五行戦隊センゴクマン!
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「センゴクマン爆走(前編)」 夜だった。 月明かりに照らされた山の中。 頂上付近に申し訳程度の駐車場、そこだけは街灯が辺りを照らしており、ぞくぞくと車が集まってきたことが見て取れた。 インテグラ、シビック、ロードスター、シルビア、スカイライン、アルトワークス、レビン、セリカ、ヴィッツ、MR2、アルテッツァ、スープラ。 どこから沸いて来たのか目を疑うほどの数と種類。 予備知識のないものが見たらスポーツカーの展示会でも始まるのか、と思うかもしれない。 ここは、函館市にほど近い『紺谷ヶ峠』 現在は函館新道が開通したため、わざわざこの旧道を走る人はほとんどいない。 精々函館の裏夜景を展望できるロケーションなので、何も知らない恋人同士が時々ドライブに訪れることもある程度。 しかし、この峠は週末の夜ともなると全く別の顔を見せる。 そう、ここは函館近辺の“走り屋”が集う道南屈指の走りのスポット、道内一の難コースなのである。 ディープなフォレストで、トライアルなマウンテン、それが『紺谷ヶ峠』だ。 そんな走り屋達の集う夜の峠道に、ある恐ろしい出来事が待っていようとは、この時誰一人として気付くものはいなかった。
それがスケジュール通りに決められていた時間なのだろう。 駐車場にいたマシンが、隊列を作って次々に道路に出てきた。 先頭を切って道路に出てきたのは、通称“ハチロク”と呼ばれる十年以上前の白黒のマシンである。 そのマシンが道路の半ばで停車した。 マシンの横、一人の青年が道路の中央に佇んでいる。 どうやら“ハチロク”はその青年のところで車を止めたようだ。 運転席の窓からまだ若い、18歳ほどの少年が顔を出した。 「それじゃ、沼谷さん、行ってきます」 「ああ、気を付けてな。無理して事故るなよ」 「はい」 少年は笑顔でうなずき、アクセルを踏み込んだ。 甲高いエキゾーストノートを響かせてハチロクが真っ暗な夜の峠を駆け下りていく。 と、沼谷と呼ばれた青年の横に、また一台の車が止まった。 「ばんわっす」 運転席から顔を出したのは茶髪の青年。 乗っているのはワンエイティと呼ばれるマシン。 沼谷は手に持ったストップウォッチをじっと見ていたが、20秒ほど待って青年に声をかけた。 「よし、行っていいぞ」 「ども」 再びエンジン音が夜の峠に響く。
沼谷は先ほどから、まるで交通整理のお巡りさんのような役を黙々と務めている。 なにしろ『紺谷ヶスピードプラネッツ』はまだまだ初心者が多い。 途中でチーム内での事故が起きないように、一定の間隔を開けて走らせるようにしているのである。 その損な役割を進んで引き受けているのが、リーダーの沼谷だった。 ドライビングテクニックはいまいちだが、こういう点が仲間の信望を集め、沼谷をしてリーダーたらしめているのであった。 と、チームの三分の二を送りだした頃、沼谷は峠の反対側から山を登ってくる車のヘッドライトに気付いた。 「おい、ちょっと待ってくれ、一台車が上ってきた。あれをやり過ごしてから再開しよう」 沼谷がそう言うと、道路で待っていたマシンがまた駐車場に引っ込んでいった。 走り屋にとって一般の車に迷惑をかけないことは最も大切なルールである。 公道を使っている以上、それが当たり前のこと。 が、登ってきた白いマシンは駐車場の前で速度をゆるめ、そのまま沼谷の前で止まった。 (なんだ? 見慣れないマシンだな…。マツダのRX−7に似ているが…、オリジナルのエアロパーツでも付けているのかな) 沼谷が眺めていると運転席の窓が開いた。 しかし、乗っている人間の顔は見えなかった。 緑色のレーシングヘルメットをかぶっていたのである。 しかも、同じく緑のレーシングスーツ姿。 はっきり言って峠でなくサーキットを走るような格好である。 沼谷が呆気にとられていると、その男はふてぶてしい口調で沼谷に声をかけた。 「おい、この峠で一番速いやつは誰だ? 勝負を申し込みたい」 (なるほど、“お客さん”か) 腕に自信のある走り屋にとって、他の走り屋のいる峠でのバトルはいわばお約束みたいなものである。 いわゆる道場破り。どうやらこいつもそう言う手合いらしい。 沼谷は納得して精一杯友好的に答えた。 「この峠で一番速い奴は土曜日にならないと会えないよ」 「…なんだ、そうか。それならば、今日来ている中で一番速い奴とバトルをしたい」 「それだったら一番速いのは俺だ。俺でよければ相手になるが…」
