Mituyaさま作
劇場版五行戦隊イクサクニヨロズ
少女が願う未来
第二話
| 「邂逅」 |
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当時、香織には結婚している相手がいた。 戸籍上では、それが千里の父親となる、言わば義理の父だった。 しかしその父親は、とんだロクデナシだった。 職業はギャンブラーで、大酒飲みで、DVの常習犯。 父親はやがてお水の女を家に迎え、一人の子を成した。 そうなると、千里の扱いはもう奴隷も同然だった。 見えない部分を殴る蹴るは当たり前で、家事を押し付けられ、食事の世話までさせられる。 しかも少しでも不都合があると、事ある毎に千里は殴られた。 よけることは許されず、ただ亀のように丸まって、耐えるしかない、そんな毎日が続いた。 さらに、千里は幼稚園、小学校、中学校とどれもいじめられっ子だった。 おどおどとした態度が、周りから狙われたらしい。 それでも千里は泣かなかった。 それでも千里は他人を恨まなかった。 それでも千里は人を信じた。 千里には、頼りになる祖母がいたから。 京都に住む千里の祖母がいると、父親もその愛人も、そして二人の息子も手を出さない。 千里がただ一人、甘えられる人だった。 何度彼女に泣きつこうと思ったことだろうか。 だが千里は、祖母を心配するあまり、祖母の前では気丈に振舞った。 そして千里が高一になるとほぼ同時に、彼女の唯一の味方であった祖母は死んだ。 父親は遺産を奪い取ると、千里を見限った。 住む家も、家族も失った千里だが、それでも千里は絶望に負けはしなかった。 その際に、彼女が得たものは、何物にも代えられない大切なものだったから。 だがそんな千里でも、今は悪魔に魂を売った少女に過ぎなかった。
この大きな町の中、特定のカップルと特定の人物が偶然鉢合わせになることは、まずありえない。 しかし閑散とした町並みの中では、その確率は格段に跳ね上がる。 だから二人はじっと、岩のようにじっと待つことを決めた。 このコンビニに設置されているカメラは、全てご丁寧に切られていた。 店内に置かれている物品のいくつかに空きがあることを考えれば、容易に想像がつく。 しかしこの店内には、物を持ち出そうとした矢先死んだと思われる、腐敗した死体も置かれている。 そのどれもが、鋭利な刃物で斬り付けられたような傷が存在した。 それらを全て店から出して、今秋彦と瑠璃華はここにいる。 外では、カラスがけたたましく鳴いていた。 カラスにとっては、放置された死体は餌なのだから、それも無理はない。 「遅いな、憐たち」 「うん」 秋彦は、店内に置いてあったカップ麺をすすりながら言った。 瑠璃華も店に置かれたペットボトルを適当に取って、それを飲んでいる。 瑠璃華は、一旦ペットボトルを口から離し、思いつめた表情で下を向く。 「……千里さんが、まさかあんなことを」 「……あれは千里さんじゃないよ」 「どこからどう見ても、千里さんなのに?」 「ああ」 「どうして?」 「それはだな……」 と、そんなとき、店の自動ドアが開く音が聞こえてきた。 二人は会話を止め、身構えた。 だがそこにいたのは、身構える必要のない、気心の知れた仲間だった。
そして最初に口を開いたのは、情報を聞いていない秋彦だった。 「どうだった?」 「状況は、随分と複雑、だな」 と、深くため息をつきながら答えたのは憐だった。 「俺たちのように、人にはない力を持つ者を、妖怪、と一括りにして仮定しとけ」 「よ、妖怪?」 「そう。俺たちが知っている世界では、魔王クラーマ、センゴクマン、怪人なんかは全て妖怪とまとめておけ」 「……で?」 「で? って何が聞きたいんだよ?」 「俺たちが見た悪魔は、実は実在した生き物でした、とでも言うのか?」 秋彦は、自分で言っておきながらわからなくなってくる。 混乱するな、というのも無理はなく、それだけの事が僅かな間で起こっていたから。 憐は秋彦の動揺した姿を冷静に眺めて、一息ついた後に答えた。 「そうだ」 「……マジで?」 「ああ……というか、秋彦もそれは見ただろう。ただ彼らは、人間との摩擦を起こさないために、仮の姿として人間に変身する術を身につけたんだと」 「……それ、悪魔から聞いたんだよな。信じられるか?」 「俺もそう思った。だけど本人曰く「悪魔差別するな」だと。人間への感情は、妖怪の姿形によるものではないらしい」 秋彦は、あまりにも信じられない話の数々に、呆れてものも言えなかった。 それはそんな話をした本人たちにも到底信じられる話ではないため、無理もない。 だが今自分たちがいる状況は、それを信じる以外に、許される状況じゃあないようだ。 「それと、千里さんのことだけど……」 「あんなの、千里さんじゃないっ!!」 憐が千里のことを話そうとした矢先、秋彦が大声を出して憐の言葉を防いだ。 秋彦の顔からは怒りが溢れ、目には炎が渦巻いているかのようだ。 「……その根拠は?」 「千里さんはあんなに胸が小さくなかった!!」 一瞬、一同は秋彦の後ろに、波がざっぱーんと打ち付けているようなビジョンを垣間見た。 少々古いが、どこぞの映画の始まりを思い浮かべてしまう、そんなビジョンだった。 その後は、こーんと空しい音が響くような錯覚を覚える。 「……お前さ、そんなとこ見てたのかよ」 「いや、重要だ! 数日で人の胸は小さくならないって!」 確かに、秋彦の言うことには一理あるのだが、根拠としては薄い。 だが秋彦は、してやったり、という顔をしていた。 しかしそれも一瞬で終わった。 瑠璃華が涙目で、秋彦を見ていたからだ。 瑠璃華の方を振り返った秋彦は、その瞬間にとてもぎこちない動きをしてみせる。 まるで、油の切れたロボットのようだ。 「あ、秋彦……」 「な、な、な、ナンデスカ、ルリカさん」 「……そうだよね。男の人って、胸が大きい女が好きなんだよね」 「あ、だ、だからな……」 瑠璃華の声は震え、秋彦はしどろもどろとなって瑠璃華を取り繕うと必死だ。 そしてそんな修羅場を、残りの面々は非常に楽しそうに眺めていた。 ラブラブカップル、破局のぴーんち。 だが……。 「あたしの胸なら、いくらでも触っていいから、あたしだけを好きになって!! あたしは秋彦に何だって捧げるから、あたしだけを愛して!!」 「だ、だからそうじゃなくっ……っっ!!!」 秋彦の言葉の最中、瑠璃華は秋彦の手を取って自分の胸へと引き寄せた。 秋彦の手のひらには、小ぶりではあるが柔らかなふくらみの感触が、ブラジャーの生地越しに感じられる。 