Mituyaさま作
『いつわりのものたち』 外伝
堕天使たちの協奏曲(コンツェルト)
April
| 「出会いという名の前奏曲(プレリュード)」 |
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ただ他人の色をそのまま出し、他人が思うような行動をすればいい。 生きている人形。それが当時の私。 喜びも、怒りも、哀しみも、楽しさ、持つ必要性なんてまるで感じなかった。 そんな私の、人生観が180度変わった、そんな一年。 私が私として存在した、初めての一年。 ある意味、これが私の初めての誕生日。
まだ入学式が始まって間もないというのに、自分がここにいるべきでない存在だということが痛いほど理解できる。 少女、進藤明日香(しんどう あすか)は本当に何処にでもいる少女だった。 髪はショートヘアーで、スタイルは中の中。 ついでに言えば頭の良さも、少なくとも中学時代は中の中だった。 割とあけっぴろげな性格で、小、中学時代ともに友達も多かった。 面倒くさいことはやりたがらないし、やりたいことは苦労だとわかっていてもやる。 誰の目から見ても、彼女は普通の人間だった。 だが今、彼女の周りにいるのは、そんなごく普通の彼女が異質のモノであるかのように統一されていた。 現在の日本が民主主義であるが故、例え明日香が全世界から見て一般であったとしても、この閉鎖された場所では異質となる。 そんな妄想が、明日香の脳に焼き付いて離れない。 聖ルシファー女子高等学校。 ここが今、明日香が通うこととなった女子高だ。 明日香の周りで話されている内容は、まるで高嶺の花々が、美しく音色を奏でているかの如く遠い世界で話をしているかのようだ。 父親が『〜社の〜』だとか、『〜カンパニーの〜』だとか、明日香が聞いたことのあるような社名の重役であったりと、なおさら明日香から遠い存在のように思えてならない。 ただ、クラスで孤立するのが必然のように思う。 いや、自分と違う世界なのだから、それしかないのかもしれない。 今日何度目になるかわからない、ため息。 半ば、明日香が諦めかけていた、そんなときだった。 ふとした拍子に顔を上げた明日香の目に留まったのは、後姿。 明日香の前の席に座っている人は、カラスの濡れ羽色の髪を、馬の尻尾の如く後ろに余らせているにも関わらず、その量は背中にまで届くほどだ。 その少女はただ、座っているだけ。 それだけなのに、凛々しくて、雄雄しくて、明日香と同性であるにも関わらず見蕩れてしまう、中性的な魅力を持った女の子だった。 彼女も、この空間の中にいても異質な存在であるが、だからこそ明日香はそんな少女に一方的な同調を覚えてしまう。 そんな少女に声をかけようとしたが、 「皆さん。席についてください」 あと一歩、といったところで先生の声によって阻まれるのであった。 伸ばしかけた手をそのままに、もう声をかけることもできない状態で、思わず歯噛みをしてしまう。 仕方なく手を下ろし、中腰のままの身体も椅子に預けて、心の中で舌打ちをしながら先生のいる黒板の方に視線を移した。 その僅か後に、礼儀正しいいい子ちゃんのように、優雅に腰を下ろすクラスメートたち。 自分はそんな人たちにどう写ったのだろうか、と明日香は疑心暗鬼にかられた。 「わたくしが、この一年月組を担当させていただきます、此花理亜(このはな りあ)です。一年間、よろしくお願いいたします」 教師も教師で、ここの生徒たちに負けず劣らず、優雅に振舞う様を見てみると、この人もお嬢様だったのだろうと容易に想像がつく。 本当に、何故こんな場所に来てしまったのだろうか、と後悔だけが先に立つ。 自分の学力との相談で、その結果として受験に成功し、その中で最も学力がいいここを選んだのが間違いだったのだろうか。 そう思った明日香は、まだ被った猫が剥がれ落ちないように、内心だけで愚痴をこぼしていた。 もっとも表情までには及んでおらず、少し眉間に皺がよっていたの程度なのだが。 「各自自己紹介をお願いしますわ」 といっても、これが形だけの儀式みたいなものだということは、明日香にもよくわかる。 