陰陽五行戦記
第一章 ◇平安編◇
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必要だから、この力が無ければ太刀打ちできない敵だから。 だから、輪は叫ぶ。 『ラァァブラブ、ビィィィィムッ!!!』 直江兼続の『愛』の前立てが煌き、そこから強烈な威力を秘めた、必殺のビームがほとばしる。 その愛のビームは、藤原純友率いる妖怪軍団と、後ろに控えた数百人からの軍勢のちょうど中間ぐらいの地面に勢いよく命中した。
たちまち、軍勢に動揺が走った。
無駄な犠牲を払わないように、この時代の人間を殺すことを避けるために。 まずは、後ろに控える藤原純友の軍勢を足止め、或いは壊走させる。
もう一撃。
海賊上がりの兵達の目の前で、勢いよく飛んできた『愛』が地面に着弾し、激しく土砂を撒き散らす。 この時代の常識からは、到底考えられない現象。 それは、神の業にすら見えた。 「な、なんだぁ!?」 「ひぃぃぃっ」 たちまち動揺する軍勢。 「何事ぞ!? ええい、狼狽するでない!」 藤原純友が、事態を沈静化するべく、牛鬼の手綱を引いて方向転換。 だが、そんな時間を与えてはならない。 次に、輪は大音響で叫んだ。
藤原純友の声も、動揺した軍勢の悲鳴と怒声にかき消された。
間髪をいれずとどめの一撃。
「立ち去れ! さもなければ、今度は死ぬぞ!」 自ら鬼神になったつもりで、輪が叫ぶ。 「た、助け…」 「ぎゃぁぁぁぁぁ!」 「どけっ、邪魔をするな!」 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」 完全に壊走状態になった軍勢は、我先にと逃げ出した。 戦う前から、平安京に突入する前から、すでに勝った気でいる軍勢。 略奪の欲望に心を奪われていた賊徒の群れ。 もとより死を恐れぬ兵達ではない。 あっという間に壊乱し、算を乱して逃げていく。 篝火を持った数百の軍勢がバラバラに散っていくさまは、遠目には蛍の群れのように、ある種幻想的な光景だった。 しかし、それをぼんやり見物するような暇は、全くなかった。
だが、本当の戦いはこれから。 なぜなら、輪のことを見つけた妖怪軍団が、凄まじい勢いで殺到してきたからだ。 黒雲を呼び、上空に二匹の鵺が舞い上がった。 8本の足で常人に2倍するスピードで女郎蜘蛛が接近してくる。 巨大な蛇の体をくねらせ、濡れ女がその後に続く。 その背後では、鎌首もたげるように、巨大ムカデが牙を剥いていた。 「待て、動くな! まだ伏兵がいるかも知れん」 牛鬼に乗った純友が妖怪軍団を抑えようとするが、それで止まったのは牛鬼とムカデのみ。 敵を、輪の姿を見つけた妖怪軍団はそのまま突進してくる。 (くっ…) 内心、輪は舌打ちした。 脅しに乗ってそのまま妖怪軍団も逃げてくれれば一番だったものを。 本能的に、真に恐ろしい敵、つまり輪に対して集団で立ち向かってきたのだ。 しかも、飛び上がった鵺と高速で迫る女郎蜘蛛のスピードはこちらよりずっと早い。
だが、同時に複数の敵を相手にする愚は犯してはならない。 敵のスピードに差があるなら、そのタイムラグを生かして、各個に撃破する。 この場合、女郎蜘蛛が一番早く、次に鵺か…。 順番に数を減らしていき、そして、隙を見てなんとか逃げる。 素早く戦術を練り、輪は神刀『毘沙門天』の鞘を左手で握り締める。 心から、軍神の加護を願い、真言を唱える。 『ナウマク・サマンダボダナン・ベイシラマンダヤ・ソワカ』 鞘を握った左手から、全身を駆け巡るように力が沸き起こる。 そして一気に抜刀する。 すでに真っ暗になった平安京の闇の中でも、その刀身はきらきらと輝いて見えた。 霧風のごとき白い光の粒子を柔らかに放ちながら、揺らめく神秘の刀。 「寄らば、斬る!」 自らの戦意を奮い起こすように、輪は叫んだ。
