陰陽五行戦記
第一章 ◇平安編◇
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伝説にいわく、かつてここで牛若丸が“鞍馬天狗”に出会ったという深山幽谷の地。 しかし、その伝説よりさらに200年以上前。 怨霊と妖怪が跋扈する平安の世において、ひときわ人々を恐れさせていた魔王の影が色濃い闇深き時代。 僧正ヶ谷を黙々と歩く3人の現代人の姿があった。 伊達春樹、真田淳二、そして武田広奈。 魔王を倒す『陰陽武道士』であり、そして1000年以上先の時代から来た未来人。 本来ならば5人揃ってセンゴクマン! なのであるが、今は直江輪、本多美亜子と離れ3人で行動中だ。
鞍馬の名前ももとは「暗魔」から来ているという。 暗くて、そして魔の棲む山…。 この辺まで来ると、いよいよ魔王との決戦も間近だと理解できる、そんな場所である。 もはやさすがの淳二も軽口を叩くような余裕がなく、3人とも無言。 見上げると、両側の杉の枝に囲まれて、空が狭い。 その狭い空を飛ぶ広奈の式神『ヲルスバン』。 そして広奈のすぐ真上をヒラヒラと舞う安倍晴明謹製の偵察用式神『小摩訶那』。 春樹が腰に下げた『九頭竜の剣』の鞘に巻きついているのは純白の夜刀神小十郎。 …いま、この瞬間、僧正ヶ谷で生きて動いているのは彼らのみ。 あとは鳥の声も、虫の音も聞こえない。 山全体が息を殺しているような重苦しい雰囲気の中、時折谷を抜ける風の音だけが不気味に響いている。
このあたりから地層が変わり、石灰岩の岩がそこかしこにごろごろと転がっている。 しかも、いわゆる化石も多く、珊瑚やウミユリなど、かつての海底の名残が見える。 今でこそこの場所が2億6千年も昔の海底が隆起して出来た地形だということを科学的に知ることができるが、無論化石の知識がないものが見たら、さぞかし不気味な光景に映るだろう…。 例えば、小十郎のように…。 (ご主人さま、あれ見て! もしかしてこの辺の草、魔王によって石にされちゃったのかな…?) 「確かに不気味だけど、あれは化石だと思うよ」 答えながら、春樹は少しだけ可笑しかった。魔王との決戦を前にして、妙に冷静に解説している自分。 そして不思議なほどに静かな魔王殿。 やがて一行は少しだけ開けた場所に出た。 白い石灰岩がまるで大きな台のように盛り上がっている不思議な場所が目に付く。 いわゆる盤座(いわくら)だ。 それはまるで、魔王の玉座…。 魔王が居るとしたら、ここしかない。 まるで物理的な圧力すら感じるほどに強くなった瘴気。 しかし、その盤座の上に魔王の姿はなかった。
独り言と言うにはちょっと大きい声で、淳二が呟いた。 当然のように変身済みで、何かのときはすぐに魔王に退魔の武器である紅龍焔月爪を叩き込もうと、周囲を窺っている。 「気をつけてくださいね。またこちらの不意をついての奇襲があるかもしれません」 小声だがそれでも不思議とよく通る声で、広奈が注意を促した。 その手には龍鬚弓が握られ、いつでも射れるようにと矢もつがえている。 「僕はもう、あのときのような失敗はしない…」 自分に言い聞かせるように、春樹が声に出す。 その手には霊気銃。サバゲーでもここまで警戒しないだろう、と言うくらいの臨戦態勢だ。 (………。) 春樹の集中力を切らさぬよう、小十郎もテレパスを送るのをやめ、じっと辺りをにらみつけている。 …。 ……。 ………。 おかしい。
何の変化もないことに、一番先に緊張感を失ったのは春樹だった。 「あの、…ここにいないなら、別の場所を探したほうがいいのかな? 一旦小摩訶那を通して晴明さんの意見を聞いてみたらどうだろ?」 そう言って広奈のすぐ頭上を飛ぶ小摩訶那に視線をやった。 「あ、晴明さんが起きていればの話だけど」 そう付け足す。 「まぁ、そろそろ美亜子ちゃんや輪も起きるかもしれないしね」 淳二もそれに倣った。 二人して小摩訶那を見つめるが、その小摩訶那はふるふると首を振るジェスチャー。 小摩訶那の視線の向こうにいるであろう乙姫と摩訶那がそう指示をしたようだ。 つまり、晴明も美亜子も、そして輪もまだ寝たままということらしい。 「そっか…」 少しだけ落胆の色を見せた春樹の呟き。 いくら3人で魔王に最終決戦を挑む、と心に決めたところで、やはり輪と美亜子が戦力に加わってくれないことは心細いことに変わりない。 再び沈黙が流れる。
決まらない方針。 静か過ぎるこの空間。
少しずつ、3人の心に不安が広がっていく。 認めたくはないが、早くこの場を離れたいと皆が思っている。 何もないことが、今は怖い。
魔王はここにはいない?