秋彦は咄嗟に瑠璃華の手から、自分の腕を引き寄せた。 「……」 瑠璃華は、秋彦のその行動を受けて、呆然と立ちすくんだ。 秋彦も秋彦で、妙に息が荒く、呆然と瑠璃華を見つめる。 しばらくその状態で、時間が過ぎていった。 と、瑠璃華が唐突に動き、海里の方を向き、にっこりと笑顔でこう言った。 「銃、貸して?」 「は、はぁ……」 突然の出来事に対応しきれなかったのか、海里はあっさりと瑠璃華にデザートイーグルを貸す。 瑠璃華はデザートイーグルのセーフティを手馴れた手つきで解除し手で持つ。 そして自らのこめかみに銃口を向け……。 「ストップ!! ストーップ!!!」 「離して! あたし、秋彦に嫌われたら生きていけない!!」 秋彦と美奈と麗奈が急いで瑠璃華を羽交い絞めし、なんとか自殺を食い止める。 瑠璃華は半狂乱になってもがくが、数人がかりで止められた上、か弱い女性の腕力では振りほどくことはできない。 「落ち着いてください、ルリーさん!」 「何をなさっているのです、ルリーさん!!」 「うわぁぁぁぁぁぁん、秋彦に嫌われちゃったよぉぉぉぉぅ……」 暴れながらも、目には大粒の涙を流し、本人も自覚していないのか、とんでもない大声で叫んだ。 「だあっ!! 誰が瑠璃華を嫌ってるなんて言ったよ!?」 瑠璃華は、秋彦がそう言うと、先ほどとは一転して、ぴたりと動きを止めた。 「オレは瑠璃華の突飛な行動にびっくりしただけ。一応、オレは健全な男子高校生なんだし、そういう真似はやめておいた方がいいぞ。……ま、ようするに、だ。オレが瑠璃華のことを嫌いになんかなるもんか」 「本当!?」 「ああ。オレが生涯愛する唯一無二の存在は、瑠璃華ただ一人だよ」 瑠璃華は、秋彦の言葉の全てを聞く前に、秋彦の胸に抱きついた。 両腕を秋彦の腰へと回し、自分と彼との隙間を少しでもなくそうと、力強く抱きつく。 そうなると、秋彦は全身で、女性の柔らかな肉質を存分に堪能するわけでありまして、秋彦は瑠璃華の顔を真正面から見ることが出来ず、上を向いて顔を真っ赤にさせていた。 一瞬気恥ずかしさから、再び瑠璃華を拒絶するような行為に及ぼうともしたが、先ほどの二の舞になることは目に見えていたので、それを何とか堪える。 「……話を戻すぞ」 結局、いつもの二人に戻るとわかり、憐を始めとする一同は会話に集中した。 他の面々も、見慣れた光景に少しうんざりしたかのような表情だ。 で、秋彦はというと、話に戻りつつも思ったことがあった。 (あ、扱いにくい……) 瑠璃華は秋彦に依存しすぎる傾向にあるがあまり、ちょっとでもツンとした態度をとると一気に落ち込む傾向にあるため、非常に秋彦にとっては悩みの種であった。 (……浮気とかしたら殺されるな) する気はないが、もしそうしたらと思うと寒気を通り越して嫌な汗すら出そうだった。 で、当の瑠璃華はというと、嫌われていないと本人に言われたことによって機嫌を取り戻し、秋彦の腕に抱きつくのであった。 「……しかし、秋彦殿の言うことにも共感は覚える。人は、あれほど短期間で肉を落とすものなのか?」 修一から見た、あの優しく真面目な千里は、いつもライダースーツを着ていたが、それなりに女性らしい膨らみは確認していた。 出るところは出て、引っ込むところは引っ込むという、理想のプロポーションというのが修一が知る千里だ。 が、ここで見た千里はそれがなかった。 確かに美少女だが、痩せすぎでしかも全体的に発育が悪い。 だが修一から見たさっきの千里は、もっと決定的な違いが存在した。 「さらに言えば、あの千里殿は背が低かった」 「……どういうことですか?」 「あの千里殿の背は、瑠璃華殿と比べて、千里殿の方が低かった。瑠璃華殿と千里殿の背は同じくらいであろう?」 「そ、そういえば……」 美奈は驚きの事実に、口に手を当てて驚いた。 「そうすると、我々のよく知る千里殿とは別人、という考えは出来なくもない」 「……ごめん、シュウの仮説なんだけど、あたし否定できちゃった」 異論を唱えたのは、秋彦に寄り添う瑠璃華だった。 不審の目で見る一同だったが、瑠璃華はまるで皆に気を留めず、ある方向を見る。 それにつられて、皆は瑠璃華の視線を追った。 「……カレンダーが何だよ?」 「憐。月じゃない。もちろん日でもない」 「……」 「……あっ!」 「れいちゃんはわかった?」 「ええ……。これって、去年のカレンダー……ですわよね?」 皆は目を疑ったが、何度見直しても、それは去年を記していた。 月は四月と、去年のカレンダーを残すには不自然な月だ。 そこで慌てて一同は、周りにある物全ての賞味期限などを調べてみたが、それのどれを調べてみても去年のものだった。 「……つまりは、だ。我々は過去に来てしまった、ということですか、先輩」 「……あんまり、認めたくない事実だがな」 海里の確認に、憐は苦々しげに呟いた。 「けどな、そもそも俺たちはどうしてこんな場所にいるんだ? 俺たちは……俺たちは……あれ?」 「わ……私も駄目……」 「我の記憶にもない」 「わたくし、記憶には自信はありますのに……」 一同は記憶を探ってみるのだが、まるで手ごたえがなく、白い霧を見ているかのように不透明だった。 全員、頭の中に靄(もや)がかかったかのような感覚に、もどかしさを覚える。 一応、全員に記憶の確認をしてみると、
よりにもよって、この事件の引き金になったことを覚えておらず、方針がつかない。 そのことが、憐たちを悩ませていた。 「だあっ、わからないことを考えてもしょうがない!!」 憐は頭を掻き毟って叫んだ。 言葉には非常に悔しそうな色を滲ませていたが、気にしてもわからないことはわからないと思い込むことに決めた。 「話を戻すぞ! あの悪魔……ベルって本人は名乗っていたけど、あいつ曰く、妖怪たちは千里さんを妖怪として扱っているそうだ」 以前の彼らなら、その言葉は即座に否定するところだったが、一同は押し黙る。 千里のあの姿、あの超常的な能力、そして不可思議な力を見た後では、否定することなぞできなかったから。 「そして、妖怪たちは千里さんを何とかして、殺そうとしているらしい」 「どうしてだ、憐?」 「理由は二つだ。一つは、妖怪の社会的地位の保守。妖怪ってのは、人の姿して社会に紛れ込むケースが多いらしい。だけどその事実が人間に知られたらどうなる? そう、妖怪の迫害だ。いくら妖怪が人より優れているからといって、銃弾や爆弾なんかを何発も受ければ致命傷になる、らしいからな」 「らしい?」 