両者の距離が、10mを割ったとき、蜘蛛の体の上に乗った女の上半身、その両手が輪に向けて突き出されると、指先から白い糸が放出された。 まるで、クラッカーを鳴らしたように勢いよく、だが、音も無く接近する糸。 命中し、包まれれば動きを封じられてしまうことは想像に難くない。 「くっ!?」 とっさに輪は左にステップしてかわす。 『氷刃投射!』 条件反射的に、技が出た。 神刀『毘沙門天』を振るい、切れ味鋭い冷気の刃を放つ。 美亜子の突きに、体が勝手に反応するように。 攻撃をよけると同時に、逆撃を食らわす。 100%の戦闘モードに入っている輪の、無意識に近い攻撃は、しかし、的確に女郎蜘蛛に命中した。 その、突き出した両腕が、冷気の刃に切断される。 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」 悲鳴は、若い女性の声、そのものだった。 それは決して気分のいい体験ではない。 (すまない) だが、殺さなければ、こちらがやられる。 勝敗を決するのは、スピードなのだ。 輪は流れるような足運びで一気に距離を詰めると、地面すれすれの低い軌道から、跳ね上がるように斬撃を浴びせる。 神刀『毘沙門天』の退魔の力は、女郎蜘蛛の足を数本まとめて斬り飛ばした。 たまらず体勢を崩し、地面に倒れこむ女郎蜘蛛に、輪は至近距離から叫ぶ。 『ラァァブラブ、ビィィィィムッ!!!』 一切の容赦なし。 間近から愛のビームの直撃を受け、女郎蜘蛛のその、人間の女性の上半身が、完全に吹き飛ばされた。 残された蜘蛛の下半身は、それ自体がひとつの生き物のように、しばらく残された足を動かしていたが、やがて塵と化していった。
特に地上にいる輪にとって、空からの鵺の攻撃は脅威。 まずは、そちらを何とかしなくてはならない。 とっさの判断だったが、上空から、背後に回りこもうとした鵺めがけ、『毘沙門天』を振るった。 『氷刃投射!』 「ヒョォォォォォッ!!」 甲高い、鳥の鳴き声をあげ、鵺は巧みに上空で方向転換し、輪の攻撃をかわしてみせた。 スピードは、かなり速い。 倒すのに、多少時間がかかりそうだ、と輪は一瞬で判断を切り替えた。 (だが、接近されなければ、攻撃手段は無いはず) そこで輪は鵺には目もくれず、まずは濡れ女と対峙することを選んだ。 長い蛇の胴体をくねらせ、濡れ女もこちらに向かってくる。 薄気味が悪い蛇の胴体の上に髪の長い女の体が乗っている奇怪な妖怪。 指先には長い鉤爪、口元に蛇のような鋭い牙。 乙姫が恐れるほどの凶暴さ。 「はぁぁぁっ!!」 輪は刺突の構えで、濡れ女に向けて突進。 間近でラブラブビームを撃ち、濡れ女がそれをよけようと体勢を崩したところに、必殺の突きを見舞うという二段構えの攻撃だ。 『ラァァブ…
一瞬感じたのは猛烈な光。 そして衝撃。 何かが、輪に命中したのだ。 突進中だった輪は、たまらず体勢を崩し、無残に地面に倒れ転がった。 全身を貫く痺れに、一瞬息が止まり、体が動かない。 そこに、また一撃。 「ヒィィィィ、ヒョォォォォ…」 上空、黒雲に乗った鵺が放った雷撃だった。
「ぐはっ…」
だが、痛みと衝撃に意識が遠くなる。 「くっ…」 こんなところで、倒れてはいけない。 立ち上がれ。 右手にはまだ、しっかり『毘沙門天』を握っている。 まだ、戦える。 それに、濡れ女はもう、近くに…。
蛇とも人間の女の声ともつかない、不気味な叫び声は、仰向けに倒れた輪のほぼ真上から聞こえた。 「くっ!」 本能的な回避行動だった。 とっさに、地面を転がった輪のすぐ脇に、上から振り下ろしたと思われる濡れ女の鉤爪の一撃が突き刺さった。 まるで、怪力の農夫が鍬を振り下ろしたかのように、深々と鉤爪が地面に埋まる。 恐るべき威力だった。 もしまともに当っていたら、強固な鎧ごと輪の体をあっさり貫通していただろう。 だが、その威力ゆえ地面に埋まった左手が抜けないのか、一瞬、濡れ女の動きが止まる。 隙が出来た。 コンマ数秒のうちに、輪はうつぶせに倒れたままの自分の身体を左手一本で支え、その状態のまま、右腕一本で『毘沙門天』を振るった。 地面に刺さったままの濡れ女の左手が、すっぱりと腕から切断された。 「シャーーーーッ」 不気味な悲鳴が響き渡る。 