広奈がそう提案したのは、むしろ遅いくらいだったかもしれない。 だが、そう口にした途端、春樹も、淳二もどこか救われたような、ほっとした表情になった。 何はともあれ、方針が決まらないのがこの場合一番不安だったのだから。
来た時のピンと張った緊張感が失われていた。 そして、狡猾にも、魔王はそれを待っていた。
その心の間隙を突かれた。
3人がいっせいに上を向く。 上空、高い杉の木に囲まれた狭い空が見る間に漆黒で埋め尽くされていく。 まるで空中に墨を流したように…。 音もなく…。辺りに暗い影が差し始める。
さしもの広奈も狼狽を隠せない。 「なんだってんだ!?」 悲痛に叫ぶ淳二。 「空が…?!」 銃を構えることも忘れ、上空を見上げる春樹。 「いけない…。摩訶那さん、晴明さんを起こして。魔王が来ます!」 本能的に、広奈は察していた。 この敵には3人では勝てない! こうしているうちにも、漆黒は空全体を埋め尽くすように広がり、そしてあるときから、急激に収縮しだした。 それは恐ろしいほどの速さで魔王殿のすぐ上空に集まっていく。 闇が圧縮されていく。 まるでブラックホールのように、密度が増すほどに、そこから放たれるのは死の恐怖。 10秒とたたずにそれは人間大のサイズになり、おぼろげながら輪郭もはっきり見えた。 漆黒の直衣、漆黒の顔に鈍く輝く赤い瞳。そして漆黒の翼。
男にも、女にも、老人にも若者にも見える。 それは早良親王であり、菅原道真であり、名もなきまつろわぬ民であり、滅んでいった“国つ神”でもあった。 おぼろげで、混沌。 つかみどころがなく、凝視すると死の淵を覗き込むような根源的な恐怖を覚える。 その、黒い影。魔王が、人の形を取ったと思ったら、一瞬のうちに急降下してきた。 心の準備も出来ないうちの、上空からの奇襲。 魔王の最初のターゲットは、狼狽する3人ではなかった。 『ををををっ!?』 3人の上空を警戒中だった、広奈の式神ヲルスバン。 「ヲルスバン、迎撃を!」 広奈が与えたとっさ指示はしかし、何の意味も成さなかった。 『ヲルスバーーールカン!』 ヲルスバンが打ち出すバルカン砲の攻撃を、まったく意に介さず魔王が迫る。 直撃しているのに、まったくダメージを与えている様子がない。 『ヲルスブレードッ!』 近接戦闘用の荷電粒子の剣を構えるヲルスバンに対し、一直線に接近しつつ魔王が手をかざす。 次の瞬間。 辺りを閃光が照らす。景色が一瞬真っ白になるような。 そして轟音。 魔王の手のひらからほとばしった雷撃がヲルスバンを貫き、その銀色に輝くメタルボディを一瞬で粉砕した。 雷神と恐れられた菅原道真の怨霊の力。
その力を真っ先に向けられ、ヲルスバンの戦闘はものの3秒と持たずに終結。 バラバラになった人型の紙が燃えながら舞い落ちていき、やがて消えた…。
言いながら防御結界の呪を唱える広奈。 「わかったっ!」 すぐに意を汲んで、淳二が広奈の傍らに移動。 「はいっ!」 春樹もまた広奈の指示には素直に従う。 この場合の鶴の一声である。 ともかく、一時防御結界の中で、策を練らなくては。 しかし、一箇所に集まろうとした3人は魔王にとって格好の標的。 魔王が急降下して3人の集結地点に一直線に向かってくる。 かざした手のひらに、猛烈な光が生まれ、再びヲルスバンを一撃で粉砕した雷撃が!