(ステッカーを手に入れてどうするのだろう) と、沼谷は思ったが、その答えもすぐに浮かぶ。 その程度なら大したことはないか、と。 「俺が勝った場合は?」 「その時は素直に負けを認めてこの峠には二度と来ない。それでどうだ?」 「わかった、それじゃちょっと待ってくれ、コースをクリアにするよう指示してくる」 こく、と頷いて男は窓を閉めた。 (顔も見せないのか、随分と失礼な奴だな) 沼谷はそう思ったが、ともかく携帯電話を取り出すとチームのみんなに指示を出し始めた。 下まで降りた連中がまた登ってこないようにし、コースをがらがらの貸し切り状態にする。 そうして初めて安全にバトルが出来るのである。 準備が整うと沼谷は自分の愛車、ニッサン『S15シルビア』に乗り込んだ。 そして謎の男の謎のマシンの隣につける。 (おっと、名前を聞くのを忘れていたな、ま、いいか…) 名前も知らない相手、名前も知らないマシン…。 しかし、そんな状況でも走り屋たるものバトルには応じるのだ。 『スピードプラネッツ』のメンバーがカウントダウンを開始する。 沼谷はアクセルを踏み込み、最も速いスタートを切れるように回転数を合わせる。 「…2、…1,…GO!!」 激しくホイールスピンをしながら沼谷のS15は猛然と加速する。 「よしっ!」 沼谷会心のスタート。 が、バックミラーを見ると相手のマシンはぴくりとも動いていない。 「ん? エンストか? なんだ、口だけかよ」 だが、勝負である以上全力で相手をするのが礼儀、沼谷は一切アクセルをゆるめずに真っ暗な夜の峠を駆け下りていった。 その、謎の男のマシンは沼谷のマシンの姿が見えなくなると、唐突にスタートした。 そしてチームの人間が見守る中、これまで見たこともないような猛烈な加速であっという間にコーナーの先へと消えていった。 「なんなんだ、あの加速は…」 「一体何馬力出てるんだよ」 「沼谷さん大丈夫なのか?」 そんな会話が交わされる。 だが、謎のマシンを一番近くで見ていた男が、首を傾げながらこう言った。 「あのさ、俺の見間違いじゃなければあのマシンの後ろ、『RX−7』って書いてなかった。7のあとに8って」 「7のあとに8?」 「てことはRX−7…8?」
「なんだぁ?」 沼谷が見たものは謎の男のマシンのヘッドライトの明かりだった。 あっという間に追いついてきたらしく、光はどんどん近付いてくる。 「嘘だろ…、まだコーナー三つしか抜けてないんだぞ…。エンストしてたんじゃないのか?」 唖然と呟くが、見る見るうちにその差は縮まっていく。 この先はゆるい右コーナーのあとにきつい左のヘアピン。 沼谷はぎりぎりまでブレーキを我慢したが、敵はその沼谷の横を猛スピードで追い抜いていく。 「バカ、その先はヘアピンだ、ぶつかるぞ!」 相手に聞こえるはずもないが、沼谷はそう叫ばずに入られなかった。 だが、そのマシンは直前の右コーナーへの侵入をそのままドリフトのきっかけ作りに使い、見事なフェイントモーションからのゼロカウンタードリフトで次のヘアピンを駆け抜けていった。 「マジかよ…」 慌てて追いかけるが、ヘアピンを抜けるとすでに相手のマシンのテールランプすら見えなかった。 「なんて速さだ…」 沼谷健二、あっさり完敗であった。
降りてきた沼谷を待っていたその男は無言で右手を差し出した。 ステッカーをよこせ、のポーズである。 「これをどうするんだ?」 それを渡しながら沼谷が聞く。 「こうするのさ」 男は愉快そうにそのステッカーを自らのマシンの横に張り付けた。 そのステッカーを貼った場所のすぐ上に、突如光り輝く文字が浮かび上がった。 『以下のチームは、魔王クラーマ様の忠実な下僕』
