〜大長編オリジナル日本史ファンタジー大河ドラマ小説〜

陰陽五行戦記

第一章 ◇平安編◇

第三十七話「そして未来に続くもの」



◇2月16日10時02分 鞍馬山僧正ヶ谷◇


鞍馬山の僧正ヶ谷。

伝説にいわく、かつてここで牛若丸が“鞍馬天狗”に出会ったという深山幽谷の地。

しかし、その伝説よりさらに200年以上前。

怨霊と妖怪が跋扈する平安の世において、ひときわ人々を恐れさせていた魔王の影が色濃い闇深き時代。

僧正ヶ谷を黙々と歩く3人の現代人の姿があった。

伊達春樹、真田淳二、そして武田広奈。

魔王を倒す『陰陽武道士』であり、そして1000年以上先の時代から来た未来人。

本来ならば5人揃ってセンゴクマン! なのであるが、今は直江輪、本多美亜子と離れ3人で行動中だ。


びりびりと肌を刺すような瘴気、垂直に伸びた杉が渓谷の両側にうっそうと茂り、昼でもなお暗い谷。

鞍馬の名前ももとは「暗魔」から来ているという。

暗くて、そして魔の棲む山…。

この辺まで来ると、いよいよ魔王との決戦も間近だと理解できる、そんな場所である。

もはやさすがの淳二も軽口を叩くような余裕がなく、3人とも無言。

見上げると、両側の杉の枝に囲まれて、空が狭い。

その狭い空を飛ぶ広奈の式神『ヲルスバン』。

そして広奈のすぐ真上をヒラヒラと舞う安倍晴明謹製の偵察用式神『小摩訶那』。

春樹が腰に下げた『九頭竜の剣』の鞘に巻きついているのは純白の夜刀神小十郎。

…いま、この瞬間、僧正ヶ谷で生きて動いているのは彼らのみ。

あとは鳥の声も、虫の音も聞こえない。

山全体が息を殺しているような重苦しい雰囲気の中、時折谷を抜ける風の音だけが不気味に響いている。


魔王の姿は、まだない。


◇2月16日10時22分 鞍馬山奥の院魔王殿◇


僧正ヶ谷を過ぎると、いよいよ奥の院魔王殿。

このあたりから地層が変わり、石灰岩の岩がそこかしこにごろごろと転がっている。

しかも、いわゆる化石も多く、珊瑚やウミユリなど、かつての海底の名残が見える。

今でこそこの場所が2億6千年も昔の海底が隆起して出来た地形だということを科学的に知ることができるが、無論化石の知識がないものが見たら、さぞかし不気味な光景に映るだろう…。

例えば、小十郎のように…。

(ご主人さま、あれ見て! もしかしてこの辺の草、魔王によって石にされちゃったのかな…?)

「確かに不気味だけど、あれは化石だと思うよ」

答えながら、春樹は少しだけ可笑しかった。魔王との決戦を前にして、妙に冷静に解説している自分。

そして不思議なほどに静かな魔王殿。

やがて一行は少しだけ開けた場所に出た。

白い石灰岩がまるで大きな台のように盛り上がっている不思議な場所が目に付く。

いわゆる盤座(いわくら)だ。

それはまるで、魔王の玉座…。

魔王が居るとしたら、ここしかない。

まるで物理的な圧力すら感じるほどに強くなった瘴気。

しかし、その盤座の上に魔王の姿はなかった。


「…な〜んか、デジャブを感じるなぁ。五稜郭のときも魔王はいなかったろ」

独り言と言うにはちょっと大きい声で、淳二が呟いた。

当然のように変身済みで、何かのときはすぐに魔王に退魔の武器である紅龍焔月爪を叩き込もうと、周囲を窺っている。

「気をつけてくださいね。またこちらの不意をついての奇襲があるかもしれません」

小声だがそれでも不思議とよく通る声で、広奈が注意を促した。

その手には龍鬚弓が握られ、いつでも射れるようにと矢もつがえている。

「僕はもう、あのときのような失敗はしない…」

自分に言い聞かせるように、春樹が声に出す。

その手には霊気銃。サバゲーでもここまで警戒しないだろう、と言うくらいの臨戦態勢だ。

(………。)

春樹の集中力を切らさぬよう、小十郎もテレパスを送るのをやめ、じっと辺りをにらみつけている。

…。

……。

………。

おかしい。


およそ1分ほどの時間が流れただろうか。

何の変化もないことに、一番先に緊張感を失ったのは春樹だった。

「あの、…ここにいないなら、別の場所を探したほうがいいのかな? 一旦小摩訶那を通して晴明さんの意見を聞いてみたらどうだろ?」

そう言って広奈のすぐ頭上を飛ぶ小摩訶那に視線をやった。

「あ、晴明さんが起きていればの話だけど」

そう付け足す。

「まぁ、そろそろ美亜子ちゃんや輪も起きるかもしれないしね」

淳二もそれに倣った。

二人して小摩訶那を見つめるが、その小摩訶那はふるふると首を振るジェスチャー。

小摩訶那の視線の向こうにいるであろう乙姫と摩訶那がそう指示をしたようだ。

つまり、晴明も美亜子も、そして輪もまだ寝たままということらしい。

「そっか…」

少しだけ落胆の色を見せた春樹の呟き。

いくら3人で魔王に最終決戦を挑む、と心に決めたところで、やはり輪と美亜子が戦力に加わってくれないことは心細いことに変わりない。

再び沈黙が流れる。


魔王の不在。

決まらない方針。

静か過ぎるこの空間。


誰も口を開かない。

少しずつ、3人の心に不安が広がっていく。

認めたくはないが、早くこの場を離れたいと皆が思っている。

何もないことが、今は怖い。


これまでずっと無言で辺りに気を払っていた広奈ですら、魔王の存在する確証が得られない。

魔王はここにはいない?


