〜大長編オリジナル日本史ファンタジー大河ドラマ小説〜

陰陽五行戦記

第一章 ◇平安編◇

第三十一話「決戦前夜の寄り道」



◇2月15日12時 安倍晴明邸宅『一条屋敷』◇


「はにゅ〜、危ないですぅ〜」

ちょうどお昼時の一条屋敷。

この屋敷の付喪神であり、晴明の身の回りの世話をしているまかないさんでもある一条摩訶那の声だけが響いている。

それほど人目を引く美人ではないが、ほんわかとした表情とぽってりとした顔のつくり。

現代風に言えば癒し系で和み系、はにゅほにゅ系(?)の少女である。

それなりに豪華な調度品なんかが置いてある、一条屋敷で一番広い板張りの部屋、そこに摩訶那はいた。

その部屋には2枚だけ畳が敷いてあり、その上に摩訶那が座って一枚の鏡を覗き込んでいる。

先ほどから、摩訶那はその鏡を見ながら「はにゅ〜、ふにゅ〜、ほにゅ〜」と歓声(?)をあげているのだ。

「ふにゅっ、そこですぅ! 頑張れ〜美亜子さん〜」

べしべし。

思わず畳を叩きつつ、熱のこもった応援を続けている。

「はにゃ? すごいですぅ。さすが乙姫さんですぅ〜」

ぱちぱちぱちぱち。摩訶那大拍手。

そんな摩訶那の見つめる鏡の中、大江山での激闘の様子が空撮で映っている。

そう、例によって晴明の飛ばした偵察式神から送られてくる映像を、ここに投影しているのである。

そして摩訶那の見ている前で、美亜子と淳二、そして乙姫の3人は突進してきた牛の頭の蜘蛛の化け物(牛鬼)をやっつけたところである。

ついで淳二が鴉天狗の攻撃で負傷。

「淳二さんっ? あうぅ〜、痛いですぅ」

自分が攻撃を受けたように、泣きそうな顔の摩訶那。

すっかり画面に感情移入している。

鬼の大群に囲まれつつも、春樹と乙姫を守ろうと円陣を組んで奮闘する比叡連者。

上空の天狗を撃ち落そうと必死な春樹。

そして鬼の群れに踊りこんで孤軍奮闘する美亜子と淳二。

リアルタイムで飛び込んでくる各種映像に、摩訶那も一喜一憂である。

やがて、上空を仰ぎ見た春樹が、絶望的な表情を浮かべた。

「はにゅ? 上向いてもらえますかぁ?」

と、鏡に手を触れて呼びかけると、それに答えるように鏡に空が映し出された。

なんとびっくり、この偵察式神はリモートコントロールも可能なのだ。

そして、上空に黒雲のように見えているのが、天狗の群れで、それが大きな岩を抱えているのを確認。

「あう〜あれを落とされたら、とっても危ないですぅ」

と、思わず摩訶那が頭を抱えたその瞬間。

ピカーン!

はるか上空で、何かが輝いた。

それは凄いスピードで迫り、密集した天狗たちを一撃で粉砕した!!

