まるえさま作
『戦え! FANG GUNNERS!』外伝
『ガブリエル様の白き翼の下に〜猫かぶりお嬢さま奮闘記〜』
第十話
| ◇きめら先生危機一髪◇ |
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赤橋園美と二階堂瞳は、謎の集団に追いかけられていた。 「あ、あの人たち、やっぱり、私たちを追っているみたいです」 走りながら、赤橋園美は言った。 「そーみたいね……」 同じく走りながら、二階堂瞳も同意する。 「でも、私たち、何したって、いうんですか? あんな人たち、一回も、会った事ないし」 園美の台詞に、 (何かどっかで聞いたよ〜な……) と瞳はちょっと疑問に思った。 「一回、止まって、事情を、説明して、もらった方が、いいんじゃ、ないですか?」 学校ではバリバリの文学少女で通っている園美は、既に息が切れかけていた。 「けどさ、あの人たち興奮してるし、止まったらうちら、何されるかわかんないよ〜?」 ステージで1時間踊りながら歌うこともある瞳は、まだまだ余裕の喋りである。 「そう、ですよね……」 と、彼女たちの前に塀が見えてきた。 「行き止まり?」 「いえ、左右に、道が、分かれて、ます」 「そのちゃん〜、こうなったら……」 「……あ、そうか、こういう、時は」 「数を減らす!」 2人の頭の中には、同じ作戦があった。 で、分かれ道のところまで来ると、園美は左に、瞳は右に曲がった。 敵を惑わせて距離を稼ぎ、なおかつ、追いかける人数を減らそう、という作戦である。 だが、 「おい、左だ!」 「敵は左に曲がったぞ〜!」 追っ手は、瞳の方には一人もやって来ず、全員、園美を追って、左に曲がって行った。 「……う、嘘でしょ」 呆然と、地面にへたり込む瞳。 (このまんまじゃ、そのちゃん……)
「いやーっ!」 園美は、必死になって走っていた。 彼女が向かっているのは、神田屋である。 自分たちの部屋に逃げ込み、中から鍵をかけさえすれば、追っ手から逃れられる。 そう考えたのだ。 しかし、園美は、陸上競技には、余り自信がない。 クラスでも、1000m走のタイムは、ビリから数えた方が早いのだ。 という訳で、走る速度もだんだん遅くなる。 そして、 「あっ!」 材木店の前でけつまずいて、園美は転んでしまった。 これで一気に追っ手との差がつまり、 「チャンス!」 メガネをかけたおかっぱ頭の小男が、園美さんの背中に追いつこうとした、まさにその時だった。 「えいっ」 とっさに、園美は、材木店の店先に立てかけてあった材木を、おかっぱ男に向かって押し倒した。 「ぎゃあああああ」 ドミノ倒しよろしく倒れてきた数本の材木の直撃を受け、追っ手たちは、そこそこのダメージを食らって足止めされた。 その隙に起き上がり、また走り出そうとする園美。 だが、 「はっはっは。ナポレオン式軍略を修めたこのわ た しが、小娘の浅知恵に引っかかると思ったか!」 メガネのおかっぱ小男は、ダメージにも関わらず、木刀を持って園美に向かってくる。 「何この人!」 思わず、園美はその場にあった角材を手にして、おかっぱ男に応戦した。 自称文学少女と謎の追っ手との対決。 普通なら、追っ手の勝利で終わってしまうだろう。 だが、園美が、千歳の稽古風景を見ることが度々あったこと、小説の取材のため、千歳の指導で竹刀を振るったことがあったこと、そして、追っ手が、剣道が不得手で、小柄で非力であったことが幸いし、 ぼかっ。 「あれ?」 5秒後、頭をしたたかに殴られ、地面に倒れたのは、おかっぱ男のほうだった。 (ラッキー!) と思うまもなく、目つきの悪いポニーテールの男が、無言で襲い掛かってくる。 「いやーっ!」 園美は手にした角材を、無我夢中でポニーテールの男に放り投げた。 宙に舞った角材は、すさまじいスピードで、ポニーテールの男の鬢を掠めた。 「できる……!」 余りの衝撃に、ポニーテール男が立ち尽くした時には、園美さんは角を曲がって姿を消していた。 「くそっ、逃がさんぞ、天狗!」 小男が立ち上がり、角のところまで走って行ったときには、園美の姿は完全に消え、神田屋の建物が静かに彼らを見下ろしているばかりであった。 「おかしい、あの小娘が、こう素早く姿を消せるわけがない」 腕組みするメガネのおかっぱ。 だが、考えこんだのも、一瞬のことであった。 「……そうか、きっとこの建物に、身を隠したのだ。ナポレオン式軍略を究めたこのわ た しの推測に、誤りはない! あの建物に踏み込むぞ!」 「応っ」 追っ手達の答える声が、空にこだました。