「俺たちも、そんなことをやられたら、命があるとは思えないだろ」 憐は腕を組んで、秋彦に説明を続ける。 「で、千里さんを妖怪と認定することによって、体外的に千里さんを始末する口実を作ったことになる。下手に妖怪のことをばらす、愚かな妖怪として、な」 「……憐。それって、お前は千里さんは人間だと思ってるってことか?」 「いや、元々千里さんは人間離れしてたし、むしろ妖怪でした、って言われたほうがしっくりくる」 「……じゃあ二つ目の理由は?」 「これは単純。自衛だ。話を聞くと、千里さんは妖怪でもお構いなしに切り刻むって話だ」 ここで、憐は深くため息をついて、口を閉ざした。 皆も、その事実を再確認、もしくは初めて聞いたということで閉口せざるをえない。 そもそもここに来てから、人間離れした千里に襲われるわ、目の前で人が死ぬわ、妖怪という存在を嫌でも認知させられるわで、混乱しない方がおかしい。 それでもまだ冷静な訳としては、自分たちも人外な存在だったからかもしれない。 重々しい雰囲気であるここで、重い口を開いたのは美奈だった。 「……私、千里さんを止めたい」 「……美奈?」 「もし今が過去だとしても、千里さんが私たちの恩人であることには変わらない。だから、私は千里さんの馬鹿な真似を止めたい」 「同感、だな」 「そうですわね」 「うん、そうだねみーなちゃん」 美奈は思いを口にし、その決意を露にした。 するとそれに賛同して、即座に美奈の提案に肯定の意を示したのは修一、麗奈、瑠璃華の三人だった。 続いて、憐と海里も賛同して、それに遅れて秋彦も美奈の意見に賛同した。 「あー、二ついいか?」 「え……何、憐君?」 「多分だが、今俺たちがいる場所は過去じゃない」 「どうして?」 「これがもし本当に過去なのであれば、俺たちの前に千里さんが現れるなんてことはないからだ」 美奈は説明不足で、頭に湯気が出てきそうな勢いで、顔はかなりしかめっ面だった。 幼馴染の間抜けな顔に、少しため息をついた憐は、説明を補足を加える。 「殺人犯が悠々と学校に通えて、人前に顔を出せるか?」 「あー……」 千里は、この世界ではもう名前と顔の知られた犯罪者だ。 だから千里の名前、顔、そして経歴さえ見れば、彼女が犯罪者であることは明白なのだ。 さらに付け加えれば、犯罪を起こした未成年の名前と顔を公表することもないので、憐はその点からも、ここが過去ではないことを推測していた。 余談だが、犯罪を起こした未成年の名前と顔を公表しているのは、犯罪者黒川千里の起こした犯罪の規模が大きすぎ、その事を国会で議論した結果、未成年でも名前と顔を公表する、という法令が出来たからである。 ともかく、憐たちの世界では、犯罪者といえど未成年の名前と顔の公表はない。 「で、二つ目だが……<ランデヴー>……」 「「ランデヴー?」」 秋彦と瑠璃華がハモって、憐の言葉を反芻する。 「ああ。<ランデヴー>という妖怪ネットワークが、ベルの話によると、千里さんを裏で操っているとの話だ」 「ってことは、その<ランデヴー>の奴らから真実を聞きだし、千里さんを説得すればいいのか?」 「まあみーなちゃんがいるから、何とかなるよね」 「だあっ! 秋彦、瑠璃華、話は最後まで聞け! ……ベルは<ランデヴー>の場所を知らないそうだ。で、<ランデヴー>の大まかな主要メンバーは、サキュバス、ケルベロス、妖狐、妖狸、それに魔王だと」 秋彦と瑠璃華の二人は『魔王』という単語に反応し、二人は目を大きく開く。 二人でなくとも、このメンバーで『魔王』と言えば彼らの宿敵ただ一人。 「「クラーマ……」」 「恐らくそうだろう。だが<ランデヴー>にまつわる情報は皆無。だから俺たちは、千里さんの事から調べるべきだと思う」 「どこだよ、そこ?」 秋彦の疑問に、憐はにやりと笑いこう答えた。 「学校。千里さんが起こした、初めての殺人現場だ」
憐たちは、4月6日に書かれている新聞の見出しを再度確認して、閑散とした学校へと乗り込んだ。 ここは初めての事件だったからか、腐敗した死体が数多く残されており、逃げようとしたであろう生徒から、先生、110番で駆けつけた警官、さらには傷ついた人を救おうとした救急隊までもが死体でそこに存在した。 鼻が捻じ曲がるようなその腐敗臭と、その腐肉をついばむカラスという光景もあり、喉からすっぱい何かがこみ上げてきた。 ただ、校庭に吹く砂嵐や、目の前にある校舎の時計だけが、今学校にいるということを認識させてくれた。 グロテスクな漫画も裸足で逃げ出すその光景に、一同は行きたくなくなるのだが、極力その気持ちを押し込み、死体を越えて校舎へと入っていた。 なお、漫画がどうやって裸足で逃げ出すのかは、作者にも漠然としない。 「校舎は綺麗だね……」 美奈の言葉通り、校舎は死体がなく、少々埃が積もっている程度だった。 新聞などから推測するに、当日は始業式だったらしく、しかも始業式の途中で千里が乱入したため、校舎には人がいなかったようだ。 きょろきょろと辺りを見渡す一同。 学校そのものには行きなれている一同だったが、ここは彼らがよく行く学校とは違う。 だから皆は地図を探す。 「でも、どこを探すの、憐君?」 美奈が尋ねた。 「俺たちは千里さんがいるクラスは知らない。去年だとしたら、千里さんは二年生なんだろうけど、始業式当日じゃあ千里さんは二年生のクラスにはいない。かといって一年生のクラスは、千里さんのクラスに関する情報は全て処分されているだろう。ってなると、行く場所は一つ。職員室だ」 「しかし、憐殿。現場百見という言葉があるくらいだ。我は……」 修一は、窓から体育館を見る。 「わかった。じゃあメンバーを分ける。戦闘力のある俺、美奈、修一、麗奈、秋彦を、そして瑠璃華と海里を分けよう。で、必然的に……」 ちらりと憐は、秋彦と瑠璃華を見て、 「俺と美奈と海里、そして修一と麗奈と秋彦と瑠璃華にしよう。どっちかがピンチになったら、すぐに助けを呼ぶこと。いいな」 一抹の不安はあったが、千里がわざわざこんな場所にまで足を運ぶとは思えないし、高をくくり、メンバーを分けることにした。 それだけ、今憐たちが持つカードが少ないのである。