が、今日に限ってはそうはならなかった。 晴明長官からの呼び出しがあったためである。 帰りのHRが終わると直江輪、本多美亜子、真田淳二、武田広奈、伊達春樹の五人はそろって教室を出て、足早に玄関から駐輪場に直行。 「じゃあ行くか…」 輪が心中ため息をついて黒い自転車にまたがった。 否、はっきり言ってそれはおばさんが乗るような電動自転車だった。 それと全く同じデザインの自転車に他の4人もまたがっている。 美亜子は白、淳二は赤、広奈は黄色、春樹は青。 五人そろうと非常に目立つ。 それもかっこよくて目立つのではなく、見ている人間の失笑を買うような嫌な注目の浴びかたをするのだ。 「それにしても、この自転車なんとかならんのか…」 すでに高速でのツーリング中、輪がぼそっとこぼす。 「え? なにが?」 横にいた淳二が聞いてくる。 「もう少しましなモノはなかったのか? それに名前…『センゴクちゃりんこ愛馬君』ってのはどう考えても嫌なんだが」 「それは違うぞ輪!」 珍しく強い調子で淳二が反論する。 「おまえさんのは『センゴクちゃりんこ愛馬君二号』だ」 自ら一号に乗っているので淳二はこの点を妙に気にする。 一号に乗っていることはリーダーの証明、とかたくなに信じて疑わない。 「はぁ、もういい…」 輪は頭痛を感じた。 もともとはいざというときに移動手段がない、という輪の提言で作られたのがこの『センゴクちゃりんこ愛馬君』である。 なにしろ輪達は高校生で自動車の免許を持てない。 しかし、だからといって5人でバイクの免許を取りに行くのも大変である。 そこで、長官が電動自転車を改造し、乗っている人間の気合いをエネルギーに変換する“念動自転車”を作って彼らに配布したのである。 最高速度は実に時速60q。 センゴクマンに変身すれば時速120qを越えるスーパーモンスターマシンなのである。 しかし、もともとが主婦用の電動自転車なので、デザインはいまいち。 しかもカラーリングは見事に五色。 輪などは未だにそれが不満である。 五人そろったところを通行人に笑われると消えてしまいたくなる。 淳二は一号を貰ったので多いに気に入り、フェラーリのステッカーをべたべた貼ってこの『センゴクちゃりんこ愛馬君一号』可愛がっている。 美亜子は最初は一番文句を言ったものの、時速60q以上でのツーリングの気持ちよさに満足してしまったいるので、今やデザインに文句は言わなくなった。 淳二にならってHONDAのステッカーを貼っている。 本多美亜子の力で動いているので『POWERED by HONDA』はある意味正解。 広奈は悠然と受け取り、春樹は未だにあまりの恥ずかしさにまともに顔を上げて走れない始末。 ともかく、そうして五人は函館市内を猛スピードで突っ走り、函館山をくりぬいて作られた、センゴクマンの秘密基地に到着した。
サポートロボ、と言っても外見は普通の女の子と変わらない。 「お疲れさまです〜。ええと、今日お呼びしたのは、実は晴明長官が占いをなさった結果、近々車が入り用になる、と出たそうです。そこで、皆さんにどんな車がいいか聞くように、とのことでした〜」 そう言って五人に手に持っていた自動車カタログを手渡す。 『今買える、国内外の全400台』の文字が踊っている。 「えっ、マジで? オレらに車買ってくれるの??」 淳二が狂喜乱舞。 「え、でも免許が…」 と、春樹が常識的に述べるが、んなもんは超法規的に大丈夫なんだよ、との淳二の一言で沈黙する。 「…まぁ、あれよりはだいぶましだな」 輪がそう言いながらページをめくる。 「ど・れ・に・し・よ・う・か・な・♪」 美亜子もゴキゲン。 「車でしたら家に何台かありますのに…」 広奈はこっそり呟く。 「ところで、この車ってオレ達一人一人に買ってくれるの? それとも全員で一台?」 淳二がそう聞くが、マカナは分からないです、との答え。 「一台だけ希望を言えばいいの? それとも第3希望まで書くとか?」 今度は美亜子が聞くがやっぱり、よくわからないです〜、の返事。 要するにマカナは晴明から適当に車を選ばせろ、としか指示を受けていないのだった。 「じゃあ、折角だし、各自第三希望まで書いて見せ合おうぜ」 「いいわよ」 「構いませんわ」 「…別にいいが」 「わかりました」 …そう言うことになった。