「間に合って……」 ただ一人、道端に取り残された瞳は、他のメンバーに連絡を取ろうと必死になっていた。 おそらく、追いかけられた園美を救えるのは、じいさま、千歳、そして牛尾さんの3人である。 しかも、そのうちの2人は揃わないと、追っ手を蹴散らすことは不可能だろう。 (あの変な色の制服、剣道が強い紫英館高校だよね……ザコはともかく、あの暗い眼をしたポニーテールの男……ちとちゃん一人じゃ手が出ない) 勘がいい瞳は、既にそのことを看破していたのである。 で、瞳は、この最強メンバーに連絡を取ろうとしたのだが…… まず、牛尾さんと千歳は、携帯を持っていないため、連絡が取れない。 じいさまの携帯の番号を、瞳は知らない。 というわけで、直接コンタクトを取るのは無理だった。 (あたしって、バカ……) 彼女は落ち込んだが、 「……気にせず第2弾!」 立ち直りが速いのは、瞳の長所である。 直接連絡が取れないのであれば、間接的に連絡を取ればいい。 という訳で、最初のターゲットは義晴兄さん。 じいさまの孫である彼なら、じいさまの携帯番号が分かるかもしれない。 だが、 とるるるる……とるるるる…… 「現在、運転中のため、電話に出ることができません」 受話器から聴こえてきたのは、無情にもこんな台詞だった。 「ま、マジで、役に立たない……」 瞳はつぶやいたが、 「次!」 今度は千恵子の携帯に電話した。 彼女なら、千歳の傍にいる可能性が高い。 だが、 ぷっ、ぷっ、ぷっ、ぷっ…… 「ただいま、データ通信中です」 受話器から聴こえてきたのは、無情にもこんな台詞だった。 「まったくも〜」 瞳はみずえの携帯に電話した。 彼女なら、千恵子と同じく、千歳の傍にいる可能性が高い。 だが、 ぷっ、ぷっ、ぷっ、ぷっ…… 「ただいま、データ通信中です」 受話器から聴こえてきたのは、無情にも(以下略)。 「そんな……」 気を取り直し、瞳は園美の携帯に電話した。 今の様子はどうなのだろうか。 だが、 ぷっ、ぷっ、ぷっ、ぷっ…… 「おかけになった電話番号は、電源を切っているか、電波の届かないところにあり……」 受(以下略) 「うそでしょ……」 今度こそ、瞳は落ち込んだ。 だが、 「そうだ、メールすればいいんだ」 やはりすぐさま立ち直り、彼女は親指を忙しく動かし始めた。
“東京神田屋”の女主人、登志子(としこ)は、玄関先に現れた薄い水色制服の集団に、きっぱりとこう言った。 「な、なぜだ!」 おかっぱ男が声を荒げる。 「確かに、ここに入ったんだぞ!」 だが、そんな小男の叫びなど、気にもしない風で、登志子さんは、堂々の貫禄でこう言った。 「うちは、男のお客さんも女のお客さんも、色んなお客さんをお泊めします。女子高生のお客さんも、男子高生のお客さんも。せやけど、あんたらの言うお客はんはここには来てませんのや。もしこれ以上変ないいがかりをつけられるんやったら、警察を呼びますえ」 ここで言葉を切ると、登志子さんは制服集団をねめつけ、 「さあ、お帰りになっとくれやす」 と言った。 こうなると、メガネを掛けたおかっぱ男も、反論ができなかった。 「……くっ、帰るぞ」 非常に悔しそうな表情で、皆を促し、玄関から去っていく。 彼らの姿が敷地内から消えたのを、登志子さんは自ら確認すると、 「……さ、お嬢ちゃん、もう大丈夫や」 フロントに声を掛けた。 「あ、ありがとうございました……」 フロントのカウンターの影に隠れていた赤橋園美さんは、ほっとした表情になった。 「せやけど、ひどいねえ。何にもしてない女の子を、いきなり追い掛け回すなんて……物騒な世の中になったもんや。警察に言うた方がええのと違います?」 女主人の言葉に、園美はあいまいな笑顔を向けた。 連れの中には、元警察庁長官・勝本信義氏がいる。 だが、みずえや千恵子だけではなく、自分の血を分けた孫にすら、自らの正体を明かしていない“勝本のおじいさん”だ。 下手に警察を呼んでしまったら、何を言われるか分からない。 「あ、あの、取りあえず、連れの人の部屋に、電話入れてもらえますか? ……警察には、それからでも」 すると、 「ひょっとして、お連れさん、警察の方ですか?」 女主人はこう聴いてきた。 どっきーん。 「え、ええまあ、そうなんですよ……」 (お、おじいさんのこと、バレてる……?) 内心冷や汗たらたらだが、顔は営業スマイルで、園美は返答した。 と、 「やっぱりなあ。あの30代くらいの男の人、顔に面ずれがありましたからねえ。あのエエ男の警官、うちでガードマンに雇いたいわあ」 女主人はこう言った。 「は、はあ……」 (た、助かった……) “30代くらいの男”というのは、牛尾さんのことだろう。 ということは、じいさまの方は、正体を覚られていないと言うことか。 園美はそう判断した。 「わかりました。ここから電話入れますわ。ちょっと待っておくれやっしゃ」 なんだかちょっと嬉しそうな女主人は、フロントから牛尾さん(とじいさま)の部屋に電話を入れた。 だが、1分後。 「……あかん。お部屋には、いてはらへん」 登志子は言った。 