投稿小説だぜ

Mituyaさま作

劇場版五行戦隊イクサクニヨロズ

少女が願う未来

第四話


「希望の裏にあるモノ」

◇プロローグ−4◇


「だーっ!! 初日から遅刻ダスよーっ!!」

「貴様が寝坊するからだーっ!!」

二人の少年が、ひーこら言いながらアスファルトを駆けていく。

一人は、並の女性よりも長いと思われる、一本にまとめた三つ編みを背中に流し、チョビ髭を生やした背の低い男性、最上晶(もがみ あきら)。

もう一人は、精悍な顔つきで、美形と総称してもいいような背の高い男、地鳥大河(ちとり たいが)。

「大体、櫻の親友の従兄だからって、初対面で馴れ馴れしくする貴様もどうかと思うぞ」

「はっはっは。これからお隣さんになるんダスし、仲良くしたいと思う気持ちは当然ダスよ」

さっきまで一緒だった、櫻と綾とはもう分かれた。

二人はまだ中学生なので、学校も違ければ、始業式の始まりも異なっている。

高校生のこの二人は、少し始業式が早いのだ。

「ちったぁ休憩させろダス、大河君!」

「アホか! 始業式始まっちまうぞ!」

本当は、大河が真の姿で駆けていくのが一番早い。

しかし、彼の目の前にいる不思議な男の存在のせいで、大河はその姿をとることは出来ない。

「おぶってくれダス! 胸にパットでも入れてサービスの一つでもするダスから!」

「お断りだ!」

櫻ならいいか、と一瞬だけ頭をよぎったということは、読者と大河だけの秘密である。

「えー、俺たち二人なら、腐女子も絶賛ダスよー」

「なおさらお断りだ!!」

何だかんだ理由をつけて怠けようとする晶だが、よく見ると運動神経がかなりいい大河にしっかりついていっている。

さらに喋りながらそんなことを行う晶は、見かけによらず肺活量もあるようだ。

息もそれほど上がってはいないみたいであるし。

晶を不思議に思いながらも、二人は開道高校へとたどり着くことが出来た。

だが……。

「……何だ?」

「……悲鳴?」

二人の耳に飛び込んでくるのは、男女問わず悲鳴。

しかもその声は途絶えることなく、体育館から響き渡ってくる。

気が付けば、体育館から数十人の人が、我先にと大河たちの方へと駆け寄ってくるではないか。

とっさに身構えた二人だったが、彼らは二人を通り過ぎ、学校から去っていった。

「いやんな予感がするダスな……大河君」

「今回はお前の意見に賛成だ……最上」

「晶、でいいダスよ。綾と間違えるダスし」

近づくにつれ、悲鳴は鮮明に聞こえてくるのだが、その声の数は減っていく。

二人とも、このようなことは起こったことがないため、二人はどうしていいかもわからない。

ただ、原因を知りたかった。

だから一歩一歩、体育館へと近づくだけ。

取っ手に手をかけると、ぶわっと嫌な汗が全身からにじみ出る。

汗をあまりかかない晶でさえも。

二人は思い切って、扉を開いた。

そこで起こっていたのは、無残と一言で形容できる殺人。

体育館全てを覆う、血の海。

倒れてぴくりとも動かない者、逃げ場が出来て我先にと逃げ出す者、その場で立膝となって呆然としている者、動かない者を抱きかかえている者……。

そして……血塗られた刀を持つ、全身血だらけの少女。

少女は大河と晶の姿を確認すると、寂しげに微笑んだ。



◇8◇


「……と、これが俺と大河君の出会い兼妖怪の存在を知った瞬間ダス」

晶は思いのほか面倒見がいいのか、人間である自分が妖怪のことを知ったときのことを事細かに説明してくれた。

晶と似たような境遇を持つ憐、美奈、海里としても晶の話は多少参考になる。

「でも、千里さんは見た目人間ですよ? それでどうして?」

「その後、俺と大河君が狙われて、自分の身が危険だと察したのか、大河君が変身したんダスよ。いやー、あれはびっくりしたダスな」

あははと笑いながら話すその様子からは、とても緊迫した雰囲気が伝わってこない。

憐、美奈、海里は、本当に危なかったのかと疑いたくなる。

「あたしも、ちょっと前までは人間として暮らしてたからなぁ……。ヒデが殺されそうになって動揺していたから失神はしなかったけど、人間が頭が三つの犬になったときはびっくりしたなぁ」

と、自分の事を棚に上げたような発言をしたのは、サキュバス少女、佐藤愛(さとう あい)。

今は、そんな彼女も大河と同じように、人間の姿をしている。

妖怪形態だとアニメ色の髪なのだが、今は少し濃い茶髪をショートカットにしている、ごく普通の女子高生だ。

「それにしても、よく生きてましたね」

千里の実力を良く知る美奈としては、思わずそう思って、それを口に出す。

「あのときは、何とか警察と救急車がすぐ駆けつけてくれたダスから……。ぶっちゃけ俺ら、彼らを囮にして逃げるのが精一杯だったんダスけどな」

少しだけだが、憐は開道高校で起こった事件の全容が見えてきた。

まず始めに、始業式に千里が乱入、事件を起こす。

そしてその際に、彼女が恨みを持つ人間を重点において殺害。

すぐ後に、大河と晶の二人が遅刻してそこへ来た。

まだ生きている生徒がいたことを考えると、事件が起きてから数分といったところか。

いくら千里が特殊能力を持っていて、武器を所持していたからといっても、始業式に来る生徒は少なく見積もっても数百。

教師や来賓、PTAなどが来ることを考えたらそれ以上だろう。

それらを千里が数分で殺すのはまず不可能だ。

そして、妖怪化した大河がそれを足止めした。

もしかしたら、鉄の心臓を持つ晶なら、彼の手助けをした可能性もあるが。

ともかく、足止めは成功したが、千里を抑えることは出来なかったのだろう。

その後警察や救急隊が突入するが、彼らも千里の餌食となり、その間に開道高校の一部人間が脱出した。

恐らく体育館に残っていた獣の足跡、というのが大河の足跡なのだろう。

その事を、改めて晶に尋ねてみたら、おおよそは合っているそうだ。

「逃げる際、愛ちゃんはヒデを抱えて、そして翔子ちゃんもついてきて、満身創痍の大河君と一緒に逃げてきたんダス。大河君は大した傷じゃなかったんダスけど、ヒデの傷が思いのほか深くて、ヒデは入院中ダス」