再び視界を白く焼き尽くすような猛烈な光が辺り一面を包み込んだ。
「はうっ!?」
「…間に合いました」 目には見えないが、広奈の展開した防御結界は魔王の一撃に耐えることが出来たらしい。 そして、3人は透明なバリアのような防御結界越しに、ものの3mほどまで近づいていた魔王と対峙することになった。 千変万化、漆黒の闇の塊であり、その輪郭もおぼろげ。 今は地上に足を下ろし、人の形を取ってこちらを見ているようだ。 だが、五稜郭のときのように人間の姿に実体化しているわけではない。 もしかしたら実体はなく、霊的な存在のまま、しかし圧倒的な怨念の量ゆえに目に見えているのかもしれない。 そのまま魔王と3人の対峙が1秒、2秒と続く。 お互い動きはない。 (…五稜郭のときと同じくらいのプレッシャーだな、こりゃ) 文字通り滝のように背中を冷や汗が流れていくのを淳二は実感していた。 将門のときの比ではない。 なんとか退魔の武器である紅龍焔月爪でダメージを与えられればいいのだが、あそこまで強力な雷撃を見せられてしまうと、果たしてこの結界を出て、無事に攻撃を当てられるかどうかかなり不安ではある。 「武田さん、この結界はどれくらい持つの?」 春樹の声。 「このまま維持するだけなら5分が限界です。消してまた結界を張りなおすならあと3回ほどは…」 自分の霊力のキャパをある程度冷静に分析できている広奈だけに、そう答えつつも戦術を練ることも忘れない。 どちらにせよこのまま結界を張っていてもどこかで時間が切れてしまう。 そうなる前に策を練って魔王に対して効率的な反撃が出来るようにしなくては。 「結界の内側からは攻撃できないんだよね」 と再び春樹。焦っているのかと思ったら、声は冷静。 「そうです。こちらから攻撃するならば、この防御結界を消す必要があります」 「じゃあ、タイミングを合わせて、結界を消した瞬間に、3人で一斉にフルパワーの『五行妖術』を魔王にぶつけよう。魔王がひるめば、あとは真田君のその退魔の武器で攻撃。僕と武田さんで真田君を援護。それでどう?」 予想外だった。 春樹が率先して戦闘の指揮を買って出ている。 しかも、それは広奈や淳二がとっさに考えた作戦とも一致していた。 「いいじゃん、それでいこうぜ」 と淳二。 「分かりました。ただ魔王の反撃に備えるため、淳二さんの攻撃のあと、もう一度結界を張ります。一撃したら戻ってください」 「なるほど、一撃離脱戦法か。さすが広奈ちゃん。オッケー!」 「じゃあ、タイミングを合わせます。3、2、1!」 春樹のカウントダウンとともに、3人が心をひとつにする。 そして広奈が結界を解除し、 『風・林・火・山!!』 『表裏比興拳・六文銭気弾!!!』 『独眼竜烈風昇天破っ!』
魔王は、避けない。 直撃するかに見えた瞬間、魔王の背中から漆黒の翼が広がり、それが魔王の身を守るように前方に展開し、まるで盾のようにして攻撃を防いだのである。 3人の攻撃はことごとく、その翼に当たり、そしてそこで止められている。 よく見れば、ダメージを与えているのだが、無尽蔵に翼が再生されているため、まるで効いていない様に感じてしまう。 「飛び道具がダメならっ!」 それを見た淳二が、当初の予定通り、肉弾戦に持ち込むべく、魔王に向かって突進。 格闘家の淳二にとって、3mほどなら指呼の距離だ。 「燃えろーーーッ!!!」 紅龍焔月爪で魔王の前面を守っている翼に切りつけ、その爪の先から炎を打ち出す。 漆黒のカーテンを切り裂くように、淳二の攻撃は魔王の翼に対し、確実にダメージを与えることに成功している。 修復も間に合わず、魔王本体にもその淳二の打ち出した炎が直撃している。 「やれる!」 思わず春樹も声を上げる。 「淳二さんっ」 再び防御結界の呪を唱えつつ、広奈が淳二に後退を促した。 「このっ、このっ!」 淳二が後退するまでに魔王に反撃の糸口を与えないよう、春樹の霊気銃が間断なく援護射撃を加える。 (すごい…。すごいです、ご主人さま!) 息のあった3人の連係プレーに、それを見守っていた小十郎も感嘆を隠せない。 そして淳二が後退した瞬間に、魔王は翼を広げ、再び手のひらを3人に向ける。