「あ、じゃあ、私、携帯にかけてみます」 そう言って、園美は制服のポケットから携帯を取り出したのだが、 「バッテリー切れ……」 今日は何回も電話したのが祟って、携帯の電源は切れてしまっていた。 「携帯の充電スタンド、ありますか?」 「ええ、ありますよ。すぐそこに」 園美はフロントの横に設置してある充電スタンドに向かった。 幸いにも、園美の機種に対応しているようだ。 で、気になる料金は、 「1時間300円ですか……」 ということは、充電が完了するまでには、1時間かかるということになる。 その間は、じいさまや千恵子たちに助けを求めることはできない。 携帯の番号は、園美の携帯のアドレス帳にしか載っていないのだ。 自分の家の電話番号ならさすがに覚えているが、まさか家に電話する訳にもいかない。 今日は両親も、弟も妹も外出しているので、今家には誰もいないのだ。 (仕方ありませんね。1時間待ちましょう。だけど、1時間、何もしないで待つのは苦痛ですね……) 実は、部屋に戻れば暇つぶし用に図書館から借りた、「こころ」(夏目漱石作)の文庫本がある。 しかし、ここで読んでしまうと、帰りの電車の中で読む本がなくなってしまうのだ。 活字中毒者の園美としては、避けたい事態である。 と、 女主人が、ぽん、と園美の肩を叩いた。 「?」 不思議そうな表情を浮かべる園美に、登志子さんはタオルを渡し、 「お風呂でも入ってお待ちになっておくれやす」 と言った。 「まさか追っ手の方も、女風呂にまで踏み込みはしないでしょう」 ……その言葉に、園美はちょっと考え込んだが、 「それもそうですね。じゃ、お言葉に甘えて、お風呂に入ってきます」 と笑顔で言った。
瞳は、苦労しながらメール本文を打ち終わった。 携帯は、殆ど通話で使っているので、メールは使い慣れていないのだ。 「えーと、あて先は、義晴兄さんと、ちえちゃんと、みずちゃん……で、送信!」 なぜか携帯を握った右手を、思い切り天に突き上げ、瞳は送信ボタンを連打した。 「ふ〜、送信完了……」 画面がジョン・レ@ンの待ちうけ画像に戻っているのを確認して、瞳は携帯をポケットにしまった。 (……じゃ、とりあえず、会場に行こ〜。おじいちゃんたち、多分会場にいるよね) そう考えた瞳は、とりあえず東京神田屋へと向かった。 神田屋に入ると、「あ、あのお嬢さんのお連れの方ですか?」と、突然フロントから声を掛けられた。 「え? お嬢さんって?」 首をかしげた瞳に、声を掛けたと思しき、中年の和服の女性が、 「お嬢ちゃん、勝本はんのお連れさんですやろ?」 と聞いてきた。 「え、ええまあ、そうですけど」 瞳が頷くと、和服の女性は、 「ひょっとして、メガネ掛けた黒い髪のお嬢ちゃんを、探してはるのと違いますか?」 こう言ったのである。 「そ、そのちゃん、ここに来たんですか?」 思わずフロントに駆け寄る瞳に、和服の女性――東京神田屋の女主人・登志子――は、 「ええ、おいでになりましたよ。今はお風呂に入ってはります」 にっこり笑った。 「お風呂……?」 「どこの高校かわかりませんけど、男子高生の集団に追い掛け回されてましてねえ。そいつらは、わたしが追い払いましたけど、大分お疲れのご様子やったんで、お風呂をおすすめしたんどす。全く、物騒な世の中になったもんどすなあ」 女主人の台詞に、 「よかったあ……ありがとうございました」 瞳はほっと息をついた。 「……あの、あたし、腕の立つ連れを探してきます。それから、そのちゃんを迎えに来ます。悪いんですが、それまでそのちゃんを、ここで預かってくれませんか?」 「ええ、もちろんどす。また襲われたら、大変ですからね。それまで、この東京神田屋で、責任もってお預かりします」 どん、と胸を叩いて見せた女主人に、 「ありがとうございます。よろしくお願いします」 瞳は最敬礼して、東京神田屋を後にした。
さっき自分が連打したのは、送信ボタンではなく、電源ボタンだったことを……。
かぽーん…… 「はあ、気持ちいい〜」 “東京神田屋”の女場。 園美は、大浴場の湯につかり、すっかりくつろいでいた。 「いいですね〜」 本当は授業のある土曜日の昼間から、しかも級友たちはサバゲーに参加し、応援している最中に、自分はこうして温泉気分を満喫している。 悪いかなあ、と思いつつも、普段の生活では得られない開放感に、思わず「ばびばのんの♪」なんて、鼻歌を歌いそうになってしまった。 やがて、お湯にのぼせかけて、園美さんは浴槽から出た。 ドアをくぐって外に出て、露天の岩風呂へと向かう。 丁度、人がいなかったので、岩風呂は園美の貸しきり状態。 園美は誰はばかることなく、浴槽内に思いっきり脚を伸ばした。 メガネを外しているのでよくわからないが、浴槽の外には、よく手入れされた庭が広がっているようだ。 でもって、お湯も丁度適温……。 「極楽、極楽……」 園美は、完全に温泉の人となっていた。