元々この学校は、中等部、つまり聖ルシファー女子中学校が存在しており、そこからエスカレーター式だから、自己紹介なぞほとんど意味がないことは、頭の良さが一般的である明日香にでも簡単に理解できることだ。 まあ明日香のように受験組もいるわけだが、受験した人数にしたって大した数じゃないことも、受験のためにここの資料を集めたおかげでわかっている。 「私の父は○×重工社長をしております」 そんな自己紹介の内容に、明日香は暗い感情で、その自己紹介を行った生徒をののしった。 もちろん心の中で、だが。 だがこの自己紹介、どうすればいいのだろうか? 自分の父親はごく普通のサラリーマンで、ヒラではなく係長というポストにいることはいるが、それはここの生徒にとっては同じことだろう。 母親に関しては専業主婦のため、言っても言わなくても同じこと。 嘘をつくのも一つの手かもしれないが、上流社会にいるお嬢様たちにはそんな嘘が通じるはずもない。 そんな風に悩んでいたのだが、気がつけば、自分の前にいる少女が立ち上がっている。 「あの子……」 お嬢様とは違う、凛とした様子で涼しげな瞳が印象的な、ポニーテールの女の子……。 「出席番号14番、西条玲(さいじょう れい)。趣味はなし。別に私は、貴女たちみたいにいいとこ出のお嬢様じゃないから。それだけ」 それだけ言うと、玲と名乗った少女はとすっと席に腰を落とす。 自分だけが異質の存在と名乗りつつ、かつクールでドライな様子でばっさりと切り捨てる様子を見て、他の生徒たちは唖然としてしまう。 いや、HRの最中だと言うのに、小さなグループで内緒話をしている様子から見ると、評価が良くないのが見て取れる。 だけど、そんな玲の行動は明日香にとっては大きな勇気となっていた。 「出席番号15番、進藤明日香(しんどう あすか)です。趣味はプリクラ集め。私も西条さんと同じく、いいとこ出のお嬢様じゃありません。そして……」 こうして明日香と玲のラベリングとして、よそ者、という評価がつけられた。 だが明日香もドロップアウト宣言をして、むしろ猫を被る必要性がなくなったこともあり、気は楽だった。 自分の自己紹介が終わり明日香も席につくと、明日香はいてもたってもいられず、玲の背中をつついた。 玲は、涼しげな視線をそのままに、顔だけを明日香の方に向ける。 「西条さん、西条さん。席が近いよしみってことで、よろしく」 「よろしく」 出来る限り、茶目っ気のある表情と仕草で、明日香は好印象を狙った。 だが玲はそんな様子をまったく気にする様子もなく、依然としてクールな様子を保ち、首を傾けるだけの会釈をして再び視線を前へと移す。 別に、そんな様子は明日香をむっとさせるのには至らない。 彼女の中学時代の友人にも、玲のような真面目で融通の利かない子はいたからである。 そんな最中にも、自己紹介はあっという間に進んでいく。 受験組はさほど多いわけでもないが、明日香や玲のような、お嬢様じゃあない人物は二人以外にはいなかった。 「西条さん、ここってどう思う? 私はここって、何か自分たちが異質な感じがしない?」 「別に……。他人になんて興味ないから」 「それにしても西条さんって、綺麗というよりはカッコイイよね。スポーツとかやってる?」 「運動はしてる」 「やっぱり! ポニーテールだし、いかにもスポーツ少女って感じだもんね」 「……」 「でもそれだったらもうちょっと髪切らないと邪魔じゃない? ……って失恋してるわけじゃないんだから、もったいないよね」 基本的に、明日香が一人で喋って、玲が相槌を打つような形となった。 玲は無口な少女、という様子で、あまり多くを語ろうとはしない。 とはいえ聞かれたことは、応えることもあり、感情表現が下手なのかもしれない。 明日香は、こうと決めたことはずんずんと進む性質でもあるし、玲が嫌がっている様子も見せないことから、より親密になろうとさらに話を進めようとする。 だがそんなとき、急に暗くなる、明日香に机。 まるで影に遮られたかのような……。 「進藤さん。授業中の私語は、いかがなものなのでしょう?」 明日香は、笑顔でそう聞いてくる教師に、愛想笑いを浮かべた。 いや、冷や汗が体中からどっぱどぱ出てくることもあり、余裕はまるでない。 