Mituyaさま作
劇場版五行戦隊イクサクニヨロズ
少女が願う未来
第一話
| 「修羅の道に身を落とした堕天使」 |
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漆黒の闇夜に、悲痛な少女の叫びが響き渡った。 少女はただ泣き叫ぶのだが、その思いは誰にも通じることはない。 少女自身も満身創痍寸前なのだが、彼女の目の前にいる存在は、もう息を引き取ろうとしているからだ。 「………さ……ま……」 ぺたんとアスファルトに座り込み、大粒の涙を流す少女。 どんなに彼女が願おうが、死に瀕しているものを復活させることなど出来やしない。 相手もそれはわかっていた。 だから彼は、最後の力を振り絞り、少女に遺言を残すことを決めていた。 常に彼が、少女に言っていた言葉。 「……生きて……い……」 「嫌、嫌だよ……。また、私は一人ぼっちになるの? いつも私の傍にいてくれるって、言ったじゃない」 少女は彼にささやくが、既に彼は事切れていた。 頭ではそれを理解していたが、少女の感情はそれを許さない。 「お母さんも、お婆ちゃんもいない……。アイツは、味方ですらない……。貴方は私のたった一人の友達だったのに……。また、私は一人ぼっち。もう、一人は嫌ぁ……」 少女が呆然と、彼の死を受け入れることを拒んでいるそんなとき、二人の「敵」が力なく起き上がった。 その「敵」もまた、最後の力を振り絞っての、最後の遺言を、少女に残す。 少女はそれを聞き、目をカッと見開いた。 そしてその場にはただ一人、少女だけが取り残されたのだ。 その日から数日後、日本全土を震撼させる事件が起こるのであった。
見慣れぬ道、見慣れぬ町並み、そして見慣れぬ閑散とした町。 いや、閑散としているという表現は適していないだろう。 何せ、人がまったくいないのだから。 信号機はそこらで点滅しているのに、それを利用する人は皆無。 人どころか、自動車を利用する人もいないとあって、おかしいの一言に尽きる。 「……静かですわね」 わかりきってはいたが、あまりの静けさに麗奈はつぶやいた。 応対する側も、当然の言葉に返す気力すらない。 「地名から言って、関東には間違いないのだが……」 そうつぶやいたのは、唯一関東に行ったことのある海里だった。 だが彼女もこの様子には激しく違和感を感じ、本物のデザートイーグルを油断なく構えて辺りを警戒している。 もっとも、彼女が辺りを警戒する理由はそれだけではない。 「車は所々で真っ二つに切られ、そこらに死体が転がっている、か。都会ってのは、怖いところだな」 憐は、少し軽い口調で皮肉ったが、一同はそんな言葉に笑うほど余力はなかった。 理由は憐の述べた通り、死体は放置されて腐り、そこらで切り刻んだような跡が見つかっているところから、である。 もちろんそんな状況、今の日本じゃありえない。 一同は、思わず「眠っている間に、戦争でも起きたのか?」と混乱してしまう。 もしそうだとしたら、戦争相手の軍が、ここに潜入していてもおかしくないのだが。 とりあえず、憐たちは人を探して、駅近くへと行ってみたが、収穫はない。 駅近くは、商店街やら歓楽街やらが多く点在しているため、人がいてもおかしくないものなのだが、やはり人っ子一人存在しなかった。 やるべきことは、色々と試してみた。 ユキメに電話をかけてみたら、携帯電話が圏外になっていたし、公衆電話も使ったが、ユキメの持つ電話番号は存在しないと言う。 店も色々と存在したが、大概シャッターが閉まっている。 時々シャッターが閉まっていないのも見たが、やはり人は存在しなかった。 もしいたとしても、それはすべて死体だった。 警察への電話も、回線が混雑していて使用不可。 誰とも会う手段がなく、しかもここは知らない土地だったので、否応なしに歩き回るしかなかった。 