「そうだ。あの女将のせいで……くそっ」 竹田さん、と呼ばれたおかっぱ男は、後輩の質問に舌打ちした。 ここは、東京神田屋の外。 敵がこの建物に入ったことは間違いないので、彼らはここに待機して、敵が出てくるのを待つことにしたのである。 だが、待ち伏せというものには、忍耐力がいる。 という訳で、忍耐力が尽きた追っ手の一部は、湯煙が立っているところのそばの垣根際に待機していた。 狙いは……敢えて言うまい。 で、今まで、不埒な彼らの目的は、ちっとも達成されなかったのであるが…… 「おい、人が入ってきたぞ」 「ひょ〜♪ しかも、若い女じゃね〜か〜」 彼らの視線の先にある、無人の露天風呂。 そこに、若い女の子が入ってきたのである。 垣根の枝を目立たぬようにかきわけ、こっそり覗きを敢行していた追っ手たちは、俄然ハッスルした。 「いいなあ。顔、結構可愛いぜ」 「あのセミロングの黒髪もイケてる」 「胸は……Bと見た」 「そんなもん……いや、もうちょい大きいな」 「スリーサイズは……上から81,62,86ってところか?」 「いや、84,61,87じゃねーか?」 垣根の外で、ひそひそ話が行われているのにも全く気づかず、女の子はくつろいだ様子で、温泉を満喫している。 そのなかなか可愛い顔には、微笑すら漂っているようだ。 「あの笑顔、いいな〜」 「デートのとき、あの笑顔を向けられたら……おれ、一発で惚れるな」 「プロポーションもなかなかのもんだよな……」 「ビキニ着せたら、どうなるんだろう……」 「セーラー服も似合いそうだよな」 「いや、ブラウススタイルの方がいい。襟の隙間から谷間がチラリ……」 「ヤバ! 鼻血が出そうだ」 「お、おれ、あの子、ナンパしようかな……」 「何言ってんだ。俺のものだ。こう、やさーしく俺の手を取ってだな、あの笑顔で『わたし、あなたのことが好きです……キスしてくれませんか?』なんて……」 妄想が膨らんだその時。 ばしっ! ばしっ! 「いてっ」 「な、何すんだ」 「……それはこちらの台詞だ」 不埒な追っ手の頭を、竹田氏の扇子がはたいていた。 「君たち、一体何を」 大声で竹田氏は後輩を問い詰めようとしたが、 「「しーっ!」」 逆に、後輩たちに口を塞がれた。 「し、静かにしてください」 「今、いい所なんですよ。結構可愛くて、プロポーションもいい女が、一人で風呂に……」 すると、竹田氏は急に抵抗をやめた。 「……どれどれ。わ た しにも見せてもらおうか」 などと言いつつ、後輩の手を逃れて垣根の傍に寄る。 「うむ! いい女だ。このわ た しが言うのだから間違いない。スリーサイズは、82、62、84とみた」 竹田君、風呂に入っている女の子が、お気に召したご様子である。 と、 「竹田さん」 「○※#$Å≡?!」 後ろから突然自分の名前を呼ばれた竹田氏は、解読不能の叫びをあげた。 「さ、西塔(さいとう)くんか。お、驚かさないでくれたまえ、はははは……」 メガネを掛けたおかっぱ男は、ポニーテール男に向かって、乾いた笑い声を立てた。 「何を?」 「う、うむ、例の旅館を、覗いているんだ。あの天狗が、いるかもわからないと思ってな」 西塔は、今まで竹田が覗いていた垣根の隙間から、中を覗いた。 裸の女の子が、不思議そうな目でこちらを見ている。 「……間違いない」 「ま、間違いないって、西塔くん?」 「あいつだ」 「あ、あいつって」 「佐々木だ」 「な、何だって?!」 竹田氏は驚愕の余り、大声をあげた。 すると、 「きゃーっ! チカン!」 女の子の絶叫が聴こえた。 「佐々木千恵子だ、間違いない! ……くそっ」 竹田君は扇子を振りおろして悔しがった。 「くっ、やはり、神田屋の女将が嘘をついていたのだな。あの食えない女将、ただではおかない。紫英館高校の名に掛けて、あの女将に泥を吐かせてやる! そして、佐々木千恵子をひっ捕らえるのだ! ふっふっふ、ナポレオン軍略とドイツ陸軍戦術を修めたこのわ た しを本気にさせて、後悔するな、佐々木千恵子!」 メガネのおかっぱは、凄絶な笑みを浮かべた。
「お客様、どうなさいました?」 折りよく、脱衣場に居合わせた仲居さんに、外から覗かれたことを手短に伝える。 (……追いかけられるし、覗かれるし……なんで? 一体、何でなんですか?) 打ち続く常識外の出来事に、せっかく落ち着いていた気持ちは、千々に乱れ始めた。 「今は、いてないようですね」 露天風呂まで様子を見に行ってくれた仲居さんがそう報告したときには、園美さんはメガネを掛け、すっかり身だしなみを整えていた。 「とりあえず、私は他の従業員にこのことを知らせて、犯人を捕まえて参ります」 「よろしくお願いします」 いつもの微笑も消えた園美は、緊張の面持ちで頷き、ロビーへと向かった。 充電してある携帯電話を回収して、自分の部屋に鍵を掛けて立てこもる。 今の彼女には、それ以上の策が考え付かなかった。 