と。

少し疑問が浮上したのだが、そんな憐の思いとは裏腹に、晶の言うコネの場所へと到着した。

そこは高層ビルなのだが、やはり千里の事件の影響なのか、人気はゼロだ。

晶、海里、憐、綾、愛、美奈の順でビルの中へと入っていく。

そして一番下にある駐車場までやってくると、従業員専用通路と書かれた扉が目に付いた。

晶曰く、どうやらそこらしい。

「あらかじめ言っておくダスが、ここの長が変わった人なんダスよ」

「晶さんより?」

「主観的意見ダスが、そうダスな」

従業員専用通路と書かれた扉から薄暗い通路を一歩一歩進み、さらに階段を下へ、下へと歩きながら、晶は少し困ったような顔をして憐に答えた。

正直、このユキメに性格が似ている晶が変わっているという人物が、どのような人物なのか想像できない。

もしかしたらユキメ本人ではないかというかすかな希望は存在するが、もしかしたら本当にユキメや晶以上の変人なのかもしれない。

そう思うと、憐は身震いしてしまう。

階段を降りきり、最後の扉を晶が開いた、そんなときだった。

「晶さん、お待ちしておりましたわ!!」

見事に硬直していた晶に襲い掛かるのは、見るからに清楚で可憐な少女だった。

同年代の少女たちに比べたら、少し化粧が濃い印象があるのだが、肩にかかるほどの黒髪はとても艶やかで、スタイルも中々のものだし、何より美人だ。

そんな少女が、今晶の首に両手を回し、力いっぱい抱きしめていた。

だが晶はそんな状態にも関わらず、顔を赤くもしないし、動揺している気配はない。

ただどこか冷めたような達観っぷりで、あきれているように見えた。

「……大鳥さん。何をしているんダスか?」

「あら晶さん。わたしは、愛する人への求愛行動をとったまでですわ」

大鳥、と呼ばれた少女は抱きしめる力を緩めることなく、満ち足りた表情で、ただ晶の体温を自らの身体で確かめている。

少し上気した少女の表情はとても色っぽく、並の男性なら一発で落ちるだろう。

が、晶はまるでなびくことなく、ただ深くため息をついていた。

しかしそんな晶の表情が見えない綾はというと、従兄の痴態にむっとした表情を見せていた。

無論本人は気づいておらず、憐、美奈、海里、愛の四人はこの微妙な三角関係に、僅かながら心を躍らせていたとかいないとか。

「紹介するダス。この子は聖ルシファー女子高等学校二年生、東京中央情報局、通称<TCI>の局長の子、つまりは情報屋の跡取り、大鳥蘭(おおとり らん)ダス」

「よろしくお願いいたします。佐藤さん、綾さん……えっと……」

「憐。直江憐です」

「美奈。本多美奈です」

「海里。来栖海里だ」

何となしに自己紹介をした憐、美奈、海里の三人だったが、愛と綾の二人はふと気が付いた。

愛と綾は、この少女との面識なぞ一度もないのに……。

「わたしの思い人の知人くらい、知っておきたいものですから」

くすくすと蘭は、言葉にするだけならどうとでもなるのだが、実際やると犯罪的なことを言ってのける。

事実、愛と綾の二人は蘭に対して、モロに警戒心を持ち、二人して蘭をにらみつけていた。

特に綾の方は、ただ敵対しているという目つきではない。

ここで満足したのか、蘭は抱きしめていた手を解き、晶の目から視線を逸らさずににこりと微笑んだ。

「お久しぶりですね、晶さん」

「久しぶりって、まだ一週間も経ってねえダスよ」

「あら。その前は、一ヶ月ですわ。わたし、晶さんから電話もいただけなくて、とても寂しかったのに……」

どこかわざとらしくさめざめと泣く蘭の姿は、確かに綺麗なのかもしれないが、あまりにもわざとらしすぎる。

「ですから、ゆっくりお茶でもして、お久しぶりに話を咲かせません?」

「生憎ダスが、時間がねえんダスよ。単刀直入にいかせてもらうダスよ」

これには、蘭は頬を膨らませて不平を言った。

そんな仕草もかわいらしいのだが、晶はそれでもなびくことはなかった。

憐が視線を動かすと、綾がにぃっと笑っているように見えた。

しかもそんな笑い方が、ユキメによく似ており寒気すら感じてしまう。

もっともそんな表情も一瞬で、すぐに綾本来の素顔に戻るのだが。

「そっちの仕事人の中で、ユキメって名乗る女、知らねぇダスか?」

「ゆきめ、ですか? あの、実は御堂コーポレーションの社長と氷室カンパニーの社長夫人との子どもで、二社の後継者の最有力っていう?」

「そっちは御堂ゆきめダスよ。……俺もよく知らねぇんダスが……憐君、美奈ちゃん、海里ちゃん、説明お願いダス」

確かに蘭がそう思い込むのも無理はない。

晶の知人の一人、というか<ランデヴー>のメンバーの一人がゆきめだから。

だが晶以外の人間は、ゆきめがそんなに地位の高い人間だったのか、と内心驚いていた。

もっとも、本人もそのことを知らなかったりするのだが。

「俺たちもユキメさんについてはよく知りませんけど、自称女子高生で自称ユキメ(源氏名)、情報屋としてのレベルが高いらしい……そんなところですね」

「……あの、せめて容貌を説明できません?」

「そうですね……。ポニーテールがトレードマークで、美人というよりは魅力的な女の子という容貌で、髪の長さはアップテール気味のポニーテールにしているのにも関わらず、髪が腰まであります。顔つきは中性的ですね」

憐が事細かに説明し始めると、蘭だけでなくて晶の方も何かを考えるようにうなり始めた。

眉をひそめて考える晶と、もしかしてと思うような、そんな晴れやかな表情の蘭。

「あ、一応写真はあります。どうぞ」

やはり、憐たちにとってはユキメと千里の二人は、大切な思い出を作るきっかけを作ってくれた大切な人たちだ。

それでいて、彼らの友人でもある。

だからこそ、憐たちと一緒に写真くらいはとったことがあった。

そしてそれは、憐たちにとって、大切な宝物の一つなのだ。

そんな写真を見た四人の反応は、人それぞれだった。

愛は割と無関心なようで、一言「ふーん」と呟くだけ。

綾はユキメの顔を見ると、少しだけ驚いたように見えた。

だがそんな反応の薄い二人と比べたら、晶と蘭の反応は著しい。

晶は表情を難しくし、誰にも聞こえないような小声で何かを呟いている。

そして蘭はやはりという表情で、顔を赤らめて頬に手を添えた。

「やはり玲さん……」

「知ってるのですか!?」

「はい、もちろんです。だってこの方はわたしたちの大親友。そしてわたしが愛した唯一の女性ですわ」

そして蘭は晶の方を向き、にこにこと微笑んだ。

「西条玲(さいじょう れい)。去年まで、わたしと共に勉学に勤しんだ方です。あの方は多くは語りませんが、とても勇ましく、とても優しい方でした。わたしの友、進藤明日香(しんどう あすか)さん、飛鷹瑠奈(とびたか るな)さんと芽衣(めい)さん姉妹、喜屋武美弥(きゃん みや)さん、そしてわたしは玲さんにとてもよくしていただきましたから」

「ユキメさ……玲さんが」

「ええそうです、美奈さん」

にこにこと表情を変えていない蘭だったが、一同は今までの蘭の笑顔とは雰囲気が変わっていることに気づいた。

本当に楽しそうに話す様は、容易に同級生たちとの学生生活をどのような気持ちで謳歌していったのかを想像させる。

それまでの学生生活が灰色だったのか、それともその一年間だけがとりわけ輝いていたのかは知らない。

だけど蘭にとって、それが大切な思い出であることは、想像し難くはなかった。

「……ってちょっと待って! さっき、お兄ちゃんのことを愛してる、って言っていましたよねぇ……。それなのに、その玲って人のことを……」

「ええ、愛してますわ」

綾の不機嫌な言葉にも、蘭はさらりと言ってのけた。

女性の身でありながらも……。

「わたし、薔薇と呼ばれようが、百合と呼ばれようが、一向に構いませんもの」

「……あー、誤解しているようダスから説明するダスが、大鳥さんは立場上、性別不明ってことになってるダス」

「「「「……」」」」

愛と綾の二人は、見かけからして美少女の蘭をじっと凝視するのだが、蘭はまるで男性らしき気配すら感じさせない。

胸は豊胸パットを入れているという可能性もあることにはあるが、見た目からはそれほど大きくないし、何より服が大きめで、なおかつ胸元で大きなリボンが存在するためにわからない。

となれば股間を思わず注視してみるのだが、こちらは見事にロングスカートに覆われているのでやっぱりわからない。

そして憐と美奈と海里の三人はというと、まさかとは思ったのだが、あまりにも身近に、見事に女装をしてみせる仲間がいたので、妙に納得していた。

声に関しても、憐がそのように喋ることが出来るので、なおさらだ。

「それにしても、この方たちはどのようにして、玲さんとお知り合いに?」

「それは……」

「企業秘密ダス。これは、いくら金を詰まれても話せる内容じゃねぇダスからな」

思わず憐は、事実をそのまま伝えようとしたのだが、それを即座に察した晶は、憐の言葉を遮る。

何事かと一瞬晶に詰め寄ろうとも考えた憐だったが、晶は一瞬だけ愛へと視線を移す。

「……」

そう、彼女は今でこそ人間の姿をとっているが、その正体は夢魔サキュバス。

非常識な存在であるが故に、人との調和を図り、彼女は人の姿をとる。

この世界では、自分たちの世界と同じく、非科学的な物はこの世に認められていないことを、改めて思い知らされた憐だった。

無論、別の世界からの訪問者、とは言えるはずもない。

「ふふ……。そういうことにしておきますわ」

「にしても、そうなると西条玲がこの事件に関わってくる線はなくなった、ってことダスな」

美奈は「どうしてそうなるの?」とは言えなかった。

憐たちがユキメこと玲と知り合ったのは、この世界で考えるとおよそ一年後のこと。

事実、同時期に知り合った千里も、彼女に遅れて知り合った翔子も、この世界では面識がなかった。

だからこそ、玲も同様に、憐たちのことを知らないのは当然の摂理だ。

「ん、ありがとダス。また贔屓にさせてもらうダスよ」

「あら晶さん。まだ今回、さらに前回の情報料を貰っていませんわ」

「……忘れてなかったダスか。えっと、確か……」

このとき、憐たちは初めて晶が、本当に嫌そうな顔をしたのを見たという。


「これは……」

「本当にここなの、麗奈ちゃん?」

「ええ、間違いありませんわ。……けど」

聖子の言葉に答えながらも、修一と麗奈はこの状況に驚愕した。

二人は動けないことはないが、精神的に動こうとしていない。

「一足遅かった、みたいですね」

「だな、アリエル」

彼らをつれていった<摩訶>は、以前の綺麗な雰囲気をまるで残さず、そこらに刀傷などの器物の破損が見受けられる。

ここに来たのは数時間前だっただけに、僅かな時間でこのようになるなんて、修一と麗奈の二人は想像もしない。

だから二人は、自分を納得させるかのように、壁につけられた傷を納得いくまで触り続ける。

「十中八九『サムライガール』の仕業だな。恐らく、ここにいる妖怪も全てヤツに殺された可能性が高い」

千里のせい、と言い切ったのは大河。

彼は理知的なその表情を歪ませ、千里への怒りをためているように見える。

「てな訳で『ベル黒幕』説も消えたな」

「何故、そのように至る? 確かにこの場には戦闘の痕跡は見受けられるが、死体は……」

「真田……と、お前たちは苗字で呼ばれるのは好きじゃなかったな。じゃあ……修一。お前は、妖怪が死んだらどうなるか、知ってるか?」

ここでふと思い出すが、修一はベルから、妖怪がどのような存在であるかどうかは聞いていた。

修一の世界で言えば、自分たち、怪人、センゴクマンなんかは総称して妖怪と呼ばれている。

では、自分たちや怪人が死んだときに、どのようになったのか?