所々で、腐敗した臭いがたちこめてくる。 死体を長い間放置していれば、それも当然だ。 死体からは蝿が飛び回り、野良犬やカラスなんかはその死体をついばんでくる。 見たくもない光景に、一同は目をそらし続けていたが、慣れたくもないが次第に慣れていく。 そんな自分たちの感情にも、嫌気が差してくる。 彼らが鬱になりはじめた、そんなときだった。 憐たちは、初めて人らしい人に出会った。 街中にいるか、と言われたらそんなことはないのだが。 「市民らしき人物を捕捉。これから保護に移ります」 「長い黒髪の女性……。でも『サムライガール』じゃないようだな」 この二人組は、迷彩服に身を包み、両手に小銃を油断なく構えていた。 見た目こそ若くなく、でも老い過ぎてはいない程度の年齢だが、その鍛え抜かれた身体からは歴戦の兵の匂いをプンプンとさせる。 少なくとも美奈には、彼らの実力がそこそこのものだということが理解できた。 「大丈夫かい? どうやら『サムライガール』とは出会わなかったようだが……」 先ほどの言葉でもそうだったのだが、彼らの言う『サムライガール』という単語がいちいち引っかかる。 憐たちとしては、そういう専門用語みたいなことを言わないでほしい。 今までの疑問と、この不可解な単語のこともあって、憐は堰を切ったかのように口を開いた。 「さっきから何なんですか、その『サムライガール』って?! それに何でこの街には人がいないんですか?! どうして死体が放置されてるんですか?! もう、何がなんだか……」 憐の疑問は、全員の疑問そのもので、一同は深くうなずく。 が、対照的に、二人組はきょとんとした表情をするだけだ。 まるで、知っているのが当然の出来事を知らない人を見ているような、そんな目で。 「……君たちは何も知らないのか?」 「はい……」 二人組の背が低い方が、呆然とつぶやくような声で問い、それに憐が重々しくうなずいた。 自衛隊らしき二人組は、一旦深くため息をついた後、何も知らない子どもに教えるように、優しげな声で話し始める。 「街に人がいないのは当然だ。今この街は戒厳令がしかれており、市民は他の地域へ避難している」 「一人の犯罪者のせいでな」 ふむ、と小さく憐はつぶやいた。 憐の想像通り、その『サムライガール』と呼ばれた人物が全ての原因を作り出しているようだ。 深く考え込んでいる憐を尻目に、二人は話を続けた。 「死体が放置されているのは、我々自衛隊も、『サムライガール』に手を焼いているからだ。多くの同胞の命を奪われているのでな」 「だから上は、これ以上犠牲者を増やさないためにも、戒厳令がしかれているぎりぎりの辺りで、俺たち自衛隊を見張りに立ててるって訳だ」 二人の説明に、秋彦が身を乗り出した。 「つまり自衛隊は、この街にいる市民を見捨てて、これ以上飛び火しないように守りを固めてる、ってことですよね?」 「……そうだ」 正直な話、一同はこの説明に納得いっていない。 多くの人を助けるために、少数の人を見捨てる、なんて真似は彼らにとって許されざる行為だったから。 『イクサクニヨロズ』のモットーは、多数も少数も救うことにある。 そんなお人よしな彼らの目的は、あっさりと決まった。 そういう方針が、彼らの知る恩人のそれと同じだから。 しかも、自分たちには人にはない力を持っているため、解決なぞ造作でもない、そう思っている。 自衛隊の人たちは止めると思うが、彼らの知ったことではない。 「じゃあ最後に、『サムライガール』って、誰のことなんですか?」 「そりゃあ今、ニュースを見ればどこだって見つかるぞ。血塗られた辻斬り女子高生く……」 背の高い方の自衛官が、口を開いたその瞬間、憐たちの目の前が真っ赤に染まった。 