投稿小説だぜ

まるえさま作

『戦え! FANG GUNNERS!』外伝

『ガブリエル様の白き翼の下に〜猫かぶりお嬢さま奮闘記〜』

第十三話


◇峠でバトルだ地区大(ちくたい)編◇

◇1◇


◇大会2日前、午後4時30分◇


「ふうっ、やっと原稿が書き上がりましたわ!」

南関東大会2日前の木曜日、午後4時30分。

聖ガブリエル女学院の一角に建つ洋館「百合の館」の印刷室で、新聞部部長・細川直子は、椅子に寄りかかったまま大きく伸びをした。

明後日には、自身も所属する聖ガブリエル女学院サバイバルゲーム愛好会が、サバイバルゲーム南関東大会に出場する。

彼女はその関連の記事で埋め尽されたA4で20ページの号外を作成していた。

大会前日、つまり明日には、全校生徒に届ける心づもりでいるので、今日中に刷り上げてしまわなければ、それに間に合わない。

という訳で、直子さまは、この一週間、サバゲーの練習と号外の作成にかかりきりになっていた。

昨日から一睡もしていないが、直子さまは疲れを全く感じず、体中を駆け巡る熱に浮かされるように、作業に没頭していた。

「あとは、この原稿を印刷機にかければ…」

直子さまは、高揚した気分のまま立ち上がると、印刷機に原稿を手慣れた手付きでセットした。

やがて、印刷機が、出来立てほやほやの学校新聞を排出し始める。

「ああ、やっとわたくしの号外が完成ですわ! やはり、いつ見ても、出来立ての新聞を見るのはいいですわねぇ……」

印刷機に上半身の重みを預け、新聞部の部長はうっとり微笑まれた。

美華さまほどではないが、その笑顔を見れば、男性諸君はどきどきしてしまうだろう。

「それにしても、今日は暑いですわ。印刷機も、いつもより熱くなっているような気が……故障かしら?」

直子お姉さまは、印刷機の調子をよく見ようと頭を上げて――

――できなかった。

「まあ、梨壷女御様!」

「大変ですわ!」

……様子を見に来た後輩の新聞部員が、床に倒れている直子お姉さまを発見したのは、それから5分後のことである。


◇大会前日、午前8時◇

細川直子さんが倒れた、その翌朝。

「はぁ?」

1年桜組の教室で、クラス委員の赤橋園美さんは、困惑の表情を浮かべた。

「私に、細川先輩の代理を務めろっていうんですか?」

「そうや」

園美さんにきっぱりと言いきったのは、もう一人のクラス委員・佐々木千恵子さんだった。

「昨日の夕方に高い熱出して倒れはったんや。で、ドクターストップがかかって、大会に出られんようになったんや。急な話やから、代役頼めるの、あんたしかおらんねん。頼むわ」

「……って、そんなの無理ですよ!わたし、サバゲーなんてやったことないから、千恵さんたちの足手まといになるだけです。それに、瞳さんじゃなくて、なんで運動オンチのわたしに頼むんですか?」

必死に理由付けして、天文気象部部長は、会計の頼みから必死に逃れようとしている。

(やれやれ、困ったなぁ)

作戦参謀は内心苦笑したが、すぐにターゲットを口説き落としにかかった。

「瞳は、勝手に動くことが多いやんから、作戦行動的には不利やねん。……大丈夫やて、エアガン持って、うちの言う通りに動いてくれたらそれでええから。適当に引金引いてたら、敵って結構ビビってボロ出すんや。せやから、うちらみたいな女子チームでも勝ち上がれたんやし」

こう言って、千恵子は微笑した。

「園美、女の子でサバゲーなんて、めったにできる機会ないで。きっと、ええ経験になると思うよ。戦闘シーンの実際、ちゅうのが、ようわかるんとちがう?」

すると、園美の表情が、だんだんと変化してきた。

先ほどまでは拒否の色を強く浮かべていた、メガネの奥の黒い瞳が、今では好奇心でキラキラと輝いている。

「そうですね……ちょうど今、ナターシャと敵キャラとの、長距離魔法同士の戦闘を書こうと思ってたところですし、参考になるかもしれませんね……わかりました。わたし、参加します!」

鷹木きめら先生、こと、赤橋園美嬢は、にっこり笑って頷いた。

「おおきに! よかったぁ、あんたが来てくれたら、心強いわ。ありがとう」

千恵子さんは、園美さんの手を、にこにこ笑いながらギュッと握った。

だが、その心の奥の笑みは、若干ダーティーな雰囲気を帯びていた。

(ふっ、ちょろいもんや。やっぱり、園美はネタでつるのが一番やなあ)


