陰陽五行戦記おまけ劇場第三弾

SSSSS(スペシャルサイドストーリーショートショート)

★『輪と綾瀬の愛の日々』その5


最近ちょっと輪くんが変だ。

上杉綾瀬は悩んでいた。

2歳年上で隣家に住む幼なじみでもある直江輪の様子がおかしいのだ。

いや、おかしいと言いつつも、彼の性格からすればむしろ普通と言ってもいい。

輪といえばとにかく、ストイックで一本気。一旦熱中するととことん極めないと気がすまない性格である。

そんな輪が最近、あるものに夢中である。

夢中になれる趣味が多いのはいいことなのだろうが、しかし、度を越えてしまうと色々と問題なのは古今の常識。


ある日の晩御飯後、綾瀬は宿題を教えてもらおうと久々に輪の部屋を訪れた。

ノックをしてからドアを開けると、なにやら輪が真剣な表情で将棋盤をにらみつけている姿が目に入る。


「あ、輪くん将棋してたんだ」

(やっぱり輪くんは考え事をしているときの横顔が一番素敵だな♪)


そんなことを考えつつ、綾瀬は部屋の中に足を踏み入れた。

恋する乙女の盲目というべきか、しばし輪に見とれる綾瀬。

しかしである。

改めて輪の部屋を見渡した綾瀬は絶句した。

シンプルで機能的で、しかし蔵書だけは多かった輪の部屋がいささか様変わりしていた。

「ね、ねぇ輪くん、この部屋なんか色々物が増えてるよね…」

綾瀬が控えめにジャブを放つと、輪は嬉々として応じた。

「そうだな。何でもかんでも買ってしまうのは俺としてもちょっと微妙に問題かと思うのだが、ついつい…」

そうなのだ。問題なのである。それも大問題と言ってもいい。

「これなに?」

恐る恐るといった感じで綾瀬が棚を指差す。

そこにはでかでかと「愛」と筆で書かれた扇子が飾ってあった。「愛」の一字の隣には、それより小さい文字で「女流初段 倉敷冬香」の文字。

「ああ、いいだろう。これは女流名人への挑戦を記念して作られた新作の扇子なんだが、倉敷女流の揮毫は『愛』の一字なんだ。そこに一目ぼれしてつい連盟のネット通販で買ってしまった。まぁ、肝心の五番勝負では惜しくも負けてしまったが、最近さらに実力をつけてきたから近々タイトルを取るのは間違いないだろうな」

…なんか意味不明な単語が色々出てきたので、綾瀬は返答に窮した。

「えと、そのポスターは?」

質問の矛先を変えてみる。

いつの間にか輪くんの部屋の壁をでかでかと占拠していたのは、セーラー服姿のまだあどけなさの残る女の子が将棋盤の前に座っているポスターだった。しかも、ポスターのサイズがまた結構デカイ。

それがまた綾瀬の目にイタイ。

「ああ、これは倉敷女流の初段への昇段記念のポスター。数量限定だからちょっと入手に苦労した。向こうに貼っているポスターは雑誌の付録。着ている浴衣は白糸呉服店の特注らしい。第一回白糸杯の優勝賞品だな」

聞かれもしないのにもうひとつのポスターの解説も始めた輪くん。ってか二枚もあったのか。

「そ、そうなんだ…」

絶句する綾瀬。頭がくらくらする。

「それで、輪くんが今手に持っているのって」

「ん? 月刊将棋ワールドの最新号だ。今回は巻頭カラーで倉敷冬香総力特集だったんで、つい買ってしまった。女流名人戦での棋譜が載ってたので並べてみようかと」

そう言いながら嬉しそうにページをめくって見せる輪くん。

ああ、もうどうしたものか…。

他にも綾瀬が目をやれば、やはり『愛』の揮毫入りのカラータオルやら、湯のみやら、額入りの直筆色紙やらが部屋のいたるところに。

あ、本棚に『倉敷冬香写真集』があったのは見なかった事にしよう…。

あと、DVDのラックに『倉敷冬香の自戦解説DVD集』が並んでいたのも、気付かないフリをしよう…。

さらにはDSソフト『倉敷冬香の将棋バイブル』も知らなかったことにしよう。

「そ、そうなんだ…」

なんか同じリアクションしか返せない綾瀬である。

ともかく、この短期間で輪くんの生活がその「クラシキトウカさん」一色に染められてしまったことを目の当たりにし、綾瀬はある種の恐怖と危機感をいやおうなく感じてしまうわけである。

と同時に、やはり本人の口から、聞いておかなければなるまい。

「あの、輪くん? クラシキトウカさんってそんなに凄い人なの?」

ん? なにをそんな当たり前のことを。ってな表情で輪くんは語りだした。

「ああ、そりゃそうだよ。まだ中学生だが100年に一度の天才と言ってもいい。最年少で女流プロになって、いきなりオープントーナメントで優勝。さらにはこの前は最年少でのタイトル挑戦だ。彼女が自ら開発した『ごきげんよう中飛車』が得意戦法だが、先手番でこれを採用したときの勝率も驚くべき高さだ。解説の聞き手としても非凡なセンスを感じるし、何より語彙が豊富で頭の回転も速い。ファンサービスも申し分なしで、まさに女流棋士の理想像だな。先日は男性棋士相手に初勝利を飾ったし、このまま行けば女流の垣根を越えて、将棋界そのものを牽引する存在になるだろうな。この子が出てきてからまた将棋ブームも起きているようだし、将棋ファンにとってはある種理想的存在だ。ファンの数も爆発的に増加中で、もしもタイトルを独占するようなことになれば、国民的なアイドルになってもおかしくないだろう。まぁ、実際かわいいし…」

ぷち。

最後の一言が問題だった。

途中の長い説明はどうでもよくて、綾瀬は聞き流していたのだが最後に一言だけがひっかかった。

そこだけちょっと小声で、しかも頬を染めつつ、視線を外して言ったのが気に入らない。

何かが綾瀬の琴線に触れた。

思わずこんなことが綾瀬の口を突いて出た。…出てしまった。

「輪くん、わたしにも将棋を教えて!」

「…それはまた、どういう風の吹き回しだ?」

この期に及んでその反応はどうだ、輪くん。

朴念仁のすっとこどっこいにもほどがある。

綾瀬は顔を真っ赤にしながら、こう理由を述べた。

「なんていうか…、気が向いたの」

「なるほど…」

そんな理由で納得するなよ輪くん。

しかし、理由はどうあれ自分が熱中している趣味に興味を持ってもらうことは嬉しいことらしく、輪くんは嬉々として綾瀬を将棋盤の前に座らせた。

「さて、それでは何からやろうか。俺も今は『ごきげんよう中飛車』の定跡を勉強中で、居飛車穴熊への対応策を検討していたのだが、その辺から説明すればいいか?」

それに対し、綾瀬は小さな声で、




「輪くん、あの…。まずは駒の動かし方から…」



ご注意! このお話は当然ながらフィクションです。ええ、フィクションですからね。実在の人物や団体などとは何の関係もございません。くれぐれもお間違いのないように。

ネタが分かった方は記念にぽちっと押してくれると嬉しいです。

戻る