それだけでなく、扉から漏れ出た血が、風にさらされた影響か黒ずんで固まっている。 故に、修一たちは中の様子は容易に想像ができ、麗奈、瑠璃華は口元に手を当てながら扉をにらみつけていた。 「一応、ビニールをコンビニで見繕ってきたし、渡しとく」 秋彦が気を利かせて、全員にビニール袋を渡した。 下手をしたら、これがすぐ必要になるから。 「行くぞ」 秋彦が先頭で、その後ろに麗奈と瑠璃華、しんがりは修一というフォーメーションをとり、秋彦は気合を入れて扉を開いた。 扉は思いのほか堅いのは、恐らく扉の隙間にこびりついた血の塊のせいだろう。 それでも少しずつ、少しずつ、扉は開かれ、その凄惨な光景が露になっていく……。 「「「「……!!」」」」 四人は、その光景を目の当たりにすると同時に、猛烈な吐き気に見舞われた。 目に入り込むのは、死体の山、というただの高校生が見ることはないであろうものだ。 春の陽気のせいか、死体はしっかりと腐り始め、我先にと群がる蝿と蛆が死体をついばんでいた。 鼻に入り込むのは、強烈な死臭。 外から臭った臭いの数倍酷く、何を食べたのかも思い出せない、胃の中にあるモノが喉から出たがっていた。 耳に入り込むのは、数を数える気もおきないほど大量に存在する羽音。 それはただ不快で、耳障りでしかない。 街中では、ぽつりぽつりと死体がある程度でしかなかったので、これほど大量の死体を見るのは初めてだ。 だからこそ、麗奈と瑠璃華は生理的な現象を抑えることが出来なかった。 修一も、秋彦も辛うじて我慢こそしたが、こみ上げてくるものを感じ取っていた。 「……はぁっ、はぁっ」 出すものを出し終えた瑠璃華は、激しく肩で息をして、呼吸を整える。 「大丈夫か、瑠璃華、麗奈ちゃん? 無理だと思ったら、俺とシュウだけでやるけど……」 「だ、大丈夫……ですわ……」 「……うん……いける」 麗奈は口元をハンカチで拭いながら、瑠璃華は背中を秋彦にさすられながら答えた。 その間に、修一は無言で中へと入っていた。 中はほぼ密室状態だったようで、春の陽光の援護もあり、ぽかぽかだ。 いや、この状態だから生暖かさとしかとれないが。 修一は、自分の感情を押し殺し、ただ事務的に死体を調べた。 とはいえ、死体には蝿がまとわりついているので、顔をしかめて手で自分に近づく蝿を払いながら、だが。 「……刀傷……やはり千里殿……」 傷口を見たら、予想通り刀のような鋭利な刃物が致命傷のようで、修一は内心外れてほしかったが、そのかすかな希望は軽々と打ち砕かれる。 「にしても酷すぎるだろ、これ。ガイシャは軽く百人を超えるぞ」 一通り見渡してみるが、どれも刀傷が存在する。 大半は心臓に一突きで、頚動脈だけが切られていたりだとか、首をちょん切ったりするのも多い。 まれにだが、身体を真っ二つにされていたり。 「どおりで、学校の外にも血が漏れる訳だ……」 事実、今修一たちが立っている場所も、血が固まっている。 「あら?」 「あれ?」 女性陣二人が、唐突に声をあげた。 二人はまだ気持ち悪そうにしていたが、吐き気を堪えてそれを凝視していた。 いや、気持ち悪そうにしていてうつむいていたからこそ、それを発見したのかもしれない。 「ねえ、これって……れいちゃん」 「ええ。獣の足跡……ですわね」 修一と秋彦は、呆然とそれを眺めていた二人の下へと歩み寄り、二人と同じものを見た。 血の海……ではなくカサブタの海の中、ぽつりと存在する体育館の床。 いくらか点在する、血が通らなかったそこに、麗奈の言うような獣の足跡が存在していた。 大きさで言えば、熊くらいのものだろうか。 そこには爪で引っかいたような跡も見受けられる。 「ここで憐なら、人に意見を聞いて、自分の意見が合っているかどうか確かめるとこだがな」 秋彦は苦笑いを浮かべた。 「……まあ各自意見は、後で、ってとこだな」 今ここで意見をまとめると、憐たちとの合流時に間違った解答をまとめて提出しそうになるとふんだ秋彦は、あえてまとめるのをやめることにした。 一同全員がそういう意見ではないが、秋彦の鶴の一声に従うことにしている。 それ以上の収穫は、彼らには見つけられなかった。
彼らは、手当たり次第千里にまつわる資料を探していた。 「千里さん、結構成績良かったのですね」 「おい美奈。そんなこと見てないで、さっさと探せよ」 文句を垂れる憐だったが、彼は千里にまつわる物を探せずにいた。 海里もよく見るとそうで、表情が不機嫌なそれだ。 つまり、美奈がアタリを引き当てている、ということだ。 そんな美奈が今見ている物は、一年生の名簿だ。 年度は、憐から見て一昨年のものだから、この世界では去年度のものとなる。 「担当の先生は伊藤咲子。担当教科は世界史……だって」 その伊藤咲子という人物の机をあさっているのが美奈である。 「……先輩。その伊藤とかいう教師の日記が、巧妙に隠されてました」 「……そりゃ、随分とご都合主義だな」 しかし、憐にとってはありがたい展開ではある。 少々皮肉ったが、それはうれしさの照れ隠しなのである。 美奈が机を調べている間、憐と海里は文字通り肩を並べて、その日記を見た。 そこに書かれていたのは、千里を良く知る彼らから見れば虫唾が走る内容だった。 大まかな内容はこうだ。 教師が生徒をいじめていて、その教師が伊藤咲子、いじめられている生徒が千里だった。 その日記には、とても楽しそうに、千里をいじめぬいていたことが刻々とつづられている。 今日は千里の上履きを燃やした、とか、今日は千里のバッグをトイレに投げ捨てた、とか。 それでいて、千里は悪の化身だから、自分たちがやっていることは正義の鉄槌なのだ、と。 「……なあ美奈。その教師と生徒が一緒に移った写真とかってあるか?」 「んー? あ、あるよ。ちょっときつそうな女の子三人組と一緒のが」 憐と海里が見た日記には、小田、前田、日吉という三人の生徒の名前が書かれている。 「じゃあさ、名簿に小田、前田、日吉っていう女子は?」 「えーと……うん、あるよ」 もう、間違いはなかった。 憐は日記を強く握り、奥歯をかみ締めていた。 今この世界では、自分と千里との接点はない。 だがそれでも、千里は自分たちにとって恩人であり、姉のような存在なのは変わらない。 だからこそ、こんな事実が憐には許せなかった。 「……意外ですね、あの“神殺し”の二つ名を持つ者が」 海里の感想は、憐とは違う。 海里は、元の世界での千里の実力は承知済みだ。 事実、その目で初めて見た千里は、身震いするほどのものだった。(五話半参照) そんな、その気になれば軽く倒せるであろう相手にいじめられるなどと、海里には到底信じられる話ではなかった。 さらに言えば、この世界であった千里は、前に遭遇したときとは比べ物にならない。 それがなおさらその話の信憑性を薄めているようにしか思えない。 