赤い水が、かつて自衛官だったモノから噴水のように吹き上がり、全員にその液体が降りかかる。 それが血だと理解した瞬間、背の高い自衛官の頭がドスッと鈍い音を立て、アスファルトの地面に叩きつけられた。 ……生首だった。 まるで映画のように、その人の身体が、僅かに時間をおいてバランスを崩し、力を失った身体はあっさりと倒れる。 正直、憐たちは生きた心地がしなかった。 人間がいとも簡単に死ぬ生き物だということを思い知ったから。 始めて見る、この凄惨な光景に猛烈とも言える吐き気を覚えたから。 そして……彼らの目の前に始めて見知った人がいたから。 全身は血塗られ、だけど髪だけは一糸たりとも乱れることなく華麗になびく美少女。 スレンダーで、少々肉付きが悪いが、それが少女の儚げな表情を一層引き立たせているかのようだ。 しかし彼女の手に握られているのは、血がべっとりとついた日本刀。 信じたくなかった。 だけど目の前にある事実は、とても残酷だ。 「……千里さん」 少女は悲しげに微笑み、地面を強く蹴った。
戦いをするために生まれてきた存在だったからこそ、なせる技だった。 接近戦が強い憐、美奈、修一が前。 どんな状況でも対応できる瑠璃華を中央に挟み、遠距離が得意な麗奈、秋彦、そして海里がしんがりを務める。 陣形が整ったその瞬間、美奈に容赦ない斬撃が襲い掛かった。 「……くぅ!」 とても重い一撃だった。 美奈の腕に、激しい痺れが襲い掛かる。 普通の人間の攻撃だったら何発でも受けられる自信があっただけに、この結果は美奈の心に僅かな動揺を生んだ。 それ以上に、千里が躊躇なく美奈に襲い掛かったことの方が、皆にはショックだった。 美奈は心の動揺を押し込め、愛槍で千里の刀を押し戻した。 全身の力を使い、やっとのことで押し返したにも関わらず、千里は後ろに2、3歩よろめいただけだ。 「な、何で!? 千里さん!? 千里さんでしょ?!」 千里は、先ほどの憂いを帯びた笑みから一転、驚いたような表情を見せる。 美奈はそんな千里を押し込むべく、さらに言葉を続けた。 「私です。本多美奈です!」 「……私は確かに千里ですけど、貴女なんて知らない」 思いは報われず、千里は表情を変えずにただ冷たい言葉を放つのみ。 冷水を突然浴びたかのような、そんな衝撃だけが一同に残る。 だけど今の千里は、そんなことをまるで意に介せず、暴風雨の如く、一同に襲い掛かった。 嵐の如き斬撃、疾風の如き踏み込み、そして人外と言えるレベルで、縦横無尽に襲い掛かる。 前線に出ている憐、美奈、修一の三人が辛うじて持ちこたえているのだが、それも時間の問題だというのは誰の目から見ても明らかだった。 これに驚いていたのは他でもない、憐たち前線の三人だ。 彼らはセンゴクマンのクローンなだけあって、戦闘能力は一般人のそれを遥かに上回る存在である。 さらにその中でも、前線に立つレベルまで引き上げられているだけあって、その能力は恐らく魔王クラーマの怪人の中でもトップクラスであろう。 だが、今の千里はそれを遥かに上回っていた。 刀を一振りするたび、激しい轟音が轟く。 実際にそれは、硬いアスファルトをバターのように切り刻んでいく。 五行の力で増強されている憐たちのパワーを上回っているのだ。 「ありえねぇ……」 憐は、歯を食いしばりながらつぶやいた。 今、彼らが戦っているのは人でありながら人ではない存在。 超人。 言葉にするとしたら、これがしっくりくる。 千里も千里で、歯がゆい思いをしていた。 今まで、彼女が相手をしてきた敵で、これほどもった人はいなかったから。 ここで美奈ならにやりと笑うところだか、千里の表情は堅かった。 呼吸はあまり乱れてもいないが、肺に溜まった二酸化炭素を一旦吐き出し、大きく息を吸い込んで、自らの刀を仕込み杖風の鞘にしまいこんだ。 