そして鏡に飛び込んできた映像がこれ。


輪君の愛は摩訶那の心も鷲掴みv


一瞬、あまりのことに摩訶那は呼吸するのすら忘れて画面に釘付けになった。

そして、動揺が収まると、摩訶那は爆発した。

「はにゃ〜ははははは、はにゃは〜、はにゃは〜、はにゃ〜はにゃはにゃ〜」

奇怪な笑い声を上げ、しばし畳の上を転がり回る。

お腹はよじれ、横隔膜が痙攣する。

それに合わせ、一条屋敷自体がごごごごごーっと不気味な振動を発していた。

しまいには息切れ。

「はにゅ〜、はにゅ〜、はにゃは〜、あうあう…」

近所の人たちを不安にさせる謎の振動が収まったころには、鏡の中、輪たちがすべての敵を一掃していたのだった。

「ふにゅ? これで終わりかな〜」

ようやく笑いの衝動が収まった摩訶那が見ていると、今度は輪と美亜子と春樹が鉄の御所に向かっていた。

「はにゃ、3人を追いかけてください」

そして、摩訶那は広奈様に倒された酒呑童子と、良源の暴走と、ヲルスバンの最期とその復活を目撃したのだった。

「ほにゅ〜、面白かったですぅ♪」

無事ハッピーエンド。

「ご苦労様です〜。しばらく輪さんの上空で待機しててください」

偵察式神にそう告げると、摩訶那はぱたぱたと晴明の寝室に移動した。

そこでは昨日の夜も徹夜で何事か仕事をしていた晴明が、今も寝ていたのである。

…もちろん先ほどの不気味な屋敷の鳴動にも起きる気配すらみせなかった。


さて、しばらく輪たちと離れて行動していた晴明であるが、ここで簡単に、彼の軌跡を追ってみよう。

2月14日早暁、平将門の死を偵察式神を通して確認すると、晴明は連絡用の式神を比叡山の良源の元に飛ばし、自らは夜明けとともに鞍馬山近辺に行き、魔王調伏のため、早速の現地調査を開始していたのである。

その調査の結果を踏まえ、朝早いうちに大内裏(平安宮)に赴き、陰陽寮(朝廷直轄の陰陽師の勤め先)にて、師匠である賀茂忠行と兄弟子の賀茂保憲を訪ねている。

そして、帰宅後は一条屋敷の向かいの源経基の邸宅を訪れ、そこで経基の息子の源満仲に何か頼みごとをしていた。

それが終わった段階で10時。竜宮に向かい、輪たちに将門が討たれたことを告げ、比叡山に向かうように指示。

その後、ようやく帰宅し、11時から18時ごろまで睡眠。

起床後は再び陰陽寮や鞍馬山を忙しく往復し、近年には珍しいほどの勤勉さを発揮し、何事か作業を行っていたのである。

明けて2月15日の早朝までかかってようやく一仕事終え、晴明は帰宅した。

そして「大江山の戦いが終わったら起こすように」と摩訶那に告げると、完全に昼夜が逆転した状態で睡眠を貪っていたのである。

そしてこの間、輪たちの様子は摩訶那が鏡を通してチェックしていたというわけである。


かくして大江山の戦いは終わり、今度は一条屋敷で新たな戦いが始まろうとしていた。

戦うのは摩訶那。

相手は晴明の眠りである。

なにせ『陰陽師の夜は長〜い、朝に弱〜い』のである。

それを起こさなくてはならない。

「ふにゅっ!」

びしっと気合を入れると、摩訶那は意を決して晴明の寝室に入っていった。

やがて、先ほどの鳴動とは比べ物にならない振動が、一条屋敷を発生源として辺り一帯を震わせた。

「神技!『畳返し!!』 たりゃ〜〜っ!!」

ドカーーーーーン!!!!


◇2月15日14時 安倍晴明邸宅『一条屋敷』◇


あの大江山の死闘から、まだ1時間ほどしか経過していない。

にもかかわらず、安倍晴明の邸宅である『一条屋敷』には、かつてないほどの多数の客が集まっていた。

というのも、摩訶那の起床神技に叩き起こされた(正確に記すならば吹き飛ばし起こされた)晴明が、十二神将を総動員して大江山に迎えに行き、良源をはじめとする比叡山の6人と輪たち5人+乙姫を一条屋敷に連れ帰ってきたからである。