愛想笑いを浮かべたのは、咄嗟の出来事だったのである。 「あ、あはは……」 「では、今、私が話していたことを説明してはいただけません?」 それは、僅かに耳に残っているのだが、どんな話だったかまでは思い出せない。 何か重要な話だったような気もする。 一応、黒板にヒントがないかと視線を前に向けたが、未だに一度もつかわれてないような、綺麗な黒板であった。 戸惑いを隠せない明日香に、救いの手を差し伸べたのは、明日香の前に座る人物、玲だった。 「委員会の役員選出。今は学級委員を二名選出するため、そのプレゼンテーションを行っている最中」 「ええ、そうですね、西条さん。ですけど、これは進藤さんに聞いていることなのですよ。仲がいいことはよろしいのですが」 「此花教諭。そのような、生徒個人を攻撃する理由は無用。ただ一言、注意を向けさせるようにすればよろしいこと。聞いていない生徒へその内容を聞くなどという愚行は時間の無駄です」 ざわ、と月組が大きくざわめいた。 いいとこ出のお嬢様は本来、父親にも母親にも逆らわないいい子ちゃんである。 が、そのお嬢様が集うこのような場で教師に抵抗するという図柄は彼女らの常識ではありえない。 玲がそういう出身でないことは自己紹介でもわかっているが、いざそういう抵抗を目の当たりにすると、理亜も思わず後ずさりをしてしまう。 明日香も明日香で、クールで物怖じしない玲の存在の大きさを、肌身をもって感じてしまう。 だが同時に、普段使わない「教諭」という言葉も引っかかる。 「え、ええそうですね。ですが……」 「そのような行動は、何度注意しても聞かない生徒がいるときに限り。そうでなければ、ただのパワーハラスメントにあたる行為だと、私は思ってますが」 「……そ、そうですか。では、選出方法は立候補と推薦であることはご存知ですよね? ですからわたくしは西条さんを委員長に推薦しますが。他の皆さんもよろしいでしょうか?」 本来、教師の推薦などありえない。 推薦といっても、教師はあくまで監査の役目となるはずだ。 しかし理亜は自らが推薦し、そして教師に抵抗をしない生徒たちを操って、一番面倒だと思われる委員長に就任させようとする。 先ほどのような玲の勢いであれば、即座に難癖をつけて取り消すはず、とそう明日香は思っていた。 「西条さんはよろしいでしょうか」 「別に構わない」 先ほどとはうってかわり、まったく抵抗の素振りを見せる様子もなかった。 一瞬ずっこけてしまう明日香。 「さ、西条さん!? ど、どうして?」 「どうせ全員が委員会に入らなければ、このHRは終わらない。私は、別にどの委員会でも文句も問題もないから」 明日香は、委員会に必ず入らなければならないという内容を聞いていなかったので「あ、そうなの」と一言で納得する。 とはいえ、面倒ではないのかなどということも考えはするが、玲が文句を言わない限りは関係ないことだ。 当人がいいと言っている以上は、深く言及するつもりは毛頭なかった。 「あともう一人、進藤さんを推薦しようと思いますが」 「異議あり! 本人の意思を無視して、そのような大役、承諾することは出来ません!」 明日香は、理亜の意見を即座に拒絶し、何故か反射的に理亜の方を指差した。 とはいえ腕をまっすぐ伸ばすわけでなく、少しばかり曲がっている。 「で、ですが、今現在この場で立候補がいませんし……それに皆さんも……ねぇ?」 ここで、何故玲が理亜のことを「先生」と呼ばないのか理解できた。 確かに先に生きると書いて先生なのは文字通りだが、だからといって尊敬できる存在ではない。 ただ先に生きているだけで、勉学以外で学ぶ点があまりにも少なそうだから。 明日香も、その言葉の意味を知り、この教師を尊敬することを止めた。 「それでは、進藤さんが学級委員にふさわしいと思う方は挙手をお願いします」 ただ、教師の言いなりになるお嬢様たちは、ただ言われる通りにするだけ。 過半数となるのは、想像に難くなかった。 だがそれ以上に明日香が気になったことは、そんな奴隷みたいなクラスメートではなく、確固たる自分の意見を持つ玲が挙手をしたことだ。 「な、なんで西条さんまで……」 「他の人よりマシ」 嫌われることも何のその、玲はこそっと話すような真似はせず、彼女の澄んだ声はクラス中に届いていた。