佐々木千恵子流・赤橋園美操縦術:「今しかできない経験」で釣れ。


かくして、細川直子嬢の代わりとして、“ジュリエット様”こと赤橋園美さんが出場することになった。

だがこれが、彼女たちの運命を大きく変えることを、流石の千恵子さんも、予測できなかったのである。


◇大会当日、午前7時◇

大会当日、午前7時。

金沢千歳とその外祖父・勝本信義の住むマンションの1階にある駐車場には、数人の人間が集まっていた。

「遅いなぁ、園美」

あくびを噛み殺しながらこう呟いたのは、深緑色のセーラー服姿の佐々木千恵子。

「うむ」

同じ格好の金沢千歳が、重々しく呟きに反応する。

「7時ジャストって言ったんだよな?」

これまた同じ服を着ている名越みずえが確認する。

「もうこれ以上、待ちきれんわ。さっさと行こ!」

「ちえちゃん、落ち着きなよ〜」

せっかちな千恵子を、やはり制服姿の二階堂瞳がなだめた瞬間、駐車場にばたばたと足音が響いて、

「ごめんなさいっ!」

深緑のセーラー服に身を包んだ園美が、スポーツバッグを持って駆けてきた。

「遅い!」

一声叫んだ作戦参謀に、

「すみません! 明海(あけみ)が『服がおかしい』って言って、家を出るの許してくれなくて……」

代理要員はすまなそうに言い訳する。

「やっぱり〜。そうだろうと思った〜」

瞳が訳知り顔で頷く。

「お姉(ねえ)の身だしなみを何とかしてください!」

と、園美の妹・明海から相談を受けているのは、他ならぬ彼女だからである。

「とりあえず、これで全員揃ったんだよな?」

ブルーのシャツにベージュのパンツ、靴はブラウンのチロリアンという出で立ちの義晴兄さんが確認する。

千歳の祖父の勝本信義(かつもと・のぶよし)、そして勝本家の執事の牛尾(うしお)さんが和装なので、彼の洋装が一際目立っている。

「そやな。ほな行こか」

千恵子さんは、さっさと殿様のプリウスに乗り込んだ。

それに続いて、みずえ、千歳が後部座席に乗り込み、殿様の執事の牛尾さんが助手席に乗り込む。

「あの、わたしは……」

「ああ、俺のアルトちゃんに乗ってくれよ」

戸惑う園美に、義晴兄さんが手を差し出す。

「よ、よ、義晴さんと二人ですか?」

頭を抱えて更にパニクる園美に、

「何言ってんのよ〜。あたしも乗るに決まってるでしょ〜」

瞳が半ば呆れつつなだめた。

「それにそのちゃん、義晴兄さんと付き合ってる訳じゃないのに、そんな慌てなくても……あ〜、わかった〜、ひょっとして、ロミオ様捨てて浮気ですか、ジュリエット様?」

ニヤニヤ笑いながらからかう瞳に、

「そ、そんなことありません! わたしがこの世で一番愛してるのは、平八(へいはち)さんなんですから!」

覚えず、園美は熱い台詞を言い放ってしまった。

「ヒューヒュー」

「朝っぱらから熱いね〜、ジュリエット様〜」

義晴兄さんと瞳に囃し立てられて、本人は自分が何を言ったかをようやく理解し、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

「でもなんで、今日はこっちに来たのかな〜」

「そ〜そ〜、愛しの平八さんはどうしたの〜?」

「……そ、それは平八さんが、向こうのチームにくっついて行かなきゃいけないから……はぁ、今日は試合に出ないで見物だけだって言ってたから、私が戦うことにならなければ、平八さんと一緒にいられたのに……って、何言わせるんですか、二人とも!」

からかう二人に、ムキになって反論する園美を、

「はいはい、ごちそうさま」

「ごめんね〜そのちゃん。もう長倉(ながくら)さんのことは言わないから〜」

義晴兄さんと瞳は軽くあしらって、義晴兄さんの愛車スズキ“アルトワークス”の後部座席に乗り込ませた。

ちなみに、瞳は助手席に乗り込む。

「じゃあ、奥房総アウトドアランドに向かって、出発!」

義晴兄さんが愛車のエンジンを掛ける。

心なしか嬉しそうな義晴兄さんに向かって、園美さんは、後部座席から身を乗り出して、ある言葉を呟いた。

「あの〜、義晴さん、お願いがあるんですけど……」


◇午前9時20分◇

をーっほほほほほほほほほ!

「ばばばばばばばば」

「ヒット。任務失敗……」

をーっほほほほほほほほほほ!

「ばばばばばば」

「こ、この美しい私がヒット? そんな馬鹿な……しかも、今、どこから?」

をーっほほほほほほほほほほ!

「ばばばばばばば」

「ひ、ヒット! あーあ、当たっちゃった」

をーっほほほほほほほほほほ!

「ヒット……」

をーっほほほほほほほほほほほほほほほ!

「え」

「なに」

「ばばばばば」

「わーん、ヒット」

「ヒット……」


「……かくして、毘沙門天の化身・畠山美華嬢の前に、『BOUZ』は破れ去った。しかし、『BOUZ』が3位になり、そして、『剣道部!』か『ガブサバ会』が南関東大会で優勝すれば、全国大会出場への道は開ける。頑張れ負けるな『BOUZ』。全国大会出場のため、まずは目指せ、3位の座!」

ピッ、と音がして、前の座席の背に付いていた画面が真っ暗になった。

「うーん、話が変わってるなぁ……」

プリウスの後部座席の真ん中で、千恵子が苦笑する。

実は、殿様のプリウスのカーナビは、後部座席用の画面が付いていて、そこでDVDが観られる。

その画面で、1年ズは金曜の深夜番組「BOUZな奴ら」を鑑賞していたのだ。

ちなみに、みずえの家にはDVDレコーダーがないので、代わりに義晴兄さんが録画している。

「そーなんだよなぁ。天使のみかちゃんばっか目立ってさぁ。オレが乱丸の真似やったの丸々カットするなんて、ひでぇよ、Gプロデューサー」

千恵子の右隣に座ったみずえがぼやく。

ちなみに、彼女の手には、9時前に皆で休憩したパーキングエリアで仕入れたポップコーンのカップがある。

「いや、むしろこれでええ」

作戦参謀がこう言ったので、みずえは「ひでえなぁ」と眉をしかめた。

「ごめんな、みずえ。せやけど、この映像では、姫さんばかりにスポットが当たってる。理想のお嬢様が、獅子奮迅の働きをする女神になる、ていうところにな。多分、ギャラリーの人気は姫さんに集中する。それに、その次の興味は、ウチらのコスプレになる。ウチの作戦の恐ろしさなんか、うやむやになってまうわ。それに、今日の大会は、気を入れて作戦を立てへんし」

「……作戦を立てないのか?」

千恵子の左に座っている千歳が、驚きで眼を見開く。

「うんそうや。戦う方針くらいは立てるけど、東京大会みたいな奇抜な作戦は立てへん。南関東大会になると、敵の視線も厳しくなる。わざと無能を装って、敵を油断させる。そんで、その油断をついて、全国大会を勝ち上がる…そうすれば、全国大会優勝も夢でなくなるわ」