「……消失」

「そうだ。妖怪によって様々だが、大半の妖怪は死後一定時間が経つと、消失する」

修一たちがかつて対峙したセンゴクマンの偽者も、倒した直後に消失した。

いずれ自分たちもああなるのではないか、という恐怖も多少生まれはしたが、修一と麗奈にとっては無駄な思案だ。

結局、普通の人間の死と大差ないのだから。

「だが一つ言わせて貰う。かの悪魔が黒幕という説が完全に途絶えた訳ではない。我々が知ったことは、あの者がここにいない、という事実だけなのだから」

「……そうだな」


喫茶店<ランデヴー>は、現在は喫茶店としての営業をしておらず、休業中であった。

客が来なければ喫茶店としての役割を果たすこともできないので、当然の処置ではある。

だからこそ、従業員は色々な場所へと赴いていた。

が、喫茶店<ランデヴー>というのは、あくまで表向き。

人間サイドへ見せる顔。

本当の素顔は、妖怪ネットワーク、すなわち新たに生まれた妖怪や、他のネットワークとの繋がりを持ち、多くの妖怪のために危険因子となる人間を排除したり、また危険な妖怪を排除したるする、そういう仕事を妖怪に斡旋するのがネットワーク<ランデヴー>なのである。

そして<ランデヴー>は、他の妖怪のために部屋を貸したりもしていた。

その一室に、秋彦、瑠璃華、翔子、ゆきめ、夏海とアーサー以外は勢ぞろいだ。

そんな中で、瑠璃華と翔子は薬について、熱心に語っていた。

「材料と作り方見せてもらったけど……これをマジで私が作ったんだ……。私って、まさか天才?」

「あはは、あたしはそう思いますよ。あたしも師匠の作った薬を初めて見たとき、同じように思いましたから」

特に翔子が目についたのは<治癒>という薬。

どうやら翔子が今まで作ったことのある<治癒>は、瑠璃華が持っている物と比べると傷のふさがり方が悪く、疲れも取れにくいらしい。

他にも<戦士>を<勇気>と<敏捷>に分けた技術なんかも、熱心に瑠璃華に聞いていた。

これだけ見ると、どっちが師匠でどっちが弟子なのかわからない。

「……今度、<勇気>を作って慎也君に売りつけてみるかな」

だが実際、元の世界での翔子はそれを作成したはいいものの、会社のお得意様ということもあってプレゼントという形となっていた。

翔子自身も、猪狩慎也が毎回自分と対するときに足をガクガク言わされも困ることだし、しぶしぶながらも納得しているのだが。

しかしこの場で、その事を知る人物は皆無だった。

「でもなんかおもしろいよね、ゆきめおねーちゃん」

「何が?」

「だって、このひとたちってみらいからきたんでしょ?」

夏海は、まだ小学校にも上がっていない女の子に相応しく、無邪気に微笑んでくる。

そんな幸せそうな笑顔が、現状を知る秋彦たちには痛い。

「みたいね。なーんか、私の名前は知ってるみたいだし。……えーと、秋彦さん。貴方たちの恩人が、私の生徒手帳を持ってたのよね?」

「ええ、そうです御堂さん」

「一つ聞くけど、私が在籍していた高校って?」

「ユキメさんが後輩だ、って言ってましたし、開道高校じゃないですか?」

どこかで聞いたことがあるのをかすかに思い出した秋彦は、ゆきめに思ったがままに言った。

するとゆきめではなく、夏海がぱあっと明るい表情を見せて、ゆきめの裾をくいっ、くいっと引っ張る。

「じゃあゆきめおねーちゃんとは、らいねんからいっしょにくらせるんだ! わあい、たのしみ♪」

「……私に学力があればね」

夏海のうれしそうな顔と対照的に、ゆきめの表情は暗かった。

ゆきめは頭が良くないらしい。

そんな会話をしていたときだった。

翔子の携帯電話が、どこかなつかしさを感じさせる音楽を奏でる。

翔子はそれをとり、相手を確認した後に通話ボタンを押した。

「おばさん、どうしました? ……マジですか!? ……はい……はい……そうですか……。で、愛のヤツに伝えとけばいいんですね? わかりました、はい、では……」

「どうしました、翔子さん?」

いそいそと電話を切った翔子は、質問をする秋彦に、少し深刻な顔を向けた。

その雰囲気に気圧されて、翔子以外の一同は緊張な面持ちだ。

「<摩訶>は全滅だって。生き残りは絶望的。やったのは十中八九『サムライガール』らしいわ。これ聞いたら、愛のヤツがまた一条君のことを引っ張り出して『サムライガール』を敵視しそう……」

「ちょっと待ってください、師匠!!」

急に部屋中を響かせるような大声を出した瑠璃華に驚き、翔子は軽くのけぞった。

当の瑠璃華だけでなく、秋彦としても今の発言は捨てられない。

秋彦たちが持つ日誌の記録に、一条という名前があったから。

クラスで唯一、千里の肩を持っていた人物だから。

「一条って……もしかして名前は秀人っていう名前ですか?」

「ええそうよ、瑠璃華。でも、どうしてそんなこと知ってるの? もしかして未来の記憶、ってヤツ?」

「いいえ……これを」

そう言って、瑠璃華じゃなく秋彦が日誌を取り出し、それを見せた。

そして、瑠璃華が陰陽術の使い手であること、その陰陽術で日誌の過去を見たこと、そしてその中で一条秀人なる人物が千里を助けようとしていたことを、事細かに説明する。

最初は複雑な顔をしていた翔子だったが、説明に合わせて担任やクラスメイトが行った、千里に対するいじめの件も説明すると、次第に翔子はその話に真実を見出していった。

「そういえば、一条君って『サムライガール』と同じクラスだったっけ。……確かにそれは重要な手がかりかもしれないわね。わかった。この事を愛に相談してみるわ」

そして、翔子は電話帳から愛の携帯電話の番号を引き出し、通話ボタンを押した。


「んっ……。あ、そ、そこっ!」

「ふふ、気持ちいいダスか?」

「嫌……。そんなこと、言わせないで……」

「なら、身体に聞くしかねぇダスな」

「ひゃんっ!! ……ぁぁ」

「身体は正直ダスなぁ」

「やぁん……。晶さんのイジワル……」

と、そんな光景を眺めている綾の表情は、赤を通り越して青くなりながらも、こめかみ辺りに青筋を立てていた。

なるべくうつむいてその様子を見ないようにしているが、両手の拳は膝の上に置かれながらも、強く握られてプルプルと小刻みに震えている。

そんな怒りを露にしている綾から少し離れて、憐、美奈、海里、愛の四人は晶と蘭の痴態を眺めていた。

……といってもただの耳かきなのだが。

「ほぉれ、ごっそり取れたダス」

「いやぁ……」

綾がこんな様子で身体を震わせているのは、もちろん晶と蘭の仲がいいのもあるのだが、膝枕が原因だった。

その様子は、どこからどう見ても恋人同士にしか見えないから。

「……大鳥さん。そろそろいいんじゃねぇダスか?」

「あら駄目ですわ。せっかくの情報料。堪能させていただきませんと」

蘭の言うとおり、これは情報料なのだ。

だから晶もしぶしぶながら、蘭の耳の中を優しくかき回し続ける。

ただ晶の台詞から見ても、実はノリノリなんじゃないのか、というのが憐たちの感想なのだが。

ともかく蘭は、耳を愛撫するかのような感覚に、断続的に喘ぎ声を上げていた。

綾がいつブチ切れモードに突入するのかという恐怖にかられていたそんなとき、愛の携帯電話がアニメソングを奏でた。

「はいもしもし。……何よ翔子。え、<摩訶>が潰れた? ……そう、わかった。……え、ヒデがどうかしたの? うん……うん……そういえば確かに、そんなことを言ってたような気がする。でももう時間もないし……わかった。じゃあ一旦戻ればいいのね? OK。じゃ」

電話を終えた愛は、すぐさま憐たちに事の事情を説明した。

もちろんすぐ傍に、蘭という一般人(?)がいるだけあって、微妙に茶を濁しているのだが。

「……佐藤さんや晶さんが言う「ヒデ」っていう人が、俺たちの探してる「一条秀人」という人物だったのですか」

「みたいね、憐。でももう遅いわ。あんたたちに、夜目が利くとは思えないし、一旦<ランデヴー>に戻ろう」

「その人に会うのは、明日……か。案内よろしくお願いします、佐藤さん」

これからの方針も決まり、晶を除いて一斉に立ち上がった。

特に立ち上がるのが早かったのはやはり綾で、立ち上がるとすぐに晶を立ち上がらせようとした。

「ほらほら、こんな所に長居は無用でしょ、晶お兄ちゃん。帰ろう!」

「ん、そうダスな。大鳥さん、どいてくれないと、立ち上がれないんダスから」

晶にいちゃつく、少なくとも見かけは女の蘭を、ようやく晶から引き離せるかと思うと、綾の表情はどうしても緩む。

晶はそれを理解していないのか、割と困惑した表情を浮かべているが、急ぎたいという綾の心だけは察しているようだ。

が、蘭はその場から動かず、呟いた。

「……黒川千里は、三月の末に緊急入院されたのって、晶さんはご存知?」

「なっ!」

「その原因は大怪我。左腕部切断、右足切断、左眼球損失、内臓にも出血の跡があったそうですわ。ですけど、その僅か二日後に退院。図書館に何度も顔を出したそうですけど、それだけの大怪我を負った黒川千里は、眼帯をしていただけで、怪我一つなかったそうですわ」