「千里さん……あんまり自分のことを話さなかったしな」 「そうですね……」 今更になって、自分たちがあまりにも千里の事に無関心だったかと思い知らされた。 「憐君、来栖さん」 「どうした、美奈?」 「どうかしましたか?」 「クラスの日誌で、一つ気になる所がありまして……」 「ってーと?」 日誌を両手に持ち、日誌を眺めている美奈。 憐と海里はそんな美奈、何事かと駆け寄った。 「これ」 「……何だよ?」 怪訝そうに眺める憐だが、書かれている日誌は普通のものだった。 日にちは三月の始めで、筆者は一条秀人(いちじょう ひでひと)となっている。 感想の欄も、一日のことが当たり障りなく書かれていた。 「これが何かしましたか、美奈先輩?」 「何か、消しゴムで書き直した形跡があるんで、調べてみたんですけど……」 「けど?」 「その上に書かれた文字、この一条秀人っていう人の字じゃあないんですよ」 そう言って、美奈はぺらぺらっと、日誌の数十日前のものを、憐と海里に見せた。 先ほどの字は割と丁寧で、綺麗だと思うのに対し、一条秀人という人物の文字は少々汚く思えるようなものだった。 再び美奈は日誌を三月某日のものに戻して、次は担任の感想の欄を指差した。 「この人の字ですよね?」 「……ああ」 これで、伊藤咲子、小田、前田、日吉の四人が千里をいじめていたことが、ほぼ確証が取れたこととなる。 憐は、この消した内容を、都合が悪い内容だったから消した、と取っている。 だが秀人が書いたとされる内容だが、彼の筆圧はそれほど強くないようで、書かれている内容までは読み取れなかった。 だから、まだ確定ではない。 そのことで、三人が逡巡しているとき、修一たち四人が戻ってきた。 さっそく一同は、情報交換に入った。 「どうだった、そっちは?」 「もう最悪だな。一言で言えば地獄絵図」 軽い口調で話す秋彦だったが、そうやって憐たち三人をその想像から遠ざけることには失敗していた。 秋彦が問題なのではなく、後ろで再びその地獄を想像してしまった麗奈と瑠璃華が軽くえづいたからだ。 「それだけか?」 「他に気になることって言ったら……そうだな、獣の足跡と爪跡、出血をさせることが目的みたいな殺し方、そしてその死体の中でも例外的な四人の死体、かな? その死体だけは、サイコロステーキ顔負けだったり、真っ二つだったり……ま、エグい殺し方だったよ」 「死因は?」 「オレらは医者じゃないから何とも言えないけど、大半は出血性ショック死じゃないか? 刃物で切られた様子だし」 至って冷静に事実を伝える秋彦だったが、彼の顔からも血の気が引いているようで、少し顔が青い。 麗奈や瑠璃華なんかは、元から白い肌なのが、さらに白くなっているから痛々しい。 自称忍者マン、修一はその傾向はなかったのだが、普段は変化しない表情からは怒りが見え隠れしていた。 「そっちは?」 「ああ。こっちは、千里さんがいじめられている事実がわかっただけだよ」 肩をすくめる憐。 憐は状況を簡単に説明した後、すたすたと伊藤咲子の机へと近寄って、一つの写真を修一たちに向けて投げる。 「もしかして、エグい殺し方をされた四人って、こいつらか?」 四人は記憶をたどって見る。 死体は放置されて数日は経っており、その損傷は著しい。 顔の原型を留めていないものはほとんどないものの、酷い殺され方をした四人の損傷は激しかった。 けど、わからないわけではなかった。 「この者は、確か真っ二つにされていたな」 「あ、この方の腕のホクロは一致しますわね」 「あー、この人の殺され方はエグかったな」 「うん、確かにこの人たちだよ」 と、四人全ての確証はとれた。 憐は数瞬の間、小さくうなると、顔を上げた。 それにつられ、一同も憐を凝視する。 「情報をまとめると、千里さんはいじめられていた。いじめられていた相手は教師とその生徒三人。その四人は、酷い状態で殺されていた、か。これから求められる結論は何だと思う、美奈?」 「千里さんがいじめに耐え切れなくなって、殺した」 「だよなぁ……」 千里が殺人を起こす動機としては十分過ぎるし、これは一般的な捉え方だと憐自身も思う。 だがその場に残された証拠のいくつかが、それを否定してしまう。 そのことは、憐にはわかっていたが、あえてそれを口にしたのは秋彦だった。 「じゃあ何で、千里さんはわざわざ他の人を殺そうとしたんだろう? それに、体育館に残っていた獣の足跡は?」 「いや、もう一つあるぞ、秋彦」 「……何がだよ?」 「謎が、さ。あの悪魔……ベルは千里さんに関して、こう言っていた。「去年から『サムライガール』として存在していた」とね」 「ええと、つまり?」 「つまり、だ。千里さんは去年から、妖怪に知られていたにも関わらず、力をあまり行使せずに暮らしていた」 一同は、憐の言葉に黙る。 理由の一つには、今まで起こってきた人外の出来事に混乱していたからかもしれない。 だからどうすればいいのか、と悩むしかない。 しかしここには、行動第一の人間が二人もいた。 「ったく、悩んでてもしょうがねえじゃねえかよ!」 「そうですわ! わたくしたちがこうして腐っていても、何も始まりませんわよ!」 二人の一喝に、一同はハッとするわけでなく、ただ少し不満げに二人を見るだけだ。 しかしそれを治めるのがリーダーであり、その資質は十分にある指揮官が、ここにはいる。 「とりあえず、方針はいくつかある。一つは、調べている際に見つけた、千里さんの住所んとこに行ってみる。二つに、ベルの言う<ランデヴー>とやらを探す。まあこれは、情報がない今、あんまり効率のいいこととは思えないがな。で、三つ目に、千里さんの同級生に会ってみる、っていうのがある。恐らく、一人くらいは生きているだろうしな」 と、憐が提案をするだけで、一同はシンと静まり返った。 憐の声にそのような効果があるわけではない。 ただ、皆が憐を指揮官として信頼出来るからこそ、皆は絶大な信頼を持ってそれを信じるのだ。 そんなおり、瑠璃華が日誌を手に取り、美奈が注目した、一条秀人が書いたと記している、あの伊藤咲子が書き直したページをおもむろに開いた。 「これ……だよね? 千里さんの先生が書き直したっていう不自然なページって」 「あ、はい。そうですよ、ルリーさん」 美奈の言葉を受けて、瑠璃華は書き直したであろう字をじーっと眺めた。 だがすぐさま顔をしかめて、日誌に近づけた顔を離す。 と、次に瑠璃華は一枚のお札を取り出すと、さらさらっと手身近にあった筆ペンで怪しげな字を書く。 一同は怪訝に思うのだが、瑠璃華はまるで意に介せず、その札を手にとった。 「割と使い慣れてる陰陽術なら、言霊だけで使えるんだけどね」 ぺろっと舌を出す瑠璃華。 『物品経歴・急急如律令』 傍目からは何も起きないが、瑠璃華の頭の中から、日誌が持つ思い出が流れ込んできた。