「「!」」

千歳ばかりでなく、みずえも眼をみはった。

「マジかよ!」

「それは、そうだが……」

作戦参謀の方針を聞き、流石に動揺の色を隠せぬ二人に、

「千恵子の言う通りだ」

前を見据えたまま、運転席のじいさまが言った。

「おじい様……」

「自分の手の内を全て晒してしまうのは愚の骨頂だ。相手に付け入る隙を与えてしまう。これは兵法の言葉ではないが、秘すれば華と世阿弥も言っておる。兵法も、秘すれば華なのだ」

年齢を重ねた者の言葉の重みに打たれたか、みずえも千歳も黙り込んでしまった。

「ま、そういうこっちゃ。ところで、これを見てほしい」

千恵子さんはそう言って、「月刊種子島」の最新号を取り出した。

「この表紙、天使のみかちゃん?! ……じゃないな、良く見たら服が違う。だけど、美人だなー」

みずえが横から覗き込む。

「『チーム風林火山』の武田広奈や。北海道の南部地区大会で優勝してる。うちが見るところ、最も警戒すべきチームの一つや。まだ全国大会出場権は確保してないけど、間違いなく出てくるやろ」

そう言って、千恵子さんは『チーム風林火山』の説明ページを開いて見せる。

ちなみに、正確に言うと「北海道の南部地区大会」ではなく「道南大会」なのだが、全く北海道に土地勘のない千恵子さんの脳内では、勝手に「南部地区大会」に変換されて認識されているのであった。

「うわ〜、これ、ヤバいわ。こんなに評価が高いなんて……」

みずえが驚く。

「同窓会から送られてきたビデオ見たんやけど、おそろし過ぎるわ。決勝戦なんて、完全に相手を翻弄しとったし……まるでフィールドを見下ろす千里眼を持ってるみたいや。もしかしたら、スパイがいて、リアルタイムでフィールドの情報を送ってるのかもしれん」

「おそらく、そうだろう」

じいさまが相槌を打つ。

「そうですよね。相手の『FANG GUNNERS』は、試合内容見ても、そう風林火山に遅れを取るチームとは思えへん。確に戦闘力は風林火山の方が上やけど……って、千歳、どないしたん? さっきから、下向いたまんまやけど」

「あ……いや……」

今まで黙っていた千歳が、千恵子の言葉に、急に弾かれたように顔を上げた。

心なしか、動揺しているように見えるのは気のせいか。

「『FANG GUNNERS』見てたん? 確かに平均以上に強いとは思うけど、全国大会に出られるかはわからんよ……なんか気になるの?」

「いや、その……そこに写っている、私と同じ格好の女性だが、相当に強そうだ。……一度、剣を交えてみたい」

そう言って、千歳が指差した先には、新撰組コスに身を包んだ、気の強そうな美人の姿があった。

「えーと、本多美亜子。函館白楊高校2年。てか、このチーム、全員コスプレじゃん。全国大会に出てきたら写真撮らせてもらおっと」

(ムダ)知識の女王・みずえが嬉しそうに呟く。

「ええんちゃう? コスプレの参考になるし」

きゃいきゃい騒ぎ始めたみずえと千恵子の横で、また千歳は下を向いて黙りこくってしまう。

だが、その視線の先に、本多美亜子ではなく、別の人間の姿があることに、誰も気付いていなかった。

「ところで、ウチのチームの講評は……」

「ああそやな」

千恵子がページをめくった。

東京都大会準優勝
『聖ガブリエル女学院高等部サバイバルゲーム愛好会』

女子高ゆえ、メンバー全員が女性というチームで御座候。
されど、東京都大会では並み居る強豪を次々と撃破し、準優勝。見事全国大会の切符を掴み候。
6人のメンバーはみなそれぞれに美しく、読者人気も高い注目チームで御座候。
しかも、大会には必ずコスプレして参戦するなど、華やかな演出が目立って候。
特にチームリーダーの斯波真理亜嬢は“オスカル”の愛称で呼ばれる男装の麗人であり、熱い声援を浴びていたで御座候。
攻撃力:7 アタッカーの攻撃力はそれほど優れているわけでは無い様で御座候。
ただ、準決勝では畠山美華さんの6人抜きが出るなど、思いがけない爆発力を秘めて居るで御座候。
防御力:9 装弾数2500発のMINIMIと、シャルルヴィルの二挺を擁し、鉄壁のストッピングパワーを誇っているで御座候。
索敵能力も高く、このチームの本陣を陥れることは、難易度が高いと思われ候。
ただし、決勝戦では作戦のミスでフラッグを奪われたのが、痛かったで御座候。
機動力:7 一度も速攻を決めておらず、どちらかといえば、守りからリズムを作っていくチームで御座候。
チームワーク:7 強力なコンビネーション攻撃を持っているわけではないが、特に守備の面でうまい連携を見せることが多かったようで御座候。
作戦能力:9 相手の裏をかく作戦を何度か決めるなど、ここぞというときに劣勢を覆す力は秘めているようで御座候。
ただし、肝心の決勝で本陣を落とされたのは、マイナス要素で御座候。
総合評価:8 個々のメンバーの能力で言えば、全国トップレベルの選手に恵まれているわけでもなく、下馬評では高い評価は得ていなかったチームで御座候。
されど、大会では全国屈指の大応援団の声援を背に、怒涛の快進撃。
勢いに乗ると手がつけられなくなるような、潜在能力を秘めたチームと言えるで候。


「ひでえなあ、攻撃力7かよ。このオレがいるってのに」

みずえの言葉に、

「ええやんか、その分、敵が油断するさかい」

千恵子は苦笑いを顔に浮かべながら言った。

実際、この『月刊種子島』の評を見て、作戦参謀は、この裏をかく作戦を考えていた。

オスカルこと、斯波真理亜さまの2500発シャルルヴィル、みずえのスコーピオン、そして、直子お姉さまのコルトXM177E2の装弾数を増やした上で、弾数にモノを言わせる速攻を掛ける。