そしてそのまま柄に手を沿え、腰を深く落とし、憐たちをにらみつける。 憐たちは千里の姿勢の変化に対し、身構えた。 特に武術をかじっている憐、美奈、修一の三人は、千里の意図がわかったから、なおさらだ。 (((抜刀術……))) 抜刀術を相手にし、一番怖いのは初段だ。 鞘から抜き放った一撃は、通常の斬撃の4、5倍の速度にもなると言われるからである。 故に、憐たち前線の三人は、初段に対し身構えているのだ。 だが、千里は憐たちまで届く間合いより、数メートルも前から刀を抜き放った。 「風刃!!」 憐たちは、状況が読み取れなかった。 千里が、剣先から放ったのは真空刃。 予期していなかった攻撃に、憐たちは動けなかった。 風の刃は憐の横をかすめ、前線を通り抜け、後ろで千里の存在に怯える一人の喉を切り裂いた。 そして彼は、相棒と同じ死因で命を落とした。 「っ!!!」 一同は、咄嗟に飛び出していた。 海里が手持ちの銃をひたすら連射し、千里の足止め。 続いて麗奈と秋彦が、その得物を駆使して雨の如く攻撃を仕掛ける。 憐、美奈、修一、瑠璃華はそれに続き、氷の刃、真空刃、火炎、石弾による遠距離攻撃の嵐を仕掛けていた。 ただ怖かったから。 いてはいけない存在のように見えたから。 だから目の前にいる存在は、千里ではない、と思い込んでいた。 本人はそう名乗ったのだが、今の彼らにはそんなことは思い出せない。 「はぁ……はぁ……」 強烈なプレッシャーの中で戦うということは、想像以上に全員の体力を奪っていたのだ。 それほど、今の千里は強く、そして殺気に満ちていた。 砂煙が巻き起こり、粉塵が憐たちの視界を塞ぐ。 奪われた視覚を捨て、一同は聴覚や触覚をフル稼働させ、千里の一挙一動を読み取ろうとした。 だがそんな必要はなかった。 砂煙に覆われていたはずなのに、それが自分の意思を持つかのような動きで、散っていったから。 千里は生きていた。 いや、無傷だった。 千里は血塗られたブレザーを身に纏いながら、再び抜刀の構えをとっている。 「春樹の能力!?」 先ほどにしてもそうだが、千里はまるで空気を操っているかのようだった。 春樹と同じ身体を持つ秋彦だからこそ、それが即刻理解できる。 だが理解したからといって、身体が即座に動くわけではない。 しかし彼らには、これだけは悟った。 殺される、と。 千里から発せられる殺気はさらに増大し、殺気に慣れていない瑠璃華なんかは吐き気まで覚えるほど。 慣れていたとしても、千里の殺気は人間としては異常な量で、なおかつ相手が千里だからという訳でなく戦いたくなかった。 「来るよ!」 ただ一人、この殺気に拮抗している美奈が、皆に檄を飛ばして身構えていた。 しかしそんな美奈でも、千里の能力がわからない限り全ての攻撃に対処するなんて不可能である。 だからこそ、千里の行動全てを見極める必要があった。 その千里は、おもむろに抜刀の構えを解き、ゆっくりとした動作で刀を抜き取った。 だけどそれを正眼に構えるのでなく、逆手の持ち変える。 一同はそんな千里の行動に疑問を持ったが、千里は気にすることなくそれを両手で持つ。 そして次の瞬間、それを思いっきり地面に突き刺して、叫んだ。 「雷縛陣!!」 千里が叫ぶと同時に、稲光が地面をつたって一同の足へと襲い掛かった。 そのとき一同は、足から針山が生えてきたかのような激しい痛みを覚える。 熱く、痺れて、そして耐え切れないほどの痛み。 足から全身へと痛みは流れ、全員は、ほんの一瞬ではあるが動きが止まる。 「!!」 瑠璃華は、その目を大きく開いた。 目の前にいるのは、見慣れた恩人。 その少女がにこりと儚げに、そして寂しげに微笑みかけている。 瑠璃華は猛烈な恐怖を覚えたが、激痛が身体に残っており、動くことができない。 彼女は死を覚悟した。 「うおおおおおっ!!!」 