まるえさま作
『戦え! FANG GUNNERS!』外伝
『ガブリエル様の白き翼の下に〜猫かぶりお嬢さま奮闘記〜』
第一話
| ◇はめられちゃったよ参加編◇ |
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創立は明治40年。それから激動の大正・昭和時代を経て今日に至り、その間、政財界の大物の夫人を始めとして、華道・茶道の大流派の会長、料理学校やインテリアデザインの会社を興して成功している者、また、官僚や議員として活躍している者を多数輩出している。 およそ12ヘクタールある敷地の中には、創立当初に建設され、現在では明治期の洋館建築の好例として都の重要文化財に指定されている本館、中等部と高等部の校舎、聖堂、グラウンド、体育館、温水プール、武道場、そして生徒会室とサークル棟を兼ねている『百合の館』と呼ばれる洋館が建てられている。 その『百合の館』に、 「……あーあ、今日も一日、平和に終わってしまいましたわ」 と、ぼやきながら歩いていく美少女がいる。 彼女の名は細川直子。聖ガブリエル女学院高等部2年に所属している。 通り名は梨壺女御(なしつぼにょうご)。 新聞部の部長で、生徒会を牛耳る『三壺(さんつぼ)様』の一人だった。 「……平和は宜しいことですけれども、刺激がなくて、退屈ですわ」 長い黒髪をかき上げ、直子は首から掛けたポラロイドカメラを右手で掴む。 先日、新聞部の企画で行った「お姉さまコンテスト」で“元気なお姉さまナンバーワン”に選ばれた彼女は、現在、そのエネルギーを持て余している状態だった。 理由は簡単。今日は、学校新聞に載せるような事件が全く起こっていないからである。 「……ああ、何か事件は御座いませんかしら?」 呟き終わったときに、ちょうど『百合の館』の玄関にたどり着く。 郵便受けに大きな茶封筒が入っていたので、直子はそれを引っ張り出した。 宛名と差出人を確認する。すると、 「……!」 直子の瞳が、キラリと輝いた。
『百合の館』の一階にある生徒会室。そこに、細川直子は、駆け込んだ。 「御機嫌よう、女御さま」 生徒会室の椅子に腰掛け、書類に目を通していた女生徒が顔を上げる。 彼女の名は畠山美華。直子と同じ高等部2年で、手芸部の部長。 通り名は桐壺姫(きりつぼひめ)で、やはり『三壺様』の一人である。 生徒会では、会計を務めていた。 「いかがなさいました? 随分と、慌てていらっしゃるようですけれども」 おっとりと呟いて、美華は栗色のショートカットの頭を傾げる。 手に持っていた書類を机に置く動作や、大きな瞳を直子に向ける仕草など、彼女は、どの動きを取っても、他の生徒たちより、格段に優美だ。 「お姉さまコンテスト」で“お淑やかなお姉さまナンバーワン”の称号と“聖ガブリエルの聖女様”という称号を勝ち得たのも、当然の結果であろう。 「ああ、失礼を致しました。ご機嫌よう、桐壺様」 直子は乱れた長い黒髪を直しながら、優雅に一礼した。息を荒げ、大慌てで生徒会室に突入したのが、嘘のようである。 このようにして、猫の皮を自在にかぶりえる……いや、かぶる事ができるのは、聖ガブリエルの生徒としては、当然のことであった。 「ご機嫌よう、直子様」 黒板の前の席から、生徒会長の斯波真理亜が声を掛けた。 彼女も高等部2年。剣道部の部長も務め、梅壺(うめつぼ)大将の通り名を持つ、『三壺様』の筆頭である。 ちなみに、「お姉さまコンテスト」では、“ミスターガブリエル”と“頼りになるお姉さまナンバーワン”に選ばれるほどの、凛々しい容姿の持ち主。 コンテスト後に発行された学校新聞の号外では、フランス革命の頃のフランス士官服に身を包み、白いバラの花を持って微笑む彼女の写真が、1面トップを飾った。 栗色の天然巻き髪が軍服によく合い、その時のカラー写真は、“聖ガブリエルのオスカル様”と真理亜を慕う生徒の間で、高値で取引されるまでになっている。 「ご機嫌よう、梅壺さま」 直子はまた優雅に一礼して、早速用件に入った。 「ねえ、お二方、『全国高等学校サバイバルゲーム選手権大会』という催し物をご存知ありませんか?」 「いいえ、存じませんわ」 美華は首を横に振った。 「一体、何だね? その、『サバイバルゲーム』というものは?」 真理亜が尋ねた。彼女の母はフランス人であるため、「ハーフだから日本語に慣れていないだろう」という理由から、真理亜のみ、このような口調で会話をすることが、特例で認められている。 「……実は、わたくしも、存じませんの」 直子さんは申し訳なさそうに答えた。 「もしかしたら、お二方なら、何かご存知なのではないかしら、と思って伺ったのですが……」 「さようで御座いますか……」 ちょっと困ったような顔で、美華が言った。 「ところで、直子様。何故、『サバイバルゲーム』のことを尋ねる?」 「ああ、梅壺さま、申し訳御座いません。そのことをすっかり忘れておりましたわ」 直子はまた真理亜に頭を下げ、「これが原因ですの」と言って、小脇に抱えていた大きな茶封筒を机の上に置いた。 封筒の表には聖ガブリエル女学院の住所とともに『聖ガブリエル女学院生徒会長さま』との宛名が記されている。 裏に返すと、差出人は『全国高等学校サバイバルゲーム選手権大会運営委員会』となっていた。 