濡れ女の強力な攻撃手段の一つを奪った。 続いて輪は立ち上がろうとしたが、地面に刺さっていた左手が離れたことで、濡れ女は行動の自由を回復していたのだ。 下半身が長い蛇の身体であることから、濡れ女は輪の予測できない動きをみせた。 すなわち、地面すれすれの高さから、大きく身体を伸ばし、右手で輪の左腕をがっちり掴んだのである。 まさに、獲物を捕らえる蛇のような動き。 輪は、それに反応できなかった。 左腕に激痛が走った。 何事かと思う間もなく、輪は物凄い力で引っ張られた。 「キシャーーッ」 濡れ女の上体が今度は地面から垂直に起き上がる。 左腕をつかまれたままの輪は、そのまま宙吊りのような格好。 鉤爪が食い込んだ輪の左腕からは鮮血が滴り落ち、輪の二の腕を流れていく。 強固な鎧をもってしても、その鉤爪を防ぎきることは出来なかったようだ。 恐ろしいまでの腕力。万力のような握力である。 濡れ女はそのまま、輪の左肩のあたりに今度は牙を剥いて噛み付いた。 左手を高く持ち上げられた輪は、よけるすべが無い。 噴出した鮮血は、濡れ女の口元と、輪の頬を紅に濡らす。 輪の口から、悲鳴は漏れなかった。 猛烈な痛みに歯を食いしばって耐え、とっさにあいた右手で神刀『毘沙門天』を濡れ女の胴体に突き刺したのだ。 肉を切らせて骨を絶つ。 その言葉を地でいく、起死回生の攻撃だった。 もし、濡れ女の左手が無傷だったら、その手で輪の右腕もがっちりつかまっていたかもしれない。 その点では、片手の濡れ女に、輪の逆撃を防ぐ手立てはなかった。 「シャァァァァッ!?」 輪の左肩に噛み付いていた口が開き、悲鳴らしき声が漏れる。 左手を掴んでいた濡れ女の右手から力が抜ける。 自由が回復する。 輪は両足でしっかり地面を踏みしめると、人間で言えばへその上辺りに突き刺さっていた『毘沙門天』を勢いよく抜いた。 「ぬぅぁぁぁぁぁぁっ!!!!」 抜くと同時に、その勢いのまま回転。 ちょうど、バックハンドブローのように、毘沙門天の回転斬りを見舞った。 きらきらと霧風を纏わせた刀身が、濡れ女の首筋に吸い込まれた。 「シャァッ…!?」 濡れ女の悲鳴は中途で途切れた。 一瞬遅れて、その首が宙に舞い、10m以上はあろうかという蛇の胴体が、激しく末期の苦悶にくねる。 「かはっ…」 悲鳴をこらえる為、呼吸を止めて歯を食いしばっていたが、それがようやく開放された。 (これでふたつ…) 浅く息を吸い込み、周囲を見渡し戦況を確認。 残っている敵の数はまだまだ多い。 一瞬たりとも気は抜けない。 全身に巡るアドレナリンのおかげか、痛みを感じる暇も無い。 左腕と左肩からは、とめどなく鮮血が流れ出し、輪の鎧を朱に染めていたが、もちろん治療も止血も出来るはずがない。 二匹目の敵を葬ったことを喜ぶ間もなく、今度は鵺二頭が輪に迫っていた。 「ヒョォォォォォッ!」 一頭が上空から雷撃を放つ。 (同じ手は食わん!) 大きく後ろに飛びずさってその攻撃をよけると、上空10mの鵺めがけ、 『ラァァブラブ、ビィィィィムッ!!!』 鵺がよけたため完全に命中はしなかったが、しかしその攻撃は鵺が乗っている黒雲を粉砕した。 ために、鵺が上空でバランスを失い、そのまま落下。 激しく地面に叩きつけられ、その動きが止まる。 もう一度空に逃げられる前に、とどめを刺そうするも、もう一頭の鵺が上空から果敢に輪に突進してきた。 どうやら傷ついた仲間をかばってのことらしい。 「ヒィィィィ、ヒョォォォォォ!!!」 甲高い鳴き声とともに、神風特攻のように輪めがけ上空から迫る鵺。 猿というよりはヒヒのような醜悪な顔が輪の目前に迫る。 それを、輪はよけようともせず、律令を変化させんとこう叫ぶ。 『護身氷壁!』 五行の“水”の『陰陽武道士』たる輪の言葉に、地面から強固な氷の壁がそそり立った。 一瞬のうちに生じた防壁に、鵺はそのまま頭から激突。 ひるんだところを、右に回りこんだ輪が、右手一本で『毘沙門天』を振るう。 神刀の片手斬りは、鵺の首を両断するには到らず、刀身がその半ばで埋まってしまった。 