ちなみにもう「おまえがリーダーと決まったわけじゃないだろう」という輪からのツッコミはない。 すでに諦めモード、というか別に淳二がリーダーでもいいか、と思い始めていた。 それは美亜子も同じことで、黙っている。 で、誰からも反論が出なかったので淳二は第三希望まで書いたメモを披露した。
「おい」 真っ先に輪がツッコミを入れる。 「あんたねぇ、もうちょっと常識的に考えなさいよ」 さすがの美亜子も呆れている。 「いくら何でも買えないと思うけど…」 その常識的な意見は春樹。 「うにゅ〜、折角だからほんとに欲しいのを正直に書いただけなのに」 「それにしたって限度があるだろう。…書き直し」 冷静に輪からの訂正命令が出た。
「ふ〜ん、輪ってホンダのファンなんだ。知らなかった」 そうこぼしたのは美亜子。 「エンジンに対するこだわりがいいからな」 輪がそう切り返す。 「NSXだってほとんど買うのは無理じゃないか〜」 淳二が非難の声を上げた。 先ほど自分の書いた希望をあっさり却下されて根に持っていたらしい。 「別に、参考意見として書いただけだ」 が、輪はあっさりと受け流した。 「じゃあ、美亜子はどうなんだ?」 そして美亜子に振る。 「あたし? あたしだったらこんな感じで」
「ふ〜ん、美亜子ちゃんはマツダ派か〜」 「ていうか、やっぱセブンでしょ。スポーツカーはかっこよくないと」 「なるほどね〜。美亜子ちゃんはスポーツカー指向で、しかもデザイン重視か」 淳二があっさりと美亜子の趣味を解説。 「じゃあ、広奈は?」 美亜子が切り返すと広奈は優雅にメモを差し出した。 「わたくしが乗りたいと思うものを選んでみました」
「なにゆえ、ウィンダム? これっていわゆる高級セダンだよね」 素朴な疑問を呈したのは淳二だった。 考えてみれば広奈の家にはこれよりもずっと高級なセダンがあるはず。 が、広奈はあっさりと答えた。 「名前がよいので…」 その瞬間全員が思った。 (金持ちの考えることはよく分からん) 「じゃあ、ニュービートルは?」 美亜子の疑問には一言「可愛いから」 「……可愛いニュービートルに乗って登場するセンゴクマンってのは嫌なものがあるな」 冷静に輪が呟く。 広奈以外の全員が頷いた。 となれば最後のひとつも聞いてみたくなるのが人情。 「エリーゼは?」 「ベートーベンが好きですから、なんとなくです」 (『エリーゼのために』かい) その瞬間全員が心の中でツッコミを入れていた。 そして思う。 (やっぱり金持ちの考えることはよく分からん) ひとしきり脱力したあと、最後に残った春樹に全員の視線が集中する。 「僕のはあまり面白くないと思うよ」 恐る恐ると言った感じで春樹がメモを差し出した。
「随分と環境にやさしい車を選んだな」 思わず腕を組んで輪がそう呟いた。 プリウスと、インサイトは超低燃費のハイブリット車である。 「やっぱり、地球を守る戦士は、地球にやさしい車に乗るべきだと思うんだ」 非常に常識的な意見。 最後のフィットも世界トップレベルの好燃費、排出ガスのクリーン度を誇るベストセラーカーだ。 「とっても春樹さんらしいですわ」 広奈お嬢様はにっこり。 にしても、自分で言ったように春樹の選択は、実に堅実、常識的で面白みがない。 「じゃあ、オレの改訂案でも見てくれや」 そんな空気を察したか、淳二がいつの間に書いたのか、また別のメモを見せた。
「どうよ、ハイパワーターボに4WD、この条件にあらずんば車にあらず、なかんずくこの三台は、なかなかどうして、なかなかどうしたものだし、いわんやGT−Rをおいておや、敢えて選ばずんばあらずでもって、ありをりはべりいまそかり…」 「淳二、その日本語はちゃんと分かって使っているのか?」 輪の冷静な一言に淳二は胸を張る。 「もちろん適当だ」 (だめじゃん) またまた全員が心の中でツッコミを入れた。 「にしても、何この最後のまだ売ってないって」 美亜子が疑問の声を上げた。 「いや、だってカタログに載ってなかったし。多分そのうち出るんじゃないかと、希望的観測ってやつ?」 「んなもん書くなよ」 呆れたような輪の声。 結局、こんな感じで各自の希望の車が出そろった。 それをまとめてマカナに渡す。 「はい〜、どうもお疲れさまでした〜。お気をつけてお帰り下さいませ〜」 どうやら今日の用事はこれだけらしい。 何となく拍子抜けしたような気分で五人は帰路についた。