「…一旦、ここを離れましょうか?」

広奈がそう提案したのは、むしろ遅いくらいだったかもしれない。

だが、そう口にした途端、春樹も、淳二もどこか救われたような、ほっとした表情になった。

何はともあれ、方針が決まらないのがこの場合一番不安だったのだから。


時間にすれば魔王殿に到着して2〜3分ほどだろうか。

来た時のピンと張った緊張感が失われていた。

そして、狡猾にも、魔王はそれを待っていた。


例え一瞬でも、この場を撤退する方向に向いた心のベクトルが、再び最終決戦への覚悟に戻るのは難しい。

その心の間隙を突かれた。


不意に上空から差し込む日の光がさえぎられる。

3人がいっせいに上を向く。

上空、高い杉の木に囲まれた狭い空が見る間に漆黒で埋め尽くされていく。

まるで空中に墨を流したように…。

音もなく…。辺りに暗い影が差し始める。


「これは!?」

さしもの広奈も狼狽を隠せない。

「なんだってんだ!?」

悲痛に叫ぶ淳二。

「空が…?!」

銃を構えることも忘れ、上空を見上げる春樹。

「いけない…。摩訶那さん、晴明さんを起こして。魔王が来ます!」

本能的に、広奈は察していた。

この敵には3人では勝てない!

こうしているうちにも、漆黒は空全体を埋め尽くすように広がり、そしてあるときから、急激に収縮しだした。

それは恐ろしいほどの速さで魔王殿のすぐ上空に集まっていく。

闇が圧縮されていく。

まるでブラックホールのように、密度が増すほどに、そこから放たれるのは死の恐怖。

10秒とたたずにそれは人間大のサイズになり、おぼろげながら輪郭もはっきり見えた。

漆黒の直衣、漆黒の顔に鈍く輝く赤い瞳。そして漆黒の翼。


魔王が、降臨した…。


菅原道真公の姿の印象が一番強いが、ふとしたときに別の人間の顔にも見える。

男にも、女にも、老人にも若者にも見える。

それは早良親王であり、菅原道真であり、名もなきまつろわぬ民であり、滅んでいった“国つ神”でもあった。

おぼろげで、混沌。

つかみどころがなく、凝視すると死の淵を覗き込むような根源的な恐怖を覚える。

その、黒い影。魔王が、人の形を取ったと思ったら、一瞬のうちに急降下してきた。

心の準備も出来ないうちの、上空からの奇襲。

魔王の最初のターゲットは、狼狽する3人ではなかった。

『ををををっ!?』

3人の上空を警戒中だった、広奈の式神ヲルスバン。

「ヲルスバン、迎撃を!」

広奈が与えたとっさ指示はしかし、何の意味も成さなかった。

『ヲルスバーーールカン!』

ヲルスバンが打ち出すバルカン砲の攻撃を、まったく意に介さず魔王が迫る。

直撃しているのに、まったくダメージを与えている様子がない。

『ヲルスブレードッ!』

近接戦闘用の荷電粒子の剣を構えるヲルスバンに対し、一直線に接近しつつ魔王が手をかざす。

次の瞬間。

辺りを閃光が照らす。景色が一瞬真っ白になるような。

そして轟音。

魔王の手のひらからほとばしった雷撃がヲルスバンを貫き、その銀色に輝くメタルボディを一瞬で粉砕した。

雷神と恐れられた菅原道真の怨霊の力。


魔王の一撃は輪のラブラブビームに匹敵、あるいはそれ以上の威力だった。

その力を真っ先に向けられ、ヲルスバンの戦闘はものの3秒と持たずに終結。

バラバラになった人型の紙が燃えながら舞い落ちていき、やがて消えた…。


「いけない、一旦守りを固めます。結界を張るのでわたくしのそばに!」

言いながら防御結界の呪を唱える広奈。

「わかったっ!」

すぐに意を汲んで、淳二が広奈の傍らに移動。

「はいっ!」

春樹もまた広奈の指示には素直に従う。

この場合の鶴の一声である。

ともかく、一時防御結界の中で、策を練らなくては。

しかし、一箇所に集まろうとした3人は魔王にとって格好の標的。

魔王が急降下して3人の集結地点に一直線に向かってくる。

かざした手のひらに、猛烈な光が生まれ、再びヲルスバンを一撃で粉砕した雷撃が!