もう、左手に力が入らない。 出血がひどいためか、目がかすんできた。 朦朧としだした意識の中で、それでも輪は本能の赴くまま、最も効率よく敵を殺せる技を繰り出す。 『ラァァブラブ、ビィィィィムッ!!!』 ゼロ距離からのラブラブビームで、鵺の体が吹き飛ばされる。 『毘沙門天』がそれで鵺の体から抜ける。 「ヒョォォォォォ……」 断末魔の叫びを上げ、鵺はそれで絶命。 『ラァァブラブ、ビィィィィムッ!!!』 返す刀で、落下した鵺にラブラブビームを直撃させる。 これで、厄介な敵をまとめて片付けた。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ…」 息が荒い。 ともすれば膝の力が抜け、倒れこんでしまいそうなその体を、気力だけで支え、輪は次なる敵と対峙する。 大ムカデ、牛鬼、そしていつの間にか牛鬼から降り、弓矢を構えていた藤原純友。 「恐るべき力よ…」 輪の戦いぶりに圧倒され、このときまでただ見ているしか出来なかった純友。 だが、ようやくこの“異常事態”の衝撃から立ち直り、豪胆な武将の地が現れた。 妖怪軍団を支配下に置くほどの男である。 瀬戸内の海賊を掌握し、朝廷に反旗を翻した剛の者である。 「名を名乗れ!」 純友にそう声を掛けられ、これまで本能のまま、獣のように戦っていた輪に、理性が戻ってしまった。 ために、そこに隙が生じた。 純友は輪の返答など待っていなかった。 ただ、それで輪の張り詰めた空気に、風穴を開けられればよかったのだ。 戦場における場数、駆け引きのうまさでは純友は一流だった。 輪の気がゆるんだその間隙に、純友の放った矢が飛んだ。
よけられなかった。 護身氷壁で防御することも出来なかった。 名を名乗れ、と言われ条件反射的に直江輪と答えようとし、だが、それを思いとどまった。 そのコンマ数秒の躊躇が隙になってしまった。 純友の放った矢は、或いは将門には及ばないにしても、必殺の威力で輪の右胸に突き刺さった。 その衝撃に思わず輪がよろめき、片膝をつく。 「ゆけ! やつを殺せ!」 純友の指示に、牛鬼と大ムカデが突進を開始。 右胸から流れ出した血に、今度は右半身を染めつつある輪めがけて。
輪の脳裏に死の予感がよぎる。 いや、予感ではない。 ありとあらゆる状況が、自分の死を決定付ける方向に進んでいた。 一人で戦端を開くのは、やはり無理だったのか…。 敵の強さを、はかり損ねていたか。 自分の戦闘力を過信してしまっただろうか。 いまや全身が鮮血に染まった輪には、逃げるだけの体力も残っていなかった。 左腕の傷も、左肩の傷も、そして右胸に刺さった矢も。時間とともに輪の体から力を奪っていく。 戦う意思が挫けそうになる。
綾瀬…。
1000年前の世界で、俺はこのまま、たった一人で死んでいくしかないのか? 誰にも、助けてもらえず。 誰にも、何も伝えられず。 誰にも、知られぬまま…。
絶対に生きて帰る。約束する。だから、どうか、力を…。 俺に力を…。
大切な人。 約束。 願い。
予感といってもいい。 なにか、悪いことが起きている。 多分、あいつの身に、何か…。 「あれ? どうしたの美亜子ちゃん?」 「ん、ちょっと…」 その漠然とした不安は、多分うまく説明できない。 なので、説明を一切放棄し、美亜子は無言で庭に出た。 淳二と春樹は黙って部屋を出て行く美亜子を不思議そうに見守るだけ。 だが、夕食の準備を手伝おうとしていたので、そのまま摩訶那の元へ。
ずいぶん遅い。 いい加減、竜宮から輪と乙姫が帰ってきてもいい時間だ。 でも…。