確かに、聞けば聞くほど不思議な話で、憐たちは眉をひそめた。

憐たちが会った千里は、確かに外傷らしい様子は見受けられなかったし、図書館でしていたという眼帯もない。

それどころか、左の眼球がないといっていたのにも関わらず、しっかり左目は存在していた。

だから憐と海里は、それを義眼と判断しようとした。

「でも、千里さんの左目はしっかり動いてました」

が、美奈がそれをしっかり否定した。

「病院側の捏造の可能性が高いです。ですからこれはサービスにしておきますわ」

「……すっげー大きなサービスダスな!! ありがとうダス、大鳥さん!!」

感謝の意を表明すると、晶はおもむろに蘭の耳元へと口を近づけ、ふっ、と息を吹きかけた。

突然の行動に、蘭は身体を駆け抜ける快感を全身で感じ、身体をぴくっと振るわせる。

「……わたし、身体の奥がじゅんとしてしまいました」

「どういたしましてダス」

そして、憐たちは<ランデヴー>へと戻る。



◇夢◇


夢を見た。

夢の中で、夢だとわかる、そんな夢。

天はなく、地もなく、そこには自分以外の誰もいない、そんな場所。

頭ははっきりとはしていないけど、それが夢だとだけ、確信できていた。

そんな状況で、自分に近づく何かがあった。

それは白い靄がかかったかのように、ぼやけている。

ただわかったことは、それが何かを言っていることだけ。

助けてあげて、と。



◇9◇


次の日は雨天で、これから外出することを考えると億劫になる天気だった。

水の属性を持つ憐でも、天気を意のままに操る技能は持ち合わせていない。

自動車というものがあれば、それを使いたいところなのだが、この面々は貧乏なのか、自動車を持っている者は皆無だ。

もしくは、買える財力はあっても、自動車の免許を持ち合わせていない。

「ふあ……」

秋彦は、この付近に殺人犯がいると認識していないのか、まるで緊張感のない欠伸をした。

眠気はないところから、単に秋彦の脳が酸素を求めているだけのようだ。

「おはよ、皆」

秋彦が<ランデヴー>の中を見渡すと、昨日と変わらないメンバーが揃っていた。

一同は、<ランデヴー>のコックこと孤月を中心に、彼をサポートするように麗奈とゆきめの手伝いの元、憐たちを含めた全員に食事を配っている。

秋彦は手身近な席に腰を下ろし、再度辺りを見渡してみる。

よく見ると、この場には瑠璃華、翔子、晶の三人の姿がない。

「……なあシュウ。瑠璃華と翔子さん、それに晶さんは?」

「瑠璃華殿は、翔子殿と研究作業に没頭している」

「晶お兄ちゃんは、身だしなみを整えるって言って、シャワー浴びてるけど……」

身だしなみを整えるなら髭を剃ってくれ、と本人がいたら言いたくなるような所だが、そこはぐっと我慢し、秋彦は憐たちがいる席へと座った。

もちろんだが、秋彦の隣は瑠璃華と相場が決まっているので、誰も彼の隣へと座る人はいない。

余談だが、修一は海里の隣。

麗奈がいないのをいいことに、海里が修一の隣を独占しているので、海里はとてもうれしそうな表情を浮かべていた。

麗奈、孤月、ゆきめが朝食を全員に配り終える直前くらいで、晶と太った男性が一緒に顔を出す。

どうやら彼が、晶の言う兄、最上一義(もがみ かずよし)らしい。

歩くのが億劫に見えるほどの巨漢で、ぼさぼさの髪はまるで何日の髪を洗っていないかのようだ。

一言で言えば、オタクっぽさを露にしている、そんな男。

はっきり言って晶とは似ても似つかず、むしろ晶と綾の方が兄妹なのではないかと思ってしまうほど。

海里は知っているが、彼こそが元の世界で世間を騒がせたカリスマハッカーなのだ。

その二人は、綾が一人ぽつんと座っている傍へと腰を下ろし、血縁者同士で食事を取るようだ。

二人にも食事を出し、その頃に瑠璃華と翔子の二人も顔を出し、一緒に食事となった。

昨日の今日、ということもあり、麗奈や瑠璃華といった面々の食欲はあまりない。

どうしても、昨日から見続けている死体が脳裏に浮かんで離れないのだ。

……それでも麗奈の食欲は人並み程度なのだが。

鬱な雰囲気で食事を進めている憐たち一同とは対照的に、こんな状況が数日も続いて麻痺しているのか、<ランデヴー>のメンバーはしっかり食事を取っていた。

無駄な会話こそないものの、彼らの間だけは比較的穏やかに食事が進んでいた。

「あー、えー、<ランデヴー>の諸君。それと憐君たち一同。本日の予定を話そうと思います」

切り出したのは、<ランデヴー>でオーナーと呼ばれる一番えらい人、というか妖怪、佐藤聖子。

彼女が机をドンと叩いた拍子に乳が揺れ、半数を男性がそれを注視した。

憐、秋彦、大河は急いで視線を逸らし、修一、晶は興味なさそうに聖子の顔だけを凝視。

他は全滅である。

「……やっぱりル@ンダイブくらいはしたほうがいいんダスかなー?」

「晶お兄ちゃん……止めてよね」

綾の言葉には、もちろん身内としての恥、という意味はあるが、それ以上に一人の女性として止めたい意思が込められていたり。

「本日は、黒川千里こと『サムライガール』の動向を洗うことを目的とする。そのために、愛の運命の人、ヒデ君の病院へ行くチーム、それと『サムライガール』の調べていたものを探す図書館へ行くチーム、それと前回同様ここに残るチームで分けたいと思います。そしてそのチームは、昨日大河君たちとの相談の結果、既に決まっております」

聖子の言葉通り、昨日聖子と大河、それに憐で行動の指針とそのチーム分けの相談を行っていた。

憐はその際、<ランデヴー>の戦力状況と、どのような人物が集まっているのかも聞き出している。

まず<ランデヴー>はネットワークとしての戦力はあまり高くなく、むしろ情報収集能力に特化しているそうだ。

その筆頭が、オーナーこと聖子。

彼女はサキュバスとしての能力をフルに活用して、男性からの情報を集めるのが得意だし、さらに二つ名が『マインドマスター』というだけあって、精神にまつわる能力があるそうだ。

その能力は妖怪の中でも指折りらしい。

そして妖狐、妖狸の孤月、草月は変化の術を扱える故、他人に成りすましての情報収集は完璧だ。

それに加えて人間の身でありながら、社会の裏の裏まで知り尽くす晶、情報戦略のエキスパートである一義が揃った今、<ランデヴー>は情報系に関して無敵と言えよう。

だが戦えるものが少なく、現時点で妖怪対妖怪が行えるのが、大河、愛、アーサー、アリエルのたった四人で、さらに愛は妖怪になってからまだ数日しか経っていないそうだ。

しかも、アーサーは人間への変身が出来ず、デュラハンの姿でいるしかないらしい。

そして残りの翔子は、魔法使いと言っても、どこぞのRPGみたいに火力ガンガンという訳にはいかず、完璧に援護専門。

雪女姉妹も、姉の方はともかく妹は戦力にもなりえないだろう。

(つまり、現状から考えてみたら俺、美奈、修一が戦闘力の三羽烏、っていったところか。瑠璃華は翔子さんと同じタイプ。<ランデヴー>側は支援タイプがいないから、援護は麗奈、秋彦、海里のみかな?)

そして、憐はその中での自分たちの役割を模索していた。

「……で、結果、私、晶君、孤月君、草月君、櫻ちゃん、綾ちゃん、憐君は図書館チーム。愛、アリエル君、修一君、麗奈ちゃんは病院チーム。居残り組は、翔子ちゃん、アーサー君、ゆきめちゃん、夏海ちゃん、一義君、秋彦君、瑠璃華ちゃんよ。異論は?」

そこで手を上げたのは、名前の呼ばれていない二人のうちの一人だった。

「私は? 名前が呼ばれていないのなら、病院チームに配属希望なのだが」

「言い忘れてたけど、大河君と海里ちゃんの二人は、海里ちゃんの案内で、昨日と同じ情報屋へと行って欲しい、って晶君が言うのよ」

一旦、海里に「ハァイ」と手を振り、晶は口を開いた。

「昨日の夜、海里ちゃんは武器と弾薬が欲しい、って呟いてたダスよな? 武器はあった方がいいダスし、綾や櫻ちゃんの事を考えると護身用としても欲しいダスから、二人で武器を貰ってきて欲しいんダスよ。武器の数、種類は任せるダスから」

「助かる」

海里が素直に例を言ったのは、細やかな気配りから。

二人で持てるかどうかは心配だったが、大河という人物が実は巨大なケルベロスであることは知っている。

だからそれで納得し、了解した。

「雨降ってるダスから、火薬が湿らないように気をつけるダスよ」

「わかってる」

海里と晶の相談も終わったところで、聖子は再び注目させるためにパンと手を叩く。

「では、病院側はヒデ君から『サムライガール』の事を聞き次第、図書館チームに合流。大河君たちも、武器を回収して<ランデヴー>に置いてきたら、病院側同様にこっちに来て。後は臨機応変に対応してね。以上っ!」



◇10◇


そして、修一、麗奈、愛、アリエルの四人は病院へとやってきた。

今日は雨だから、移動だけでも一苦労なだけあって、病院に入ると少し落ち着いた。

修一、麗奈の二人は、突如この世界に来ただけあって、着替えがなく、仕方なく借りた服を着ている。

修一は普段から、見えない部分を忍者グッズで染めているのだが、流石に何日も着る訳にもいかず、体格に大差ないアリエルの私服を借りていた。

普段の彼とは違い、少し今時の若者っぽさが現れている。

麗奈の方はというと、雨天は縦ロールの纏まりが悪く、しかもいつも使っている整髪料がないため、ストレートヘアーのまま。

とはいえ別の世界だからいいか、という風に楽観はしていたりするのだが。

服は翔子から借りた。

翔子は、憐たちの前に顔を出す際はいつも和服だったのだが、翔子から借りた服はしっかりとした洋服だった。

その際、あの人も和服を着るんだ、と麗奈は勝手に納得した。

「病院には、人がまだいるんですね」

「んー、お母さんから聞いた話だと、妖怪も入院出来る病院らしいよ。ヒデもあの事件以来、妖怪の存在は知ってるしね」

アリエルの言ったとおり、病院にはちらほら人が存在していた。

無論、何も知らない人の大半は戒厳令が敷かれているこの地域から逃げ出しているだろうから、あれが人間に変化した妖怪であることは想像が出来ていた。

だが、愛とアリエルの会話から推測するに、人もいるのだろうと修一と麗奈は思っている。

その場合も、晶や綾といったような、妖怪の存在を認知している人間なのだろう。

「こっちよ」

愛の先導で、三人は歩を進める。

電気を大量に使うと、千里にここがバレる可能性もあるため、エレベーターは使えないそうだ。

「ここって、一階以外は妖怪に変身してもいいんだよ。知ってる?」

階段を上る途中、割と明るく愛は話してくれた。

だがそう言う当人は、人間の状態のままで、変身する気配はない。

アリエルは愛の言葉を聞き、即座に背中から純白の羽を生やすのだが。

「……佐藤さん。なら何故貴女は変身なさらないのです?」

「あはは、やっぱりヒデとは幼馴染で、あたし自身もあたしは人間だ、って思ってたからかな? あたしも翔子のヤツと同じで、妖怪だって気づいたのは数日前だから……」

愛と翔子が、自分が妖怪だと気づいたのは、千里が事件を起こした少し後の事。

愛はインキュバスの父、サキュバスの母を持つ、血統から言っても純粋なサキュバスも同然。

翔子はというと、とある品から自分が先代魔術王の生まれ変わりであると知り、さらにその力に目覚めたから、である。

「あたしさ、自分が人間じゃないって気づいたとき、ヒデに嫌われたくなかったから。だから嘘をつこうとした。けどやっぱりそういうのってフェアじゃないじゃん? だから覚悟を決めて、ヒデに自分の正体を告白したら受け止めてくれて……すっごくうれしかった。でもやっぱり、なるべくヒデと一緒の姿でいたいから……」