「この差出人に、お心当たりは御座いませんか、お二方?」 直子の質問に、真理亜も美華も首を横に振る。 「……聞いた事が御座いませんわ」 「全く覚えが無い名前だ」 「……もしかしたら、脅迫状とか、そういう類の郵便物でしょうか?」 美華が不安そうに尋ね、すがりつく様な瞳で、オスカル……いや、生徒会長を見上げる。 「……そうなりますと、今月の学校新聞の一面トップ記事はこれで決定ですわ」 事件の匂いを嗅ぎつけ、すっかり本調子を取り戻した直子が断言する。 既に手は、首から掛けたポラロイドカメラに伸びていた。 「まぁ、どう致しましょう」 新聞部部長の台詞に、美華様はすっかり心を痛めてしまわれた。 「……このまま開けずに、ゴミ箱に捨てるか、返送する方がよろしいのかしら?」 そう言いながら、おろおろする桐壺姫。この人の場合、このような動作も、どことなく雅やかに見える。 恐らく、この場に男子がいたら、その美しさにノックアウト、であろう。 と、 「待ちたまえ」 生徒会長の、頼もしい声が響いた。 「まだ、脅迫状と決まった訳ではない。兎に角、開けてみよう。全てはそれから始まるというもの……」 その生徒会長の台詞が、鶴の一声となった。 直子が戸棚から鋏を取り出し、茶封筒の上部を切り取った。心なしか、嬉しそうに見えるのは、これから起こるかもしれない「大事件」への期待がなせるものだろうか。 それは兎も角、封を切ると、直子は封筒の中を探って、一枚の大きな紙を取り出した。 「どうやら、中にはこれしか入っていないようですわ」 明らかに落胆の色の濃い声で言いながら、新聞部部長は、机にその紙を広げた。それには、迷彩服を纏い、銃を持った男女が大きく印刷され、その上に『全国高等学校サバイバルゲーム選手権東京都大会のお知らせ』という文字群が、デカデカと大書されていた。 どうやら、掲示用のポスターらしい。 「全国高等学校サバイバルゲーム選手権東京都大会のお知らせ……」 「フィールドを舞台に繰り広げられる熱き勝負の世界……」 「青春パワーをBB弾に込め、戦場の覇者の栄誉を勝ち取れ……」 ポスターに書かれた文句を読み上げると、『三壺様』は顔を見合わせた。 「何で御座いましょう?」 “聖ガブリエルの聖女様”は、首を傾げて、優雅にお尋ねになった。 「さぁ?」 新聞部の直子さんは、ポスターに向かって盛んにフラッシュをたいた。ポラロイドカメラから、今撮影したばかりの写真が吐き出され、ポスターの上に落下する。 「……勝負をすることは確かだろう」 自らの推測を初めに述べたのは、やはり生徒会長の真理亜さまだった。 その言葉に元気付けられたのか、 「……それに、銃を使うようですわ。ほら、ポスターに写っている方、銃を持っていらっしゃる。多分、ダミーでしょうけれど」 少し首を傾けながら、そう指摘したのは、お淑やかな美華さま。 「『戦場』『フィールド』という言葉から推測すると……もしかして、野外で銃を使って戦う、というゲームなのでは? それに、『BB弾』。弾丸の代わりにこれを使って……人間の配置の仕方とか、攻撃方法とか、いろいろと知力が要求されるゲームなのかもしれませんわね」 ポスターを撮影し終わった直子さまも、自分の見解を述べる。 「……面白そうだな」 不意に、真理亜が言った。すると、 「ええ、とても面白そうですわ」 直子もそれに応じた。 「ああ、直子様もそう思ってくれるのか!」 真理亜は、直子の右手を両手で包みこんだ。が、まるで古き良き時代の少女漫画の主人公のように、キラキラと輝くその瞳は、直子ではなく、何もない虚空へと向けられていた。 「特にこの、『勝負』……ああ、この言葉、私の最も好きな言葉だ。何と響きがよいのだろう……己の持てる限りの力を振り絞り、力と技と精神、全てを相手とぶつけ合う……ああ、私の心がかき立てられ、思いは遥か戦場へ……」 真理亜がうっとりと台詞を吐けば、 「『戦場』……飛び交う銃弾、迫り来る戦車、爆撃、ミサイル攻撃、脅える市民、権力者の座の陥落……ああ、戦場取材、まさに報道の王道ですわ。わたくし、とってもどきどきわくわく致しますことよ」 直子も“聖ガブリエルのオスカル様”に寄り添って、真理亜の見つめる方向に視線を合わせる。音声さえ無ければ、宝塚の男役と娘役が、永遠の愛と未来への希望を歌い上げている、としか思えなかった。 そこへ、 「でも、大将さま、女御さま、このゲーム、メンバーが6人揃わないと、参加できないと書いてありますわ」 ポスターを隅から隅までじっくり読んだ美華が、優雅に突っ込みを入れた。 「おや……」 「さようでございますの……」 真理亜と直子は『ヅカモード』から醒め、それぞれ思考を巡らした。 「私と、直子様と……美華様は参加するかね?」 「ええ、お二方がご参加あそばされるのならば、あたくしも参加致しますわ」 美華がにっこりと笑った。 その優雅な笑顔、男性がここにいたら、一瞬で虜になるだろう……てな魅力を四方八方に放っていた。 「ということは、今ここに、1、2、3……」 直子は“聖女様”の笑顔には目もくれず、左手の指を折りながら人数を数えた。右手はポラロイドカメラで塞がっている。 「……3人いらっしゃる訳ですから、6人から3人を引いて、あと3人、メンバーをそろえる事ができれば、参加できる、ということですわね、梅壺さま?」 