と見せかけて、防御策に転じる。

基本的には、こんなコンセプトである。

「この記事を読むと、『月刊種子島』は、コスプレの方面に注目しているな」

殿様が、運転をしながら会話に参加する。

「へん、やっぱりオレの考えが、あたったな」

「何言うてんねん。大変らしいで、教職員。変な電話がぎょーさん(たくさん)掛かってくるさかい、事務員さんがぶち切れる寸前なんやて。『どうすんだよ、お前ら。このまんまだと、送迎の警備員が付く生活になっちまうぞ』って、トッキーが言うてたわ」

トッキー、というのは、1年桜組の担任、北条時太郎(ほうじょう・ときたろう)の愛称である。

「まったまた、トッキーは大袈裟すぎるぜ」

みずえは笑い飛ばす。

「せやけど、警備員が送迎するっていうことは、学校の帰りに寄り道できん、ちゅうことになるで」

「うっ……」

みずえは返す言葉に詰まった。

聖ガブリエルは、下校時の寄り道は、校則で禁止である。

だが、みずえは、あのすばらしい(?)マスターが経営する「付け合わせのパスタ」に、下校時に必ず寄っている。

実は、学校に通うのに使っている自転車を、店の駐車場に置かせてもらっているのだ。

朝は家から「付け合わせのパスタ」まで自転車を飛ばし、駐車場に自転車を停め、そこからは歩いて学校に行く。

帰りは店まで歩いて、店でマンガやゲームを買ったり、ジュースを飲んだりした後、家まで自転車で帰る。

「自転車通学は校則で禁止されてるけど、自転車を学校に乗り入れなきゃいいんだろ?」

というのが、みずえの言い分である。

だが、警備員が登下校に付き添うとなれば、今までのようなことはできない。

「そりゃ、困るぜ……マンガもゲーム買えないじゃないかよ」

みずえは頭を抱えた。

「ま、コスプレもほどほどに、って所やろなあ……あ、それから、こっちが『剣道部!』の講評やな」

「へー……やっぱ評価高いな」

みずえが感心したように頷く。

「この『イクサクニヨロズ』ってとこは、真っ白だけど、どうなってんだ?」

「ああ、そこな、同窓会の報告では、全然たいしたことのないチームらしい。相手の『チーム不戦勝』も、常連やけど、全国大会に出るたびに一回戦で負けてるようなチームやから、全国大会に出ても、問題外や」

実は、同窓会の面々は、ユキメによって催眠術を掛けられ、ウソの報告をしたのだが、千恵子はそれに全く気がついていなかった。

「……あと、この間偵察に来てた『チーム騎兵隊』と『チーム坂本竜馬』も載ってるで。他にもチームは色々あるけど、優勝候補は『チーム風林火山』と『白河英雄伝説』やな。あと注意すべきなのは、富山の『T・S・C』」

千恵子はこう結論付け、何気なく後ろを見やる。

「あれ?」

眉を動かした千恵子に、どうした、と運転席の殿様が尋ねる。

「……義晴兄さんの車が見えんのやけど」

「そういえば……」

牛尾さんが後ろを振り返って確認する。

殿様のプリウスの背後にぴったりくっついていたはずのアルトワークスの姿が、消えている。

「どれどれ」

牛尾さんの行動に、みずえも倣う。

「マジだ。兄ちゃんがいねーじゃん」

「何やってんのやろ? まさか、事故起こしたとか?」

「……よっしゃ、オレ、瞳に電話してみるわ」

みずえさんは携帯電話を取り出した。


◇午前9時31分◇

さて、殿様の車からは、約10km後方にある某サービスエリア。

「ええと、1012hPaの等圧線がこれだから……」

駐車場に停まっているアルトワークスの後部座席で、赤橋園美が紙とシャープペンを持って何やらごそごそしていた。

実は、9時10分から20分間、ラジオで「気象通報」というものが放送される。

これは、テレビなどで普段放送される「天気予報」ではなく、天気図を描くための材料――各地の天気や気温、船舶から報告された天気など――をまとめて教えてくれる番組である。

天文気象部部長の赤橋さんは、義晴兄さんにお願いして、カーラジオで気象通報を聴かせてもらったのである。

で、最寄のパーキングエリアかサービスエリアに車を停めてもらい、天気図を完成させようとしていた。

ちなみに、義晴兄さんと瞳は、丁度いい休憩タイムとばかり、二人とも車を降りている。

前日の天気図を参考にしながら、さくさくと等圧線を書きこみ、天気図を完成させた園美は、腕を組んでしばし考え込んだ。

「えーと、奥房総アウトドアランドの天気予報はこうですけど……」

ついでに、前日「全国各地の行楽地の天気」というページからプリントアウトしておいた、奥房総アウトドアランドのピンポイント予報も見ながら、園美は必死に頭脳をフル回転させる。

「微妙ですねえ……」

結論が出し切れず、園美は車から降りて、現在位置の今の天気や風向きを確かめた。

「うーん、この時点でこの状態、ということは……よし、わかりました!」

園美が叫んだとき、

「……どうしたの?」

瞳が不思議そうな顔をして、背後に立っていた。

「あ、瞳さん。現地の天気、分かりましたよ」

園美さんは微笑んだ。

「今、寒冷前線が西から近づいているんです。で、その影響で、雨が一時降って風向きが変わるんですけど、それが、どうも昨日の予報よりは遅れるんじゃないかと思うんです。予報では昼前に一時雨、って言ってたけど、ここの位置でまだ雲がそんなに厚くなってないですから、向こうで雨が降るのは12時過ぎ、それで1時間ぐらい降って、晴れになります。で、今は南よりの風ですが、前線通過後は北よりの風になるんじゃないか、と……」

「う〜ん、何だかよくわからないけど、……あ、そのちゃん、売店行かない? 肉まんが、すっごくおいしかったんだ〜」

「瞳さんが言うなら美味しさは5つ星ですね。わかりました、私、買いに行きます」

天文気象部の部長は、財布を掴むとたかたかと駆け出して行った。

「あたしももう一個買おっと♪」

瞳も部長の後をついて駆けていく。

「おい、また買うのかよ。もう5つ目だぞ……」

車の外に立っていた義晴兄さんは、盛大に溜め息をついた。

(これじゃあ俺たち、着くの10分くらい遅れるぜ)