のろけ話ではあるが、やはり人間と妖怪の垣根というものを臭わせる話だった。

けど愛と秀人はそれを乗り越え、今でも仲良くやっている。

正直、修一と麗奈はそれがうらやましかった。

元の世界では、修一も麗奈も特異点と言える存在。

そしてそれは、仲間以外の誰にも言えることではない。

それを万人に受け入れられれば、どれだけいいことか。

「あ、ここよ」

会話をしているうちに、どうやら到着したようだ。

確かに札には、一条秀人、と書かれている。

「やっほーヒデ。調子は上々? でもオラオラとか言わないでね」

「相変わらずだな、愛」

秀人という人物は、短く刈った髪にスポーツマンタイプの体つきの男性。

瑠璃華が形容していた男性と同じだ。

腹部と脚部に怪我をしているのか、その部分に包帯がぐるぐると巻かれている。

「……ね、ねえヒデ。今日……いい?」

「ん……。あ、ああ……」

「何の約束ですの、佐藤さん、一条さん?」

「あ、ああああああ、ななななな、何でもないよ、何でも。ね、ヒデ!」

「そ、そうだな」

二人して真っ赤になって隠すその様は、怪しげなやりとりにしか見えないが、深く言及するつもりもないので、麗奈はため息一つついて、その会話を打ち切ることにした。

修一やアリエルも二人の密約は気になるところだったが、今はそんなことはどうでもいい。

「一条殿、単刀直入に聞く。貴殿は黒川千里なる人物を助けようとしていた。違うか?」

「ああ、そうだ。小田、前田、日吉の三人組が黒川さんを執拗にいじめてて、いい加減目に余る行為が目立ってきたから先生に教えたんだけど……」

「伊藤咲子は何もしなかった、と」

修一の言葉に、秀人は少し暗い表情で頷いた。

「では、黒川千里に関することですけど、貴方から見た千里さんは、どのような方です?」

「黒川さん? おとなしくって、無口で、友達がいなくって、それでいて無表情だったかな」

少し、麗奈の思っている千里の像とは違い、麗奈は美しい眉をひそめた。

修一と麗奈が持つ千里のイメージは、おとなしいのはともかく、控えめだけどしっかり話すし、友達はいるし、表情もしっかりある。

第一、この世界に来て初めて千里にあったときも、彼女は寂しそうにだが笑っていたし、話しかけてきた。

もっともイメージが違うというのは愛やアリエルも同じ。

だが二人の持つイメージは、凶暴な狂戦士なのだが。

「そうそう。そういえば一度だけ、黒川さんが怒ったときが一度だけあったっけ」

「……え?」

「あれは二月の下旬あたりで、黒川さんのバッグを三人組が捨てたって知ったとき、目の色を変えて、小田に掴みかかったんだ。今にも殴りかかりそうだった。それで、日吉がそんな黒川さんに気圧されて場所を教えると、踵を返して一目散にその場所へと向かっていったんだ。俺もちょっと気になって黒川さんを追ったら、黒川さんが剣道の竹刀を入れるような袋を抱きかかえて「龍くん……龍くん……」って」

「龍くん?」

「ああ。まるで、それに名前をつけていて、人形でも相手にしているみたいだったかな? 声色を変えて黒川さんが応対までしてたし」

それって、と小さく麗奈呟いた。

昨日、聞いていた説の一つに、千里が何かに操られている、という説が存在した。

晶の仮定を鵜呑みにするならば、それは千里の持つ仕込み杖風の刀が千里を操っている、ということだ。

そして、秀人の言うことを信じるとすれば、確かに千里だけの犯行とは言い切れなくなる。

聞いている話から推測すると、千里が抱きかかえていた物は間違いなくその刀だろう。

するとその刀が千里の言う『龍くん』ということになる。

「一条さん。千里さんがそのように怒って見せたのは、二月の下旬、と言いましたわよね?」

「ああ、そうだが」

千里が乱心したのは始業式で、4月の頭となる。

聞いた話によると、その間も絶えず千里を狙う妖怪がいたらしいが、全て生かして帰している。

となると、その刀が原因であるとは考えにくい。

(千里さんと『龍くん』なる人物が同時に乱心? それにはちょっと無理がありますわよね……)

熟考している麗奈を見ている修一は、まだしばらく考えにふけりそうと思い、秀人に質問をすることにした。

「千里殿が声色を変えて応対していたときのことを、詳しく教えていただけないか?」

「あ、うん。えっと確か……」


「龍くん……龍くん……」

「千里様、心配をかけて申し訳ありません。某、千里様の言いつけを守り、抵抗はいたしませんでしたが……」

「いいの、龍くん。龍くんが無事なら」

「……やはりあの者たちは許せませぬ。某が影でバッサリ切り捨てれば、千里様は苦しむことなどしませんのに」

「大丈夫。私は大丈夫だよ、龍くん」

「千里様……」


「……それで黒川さんは、しばらくそれを抱きしめていたんだけど」

秀人の言うことから、おおよその『龍くん』なる人物像が見えてきた。

恐らく、刀の付喪神で、アーサーみたいに人間への変身が不可能な部類。

そして何らかの理由で千里に仕えていること。

いじめっ子たちに強い敵意があったこと。

一言で言えば、千里の守り手なる人物だった、と想像できる。

「恐らくですが『サムライガール』と呼ばれてた所以は、その付喪神の力を受け、その刀から貰った力で生き抜いてきたから、でしょう」

アリエルが結論付けた。

修一や麗奈、愛もそれに同感で、人間として生きてきたはずの千里が、妖怪に相対することが出来る理由なのだろうと想像していた。

つまり千里が振るっていた力も、全ては妖刀の力故であると。

だがまだ彼らには疑問が残っている。

何故千里が、このような残虐行為に及んだのか?

それを求めるべく、病院を後にした一同は図書館へと向かう。


「また世話になる」

「いらっしゃい、地鳥さん、来栖さん」

海里と大河の二人は、例の情報屋の場所で、着ているレインコートを脱ぐ。

特に大河のは、妖怪変化用に用意してあるので、その大きさは巨人が着ているのではないかと思われるほど大きなものだった。

そんな謎のレインコートの存在に、蘭は首を傾げてみせる。

「それ……」

「そのことよりも、晶が頼んでいた銃、すぐに確認させては頂けないか? 私と地鳥はオーナー命令で、急ぐように言われているからな

」 先んじて蘭の言葉を封じる海里。

一瞬鳩が豆鉄砲を食らったかのような反応を見せる蘭だったが、すぐににこりと海里たちに微笑んでくれる。

「ええ、ですけど少々お待ちになってくださいな」

そう言うと、蘭は一旦部屋の奥へと戻っていった。

数分後、蘭は大きな包みをドンと海里たちの前に置いた。

「こちらです。『ヘッケラー&コッホ MP5K A4“クルツ”』を四丁、『グロック17』を二丁。あと欲しい物がありましたら、お申し付けください」

「なら『ヘッケラー&コッホ PSG−1』と『M3ショーティ』を頂きたいたい」

「あら、オートマチックピストルはいりませんの?」

「それは手持ちのがあるから、大丈夫だ。あとは私の言った二つの予備弾、それにクルツのマガジンとグロック用の9mmパラベラム弾を多めに頂きたい」

しっかり海里が言うのと同時に動く蘭。

蘭はそういう仕事もし慣れているのか、妙に銃の知識があるようだ。

やはり、情報をつかさどる者としては、そのくらいの知識が必要なのか、と海里は思う。

「今ならオマケして、弾薬を詰め込むためにベストを用意して差し上げますが……」

「頂こう」

ライフルとショットガンは、自分の火力を上げて、自分も憐たちの力になりたいから、小さい身体ながらも自分で持つ。

残りは、晶の配慮で、生身の人間と大差ない綾と櫻の二人のための武器らしい。

だから自分の分の弾薬と銃を除き、残りは大河に預けておくことにした。

武器の整理もついたところで、二人は一旦<ランデヴー>にこれらの武器を置いてこようとした。

その矢先の事だった。

「……地鳥さん」

唐突に話しかけてきた蘭の声は、昨日の夕方頃のような余裕のある声ではなかった。

そんな雰囲気を敏感に感じ取った二人は、思わず蘭へと視線を移した。

彼女の表情からも、余裕は消えて不安だけが広がっている。

「晶さんは何も仰らなかったですけど……恐らく『サムライガール』と戦う覚悟を決めたのですね?」

だが大河は答えない。

この答えはYESであり、NOであるから。

最悪、千里と戦うことになるだろうことは容易に想像がつくが、逆に上手くいけば千里と戦わずに全てを終わらせることが出来るかもしれない。

最悪のケースを考えた故の、晶が行った保険がこれだ。

「……晶さんを守ってあげてください。これは情報屋大鳥蘭としてではなく、晶さんを心配する人間の一人として、お願いしたいのです」

「愚問だな。……アイツ、初めて俺に会ったときから馬鹿やって、いつも皆を困らせていたけど、いざと言うときには手を貸してくれて……それにアイツ、友達のいない俺を友と言ってくれたんだ。……だから言われずとも」