「……」 明日香と玲の二人は、さっそくグループから除外されたこともあり、二人っきりとなった。 それだけでなく、学級委員としての仕事を早々に押し付けられたこともあり、明日香が見てもわからない資料の山が玲の横にある。 明日香も自分が出来る限りでその処理を手伝い、玲をサポートしていった。 玲は玲で、明日香のサポートを当然のように思っている節があり、書類の山を資料片手に一つ一つ片付けていった。 「ねえ、西条さん。どうしてそんなに、皆を皮肉るの?」 「事実だから言ったまで」 「へー。じゃあ私が西条さんのことを悪口言ったら?」 「興味ないわ」 「じゃあさ、じゃあさ、西条さんって中学時代に友達とかって?」 「いない」 「ふーん……。それって、中学時代がつまんなくなかった?」 「別に」 玲は、明日香の言葉に応じはするが、眉一つ動かさずに淡々と作業を進めていく。 そんな淡白な反応に、明日香は少々不満ながらも、持ち前の明るさで口を止めはしない。 「私さ、勉強はそこそこだったけど、まさか受かった学校で一番良かったのがこんなお嬢様学校だったなんて、って思った訳よ。しかもここの生徒って、絵に書いたようなお嬢様ばっかじゃん」 「そうね」 「でしょ? でさ、前にいた友達もみーんなどっかいっちゃって。皆はもっと楽なんだろうなー」 「この学校に来たこと、後悔してるの?」 「うーんどうだろ。明日になったらわかるかな?」 「明日になったら、ね」 「うん」 明日香も玲も、押し付けられた仕事は終わった。 それらを適当にまとめ、後は理亜に提出すればこんな場所に残る必要もない。 だけど明日香はまだ動くつもりはなかった。 目の前にいる、クールな美少女が動く気配を見せなかったから。 「ねえ、進藤さん」 「何、西条さん?」 「どうして私に関わろうとするの?」 「どうして私から遠ざかろうとするのか教えてくれたら教えてあげる」 「……」 「何か、西条さんって他人から嫌われようとしてるように見えるから。何となくだけどね」 「……その通りかもしれない。私に関わっても後悔するだけだし、互いに理がないから」 「西条さんって、結構打算的?」 「わからない」 「んー、じゃあアレだ。人見知りする人は、嫌われることを恐れて他人に近づこうとしない。そういう奴じゃない? 西条さんって」 「わからない」 「……もしかして、西条さんって今まで友達とかいない?」 「いない」 「じゃあ友達みたいに付き合ってる家族は?」 「……昔、従妹と一緒にいて楽しかった記憶はあるわ」 「なーんだ。西条さんも、そんな時期があったんじゃない。だったらいいよね?」 「……何が?」 「私と西条さんはもうダチよ。あ、西条さんなんて堅いか。えーと名前は……確か玲だったっけ?」 「そう」 「じゃあれーちゃん。これからもよろしくね、れーちゃん♪」 一瞬だけ、玲は拍子抜けした様子を見せた。 だが明日香の、邪気のない笑みを見ていたらそんなあっけに取られた表情から、先ほどの鉄面皮に戻る。 しかしその口元は、僅かにつり上がり、玲は微笑を浮かべた。 「よろしく、進藤さん」 実は、ここ数年ぴくりとも笑みを見せない玲の、久しぶりの笑顔だった。
とはいえやはりと言うべきか、賤民という烙印を押されていることもあって、明日香と玲に対する見下した視線だけはなくなることはなかった。 そして同時に、そんな視線を向けながらも直接は二人に言わず、学園ドラマのいじめっ子のような嫌がらせもしないという、どこか傍観者の様子であり、また自分は関係のないという、いかにも自分がかわいいという態度が現れていた。 明日香はそんなクラスメートの態度に、愚痴混じりに玲に話したりもする。 だが当の玲は何処吹く風か、眉一つ動かさずに明日香の愚痴を聞きつつ、まったく関心を寄せている気配はなかった。 友達がいないと言っていたのは、この様子からも嘘ではなさそうだ、と明日香は思う。 「にしても、訳わかんないよねれーちゃん」 「何が?」 「賛美歌よ、さ・ん・び・か。私らは無宗教派なんだから、主だろーがキリストだろーが関係ないじゃん。ねぇ?」 