と、

♪封印〜し〜ない〜で〜 もっと〜使っ〜て 1ターン〜ず〜つ使って いけばいいから

♪愛〜とい〜う〜 ビィ〜ムが敵をつら〜ぬく〜 う〜ちく〜だ〜く〜

車内に放置されていた瞳の携帯が、宇田川アイ(うだがわ・あい)の「愛」を奏で始めた。

補助画面を見ると、「着信 名越みずえ」の表示が出ていたので、義晴兄さんは瞳の携帯を取り上げ、瞳の代わりに電話に出ることにした。

「もしもし〜? みずえちゃん?」

『あれ? 義晴兄さん?』

受話器から、名越みずえの不機嫌そうな声が聞こえた。

『何で義晴兄さんが……つーか、今、どこなんだよ?』

みずえの質問とともに『え? 電話出てるの義晴兄さん? 運転中に電話出るのって、道路交通法違反と違うの?』という千恵子のツッコミが遠くで聞こえる。

「ああ、サービスエリア」

『……って、9時前にパーキングエリアで休憩したばっかりじゃんか! 何でだよ!』

みずえさんの剣幕に、義晴兄さんは、内心やれやれと思ったが、事情を説明し始めた。

「あのなぁ、さっきまでラジオで天気予報やっててさ、それ聞きながら園美ちゃんが天気図描いてたんだけど、走る車の中じゃ等圧線が描けないって言ってさ。それで最寄りのサービスエリアに止まったって訳。すぐ追い掛けるから、先に奥房総アウトドアランド行ってくれないか?」

義晴兄さんの長い台詞に、電話の向こうで、何やら話し合う声がして、

『わかった。オレたち、高速降りたら適当なドライブインで休憩するから、そこからまた電話するわ』

みずえの回答に、

「オーケー」

義晴兄さんは頷いて電話を切った。

振り向けばそこでは、美味しそうな湯気を立てている肉まんを手にした女子高生二人組が、にこやかに談笑している。

「ん〜! おいし〜!」

「ほんとですね〜。皮のもちもち感とジューシーな肉汁のハーモニーですね。瞳さんが食べたくなるのがわかります。私も、もう1個買いにいこうかなぁ」

「お前らなぁ」

義晴兄さんは溜め息をついた。

「今、みずえちゃんから、すんげー剣幕で電話掛ってきたんだぜ。もし肉まんを食べたのがバレたら、あの3人に殺されるぞ」

「別にい〜いも〜ん♪ あたし、何も悪いことしてないし」

「そうです。天文気象部部員として、何か間違ったことしましたか?」

瞳だけではなく、園美まで開き直っている。

「……とにかく、行くぞ。俺はじいさまに殺されるのが怖い」

……結局、義晴兄さん一行がサービスエリアを後にしたのは、じいさまたちの車がそこを通過してから10分後であった。

だが、この10分が、2台の車の運命を大きく変えることになるのである。


◇午前9時50分◇

高速道路を降りて、奥房総アウトドアランドに向かう道は、曲がりくねった峠道で、ドライバーの間では、事故を起こしやすい路線として知られている。

そして、走り屋の間では、低速コーナーが続き、テクニカルセクションが多い、屈指の難コースとして知られている道である。

その途中にあるドライブインの駐車場に、殿様の運転するプリウスが滑り込んだ。

「……少し休むか。千歳たちはどうする?」

運転席の勝本氏は、後部座席を振り返った。

「車の中にいます」

「うちもめんどくさいからこのままで」

「オレもいーや。ポップコーン食べ疲れたし、義晴兄さんに電話しなきゃ……」

1年ズの返答は揃っていた。

「じゃあ、私、何か飲み物でも買って来ましょうか?」

助手席の牛尾さんが、1年ズに声を掛ける。

「ほな、ジョー@アのアイスコーヒー買(こ)うて来てくれませんか? 出来ればブラックで」

「私は温かい緑茶を」

「オレ、ヨントリーのウーロン茶」

千恵子、千歳、みずえの答えに、

「わかりました。少し待っていてください」

律儀な牛尾さんは、車を降りて売店へと向かった。

「わしも少し外に出ている」

1年ズに言い残して、勝本氏も外に出た。

すると、殿様は、何やら駐車場が騒がしいことに気がついた。

駐車場の真ん中辺りに、何十人かが集まっている。

殆どが男性で構成されたその集団は、少し興奮気味のようだ。

殿様は興味に駆られ、人だかりの出来ているところへと歩んで行った。

人の輪の中心に、2台の車と2人の人間がいる。

一台は殿様の知らない白い車だったが、もう一台は日産のフェアレディZだった。

白い車の傍には、青いレーシングスーツを身に付け、ヘルメットを目深に被った男がいる。

対するフェアレディZの傍には、白衣を纏った美女が立っている。

その気の強そうな美しい女性が、勝本氏の勘に引っかかった。

(あの女、どこかで見たような……)

記憶をまさぐっていると、

「……ついこの前、『黒い稲妻』にやられたところだからねえ。このあたしが、負けっぱなしって訳にはいかないの」

女が口を開いた。

(そうか! あの女、“堕天使なっちゃん”!)