「その通りだ」 真理亜が頷く。 「ですが、大将さま、あと3人、どうやったら見つけられるのでしょうか?」 美華が尋ねた。真理亜を見つめる瞳には、不安の色が濃い。 「そうだな……」 『三壺様』は揃って思考の海に沈んだ。 やがて、 「……勝負、というと、千歳さんがお好きなゲームかもしれない」 真理亜が言った。 「千歳さん」というのは、彼女の部活の後輩である、高等部1年の金沢千歳のことである。 中高一貫の聖ガブリエルには珍しく、中3の時に転入した転校生。 幼い時から剣の道に精進してきたというその実力を、転入直後、東京都大会で準優勝する、という形で、剣道部のメンバーにまざまざと見せ付けた。 高1になってからも、東京都高校生剣道大会の新人戦で入賞するなど、現在は剣道部のエースとして活躍している。 常に剣の技を磨き、一つ一つの試合に全身全霊を掛けて臨む彼女なら、ひょっとしたらこの『サバイバルゲーム』に興味を示すかもしれない。 「ああ、それはよい考えですわ!」 直子が弾かれたように言った。 「わたくしも考えましたわ。あの子なら、きっと、大丈夫ですわ。ほら、アンちゃん」 直子が“アンちゃん”と呼んだのは、高等部1年の名越みずえ。 休み時間には、いつもグラウンドで元気にバスケットやバレーボール、バドミントンなどに興じているためか、肌はちょっと日に焼けている。 おまけに、茶色い髪を二つに分けて三つ編みにしているから、まるで『赤毛のアン』の物語から抜け出たような容貌をしている。 たまにお茶の出し方や襖の開け閉めの仕方をとちってしまうこともあるけれど、そういう所が可愛らしくて、直子も真理亜も美華も“アンちゃん”と呼んで可愛がっている。 「確かに、あの子なら、外での競技にはきっと興味を持つに違いない」 真理亜が大きく頷く。 「……あと一人は、おじょうちゃまでいかが?」 美華が提案する。 「素晴らしい人選だ」 「ええ、とても!」 “おじょうちゃま”というのも高等部1年で、本名を佐々木千恵子と言う。 こちらは“アンちゃん”と対照的に、白皙の肌に肩までの黒髪がトレードマークになっている。 身長が149cmと小さいが、非常に成績優秀で、常に学年1位の座をキープし、全国規模の模擬試験でも、総合1位になったことがある。 そのように賢く、その上愛らしい彼女を、『三壺様』は、まるで自分たちの妹のように可愛がっていた。 「あの方たち、何処にいらっしゃるかしら?」 「……天文気象部の部室に参りましょうか。確か、アンちゃんとおじょうちゃまは、天文気象部に所属していらしたと存じますわ」 「では、『サバイバルゲーム』のことについて調べていただくついでに、あの方たちをお誘い申し上げよう」 生徒会長の声に、 「「かしこまりました」」 直子と美華は同時に一礼した。
「ちっきしょー!」 名越みずえは、PS2のコントローラを床に叩きつけた。 ここは、百合の館の2階にある、天文気象部の部室である。広さ10畳ほどの室内には、大きな机と椅子が5,6脚、デスクトップコンピュータが載った事務机やテレビ、MDコンポ、天体望遠鏡などが綺麗に配置されている。 机の上には電気ポットとお茶の道具があり、清掃も行き届いているのが、この部屋の住人の気質を物語っているようだ。 これで食器と卓上コンロとソファーと毛布があれば、なかなか快適に暮らせそうである。 現在、室内には二人の人間がいる。 一人は、テレビの前に動かした椅子の上に胡座をかき、画面を見つめて「ちきしょー、なんでだ、なんで負けるんだ……」と呟いている名越みずえ。 余程しょげているのか、“アンちゃん”と呼ばれる所以である、トレードマークの三つ編みまでもが、しおれてしまっているように見える。 そして、もう一人は、この部室を綺麗にお掃除しているおねーさん……事務机のパソコンに向かっている佐々木千恵子であった。 「……全然、進歩してへんな」 千恵子はみずえの方を振り向いて言った。 コンピュータのディスプレイの画面は、みずえの前にあるテレビの画面と同じ。 今、二人は「対戦戦国」というPS2ソフトを使って、オンラインで対戦していたのである。 「水流にまかせて攻め下るは易く、水を遡って退くは難い。これ一つ。また叢原を包んで陣屋を結ぶは兵家の忌、これ二つ。陣線長きに失して力の重厚を欠く。これ三つ……こんなに古典的な欠点があるのに、あんな陣敷くなんて。『火攻めして下さい』て言うてるようなもんや」 細く鋭い目でみずえを見つめながら、彼女の取った戦法を、関西弁でこき下ろす。 生徒会を牛耳る『三壺様』に“おじょうちゃま”と可愛がられ、成績の優秀さをもって、学校内外にその名を轟かせている彼女であるが、実はかくのごとく、戦略にはうるさい。 「って言われてもよー……オレなりに、一応考えたつもりなんだけどなぁ……あーあ、これが『戦国武装』ならなぁ。鉄砲オヤジを使わせたら、オレ、絶対、日本一になれるんだけど……」 対するみずえも、頭をぼりぼり掻きながら、男言葉でぼやいた。 聖ガブリエルには、『丁寧で、美しい言葉を使って話すこと』『礼儀作法をきちんと守ること』という不文律がある。 また、『上級生のことは、苗字のあとに「様」を付けて呼ぶこと』『同級生のことは、名前に「様」をつけて呼ぶこと』という、訳の分からないしきたりもある。 