魔王の雷撃を広奈の防御結界が完全に防ぎきった。 しかし、結界を展開出来るのはあと2回。 紅龍焔月爪での攻撃に手ごたえを感じたものの、しかし淳二はこの作戦ではジリ貧になることを即座に理解していた。 「一撃じゃ全然足りねぇ。次はもうちょっと踏み込んでみる!」 と、そこで不意に小摩訶那が騒ぎ出した。 「ふにゅふにゅふにゅ! ふにゅふにゅ!」 (ご主人さま、晴明様と乙姫様が今こちらに向かったそうです!) うまい具合に小十郎が通訳してくれた。 「援軍が来るよ。晴明さんと乙姫さんがここに向かってる」 春樹がそれを他の二人に伝える。 「よっしゃ! これで100人力だぜ」 淳二が思わずガッツポーズ。 3人の間に勇気と希望がみなぎってきた。 「よかった…。では、次の攻撃に備えて…、ヲルスバン!」 再び広奈が懐から人型の紙を取り出し、ヲルスバンを召還した。 『ヲルスバン推参!』 防御結界の狭い空間にひしめき合うようにこれで4名のアタッカーが揃った。 「次は淳二さんの攻撃で魔王の防御を突破したところにヲルスバンの最大の必殺技を撃ち込みます。タイミングを合わせてください」 「なるほど、略してWonderfulね」 それだけで淳二と広奈の間で作戦の要諦はつかめたらしい。 が、魔王の側も黙って同じ攻撃を受ける愚は犯さなかった。 再び広奈の結界に雷撃を防がれたと見るや、今度はふわりと空中に羽ばたいた。 そしてヲルスバンが召還されたのを確認すると、一気に急上昇。 「にょわっ、逃げられた!?」 「…違う。あれは!?」 春樹の視線の向こう、魔王は手になにか果物のような赤い実を出現させると、それを口に運んだ。 「ザクロの実?」 広奈の視線もそれをとらえている。 と、魔王は口に含んだザクロの種を上空から広奈の結界めがけて広範囲で撒き散らしたのだ。 真っ赤なBB弾のようなザクロの種がバラバラと落ちてくる。 そして、それは地面や透明な広奈の防御結界に当たった瞬間、猛烈な炎を上げながら爆発炎上したのである。 「なっ、ナパーム弾かよっ!?」 たちまち広奈の結界だけを残し、辺り一面が猛烈な火の海に。 魔王は間断なくザクロの実を口に含んでは、種を撒き散らし続けている。 次々に爆発炎上するザクロの種。 「なんてインチキな…」 絶句する淳二。 「武田さん、結界はあとどれくらい持つの?」 春樹からの問いかけに広奈はさすがに焦りを隠せない声で、 「…3分が限界です」 今のところ広奈の防御結界のおかげで、熱も爆発の衝撃も感じないが、このままでは結界が解けたときに全員大火傷である。 さらにはいつの間にか空を黒雲が覆い始めていた。 結界にいるので気がつかないが、あたりの木の枝のゆれ具合から、鞍馬を台風並みの強風が襲い始めている。 爆発炎上するザクロに炎をあおる強風。 頭上には猛烈な黒さの雷雲。 「雷神の本性発揮ってわけか。くそっ、空中に逃げられたらオレの攻撃は当たらねぇし、どうすれば…」 さすがに焦りの色が濃い淳二。 「ヲルスバンで時間稼ぎをします。防御結界が消えてもわたくしの『五行妖術』で魔王の攻撃を防げれば…」 「周りの炎は僕が何とかします!」 「よっしゃ、じゃあオレは魔王を攻撃しまくる。それが最大の防御だ」 いつの間にか3人の暗黙知は高レベルで理解が進んでいた。 極限の戦闘状況で、生き残るために3人が連携しあう。 