「ミッション系の学校選んでおいて、その台詞?」 「れーちゃんは、そういうのってどう思ってるわけ?」 「神なんていない。奇跡は神が起こした出来事、なんてのはただのまやかし」 「だよね。れーちゃんならそう言うと思ってた」 「確かに、賛美歌なんて時間の無駄ね」 「でしょ。しかもわざわざシスターの格好しなくちゃならないなんて……まあかわいいけど、無理矢理キリストに誓いを立てさせられるってのは如何なものかと思わない?」 明日香と玲の関係は、たった数日で定着してきた。 大抵は、明日香がリーダーシップを握り、主に会話の主導権を握るのに対し、玲はそんな明日香の相槌を打ったりと、サポートに回る傾向にある。 まるでデコボコの関係ではあるが、そんなソリの合わなさそうな二人が仲良くする光景は、他の人から見たらとても奇異に見える。 「進藤さん。ご飯飛んでる」 「は、え? ご、ごめんれーちゃん」 明日香はお喋りに興奮しすぎてか、今着ている漆黒の服に白い粒を飛ばしていた。 玲は注意を促しながらも、相変わらず表情を変えていない。 それでも二人は時間をかけて弁当を食べ終え、食休みに熱々の緑茶をずずーっとすする。 欧米では飲み物を、音をたててすする行為はマナー違反であるのだが、ここにいるお嬢様方はこの行為をどう見るのだろうか、とふと明日香は思う。 痛いほどの、軽蔑を帯びた視線はいい加減に慣れてきたが、それとこれを区別するのはまた別だ。 とはいえこれこそが和の心だと思う明日香にとってはどうでもいいことでもある。 玲も、音を立ててすすっていることだし。 赤信号、皆で渡れば怖くない。 「今時、宗教を押し付ける学校ってのもねー」 「……」 「でも、初めてじゃない? 一学年が揃っての授業って」 「授業、とは言いがたいけど」 「授業内容がキリスト教関連だもんね。しかも、わざわざシスターの格好までさせるし」 「さっきはかわいい、って言ってたじゃない」 「それはそれ。これはこれ」 「あっそう」 適当な所で会話を切り上げ、二人は席を立ち、学園内にある教会へと向かう。 伊達にこの、聖ルシファー女子高等学校はミッション系ではない。 この教会も荘厳で味のある……と言えば聞こえはいいが、非常に年代を感じさせる建物だ。 しかし、別に汚くもなければ古臭いとも感じず、中世の味というものを思い出させる、そんな建物だった。 中に入った二人が思ったことは、非常に姦しいことだった。 大きい教会ではあるが、さすがに一学年を全て入れると膨大な人数となり、生徒が教会を埋め尽くす。 もしも誰もいなかったら、その雰囲気に圧倒されるだろう木漏れ日、マリア像、パイプオルガン、ステンドグラスも、まったく気にならないほどうるさい。 明日香はそんな雰囲気にげんなりし、玲は表情こそ変えないがため息をついていた。 二人は適当な長椅子に座って、本を膝に置いて談笑をする。 とはいえ相変わらず、明日香が話しかけ、玲が相槌を打つ関係だが。 と、そこで気づいたのだが、気がつけば二人は孤立していた。 教会中の椅子が大半埋まっているのにも関わらず、二人が座る長椅子には誰一人座ろうとしない。 明日香はそんな様子に、少し寂しそうな表情を浮かべつつ、無理矢理玲に対して笑顔を向けた。 「ま、しょうがないよね」 「進藤さん。あんまり気にしすぎる必要なないわ」 「……へー。クールなれーちゃんでも、心配してくれるんだ」 「意外?」 「意外」 「そう……」 「ああ嘘嘘。れーちゃんは優しいですよー」 「棒読みで信じられる台詞だとでも?」 「そんなの、ちっちきちーやがなー」 「……意味わかんない」 明日香が両手でサムズアップし、それを強調するかのように玲に見せ付ける。 だが玲は相変わらずのポーカーフェイスで、あっさりとそれを受け流した。 そのとき、明日香の隣でくすくすと笑う声が聞こえてきた。 何事か、というよりは侮蔑を含んだ笑みだと思った明日香は少しむっとした表情でそちらを見た。 だがその少女たちに、そのような侮蔑の表情は含まれていなかったので、不機嫌さはすぐに影を潜めた。 「貴女たちが噂の?」 「噂?」 同じ顔の少女たち、双子なのだろうと容易に想像がつく二人のうちの、髪が短い方の言葉に、明日香は反芻して返した。 