先生方に話す時は勿論、上級生や下級生、果ては同級生とドッジボールで遊んだり、他愛ないおしゃべりに興じたりする時に至るまで、そういうルールを守らなければならないのだ。 もし、文法が間違っていたり、友達のことを「〜ちゃん」と呼んだりしたならば、校内を監督して回っている、言葉遣いと躾にやかましいシスターや上級生たちが、 「そのような品のない事を、なさってはいけませんことよ」 ……こうである。 しかも、にっこり微笑みながら。 下町の町工場に生まれ、近所の男の子達と遊んで育ったみずえや、両親が関西出身で、母語が関西弁になりかかってしまっている千恵子には、この「美しい日本語と礼儀を守りましょう攻撃with微笑み」は、耐えがたいものだった。 二人とも、その攻撃を遁れる術は心得ているけれども、自分の言葉と違う「お嬢様語」で喋り、堅苦しい礼儀作法を守り、という、「お嬢様」という仮面を被って過ごす学校生活は、苦痛以外の何物でもなかった。 もし、「お嬢様」を演じているのがばれたらどうしよう。「素」の言葉が出てしまったらどうしよう。 お姉さま方やシスターたちは卒倒するだろう。下手をすれば、風紀を乱したかどで謹慎処分にさせられるかもしれない。 きっと、学校の人々は、そんな自分を見て、陰でクスクス笑って、「礼儀知らずの下等な人間」のレッテルを自分に貼りつけるに違いない。 そういう恐怖を味わってきたのである。 が、金沢千歳が聖ガブリエルに転校してきてから、世界が変わった。 どうしても、心の底までは「お嬢様」になりきれず、それを無意識的にさらけ出している千歳……。 そんな千歳と付き合っているうちに、みずえも千恵子も、いつしか「お嬢様」の仮面をかなぐり捨てていた。 今では、同じ部活の赤橋園美や二階堂瞳と共に、バカ話や噂話に盛り上がったり、PSで熱く対戦したりする仲である。 ちなみに、小説のHPを持っている園美は、原稿執筆のため、インディーズの『覆面女子』というバンドのボーカルを務めている瞳は、新曲のレコーディングのため、今日は部室には来ていない。 (言いたいことを言いたい言葉で我がまま勝手に言い合える。これがほんまの『友達づきあい』なのかもわからんなぁ……) 千恵子がぶつくさ言うみずえを見ながら感傷に浸っていると、入り口のドアからノックの音がした。 続けて3回。間を置いてまた2回。仲間同士のルールに従ったノックである。 「千歳かいな? 入ってええよ」 すると、「失礼する」と声がして、金沢千歳が部屋に入ってきた。 稽古着に身を包み、竹刀と木刀を小脇に抱えている。ポニーテールにした黒髪が乱れている所を見ると、稽古でもしていたようだ。 「よっ、千歳」 みずえが振り向いて言った。 「剣道部、稽古終わったのか? 妙に早えな」 「いや、今日は稽古はない」 千歳が答える。 「ここの屋上で、修行日課をこなしていた」 「へー、稽古無いのに練習するなんて、偉いな」 とは、運動が大嫌いな千恵子さんの感想である。 「うちなんか、とてもそんなことできひんわ。そこ座りいな。あ、お茶飲む?」 「かたじけない」 千歳は、椅子に腰掛けながら返礼した。 「かたじけない」とは、何と言う古い言葉を使うのだろうか、とお思いの読者もおられるかもしれない。 だが、彼女にとってはこれが普通なのである。 とある大名家に仕える筆頭家老の家に生まれ、武張ったことが幼少の頃から大好きだった彼女は、剣を学び、「武士」としての作法と心構えを叩きこまれた。 つまり、彼女の心はサムライスピリットそのもの。 「あそばせ」とか「ございますの」とかいうお嬢さま言葉など、彼女の主義には反するのである。 そのため、言葉の端々に、サムライ的な言い回しが現れ、彼女と話す人は、はっきりとは指摘できない違和感を覚えることとなった。 それを最初に鋭く指摘したのが千恵子だったのだが、それについて千歳と討論するうちに、段々と千恵子も「素」の関西弁をさらけ出すようになっていった。 それがみずえや園美、瞳といった、天文気象部のメンバーに波及し、いつしか彼女たちは、重荷になっていた「お嬢さま」の仮面を、仲間内では外せるようになったのである。 「なぁ、千歳、今度の土曜、『戦国武装』一緒にやろうぜ。お前のじーちゃんと一緒にさぁ」 現在、千歳は、外祖父が大家をしているマンションの1室に、兄と二人で暮らしている。みずえが「じーちゃん」と呼んだのは、その外祖父・勝本信義(かつもとのぶよし)のことだった。 何故かテレビゲームが得意で、みずえと千恵子は、土曜日の授業が終わると、いつも「じーちゃん」のところに行き、手合わせを願っている。 「それは別に構わないが……私(わたし)でも操作できるのか?」 千恵子の淹れたお茶を飲みながら、千歳が質問する。 「そりゃー、慣れたら出来るに決まってんじゃん」 みずえはあっさりと言った。 「修行モードで操作に慣れてから、実際にやればいいんだろ? こないだ千歳、『剣を使うキャラクターがいれば……』っつってたけど、剣を使うキャラ、一杯いるぜ。乱丸とか、武智とか。あと、館正宗は木刀の二刀流だし」 ちなみに、「乱丸」は巨大な剣を振り回して戦う美少年キャラ、「武智」は長い両刃の剣を操り、敵を巧みに翻弄して討ち取る狡猾な青年将軍である。 「木刀の……二刀流か。二刀流でなければ使ってもよかったが……」 「そうか。