そんなわけで、現在屋敷の中には総勢14人+1匹。

改めて紹介しよう。

まずは、本編の主人公5人。五行の力を振るい、霊力を秘めた鎧を着て闘う“魔王を滅ぼす『陰陽武道士』”。

誰が呼んだか『一話一不幸』、“木”の力で風を操る、気弱なスナイパー、伊達春樹。

本人不本意、女難大王愛野郎、“水”の力で冷気を操る、剣士にして軍師、直江輪。

天下無敵のじゃじゃ馬娘、“金”の力で剣気を操る、超強気な槍術使い、本多美亜子。

最強のお嬢様、“土”の力で五行すべてを使いこなす、マイペースな陰陽師、武田広奈。

お気楽極楽マニアック大将、“火”の力で炎を操る、陽気な古武術マスター、真田淳二。

春樹をご主人様と慕う、純白の夜刀神。人間に変身すると実は一番の美貌を誇る、小十郎。

あらゆる家事、最強の起床神技を操る、この家の付喪神にしてまかないさん、一条摩訶那。

今は数に入っていないが、広奈様ご愛用の式神、世界観ぶち壊しの戦力。帰ってきたヲルスバン。

一見最年少なのが、琵琶湖の底の竜宮の主、正体は龍神である外見年齢10歳の美少女、乙姫。

あらゆる方術、最強の十二神将を操る、稀代の天才陰陽師にしてこの家の主、安倍晴明。

魔の力を自らのものとし、その身を鬼と化して魔を滅ぼす比叡山最強の僧侶、良源。

さらに良源配下の秘密降魔部隊『比叡連者』のメンバーが5人。

変幻自在のトリッキーな動き。二蝶剣と蟷螂拳を使いこなす“鉄人”、幻惑の布武。

最強の上段回し蹴り。詠春拳の使い手。“10世紀最強のキックボクサー”、蹴りの他圧。

人間離れした破壊力。重斬馬刀を軽々と振り回す怪力の持ち主。“超戦闘犀坊主”、豪腕の蛮那。

メンバーのなかでも一番のスピード。三節根の使い手である“南海の黒鰹”、神速の施法。

相撲取りのようながっしりした体格。タフネスさは一番の“朝靄の怪人”、不倒の叛徒。

(順不同でなく、1月末段階の人気投票順)

ちなみに、大江山の死闘の際の怪我は、すでに晴明と広奈が治していた。

そんなわけで現在無傷状態で絶好調の14人。なんというか、その気になれば余裕で天下を取れそうな、すごいメンバーである。

で、何をしているかというと、摩訶那の心のこもった遅めの昼食を食べつつ、魔王を倒すための策を練っていた。

とはいえ、それはほとんど晴明の独壇場であり、他の参加者は時たま疑問を挟む程度であった。


「魔王を調伏するといっても、それは困難を極めることが予想される。魔王となる前、菅原道真公は雷神として都を荒らしまわった。となれば、魔王はその雷神の力をさらに強めて持っているはずだ。その力は想像を絶し、恐らくは大嵐、雷、暴風、雹など天変地異を引き起こすほどのものだろう。人間が立っていられないほどの突風、降り注ぐ雹、頻発する落雷、これらを封じねばならぬ。それができなければ、まともな戦いにすらならず、敗北は必至だ」

神妙な顔で聞いている12人。晴明はさらに続けた。

「そこで、鞍馬そのものを封じる大結界を張り、凶意鎮静の祭祀を執り行う。まずはこの地図を見てもらおう」

魔王討伐作戦図

晴明はすでに下準備をしていたらしく、大きな地図にあれこれ書き込んだ作戦図を広げた。

そして淡々と作戦を説明していく。

「魔王がいるのはここ、奥の院魔王殿か僧正ヶ谷だ。地図の上、北の方角が鞍馬山の山頂。西に貴船神社、東南に現在建設作業が止まったままの由岐神社。さらに、私が独自に調査したところ、東に龍脈があり、西南には神木として奉られている大杉がある。これらの5地点に祭壇を作り、五行相克の結界を張って魔王の力を封じる」

「壮大な作戦ですわね」

広奈が感心したようにそう洩らす。

晴明は自信満々の表情を見せ、さらに続けた。

「5地点について具体的に説明しよう。貴船神社は加茂川の源流であり、水の神として厚い信仰を集めていることからもわかると思うが、“水気”が強い地だ。また、丑の刻参りでも知られているように、人間の負の気が停滞しやすい。そこで、貴船神社には良源殿に行ってもらう。良源殿の力ならその負の気を逆転させ、自らの霊力に変えることも可能だろう。そして結界の祭壇を守っていただく」