「あ、お嬢ちゃん」 ロビーに着くと、女主人の登志子さんが、深々と頭を下げた。 「このたびは、ほんまに申し訳ありません。今、従業員を総動員して、犯人を捜しています。警備に手抜かりがあったこと、平にご容赦のほどを……」 「あ、あの、頭を上げてください。犯人さえ捕まったら、私はそれでいいので……」 「そうおっしゃって下さって、有難う存じます。犯人は必ず、捕まえて見せますので……」 女将は再び頭を下げたが、 「あの……ちょっとよろしいですか?」 顔を上げてこういった。 「はい?」 「あの、お襟が……」 「あ」 園美は慌てて首元に手をやった。 触れるはずの襟が、消失している。 「いっけない……」 頬を真っ赤に染めた園美は、裏返って、ブラウスの中に入りこんでしまった襟を、慌てて引きずり出した。 メガネを外せば結構可愛く、気立てもよくて温厚篤実と評判である園美の欠点が、服装にまるで無頓着であること。 誰かが見張っていないと、よれよれのパジャマで待ち合わせ場所に現れかねないし、ブラウスの襟が曲がっているのもしょっちゅうである。 学校では友人たちが、そして家では妹が、彼女のみだしなみをチェックしているので、何とかなっているものの、こうして一人で着替えるとなると、どうしても、ボロが出てしまうのであった。 「ふう、これで何とかなったかしら」 妹に持たされている鏡をカバンから出して、園美は襟が修復されているのを確認した。 「ええ、あんじょうなってますえ」 「よかった〜」 女主人のチェックも潜り抜け、園美さんがほっとした瞬間である。 「主人はいるか! 御用改めである!」 玄関から、素っ頓狂な大声が聞こえた。 思わず園美がそちらを見ると、そこには、あの薄い水色の制服を着た、数人の男たちが立っていた。 しかも、その先頭には、先ほど自分が叩きのめしたはずの、メガネのおかっぱ小男がいる。 「いっ、いやあああああああっ! 人殺しーっ! 殺されるーっ!」 園美は絶叫した。 その叫び声で、 「おい、いたぞ!」 追っ手は、園美さんの存在に気づき、一目散に彼女に襲い掛かる。 だが、 「お客様!」 「お帰りください!」 園美の絶叫により、駆けつけた神田屋の従業員やガードマンたちが、謎の男子高生たちを押さえ込んだ。 「今や、逃げなはれ、お嬢ちゃん!」 登志子の叫びに、 「は、はい!」 園美は追っ手の横をすり抜けて、玄関から表に駆けていく。 「あ、し、しまった!」 「佐々木が!」 「えーい、もはや長居は無用! 追え、追え〜!」 敵が逃亡したことに気がついた追っ手は、神田屋の人たちの手を振りほどき、次々と、園美の後を追っていく。 「……あんたら、ここの仕事はええから、あいつらを追ってくれやす。あのお嬢ちゃんを助けるんや!」 神田屋の女主人、登志子の凄みのある命令に、 「かしこまりました!」 従業員たちは従うべく、走り出した。
とりあえず、“勝本のおじいさん”と、牛尾さんを見つけ出そう、と思ったのである。 おそらく、この二人は、ギャラリーにいて、試合を観戦しているに違いない。 という訳で、園美さんは、ギャラリーの通路に突入した。 と、 「あら、園美様?」 横合いから声が掛かった。 (へ?) 振り向くと、そこには、クラスメイトが、不思議そうな顔をして座っていた。 その両隣にも、その後ろにも、グレーの制服を着たクラスメイトが座っていらっしゃる。 園美さんは、聖ガブリエルの生徒が固まっている一角に、踏み込んでいたのであった。 「慌てていらっしゃるようですが、どうなさったの?」 ゆったりと尋ねるクラスメイトの手をがしっと握った園美の口からは、自分でも思いがけない台詞が飛び出した。 「た、助けて下さい。わたくし、追われているのです。きっと、わたくしの操を奪おうとしているに相違ございませんわ」 後方からこちらに迫る、数人の男たちを、脅えきった視線で見つめるクラス委員の言葉に、 「な……」 「まぁ、ひどい」 1年桜組のお嬢様方は、竹田くん達の前に立ちはだかった。 「よくも園美様を……!」 「園美様は私達のリーダー。その方を襲うとは……許せません!」 「ここは通しません」 「あなた方のような無礼な方達に、園美様を渡すわけにはいきませんことよ!」 追ってきた連中は、聖ガブリエル女学院高等部1年桜組のお嬢様方に、すっかり取り囲まれた。 しかも、騒ぎを聞きつけた他のクラス、他の学年のお嬢様方もやってきたので、彼らは十重二十重に取り囲まれ、身動きが取れなくなってしまった。 「……俺のせいだ」 お嬢様に取り囲まれ、すっかり暗くなっているのは西塔。 「追跡の意味がないではないか〜!」 小柄な竹田くんは、扇子を振り回すが、お嬢様方にうずもれ、移動が全くできなくなっている。 ……ちなみに、不埒な男子高校生を追ってきた神田屋の従業員さんたちも、お嬢様方に取り囲まれていた。 (な、何ですか、これ?) 