唐突に声を掛けられ、美亜子は慌てて振り向いた。 声の主は振り向くまでもない。分かっている。 でも広奈の表情も声も、常になく緊迫感を持っているように美亜子には思えた。 「そうね」 冗談を言って茶化す気にはなれなかった。 だから、そう答えた。 広奈も小さく頷くと、躊躇なくこう言った。 「嫌な予感がします。なにか、よくないことが…」 その言葉にかぶるように、遠く上空から乙姫の声が聞こえたような…。 「この声は?」 「乙姫さん?」 何かを叫んでいるが、うまく伝わるように言語化できていない。 泣いている。 ただ事ではない。 そうこうしているうちに、乙姫と、乙姫を抱えた神将が二人の前に降り立った。 「輪さんが…、輪さんが…、助けに…」 上空を飛んでいる間、どれほど焦っていたのだろう。 うまく状況を伝えられないまま、泣きじゃくる乙姫は、とにかく輪さん、助けに、羅城門、と三つの単語だけをならべた。 「分かったわ」 美亜子は、即座に神将に命じ空へと舞い上がった。 「ヲルスバン!」 広奈は自らが召還したヲルスバンにて美亜子を追う。 その頃には、事態に気付いた淳二と春樹、そして摩訶那らが庭に出てきたが、乙姫が落ち着き、状況を説明するまで、数分のタイムラグが生まれたのだった。
…かに見えた。 だが、輪は手をかざし「消えろ」と呟いただけで、その水を一気に消し去ったのだ。 そこから、反撃のラブラブビームを5連発。 あまりの『愛』の勢いに、さしもの牛鬼の突進も止められてしまうと、逆に輪が突貫し、神刀『毘沙門天』を牛鬼の脳天に突き刺した。 魔を払う神刀の力に、牛鬼の体が徐々に崩壊していく。 続いて大ムカデに対しても、素早く移動しながらラブラブビームを何度も放つ。 「お、おのれ…、やつは鬼神か!? なぜあれだけ動けるのだ」
半死半生と思われた愛の兜の男が、牛鬼をあっという間に葬り、今度は大ムカデを翻弄している。 この際、体が巨大であるため、ラブラブビームの格好の的である。 ムカデは何とか輪を踏み潰そうと追い掛け回すのだが、輪も全速で逃げながら、時折振り返ってラブラブビームをムカデに命中させ、その生命力を削っていく。 やがて、壮絶な追いかけっこはムカデがついに消滅してしまうことによって幕を閉じた。 だが、あれだけの傷を負っておきながらここまで激しく動いたことで、輪の出血は常識的に見て、完全な致死量を超えてしまっていた。 むしろ、いまだに立っていられることが信じられないほどである。
かすれるように、しかしまだはっきりと輪の唇が動き、藤原純友の足元に愛が突き刺さった。 爆発するように地面がえぐられ、その勢いに、純友が後ずさる。 「お、おのれっ!」 そして、純友は逃げた。 妖怪軍団と海賊たちを率いて都を落とす寸前だったのだ。 それが、たった一人の男に完膚なきまでに阻止されてしまった。 まだ、死ぬわけにはいかない。 こうなれば伊予の国に戻って再起を図るしかない。 絶望に押しつぶされそうになりながらも、それでも純友は生に固執し、逃走を選んだ。 だが、主力を失った純友は、その後追捕使長官小野好古や源経基らの軍勢に敗れ、最期は伊予国警固使橘遠保により捕らえられ、獄中で没することになる。
常人ならとっくに死に到っていたはずの体で、それでも最後まで戦いを続けてきた輪にも、限界が訪れようとしていた。 「…あや、せ」 これで、もう敵はいない。 すべて、倒した。 勝つことが出来た。 生き残れる。 生きて、再び綾瀬に逢える。 俺を褒めてくれるか? 俺は、ちゃんと戦えただろう? 綾瀬に逢うために。 綾瀬を悲しませないように。 綾瀬が泣かないように。
ぐらり、と輪の体が揺れた。 自分が仰向けに倒れたことを、輪はもう感じることが出来なくなっていた。
手足の感覚がなくなってる。 さすがにちょっと血が足りなくなったかな…。 早く武田に治してもらわないと…。
ちゃんと事情を説明出来ただろうか。 しかし、結局援軍が来る前に俺が全部片付けてしまったな…。
敵を残しておけばよかったか…。 ふっ、そんなことをする余裕なんか、なかったな…。
お前の援護があればもう少し楽に戦えたというのに…。 もう少し、楽に戦って、そして…… ・ ・ ・
風は少しだけ血の匂いを含んで、平安京へと抜けていく。 仰向けに倒れた輪の鼓動は、このときすでに停止していた。 再び羅城門の周りで、虫の声が聞こえはじめた。
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