マカナが晴明の元にメモを持っていくと晴明は振り返りもせずに答えた。 「では、その中で一番高いものはどれだ?」
金曜日にここで活動しているのは『紺谷ヶブルームーンズ』というチームである。 このチームのリーダーである楢橋姉妹は、走り屋としてはちょっとした有名人だった。 ミツビシのスーパーカー、GTOを乗りこなす姉の涼子はちょっと冷たい感じの美人で、同じくFTOに乗る妹の啓子はショートカットが活動的な、こちらもやっぱり美人。 もちろん容姿がいいだけでなく、二人の走りはどちらも相当に完成されたレベルにあった。 この二人を見ようと金曜の夜はファンの男達がギャラリーに集まり、紺谷ヶ峠は一週間で一番活気づくのである。 ところが、今晩は様子が違っていた。 そんな楢橋姉妹に、昨日現れた謎の男が挑戦状を叩きつけていたのだった。 そして、下りは啓子のFTO、上りは涼子のGTOがそれぞれ相手をする事になった。 しかし大勢のギャラリーが見つめる中、二人とも無惨にも大差での敗北を喫してしまうことになる。 謎の男は昨日と同じように『ブルームーンズ』のステッカーを所望し、自分の車に張り付けた。 『以下のチームは、魔王クラーマ様の忠実な下僕』 そのステッカーの上には再び輝く文字が浮かび上がった。 そして峠からは『ブルームーンズ』のステッカーを貼った車が一台もいなくなった…。
のんびりと昼まで睡眠をとり、今は職場での制服とも言える白衣をまとめて洗濯機に放り込み、ビール片手にくつろいでいる。 「んぐんぐんぐんぐ…、ぷっは〜〜〜〜〜っ!! くぁぁぁぁ〜〜っ! この一杯のために生きてる、って感じよね〜♪」 と、唐突に彼女の幸せな時間に水を差すように携帯電話が着信メロディを響かせた。 「まったく、折角の休日になんだってのよ〜」 ぶつぶつと文句を言って電話を手に取る。 「もしもし〜、どうしたの?」 最初はめんどくさそうにしていたなつめだったが、相手の話を聞くうちに表情が真剣なものへと変わっていく。 「あの子達に勝つって事は並みの走り屋じゃないわね…。それで、森崎塾は? うん、そう、わかったわ。気が向いたら見に行く。え? アタシ? アタシはもう引退したの。そうよ、今更アタシを引っぱり出す前に自分達でなんとかしなさい、じゃあね」 ふ〜っ。 小さく息を吐き出し、ビールを一気に飲み込む。 「んぐんぐんぐんぐ…、ぷっは〜〜〜〜〜っ!! くぁぁぁぁ〜〜っ!」 と、再びなつめの携帯が鳴った。 「まったく、今度はなんなの〜?」 だが、携帯の液晶の表示を見たなつめの表情が、ころりと変わった。 上機嫌で電話に出る。 「もしもし〜、どうしたの、那智君? デートのお誘い?」 全然違った。 函館警察署内でも敏腕で知られる那智信明(なつめの幼なじみでもある)からの報告になつめの表情が曇る。 それは『紺谷ヶスピードップラネッツ』と『紺谷ヶブルームーンズ』のメンバーが全員行方不明という情報だった。 「…うん、わかった。アタシのほうでもちょっち調べてみるわ」 電話を切ったなつめはシリアスな表情のまま呟いた。 「晴明長官に報告の必要がありそうね…」
すでに『スピードプラネッツ』『ブルームーンズ』のリーダーが謎の男に敗れ去ったという噂はあっという間に広まり、峠に集うギャラリーのほとんどが知るところとなっていた。 それだけではない。最後のチーム『森崎塾』が峠最速のプライドにかけて謎の男とバトルする、と言うのだ。 これを見逃すわけにはいかない、というわけで、集まったギャラリーの数はいつもの数倍だ。 すでに峠の頂上の駐車場には『森崎塾』のエース、ランサーエボリューションZの大泉とインプレッサWRXの安田の姿があった。 ちなみに『森崎塾』とは元ラリーストの森崎門太が見所のある走り屋を集めて作った、真のラリーストを育成するためのドライビングテクニックの特訓教室である。 それゆえチームのメンバーは単なる走り屋とは一線を画す、真の実力者揃いである。 しかも、彼らが乗るのはランエボやインプレッサなどのラリーベース車両のみ。 その速さはすでに紺谷ヶ峠のみならず全国的にも鳴り響いている。 実際『森崎塾』のOBにはプロのレーサーが何人もいる。 そんな森崎塾の現在のエースが大泉、安田の二人であった。 二人ともここ3年間はチーム外の相手に対しては無敗を誇っていた。 しかも、大泉はクライムヒル用にとパワー重視のセッティングをしたエボZ、安田はダウンヒル用に徹底的に足まわりを強化したインプレッサを準備していた。 何が何でも負けられない『森崎塾』の面子にかけて準備万端で謎の男を待っていたのである。