「なるほど、承知した」

短くうなずく良源。

「鞍馬山の山頂には、“金気”が必要だ。そこで、藤原忠平殿に頼み、『小烏丸』という宝刀を一時借りておいた。かの三種の神器のひとつ『天叢雲剣』には敵わぬが、それでも十分な“金気”を持った剣だ。これを祭壇に据えておく。そして、 退魔の太刀『鬚切』『膝丸』を持つ源満仲殿に、その祭壇を守ってもらう。すでに満仲殿とは話がついている」

晴明は絶好調で説明を続ける。

「東の龍脈には私の師匠である賀茂忠行殿、西南の神木には忠行殿の息子で私の兄弟子でもある賀茂保憲殿をそれぞれ配す。そして由岐神社には私が行く。祭祀の間、かがり火を絶やさずに“火気”を満たしておく。これら5地点で相互に気を送り、この『五行相克封魔結界』を作り出すのだ」

「ふ〜ん、要するに、オレらが将門との決戦前に練習した、あの結界の馬鹿でっかいやつを作るってわけだな」

「いいわねぇ、スケールが大きくて」

淳二と美亜子はなにやらうれしそうだ。

「僕たちは何もしなくていいのかな?」

もしかしたら、晴明が魔王を倒してくれるのかも、ってな期待をこめて春樹が聞く。

「まさか。結界で魔王の力が弱った隙に、俺達が中に突入して、直接魔王を倒すんだろう」

春樹に対して、そう答えた輪。すかさず晴明が合いの手を入れた。

「その通りだ」

「ふふん♪ やっぱり?」

ますますうれしそうな顔になったのは美亜子である。

「さすがだねぇ、美亜子ちゃん」

そんな美亜子につられるように、なぜか淳二も陽気である。

「ふむ、当然の策だな」

なにしろ、実力的に言っても自分たちがこの役目に一番ふさわしいと思っている輪、超納得顔だ。

「そっか、頑張らないと…」

春樹もしっかりと自分の役割を果たすべく、こっそり気合を入れる。

「摩訶那さん、お代わりいただけますか?」

そして、話を聞きつつもマイペースに食事を楽しむ広奈様。

「はいですぅ〜、ちょっと待ってくださいね〜♪」

楽しそうに給仕をする摩訶那。お客さんが多いので張りきって働いている。

「…良源様、我らは?」

先ほどから指名がくるのをずーっと待っていた比叡連者を代表して、布武が良源に小声でお伺いを立てていた。

「ふむ、晴明殿、拙僧の部下が丁度5人いる。祭壇のある5地点に一人ずつ配し、護衛役をさせたく思うが如何?」

「承知しました。よろしく頼みます」

一応良源には敬語の晴明である。

「…というわけだ」

良源が5人を振り返ると、体育会系の返事が返ってきた。

「「「「「了解っ」」」」」

「あ、えと、晴明さん、わたしは?」

ちらっと輪のほうを見、それから晴明に目を向けて乙姫が不安げに聞いた。

もちろん乙姫は輪たちと同行するつもりだったのだが…。

「今回の作戦では乙姫の力はこちらの切り札となる。ここに待機してくれ」

「えっ? 待機って、わたしも皆さんと一緒に行きたいです」

「無用だ」

乙姫のささやかな希望をあっさり却下した晴明は、さらに乙姫を困惑させる用件を持ち出した。

「竜宮から『如意珠』を持ち出せるか?」

「えっ? 如意珠を? でもあれは…」

躊躇した様子の乙姫。だが、晴明はそんな乙姫の反応を最初からわかっていたようで、多少安心させるように、こう付け足した。

「分かっている。あくまで万が一だ。私の結界で魔王の力を完全に封じきれなかった場合、この5人が危険に陥ることになるかも知れぬ。そのための備えと思ってくれ。使わなければそれが一番良い」