なんなら、オレの育てた新武将使ってもいいぜ。『愛』の兜被った日本刀使い……」 すると、 「何やそら。あのけったいな兜、被せてしもたんか?」 横から千恵子が話に割り込む。 「いいじゃねえか。『バカの愛野郎』を再現しようと思ってさ」 みずえはそう言うと、 「愛野郎♪♪ "愛"の前立てなんて もう捨ててしまえ 敵がいるのに〜 笑って戦えな〜い♪ I'm smiling smiling smiling…」 と、「カロプロ」系統のヒット曲のサビを、気持ちよさそうに歌った。 まぁまぁの腕前である。 「……味方が笑って戦えへん、って、自殺行為やん」 歌にも惑わされず、千恵子は突っ込みを入れる。 「そんな設定、ある訳ないやん」 「わからねぇぜ。まだ情報が出てないだけで、ひょっとしたらそうなるかも。ナオえもんみたく『らぶらぶび〜む』を出すかもしれねぇし」 「『くらえ、らぶらぶびーむ』、かいな……」 と千恵子は呟いて、 「ふむ、それなら、あるかもわからんなぁ。館も『不幸ビーム』出すって、ネットで見たさかい」 『不幸ビーム』……とは、きらきら光る眼から発射される館の必殺技。これを浴びた敵は、流れ矢に当たったり、同士討ちの犠牲になったり、馬に踏み潰されたりして、不幸にも死んでしまうという、恐ろしい技である。 「な、それならありそうだろ?」 みずえは嬉しそうに言った。 「やっぱ、『ナオえもん』って、テレビアニメの3大ヒット番組の筆頭だからな。だから、パクリネタが使いやすいんだよ。だって、あの小関豊も、『ラブビーム』ネタで曲書いてるし。最近だと、みんく♀が『ラブビーム』にはまっちゃってるな。だって、みんく♀が作詞した『愛野郎の愛の歌』もラブビームネタだぜ? 確かコレ、『とっととハム衛門』の主題歌だったけど」 (……小関豊の曲? 『とっととハム衛門』? 何でそんなもん知ってんねん?) 千恵子は首を傾げた。 小関豊は、非常に有名な歌手だが、自分が子供の頃に亡くなったから、自分の年代だと名前しか知らない、という人が大半。『とっととハム衛門』も、お子様向けのアニメである。 みずえさんってば、そういう謎の知識に詳しいのである。 どこかの誰かさんが、今ごろクシャミを連発していることだろう(笑)。 と、 「来る……」 不意に、千歳が呟いた。 みずえと千恵子に緊張が走る。千歳さんは、気配を読むのが得意なのである。これも長年にわたる剣の修行の賜物だった。 「何っ」 「何人や?」 慌てる二人に、手で静かにするよう合図してから、千歳さんは集中し、気配を更に探る。 「……1,2,3……3人だ。今階段の登り口にさしかかった」 「みずえ!」 「あいよっ!」 みずえは慌ててテレビとプレステの電源を落とした。プレステはコードを外して、テレビの下の戸棚に隠す。 一方、千恵子も、ゲームのブラウザを閉じ、天体運行計算ソフトを起動させる。 その五秒後。 ノックの音がした。 「失礼致しますわ」 “元気なお姉さまナンバーワン”こと、梨壺お姉さまの声である。千恵子は、室内の状況がやばくない事を確認してから、「はい、どうぞお入り下さいませ」と、完璧なお嬢さま言葉で言った。 すぐに、梨壺お姉さまが室内にお入りになった。 「あら、千歳ちゃんにアンちゃんもいらしたのね。ご機嫌よう、皆様方」 お姉さまの挨拶に、千歳とみずえは起立して、 「ご機嫌よう、梨壺お姉さま」 「ゴキゲンよう、梨壺女御様」 それぞれ挨拶を返す。 (……ちっ、なんで、突撃ねーちゃんが来るんだよ) みずえは内心嫌だったが、その感情を表情に出る寸前で押し止めた。 「ごきげんよう、女御さま。如何なさったのですか?」 とびっきりの笑みで、千恵子が尋ねると、梨壺お姉さまの背後から、「御機嫌よう、おちびちゃん」と、“聖ガブリエルのオスカル様”梅壺お姉さまが御登場なさった。 その後ろから、“聖ガブリエルの聖女様”桐壺お姉さまが「御機嫌よう、おじょうちゃま」と挨拶される。 「ごきげんよう、大将さま、姫さま。まぁ、3人御揃いでございますのね。本当に、如何なさったのですか?」 千歳とみずえが挨拶をし終わって、千恵子は再び『三壺様』に尋ねた。 このような時、千歳とみずえは喋らないので、外交官役は“おじょうちゃま”千恵子が務めるしかない。 「……『サバイバルゲーム』のことを調べていただきたくてね」 可愛らしい“おじょうちゃま”の質問に、凛々しくお答えになったのはオスカル……ではなかった、梅壺お姉さまである。 「……サバイバル、ゲームで御座いますか?」 「そう、今すぐインターネットで調べていただきたいの」 新聞部の部長、梨壺お姉さまは、右手でポロライドカメラをもてあそびながら、こうおっしゃった。 「先ほど、全国高等学校サバイバルゲーム選手権大会運営委員会という所から、その大会への参加依頼が届きましたの。その大会に、我が校から1チーム出さなければいけないのだけれども、肝心の競技内容がわからないものですから、おじょうちゃまに調べていただこうと存じまして」 何時の間にか、話が発展しているが、無視する方が無難である。 「かしこまりました。只今すぐに」 千恵子は一旦立ち上げた天体運行計算ソフトを閉じ、ネットブラウザを立ち上げた。ホームページに設定している検索ページに「サバイバルゲーム」と打ち込む。 ……2分後。 「一言で申し上げれば、『戦争ごっこ』ですわ」 千恵子が回転椅子ごとお姉さまがたの方に向き直った。 その拍子に、つやつやの黒髪がふわりと揺れる。 「まず、何人かで1チームを作りますの」 日本人形っぽい容姿に微笑みを浮かべ、“おじょうちゃま”は説明を開始。 「そして、野外の決められた区域で、エアガンや電動ガンを持って戦いますの。そして、敵の本陣にある旗を奪った方が勝ち。エアガンの弾に当たったら、当たった方は戦死と見なされ、その場で退場、ということのようです」 「……なるほど。私たちの想像通り」 梅壺お姉さまがにっこり笑った。 中等部の生徒たちがいれば、「きゃーオスカル様がお笑いになったわ!」と騒ぐ、あの凛々しい笑顔である。 「これで、あとは貴女方をこの競技にお誘い申し上げれば、事は全て解決ですわね」 「……は?」 いつも元気な梨壺お姉さまの発言に、千恵子の顔に不審の色が現れる。 「……どういうことでしょうか?」 「この競技に、あたくし達、参加することに致しましたの」 “お淑やかなお姉さまナンバーワン”の桐壺お姉さまが、優雅におっしゃる。 「ですが、この競技は、6人のメンバーを集めませんと、エントリーできないのですわ」 と、“元気なお姉さまナンバーワン”の梨壺お姉さま。 「そこで、私達は考えた。貴女たち3人を、メンバーに加えよう、と」 “頼りになるお姉さまナンバーワン”、梅壺お姉さまが、前に進み出る。この人の場合、身体から一種のオーラのようなものが立ち上っているので、自然と立居振舞が目立つ。 すると、 「賛成! ……ですわ」 今まで黙って立っていたみずえが、右手を上方に真っ直ぐ挙げた。 「……?」 彼女の側に立っていた千歳は、怪訝な表情を浮かべ、 「みずえ様!」 千恵子も、思わず叫んでいた。 「お止めになってみずえ様。お姉さま方と御一緒のチームで、学校を代表して出場だなんて……余りにも畏れ多いですわ」 千恵子はこう言ってみずえを止める。 (アホ! 何考えてんねん! 『三壺様』と一緒のチームでプレーするなんて、色んな意味で危険やで。そのこと、わかってんのか?) 翻訳すると、こうなる。上級生と接触する時間が短い方が、「お嬢様」の仮面を被っている、ということがバレにくくなるに決まっているではないか。 だが、 「千恵子様」 みずえは首を横に振ってみせる。 「ワタクシ、野外で活動するのがとても大好きですのよ。それに、微力ながら、銃を取って、お姉さま方のお役に立ちたい、ワタクシ、そう思いましたのよ」 (いーじゃねえか、面白そうだぜ。戦争ごっこだろ? ゲーセンと縁日で鍛えた、オレの射的の腕が鳴るってんだ。だーいじょーぶだって) みずえの発言を翻訳すると、そんな感じになる。 余りにも無謀な友の発言に、千恵子は反論しようとしたが、 「ああ、感謝するよ、アンちゃん!」 「アンちゃんならそう言って下さると思っておりましたわ」 「一緒に頑張りましょうね」 と、『三壺様』が、みずえに殺到したため、その機会を失った。 「ねぇ、千歳さんとおじょうちゃまも一緒に参加致しませんこと?」 アンちゃんの両手を、上下に振っていた梨壺お姉さまが、こうおっしゃる。 「うっ……」 “元気なお姉さまナンバーワン”の称号を持つ梨壺お姉さまの視線は、相当のプレッシャーとなって、千歳に襲い掛かった。 「……考えさせてください」 千歳はこれだけ答えて、沈黙の海に沈む。 (……まずいっ) 次は自分に誘いの矛先が向くであろう事を察知した千恵子は、自分から動いた。先んずれば人を制すのだ。 「あの、先ほどインターネットで調べたのですが、エアガンとか、迷彩服とか、色々と物入りのようですが……」 経済的理由から、千恵子はお姉さまがたの誘いを断ろうと試みた。 しかし、 「その点は大丈夫。『サバイバルゲーム愛好会』を、学内サークルとして新たに設置する。生徒会費から補助も付けさせるし、その他に掛かった一切の費用は、私たちが負担する」 という、生徒会長の一言で封じられてしまった。ちなみに、『三壺様』、皆様大金持ちである。 「兎に角、その点では安心してくれたまえ。勝負強い千歳さんと、賢いおじょうちゃま。このお二方に代わる人材は、この学校にいない。貴女方がいなければ、私たちは戦えないのだ!」 「その通りですわ、梅壺さま!」 「ええ、本当に!」 「そうでゴザイマスわ!」 生徒会長の台詞に感銘を受けている梨壺・桐壺・みずえの3人を、千恵子は呆然として眺めたが、 「……考えさせてくださいませんか? 家族にも聞いてみなければなりませんから。では、わたくし、所用が御座いますので、これで失礼致します」 ……逃げた。 古人曰く、三十六計逃げるに如かず、である。
