に、『剣道部!』作戦参謀の吉方利三は、驚くべき言葉を返した。 「いや、見舞いです。あいつ……なんて言ったけか、金沢千歳の」 「金沢さんの?」 松木医師が、首を傾げる。 「ええ。倒れたというのは、本当なんですか?」 「……本当だ。ひどい車酔いで、幻暈と吐き気がひどい。だが、頭部に外傷はない。お昼ぐらいまで安静にしていれば、何とかおさまるだろう。あと二人……佐々木さんと名越さんもだ」 「へえ……ガセネタじゃないってことか」 その時だった。 松木医師の後ろにあるカーテンが、ざっ、と、開けられたのである。 そこには、金沢千歳が立っていた。 「お前……」 吉方は、千歳の顔色が悪いのと、手に小太刀を持っていることに、驚いた。 「貴様……吉方……何をしに……」 千歳は吉方を睨みすえながら、小太刀を抜こうとした。 「君、やめなさい!」 慌てて松木医師が止めに入るが、千歳は構わず小太刀を抜いた。 しかし、抜いた瞬間に、本調子ではないためか、足元がよろけた。 「危ない!」 松木医師が、倒れかけた千歳の身体を支える。 その瞬間に、千歳の手から小太刀と鞘がぽろりと落ちた。 「へえ、具合が悪いってのは本当みたいだな」 吉方は、にやりとした。 「貴様、なぜここに……」 生気がない顔で、千歳は吉方氏を睨みつけた。 その青ざめた顔により、かえって恐ろしさが増している。 「慌てるな。取って食いやしねえよ。お前がぶっ倒れたっていうから、様子を見に来てやったのさ」 「私が倒れたから……?」 思いもかけない吉方の言葉に、千歳の顔から、強張りが取れた。 (一体、どういうつもりだ?) 相手の真意を判じかね、千歳は首を傾げた。 そんな千歳に、 「……そりゃあな、鉢巻に俺が好きだってデカデカ書いてくれてたからにゃ、こんぐれえはしとかねえとな」 吉方は、悪戯っぽく笑う。 「……な、何を言う。あれは」 千歳さんが慌てて反論しようとすると、 「おーっと、声がでかいぜ。他の二人が起きたらまずいんじゃねえか?」 何もかも見透かしたような、吉方の台詞である。 千歳はしぶしぶ口を閉じた。 その頬が、心なしか、紅いのは気のせいか。 「……私は外そうか、吉方君」 「そうしてもらえるとありがたいですね。あと、小太刀を持って行ってくれませんか。物騒でしょうがねえや」 そうだな、と小さく呟くと、松木医師は、小太刀と鞘を拾い上げ、救護テントから出て行った。 あとには、地面にへたり込んだ千歳と、吉方だけが残っている。
梅原・東堂が、池の北の丘を押さえるべく、走る。 猪上も、橋を渡って、北の丘を目指す。 そして、西塔も、川を渡り、池の南岸をゆっくり進み始めた。 『敵、見えず』 『同じく』 丘の麓までたどり着くと、梅原・東堂組は、ハンドシグナルで連絡を取り合いながら、辺りを警戒しつつ進んだ。 途中から、猪上君も合流し、雨の降りしきる中、3人で丘の頂上を目指す。
丘の頂上に到着したのは、試合開始から3分の後である。
「敵の姿が見えないですね」 「そうですね」 「焦らず、待ちましょう」 小声で言い交わす3人。 丁度その時だった。 「ぼしゅっ」 「ぼしゅっ」 エアガンの発射音が、遠くで聞こえた。 「敵ですか?」 「ずいぶん、遠いな」 「西塔さんが、もう向こうに着いたんでしょうかね」 のんきに会話する3人。 だが、 「な、なにー! こ、このわたしがヒットですと?!」 会場に、素っ頓狂な声が響き渡った。 「あの声……竹田さん?」 「ということは、本陣が、危ない?」 「い、急いで、戻りましょう!」 梅原・東堂・猪上の3人は、慌てて丘を駆け下った。
無言で、後ろを振り返る西塔の目に、信じられない光景が飛び込んできた。 池の中の島の上に、くの一姿の少女の姿があったのである。 「……権藤さんが危ない!」 西塔は、踵を返した。