『ヲルスバン・オリエンタル・ノーブル・デンジャー…』 そしてヲルスバンは最大の破壊力を持つ必殺技、略称Wonderfulの詠唱に入る。 言うまでもなく、この詠唱が終了した瞬間、広奈は結界を解き、最後の反撃に移るのだ。 『エレクトリック・レボリューション…』 3人が呼吸を合わせる。 と、不意に頭上が輝いた。 幾千の雷が黒雲の間を駆け抜け、そして天に掲げていた魔王の腕が振り下ろされた瞬間。 轟音と、そしてこれまでの比ではないほどの強烈無比な光とともに、最大級の落雷が広奈の結界を直撃した。 悲鳴を上げる暇もなく。 これまで必死に結界を維持してきた広奈は、その霊力の限界を超えていた。 かろうじて、この落雷のみは凌ぎ切ったものの、もはや広奈にこれ以上の結界を保つだけの力は残っていない。 燃え盛る炎とこの落雷のせいで、数百度の熱量が結界の周囲に充満していた。 それが結界が消えた瞬間、一気に3人を包み込む! 『守護旋!』 春樹のとっさの判断は賞賛に値するほどのタイミングだった。 風使いである春樹の防御用の五行妖術が発動し、3人を守るように巻き起こったつむじ風が、熱量とそして炎をまとめて周囲に吹き飛ばす。 『ファンタスティック…』 ヲルスバンの詠唱は続いていた! そしてそのままヲルスウィングを展開し、ヲルスジェットで魔王めがけて飛び立つ。 『アンビリーバブル・レーザー!!!!!』 それは雲からの落雷を成功させた魔王の間隙をついた攻撃だった。 直撃! ヲルスバンの腰のベルトから放たれた極太のレーザーは魔王の翼の防御が間に合わなかったため、そのまま魔王の胴体部分に突き刺さった。 ついで、大爆発! 『ヲルスブレード!』 さらに荷電粒子の剣で、果敢に魔王に切りかかり、空中戦を挑むヲルスバン。 「よっしゃ、攻撃は最大の防御だぜ!」 淳二も地上から魔王めがけて必殺技を立て続けに放つ。 『表裏比興拳・六文銭気弾!!!』
春樹もそれを最大限に援護する。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ…」 荒い息を吐きながら、そして顔に玉のような汗をかきながら、広奈もまた必死に霊力の回復を図っている。 気を抜くとそのまま気を失ってしまいそうなほどに消耗した精神を懸命に鼓舞し、脳に酸素を送り込む。 辺りの木々には魔王の炎が移り、盛んに燃え上がっている。 風に乗って焦げ臭い匂いと黒煙が吹き付けてくる。 思い切り煙を吸い込んでしまい、広奈は涙を浮かべてむせてしまった。 極度の疲労のため、吐きそうになるがそれをこらえる。 そこにいつもの優雅な広奈の姿はない。 すでに台風並みの突風が吹き荒れている戦場で、広奈はもう立っている事も出来ない。 なんとか膝をついて風に吹き飛ばされそうな体を支える。 広奈は真っ赤に充血した瞳で上空を見上げる。 再び黒雲に膨大なエネルギーが収束しだしている様子が見える。 次にまたあの落雷を喰らったら、一撃で全滅するだろう。 そして地上から淳二と春樹の、上空からヲルスバンの攻撃を受けている魔王。 その魔王の視線を広奈ははっきりと認識した。 (わたくしを狙っている…) 春樹も、淳二も、ヲルスバンも、今は消耗し動けないでいる広奈を守るために必死で攻撃を繰り出している。 その攻撃を漆黒の翼で受け止めつつ、魔王はその狙いを広奈に定めたのだ。 弱い存在から順に消す。 あれだけの攻撃を受けながら、一切の弱体化が見られない魔王。 無尽蔵の怨念。怨霊の中の怨霊。 やがて神として祀られる存在。
瞬時に広奈はある決断をし、最後に残った霊力を使って、呪を唱える。 広奈の脳裏に、生き残るための唯一の方法が、予感として閃いたのだ。 土の陰陽武道士である自分にだけ許された最後の方法。 だが、間に合うか!?