その言葉を聞いて安心したのか、蘭はいつもの表情を取り戻した。

そして、海里と大河が去るときに一言呟いた。

「任せましたよ」

と。


その頃、図書館では大量にある書物を片っ端から読んでいくという、非常に気の滅入る作業を行っていた。

元々、千里がここに来た理由としては本以外の理由が考えられないし、だからこのように図書館チームのメンバーの数を増やしただろうと容易に想像がつく。

とはいえ本の虫である憐にとっては、うれしいことこの上ない。

見ている内容が、あまり現実的なものでないところが、少々億劫になったりもするのだが。

何故なら憐たちが見ている本というのが、伝説などが書かれている本だから。

憐たちはここに来た直後、運良くここで働いている職員と出会えていた。

その人物は、例の『サムライガール』事件以来、ここから出る機会を失い、下手にここから出るのも怖くなり、結果ここに居つく羽目となってしまっていたのだ。

だからこそ、憐たちがここに来た矢先、うれしくなって泣き出してしまったりしていた。

そしてそんな彼女が、これまた運良く千里の姿をこの、妖怪にまつわる伝説やら伝承やらの本を置く場所で見たと言う。

この出来事に憐は「また随分とご都合主義が続くもんだ」と皮肉ったが、こういう運命は大歓迎である。

でも、ここの職員でも千里が何を見たのかまでは知らず、こうして延々と本を漁っているのである。

「あう〜、助かりましたぁ。私、ずーっと一人ぼっちで寂しかったんですよぅ」

職員も、千里が探していたという資料を探すのに手伝わされて、机に向かっていたのだが、そんな最中にも周りへのアピールをも忘れない。

そんな寂しがりやの職員は、聖子、綾、櫻が相手をすることにし、残った男性陣は延々と資料探しに勤しんだ。

だが肝心な、資料の情報がまったくないこの状況では、何を探せばいいのかもはっきりしないので、一向に進展は見られない。

「ったく、何を探せばいいんだってんだよ……」

「そう愚痴るなダス。これは、黒川千里が殺意に目覚めた理由としては一番相応しいんダスから」

「そうだけどよ……」

確かに晶の言うことにも理があるため、憐は強く否定することが出来ない。

憐が知ることを整理してみると、千里が殺意に目覚めたであろう時期を考えると、三月の頭あたりから四月の最初の方。

これは、最後に千里が返り討ちにして逃がした、妖怪専門の賞金稼ぎからの発言と、千里が実際に初めて殺人を犯した時期に相当する。

無論怪しいのが、初めて殺人を犯した四月六日までの数日間。

この時期に相当するのが、千里の入院、退院、そしてその後寄ったと言われるここ、図書館なのだから。

蘭の前では言えなかったが、千里が負ったと思われる外傷は全て本物なのだろうと、妖怪一同は言う。

妖怪は大怪我を負ったとしても、人間ではありえない自然治癒能力で回復するそうだ。

もっとも入院時の傷を本物とすると、妖怪としても早すぎる回復力らしいが、ありえない話ではないらしい。

眼球を失っていたらしいが、それも妖怪なら自然と復元してくれるそうだ。

ますます千里が人間ではないことが浮き彫りにされつつも、それでも千里を信じて、憐は我武者羅に資料を探し続けた。

しばらくすると、病院チームと合流した。

愛は、秀人が聞いたという千里の会話を事細かに説明をすると、一同は「むぅ」と小さくうなった。

「また新たなカードが出てきたな」

「恐らくは付喪神だろうね」

孤月と草月は互いに顔を見合わせて、思いを口々にするが、だからといって千里の目的が何であるのかはわからない。

ただわかるのは、千里と『龍くん』なる妖怪が協力関係にあったことくらいで、むしろ事態を困惑させているだけだ。

『龍くん』なる妖怪が千里を操り殺人を犯す、と言えば早いかもしれないが、そう結論付けるには無茶無理無謀の三無というものだ。

秀人の言う話から類推しても、明らかに『龍くん』は千里に仕えているような状況だし、『龍くん』がいじめっ子に不平を抱いていたとしてもそれを千里が止めていた。

さらに言えば、例え我慢できずに犯行を犯していても、『龍くん』がいじめっ子だけを殺せば済む話だ。

わざわざ千里に殺させる必要もなければ、必要以上の人間を殺す理由すらもない。

『龍くん』という人物が実は悪人で、千里の身体を乗っ取って殺人を犯す、というのも無理な話。

何故なら千里がその刀を持って、しっかり殺人事件以前に名を残しているからだ。

時間をかけてゆっくり乗っ取る、という可能性は憐の中ではあったのだが、人間と妖怪の精神を熟知している聖子曰く、心を操る妖術というのは、人間に向けたらゆっくり乗っ取る必要がないほど簡単らしい。

「そう言えばその眼帯の子、生き返らせる、とか呟いていたっけ……」

図書館の職員が呟いた言葉に、資料を探し続けていた一同にとっては一筋の光も同然だった。

眼帯の子、つまり当時眼球を失って再生しきっていない千里の目的が、職員の言う生き返り。

一同はすぐさま目的を、妖怪の蘇生法に定め、資料を漁ることに決めた。

だが憐だけは、その目的のものだと思われる書物に、既に目を通してあったので、それを再度めくり、そして見つけた。

そこに書かれていた内容はこうだった。


まず以下のような魔方陣を敷き、呪文を唱えよ。
呪文の内容は――――――である。
その後、千の生者の血を浴びさせよ。
さすれば彼の者の魂は再び舞い降りるであろう。


「……っ!!」

再度確認した憐は、これが目的の物かと思うと思わず目を疑った。

恐る恐るだが、憐は読み進めてみると、この生者、というのは人間、妖怪を問わない、知恵のある生物らしい。

これを信じたくなかった憐は、この事を話すことを保留にし、自分が調べていたのが間違えていたかのように振舞う。

そして、これ以外の可能性があることを信じ、他の書物を探すことにした。

だがそれでも憐は歯を食いしばって、その感情の波に耐える。

襲い掛かる波は激しく、切なく憐の心を打つ。

もしこれが真実ならば……悲しすぎる。

だが憐の儚い希望はあえなく散った。

他の資料に、それらしい記述は一切なかったのである。

だから憐は観念することにした。

憐は、一同に向けて、この記述を伝えた。

自分の推測と共に……。

「これから推測できるであろう、千里さんの動機は……」


千里は大怪我を負う、強力な敵と遭遇した。

千里は善戦し、辛うじて敵を倒すことに成功するが、彼女のたった一人の仲間『龍くん』が命を落とす。

落とした命が二度と返ってこないことは重々承知だが、誰一人助けてくれなかった千里にとっては切に願うこと。

だが千里は何らかの情報から、妖怪が生き返ることを知った。

そして調べた結果、この資料に行き当たる。

千人斬り、それは千里が今まで守り続けてきた人を侵略する行為。

千人斬り、それは千里の領分を侵し続けてきた人を追い払う行為。

千人斬り、それは千里の大切な人を取り戻す行為。

そして千里は、人としての心を捨てることを選んだ……。


憐が仮説を説いた後、ただですら静かな図書館を、さらにシンと張り詰めたものとさせた。

嫌なくらい長い沈黙が、辺りを包む。

皆が皆、自分が千里と同じ境遇だったらどうするのだろう、と思っていた。

そしてその結論は、誰もが千里と同じものだったのかもしれない。

だからこそ、誰も千里を否定する気にはなれなかった。

その意味を込めての沈黙……。

今の千里を、止める権利を持つ人間なんて、この場には誰一人存在しない……。

そう思っていた、次の瞬間だった。

「この本……一部しか書かれていない」

聖子が、この張り詰めた糸を断ち切るかの如く、沈黙を破った。

「これって、中世ヨーロッパから伝わった、古い書物のリメイクよ。私、明治初期にこのオリジナル、見たことあるし……内容までは覚えてないけど」

「……お母さんって、いつ生まれたの?」

「幕末よ。その時使っていた名前が米(よね)だったわね。いやー当時は、メリケンにびっくりさせられたわ」

……人……じゃなくて妖怪に歴史あり、である。

見かけが女子大生くらいにしか見えないだけあって、驚きを通り越して呆れさせられる。

もっとも見かけが大学生くらいの大河も、実は明治生まれだという話だし、妖怪というのはそのようなものなのか、と憐、修一、麗奈の三人は十分納得していたのだが。

「でね、私昔からこの辺りに住んでたからわかるんだけど、ここの図書館はその頃から実在していたし、ここに資料がある可能性は十分にあるわ。……だから」

と、聖子は職員の方を振り向いた。

だが職員はというと、気の弱そうな顔に涙を浮かべ、激しく頭を横に振ることで、否定の意を表した。

「駄目ですよぅ! 私はヒラなんですから、古書が古書室に置かれていることは教えられますが、それを見せる許可を与えるなんて、そんな権限ありません!! ありませんったらありません!!」

何かと、世の世知辛さを感じさせる、そんな職員の心の叫びであったが、今この現状でそんな言葉を真に受ける訳にはいかない。

「駄目ダス! 今ここにいる職員は貴女だけダス。つまり貴女が現責任者なんダスから」

とか晶は言っているが、次の瞬間にはしっかり全員に古書室の場所をしっかり教えているあたり、確信犯としか思えない。

それでいて晶の表情は、職員の困った表情を見てとても楽しそうにしているあたり、サドっ気がたっぷりだ。

「いくら館長の連れが前に見学したからといって、駄目なものは駄目ですぅ!」

「……え?」

一同は、一瞬時が止まったかのように凍りつく。

意識が戻るまでは思考にふけるのだが、誰もが同じ内容だった。

最近、古書を探した人がいる?