これじゃない……もっと昔……。 「……小田の奴、日増しに黒川さんへのいじめがエスカレートしてる。誰も黒川さんへのいじめに、助け舟を出そうともしないし。黒川さんは、助けを断ってるみたいだけど、俺が助けてやらなきゃ。……下手したら愛の奴にどやされそうだしな。先生に教えとけば、黒川さんへの被害も減るだろ」 そう、これ。 一条秀人っていう人は……短い髪の、スポーツマンタイプの男の人、か。
瑠璃華は、自分が見たビジョンを、かいつまんで説明した。 「主犯は小田という女子、サポートに伊藤という教師、前田、日吉という女子。クラスの大半は見てみぬ振り。秀人の気遣いは断った、か」 無論、普通の人から見れば、瑠璃華の言葉は戯言にしか過ぎないのだろうが、このメンバーは全員、瑠璃華が陰陽術を使えることは知ってる。 だから、瑠璃華の言葉は十分に信頼に足るどころか、確定事項と等価だ。 「……よし、千里さんが住んでいたっていう家に行こう。ここじゃあもう、何も見つからないだろうし」 一同は、ここで見つけた資料を手に、学校を後に……せず、憐の希望で例の足跡を見て、それから学校を後にした。
いや、それだけでなく、千里の家ですらなかった。 その家は荒れ放題荒れていて、中にいた男と、その息子であろう人物は、残忍なやり方で殺された四人と同様に、凄惨な状態であった。 これらの人物に共通することは、皆、千里の恨みを買っていた人物だ。 つまり彼らも、千里の恨みを買っていたのだろう、と憐はふんだ。 「……“神殺し”が暮らした生活色というのがない」 調べてみてわかったことは、海里の言うとおり、千里がすごしてきたような形跡が一切ないのだ。 あるのは、この家庭が幸せそうに暮らしてきた思い出ばかりで、顔が良くて軽そうな男と、その妻であろう色気過多の女性、そしてその二人の息子が一緒に写る写真がたくさんみつかるだけであった。 だがあくまでそれは思い出の話。 家はごみが散乱し、そこらに日本酒の空き瓶が転がっている。 千里が切りつけたときの血だろうか、そこらに血のシミが飛び散っている。 庭を見てみても、荒れ放題だ。 「行こう、皆。ここには、悪意みたいなのがある……」 瑠璃華が口を開き、皆に言った。 千里に関する資料があるかもしれないから来たこの場所だったが、行ってみればそこには何もない。 そして瑠璃華にとってはそれが何かしらの違和感となり、心を圧迫していた。 一同は、そんな瑠璃華を不思議に思いながらも、結局資料も見つからないので、その家を後にした。 とはいえ、この一同を待っていたのは、厳しい現実だった。 次に一同が向かったのは、一条秀人の家だったのだが、予想通りと言うべきか、そこには誰もおらず、鍵も閉まっていた。 憐たちが、この世界で始めて会った男性が、戒厳令がどうとうか言っていたこともあり、極端には驚愕はしない。 だが、彼らは絶望した。 道が途絶えたのだ。 「さ、どうするよ……俺ら」 憐の言葉に、一同は沈黙を続けるしかない。 しばらくの沈黙の後、しらみつぶしに調べるとか、タウ○ページで<ランデヴー>に関する情報を仕入れるとか色々案は出た。 が、効率が悪かったり、無駄な事だと判断した彼らは再び沈黙モードに入らざるを得ない。 「一番簡単なのは、本人に話を聞くことなんだがな……」 だがこれは、メリット以上にデメリットが大きすぎた。 下手をすれば、命と引き換え、という最悪のケースも考えられる。 それだけ憐たちが知る千里とのギャップが、この世界の千里には存在する。 「なあ、憐。オレたちの世界に帰る、っていう選択肢もあると思う」 「秋彦。それは却下だ」 「何でさ!」 「帰り方を知らないのが第一の理由。第二に……」 と、そこまで憐が言い、顎である場所を指す。 「美奈にその気はないみたいだぜ」 憐につられて視線を移した秋彦の先には、少し威圧感のある目で秋彦を見ている美奈の姿があった。 彼女の目には、いつもでは考えられない、強い意思が宿っている。 あくまで提案としての意見を述べただけの秋彦だけでなく、こうなってしまった美奈は、憐でも覆せない。 ここで唐突に、今まで聞きに回っていた修一が口を開いた。 「……我々は、今まで我々の知る千里殿と、この世界の千里殿との違いを探してきた」 修一の突然の言葉に、一同は眉をひそめた。 不可解な修一の言葉。 だがそれでも修一は、周りを気にすることなく続けた。 「あのような特殊な力、人間とは思えない力、そして千里殿の心……。確かに、その違いがこのような事件を生んだのは間違いなかろう。では、逆はどうだ?」 「逆?」 「そうだ、憐殿。我々の知る千里殿と、この世界での千里殿の共通点は?」 修一の言葉は青天の霹靂だった。 確かに、もし憐たちの知る千里と、この世界の千里の共通点がたくさんあれば、それが彼女への説得の要因となるだろう。 一瞬だけ、全員の表情が晴れやかなものとなった。 だがその立案には、重大な欠損が存在した。 「……だけど、私たちって千里さんの何を知ってるんだろう?」 美奈の言葉通り、憐たちは千里のことを、何一つ知らなかった。 もちろん、何一つというのは誇張なのだが、千里に関して知っていることは、
「そう言えば、千里さんって、あまり自分のことを話したがらなかったっけ……」 少し寂しげに、美奈はつぶやく。 一同が知る千里は、いつもユキメの二歩後ろでにこにこと憐たちに微笑み、ユキメとやりとりをしたり、相槌を打ったりするくらいだ。 今更ながら、千里との会話が少ないことを実感してしまう。 特に美奈は、奥歯をすりつぶす程強く噛み締めた。 「……思い出した!」 と、突然海里が叫んだ。 「そうだ! “神殺し”の情報! 私は怪人でいたときに聞いていたんだ!」 海里の表情は、いつもなら少しきつめなのだが、そのときだけはうれしそうだった。 いつもと違う海里の表情に、一同は少し怪しげに思ったりしたが、彼女が思い出した事がそれを打ち消す。 だから海里を期待のまなざしで見つめていた。 「私の知る“神殺し”の情報はこうだ。本名黒川千里。年齢17歳、誕生日二月十二日、血液型はBのRH−。開道高校三年生で、持っている資格は英検準二級と普通自動二輪。……そしてこれからが重要だ」 海里は突然その表情を、さらに険しいものとして、次に来る言葉の重要さをアピールしてみせた。 