断末魔の声。ヲルスバンが本日2度目の最期を迎えていた。 空中戦の末、至近距離からザクロの種を吹き付けられ、全身に炎が回ってしまったようだ。 そのまま人型の紙に戻り、それも炎に包まれながら強風に飛ばされ、消える。 「畜生! 降りてきやがれぇぇぇぇっ」 悔しさをにじませながら、淳二が地上から炎を撃ち出す。 「このっ、このっ!!」 春樹も霊気銃を連射しながら、抵抗を続けるが、魔王に対し有効なダメージを与えているようには見えない。 すでに戦線は崩壊しつつあった。 そして、魔王は広奈に狙いを定め急降下。 「やらせるかぁっ!」 広奈の前に立ちふさがる淳二。 そのまま渾身の力をこめてジャンプし、紅龍焔月爪を魔王の胴体めがけカウンター気味に繰り出した。 まさに淳二版のヲルスバーンナックルだ。 魔王もそれを避けない。 淳二の退魔の武器は確かに魔王の翼を抜け、本体の胴体深く突き刺さった。 しかし、致命傷ではない。 そのまま魔王の両腕が淳二の体をがっちり掴んでしまう。 「なんのっ、燃えろっ!」 魔王に刺さったままの右手から炎を撃ち出す淳二だが、蚊ほども効かぬ様子。 そして淳二を掴んだままの魔王の両手に光が集まる。 「やめろおぉぉぉーーーッ!」 「淳二さん!?」 春樹と広奈の悲鳴。 そして、淳二にゼロ距離から魔王の雷撃が炸裂した。
全身からプスプスと煙があがり、強固な真紅の鎧も所々があまりの熱量で溶けている。 「くっ…」 何とか立ち上がろうとするが、そのまま倒れこんでしまう。 一撃で、戦闘不能。 意識を保っているのも奇跡的だし、死ななかったのが不思議なほどだ。 そんな淳二にはもう興味がない様子で、魔王は広奈の目の前に降り立った。
もしもわたくしが危険な目に遭ったら、
どうか守ってください
もはや言葉にもならない。 春樹は絶叫し、魔王めがけて渾身の必殺技を放つ。 猛烈な風のエネルギーはしかし、魔王の翼に当たると、そのまま吸い込まれるように消えてしまう。 なんら足止めにもならない。 そう、幾千、幾万の怨霊が魔王を取り巻き、ダメージを吸収する盾になっているのだ。 そして魔王の手のひらが春樹に向けられた。
「このおおおおおおっ!」 再び必殺技を放った春樹。 だが、その技は魔王の手のひらから放たれた雷撃と正面からぶつかり合い、そして無残なほどに悲しくかき消された。 そのまま雷撃は春樹を直撃。 淳二と同じように、衝撃で10m以上吹き飛ばされる。 「あぁぁぁぁぁぁっ!」 (きゃぁぁぁっ) 春樹だけでなく、その腰に下げた九頭竜の剣に巻きついている小十郎もまた大きなダメージを受けてしまう。
春樹の脳裏にそんな言葉がよぎる。 絶望的だった。 自分はあまりに無力で。 あれほど誓ったのに、誰も守れない。 痛みと雷撃の衝撃で体が動かない。 体は動かないのに、視線は広奈の姿をとらえていて。
動けない広奈。 魔王の腕が天高く上げられて、そして勢いよく振り下ろされた。
収束し、 そして、たった一人の標的に。
轟音で耳が聞こえない。 遅れてきた衝撃波に春樹はまた吹き飛ばされた。
いま、目の前で起こったのは現実なのか? だって、あんな攻撃をまともに受けたら、武田さんは…。
武田さんとの約束も。 自分で立てた誓いも。 だって、魔王は強すぎる…。 とても勝てないよ…。
顔を上げると、そこに魔王が居た。 そして僕を上から見下ろすと、さっき武田さんを殺したように、今度は僕に対して魔王は手を高く上げた。 ああ、次は僕の番か。 (ご主人さま、早く逃げて!) 無理だよ。もう、どうでもいいんだ…。 (だめ! 絶対だめ!)