だが、瑠璃華のヒーローが、彼の得物“妖気銃”を撃ったことで、千里を後退させる。 しかし秋彦は、後退させるだけでは気が済まなかったのか、千里が逃げる先を追ってマシンガンの如く撃ち続ける。 けどその連撃は千里にはあたらず、軽やかにかわされるだけでなく、憐たちとの間合いまでもとっていた。 そして、千里は刀を鞘へとしまう。 「……貴方たちとやりあっても効率が悪いですね。時間の無駄です」 そう、冷たく言い放った千里に、秋彦はかちんときた。 いくら親しい間柄であっても、今の発言は秋彦には許されるべきものではない。 「時間の無駄!? よくもぬけぬけとそんな台詞が吐けたもんだな!! 瑠璃華を殺そうとしやがって……」 「……そうですか」 千里は一瞬だけ躊躇したかのように間をおき、寂しげに笑った。 そしてすぐに後ろを向き、思いっきり跳躍する。 一回のジャンプごとに高さ4、5メートルも跳び、その速度は人間の2、3倍もの速さで千里は去っていった。 「待てっ!」 「アキ、追うな」 激情にかられている秋彦をいさめたのは、憐の一言だった。 いや、激情を抑えてはいるが、秋彦はまだ怒りをあらわにしている。 それでも憐は鋭い眼光で、秋彦の行動を抑えていた。 「何でだよ、憐っ!?」 秋彦の言葉に、憐は無言で視線を外した。 彼が見ていたその先は、秋彦の仲間。 美奈は呆然と虚空を見て、麗奈と海里は激しい戦闘で疲労困憊、瑠璃華は千里に殺されそうになった事実をとんび座りで力なく反芻していた。 「お前が千里さんを追う気持ちもわかるが、今お前がいなくなるのは得策じゃない」 秋彦は、首のない死体二つに視線を移した。 彼らは情報を持つ、数少ない人だった。 だが、彼らは目の前で……。 「恐らく、あの人たちが言っていた『サムライガール』ってのが千里さんだろう。最後に言っていた「辻斬り女子高生」という肩書きにも当てはまる」 「それより何だよ、千里さんのあの能力は……それに……」 「ああ……」 聞きたいことはあったが、憐が答えられるはずもないので押しとどめる秋彦。 憐はそんな秋彦の意図を理解し、眉をひそめてうなずいた。 「ま、考えてもわからないものはわからないし、今出来ることをしとけ」 「……」 秋彦は憐の言葉に反応し、無言で瑠璃華の下へと駆け寄った。 そして憐は身体を塀に預け、座り込んだ。 麗奈や海里ほどの疲労はないのだが、やはり実戦というのはやってみると疲労が激しいものだ。 しかも相手が見慣れた相手で、しかも初めてともいえる膨大な殺気の中での戦闘は憐の体力を必要以上に奪い取っていた。 正直眠りにつきたいくらいの疲労だったが、憐は眠気と戦いながら情報を整理することにした。 それが今の自分に出来ることだったから。 「おやおや、まさか『サムライガール』から生き延びる者がいるとは」 一同は、聞きなれぬ声にはっとし、臨戦態勢をとる。 「おっと私は敵ではない。姿を現すから、そのような姿勢はやめていただきたい」 その人物は、憐たちの目の前に降り立った……そう、文字通り。 正確には「人」ではなかった。 背中に生えるのは、蝙蝠をイメージさせる漆黒の皮翼。 人の形こそしているが、肌には血の気を一切感じさせない。 コスプレと、無理に一蹴してしまえば出来なくもないが、質感は本物そのものだし、何よりコスプレで人が飛べる訳がなかった。 その光景に、憐たちは唖然とした。 「あ……悪魔……」 「それは手厳しい。だが、悪魔差別をしないでくれたまえ。悪魔でも生きているのだからな」 悪魔らしき人物は、まるで悪魔がそこにいるのが当たり前、というように淡々と話し続けている。 一般人と比べると、こういう超常的な存在に対する耐性はあるものの、この光景は異様と言えるべきことだ。 「……魔王クラーマ」 憐たちは、この状況で言える唯一つの理由をつぶやいた。 