「いきなりセンコーに喧嘩売ったとか、実は不良グループだとかで有名よ、貴女たち」 「なんじゃそりゃー!!」 「そのせいで、二人は有名人。生徒会が最要注意人物として目をつけてる二人組だとか何だとか」 明日香は唖然として、その少女の言葉を聞いていた。 半ば、右耳から左耳といった状況ではあったが、正気を取り戻すや否や、顔が青ざめてくる。 玲は、そんな明日香の表情の変化にも興味を示さず、鉄面皮で少女の言葉を聞いていた。 そんな玲は、未だに現実逃避した様子の明日香を尻目に、よく似た二人に尋ねた。 「貴女たちは?」 「あたしは飛鷹瑠奈(とびたか るな)。こっちが妹の芽衣(めい)よ」 ショートカットの方である瑠奈は、身体をずらしてツインテールの少女、芽衣の方を見やすくする。 その芽衣は、そのまま首を軽く傾けて会釈をした。 「私たちは……知っているんでしょう?」 「ええ。進藤さんと西条さんでしょ?」 玲は、この時点で二人の大まかな性格を把握した。 姉、瑠奈が先ほどから喋っているので、彼女は社交的なタイプなのだろう。 逆に妹、芽衣はというと会話には参加せずに、少し不安そうな表情を浮かべているのを見る限り、他人との付き合いはなれていなさそうだ。 それは玲とて同じなのだが、単に人付き合いを拒んでいる玲に対し、芽衣は怖くて出来ないといった様子だ。 ふと視線を移すと、明日香の目に生気が宿ってきた最中だった。 「んー……。じゃあ瑠奈っちと芽衣っちね。よろしく、瑠奈っち、芽衣っち」 「いきなりお友達宣言ね、それ。まあ元々その気だったし、よろしく明日香」 「芽衣っち……」 あっさり友達となった瑠奈に対し、芽衣は自分の呼ばれ方に不満そうである。 確かに語呂が悪いな、とは玲も思う。 「あーっ。れーちゃん、今絶対、私の事を名前つけるセンスがない、って思ったでしょ?」 「まあね」 「あっさり認めるなー! いくら何でも双子なんだから、瑠奈っちと芽衣っちを区別する訳にもいかんでしょーが」 ぷんすかと表情豊かに怒る明日香としても、友達に階級をつけたくないらしく、双子の姉妹を同じように呼ぶことにしたようである。 確かに語呂こそ悪いが、明日香のその考えには一理あるように思えるため、玲は否定をする様子を見せない。 その代わりと言ってはなんだが、玲と瑠奈は視線を芽衣へと移してその答えを表した。 芽衣も、二人の視線を浴びてきょとんとした様子である。 「別にいいよね、芽衣っち」 「芽衣はどうしたいの? あんた、いつもそうやって意見を押し込めるんだし、言いたいことはいいなさいよ」 明日香と瑠奈は同時に芽衣に詰め寄り、芽衣は身体をのけ反らせて、両手で明日香と瑠奈との間合いを取ろうとする。 それでも退かない二人なので、その行為は無駄になるのは自明の理だが。 「あ、あの、その……わ、わたし……」 吃音気味で、おどおどとしたその態度からも、芽衣の性格が手に取るようにわかってしまう。 だが芽衣はそういう点では、思慮深いというか計算高いというか、自分の主張をすることによるデメリットをまず感じ取ってしまうために、妥協を選択するのが常であった。 「……芽衣っちでいいです」 双子の姉、瑠奈はそんな芽衣を軽く睨みながらも、軽くため息をつくのであった。 もちろんそんな芽衣の性格を知らない明日香は、嬉々として玲にむけてふんぞり返り、どーだと言わんばかりに胸を張った。 どうでもいい話だが、その胸の大きさも、この学校での平均値であった。 「皆さん、静粛に!」 ふと皆が椅子から正面を向くと、既にこの授業の教師がその気品を身に纏い、ここにいる生徒たちを一喝した。 明日香たちもその言葉を聞いて、すぐさまお喋りをやめる。 シンと静まり返った教会は、明日香が最初に見たとおりの、荘厳な雰囲気に包まれていた。 「私が、この授業を担当させていただきます、七ッ夜紫苑(ななつや しおん)と申します。イギリスにある埋葬機関の……」 そこからこの教師、紫苑の自己紹介をするのだが、専門的な用語が多く、多くの生徒が首をかしげる内容だった。 はっきりいって、聞き流してもいいだろうと思う一同。 吸血鬼が日本に逃げ込んだだの、それが姉弟だの、嘘八百が並べられているようにしか思えない内容だからである。 