『防御結界、急急如律令!』


瞬間、広奈が作り出した絶対防御の障壁が3人を包み、そして魔王の放った雷撃がそれを直撃。

再び視界を白く焼き尽くすような猛烈な光が辺り一面を包み込んだ。


「っ!」

「はうっ!?」


衝撃に備えて身を硬くした淳二と春樹だったが、痛みは訪れなかった。

「…間に合いました」

目には見えないが、広奈の展開した防御結界は魔王の一撃に耐えることが出来たらしい。

そして、3人は透明なバリアのような防御結界越しに、ものの3mほどまで近づいていた魔王と対峙することになった。

千変万化、漆黒の闇の塊であり、その輪郭もおぼろげ。

今は地上に足を下ろし、人の形を取ってこちらを見ているようだ。

だが、五稜郭のときのように人間の姿に実体化しているわけではない。

もしかしたら実体はなく、霊的な存在のまま、しかし圧倒的な怨念の量ゆえに目に見えているのかもしれない。

そのまま魔王と3人の対峙が1秒、2秒と続く。

お互い動きはない。

(…五稜郭のときと同じくらいのプレッシャーだな、こりゃ)

文字通り滝のように背中を冷や汗が流れていくのを淳二は実感していた。

将門のときの比ではない。

なんとか退魔の武器である紅龍焔月爪でダメージを与えられればいいのだが、あそこまで強力な雷撃を見せられてしまうと、果たしてこの結界を出て、無事に攻撃を当てられるかどうかかなり不安ではある。

「武田さん、この結界はどれくらい持つの?」

春樹の声。

「このまま維持するだけなら5分が限界です。消してまた結界を張りなおすならあと3回ほどは…」

自分の霊力のキャパをある程度冷静に分析できている広奈だけに、そう答えつつも戦術を練ることも忘れない。

どちらにせよこのまま結界を張っていてもどこかで時間が切れてしまう。

そうなる前に策を練って魔王に対して効率的な反撃が出来るようにしなくては。

「結界の内側からは攻撃できないんだよね」

と再び春樹。焦っているのかと思ったら、声は冷静。

「そうです。こちらから攻撃するならば、この防御結界を消す必要があります」

「じゃあ、タイミングを合わせて、結界を消した瞬間に、3人で一斉にフルパワーの『五行妖術』を魔王にぶつけよう。魔王がひるめば、あとは真田君のその退魔の武器で攻撃。僕と武田さんで真田君を援護。それでどう?」

予想外だった。

春樹が率先して戦闘の指揮を買って出ている。

しかも、それは広奈や淳二がとっさに考えた作戦とも一致していた。

「いいじゃん、それでいこうぜ」

と淳二。

「分かりました。ただ魔王の反撃に備えるため、淳二さんの攻撃のあと、もう一度結界を張ります。一撃したら戻ってください」

「なるほど、一撃離脱戦法か。さすが広奈ちゃん。オッケー!」

「じゃあ、タイミングを合わせます。3、2、1!」

春樹のカウントダウンとともに、3人が心をひとつにする。

そして広奈が結界を解除し、

『風・林・火・山!!』

『表裏比興拳・六文銭気弾!!!』

『独眼竜烈風昇天破っ!』


フルパワーの3人の超必殺技が魔王に殺到した。

魔王は、避けない。

直撃するかに見えた瞬間、魔王の背中から漆黒の翼が広がり、それが魔王の身を守るように前方に展開し、まるで盾のようにして攻撃を防いだのである。

3人の攻撃はことごとく、その翼に当たり、そしてそこで止められている。

よく見れば、ダメージを与えているのだが、無尽蔵に翼が再生されているため、まるで効いていない様に感じてしまう。

「飛び道具がダメならっ!」

それを見た淳二が、当初の予定通り、肉弾戦に持ち込むべく、魔王に向かって突進。

格闘家の淳二にとって、3mほどなら指呼の距離だ。

「燃えろーーーッ!!!」

紅龍焔月爪で魔王の前面を守っている翼に切りつけ、その爪の先から炎を打ち出す。

漆黒のカーテンを切り裂くように、淳二の攻撃は魔王の翼に対し、確実にダメージを与えることに成功している。

修復も間に合わず、魔王本体にもその淳二の打ち出した炎が直撃している。

「やれる!」

思わず春樹も声を上げる。

「淳二さんっ」

再び防御結界の呪を唱えつつ、広奈が淳二に後退を促した。

「このっ、このっ!」

淳二が後退するまでに魔王に反撃の糸口を与えないよう、春樹の霊気銃が間断なく援護射撃を加える。

(すごい…。すごいです、ご主人さま!)

息のあった3人の連係プレーに、それを見守っていた小十郎も感嘆を隠せない。

そして淳二が後退した瞬間に、魔王は翼を広げ、再び手のひらを3人に向ける。


『防御結界、急急如律令!』


再び間一髪。

魔王の雷撃を広奈の防御結界が完全に防ぎきった。

しかし、結界を展開出来るのはあと2回。

紅龍焔月爪での攻撃に手ごたえを感じたものの、しかし淳二はこの作戦ではジリ貧になることを即座に理解していた。

「一撃じゃ全然足りねぇ。次はもうちょっと踏み込んでみる!」

と、そこで不意に小摩訶那が騒ぎ出した。

「ふにゅふにゅふにゅ! ふにゅふにゅ!」

(ご主人さま、晴明様と乙姫様が今こちらに向かったそうです!)