「意外と、ちょろいもんだね」 島の上で、こう呟いたのは、くの一ジュピター、こと、犬養亜紀である。 実は、お嬢様方、開始のホイッスルが鳴るや否や、オスカル様を残して、池の中にざんぶと入っていったのである。 普通のサバゲーマーなら、よほどのことが無い限り、行動力が削がれる水の中に、わざわざ入るようなことはしない。 某サーフィン最高男のように、ウェットスーツを着なければ、服が水を吸って、動きにくくなる。 だが、彼女たちは、普通のサバゲーマーではなかった。 太ももぐらいの丈までしかないコスプレ衣装は、水深60cmの池の中では、裾が波に洗われる程度で、行動力を殆ど奪わない。 ストッキングも、なぜか防水加工が施してあったため、不必要に脚が重くなることもなかった。 実は、このストッキングは、亜紀が八重子に頼み込み、八重子が伝手を辿って手に入れた戦闘用ストッキングだったのだが、まあそれは余談である。 そして、雨が降り始めたという悪天候、突撃路は橋の上と、池の岸しかないという先入観、池は深いだろうという暗黙の了解事項、そして、まさかお嬢様が池に入るまいという思惑……。 これらの要素が重なりあった結果、お嬢様方の池の中の進軍が成功したのである。 そして、油断しきっていた竹田に、背後から忍び寄って、フリーズコールを掛けたのは、畠山美華さまであった。 「せやけど、亜紀はん、これから、敵の方が戻って来はるから、油断したらあきまへんえ。うちら、拳銃しかないんですし」 おっとり、のんびり呟いたのは、片桐芳乃さまであった。 「そうだね、じゃあうちらは、せいぜい、敵をひきつけておきますか」 亜紀様は、悪戯っぽく笑うと、南側の岸に向かって、牽制の弾を送った。
今、自分の目の前には川がある。 これを渡らなければ、権藤の所には戻れない。 権藤の傍にいる軍師・竹田がやられた以上、権藤にも危機が迫っていると考えなければならない。 「くそっ」 川向こうを見やった西塔の目に、一人の女性の影が映った。 黒いストレートの髪。 そして、コスプレの上からでも分かる、なかなか、均整の取れたプロポーション。 (あれは、佐々木千恵……ではない、長倉さんの彼女! あれを倒せば、権藤さんのところに……) 西塔は、敵に向かって、迷わず発砲した。 すると、 「い、いやあああああ!」 赤橋園美は、反射的に、銃を撃つ。 勿論、西塔は、草の陰に身を隠したが……
「ヒット……」 呆然と立ち上がり、西塔はフィールドを去っていく。 (やはりできる……!) 川の向こうを振り返りながら、「赤橋恐るべし」の思いを強くした彼であった。 だが、その視線の先で、 「え、うそ、当たった?!」 彼のライバルが、事態の展開を、信じられていないということに、気がついただろうか……。
竹田君を背後から見事撃墜した畠山美華様は、今度は、権藤の背後を取ろうと、動き始めた。 その矢先だった。 「ぼしゅっ」 美華様の傍を、弾が通り過ぎた。 とっさに茂みに隠れる美華様。 恐る恐る、茂みの隙間から前方を覗くと、新撰組コスプレの男が、ハンドガンを構えて立っている。 あれが、リーダーの権藤勇武だろう。 (困りましたわ……あちらはあたくしの位置を把握していらっしゃる) 下手に動けば、自分が撃墜される。 そのことに気がついた美華様は、動くことが出来ない。 その時だった。 「殿にかわってーぇ、おーしおきよーぉ!」 辺りに、女性の声が響いたのである。 「?」 声に気を取られ、権藤があさっての方向を向く。 その彼を、二発の銃弾が襲った。 「! 何者?!」 銃を構え直す権藤。 幸いにも、弾は彼には当たらなかったらしい。 だが、くの一ムーンの決め台詞と共に、権藤を襲った二階堂瞳にとっては、不幸にも、と言うしかなかった。 (あーん、これで仕留めるつもりだったのに……) 右手にM19コンバットマグナム、左手にコルトパイソン.357マグナムを構えた彼女は、がっかりした。 しかし、 (でも仕方ない、あたし、初心者だもん。当たらなきゃ、それでいいの!) すぐに立ち直り、木の蔭に隠れる。 その木を標的に、権藤が9mm拳銃を乱射する。 木をバリケードにしている瞳には、弾は当たらないが、その代わり、少しでも体が動くと、たちまちにしてやられるという状況である。 そのため、迂闊に権藤の方を伺えない。 (困ったな〜) 瞳は、首を左右に回し、あたりの状況の把握に努める。 と、一本の楢の木の幹が、彼女の目に映った。 その瞬間、 (……あの木を撃てば!) 突然、彼女の勘が、働いたのである。 迷うことなく、瞳はM19コンバットマグナムの照準を楢の木に合わせ、引き金を引いた。 その途端、瞳を襲っていた銃撃が止んだ。 (あれ?) こっそり、木の幹から顔を出した瞳の前で、 「ヒット……」 権藤は、素直に両手を挙げていた。 「あ、当たった……」 (ラッキー♪) 瞳は、すかさず、フラッグの元に駆け寄って、フラッグを引き抜いた。 その顔は、権藤を撃墜した嬉しさ、というよりは、自分の勘が的中した嬉しさで、輝いていた。 ともあれ、『聖ガブリエル女学院サバイバルゲーム愛好会』、見事、『剣道部!』を撃破。 春山君の戦術は、予想外の戦果を収めた。 そして、これが、各チームに、というか、各チームの作戦担当者に、大幅な意識の改革を強いることとなり、大会の大きな転換点となるのであるが、これは後日のお話ということにしよう。