勝本氏は驚いた。

“堕天使なっちゃん”、本名立花なつめ、25歳。

医学生時代に北海道の峠という峠を制覇し、消えて行った伝説の走り屋。

その名は、北海道のみならず、全国の警察にも広まり、警察のトップにいた勝本氏の耳にも入っていたのである。

彼女が函館の“魔王クラーマの怪人たちに負けず劣らず謎な連中”の総元締め、晴明長官直属の諜報員であり、サバゲーで忙しいセンゴクマンに代わり、『房総暴走怪人』である、青のドライバーを追っていた、という事情は、流石の勝本氏も把握していなかったのだが。

(まさかここまで遠征してきたのか? ……あやつめ、北海道でおとなしくしておればよいものを)

「『堕天使なっちゃん』……それにしたって何でこんなところに」

「わざわざのお出ましってことは、このコース、それだけ全国に知れ渡ってるってことだなあ」

ちょっとした興奮状態にあるギャラリーの後ろで、勝本氏の気持ちは、段々と昂っていた。

「……そうか、そういうなら、お前と勝負しよう……」

レーシングスーツの男――『房総暴走怪人』――が、なつめ嬢に応える。

だが、その声は、ぼそぼそしていて、勝本氏の耳にも、ギャラリーの耳にも、そしてなつめの耳にすら届いていなかった。

「聞こえないわよ。もっと大きい声で喋ったらどう?」

なつめの抗議にも、

「俺の声は……こういう仕様で……しようがない……」

相変わらず、自分のペースを崩さず、ぼそぼそ呟く『房総暴走怪人』。

それを見て、なつめも勝手に自分のペースで話を進めることにしたらしい。

「いい? コースは、ここの駐車場からスタートして、峠の頂上まで」

「あ、ああ……」

怪人を自分のペースにあっさりと巻き込んでしまった。

そして、

「それで、あんたがあたしを抜けたら、アンタの勝ち」

こんなルールを設定したのである。

実は、彼女、前回の函館でのバトルで怪人に抜かれたことが悔しかったのだ。

そのため、今回のバトルでは「先行」を選ぶことにしたのである。

「いいだろう……その代わり、お前を抜けたら、そのステッカーをいただくぞ……」

怪人は、ぼそぼそ呟きながら、自分の車に乗り込んだ。

それを見て、

(何! こやつら、やはり公道でレースをするつもりなのか……)

元警察庁長官の勝本氏の怒りに、一気に火が付いた。

(おのれ……このわしの目の前で、暴走行為をさせてなるものか!)

じいさまは、唇をきゅっと引き結び、プリウスの方へ引き返していった。

ドアを閉め、無言でエンジンを入れる勝本氏に、

「あれ、もう行くの?」

携帯電話でどこかに電話していたみずえが不審の声を挙げる。

そして、

「3、2、1、Go!」

ギャラリーの合図で2台の車が発進した瞬間、勝本氏のプリウスも勢いよく飛び出したのである。


「あぎゃう!」

「わあ!」

「む!」

プリウスの後部座席に座っていた1年ズは、一斉に後ろに倒れた。

「おい、じーちゃん! 一体こ……」

みずえが抗議の声を上げようとした瞬間、車は突如左にカーブを大きく切った。

「ぎゃう!」

「あいた!」

「……!」

遠心力で吹っ飛ばされ、みずえの身体に千恵子と千歳の体が押し付けられる。

「な、何なんですかこ……」

今度は千恵子が抗議しようとしたが、再び激しい遠心力のため、今度は千歳の方に体が飛んだ。

後部座席のシートベルトを締めていたら、状況はまだ良かったのだろうが、休憩中でシートベルトを外していたところで急に車を発進されたため、1年ズは止めるものもないまま、右に左に振り回されている。

だが、

「おのれ、逃がしはせんぞ」

運転席の勝本元警察庁長官は、後部座席の惨状には全く注意を払わず、ひたすら前の白い車と、フェアレディZを追っていた。

殆どブレーキを踏まず、ほぼインペタでカーブを曲がりきる。

だが、じいさまの車は、「エコロジー」を追求するために作られたハイブリッド車、トヨタ“プリウス”。

はっきり言って、速度が出る車ではない。

つまり、プロの走り屋と怪人の運転する車には、どうテクニックを駆使しても、追いつけないのである。

だが、じいさまにとって幸いなことに、先行するフェアレディZは、怪人がいらいらするくらいのペースで走行していたのであった。

「おのれ……抜かしてやる……」

いらだった房総暴走怪人は、ぼそぼそと呟きながら、なつめの車を抜きに掛かろうとするが、なつめはその度にうまくブロックして、決して怪人に抜かせない。

そして、全国屈指の難コースだけあり、コース自体も低速コーナーが続く、テクニカルセクションが多かった。

このため、なつめと怪人のレースは、通常より低速で行われていたのである。

……もちろん、これでも制限速度は、はるかにオーバーしているのであるが。

「くそ……あのなつめとかいう女、なかなかやる……ペースがつかめん」

ぼそぼそと呟く『房総暴走怪人』。

その車のバックミラーに、小さく写る物体があることに怪人が気がついたのは、スタートからそう長い時間を要さなかった。

「なんだ、あの車は……」

後ろの車がトヨタの“プリウス”であることが分かった頃には、既に怪人との車の距離は、約20mまで縮まっていた。

「ば、ばかな、いくら低速のレースとはいえ、プリウスに追いつかれるだと……?」

相変わらずぼそぼそと呟く怪人だったが、その心は焦り一色に染まっていた。

「くっ……ここは前の車を抜かすしか……」

房総暴走怪人は、フェアレディZを抜こうとしたが、

「そうはさせないわ」

なつめの巧みなブロックにより、逆に減速を余儀なくされてしまった。

「くそっ……」

一瞬の減速。

だが、じいさまには、その一瞬で十分であった。

「おのれ、立花ぁぁぁぁっ!」

じいさまは一気にアクセルを踏み込み、怪人を抜いたのである。

プロの走り屋顔負けの、超絶オーバーテイクに、

「ばかなぁぁぁぁぁぁぁ……」

『房総暴走怪人』は、驚きを隠せなかった。

そして、

ちゅどーーーーん!!