うまい具合に小十郎が通訳してくれた。

「援軍が来るよ。晴明さんと乙姫さんがここに向かってる」

春樹がそれを他の二人に伝える。

「よっしゃ! これで100人力だぜ」

淳二が思わずガッツポーズ。

3人の間に勇気と希望がみなぎってきた。

「よかった…。では、次の攻撃に備えて…、ヲルスバン!」

再び広奈が懐から人型の紙を取り出し、ヲルスバンを召還した。

『ヲルスバン推参!』

防御結界の狭い空間にひしめき合うようにこれで4名のアタッカーが揃った。

「次は淳二さんの攻撃で魔王の防御を突破したところにヲルスバンの最大の必殺技を撃ち込みます。タイミングを合わせてください」

「なるほど、略してWonderfulね」

それだけで淳二と広奈の間で作戦の要諦はつかめたらしい。

が、魔王の側も黙って同じ攻撃を受ける愚は犯さなかった。

再び広奈の結界に雷撃を防がれたと見るや、今度はふわりと空中に羽ばたいた。

そしてヲルスバンが召還されたのを確認すると、一気に急上昇。

「にょわっ、逃げられた!?」

「…違う。あれは!?」

春樹の視線の向こう、魔王は手になにか果物のような赤い実を出現させると、それを口に運んだ。

「ザクロの実?」

広奈の視線もそれをとらえている。

と、魔王は口に含んだザクロの種を上空から広奈の結界めがけて広範囲で撒き散らしたのだ。

真っ赤なBB弾のようなザクロの種がバラバラと落ちてくる。

そして、それは地面や透明な広奈の防御結界に当たった瞬間、猛烈な炎を上げながら爆発炎上したのである。

「なっ、ナパーム弾かよっ!?」

たちまち広奈の結界だけを残し、辺り一面が猛烈な火の海に。

魔王は間断なくザクロの実を口に含んでは、種を撒き散らし続けている。

次々に爆発炎上するザクロの種。

「なんてインチキな…」

絶句する淳二。

「武田さん、結界はあとどれくらい持つの?」

春樹からの問いかけに広奈はさすがに焦りを隠せない声で、

「…3分が限界です」

今のところ広奈の防御結界のおかげで、熱も爆発の衝撃も感じないが、このままでは結界が解けたときに全員大火傷である。

さらにはいつの間にか空を黒雲が覆い始めていた。

結界にいるので気がつかないが、あたりの木の枝のゆれ具合から、鞍馬を台風並みの強風が襲い始めている。

爆発炎上するザクロに炎をあおる強風。

頭上には猛烈な黒さの雷雲。

「雷神の本性発揮ってわけか。くそっ、空中に逃げられたらオレの攻撃は当たらねぇし、どうすれば…」

さすがに焦りの色が濃い淳二。

「ヲルスバンで時間稼ぎをします。防御結界が消えてもわたくしの『五行妖術』で魔王の攻撃を防げれば…」

「周りの炎は僕が何とかします!」

「よっしゃ、じゃあオレは魔王を攻撃しまくる。それが最大の防御だ」

いつの間にか3人の暗黙知は高レベルで理解が進んでいた。

極限の戦闘状況で、生き残るために3人が連携しあう。

『ヲルスバン・オリエンタル・ノーブル・デンジャー…』

そしてヲルスバンは最大の破壊力を持つ必殺技、略称Wonderfulの詠唱に入る。

言うまでもなく、この詠唱が終了した瞬間、広奈は結界を解き、最後の反撃に移るのだ。

『エレクトリック・レボリューション…』

3人が呼吸を合わせる。

と、不意に頭上が輝いた。

幾千の雷が黒雲の間を駆け抜け、そして天に掲げていた魔王の腕が振り下ろされた瞬間。

轟音と、そしてこれまでの比ではないほどの強烈無比な光とともに、最大級の落雷が広奈の結界を直撃した。

悲鳴を上げる暇もなく。

これまで必死に結界を維持してきた広奈は、その霊力の限界を超えていた。

かろうじて、この落雷のみは凌ぎ切ったものの、もはや広奈にこれ以上の結界を保つだけの力は残っていない。

燃え盛る炎とこの落雷のせいで、数百度の熱量が結界の周囲に充満していた。

それが結界が消えた瞬間、一気に3人を包み込む!

『守護旋!』

春樹のとっさの判断は賞賛に値するほどのタイミングだった。

風使いである春樹の防御用の五行妖術が発動し、3人を守るように巻き起こったつむじ風が、熱量とそして炎をまとめて周囲に吹き飛ばす。

『ファンタスティック…』

ヲルスバンの詠唱は続いていた!

そしてそのままヲルスウィングを展開し、ヲルスジェットで魔王めがけて飛び立つ。

『アンビリーバブル・レーザー!!!!!』

それは雲からの落雷を成功させた魔王の間隙をついた攻撃だった。

直撃!

ヲルスバンの腰のベルトから放たれた極太のレーザーは魔王の翼の防御が間に合わなかったため、そのまま魔王の胴体部分に突き刺さった。

ついで、大爆発!

『ヲルスブレード!』

さらに荷電粒子の剣で、果敢に魔王に切りかかり、空中戦を挑むヲルスバン。

「よっしゃ、攻撃は最大の防御だぜ!」

淳二も地上から魔王めがけて必殺技を立て続けに放つ。

『表裏比興拳・六文銭気弾!!!』


『独眼竜烈風昇天破っ!』

春樹もそれを最大限に援護する。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ…」

荒い息を吐きながら、そして顔に玉のような汗をかきながら、広奈もまた必死に霊力の回復を図っている。

気を抜くとそのまま気を失ってしまいそうなほどに消耗した精神を懸命に鼓舞し、脳に酸素を送り込む。

辺りの木々には魔王の炎が移り、盛んに燃え上がっている。

風に乗って焦げ臭い匂いと黒煙が吹き付けてくる。

思い切り煙を吸い込んでしまい、広奈は涙を浮かべてむせてしまった。

極度の疲労のため、吐きそうになるがそれをこらえる。

そこにいつもの優雅な広奈の姿はない。

すでに台風並みの突風が吹き荒れている戦場で、広奈はもう立っている事も出来ない。

なんとか膝をついて風に吹き飛ばされそうな体を支える。

広奈は真っ赤に充血した瞳で上空を見上げる。

再び黒雲に膨大なエネルギーが収束しだしている様子が見える。

次にまたあの落雷を喰らったら、一撃で全滅するだろう。

そして地上から淳二と春樹の、上空からヲルスバンの攻撃を受けている魔王。

その魔王の視線を広奈ははっきりと認識した。

(わたくしを狙っている…)