「……という訳です」 千歳は、外祖父・勝本信義に、放課後あった出来事を話し終えた。 ちなみに、ここはマンションの祖父の部屋である。 「ふむ……」 祖父の坊主頭が上下に揺れる。 「……で、千歳はどうしたい?」 祖父が訊く。重厚な響きはあるけれども、65という歳を全く感じさせない声である。歳が感じられない、と言えば、外見も体力もそうである。 昔の僧兵のような野太さを感じさせる顔には、皺は殆ど見当たらないし、がっちりとした身体から繰り出される剣技は、そこらの若い者には負けない。 千歳と一緒に外を歩いていると、祖父と孫、ではなく、親娘と思われてしまうくらいだ。 「……気は進みません」 「えー、何でだよ」 そう言ったのは、勿論祖父ではなく、千歳の兄の義晴である。現在大学2年生。大学では経済学を専攻する予定らしいが、機械オタクという顔も持っている。 金沢家の嫡男ではあるが、剣の道一筋の千歳とは違い、よく遊びよく働く、いたって典型的な(?)学生生活を送っていた。 「出てみたらいいじゃん、面白そうじゃないか」 「お兄さんは黙っていてください」 千歳は苛立ちを隠さずに言った。この兄は、ちょっと軽いところがあって、千歳はそれが気に食わない。 「私はおじい様と話をしているのです」 「はいはい」 ちっとも誠意のこもっていない返事をしてから、義晴はこう付け加えた。 「まぁ、お前が参加したくない、って理由は、大体察しが付くけどな」 ぎくり。 「……何のことですか?」 内心の動揺を隠しながら、千歳が尋ねると、 「ほう、お兄『さま』に対し奉り、惚けるとはいい度胸だ」 義晴お兄さまは勝ち誇ったように言った。 「転校当初の2週間、このマンションから聖ガブリエルまで、きちんと誘導してやったお兄さまのご恩、忘れたとは言わせないぞ」 ……千歳は何も言えなくなってしまった。 図星なのである。 彼女は、極度の方向音痴なのである。 このマンションから聖ガブリエルまでは、マンションの前の道をひたすらまっすぐ、15分ほど歩けば到着する。 しかし、転校初日、道順を教えられていたにも関わらず、千歳は道に迷った。 見え隠れしながら跡をつけてきた兄が追いついて、学校まで引っ張っていかなければ、転校初日から遅刻という失態を犯すところだったのである。 そして、登下校の度に、学校と家の間の一本道で迷い、跡を付けて来た兄に、正しい道に連れ戻され……ということが、2週間繰り返された後、千歳はようやく、一人で学校に行けるようになったのだった。 「……そうなのか?」 信義が尋ねる。 「……はい……」 千歳は、今にも消え入りそうな声で返事をした。 「……私は、足手まといになるのではないか、と……」 可哀想に、千歳の顔は、かつて無いくらい赤くなってしまっている。 と、 「……そうか、それならば話は簡単だ」 「……はい?」 思いがけない祖父の発言に、千歳は怪訝な表情を隠せなかった。そんな孫に向かって祖父は一言、 「千恵子を参加させればよい」 「「……は?」」 珍しく、義晴と千歳の声がだぶる。 (……なんでそういう論理展開が成立するんだ、じいさま) (……どういうことだろう?) 二人とも、心の中は「?」マークだらけである。 が、このじいさまは、そんな孫たちの様子を知ってか知らずか、大胆不敵な笑みを浮かべ、自信たっぷりにこう言った。 「千恵子ならば、千歳が足手まといにならないような作戦をきっと立てられる。なぜなら、このわしが直々に軍略を千恵子に教え込むからだ」 ……ちなみにこのじいさま、テレビゲームだけではなく、軍略もマニア級の知識を誇っている。 「軍略の基本の一つは、自陣の将の能力を把握し、その長所を生かすように、適切な配置と使い方をすることだ。わしが千恵子にそれを叩き込むからには、千歳という人材を無駄に使うような作戦を千恵子には立てさせない。それなら、千歳も思う存分戦えるというもの」 信義さんは、にやりと笑った。 「……ですがおじい様、千恵は参加しないと思います。千恵は、外に出る、なんて大嫌いですし、面倒なことも嫌いですから」 千歳の台詞に、「なーに、わしに任せておけ」と返すと、信義は、執事の牛尾を呼び、電話の子機を持ってこさせた。 千恵子の家の番号をプッシュする。 何故彼が千恵子の家の電話番号を覚えているのか、それは永遠の謎としておこう……
「何や、こんな時に……」 電話のベルが家中に響き始めた時、千恵子は、風呂から出て、白地に黒のトラ縞が入ったパジャマに着替え終えた所だった。 このパジャマ、濡れた髪を入れる、トラ耳の付いたナイトキャップもついており、千恵子のお気に入りである。 そのトラ縞パジャマの、耳付きナイトキャップを被ろうとした時に、電話が鳴ったのである。 (なんやの、もう。この帽子被るっちゅー、一番大事なときに……) 「お母ちゃん、電話やで」 台所に向かって叫ぶと、 「……今、手が離せへんから、あんた出といて!」 こう返された。 「……しゃあないなぁ」 ナイトキャップを握り締め、千恵子は慌てて廊下に出た。玄関に置いてある黒電話に襲い掛か……いや、可愛いから、飛びつく、ぐらいが妥当だろう。 「もしもし、佐々木で御座いますが」 相手が学校の先生や同級生であっても大丈夫なように、標準語のアクセントで電話に出る。 が、 「……お、千恵子か。わしだ、勝本だ」 受話器から、千歳の祖父の太い声が聴こえた途端、 「あー、殿さん。こんばんはー」 千恵子はあっさりと関西アクセントに戻っていた。 「殿さんが電話掛けて来はるなんて珍しいですねー。どないしはったんですか?」 濡れた髪を、肩に掛けたバスタオルで拭きながら、千恵子が尋ねると、 「……実はな、頼みがあるのだが」 「うちで出来ることなら」 「……サバイバルゲーム大会のことは、聞いているな?」 「……ええ、今日、学校で、三壺様から。それがどうかしたんですか?」 「実は、うちの千歳が、それに参加することになった」 「え!」 