「…わかりました」

それを使わないと輪たち5人が危ないというのだ、乙姫に断ることはできなかった。

「感謝する。あとで竜宮まで式に送らせよう」

結局、乙姫の同道は叶わず、如意珠を持って一条屋敷に待機と相成った。

あとで輪たちが聞いたところ、如意珠とは龍神の一族に伝わる最も大切な秘宝で、天候を自在に操る力を持った宝珠である。

要するに、魔王の天候操作系の能力に結界で対処できなかった場合には、その如意珠の力を借りようというのが、晴明の策なのである。

また、口には出していないが、戦力が空になる平安京の鬼門に龍神を据えておくことで、万が一の都の危機に備えるという目的もある。


そんなこんなで、たっぷりと一時間もかけ念入りに作戦会議が続けられ、全員の具体的なスケジュールが作成された。

輪たち5人のさしあたっての行動目的は、“休息”であった。

この巨大な結界を作るための祭祀にはたっぷり一晩を要する。

その5箇所の祭壇の要となる5人、安倍晴明、良源、源満仲、賀茂忠行、賀茂保憲は、これから夜を徹して儀式に参加し、明日の朝には結界が完成する。

その段階で、たっぷりと睡眠をとり、体力を回復させた輪たち5人がいよいよ鞍馬山に乗り込んで、魔王と直接対決する。

輪たちの進入経路は、地図に青い線で書かれた通りである。

由岐神社から九十九折参道を通って鞍馬寺に出て、大木の根が地面に張り巡らせられた木の根道、昼でも薄暗く、天狗が住む僧正ヶ谷を抜け、その名前の通り、魔王がいる奥の院魔王殿に至るルートである。

そして、輪たちが鞍馬に進入後、晴明は何をしているかというと、一条屋敷に戻って“寝る”のである。

儀式で消耗した体力、気力を回復させ、輪たちが危機に陥った場合は、乙姫とともに直接鞍馬に赴き援護を行う。

この説明を聞いた輪が、

「じゃあ、一体どうやって俺たちが危機に陥ったことを知るんだ?」

と聞くと、これまで黙っていた摩訶那がびしっと居住まいを正し、生真面目な顔でこう答えた。

「はいっ、ウチがしっかり皆さんの戦いぶりを見守っていますですぅ」

「見守るって…、あ、そっかあの鏡でか」

ぽむ、と手を打ったのが淳二。

「そうですぅ。皆さんが危なくなったら、ウチは頑張って晴明さまを起こして、助けに行ってもらいます。どうか安心してほしいですぅ」

そう言って、ほんわかとした笑顔でにこにこ。

「…なるべく危機に陥らないように気をつけよう」

色々と言いたいことはあったものの、とりあえず輪はそう応じた。

「ふむ、では少し早いが渡しておこう」

晴明はそう言うと、懐から式神の原材料(?)である掌サイズの紙を取り出した。

どうやら今、この場で輪たちの様子を生放送するTV中継車のような式神を作る気らしい。

その紙は、どこからどう見ても蝶の形に切り抜かれている。

『式神召喚・急急如律令』

晴明の呪にたちまちその紙は3次元形状となり、やがて思いがけないモノができた。

「ふにゅふにゅ〜♪ ふにゅふにゅ〜♪」

ぱたぱた、ぱたぱた。

蝶々の羽のように着物をパタパタ羽ばたかせて空を舞う、身長10センチ、15分の1スケールのミニ摩訶那だった。

「偵察用式神、“小摩訶那”だ」

晴明、自信満々に説明。

摩訶那を除く全員が固まったのは言うまでもない。




「おそらく明日は上空からの偵察飛行は無理だろう。誰か小摩訶那を肩か頭に乗せてやってくれ」

そう言われても…。

5人が顔を見合わせる。

あんなのを乗せて戦えってか?

そんな困惑には構わず、小摩訶那は完璧なマイペースでひらひら飛ぶと、輪たち5人に近付いてきた。

「ふにゅふにゅ〜♪ ふにゅふにゅ〜♪」

ぱたぱた、ぱたぱた。

このとき、なぜか5人の脳裏に幼き日の原風景と共に、童謡が流れた。(ちょうちょうのメロディでどうぞ)