春樹も、淳二も、ヲルスバンも、今は消耗し動けないでいる広奈を守るために必死で攻撃を繰り出している。

その攻撃を漆黒の翼で受け止めつつ、魔王はその狙いを広奈に定めたのだ。

弱い存在から順に消す。

あれだけの攻撃を受けながら、一切の弱体化が見られない魔王。

無尽蔵の怨念。怨霊の中の怨霊。

やがて神として祀られる存在。


そんな魔王を相手にするには、もはや自分の身を守るだけでも精一杯。

瞬時に広奈はある決断をし、最後に残った霊力を使って、呪を唱える。

広奈の脳裏に、生き残るための唯一の方法が、予感として閃いたのだ。

土の陰陽武道士である自分にだけ許された最後の方法。

だが、間に合うか!?


『長官殿ーーーーっ!』

断末魔の声。ヲルスバンが本日2度目の最期を迎えていた。

空中戦の末、至近距離からザクロの種を吹き付けられ、全身に炎が回ってしまったようだ。

そのまま人型の紙に戻り、それも炎に包まれながら強風に飛ばされ、消える。

「畜生! 降りてきやがれぇぇぇぇっ」

悔しさをにじませながら、淳二が地上から炎を撃ち出す。

「このっ、このっ!!」

春樹も霊気銃を連射しながら、抵抗を続けるが、魔王に対し有効なダメージを与えているようには見えない。

すでに戦線は崩壊しつつあった。

そして、魔王は広奈に狙いを定め急降下。

「やらせるかぁっ!」

広奈の前に立ちふさがる淳二。

そのまま渾身の力をこめてジャンプし、紅龍焔月爪を魔王の胴体めがけカウンター気味に繰り出した。

まさに淳二版のヲルスバーンナックルだ。

魔王もそれを避けない。

淳二の退魔の武器は確かに魔王の翼を抜け、本体の胴体深く突き刺さった。

しかし、致命傷ではない。

そのまま魔王の両腕が淳二の体をがっちり掴んでしまう。

「なんのっ、燃えろっ!」

魔王に刺さったままの右手から炎を撃ち出す淳二だが、蚊ほども効かぬ様子。

そして淳二を掴んだままの魔王の両手に光が集まる。

「やめろおぉぉぉーーーッ!」

「淳二さん!?」

春樹と広奈の悲鳴。

そして、淳二にゼロ距離から魔王の雷撃が炸裂した。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」


あまりの衝撃にそのまま淳二は20mほども吹き飛ばされ、地面を転がる。

全身からプスプスと煙があがり、強固な真紅の鎧も所々があまりの熱量で溶けている。

「くっ…」

何とか立ち上がろうとするが、そのまま倒れこんでしまう。

一撃で、戦闘不能。

意識を保っているのも奇跡的だし、死ななかったのが不思議なほどだ。

そんな淳二にはもう興味がない様子で、魔王は広奈の目の前に降り立った。



春樹さん、明日は頼りにしていますね。

もしもわたくしが危険な目に遭ったら、

どうか守ってください



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」

もはや言葉にもならない。

春樹は絶叫し、魔王めがけて渾身の必殺技を放つ。

猛烈な風のエネルギーはしかし、魔王の翼に当たると、そのまま吸い込まれるように消えてしまう。

なんら足止めにもならない。

そう、幾千、幾万の怨霊が魔王を取り巻き、ダメージを吸収する盾になっているのだ。

そして魔王の手のひらが春樹に向けられた。


(ご主人さま、逃げて!!)


小十郎の声も届かない。

「このおおおおおおっ!」

再び必殺技を放った春樹。

だが、その技は魔王の手のひらから放たれた雷撃と正面からぶつかり合い、そして無残なほどに悲しくかき消された。

そのまま雷撃は春樹を直撃。

淳二と同じように、衝撃で10m以上吹き飛ばされる。

「あぁぁぁぁぁぁっ!」

(きゃぁぁぁっ)

春樹だけでなく、その腰に下げた九頭竜の剣に巻きついている小十郎もまた大きなダメージを受けてしまう。


全滅…。

春樹の脳裏にそんな言葉がよぎる。

絶望的だった。

自分はあまりに無力で。

あれほど誓ったのに、誰も守れない。

痛みと雷撃の衝撃で体が動かない。

体は動かないのに、視線は広奈の姿をとらえていて。


ふわりと空に浮き上がり、広奈から距離を置く魔王。

動けない広奈。

魔王の腕が天高く上げられて、そして勢いよく振り下ろされた。


それは一度見た。あの雲からの落雷の技。


上空の黒雲をまた幾千の雷が駆け巡り。

収束し、

そして、たった一人の標的に。


視界が白に染められる。

轟音で耳が聞こえない。

遅れてきた衝撃波に春樹はまた吹き飛ばされた。


頭が真っ白になった。

いま、目の前で起こったのは現実なのか?

だって、あんな攻撃をまともに受けたら、武田さんは…。


死んだ…?



死んでしまった?