「……その連れとは?」

代表して聞き出したのは修一だった。

普段口を開かないのに、割と聞き出しにくいことをスパスパ言ってくれる修一の行動は、一同にとっては非常にありがたい。

「えっと……。よくはわからないのですぅ。けど、ベル、アスラと名乗ってましたぁ」

「うわ。『ベル黒幕』説が再浮上ダスな」

何のことだかさっぱりわからない職員は、晶の言葉への理解に苦しみ、首を傾げて見せた。

だがそれ以外の全員は、ベルという名前が再び浮上したことによって、さらに事態の混迷を増すばかり。

混乱しすぎて頭がパンクしそうなほどだ。

さらに、新たに出てきたアスラという人物。

これもまた、何者なのだろうかと想像する他はない。

そうこうして悩んでいるうちに、何とか制止しようとする職員を無視して古書室へと乗り込んだ。

無論どの本かを聞き出そうとしても答えるはずはないのだが、生憎というべきか、人間レベルでは防ぎきれない能力というのがこの世には存在している。

『マインドマスター』の二つ名を持つ聖子にとっては、人の心を読むことなんて朝飯前なのだ。

故にあっさりと目的の書物は見つかった。

聖子の言うとおり、その本は古書というのにふさわしく、ちょっといじればぼろぼろになりそうな脆さの本だった。

とはいえ実際に触っても崩れることはなさそうだ。

それと、長年保管しているはずの本のはずなのに、埃をかぶっていない。

その頃になると、海里と大河も合流し、揃ってその本を見た。

そこには、憐が見つけた本の内容とほぼ同じだったが、一点だけ違うところがあった。

蘇る魂は死者ではなく古の悪魔、と。

「……もう夜も遅いわ。<ランデヴー>に戻りましょう。そして……明日が勝負のときよ」

千里が例え数多くの人を殺していたとしても、まだ儀式をしてから千は遠すぎると判断した聖子は、調査で疲れきった仲間たちの身を案じて保留の選択肢をとった。

妖怪であっても、やはり人間の生命力は思いのほかしぶといものらしい。

だがそれに異論を唱えるのは、やはり憐、修一、麗奈、海里の四人だった。

確かに自分たちも、全身に疲労を溜めているのは重々承知の上だ。

だが千里を説得できる鍵を見つけた今だからこそ、とにかく早く千里を修羅の道から解き放ちたい。

その意を伝えた瞬間に返ってきたのは、急に真面目な表情になる晶の返事。

「説得できると思ってるような顔ダスが、説得できなかったらどうなるダスか? 結果は簡単、戦闘力に欠ける俺たちは一瞬で全滅ダス。せめて準備くらいはしておく必要はあるダスよ」

一瞬反論をしかけたが、それはあと一歩、喉まで出掛かっている最中で止められた。

確かに相対するのは千里だが、それはあくまで自分たちの世界での千里ではない。

自分たちの世界の千里と大して変わらない、というのは希望的観測だ。

さらに言えば、戦闘力が<ランデヴー>になくても自分たちにはある、と思っているが、それは相手に情がない状態でのこと。

憐たちが感じている千里への情を考えてみると、到底自信がなかった。

こうしてメンバーに、図書館職員を加えて<ランデヴー>での就寝となることになった。



◇11◇


<ランデヴー>での時間は穏やかに流れていった。

皆で戻って夕食を食べ、そして各自思いのまま、自由行動となる。

憐、美奈、愛、櫻、ゆきめ、夏海、孤月、草月の八人は、明日のこと、今のことを忘れるように、一同でババ抜きを楽しんでいた。

英気を養う、と言えば聞こえはいいのだが、やはりこのような状況では逃避以外の何者でもないのかもしれない。

だがそんな柔らかで危なげな雰囲気は、つつけば意外と脆い。

運悪くババを残してして終わった憐は、ついその地雷を踏んでしまった。

「明日か……」

そうなると、本当にあっさりと雰囲気が一転し、誰もに笑みが消える。

思いつめる者、不安な様子を見せる者、など。

その中で、櫻が憐と美奈に尋ねた。

「貴方たちはどうするの? 大河君たちみたいに妖怪じゃあないみたいだし……」

「俺たちは……」

まだ憐たちは、自分たちの境遇を話しきってはいない。

あくまで自分たちは、妖怪を知る人間だという風に取り繕っていた。

大河たちと相対したときには威嚇だけで、戦闘にはならなかったので、そういう様子は見せてない。

ただの『違う未来からきた少年少女』だと。

だがそれをずっと続けていて、彼らを守れるのだろうか、と憐は自問自答した。

そしてその一瞬の間で、櫻の質問に美奈が答えた。

「私たち、ヒーローの偽者なんです。ほら、戦隊ものでよくあるでしょう?」

「もしかして、ヲルスバンブラックに登場するシャドースターみたいな奴?」

「愛おねーちゃん。それはちょっとちがうんじゃない? どちらかというと、ザ○ブ星人がへんしんしたような……」

美奈の答えに、熱い議論を交わすのは愛と夏海の二人だった。

特に夏海は、見かけ幼稚園児なだけあって、マニアックな単語がずらりと並ぶ会話に余裕で参加している様は、異様の一言に尽きる。

しかもさらに会話は白熱し。

「それなら聖剣物語2の試練の道のボスとか……」

「それよりはオリハルコンのチェスぐんだん……」

そんな会話を無視するかのように、情けない声で、夏海の姉としてゆきめが頭を下げた。

「……夏海って、昔からアニメとか特撮とか漫画とかが大好きだから」

(佐藤さんもな)

と、憐は心の中で付け加えておくことにした。

「ならお前たちも、イザというときに待機しておけよ。人間だったら、二の句を告げる暇もなく退避させるつもりだったからな」

「孤月ぅ、乱暴な言葉遣いじゃいつまでたっても誤解されるよ」

「うるせぇ、草月」

こうして当初の張り詰めた雰囲気は、雨降って地固まるという言葉通りになくなった。

そして同時に、憐と美奈は心に決めた。

この人たちを守る、と。


「ここの人たち、人間じゃないんだ……」

身体をガタガタ震わせて、差し出された水を凝視しているのは、先ほどの協力者である職員、粟生野八重(あおの やえ)。

そんな八重を挑発するかの如く、オーナーは元の姿であるサキュバスの格好をさらけ出していた。

八重の隣に座る修一、麗奈の二人はそんなオーナーのいたずらに、呆れたように眺めていた。

「ま、皆いい奴らだし、そんなに怯えなくてもいいわよ。もっとも私は男のアレ大好きだし、いやらしい夢も食事としてとってるし、孤月君はゴキブリを生で食べるし……」

そんな聖子の言葉を聞き、さらに妖怪に対する怯えを如実にさせる八重。

しかも孤月がゴキブリをおいしそうに食べる姿を想像したのか、八重の白い肌がより一層青くなるのを、修一と麗奈は見逃さなかった。

「そのくらいにしておくべきだと思うが、聖子殿」

「まったくですわね……」

麗奈も孤月が……(略)を想像したため、少々顔色が悪い。

「わかった。じゃあ話を変えて……修一君は、麗奈ちゃんと海里ちゃんのどっちが本命なの?」

その瞬間、麗奈が飲んでいたホットミルクは激しい飛沫と共にカウンターへと飛び散った。

あからさまに動揺を見せる麗奈とは違い、修一は急に飛ぶ話に首を傾げて見せるだけ。

「何のことだ?」

「わかってるくせに。この色男、ラブコメ男っ!」

「?」

「……あら〜。これは本当にわかってないみたいね」

そりゃそうですわよ、と麗奈は内心嘆息しながらもほっと胸をなでおろす。

バクバク高鳴る心臓も、少し落ち着きを取り戻し、その勢いでホットミルクを再度口に含む。

「じゃあ麗奈ちゃんに、修一君とシてる夢見せてあげようか?」

で、即座に吹いた。

「ほら、私ってサキュバスなだけあって夢魔であり、性にまつわる悪魔なわけでしょ? だから人間にえっちぃ夢を見せると、それが私たちの活力になるの。<ランデヴー>のメンバーは色恋沙汰があんまりないし、ほとんど味を知り尽くしちゃったから……」

けほけほと咳き込んでいる麗奈をまったく無視して、自分の世界に入り込む聖子だったが、当然ながらそんな聖子に対して麗奈は冷たかった。

「お断りですわ。第一、わたくしは修一なんかに興味はありませんわ」

「だったらこの提案は却下ね」

だがそう言われてしまうと、思わず麗奈は聖子をにらみつけてしまう。

一応麗奈だって、プライドが高いとはいえ一般女性並みの性欲くらいはある。

しかも相手が、影で思い続けている相手だとすれば……。

少し想像してしまった麗奈の顔が赤くなったが、まあ当然といえば当然なのかもしれないが、修一は気づくことはなかった。

「あ、あれ? 愛さん、出かけますけど」

麗奈は、少し顔に出ている感情を打ち消すために、話を逸らすことにした。

だがこんな時間に愛が出かけるとなると、やはり気になる事象でもあった。

「ああ、あれ? ウチらサキュバスの一族って、やっぱりと言うべきか、周期的に男と交わらなきゃならないのよ。ただの男好きなら、適当な男を誘えばあっさりついてくるんだけど、愛って純情っていうか何ていうか、ヒデ君にぞっこんだから、きっと病院よ」