そして魔王は腕を上げたままそれを振り下ろせない。 小十郎の視線が魔王の動きを封じていた。 否、封じられたのは右腕のみ。 魔王はこともなげに口からザクロの種を吐き出す。 20粒ほどのそれは、呆然と座り込む春樹と、そして必死に魔王の動きを封じようとした小十郎の目の前にばら撒かれた。
それがなんであるか、春樹が認識する前に。
そして、今度は春樹の目の前で。 彼を守ろうとした小さな夜刀神の体が。 その直撃を受けていた。 春樹もまた爆風に吹き飛ばされる。
小十郎から伝えられた最期の。
もうなにも感じない。 痛みも。熱さも。 早く死ねばいい。 武田さんとの約束も守れず、小十郎も死なせてしまった。 僕は…。死ねばいいんだ。 さぁ、早く殺して。 もう、僕は生きていても仕方ないんだ…。
春樹は仰向けに倒れたままで。 だから魔王は逆さに見えていて。 でも、やっぱり右手を高く上げ、そして振り下ろしたところだった。
空には魔王が呼んだ黒雲がなかった。 そして地面が光っていた。 いや、違う。 光っているのはこの山全体。 そしてその光の粒子がゆっくりと魔王の漆黒の翼の羽根のひとつひとつを消している。
そして魔王を取り巻く怨霊を消しているのは晴明の作り出した大掛かりな結界。
だけど。
遅すぎた。
それはまるで、自分が滅ぶ最期の瞬間までを生あるものすべてを滅ぼすために使おうという、妄執にも似た魔王最後の動機だったかもしれない。 晴明の結界は、しかし即座に魔王の動きを止めるほどの劇的な効果を発揮しているわけではなかった。 魔王は、まだまだ魔力に終わりはなく、その動きを止めない。 そう、春樹と、そして淳二に止めを刺すくらいには!
至近距離から雷撃が放たれる。 それは仰向けに倒れていた、春樹の顔面に直撃した。
思わず漏れる悲鳴。 顔の右半分を強烈な痛みが襲う。
間近で見た二つの死は、いまや春樹を恐慌の只中に叩き込んでいた。
やっぱり、まだ、死ぬのはいやだ!
視野の欠落。立体視が出来ない…。 絶え間なく襲う激痛。
自分の手についたそれを見た瞬間。
絶叫する春樹に向けて、容赦なく雷撃を喰らわせる。
痛みをこらえることも出来ない。 意識を失うことも出来ない。
僕は死にたくない!!
さっきまで小十郎が巻きついていた場所に。
します。 だから、力を。
殺す。 殺さなきゃ、殺される! 僕は、僕は、死にたくないっ!!! 死ぬのはいやだぁぁぁぁぁっ!!!!