春樹さん、


僕は…、


どうか守ってください



僕は、守れなかった…。

武田さんとの約束も。

自分で立てた誓いも。

だって、魔王は強すぎる…。

とても勝てないよ…。



どれくらい時間が経ったのか。それはわずか数秒だったのかもしれない。

顔を上げると、そこに魔王が居た。

そして僕を上から見下ろすと、さっき武田さんを殺したように、今度は僕に対して魔王は手を高く上げた。

ああ、次は僕の番か。

(ご主人さま、早く逃げて!)

無理だよ。もう、どうでもいいんだ…。

(だめ! 絶対だめ!)


ひときわ強く、小十郎の角が光り輝く。

そして魔王は腕を上げたままそれを振り下ろせない。

小十郎の視線が魔王の動きを封じていた。

否、封じられたのは右腕のみ。

魔王はこともなげに口からザクロの種を吐き出す。

20粒ほどのそれは、呆然と座り込む春樹と、そして必死に魔王の動きを封じようとした小十郎の目の前にばら撒かれた。


時間にしてコンマ数秒。

それがなんであるか、春樹が認識する前に。


爆発。

そして、今度は春樹の目の前で。

彼を守ろうとした小さな夜刀神の体が。

その直撃を受けていた。

春樹もまた爆風に吹き飛ばされる。


(ご主人さま、死なないで…)


最期の意識。

小十郎から伝えられた最期の。


もう涙も出ない。

もうなにも感じない。

痛みも。熱さも。

早く死ねばいい。

武田さんとの約束も守れず、小十郎も死なせてしまった。

僕は…。死ねばいいんだ。

さぁ、早く殺して。

もう、僕は生きていても仕方ないんだ…。


再び春樹の視界は魔王をとらえた。

春樹は仰向けに倒れたままで。

だから魔王は逆さに見えていて。

でも、やっぱり右手を高く上げ、そして振り下ろしたところだった。


これで楽になれる…。









だが、その時は訪れなかった。


春樹の視界の中、魔王はおそらくはじめての困惑を覚え、見えない敵を求めて狼狽しているようだった。

空には魔王が呼んだ黒雲がなかった。

そして地面が光っていた。

いや、違う。

光っているのはこの山全体。

そしてその光の粒子がゆっくりと魔王の漆黒の翼の羽根のひとつひとつを消している。


黒雲を消したのは乙姫。

そして魔王を取り巻く怨霊を消しているのは晴明の作り出した大掛かりな結界。


ようやく、援軍が到着したらしい。

だけど。


すべては遅い。

遅すぎた。



絶望の中…。



でも…。


でも、もしかしたら。


僕は、僕だけは生き残れるかもしれない…。



春樹の脳裏に、甘い誘いにも似たささやきが聞こえる。



それは抗うことの難しい誘惑で。


今の絶望的な状況にあって、ただひとつ春樹に残された光で。



しかし、そんな春樹の心境の変化と裏腹に、それでも我が身に起こった異変を困惑とともに受け止めつつも、魔王は執拗に春樹を狙った。

それはまるで、自分が滅ぶ最期の瞬間までを生あるものすべてを滅ぼすために使おうという、妄執にも似た魔王最後の動機だったかもしれない。

晴明の結界は、しかし即座に魔王の動きを止めるほどの劇的な効果を発揮しているわけではなかった。

魔王は、まだまだ魔力に終わりはなく、その動きを止めない。

そう、春樹と、そして淳二に止めを刺すくらいには!


上空からの落雷を封じられた魔王は、その右の手のひらを春樹に向ける。

至近距離から雷撃が放たれる。

それは仰向けに倒れていた、春樹の顔面に直撃した。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

思わず漏れる悲鳴。

顔の右半分を強烈な痛みが襲う。


衝撃でまた激しく吹き飛んだ春樹は、今度は生への執着を見せて必死に起き上がった。


広奈の死、小十郎の死。

間近で見た二つの死は、いまや春樹を恐慌の只中に叩き込んでいた。


やっぱり…、

やっぱり、まだ、死ぬのはいやだ!


だけど、春樹の視界が異様だった。

視野の欠落。立体視が出来ない…。

絶え間なく襲う激痛。


「目、目がっ!?」


右目に手をやると、べったりと血がついた。いや、血とともに流れ出たのは、破壊され、焼け爛れた眼球だったモノ。

自分の手についたそれを見た瞬間。


「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」


春樹は絶叫した。


再び魔王が迫る。

絶叫する春樹に向けて、容赦なく雷撃を喰らわせる。


「ぎゃぁぁぁぁぁっ」


無残に、醜く、悲鳴を上げて吹き飛ぶ。

痛みをこらえることも出来ない。

意識を失うことも出来ない。


だれか、だれか、この苦しみを止めて。

僕は死にたくない!!



無意識のうちに春樹の左手は、九頭竜の剣の鞘に。

さっきまで小十郎が巻きついていた場所に。



剣の主よ。汝は我が力を解放するか



する。

します。

だから、力を。



汝の体を我に差し出すか



魔王を倒す力を。

殺す。

殺さなきゃ、殺される!

僕は、僕は、死にたくないっ!!!

死ぬのはいやだぁぁぁぁぁっ!!!!



ならば剣を抜け



そして、春樹は一気に、その剣を。

九頭竜の剣を。

抜き去った。


ドクン!