ナレーション:「説明しよう! 『房総暴走怪人』は、相手に抜かされると死んでしまうのだ!」

……殿様に抜かされた『房総暴走怪人』は、絶命した。

それを横目で見ることなく、殿様は、前方の『堕天使なっちゃん』に狙いを定め、追跡に掛かる。

「す、すごい……」

追われる方の立花なつめは、驚いていた。

「このプリウス、怪人より上手いわ」

だが、プリウスのドライバーの顔に、なつめは一切見覚えがなかった。

「誰だか知らないけど、かなりの腕ね。これって……ドラテクの特訓に、丁度いいんじゃない?」

そう思うと、なつめの競争心に更に火がついた。

「立花、待て!」

じいさまは、フェアレディZの前に出ようと、アタックをかけてくるのを、

「よっと♪」

バックミラーを見ながら、軽くいなしていく。

一方、

「足利君、足利君!」

追っている方のプリウスの車内では、勝本氏が、『ライトアロー1号』の通信装置のマイク(自動車電話型)を掴み挙げ、片手でハンドルを操りながら、マイクの向こうに呼びかけていた。

すると、

『……ああ、勝本先輩、お久しぶりです。どうしたんですか?』

通信装置から、現警察庁長官・足利義太郎(あしかが・よしたろう)氏の、のんびりした声が聴こえた。

「おう、足利君」

殿様は前方のフェアレディZを睨みすえながら、

「……大至急、千葉県警に連絡してくれ。千葉の県道4568号線(通称:アウトドアランド線)で、“堕天使なっちゃん”が、暴走行為をしている」

マイクの向こうの後輩に命じた。

『なっ、だ、“堕天使なっちゃん”が降臨ですか!? しかも北海道ではなく、千葉ですと?!』

足利警察庁長官は、素っ頓狂な声を上げた。

彼にも、堕天使なっちゃんの噂は伝わっていたのだ。

「そうだ。現在ホシは、アウトドアランド方面に向かって、アウトドアランドまであと20kmの地点を暴走している。大至急、アウトドアランドの入り口か、峠の出口を封鎖して、検問を掛けろ。化けの皮を剥がすチャンスだ。警察を甘く見ればどうなるかということを、たっぷり教えてやれ」

『了解です長官どの!……ではなかった、勝本先輩。ご協力、感謝します!』

通信を切ると、勝本氏は前方を睨み、アクセルを更に強く踏んだ。

普段の千恵子さんなら、いや、みずえと千歳のいずれがまともな状態にあったのなら、今じいさまがどこかと連絡を取っているという事実に対して何らかのリアクションをするだろう。

だが、急カーブの連続による横Gが凄まじく、1年ズは3人とも、何がなにやらさっぱり分からないまま、車内を右へ左へと押し付けられ、飛ばされていた。

もはや、3人とも、意識が朦朧としている。

だが、

「ふん、堕天使め。今まで散々暴走行為をしてきた報い、きっちり受けてもらおう。ここに勝本信義がいる限り、貴様の逃れる道は無い!」

史上最強の長官は、全くダメージを受けないまま、“堕天使なっちゃん”の追跡に全精力を傾けていた。


◇午前10時10分◇

「えーと、みずえちゃんが言ってたドライブインはここだな」

峠道のドライブインに、義晴兄さんは愛車を停めた。

「大丈夫かな〜。みずちゃんの電話の切り方が気になる〜」

助手席の瞳は、義晴兄さんの携帯電話を左手でもてあそびながら眉をしかめる。

先ほど、みずえから、ドライブインに入ったという連絡があったのだが、話している最中に、急に悲鳴と共に電話が切れたのである。

勘が鋭い瞳は、何かが起こったことを直感したのだが、その“何か”の内容までは分からない。

そのため、電話が切れてから、彼女はみずえたちのことをずっと案じていたのである。

「大丈夫だと思いますよ。だって、勝本のおじいさんがいるじゃありませんか。たとえ誰かに襲われても、襲ったほうが返り討ちされます」

後部座席の園美は、殿様が“史上最強の長官”であることを知っているため、みずえたちの異変にも動じる気配が無い。

「う〜ん、確かにうちのじいさまが強いことは認めるが、果たして千恵子ちゃんやみずえちゃんまで護りきれるかどうか」

運転席の義晴兄さんは、エンジンを止めると腕組みした。

「護れるに決まってるじゃない! だって牛尾さんがいるのよ〜」

とは、牛尾さんの熱烈なファン・二階堂瞳の弁である。

「そりゃ、牛尾さんも確かに強いが……」

「強いも〜ん。だってあたしを変な奴らから救ってくれたもんね〜」

「それはそうですが……とりあえず、車から降りて、みんなを探しませんか?」

と、園美が提案した瞬間である。

とんとん、と、アルトワークスの運転席の窓が叩かれた。

「ん……って、牛尾さん!」

義晴兄さんは慌てて窓を開けた。

噂をすれば何とやら。

窓の外にホッとした表情でたたずんでいるのは、勝本家の執事の牛尾さんだった。

腕に、ジョー@アのブラック缶コーヒーと、佐藤園(さとうえん)の「やっほ〜緑茶」のペットボトルと、ヨントリーのウーロン茶のペットボトルを抱えている。

「牛尾さんだ〜♪」

牛尾さんの姿が目に入った途端、瞳の顔はしかめっ面から満面の笑みに、急激に変化した。

「みんなはどうしたんですか?」

園美が尋ねると、牛尾さんは急に深刻な表情になった。

「それが……買い物に行っていたら、車がなくなっていて……」

「って、じいさまに置いていかれたってことですか?!」

義晴兄さんは驚きの声を上げた。

「……って、何やってんだじいさま。まさかボケの始まりじゃないだろうな。……まあいいや。牛尾さん、俺の車に乗ってください。今からアウトドアランドに向かいます。じいさまともそこで合流できると思いますよ」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」

そう言って、牛尾さんは空いていた後部座席に乗り込んだ。

園美は少し身体をずらして、奥に詰める。

その時。

(……?)

彼女は視線を感じて、顔を上げた。

助手席に座った瞳が、じーっと園美の顔を見つめている。

その眼が、強烈に何かを訴えていることを、園美はイヤでも悟らざるを得なかった。

(……?)

(……!)