まかな〜 まかな〜♪
なおえにとまれ〜♪
なおえにあいたら さなだにとまれ♪
さなだにひろな はるからみあこ♪
とまれよ あそべ あそべよとまれ♪

嗚呼、なんてノスタルジック。

「ふにゅ、小摩訶那は自分でとまる相手を決めたいみたいですぅ」

と、大摩訶那。

「ふにゅふにゅ」

頷く(?)小摩訶那。

大摩訶那と小摩訶那のダブルショックで、一条屋敷は過去最高のはにゅふにゅ度。

こうして5人は、明日の決戦で小摩訶那を頭に乗せる役の選択権を小摩訶那自身にゆだねた。

で、めでたく小摩訶那がとまった対象はというと…。

これが難航した。

まず、小摩訶那はひらひらと春樹の元へ。

なるほど、春樹は優しい少年だ。そしてなぜか小動物に好かれる体質(?)

全員が納得していたが、思いがけない伏兵が出現した。

小摩訶那が春樹の肩にとまろうとホバリングしたところ、その肩に小十郎がくねくねとよじ登ってきた。

(だめだもん、許さないもん、ご主人さま、ボク以外の子を乗せちゃ嫌なの〜)

「しゃー」

ちろちろと舌を出し、小摩訶那を威嚇。

「…こ、小十郎?」

普段は目立たずに春樹の持つ“九頭竜の剣”に巻きついている、小さな夜刀神のささやかな反抗である。

困惑する春樹。

「ひょっとすっと、ハルの所有権を主張してるんか?」

ボソッと呟く淳二。

状況からして、淳二の憶測は正解らしい。

結局、小十郎は一歩も引かず、小摩訶那を追い返すことに成功した。

「しゃー!」

「ふにゅぅ〜」

悲しげに春樹から離れる小摩訶那。

「…そうそう、ふたまたは良くないよな、ハル」

腕組みしながら、もっともらしくアホな事を言う淳二である。

んで、次に向かった先は輪。

「むっ…」

とっさに身構えてしまう直江輪君16歳。

別に小摩訶那を乗せて戦うことにやぶさかではないが、あれが自分の集中力を削ぐであろうことは疑いない。

さて、どうしたものか…。

しかし、輪が悩むより先に、小摩訶那の進路上、輪の前に、2人の少女が立ちふさがった。

「輪さんは駄目なの」

「そうですぅ、輪さんにとまったら、輪さんの素敵な技が見られなくなっちゃいますぅ」

乙姫と大摩訶那であった。

「…って、何か引っかかるものを感じるな」

輪君、かなり微妙な気分。

ぽりぽりと額を掻いてみたり。

「ふにゅぅ〜」

仕方なく、小摩訶那は二度目の進路変更。

美亜子に向かったが、ひらひらと手を振って追い返された。

「あー、あたしは駄目。動き回るから危ないわよ」

で、淳二も

「オレも激しいアクションを繰り広げる予定だから、やめたほうがいいと思うよ」

結局、落ち着くところに落ち着いた。

「いらっしゃい、小摩訶那さん」

「はにゅ〜〜」

広奈様、小摩訶那げっちゅ。



「儀式が無事に終わったら式を5体迎えによこす、それまでにしっかり体を休めておけ」

晴明はそう言って屋敷を出た。

「そなたらの力を持ってすれば、魔王尊を調伏することも可能だろう。御仏のご加護があらんことを」

と、良源。

その言葉に輪たち5人はしっかり頷いた。

「良源様もどうかお気をつけて」

そう言って微笑む広奈。

もうついて行きたいとは言わなかった。

いや、それだけではなく、すっかり良源に対する恋愛感情を清算してしまっていた。

実のところ、本人は薄々気付いていたのだが、良源に強く惹かれていたのは、魔王のかけた呪い、すなわち『魔の力と引き合う』呪いが、良源の中の魔と反応していた為ではなかろうか。