汝の願い、聞き届けた



一瞬で、つぶれていた春樹の右目が修復された。

しかしそれは、人間の目ではない。

漆黒の眼球に縦に長く割れた黄金の瞳。

オロチの瞳。


心地よきかな。生に執着する人間の心の何と甘美なことよ…。 聞け、剣の主よ。汝は我なり、我は汝なり




「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」


春樹の咽喉から、巨竜のような叫び声がほとばしった。



◇2月16日10時38分 由岐神社 安倍晴明&乙姫◇


「晴明様。雷雲と大風は消しましたけど、このままだと凄い山火事になっちゃいます。今度は雨雲を呼んでいいですか?」

天候を自在に操る秘宝『如意珠』に必死に念をこめつつ乙姫がそう晴明に問いかけていた。

「そうだな。それで火を消してくれ」


どちらかといえば、上の空。

適当にそう答えつつ、晴明は脳裏に送られてくる戦場の映像を注視していた。

あれだけの戦いにもかかわらず、いつの間にか小摩訶那だけは無傷のまま少し離れた場所から晴明に映像を送っていたのだった。

(なるほど、実に興味深い…。ここまで待った甲斐があったな)

そして小摩訶那=晴明が見ている先、そこには春樹の姿があった。

しかし、その姿は一見して異様だった。

春樹の右手の先から、巨大な、春樹自身よりも巨大な九つの蛇の首が生えている。

九頭竜の剣は刃の部分が一番大きな首に。

鍔の部分の意匠はそのままそれを取り巻く8つの首に。

大蛇の胴体部分を意匠化した柄は、春樹の右腕と一体化していた。

9つの蛇の頭は春樹の右手から伸びた先で巨大化し、そして魔王を喰っていた。

魔王の反撃は意味を成さなかった。

雷撃を受けても、ザクロの種が直撃しても、春樹の体も九頭竜の首も一瞬でその傷を修復していた。

そして魔王の体に食いつき、漆黒の翼を飲み込み、力を奪っていた。

春樹の持つ殺意、絶望、怒り、どうしようもないほどの恨みの念。

それらが魔王の持つ怨念といつしか一体化していく。

春樹の体も、徐々に人のカタチを失って…。


「そろそろだな」

晴明はそう呟くと、念入りに用意した巨大結界に対し、ターゲットを変更すべく、修正を施した。

すなわち、魔王から、春樹へと。


再び巨大な結界全体が光を放ち、今度は春樹から悪しき怨念の力を削っていく。

徐々に巨大化、そして竜身へと変化していた春樹の体が、元の人間のものに戻っていく。


九頭竜が魔王の怨念を喰い、その怨念を晴明の結界が浄化していく。


やがて、魔王の持つ魔の力がほとんど消えかけたところで異変が起きた。


春樹とそして倒れたままの淳二がこれまでとはまったく違う種類の光に包まれたのだった。


「…頃合か。だが完全に浄化が済んでいないな」

舌打ちする晴明。


まだ春樹の中には多量の魔王の残滓が残っているが…。

それを浄化し切れていないうちに、先に彼らをこの時代に繋ぎとめられるだけの魔の力が魔王から消えたのだろう。


時空を超えてまで春樹たちをこの平安時代に留まらせていた力。

それは現代の魔王が施した『強い魔の力と惹き合う』呪い。

だが、この時代の魔王が消えたら、当然その呪いは次なる魔王の力に向けて動き出すだろう。

距離も時間も超えて。

そして元いた時代への復元力。

すなわち、また未来へ飛ぶのだ。

数百年先の次の時代に再び現れるであろう魔王に向かって。


そして。

春樹や淳二が完全に消えたことを確認し、晴明は大きくため息をついた。

同じタイミングで晴明の一条屋敷でも輪と美亜子が消滅している。

乙姫に向かって厳かに告げる。


「魔王は滅んだ」

それを聞いて乙姫の顔がパッと明るくなる。

だが、

「魔王が滅んだことで、あの5人をこの時代に繋ぎとめていた力もまた消えた。彼らと再び逢えるのは、200年以上先になる…」


如月綾さま画、安倍晴明。
『晴明さま、250年後を憂う』



◇エピローグ◇



光に包まれていた。


もう自分の意思では指一本動かせなくなったこの体なのに、まだ外で起こっている現象は認識できている。

魔王をほとんど喰らい尽くしたあと、不意にまた体が宙に浮いたようだった。

そしてこの光。この感覚…。

なぜか僕は理解していた。

たぶん帰っていくんだろう。

この体が、元居た未来へ。

だけど…。



(ご主人さま)


小十郎? 小十郎なの?


(はい、ボクです)


どうして? 君は僕の目の前で…。


(うん。でもここは時間が意味を成さない場所だから。だからこうしてお話が出来るんです)


…小十郎、ごめん。

僕は、弱くて、誰も守れなくて、武田さんが殺されて、絶望して、そして君の命も…。


(もういいんです。すべては運命だったんです)


運命なんて。そんなの悲しすぎるよ…。


(ご主人さま、ボクのお願い、聞いてくれますか?)


なに? 僕に出来ることなら、何でもするよ。


(ボクのこと、忘れないでください)


えっ?


(時々でいいから。ボクのことを思い出して)


うん。思い出す。忘れないよ。


(本当に?)


うん! もちろん。絶対に、絶対に忘れないよ。

小十郎と過ごした時間は、僕の大事な思い出だから。

だから、絶対に忘れない。


(よかった…)


小十郎?