九頭竜の剣を。 抜き去った。
しかしそれは、人間の目ではない。 漆黒の眼球に縦に長く割れた黄金の瞳。 オロチの瞳。
天候を自在に操る秘宝『如意珠』に必死に念をこめつつ乙姫がそう晴明に問いかけていた。 「そうだな。それで火を消してくれ」
適当にそう答えつつ、晴明は脳裏に送られてくる戦場の映像を注視していた。 あれだけの戦いにもかかわらず、いつの間にか小摩訶那だけは無傷のまま少し離れた場所から晴明に映像を送っていたのだった。 (なるほど、実に興味深い…。ここまで待った甲斐があったな) そして小摩訶那=晴明が見ている先、そこには春樹の姿があった。 しかし、その姿は一見して異様だった。 春樹の右手の先から、巨大な、春樹自身よりも巨大な九つの蛇の首が生えている。 九頭竜の剣は刃の部分が一番大きな首に。 鍔の部分の意匠はそのままそれを取り巻く8つの首に。 大蛇の胴体部分を意匠化した柄は、春樹の右腕と一体化していた。 9つの蛇の頭は春樹の右手から伸びた先で巨大化し、そして魔王を喰っていた。 魔王の反撃は意味を成さなかった。 雷撃を受けても、ザクロの種が直撃しても、春樹の体も九頭竜の首も一瞬でその傷を修復していた。 そして魔王の体に食いつき、漆黒の翼を飲み込み、力を奪っていた。 春樹の持つ殺意、絶望、怒り、どうしようもないほどの恨みの念。 それらが魔王の持つ怨念といつしか一体化していく。 春樹の体も、徐々に人のカタチを失って…。
晴明はそう呟くと、念入りに用意した巨大結界に対し、ターゲットを変更すべく、修正を施した。 すなわち、魔王から、春樹へと。
徐々に巨大化、そして竜身へと変化していた春樹の体が、元の人間のものに戻っていく。
舌打ちする晴明。
それを浄化し切れていないうちに、先に彼らをこの時代に繋ぎとめられるだけの魔の力が魔王から消えたのだろう。
それは現代の魔王が施した『強い魔の力と惹き合う』呪い。 だが、この時代の魔王が消えたら、当然その呪いは次なる魔王の力に向けて動き出すだろう。 距離も時間も超えて。 そして元いた時代への復元力。 すなわち、また未来へ飛ぶのだ。 数百年先の次の時代に再び現れるであろう魔王に向かって。
春樹や淳二が完全に消えたことを確認し、晴明は大きくため息をついた。 同じタイミングで晴明の一条屋敷でも輪と美亜子が消滅している。 乙姫に向かって厳かに告げる。
それを聞いて乙姫の顔がパッと明るくなる。 だが、 「魔王が滅んだことで、あの5人をこの時代に繋ぎとめていた力もまた消えた。彼らと再び逢えるのは、200年以上先になる…」
魔王をほとんど喰らい尽くしたあと、不意にまた体が宙に浮いたようだった。 そしてこの光。この感覚…。 なぜか僕は理解していた。 たぶん帰っていくんだろう。 この体が、元居た未来へ。 だけど…。
僕は、弱くて、誰も守れなくて、武田さんが殺されて、絶望して、そして君の命も…。
小十郎と過ごした時間は、僕の大事な思い出だから。 だから、絶対に忘れない。
突然だが、一条屋敷の付喪神である一条摩訶那は自分の身(屋敷)に起こった異変に気付いた。 これは、侵入者の反応。 招かれざる客が、いきなり一条屋敷の奥の部屋に!?
パタパタと台所から奥の部屋へと駆けつける摩訶那。 これまでしばらく世の中が乱れていたから、十分家の戸締りには気をつけていたのに! 「…ん、なに?」 その物音を聞いて、美亜子は目を覚ました。 傍らには眠ったままの輪。 一体どれくらい寝ていたのだろう? そして輪はまだ目覚めないのだろうか? 「輪、…輪!」 ゆさゆさと揺すってみる。 だが、反応がない…。 「輪……」 まだ晴明は輪の治療を終えていなかったのか? そして、魔王との戦いはどうなったのだろう? 起き出そうとした美亜子だったが、それより早くバターンと勢いよく障子が開けられた。 そして慌てた様子の摩訶那が登場。 「なに? 何か緊急事態?」 美亜子が聞くと、思いがけないリアクションが返ってきた。 摩訶那は美亜子を凝視するとびしっと指を突きつけた。 「不審者ですぅ!」
まだ状況をつかめない美亜子。 そして、摩訶那は一切の容赦なく、
ドカーーーン! 「ちょっ…」 さすがの美亜子もこの超絶起床技の前にはバランスを保てなかった。 舞い上がった畳。そしてその畳に舞い上げられた美亜子と寝たままの輪。 そして二人めがけて容赦なく空中を飛び交う畳が襲う! 「うそっ」 とっさにそれを空中で防御し大きなダメージ無しで潜り抜けたのは美亜子の天才ゆえだろう。 が、輪は…。 ドカッ、ビシッ、ドスッ、バタバタバタ。べちべちべち。 ドシーーーン。(落下)
そして…。 「ぐはっ! なんだ!? 何が起こった!?」 飛び起きた。 「へっ!?」 美亜子、絶句。
実に249年ぶりの目覚めであった。
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