そして、良源が暴走し、輪と美亜子によってその魔の力が祓われたとき、すでに広奈の心の中の熱病はさめていたのであった。

実にニュートラルな広奈様の笑顔に、良源も安心して応じた。

「ああ、そなたも無事でいてくれ」と。

そういえば、良源には酒呑童子を倒したあとで輪たちにかかった魔王の呪いを解いてくれる、という約束があったのだが、それは時間の都合上、後回しになってしまった。

なにしろ、魔王との決戦が先、最優先なのだ。

それが、結局のところ輪たちの運命を大きく変えることになるのだが、もちろん今は誰も知らないことである。


次いで比叡連者もおのおの出発していった。

「頼みましたぞ、この都に、本当の平安をもたらしてくだされ」

生真面目に布武。

「終わったら一緒に酒でも酌み交わしたいな。…武運を!」

と、熱っぽく他圧。

「困ったら呼べよ、俺様が助けに行ってやる」

そして豪快に笑う蛮那。

「ま、俺にも多少の活躍の場を残してくれよ」

にやりと口元を吊り上げる施法。

「祭壇は命に代えても守ってみせます。勝ってくだされ」

真剣そのものの叛徒。

見送る輪たちに思い思いの言葉を残し、晴明、良源、そして比叡連者が晴明の式神“十二神将”に抱きかかえられて、一人ずつ空に舞い上がっていった。

彼らはすでに現地に赴いているという源満仲、賀茂忠行、賀茂保憲に合流し、夜を徹しての儀式に臨むことになる。

「じゃ、わたしは如意珠を持ってきます…けど、その…」

だんだん声が小さくなっていき、ちらっと輪に視線を送る乙姫。

「おっ、そうだ輪、乙姫ちゃん1人じゃ危なくないか? 誰か護衛がいると思うぞ」

すかさず淳二が救いの手を差し伸べた。

「ふむ、そうだな、誰が…」

言いながら全員の顔を見回す。

(馬鹿、あんたに決まってるでしょ)←美亜子

(直江君が行ったほうがいいと思うよ)←春樹

(まぁ、輪さん、行かないおつもりですか?)←広奈

(ほれ、さっさと行けよ)←淳二

(ほにゅ???)←摩訶那

という、全員(?)の視線の圧力を受けてしまった。

「…よし、俺が行こう」

ぱっ、と乙姫の顔が明るくなった。

嬉しくてたまらない様子。

「ありがとうございます、輪さん」

乙姫は頬を赤く染めながら、ぺこりとお辞儀をした。

「じゃあ、行こうか」

「はいっ」

2体の式神にそれぞれ抱えられ、最後に輪と乙姫が飛び立った。

「お気をつけて〜」

ぱたぱたと白い布を振って、摩訶那がいつまでも空を見つめている。

摩訶那はこれからお留守番。

晴明が疲れて帰ってきたときに、ゆっくりと休めるように、心をこめて自分の身だしなみを整えるのだ。

すなわち、家の掃除に励むわけだが…。



◇2月15日17時 竜宮◇


竜宮に到着した乙姫は、輪を玄関で待たせると、御殿の奥へと入っていった。

如意珠を納めてある部屋への龍神以外の者の立ち入りはご法度。いくら輪とはいえ、例外は存在しない。

しばし待っていると、乙姫は背中に葛篭(つづら)を背負って戻ってきた。

大きさはちょうどランドセルを直方体にしたくらい。

ということは中の如意珠の大きさは、バレーボールくらいだろう。

なるほど、人間が片手で持つには大きいが、龍となれば逆に手の中にすっぽり納まるくらいかもしれない。

乙姫の葛篭を見て、瞬間的にそんな事を考える輪である。

「お待たせしました、輪さん。それじゃ皆さんのところに戻りましょう」

ちょっとだけ乙姫の息が弾んでいる。

どうやら屋敷の中を走って移動していたらしい。

自分を待たせまいとしたのだろうが、それが微笑ましいと感じる輪君である。

自然、輪の表情は柔らかく、優しくなる。

それを見るだけで、もう何も言えなくなる乙姫。

結局、瀬田の唐橋から再び上空に舞い上がっても、乙姫はしばらく無言のままだった。

乙姫の思いつめたような表情は、不安と恐怖、心細さによるものだろう。

明日の決戦に同道できない。