(……)

「……あ、あの、私、そろそろ前の座席に座りたいから、瞳さん、席代わってくれませんか?」

「いーわよ♪ 喜んで♪」

自分の強烈な「牛尾さんの隣に座りたいの〜♪ お願い♪」攻撃に負けた園美さんの敗北宣言を、瞳は嬉々として受け入れた。

「え、ひ、瞳さんの隣ですか?」

牛尾さんが戸惑う中、

「い〜でしょ〜? 牛尾さんと話すの久しぶりなんだもん♪」

後部座席に移った瞳さんは、牛尾さんに心持ち身を寄せる。

「え、いや、それはそうですが……」

更に戸惑いを隠せない牛尾さんの姿をバックミラー越しに見やり、義晴兄さんは、「ふ〜ん」と感心した。

「……そういうことなのか」

「ええ、そういうことです」

「成立したのか?」

「いえ、それは……」

半ばあきれたような顔をしている助手席の園美さんとひそひそと会話を交わし、もう一度、後部座席の二人をしげしげと眺めると、義晴兄さんは車をスタートさせた。


丁度その頃。

「観念しろ、立花!」

奥房総アウトドアランド周辺では、『史上最強の長官』と『堕天使なっちゃん』との壮絶なデッドヒートが繰り広げられていた。

といっても、

「はい、このアタックはブロック完了」

追われているなつめは、すっかりレースを愉しんでいた。

……それがどんなにすごいことかも知らずに。

しかも、なつめ嬢には、プリウスの後部座席に、3人も人が乗っていることを確かめる余裕すらあった。

「あら、バラストがあって、あの走りなのね。ちょっとすごいかも。でも、後ろの人たちは大丈夫なのかしら……」

カーブを超えるたびに、右に左に激しく動かされているプリウスの後部座席の人影のことが、なつめも流石に心配になる。

そして、激しいレースがますます続き、2台の車が、奥房総アウトドアランドの駐車場の入り口に差し掛かった、その時である。

「おっと、いかん、目的地ではないか。あとは足利君に任せるとするか」

殿様は、急に方向転換し、アウトドアランドの駐車場に車を向かわせた。

「……は?」

猛追撃していたプリウスの車体が、突然バックミラーから消えたので、なつめは愛車のスピードを緩め、路肩に駐車した。

だが、いつまで経っても、後ろからプリウスがやってくる気配は無い。

「……もしかして、事故った?」

激しいバトルの末、カーブを曲がりきれずに、とうとう谷底に落ちてしまったのであろうか。

なつめは、車をUターンさせ、道を引き返してみた。

しかし、路肩のガードレールが破壊された痕跡はない。

ましてや、路上で事故っている車もない。

「……いったい、何だったのかしら?」

なつめは疑問に思った。

プリウスで、しかもバラストを載せて、自分に匹敵する走りができる人間……

なつめは走り屋に結構顔が広いのだが、その彼女でも、心当たりのある走り屋を思い浮かべることができなかった。

ともかく、相手の車がいなくては、バトルのしようがない。

「仕方が無い、今日のところは引き上げるか。怪人もやっつけたし、さっさと函館に帰りましょ」

なつめはフェアレディZをスタートさせ、もと来た道を、高速道路方向にそのまま引き返していった。

その判断が彼女を救った。

警官隊は、峠をはさんで、高速道路とは反対側に配置しつつあった。

そのため、暴走する彼女を検挙することができなかったのである。

史上最強の長官の目論見は、見事に外されてしまったのだった。


そして……

「ふーっ、やっとついた」

約10分後、義晴兄さんのアルトワークスが、アウトドアランドの駐車場に到着した。

「まさか、ここにいないということはないですよね?」

園美の素朴な疑問に、

「それはないと思うよ〜。勘だけど」

今まで牛尾さんに一方的に喋っていた瞳が答える。

「だけど、じいさま、どこにいるんだろ?」

「私が電話してみます」

携帯電話を手にした牛尾さんが、素早く車の外に出る。

心なしか、顔が赤いのは気のせいか。

と、

「お、牛尾」

彼を呼ぶ声がして、牛尾さんは前方を見た。

「殿!」

牛尾さんは思わず叫んだ。

「一体これは……」

「話は後だ。ちょっと来てくれ」

殿様が、ちょいちょい、と手招きするので、牛尾さんは不審そうな顔で殿様のプリウスに近づいていく。

その様子を見て、

「なになに?」

「私もいきます」

瞳と園美も車から降りて、牛尾さんについていった。

「……ああ、瞳と園美も来たか。ならば話は早い。大会の出場を辞退するように、斯波さんに頼んでくれないか」

殿様の突然の台詞に、

「え?」

「それって、どういうことですか〜?」

園美と瞳が不審の声を上げると、殿様は黙って後部座席を指差した。

そこには、

「う〜」

「しんど〜」

「……」

ぐったりした1年ズが、シートに疲れきった身を預けていた。

「え、ちょっと、みんな、大丈夫〜?!」

「ちょ、ちょっとこれ、どういうことですか!」

駆け寄った瞳と園美の気配に、千恵子が辛うじて視線を動かす。

「そ、園美、瞳、もう、あかんわ。休ませて……」

これだけ言って、千恵子はまたぐったりしてしまった。

他の二人も、同様である。

「……そんなあああ!」

赤橋園美の叫び声が、雲の垂れ込めた空にこだました。

次回予告

「1年ズが丸々欠けるという緊急事態に、右往左往する園美と瞳。
だが、そんな彼女たちに救いの手が差し伸べられる。
サムライ、海軍オタク、任侠、文学少年、……そして「例のあの人」たち。
ガブリエル様も真っ青の、個性豊かな面々が打ち揃ったとき、何かが起きる。
果たして、『ガブサバ会』は南関東大会に出場することができるのか?
そして、会場を熱狂させた花の宮さまの秘策とは?

次回、『連合艦隊? 地区大編』
『FANG GUNNERS』に負けるな、お嬢さま」


続きを読む 戻る