吉方利三が声を掛けると、地面に座り込んでいた金沢千歳はハッとして、彼を睨みつけた。 「喋りにくいだろうが。それとも、……何だ、一人じゃ座れないのか。手ぇ貸してやろうか?」 「……結構!」 鋭く言い放つと、千歳は立ち上がった。 だが、その足元はふらついており、なかなか最初の一歩を踏み出そうとはしない。 「しょうがねえなあ……」 見かねた吉方は、つかつかと千歳に歩み寄り、後ろから彼女を抱きかかえた。 「っ!」 全く予想だにしていなかった展開に、千歳の全身が強張る。 「な、何をする!」 腕から逃れようと、必死にもがこうとする千歳に、 「暴れるなよ。運びにくいだろうが」 こう言いながら、吉方君は、2mほど離れたところにある椅子まで、彼女を引きずっていった。 「ほら、座れよ」 吉方が、腕を慎重に千歳の体から外す。 「……」 千歳は黙って、椅子に腰掛けた。 「……で、どうだい、俺を好きになってくれたかい?」 笑いかける吉方。 「なっ……だ、誰が!」 千歳は彼をぎろりと睨んだ。 だが、 「だからよ、声がデカイって言ってるだろうが」 至極もっともな吉方の指摘に、出鼻を挫かれたような格好になり、千歳は吐き出そうとした怒りを、無理やり腹の中に押し込めざるをえなかった。 「……貴様は、私の鉢巻を見て、何か勘違いしているようだが」 改めて、心を落ち着け、小声で喋り始める。 「あれは、千恵の姉上に借りた衣装に混じっていただけだ。つけたくなかったが、お姉さま方に無理矢理つけさせられた。それに、……貴様など、懸想する価値もない」 「……直江輪に比べて、か?」 「……!」 千歳が目を見開いた。 「なぜそれを!」 「……簡単なことさ。あの時、俺も会場にいたんだよ、奥田聡司の応援でな。そして、聡司の準々決勝の相手が、あいつだった」 「……」 千歳は、呆然としたまま、吉方の台詞をさえぎることができない。 「……直江の奴が、定刻になっても来なかったから、聡司は不戦勝になった。そして、聡司はそのまま優勝した。……で、表彰式の後、俺は見たんだよ。竹刀と防具を持った和服の女に、直江がペコペコ謝られてたのを。誰だろう、と思ったが、この間のサバゲーの予選の帰り道、あんたの私服が和服だった。それで思い出したのさ。あの時の女が、あんただって。で、『種子島』見たら、直江も出てるじゃねえか。ぴーんときたね。あんたが、直江を追ってこの大会に出たんじゃねえか、って」 「断じて違う!」 鋭く反論する千歳。 「私と直江どのが会ったのは、2年前のあの時だけ。年始と時候の挨拶の文は交しているが、今回の大会に出たのは偶然だ」 吉方に反駁する千歳の目には、強い光が宿っている。 身体を強張らせ、自分への敵意をむき出しにしている千歳が、まるでケンカで相手を威嚇してる猫みたいだ、と、ふと吉方は思った。 「……『FANG GUNNERS』と同じ地区から出ている『チーム風林火山』は、やたら強い。この俺たちでも、手を焼きそうだ。十中八九、北海道大会で優勝するだろう。だが、北海道大会は、優勝チームと準優勝チームの2チームが全国に出られる。組み合わせ次第では、そして『夕張のガンマン』と『新領土総督府』を倒すことができれば、直江のチームも全国に出られるだろう」 吉方は、千歳に背を向けた。 「そん時あんたがどうするかは、あんたの勝手さ。……だが、1回会っただけの男を思い続けるなんて、あんた、相当な“ろまんち”だな」 振り向いて、意味あり気な微笑を千歳に向けると、吉方は救護室から去って行った。 「……」 頬を赤く染め、入り口を呆然と見つめる千歳。 その頭の中では、2年前の夏の出来事が、ゆっくりと蘇っていた……
「少女は戸惑っていた。
『FANG GUNNERS』に負けるな、お嬢さま」 |