コイツが動いているから、こんな訳のわからない奴がいるんだ。 コイツがいるから、千里さんは破壊神となったのだ。 そう……思いたかった。 だが無理に作り上げた虚偽は、あっさりと彼の一言によって消え去った。 「魔王クラーマ? なんだ、それは? 私は魔法使いくらいしか知らんが……」 魔王クラーマが作り上げた怪人というのは、大概魔王クラーマに忠義を誓っており、絶対に、主の名前を言わないなどという行為はしない。 忠義を誓わなくても、憐たちのように知識だけはあるはずなのに。 「ふむ、ともかく私たちと一緒に来たまえ。それ相応のおもてなしはしてあげよう」 いかに怪しくても、従うしかなかった。 憐たちは、文字通り悪魔の手も借りたいくらいなのだから。 「……ごめん、ちょっとタンマ」 「どうした、瑠璃華?」 「……千里さんのとき、ちょっと……その……。下着の替えって、ある?」
もっとも、繁華街とはいえ今は人がおらず、繁華街特有の賑わいはまるでない。 その店がある場所は少し古いビルで、所々で壁にひびが入っている。 窓の数から考えて、6階だろう。 そう一同は思って、エレベーターに乗り込んだ。 が、悪魔は予想外の行動をして見せた。 彼が押したボタンは7階。 存在するはずのない階だ。 「な……!」 海里は目を大きく開かせる。 だがそんな反応は当たり前なのか、悪魔は少しも気にかけるようなことはしなかった。 憐は、少し考えた。 (6階建てのビルで7階……。普通に考えてみたら屋上といったところか。もしくは俺たちが見過ごしてたか、だ。でも、6階と屋上の間なんて、犬が入る程度だったし……) 憐の予想は、残念ながらはずれていた。 エレベーターの扉が閉まると、そこは人一人どころか、2メートルの身長の人がジャンプして手を伸ばしても届かないくらいの余裕がある部屋だったのだ。 広さも、外見から見るのと違って、かなり広い。 いや、明らかに大きすぎる。 「ここは……」 海里がそうつぶやいた直後、悪魔は仰々しく会釈をした。 「改めていらっしゃいませ。我らのネットワーク<摩訶>へ。私がネットワークの主をさせていただいている、ベルです」 「ネットワーク……?」 「ふむ、貴方方は妖怪の身でありながら、ネットワークの存在を知らないのですか。いえ、確かに貴方たちは人間の姿がベースのようですので、それも頷けましょう」 「……ちょっと待てよ!!」 憐は思わず荒っぽい口調で叫んでしまった。 もともと荒っぽい言葉遣いをしてはいるが、ベルという悪魔が言う言葉の意味がわからない。 もしくは、言葉の意味はわかっても、納得いかない発言が混じっている。 「ネットワーク、って何だよ。俺たちが妖怪? 意味わかんねーよ。人間がベースって、俺たちは人間なんだよ! 勘違いすんな!」 感情の赴くままに叫んだ憐だったが、それでもベルは平静を保っていた。 小さく「ふむ」とつぶやくと、静かにその答えに応じてくれた。 「まず「ネットワーク」というのは、我々妖怪の集いみたいなものです。妖怪は、各地の自然に生息したり、もしくは我々のように人間に紛れ込みながら暮らす者もいます。私たちのネットワークは後者のためのものですね」 「人間に紛れ込みながら暮らす? どういうことだ?」 「そして、当然ながら我々と人間とは姿が違う場合が大半でしょう。ですから我々妖怪は、人に化ける手段を身につけたのです。そして貴方の最後の質問に関しては、貴方方が我々と同じく、人あらざる力を持っていたからです。『サムライガール』を追い払っただけの力があるのですから……」 質問の答えは、一応全て返ってきたので、一旦憐は言葉を止めて考える。 その間、ベルをにらみつけていたのだが、ベルは微動だにすることなくにこにこと憐たちを見ている。 その様子に、海里は顔をしかめている。 