(ご主人さま、ボクは分かったことがあるんです。ボクは死んでしまったけど、だけどボクという魂は転生して、転生を繰り返して、そしてご主人さまへと連なっていくたくさんの命ととも過ごすんです。そして未来で。ボクはきっとまたご主人さまに逢えるんです。そしたら今度こそ、ボクはしっかりご主人さまのことを優しくて、そして強くて立派な戦士に育てます。剣の主に相応しい王の中の王に。必ず…。必ずです。それがボクの果たせなかった夢だから)


じゃあ、また君に逢えるんだね?


(はい。だから、しばらくの間、さよならです)


いつ、逢えるの?


(千の夏を越え、千の冬を過ごして、幾つもの命を見送ってボクは待ってます)


小十郎。


(また、未来で…)










◇そしてプロローグ◇



「はにゅにゅ!?」

突然だが、一条屋敷の付喪神である一条摩訶那は自分の身(屋敷)に起こった異変に気付いた。

これは、侵入者の反応。

招かれざる客が、いきなり一条屋敷の奥の部屋に!?


「なんですかぁ〜? 誰ですかぁ!?」

パタパタと台所から奥の部屋へと駆けつける摩訶那。

これまでしばらく世の中が乱れていたから、十分家の戸締りには気をつけていたのに!

「…ん、なに?」

その物音を聞いて、美亜子は目を覚ました。

傍らには眠ったままの輪。

一体どれくらい寝ていたのだろう?

そして輪はまだ目覚めないのだろうか?

「輪、…輪!」

ゆさゆさと揺すってみる。

だが、反応がない…。

「輪……」

まだ晴明は輪の治療を終えていなかったのか?

そして、魔王との戦いはどうなったのだろう?

起き出そうとした美亜子だったが、それより早くバターンと勢いよく障子が開けられた。

そして慌てた様子の摩訶那が登場。

「なに? 何か緊急事態?」

美亜子が聞くと、思いがけないリアクションが返ってきた。

摩訶那は美亜子を凝視するとびしっと指を突きつけた。

「不審者ですぅ!」


「どこに?」

まだ状況をつかめない美亜子。

そして、摩訶那は一切の容赦なく、


『超神技! 畳乱舞!!!!!』

ドカーーーン!

「ちょっ…」

さすがの美亜子もこの超絶起床技の前にはバランスを保てなかった。

舞い上がった畳。そしてその畳に舞い上げられた美亜子と寝たままの輪。

そして二人めがけて容赦なく空中を飛び交う畳が襲う!

「うそっ」

とっさにそれを空中で防御し大きなダメージ無しで潜り抜けたのは美亜子の天才ゆえだろう。

が、輪は…。

ドカッ、ビシッ、ドスッ、バタバタバタ。べちべちべち。

ドシーーーン。(落下)


もろに全部喰らっていた。

そして…。

「ぐはっ! なんだ!? 何が起こった!?」

飛び起きた。

「へっ!?」

美亜子、絶句。


直江輪。

実に249年ぶりの目覚めであった。


陰陽五行戦記第二章『源平編』に続く…。





完結記念って事で、感想をいただけたら嬉しいです。

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◇巻末おまけ。平安編簡易イベント表◇


長かった平安編もこれにて完結。簡単に思い出を振り返ってみましょう。


2月10日 夜、5人突如この時代へ出現。
輪と美亜子、土蜘蛛退治、太郎坊と出会う。
淳二と広奈、ムカデに遭遇、乙姫と出会う。
春樹、鵺に襲われる。
2月11日 輪と美亜子の元に春樹が運ばれてくる。
推理合戦。
淳二と広奈、竜宮城を出てムカデと決戦。
淳二、負傷し湯治。
2月12日 早朝から移動開始、羅城門で5人再会。
乙姫、輪に一目ぼれ。
正午頃安倍晴明の屋敷へ到着。
摩訶那、晴明を起こす。
晴明の魔王講座。
源経基屋敷で鬼女紅葉と対決。
美亜子、一条戻り橋で鬼退治。
愛宕山まで朧車で地獄のドライブ。
春樹、燃える。乙姫動揺。春樹死にかける。
愛宕山の天狗全滅。
2月13日 晴明の秘術により広奈が陰陽師になる。
五行相生の儀式。5人パワーアップ。
地球警備ヲルスバン、式神として登場。
5人と乙姫東国へ。
春樹、落下。
将門の式神+九頭竜と決戦。
春樹、食われる。
輪、初めてラブラブビームを使う。
春樹、九頭竜の剣ゲット。
将門の式神+夜刀神と決戦。
春樹、小十郎を仲間にする。
本物の将門と決戦。
美亜子、将門に斬られ大怪我。
全員竜宮に逃げ帰る。
輪、女難。
乙姫、退魔の武器をみんなに配る。
春樹、小十郎から秘密を打ち明けられる。
2月14日 藤原秀郷と平貞盛、将門を討つ。
一行、比叡山へ。良源と比叡連者登場。
センゴクマンVS比叡連者、対決。
一行、大江山に移動。
2月15日 大江山の決戦。
広奈、酒呑童子を討つ。
良源、暴走。
摩訶那、晴明を起こす。
一条屋敷で作戦会議。
晴明、巨大結界作成開始。
輪君、羅城門で孤軍奮闘。
広奈と美亜子、輪を蘇生させる。
2月16日 美亜子、輪とともに決戦メンバーから外れる。
晴明、輪と美亜子の呪術メカニズムを研究。
鞍馬山の決戦。
広奈、戦死(?)
小十郎、戦死。
春樹、九頭竜化。
魔王滅ぶ。
5人、この時代から消滅。