輪の傍にいることが出来ない。

これまでで最も危険な戦場へ輪たちを送り出し、自分はそれを見守る立場…。

結局、無言のままの飛行がしばらく続き、平安京上空に入ったところで、乙姫が思いがけない事を言った。

「あのっ、輪さん、少しだけ寄り道してもいいですか?」

「寄り道? どこへ?」



◇2月15日17時30分 羅城門◇


乙姫と輪が降り立ったのは平安京の入り口である、羅城門の少し手前の地点だった。

もちろん周りに誰もいないようなところを選んで降りた。

人に見つかったら、多分天人伝説が出来上がるだろう。

地上に降り立つ瞬間、そんな事を考える輪である。

さて、乙姫はどうして急に羅城門に寄り道したいと言い出したのだろうか。

つい先ほど、日没を迎えた。

あたりはだんだん暗くなり、輪郭はおぼろに、山は朱に。

まもなく夜が来る。

この時代、夜の闇は何よりも深い。

星明り、月明かりだけが頼りの真の闇だ。

そうなる前に帰りたいが…、と輪が思ったところで、ようやく乙姫が口を開いた。

「…輪さん、この場所、覚えていますか」

「ここは…」

言われてもう一度周りを見渡す。

あの時とは昼と夜で印象は違うが、多分間違いない。

「ああ、分かった。ここがどういう場所なのか」

輪はそう言って乙姫に笑いかけた。

なぜか、その笑顔を見て、乙姫は泣きそうになった。

「ここでわたしは輪さんと初めて逢ったんです。輪さんはわたしを助けてくれて、それからわたしの頭を撫でてくれたんです。大切な思い出です。絶対に忘れません」

言葉が途切れたら、涙が出てしまう。乙姫は一気にそれだけしゃべった。

「ああ、そうだった。あれは…、そうか、まだ三日しか経っていないのか。もうずいぶん昔の気がするよ」

そして輪は右手を伸ばし、乙姫の頭の上に掌を優しく乗せた。

あふれた涙は表面張力の限界を超え、まぶたや睫毛では支えきれず、輪の手が乗った拍子に、乙姫の瞳から零れ落ちた。

「輪さん、どこにも行かないでください。無事に帰ってきてください。どうか、どうか…。わたし、待ってますから。ずっと、待ってますから」

涙と一緒に出た言葉、乙姫の心からの言葉。

不安なのだろう、怖いのだろう。

明日、自分は魔王と戦う。

これまで戦ったどんな敵よりも強い、最強の相手と。

死ぬかもしれない。大怪我をするかもしれない。大切な仲間を失うかもしれない。

でも、だからこそ、自分の為に涙を流してくれる乙姫は、輪に大切な気持ちをくれた。

負けない心、折れない心。

輪の右手は、さっきより少し強く乙姫の頭を撫でてやり、ついで頬を伝う涙をぬぐった。

「乙姫には本当に世話になった。ありがとう」

「輪さん…」

「俺たちがこの時代に来て、路頭に迷わずに済んだのも、これまで生き延びられたのも君のおかげだ。本当にありがとう」

ふるふると乙姫は首を横に振った。

もう、涙で言葉が出なかったが、気持ちはちゃんと伝わる。

「約束する。明日、俺たちは必ず勝つ。勝って全員で戻るよ」

力強く、輪はそう宣言した。

不思議なもので、そう口に出すことで、逆に輪の不安が消えていった。

乙姫の為にも頑張ろう、と、そう思うことで、むしろ自分が力をもらえた気がする。

これが、言葉の力。言霊なのだ。

だったら、今度は泣いている乙姫を元気付けるために、もう一言。

「…そうだな、魔王を倒したらみんなでどこか遊びに行こう。平安京の見物もしたいし、お寺や神社も見て回りたい」

こくこく、乙姫は強く首を縦に振った。

「…約束、ですよ?」

「ああ、約束だ」

乙姫は涙をぬぐいながらようやく笑顔を見せた。

「よし、それじゃ、寄り道は終わりだ。帰ろうか」

乙姫が右手を伸ばしてきたので、輪は左手でその手を握った。

そのまま式神がいるところまで、手をつないだまま歩く。

このとき、乙姫は幸せだった。

本当に幸せだったのだ…。



続きを読む 続きを読む 戻る