「……いかがなさったのです?」 「あ、いえ……」 海里は麗奈の疑問に、曖昧に答えた。 ともあれ、会話はまだ続けられる。 「さっき、ネットワークのことを言ってたときに「我ら」って言ってたよな。てことは、お前みたいな悪魔が他にもいるってことか?」 「仲間がいる、ということならYes。悪魔がいる、ということならNoです。もっとも『サムライガール』の存在で、私たちの仲間も残り僅かとなりましたが」 「悪魔じゃないとすると、他の仲間は?」 「狼男、ジェイソン、目目連、そして髪の伸びる人形です。お会いになりますか?」 一同は、ベルの発言に言葉を失った。 悪魔だけでも容量がいっぱいなのに、狼男にジェイソンに目目連に髪の伸びる人形ときている。 まさに心霊現象のオンパレードだ。 全員、ホラー映画が好きなわけではないので、見るのは遠慮願いたいところだった。 「なるほど。妖怪なだけあって、その手のものは満載、って訳か」 「ええ」 憐の結論に、ベルはにこりと頷いた。 憐たちはいつの間にか、ソファーに座らされていた。 大きめのソファーは5人座ることが出来、左から憐、美奈、麗奈、海里が座っている。 修一は座るのを拒否したようで、一人適当なところに寄りかかって話に耳を傾けている。 秋彦は、下着を買いに行った瑠璃華の付き添いだ。 二人の別行動を憐は止めたのだが、瑠璃華の陰陽術で敵の位置を察知することを条件に、しぶしぶ許可をした。 警戒しておけば、あの二人が死ぬことはないだろうと思ったがためだ。 しばらく経つと、黒い長髪で和服という、いかにも日本美女という雰囲気の女性が緑茶を持ってきた。 彼女の仕草はどれもが雅で、動き一つ一つが様になっている。 (……ん? ここって妖怪のネットワークとか言ってなかったか? でもあの人って人間……) そこで憐は思い出した。 ベルは、妖怪が人に化ける、と確かに言っていたことを。 だから思い切って、憐はたずねることにした。 「……貴女が髪の伸びる人形?」 「ええ」 美女は、にこやかに即答してみせた。 嘘をついているとしても、おかしなくらいに早い返答だ。 一同は納得と驚愕が共に含まれた目で美女を見つめ、それを理解した美女はくすっと笑いながらその場を後にする。 「さて……よろしいですかな?」 皆は、気づかぬうちに目を美女に向けていたようで、それにハッと気づくと再び視線をベルへと戻す。 「こちらもお聞きしたいのですが、貴方たちと『サムライガール』の関係をお聞かせ願えないか?」 「……それは、こちらの質問が先ですわね」 皆がベルに返答しようとした矢先、麗奈が口を開いた。 麗奈が会話を先導しようとしていることに気づいて、憐たちは麗奈の顔を覗く。 彼女の顔は、少し険しく、まるで敵を見ているかのような目をしていた。 憐、美奈、修一の三人は、そんな美奈を怪訝そうに見つめるのだが、よく見ると海里も麗奈と同じような表情を浮かべていた。 「如何した、麗奈殿、来栖殿?」 「……何か、胡散臭い」 「いえ、話しているのは恐らく事実ですわよ、来栖さん。……けど、あの人たちにとってはどうでもいいカード、もしくはジョーカーを切って、わたくしたちの大事なカードを引き出そうとしてるきらいはありますわね」 麗奈と海里の二人は、どうもベルにいい心証を受けなかったようだ。 「何ていいますの……? そう、ユキメさんと会話をしているような、そんなイメージ?」 「私は……麗奈先輩のような確証みたいなものはない……けど……」 「内緒話はもういいですか? では、そちらのお嬢さん。お聞きしたいこととは?」 にこやかに、ベルが内緒話を打ち切ってきた。 麗奈たちも、相手の不信感を煽ってはいけないと思い、海里との相談を打ち切る。 「貴方方の言う『サムライガール』について、ですわ。