海里自身も、次の言葉の重みがわかっているため、声だけでも重みがある。 「裏の世界に足を踏み入れ、魔王クラーマの部下ともやりあった“神殺し”だが、彼女が属している組織の名前こそ<ランデヴー>なのだ」 「それって……」 一瞬思考が停止した憐だったが、その思考を再び回復させることはかなわなかった。 彼らの耳に、重量のある何かが着地する音が聞こえる。 全員が振り返ると、そこにいたのは、一言で言えば犬だった。 だがただの犬ではない。 凶悪な顔が三つついた、現実ではまずありえない存在なのだから。 しかもその犬、大きさが人間以上で、恐らくは全長三メートルはするだろう。 「珍しいダスなー。久しぶりの人間ダスよ、大河君」 一瞬恐怖で足がすくみかけた一同だったが、間の抜けた口調でその恐怖が一気に拭い去られた。 落ち着いてみると、その巨大な犬モドキの上に、小柄な少年が乗っているではないか。 髪の長い少年で、その髪は背中を通り越して犬モドキの背中をくすぐる程の長さで、それを三つ編みにして纏めている。 体型は男性とは思えないほどスレンダーというかもやし小僧といった感じ。 だが何より特徴的なのは、やはりそのチョビ髭だろうか。 よく見れば女顔の魅力的なショタ系なのかもしれないが、間抜けな髭がそれを打ち消して、なおおつりまでが来そうなものだった。 特徴的ではあるものの、この犬モドキに比べれば比較的まっとうな部類ではある。 しかし彼の顔を見て、海里だけは持ち前の表情をより一層冷たいものとさせた。 彼女は皆より一歩踏み出し、少年を睨み付けた。 「気をつけてください、先輩方! あの男は、数多くの窃盗の罪に問われている、最上一家の三男坊です!」 とはいえ、海里の注意を向ける発言は不要だった。 少年が跨っているのは、三つの頭を持つ巨大な犬。 すなわち、あの伝説上の生き物、地獄の番犬ケルベロスそのものなのだから。 こんなのがいる時点で、警戒しない人なぞ、この場にはいない。 「ぶー、失礼ダスなー。現行犯で捕まっていないダスし、逮捕状も出てないダスから、俺は犯罪者じゃねえダスよ」 「馬鹿っ! お前、ちょっとは状況を考えてモノを言え」 ちっこいおっさんが、少しかわいげに頬を膨らますのを、相方なのか、ケルベロスがいさめた。 するとちっこいおっさんは続いて口を尖らして不平を露にするが、ケルベロスが言うことも理解しているようで、真面目な表情となった。 「……先輩方は雑誌などを御覧にならないでしょうし、捕捉しておきますが、あの男……最上晶(もがみ あきら)は犯罪者一家の三男坊なのです」 と、海里は一旦憐たちの方向を向いて説明した後、再び警戒をケルベロスと晶に向ける。 「<ランデヴー>が正義が悪かはわかりません。ですが、あの男の存在で歴史はどのように動くのか……そう考えると<ランデヴー>は恐らく……」 「……だろうな」 「おーい、そこのお人たちーダス」 海里が憐と、内緒で話をしていた所、晶が少し離れた位置から憐たちを呼び止めた。 一同は警戒心をむき出しにしているというのに、この晶という人物もいい度胸を持っているものだ。 しかし、海里が何故か晶に激しく警戒心を抱いているようで、話すことすら許さない。 憐たちは、晶の所業についての知識は皆無なのもあって、話の一つも聞きたいところ(少なくとも見た目は人間ということもあり)なのだが。 晶もこれには参ったようで、少し不機嫌な顔をして頭をぽりぽりと掻いた。 「晶ーっ! そこにいる人たちは、誰よー?」 激しい敵意を向けていた海里だったが、それは上空から聞こえる女性の声によって遮られた。 憐たちと相手は互いに静かにしていたこともあり、その声は非常によく聞こえる。 しかしこれといった特徴のない声なので、普通の女性の声としてしか聞こえなかった。 むしろこの点で言えば、晶の方が随分と特徴的で、男性としては高い声。 だから彼の方が、声だけでは特徴的である。 だが見かけは声とは違い、女性の声の主の方が目立っていた。 背中に生える大きな皮翼は、肉感は蝙蝠などのそれと同じなのだが大きさはかなりのもの。 そして人間ではありえない、エメラルドグリーンの髪の色は、人間が染めて出す色よりも自然だ。 他はほとんどが人間と同じだが、強いて言えば露出の多いぼろぼろのブレザーと、露出が多いにも関わらず胸がそれほど大きくないのが特徴か。 そんな彼女はショートカットを風で揺らせ、晶の前に降り立った。 「ただの生存者……って訳ではないと思うんダスが」 「ふーん。……確かにあたしたちを見て、どうとも思わない人間なんて晶くらいだし」 「確かにな。その点は佐藤に同意する」 憐たちはこの<ランデヴー>の関係者らしき者たちについてどうするかを相談し、その<ランデヴー>の関係者らしき者たちも憐たちについてどうするかを相談する、という少し奇妙な場がここを支配した。 とはいえ、それも数瞬後には再び両チームが向き合う。 「……唐突ですが、一つお聞きしたい」 まず口を開いたのは『イクサクニヨロズ』リーダーの憐だった。 「貴方方は妖怪ネットワーク<ランデヴー>の構成員で間違いないだろうか?」 「いかにも、そうだが」 返答したのは、晶を乗せて走っていたケルベロス。 妖怪とはいえ、その姿形は犬。 しかしその容貌で人間の言葉、しかも日本語を流暢に話す光景というのは慣れるものではない。 瑠璃華なんかはそんな光景に目を疑いながらも、好奇心で目を光らせていた。 「では『魔王』を知っているか?」 「はあ? 何で急にそんな奴のことが出てくるのよ!?」 『魔王』という言葉を聞いて、エメラルドグリーンの髪色の少女が噛み付いてくるかのような不機嫌な表情で聞き返してきた。 「やはり魔王クラーマ……か」 苦虫を噛み締めるかのようにして、憐はつぶやいた。 彼らが知る限り、魔王なんて存在はクラーマ以外には存在しない。 そして彼らにとっての敵こそが、魔王クラーマ。 だから<ランデヴー>は敵。 しかしそれは、一瞬きょとんとした表情を見せた少女が放った一言で、とんだ思い違いをしていることに気づかされた。 「何、魔王倉間? 『悠々白書』? だったら妖狐でしょ? それにあたしは鍬薔薇(くわばら)の方が好きだし」 「へー、ちょっと意外。 『悠々白書』で好きなキャラを挙げるとしたら、女性の人は大抵倉間か比叡なのに」 「ちちち。鍬薔薇のキャラこそ、あたしのハートにビートを打ち込んでくれるのよ。それに『HUNTING×HUNTING』はやっぱりレオ?」 