いくら箱入り娘ばっかりのこの学校だからといっても、誰もが疑わざるを得ない言葉の数々を、紫苑は並べていた。 「冗談が好きな先生ってわけね……」 瑠奈の言葉が全てを物語っており、残り三人もその言葉に内心深く頷いた。 その後も、紫苑の言う姉弟と紫苑の追跡劇がどうとか、その結果として日本に追い込んだとかいう説明が続く。 一部の生徒はそんなフィクションじみた発言に目を光らせる生徒もいたのだが、大半の生徒は妙に長い物語にうんざりし始めていた。 「……と、あいつらのことは今は置いておきましょう」 さっさと置いとけよ、と心の中で痛烈なツッコミをしたのは明日香だったり。 「では、主を称える賛美歌を歌ってみましょう。まずは聖書の……」 何はともあれ、ミッション系らしく、主を称える歌を歌うこととなった。 授業内容は、古臭いイメージはあったが、それでもそんな経験のない明日香たちにはとても新鮮であった。
歌による肉体的な疲労も存在するが、何よりもあの荘厳な雰囲気の中にいたことによる気疲れの方が大きい。 特にそういう雰囲気を苦手とする明日香と瑠奈の二人はその傾向が如実だ。 二人はこってもいない肩を動かして、肩の血流をよくしようとする。 もちろんそんなだらしないことをする生徒は、この二人以外には存在しない。 「あー疲れた。さっさと制服にでも着替えよっと」 「そうねー。それにしてもここの制服ってかわいいよね、明日香」 「あ、それは私も思った。ここのボレロって、結構かわいいって有名よ」 「かくいうあたしは、ここの制服を着たいがために入学したんだな、これが」 「芽衣っちを引きずって?」 「まーね。こんなクソ真面目な性格でも、あたしらって成績に大差ないし」 「芽衣っち、要領が悪いんだね……」 一瞬、呆れたような、同上のまなざしのような、そんな視線で芽衣を見る明日香。 本人もそれを気にしているらしく、不機嫌なまなざしを姉に向けた。 玲は、そんな三人に我関せずの態度を一貫している。 「にしてもさ」 「どしたの、瑠奈っち?」 「明日香、聖書忘れてない?」 「そーいうことは早く言ってよー!!」 瑠奈に言われて明日香は慌てて手元を見てみるのだが、行くときにはあった聖書が手元になかった。 もちろん元からあったものが忽然と消えるはずもなく、一般常識から考えても忘れていったと思うのが常である。 だが実は……。 「賛美歌が終わった後、邪魔だとか言って椅子の下に置きっ放しだったわね」 「だーかーらー。れーちゃん、気づいてるんだったら言ってよー!!」 「記憶にあるのと意識にあるのとでは別問題。気づいたのは瑠奈さんが言ってから」 「さっさと取りにいきなよ、明日香。あたしらは先に行ってるから、しっかり追いつくのよ」 「えー、ついていってくれないの?」 「休み時間は惜しいから……」 自分中心の見方を持つ瑠奈に対し、明日香はぷぅと頬を膨らませたが威圧する効果はまったくない。 それどころか瑠奈と芽衣の二人はそんな様子からぷっと吹き出させる始末だった。 もっとも明日香も相手の立場に立っていたら、二人と同じことを考えるだろう。 そう思うと、深くは追求する気はおきなかった。 明日香も休み時間は惜しいので、踵を返すと走って教会へと戻る。 制服だったら吹く風と走ることによってスカートの中身を気にするところだったが、幸い修道服、つまりは踝(くるぶし)まで届くようなワンピース。 上品さなぞ欠片も見せない走りでも、多少の事なら目立たない。 教会まで戻ると、そこは先ほどとは違い、それなりの荘厳さをかもしだしている。 人がいないことによって、こんなにも雰囲気が変わるものなのかと、明日香は思う。 シン、と静まりかえる教会は、ピリピリとした様子なのに、不思議と明日香の心を落ち着かせる。 さっき来たときとは違うこの場所は、明日香のお気に入りポイントとして、ブックマークをつけることとなった。 とはいえ今はそのときでなく、ただ忘れていった聖書を取りに行く。 「……」 入り口に気配を感じた明日香は、聖書を抱えるとそちらを向いた。 そこに立っていた人物は、聖女というには普通の人、かといってその容貌は普通というには頭一つ抜けていて、かつ美人というには至らない。 