無論、貴方方の知る限りのことですけど」 この言葉には、憐たちの方が驚かされた。 いや、ベルはこの言葉を予想できたこともあって、まったく驚く気配を見せていない。 憐や美奈が、口をぱくぱくとさせていたが、麗奈は無視し、ベルの返答を待つ。 ベルは、一旦呼吸を吐き、そして吸い込んで語る。 「私たちも、彼女のことを多くは知らなくてね。ワイドショーで語られること程度だよ。それでもいいかね?」 「構いませんわ」 麗奈は平然と答えたが、内心ではクエスチョンマークが飛び交っていた。 (わ、ワイドショーですって!? 千里さん……何をしましたの?) 「……では話そう。『サムライガール』とは、ここの最寄の高校、公立開道高等学校の二年生、黒川千里という女子生徒の異名だ。去年からその存在は確認され、今や彼女はこの付近にいる人間を殺し続ける快楽殺人者……いや、彼女は人間ではないからヒトではないがね」 「ふざけるなっ!!!!」 ベルの言葉に、修一が怒鳴った。 いつも寡黙で冷静な修一らしからぬ行動に、一同は仰天する。 「我らが知る千里さんが、そのような愚かな真似をするはずがなかろう!! さらに、あの方は人間だ!! 貴様らの言う人間以上に……」 麗奈は、修一の行動に深いため息をついた。 眉間にも皺が寄っている。 「幸いにも調度、午後のワイドショーがやる時間帯だ。自分の目で確かめたまえ」 一同の目に映ったのは、信じられないニュースだった。
「彼女は殺人快楽者ですよ。普通人というのは、殺人をタブーだと思い、無差別大量殺人にしても薬などの、自ら手を下さないものを使用するのにも関わらず、日本刀を使っているのですから」 「自衛隊の方々も、数多く殉職していることから、やはり殺傷能力の低い銃では問題が……」 「しかしそれでは……」 「FBIが捜査に……」
絵空事としか思えないニュース番組。 しかし、ニュースキャスターたちの後ろにあった写真のアップは、忘れもしない、黒髪を三つ編みにして黒縁メガネをつけている、内気そうな少女。 いつもはメガネをつけておらず、ライダースーツを着ていたが、間違えるわけがない。 彼らの知る千里そのものだった。
私の制服が濡れているからかもしれないけど、それを差し引いても寒い。 「服、替え時かなぁ……」 私は、自慢じゃないけど、小学校時代は捨ててあった服をリサイクルして使ってたものだ。 そのときについたあだ名は「ゴミ女」だったかな? そんなことはともかく、中学校、高校と、制服というすばらしい服が必要となるのだから、それを無駄にするのはもったいない。 決定、今度自分で洗濯する。 幸い、制服もブラウスもスカートも、洗濯の仕方は知ってるし。 調度いいし、予備の分も洗っておこうっと。 ついでに、適当な家を借りて、お風呂も入らせてもらおう。 どうせ誰もいないし、もしくは家主不在だし、いたとしても……それはそれで好都合。 だからしばらくは、行動できないかぁ。 ごめんね龍くん、もうちょっとかかりそう。 でも貴方なら、笑って許してくれるよね? だから私は、今日一日だけは貴方のために頑張るよ。 明日はゆっくり休もう、ねっ! あはは……これじゃ、いつもと逆だね。 ……はいっ、これで957人目。 これで最後。 私は刀で死体を団子みたいに何人も突き刺して、適当なところに座り込んだ。 私が殺したのは、自衛隊さんたち。 彼らは私の姿を見るや否や、発砲してきた。 私に殺意を抱いているなら、殺しちゃってもいいよね? だって、サイテーの人間どもだよ、コイツら。 おかげで、私の制服はコイツらの血でびっしょびしょなんだけどね。 「うふふふ……」 私はどんな顔で笑ってたんだろう。 鏡なんて持ってないし、わかんないや。 「龍くん……」 私は刀の方を向き、こう言った。 「おいしい?」
「この世界は、妖怪で満ち溢れていた。 |