「えー? コタローじゃないの?」 「貴女も中々通なところを突いてくるじゃない?」 何故か、少女の返答に瑠璃華が反応し、その後会話が成立する。 妙なところでマニアックな会話なので、一瞬この場が一触即発だったことも忘れ、そのまま手を取り合ってしまいそうな錯覚すら覚える。 しかし疑わしき人物だということを急いで思い出す。 「だー、瑠璃華! 敵かもしれない奴と仲良く会話すんなぁ!」 「佐藤! お前は今の状況わかってるのか!?」 瑠璃華と、佐藤と呼ばれた翼の生えた少女はしぶしぶと引き下がり、会話の主導権を憐とケルベロスに譲る。 「それじゃあ……」 「待て。二度も質問をしておいて、また俺たちに答えさせようと言うのか?」 憐は一瞬言葉につまり、眉をひそめる。 視線を麗奈へと移して意見を仰ぐが、彼女も少し不機嫌そうな表情だが、何も言わない。 沈黙を了承ととったのか、ケルベロスは話を進めた。 「お前たちは、何のためにここにいる? まさか<摩訶>の手の者か?」 「千里さんの愚かな行為を止める為だ。<摩訶>は関係ない」 そんな際にも、憐は色々と思考を巡らせる。 <摩訶>のベルから聞いた話を真実とすると、<ランデヴー>は千里を操る悪の組織となる。 ベルの目的は、千里を何とかする、というものだ。 無論その目的は、千里の殺害から捕縛、無力化など、自分に被害が及ばないようにする、だそうだ。 彼が話す<ランデヴー>の情報に関しても、目の前にいるケルベロスやサキュバスといった面子が揃っているところから、間違えはなさそうだ。 ……サキュバスに色気が少し足りないのだが。 さらに<ランデヴー>に『魔王』がいることが、憐たちにとっては疑わしかった。 ではベルが嘘をついていたとするとどうなのだろうか? ベルたちが千里を影で操り、人や妖怪に危害を加えている? それとも<ランデヴー>が邪魔な存在だから、ひょっこり出の自分たちに相手をさせる? どちらにしろ、色々なパターンが存在する。 だがここで重要なことは、この<ランデヴー>のメンバーは『魔王』は知っていても魔王クラーマは知らない、ということだ。 つまり、憐たちが考えている説の一つ「魔王クラーマが全て悪い」説が限りなく薄いこととなる。 しかしここで、晶が小さくつぶやいた発言で、事態はさらに急変した。 「ふーん……。ここでも“神殺し”を支持する人って、いるんダスなぁ」 「なんだとっ!」 海里は思わず叫んでしまう。 この世界では、千里のことを大半の人間が『サムライガール』と呼ぶのだが、この晶は“神殺し”と呼んだのだ。 確かに海里にとって、“神殺し”の千里という人間は、裏を暗躍する護衛で、“双剣”のユキメと並ぶ、怪人たちの天敵とも言える人間だ。 だから海里はこの名前を、出所こそ知らないが、よく知っていた。 すなわち、彼ならユキメのことを知っているかも知れない、と。 「貴様は……」 「もう話す余地なんてないわよっ! コイツらは『サムライガール』の味方なんでしょ? アイツはヒデを殺そうとした……。だから……敵よ!」 海里が聞こうとした事は、サキュバス少女のつんざくような大声に遮られ、さらに宣戦布告まで行った。 そして彼女は右手をやや前にする半身の構えを取り、既に臨戦態勢を整えていた。 相手がやる気なら、こちらも黙っていられないといわんばかりに、憐たちも戦闘態勢を整える。 ただ一人、その態勢作りに遅れた晶だけは、頭をぽりぽりと掻いて、こう言った。 「……まいったダスなぁ」 しかしそんな彼も、しぶしぶながら両手のナイフを逆手に持ち、戦闘態勢をとる羽目となる。 憐たちには、既に戦う理由なぞ存在しなかった。 ベルが言っていた「千里が<ランデヴー>に操られている」ということがまったくの嘘だから。 その証拠は、サキュバス少女の言い放った、『サムライガール』こと千里への敵意が、である。 だがそれでも憐たちは戦う。 自衛のために。 まさに、ベルが言っていた、千里と戦う理由の一つ。 心の内で、そんな自分たちの境遇を皮肉ると、憐は苦笑して見せた。 だが、事態はまた一つの展開を迎えた。 「ちょっと!! 魔法ってのはあんまし便利じゃないんだから、勝手に一人で飛んでいかないでよ、愛っ!」 憐たちの目の前に、背中を向けて降り立ったのは、やや短めのポニーテールにしている少女。 彼女の着ている服は、まるで魔術師が着るようなローブだ。 色合いは地味を通り越してダサイと言い切れる、黒一色のもの。 傍から見たら変な格好の少女、と言えるだろう。 しかし、憐たちにとってはもしや、と思う後姿だった。 ゆっくりと、憐たちの時計が流れ出す。 少女が振り向く速度が、まるでスローモーションのように見え、もどかしくもなる。 そして振り向ききったその姿を見て、一同は思わず叫んでしまった。 そう、その人物は……。
「「「「「翔子さん!!」」」」」
「翔子殿!!」
「師匠!!」 「……は?」 ただ一人、状況を飲み込んでいない翔子は、ただ目を白黒させて首を傾けた。
どうせ明後日も私を殺そうとする輩が来るだろうし、無理しなくても殺せるからだ。 明日はゆっくりと休む、そう約束したしね。 でもそれは明日の話。 今出来ることは、今しておかないとね。 今、私の目の前には多くの妖怪が転がっている。 皆私が憎いのか、それとも数ヶ月前から現れて始めた、欲望で目をギラギラさせてる妖怪と同類なのかは知らないけど、殺せるんだから殺しといた。 ……ごめんなさい、だけど……。 「……この……アマ……」 私に首根っこを掴まれながらも、黒い長髪の日本人形は悪態をついてくる。 喉があるのかは知らないけど、その声はとっても苦しそう。 私がいくらか傷を負わせた後だから、しょうがないんだけどね。 「ガルムも……Jも……木蓮も……。……だから貴様だけは……許さな……っ!!」 私は、その日本人形がとってもつらそうだから、日本刀を突き刺してとどめを刺した。 一年近く前から、私は妖怪と戦っているからわかるけど、妖怪っていうのは殺しても死体が残らない。 人間でも放置しているけど、妖怪ってその点ではいいよね。 私は一旦ソファーに座り、大きくため息をついた。 体力的な疲れはない。 だけど、気力だけなら相当な疲労があると思う。 私はじっと日本人形を見て、小さくつぶやいた。 「許してくれようだなんて、おこがましいことは考えてません。好きなだけ怨んでください。ただ……」 私が幸せになってはいけないのですか? ……人が希望を持っては、いけないのですか?
「<ランデヴー>は翔子の所属するネットワーク。 |