一気に修羅場と化した現場を、赤橋さんは困惑しながら眺めていたが、 (でも、チャンスです。この隙におじいさまの所へ……) こっそりと移動を開始した。 その時、 「よお」 園美さんの前に立ちはだかった人影。 「☆≦#%▼♪♀◇◎$*@?!」 彼女の日本語は一瞬崩壊した。 意訳すると、「あ、あなたは蕎麦屋のコスプレ男?!」となる。 「やるじゃねーか、小娘」 園美さんの進路を塞いだ洋装の美男子は、にやりと笑った。 この男の名前は、吉方利三(よしかた・としぞう)。 泣く子も黙る、Hブロック代表・『剣道部!』の作戦参謀である。 そんな男が、自称文学少女の前に立ちはだかっているのである。 まるで、小人が巨象に立ち向かうようなものであった。 「さすがは聖ガブリエルのお嬢さまだ。うちの者の眼を欺いて、ここまで逃げたのは、ほめてやってもいいぜ。だが、ここまでだ。おとなしく、メモを渡してもらおうか、佐々木」 (わ、わたしの大事なネタ帳を渡すなんて、できるもんですか!) 鬼の作戦参謀の台詞に、非常な憤りを覚えた園美さんだったが、 「お、お断り申し上げます! しかも、わたくしは佐々木ではございません!」 クラスメートたちの目もあり、猫をかぶって、こう叫ぶに止めた。 「……ふぅん、シラきろうってのかい」 意外そうな表情で、洋装の美男子が呟く。 もちろん、これでおしまい、ではなかった。 「……だったら、力づくでいただくぜ」 気がつけば、赤橋さんは、武士コスプレをした者や、薄い水色のブレザースタイルの制服を着た男など、数人に、周りをすっかり囲まれていた。 男たちの手には、木刀やら竹刀やら稽古槍が握られていて、一様に獰猛な雰囲気が漂っている。 「やっちまえ!」
突如、会場を圧する大音声が響きわたった。 「ぐはぁ」 「うっ」 園美に襲いかかろうとしていた男が二人、腹部に強烈なパンチを受けて倒れこむ。 「な」 「あれはなんだー!」 後ずさる男たち。 その視線の中心に、打ち続く常識外の出来事により、ブチキレモードに入ってしまった園美さんが立っていた。 にこにこと、笑いながら。 「何なんですか、いったい。訳もなく追い掛け回して、挙句の果てに、私の大事なメモ帳を奪おうとするなんて……もう許せません。理不尽です。ストーカーです。強盗罪です。集団暴行です。さぁ、土下座して謝ってもらいましょうか。今まであなた方の無礼の数々をね」 いつのまにか、園美の手には、倒れた男から奪った竹刀が握られていた。 「竹刀でも人間って(作者により削除)。あ、この間、掲示板で木村さんに教えてもらった関節技、試してみようかしら? 意外と効くんですって、あれって(余りに危険なため削除)」 竹刀を正眼に構え、にこにこ笑う園美。 その邪悪な描写能力に、男たちの背筋に冷たいものが落ちる。 「何だあいつ。いきなり強くなった」 さしもの作戦参謀も、敵の急激な変化に、驚きを隠せない。 「さあ、覚悟はよろしくて?」 園美さんが、手近の男に打ってかかろうとした、その瞬間である。 「やめろーっ!」 突然、男の声が響いた。 「え?」 「今のは……長倉先輩?」 男たちに動揺が走る。 その人々の間を通り抜け、声の主――先ほど蕎麦屋に現れた、大人びたマゲづら少年――は、園美とだんだらの間に割り込んだ。 「そこをお退き!」 叫ぶ園美の竹刀を、男は奪い取り、
長倉以外の全員が驚愕した。
「園美に……俺の彼女に手を出すな!」 叫んだ。 「長倉?」 怪訝な目をする作戦参謀。 「へ、平八さん……」 殺気立っていた園美も、思わぬ展開にすっかり動揺し、殺気がなくなった。 「だ、駄目ですよこんなことしちゃ。わたしはともかく、平八さんの立場が……」 「俺のことなど構わん。園美を見殺しにはできん」 「平八さん……」 「園美……」 突如展開し始めたラブラブバリアーに、周囲の皆さんは呆然としていた。 「どういうことだ長倉。あんたまさか、佐々木に篭絡されて、俺たちの情報をガブリエルに渡してたと言うんじゃないだろうな」 吉方は眉をつり上げた。 「ち、違います!」 「断じて違う!」 二人は同時に疑惑を否定した。 「わ、わたし……わたくし、佐々木ではございません。赤橋園美と申します」 そう言うと、園美はポケットから財布を取りだし、学生証を引き抜いて吉方に渡した。 吉方は園美の顔と学生証の写真を見比べていたが、やがて、 「なるほど、確かに、佐々木じゃねぇな」 と呟いた。 「だが、ガブリエルの生徒には違いねぇ。どういうつもりで長倉に近付いたんだ、女狐」 「めっ……」
長倉は園美を慌てて抱きしめた。 すると、彼女の体から発散される怒気が、すうっと鎮まった。 「……それは違う、吉方さん。俺達は偶然、出会ったのだ。それはだな……」