千恵子は驚いた。 「それ、ほんまですの?」 (ふふ、思った通り、かなり動揺しておるわ) 受話器を持ちながら、信義さまは薄い笑みを浮かべる。 「うひゃー、えらいこっちゃ。うち、千歳が参加せえへん思たさかい、『千歳が参加せえへんから、うちも参加しません』て、三壺様に断り入れよう、て考えてたのに……どないしょー……」 受話器から、軽いパニック状態に陥った千恵子の声が流れる。 「……落ち着け、千恵子。何故お前は、その大会に参加したくない?」 殿様の問に対する千恵子の答は、 「……だって、面倒くさいもん」 非常に明快だった。 「三壺様と一緒、っていうのもやし、休みの日に外に出かけなあかん、っちゅーの、うち、イヤや。出ていったかて、賞品が貰えるわけでもないし」 「……ほう」 信義様はほくそえんだ。ここが一番肝心だ。 「……では、わしが軍略を授ける、というのは?」 聴こえてきた言葉に、千恵子は一瞬自分の耳を疑った。 「は? 今、何て言わはりました?」 「わしがお前に軍略を授ける、と言ったのだ」 「……うそぉ!」 千恵子は文字通り飛び上がった。 実は、『対戦戦国』で、千恵子は信義に30戦30敗していたのである。 勿論千恵子も、攻略本や軍略に関する本を読んだりして、信義に一矢報いるべく研究しているのであるが、信義の軍略は、いつも千恵子の考えた策略の一歩上を行っていて、どうしても勝てないのであった。 その軍略を、信義が授けてくれる、というのである。いくら千恵子がねだっても「だーめ(はあと)」の一点張りで教えてくれなかった、あの最強の軍略を…… 「そ、それ、ほんまですの? 軍略、うちに教えてくれるって」 送話口にかじりつかんばかりの千恵子に、殿様は、 「勿論だ。お前がサバイバルゲームに参加するならな」 「さ、参加します! 殿様の軍略がうちのものになるんなら!」 興奮状態の千恵子は、自分が殿様にまんまとはめられたことに気がつかなかった。 「そうか、参加するか。武士に二言なしだぞ、千恵子」 「はい、勿論!」 「では、電話を切るぞ。さらばだ」 「ほな、さいならー」 千恵子が受話器を置き、ナイトキャップをかぶると、「ただいまー」と声がした。ボクシングジムに行っていた姉の由利子が帰ってきたのだ。 「おかえりー由利子ねーちゃん」 姉に挨拶した千恵子はとっても嬉しそうだった。 その余りの上機嫌ぶりに、 (な、何やこの子。一体どないしたんや?) 由利子ねーちゃんは内心驚いたが、その心の声を押し殺し、 「ただいま……」 挨拶した。 「……会田、ご苦労、帰ってええよ」 「はい、では、失礼致しやす、姐御」 由利子ねーちゃんの取り巻きが、玄関ドアの外で最敬礼して外へと出て行く。 「……どないしたん、なんや、嬉しそうやけど」 茶髪をかき上げながら、由利子ねーちゃんは慎重に尋ねる。 都立高に通っている彼女は、現在高3。学校内で「姐御」として絶大なる勢力を誇っていた。 顔は千恵子そっくりだが、千恵子と違って、学校では猫を被っていない。 そんな姉の質問に、 「あんなー、うち、サバゲーハイの大会、出ることになったんやー。ほんで、殿様が、うちに軍略授けてくれはるんやてー」 千恵子さん、上機嫌で解答した。 「……へぇー。そらよかったな」 興奮している妹に、由利子ねーちゃんは適当に相槌を打っておく。 「千歳もみずえも出るんやでー。ふふふ、楽しみやー」 「……あと3人、誰?」 「三壺様」 「へぇ、そうか」 ……姉はちょっと考え込んでいたが、 「……そしたら、あたしより、千歳ちゃんの方がええか」 と呟き、 「ちょっと待ってて」 自分の部屋に向かった。 ……2分後。 「お待ちどう」 そう言って、由利子ねーちゃんは、妹に、デパートの大きな紙袋を渡した。 「何、これ?」 「新撰組の衣装。千歳ちゃんに貸すわ。あの子ならきっと似合うやろ」 ……由利子ねーちゃん、新撰組マニアであった。 「……ねーちゃん、これでどうしろっちゅーの?」 千恵子は、姉を怪訝な眼で見た。 「どうしろって、サバイバルゲームの時の衣装に使え、って言うのや。その大会、何か衣装がいるんやろ?」 「……まぁ、それはそやけど」 (大会規定に、服装に付いて書いてある条項、あったかいな?) 千恵子は記憶を検索したが、思い出す事が出来なかった。 (……多分規定はあらへんのやろ。そしたら、どんな格好でもええんやな、きっと) 勝手に千恵子は結論付けた。 「……そしたらこれ、千歳の衣装として借りるわ。おおきに、ねーちゃん」 千恵子は満面の笑みで紙袋を受け取った。 「はいはい。ちゃんと洗って返してや」 「ん、わかった。千歳に伝えとくわ」 「ほな、頑張りや。……お母ちゃーん、今日のご飯何ー?」 姉は玄関から立ち去った。 千恵子は、姉を見送らず、紙袋の中身を取り出してみた。袴と浅葱色の羽織、中に着る着物や足袋、草履、大小まで、全て揃っている。姉がイベントの度に着ている、お気に入りの服装に間違いない。 「……ええんかいな、こんなもん。サバイバルゲームのために……って!」 千恵子は、一気に興奮から醒めた。 今までの光景が、脳裏を過ぎる。 (……また、やられたぁ) 千恵子はがっくりと両膝をついた。 殿様の高笑いが、頭の中に響いていた。
「めでたくチームも結成され、戦場へと旅立つお嬢さま達。 |