日本人特有の黒い髪で、その髪は外に跳ねている癖がある。 そんな痩身の、三十代から四十代くらいのおばさんだった。 そのおばさんは明日香の顔を見ると、一瞬だけじーっとその顔を眺めたが、次の瞬間にはにこやかな笑みを浮かべて会釈をしてくれた。 明日香もそれを返すかのように、お嬢様風を意識した、上品な会釈をした。 もっとも、こんな場所にいる部外者なのだから、相手もお嬢様でバレバレなんだろうな、と思いながら。 ともかくこれ以上猫かぶりがばれないようにと早足でそのおばさんの横をすり抜けようとした。 そんなときだった。 「あ……玲のお友達よね?」 突然、玲の名前が出てきたことに動転し、そのまま通り過ぎようとした身体を振り向かせておばさんの顔を見る。 そのおばさんは、以前変わらずににこりと微笑みかけている。 玲の名前を聞いて明日香は、このおばさんは少し玲に似ている、そう思った。 もしかしたら玲の母親なのかもしれない。 「あ、あの、初めまして!! わたくし、西条さんの友人であらせられます進藤明日香と申しますぅっ! さ、西条さんのお母上でありんすか!?」 動転が言葉に出ており、誰が聞いてもおかしな言葉遣いで明日香は自己紹介をした。 言って気がついたのか、明日香は言い切った後に顔を真っ赤にして俯いてみせる。 そんな様子に、おばさんはくすくすと笑い、明日香の真っ赤な顔をさらに赤く染め上げる。 「私は……城戸加奈(きど かな)です。初めまして」 「へっ……?」 一瞬、明日香はぽかーんと目を丸くしたが、再びその顔が真っ赤に染まる。 苗字が違う、つまり玲の母親ではない、とそう繋がったのである。 勘違いというのはえてして恥ずかしいものだ。 「玲と、これからもお友達でいてあげてね」 突然の、加奈の発言に固まった明日香。 意識が戻った瞬間、その意味を聞きたかったのだが、そのときに加奈の存在はそこにはなかった。 まるでそれが夢幻であったかのように。
「れーちゃん、城戸加奈っておばさん、知ってる?」 「……さあ?」 「ホントに?」 「ええ」 「ホントのホント?」 「そうよ。加奈なんて名前なんてありふれてるし、私が知っている限りではその年齢で、加奈という名前の人は数人に及ぶわ。その中で城戸なんて苗字の人はいない」 「……幽霊だったのかなぁ? そのおばさんが私とれーちゃんが仲良くしろーって」 「悪いけど、私のことを心配してくれる人なんていないから」 「むー、失礼な。私はれーちゃんのことをいつでも心配してるよー」 「はいはい」 「あ、信じてないな」
時はまだ四月。 異質な少女たちの物語はまだ始まったばかりである。 つづく
人並みにファッションに興味もあるし、アイドルやポップスにも興味があるという、本当に何処にでもいる少女をイメージ(作者の主観によるため、普通じゃないかもしれないが)しています。 ただし、玲とのからませる必要があったため、あけっぴろげで誰とでも仲良くなれるという性質を持っていたりします。 もうちょっと深いところをつけば、ノリが良すぎて悪ノリすることもしばしば。 そんな性格だとしても、やっぱりどこにでもいる少女であり、特徴のない少女なのです。 ショートヘアでスタイルも人並み、身長は160弱で体重はヒ・ミ・ツ♪ 家族構成は、両親に弟という核家族。祖父母は田舎に。 好きなものは読書(ほとんど漫画)、嫌いなものは油っこくて肉厚で黒光りしている虫さん そんな、どこにでもいる少女が玲や蘭といった異質な少女と関わることにより、運命の濁流に飲み込まれるのです。
瑠奈「しょうがないんじゃない? 一応作者曰く、もう一人の主人公なんだし」 明日香「あ、なんだ。作者しか言ってないんじゃ主人公じゃな……って、作者が言えば十分だーっ!!」 瑠奈「ほっほっほ」 明日香「瑠奈っちや芽衣っちだって、れーちゃんの友達グループの一員なんだし、主役張ればいいじゃん!!」 瑠奈「もう無理〜。だって、主役ってアタマかトリって相場が決まってるじゃん」 明日香「……てことは、次回はれーちゃんじゃないってわけ?」 瑠奈「今度は私〜。というわけで次回、第二章「飛鷹瑠奈」をよろしく!」
「女子高での生活が始まった。 |