ちょっと自慢気に長倉が言い放つまで、3分ほどの時間を要した。 「要するに、去年の秋に、散歩の途中で眼鏡落として壊しちまって途方にくれてた女を助けた所から、付き合いが始まって、山神さんに彼女が出来たのに刺激されて、コクったってことだな?」 長かった話を吉方が要約する。 「ひょ〜♪ 何だよ何だよ、皆やることやってんじゃねぇか〜」 山賊のような格好をした男が、嬉しそうに叫ぶ。 「だが問題が一つある。なぜ、その女のことを隠していた? やましいことがなけりゃ、交際を大っぴらにしてもいいだろうが」 冷徹に問い正す吉方。 「おいおい、吉方さんよう、そこまで目くじら立てなくてもいいじゃねーかー」 山賊が作戦参謀に擦り寄るが、 「お前は黙ってろ、今大事な話をしてるんだ」 作戦参謀の鶴の一言で黙りこくった。 「それは、その……」 園美は躊躇したが、やがて、意を決したように、猫をかぶって話し始めた。 「……我が校は、男女交際が禁止されているのでございます。しかし、長倉さまへの気持ちが、どうしても断ち切れず、覚悟を決めて、お付き合いをさせていただくことにしたのです。そして、我が校も、長倉さまの学校も、このサバゲー大会への参加することになりました。もしわたくしが、長倉さまと付き合っているのが露見してしまったら、学校は退学、そうでなくても、体よくスパイにさせられて、貴校の情報を探らされる、ということになるでしょう。……わたくしは、長倉さまとのお付き合いを、そのように、利用したくなかったのでございます。ですから、わたくしの友達にも、長倉さまとのお付き合いは秘密にして、今日に至ったのでございます。それに、長倉さまのお知り合いから、話が広まって、わたくしの学校に話が届いてしまうのではないか、と思いまして、長倉さまにも、事情をお話しして、秘密にしてもらったのでございます」 「園美、許してくれ……俺は……、俺はお前に何もしてやれずに……」 「そんな……平八さんが謝ることはないのに……」 長倉は、園美を愛おしそうに抱きしめる。 まるで悲恋物語のワンシーンのような光景に、 「そ、園美さま……」 「おかわいそうに……」 「そこまで、思いつめて……」 聖ガブリエルの生徒たちからは、早くも同情の声が上がっていた。 「てめーら……そんな理由で俺が納得すると……」 吉方が呟いた時、 「いいじゃないか、トシ」 彼の肩が、ぽん、と叩かれた。 「ご、ごんちゃ……じゃねぇ、権藤さん」 吉方が振り返ると、そこには、『剣道部!』のリーダー、権藤勇武(ごんどう・いさむ)――蕎麦屋のゴツイ侍――が立っていた。 「長倉くんは真の武士だ。彼を信じよう。二人を祝福してやろうじゃないか」 その隣で、 「私も、権藤さんに賛成です」 腕組みをしてにやにや笑っているのは、吉方と同じく『剣道部!』の作戦参謀である、山神慶介(やまがみ・けいすけ)だった。 「なんであんたがいるんだよ!」 吉方の突っ込みに、山神はにやにや笑いを崩さずに、 「準々決勝が終わってから、会場を散歩してみようと控えテントを出た矢先に、緒方くんに会いましてね。彼が、『吉方さんが佐々木千恵子を追っている』と言ったので、気になって来てみました」 説明用台詞を、普段と変わらぬ調子で述べた。 そして、 「うむ、あっぱれじゃ、長倉。余もそちの幸せを心から祈っておるぞ」 山神の後ろには、紫英館高校の剣道部の顧問・梅平(うめだいら)先生までいたのである。 上位権力者が3人も揃ってしまったので、流石の吉方も、それ以上反論することができず、口をへの字に曲げていた。 そして、 「幸せになりたまえ、赤橋君」 いつの間にやら、聖ガブリエル側にも、男装の麗人が現れていた。 「し……斯波お姉さま?!」 「ロミオとジュリエットは悲劇的な結末だったが、君達には幸せになってほしい。無論、君達の関係を利用したり、ましてや赤橋君を罰したりという、理不尽なことはしない……生徒諸君、心から二人を祝福しようではないか」 生徒会長・“聖ガブリエルのオスカル様”が凛々しくこうおっしゃると、 「赤橋さま〜!」 「ジュリエットさま〜!」 「ロミオ様〜!」 「お幸せに〜!」 聖ガブリエルの生徒たちは口々に叫び、感動の余り涙を浮かべているものもいた。 「へ……?」 この事態を理解できない園美の頭を、長倉は無理やり押さえつけて、 「か、かたじけない!」 自分も思いっきり頭を下げた。 「……よかったな園美、晴れて俺たちは、聖ガブリエルでも、紫英館でも、公認の仲だ」 「聖ガブリエルでも、紫英館でも……?」 オウム返しに呟くと、園美さんは、自分たちが置かれている状況を、ようやく把握し、まずはオスカル様に、次に紫英館の権藤・山神・梅平・吉方に向かって、深々と礼をした。