途端にギャラリーがざわめく。 「来たかっ?」 しかし、謎の男の謎のマシンではなかった。 上がってきたのは水色の『フェアレディZ』。 ニッサンが世界に誇るベストセラースポーツカーである。
そのマシンは運転席のドアに、“イナズマに貫かれたハート”のマーク 「何だ違うのか」 観戦暦2年のギャラリーがぼーっと見過ごす。 フェアレディZは昔は速かったが、今では一世代前のマシンであり、2000年8月に生産を終了している。 そんなわけで新米ギャラリーは、そのZを単なる見物客と勘違いしたのだった。 しかし、その隣では観戦暦5年のベテランのギャラリーが、抑えきれない興奮に身体を震わせていた。 「ま、まさか……、あれは“死神Z”。『堕天使なっちゃん』が戻ってきたのか?」 観戦暦が長いベテランは一斉にどよめいた。 それはZの行く先々で、同時多発的に起きていた。 「死神Zだ…」 「なんでだ、『堕天使なっちゃん』は引退したんじゃないのか?!」 ベテランギャラリー達は皆一様に軽い興奮状態。 「なんすか、その“死神Z”って?」 新米ギャラリーが疑問を投げかけると、ベテラン達は慌てて解説を始めた。 「知らねぇのか? 3年くらい前まで紺谷ヶ峠最速を誇っていたのが今のZなんだよ! しかも乗っているのはすげーいい女なんだ。自称“天使のなっちゃん”ってんだけど、その走りのあまりのキレっぷりと、対戦相手のプライドをずたずたに打ち砕く速さから、いつしか『堕天使なっちゃん』と呼ばれるようになった。あのZは伝説そのものなんだよ」 ベテランギャラリーA氏、つばを飛ばして熱弁。 「それだけじゃない、あのZと対戦した相手のほとんどは無理に付いていこうとして必ずどこかでクラッシュしてよ、全損したマシンは一台や二台じゃない。それでいつしか“死神Z”と呼ばれるようになったんだ。そんなだから紺谷ヶ峠では相手になる奴がいなくなってよ、結局Zは道内各地の峠を総なめにして無敗のまま引退したんだ」 ベテランギャラリーB氏、たばこをふかして遠い目。 「あれ? じゃあ、『森崎塾』も?」 「あたりめぇだ。大泉、安田が最後に負けた相手ってのが、あのZなんだ」 「まじっすか!!」 新米ギャラリー、ようやくそのZのすごさを認識したらしい。 「にしても、『堕天使なっちゃん』が再降臨か…。こいつはとんでもないことになるかもしれんな…」
すでに麓から連絡が行っていたのか、森崎塾のメンバーが駐車スペースを確保してそこにZを誘導した。 「どうもありがとう」 なつめは女王の貫禄で悠然と車を降りた。 「か、感激っす」 Zを誘導した森崎塾の青年、すでに泣きそうな勢いである。 「で、大泉と安田はいるの?」 聞くまでもなかった。 その両名がつかつかとなつめの前に歩み出てきた。 「お、お久しぶりです、なつめさん」 「三年ぶりっすね」 普段はふてぶてしい両名もまるで借りてきたネコのようであった。 「堅苦しいのは抜きでお願い。アタシは単に見物に来ただけだし、あんた達がどれくらいうまくなったか、ちょっち楽しみよね♪」 女王様余裕のコメント。 「もう、あのころとは全然違いますよ」 「絶対に負けませんから」 そうして二人は自分のマシンの方へ戻っていった。 それを見たなつめはこっそりと呟いた。 「確かに、昔と比べれば、だいぶましなオーラになったわね…」
頂上付近の駐車場が一気にざわめく。 「あいつが、白い化け物…か」 腕組みしたなつめが睨み据える先、ゆっくりと白いマシンが駐車場脇に停車した。
「後編へ続く」
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