妖怪の生活を垣間見た修一と麗奈は、自分たちとの違いを知って、自分たちと聖子の間にある壁を敏感に感じ取ってしまった。

……もっとも、修一と麗奈もあっち側の人間なのだが。


秋彦、瑠璃華、翔子の三人は、新薬作成に十分な手ごたえを感じたのか、今までの疲れが身体にのしかかり、ぐだーっと倒れていた。

作ったのは、元の世界の翔子が作ったという<治癒>。

以前に翔子が作ったことのある<治癒>は、怪我の治療、疲労の回復といった具合なのだがどうも効果が薄いのだ。

しかし瑠璃華が持ってきた新薬のレシピは、以前の<治癒>の回復量を大幅に上回り、疲労回復を通り越して鼻血ブーとなるくらい。

瑠璃華も翔子の手助けが出来たのがうれしいらしく、終始笑顔だった。

「……瑠璃華。あんた、元の世界に帰れなかったら、私と一緒に魔化師(エンチャンタラー)にならない?」

「魔化師?」

「大したことじゃないけど、魔法の品々を作る人のこと。一応エリクサの作成も面白いけど、私はこっちを極めてみたいんだ。あ、これはその過程で作ったもの」

翔子がローブの中から取り出したのは、紫色の、水晶のような石の結晶。

それに穴を開けて、紐を通し、アクセサリーみたいにしていた物だった。

「あたしが魔力を込めて作った、パワーストーンの改良型、マナ・クリスタルよ。あんたにあげる」

「へー……」

倒れたまま、それを電気に透かして見るとわかるが、並みの宝石以上に光を透過するようで、綺麗なものだ。

自分の知らない翔子の一面を知った瑠璃華は、さらに自分の師への興味が尽きない。

だから自分の体力が許す限り、翔子の話を聞きたかった。

そうして瑠璃華が翔子に延々の話を聞きだしている際、秋彦は一抹の不安が頭をよぎった。

翔子のさりげない一言で思い出したこと。

果たして、自分たちは帰れるのだろうか?

だけど全身に溜まった疲労からくる気だるさが妙に心地よく、床に身体を預けて秋彦はそのまま眠るのであった。


海里は一人、調査を開始した。

調査をする相手は、自分たちの世界で犯罪者となっているあの男、最上晶。

他の面々は信頼できる、と海里は確信にも似たようなものはある。

だが晶はそのブランドというか、そういう風に位置づけてしまったせいから、どうしても信頼できずにいた。

これに関しては、今日の朝に初めて見かけた一義も。

特に一義はワイドショーで、晶と違ってしっかり顔が載っていたため、彼に対しては晶以上に警戒心が強い。

ともかく、その二人のことを聞き出すべく、晶と一義が寝泊りしているという部屋へと赴いた。

「最上、いるか?」

ノック後すぐに海里は部屋へと入る。

少々無作法だが、そうでもしないと大事なものを隠されてしまうと思ったからだ。

案の定、晶は慌てた様子で固まり、海里が入ってきた方を凝視していた。

今、そんな晶の様子は、海里が見てきた晶とは違う。

晶の代名詞と言えるあのチョビ髭がなかったのだ。

チョビ髭がない晶は思いのほか童顔で、身長のこともあり中学生くらいにしか見えない。

それだけでなく、その髭を剃ったら残るであろう青い剃り残しが一切見られない。

それどころか毛一つ生えてなく、卵のようにつるっつるなのだ。

こんな顔で長い三つ編みをされては、女の子にしか見ようがない。

容姿で固定観念を持っていたからか、この姿で思い起こしてみると、晶の声は男性のものとしては少々高くも感じられてしまう。

愛がそれを感じていたならば、きっと、

「少年の声をやってる女性の声優みたい」

と答えることだろう。

「作法がなってないな、海里ちゃん。こういう場合はノックをしてから許可を得るものだぞ」

さらに違和感を感じるのは、晶のいつも使う口調「〜ダス」がないこと。

やはりあの口調がないだけで、晶のキャラはとても大人びて見える。

「……何だよ海里ちゃん? まさか俺のこと、すごい女顔だとか思ってない? まあ、確かにそうなんだけどさ。身長は伸びないし、喉仏は未だに出てこないし、髪を切りたくても一兄が許可してくれないし……」

「晶お兄ちゃん、口調、口調」

「あ゛……」

晶の容姿があまりにも違うので、辺りを見渡すのを忘れていたが、晶と一義の他にも綾がいた。

従妹で、なおかつ晶と一義は綾の唯二の血縁なのだから、心配しても当然なのかもしれない。

そんな綾は、従兄の失敗に呆れたようにため息をついた。

「いくら親しまれるキャラ作りをするからって、やっぱりその口調も髭も、無意味よ、絶対」

「い、いいじゃないか。俺の好きにやらせてもらってもさ」

晶の容姿をよく見てみると、ユキメに良く似ている。

つまり、綾とも似ているのだが、それとは対照的に一義とはまったく似ていない。

兄弟では似ていないのに、従兄妹同士では良く似ている。

しかも他人であるユキメとも似ているとなると、不思議な偶然を感じる。

いや、偶然ではなく必然かも……。

そう思うと、海里は止まらなかった。

「最上晶……。貴様、あの時“双剣”のユキメ……いや、西条玲のことを知らないと言ったが、知っているな? そして、玲は晶の双子の姉か妹……」

「俺、西条玲のことを知らねぇだなんて、俺一言も言ってねぇダスよ……って、もうこの口調は、海里ちゃんの前では不要か。で、俺はユキメという名前を使っていたことを知らないだけで、玲という存在は知ってるさ。あと後半部分だけど、俺には女の兄弟はいない」

「私ん所は、死産した兄がいるって、死んだお父さんとお母さんから聞いたんだけどね」

一応、海里の想像は外れていたが、まだ最上家の謎は一つ残っていた。

晶の家族は、とある雑誌によると、父、母、そして三人の息子。

ここにいる一義と晶が次男、三男なのだから、父、母、長男がここにはいない。

「貴様の家族は、どうした?」

「“神殺し”に殺されたけど」

まるで、家族に何の感情も抱いていないかのように、晶はけろりと答えた。

無表情というわけでなく、だからといって表情を大きく変化させるでもなく、いつも通りの晶がそこにいる。

「……すまなかったな。いらないことを聞いて」

「気にするな。どうせ俺の事を信じていないとかだろ? そっちの世界で犯罪者になってるんなら、そんな相手を信じろって方が無理な話。ま、安心しなさいや。俺は友を裏切るつもりはない」

「ふ……。大鳥蘭も、貴様を心配している。本人がそう言ってたぞ」

それには、晶は答えなかった。

ただ晶は、表情こそ消しているつもりなのだろうが、言葉を出さずとも嬉しそうだった。

しかしそれは、男性が女性の好意を知る嬉しさではなく、友が心配してくれていることが純粋にうれしいらしい。

もっともそれに気づかない綾は、少々不満顔だった。

「じゃあな、最上兄弟。それと晶、貴様は髭が無い方が似合ってるぞ」

「ほっとけダス!」

晶の反論は、素早く閉じたドアに吸収させ、最上兄弟の部屋を後にした海里であった。

そして廊下を歩き、皆がいるであろうフロアへと歩いていく。

と、そのとき偶然にも修一と出会い、一瞬だけ運命を感じたが、修一のすぐ傍に麗奈がいたことで、その運命を急遽拒絶することにした。

麗奈との腐れ縁は、海里にとってはお断りだ。

「来栖殿……」

「少々、あの最上兄弟に興味がありまして……。やはりあの男は曲者。けど、信頼は出来そうです」

修一の言葉を奪うかのように、すばやく海里が言う。

「……?」

麗奈はふーん、と右耳から左耳だった。

だが修一は今の言葉に、何かおかしな点があったのかわからないが、眉をひそめていた。

そのことに、麗奈と海里の二人は気づくことは無かった。

そして彼らは、運命の日の前日を終える。



◇千里−4◇


私は柔らかな光の中、目を覚ました。

春の陽気が、寝起きの身体にしみこんでくる。

昨日が陰鬱な雨だっただけに、より今日の快適さが際立っていた。

私は起床の後、トイレに行ったり顔を洗ったり朝食をとったりと、朝になすべきことはする。

今日の朝食は、最近生物のほとんどが食べられなくなっちゃったから、保存の利くもので統一する。

米なんかも十分に保存が利くため、ここ最近の私のパターンとなっている。

……うん、今日も完璧。

こんなところで、家事を強いられてきた経験が役にたっているなんてね。

朝食をとったら着替え。

寝巻きにして使っているジャージを脱ぎ、上下下着姿になったら、一昨日のうちに洗濯しておいた開道高校の制服に袖を通す。

買った当初はやけに大きいこの制服も、今となってはぴったりだ。

少しスカートの丈が危なくなり始めているんだけどね。

そして準備が整ったら、私は龍くんを手に取る。

「今日できっと最後。これで終わる。終わったら……一緒に二人きりで暮らそう、龍くん」

私の一族の護り刀、『龍殺』、通称龍くん。

出会ったのは、お祖母ちゃんが危篤になって死んだ日。

最初は怖かったけど、一緒にサバイバルするうちにそれも慣れ、いつも一緒だった。

江戸時代の大飢饉を乗り切った経験があるだけあって、龍くんは私に色々な知識を教えてくれた。

龍くんは、私の大事な友達。

私の命を、自分の命と引き換えにして護ってくれた、大事な友達。

龍くんって、私が友達でいたくても、いつも自分のことを私の家来だ、って言って私を困らせたよね。

大丈夫、大丈夫だよ龍くん。

今度は私が助ける番だから。

だから……だから今だけは死んで! 私の心!!

あと……たった一人なんだから。

私が望んだのは、たった一人の人と一緒にいたいという、ささやかな希望……。

つづく


次回予告

「全てを知った彼らの目的は、少女の阻止。
どれだけ強大な少女であっても、意思強き者であればとめられるはず。
そして現れるのは、漆黒の絶望。
絶望を払うのは、漆黒の希望。
そして最後の戦いが、今始まる。
次回少女が願う未来第五話「漆黒の未来へ」

少女が願ったのはささやかな希望。叶ったのはみんなの涙……」


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