ギャラリーで抱き合っている恋人たちを見ながら、山神君は呟いた。 「ああ……ちくしょう、今田の奴、敵を間違えたか」 「今田君のせいではない」 「何?」 怪訝そうな吉方の視線を受けながら、山神はにやにやを崩さずに、自分の推測を話し始めた。 「……おそらく、佐々木さんは、赤橋さんをおとりに使ったのでしょう。あの学校はガードが固く、大会前にはメンバーの名前ぐらいしかわからなかった。そのことを利用したんです。まず、中学生にしか見えない自分自身を、偽者の佐々木千恵子だと認識させる。そして、赤橋さんにわざとメモを取らせ、友達にも彼女を『佐々木』と呼ぶように指示することで、『本物の佐々木』はギャラリーで観戦し、メモを取りながら作戦を練っているように、敵に勘違いさせる。そのことで、スパイの自分への注意を逸らせようとしたのでしょう。……われらは、まんまと敵の作戦に乗ってしまった訳です」 「……そして、敵が、赤橋のメモ帳を奪おうすれば、更に佐々木の思う壺。うちのチームが放ったスパイの眼を赤橋に集中させ、自分はのうのうと作戦を練っている、と言う訳か」 吉方氏の美貌が、怒りで歪む。 「畜生、あの女狐も、やっぱ殺す」 木刀を持った手に力をこめる彼を、 「トシ落ち着け」 権藤氏が睨んだ。 「吉方君、あの赤橋さんの様子を見ていると、彼女は単に利用されただけのようだ。あの人も、われらと同じく、佐々木さんに一杯くわされたのでしょう。佐々木千恵子……心してかからねばならない相手のようです」 山神さんも吉方君をなだめるので、吉方氏は仕方なく、赤橋さんの首を取ることは断念した。 「畜生、佐々木……あいつ、どこにいやがる?」 ギャラリーに、血走った眼をさ迷わせる吉方。 すると、お兄さんたちが固まったエリアの真ん中に、女子高生と思しき深緑色のセーラー服が3人ほどいるのが見えた。 一人は、黒髪のポニーテール。 一人は、茶色がかった三つ編みお下げ。 そして今一人は、日本人形のような、白皙の肌に肩までの黒い髪…… 「あいつだ……!」 「え?」 「あいつが、佐々木千恵子だ……! その隣にいるのは、金沢千歳と名越みずえだろう。今田が送ってきた写真の通りだ」 吉方は、女子高生たち、いや、その真ん中にいる、小柄な女性を睨みつけた。 フィールドでは、折りしも第2試合が終了したところで、女子高生たちが席を立つ。 すると、黒髪ポニーテールの女がこちらに気付き、殺気を孕んだ視線で、吉方・山神・権藤の3人を睨み据えた。 そして、本物の佐々木千恵子が、あどけない視線を、紫英館トリオに向ける。 「あの野郎、いつか殺す!」 吉方は唸った。 ……彼は、根本的なところで間違っていた。 千恵子さんは、そんな作戦を立てていないのである。 メモを取っていたのは赤橋さんの趣味。 単に、今田くんが、瞳が『鷹木(たかぎ)先生』と呼んだのを、『佐々木先生』と聞き間違えただけなのだ。 それで、この騒動が勃発したのであるから、世の中とは、何がどうなるかわからない。 だが、『剣道部!』は、「佐々木の陰謀説」を信じ込んでしまい、この3人、特に吉方は、「佐々木千恵子憎し」で凝り固まってしまった。 そして、吉方は、聖ガブリエル撃破のため、決勝戦に向けた必勝の策を練ることになるのである。
「あの〜、もうよろしいでしょうか?」 「いいえ、駄目ですよ」 「そう、桃井(ももい)さまのおっしゃる通りですわ」 瞳はブラスバンド部部長の桃井お姉さまと、合唱部部長の一色(いっしき)お姉さまに捕まり、応援歌の改造作業をさせられていた。 会場に到着した途端、この二人に捕まってしまったのである。 「そんな、もう1パート付け加えましたわ。その上何を……」 (それに、そのちゃんを迎えにいかなくちゃいけないのに……) 瞳は猫をかぶって抗議するが、 「勿論、もう1パート付け加えるのです」 「そう。もっと応援歌を華麗にするのですわ」 桃井お姉さまと一色お姉さまはこう言い切った。 「……ブラスバンドは禁じられました。かくなる上は、すばらしい合唱を捧げなければならないのです」 「梅壷様を応援し、われら生徒の祈りの気持ちを捧げるには、もっと華麗な応援歌を作らなくては!」 「そう、それには瞳さん、あなたのご協力が必要不可欠なのですわ!」 お互いの手の指を絡め、うっとりと視線を空にさ迷わせている二人のお姉さま。 (だったら、自分たちで作ってよ〜) 楽譜を手直ししながら、瞳は泣きそうだった。 彼女が事件の真相を知るのは、もう少し先のことである。
そこで明らかにされた2人の悲恋の詳細(?)に、多くの生徒たちが涙したという。 もちろん、生徒会長に公認されたので、園美が校則違反の廉で罰せられることはなく、園美が心配していた、「桐壺様が、母方の親族に働きかけて、自分の父親を解雇する」ということもなかった。 それどころか、騒動のおかげで、園美は学校内で「ジュリエット様」という愛称で呼ばれるようになり、1年ズに並ぶ有名人となったのである。 ……それが彼女が望んだものであるかどうかは別として。 ちなみに、ギャラリーで、この一連の騒動を傍観していた勝本信義氏は、 「この親にして、この子あり、か……」 ため息をついていたそうな。
「準決勝に駒を進めたお嬢様方。 |