陰陽五行戦記
第一章 ◇平安編◇
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なぜなら、事態というのは大抵、悪いほうへと進んでいくからである。 …特に、伊達春樹という男にとっては。 大江山の山頂付近は木の数も少なく、千畳敷とでも呼びたいほどに広々とした草原が広がっていた。 その草原の向こう、春樹たちから見て北の方角にいかにも無骨で、しかし堅牢そうな砦がそびえている。 酒呑童子率いる大江山の鬼たちの本拠地である“鉄の御所”である。 そして春樹たちはそこに到達するまで、一匹の鬼とも遭遇しなかった。 殺風の「敵襲」の声は誰も聞いていなかったのだろう。 指揮官の春樹はそう判断し、こうして“鉄の御所”の前までやってきたのであった。 …要するに人間、自分に都合のいいように物事を判断しがちである。 だが、指揮官たるもの、敵のあらゆる可能性を見積もり、そのいずれにも主導的に対応できるよう考えておかなければならないのだ。 そういう教訓を、春樹はこれ以上ないくらいに強烈な形で突きつけられることになってしまった。 無造作にてくてく歩いていた陽動部隊一行と鉄の御所との距離が100m程度になったその時。 突如鉄の御所の“城門”と呼びたいほどの大きな扉が開き、中にいた完全武装の鬼たちの姿が見えた。 その数およそ100(!) しかも、城門から顔を出したのはその鬼たちではなかった。 さらに巨大な化け物だったのだ。 それは蜘蛛の体をしていた。 だが、土蜘蛛かと思ったその化け物、頭部が凶悪な牛のそれであった。 「ああっ……」 悲鳴じみた声を上げたのは指揮官の春樹。 「…牛鬼かっ」 布武が絶望的なうめきをもらす。 彼らにしてみれば、もはやそれは人間が太刀打ちできるレベルの敵ではなかった。 象ほどの巨体に長い8本の足、いかにも頑丈そうな巨大な牛の顔。長い角は恐竜トリケラトプスのようだ。 その迫力。もはや鼻息だけで人を殺せそうである。 そう、きっとこいつならティラノサウルス相手でも勝ってしまうんじゃないか、ってほどの、途轍もないバケモノである。 この場に輪がいたら、「なっ、なんの冗談だこの化け物」とでも言ってきっちり絶句してくれたことだろう。 すなわち、彼らは完全に迎撃準備を整えた敵の目の前に、のこのこと出てきてしまったことになる。 この牛鬼だけでも大変なのに、その後ろに鬼が100。 なかなか絶望的なまでの戦力差であった。 対するこちらの戦力、伊達春樹と小十郎、真田淳二、本多美亜子、乙姫、そして豪腕の蛮那、蹴りの他圧、神速の施法、幻惑の布武、不倒の叛徒の“降魔戦隊比叡レンジャー”の合計9人+1匹である。 「…………」 もはや春樹に言葉なし。気弱な善人顔が、恐怖でくしゃくしゃである。 「これはこれは、なかなか大したお出迎えだな…」 辛うじて淳二がそんな軽口を叩く。 「……」 ちなみに美亜子も無言だったが、こちらはきっちり戦意を高揚させていた。 形のよい眉は勇ましくつりあがり、口元にはかすかな笑みさえ浮かんでいる。 そして乙姫は蒼白な顔で淳二の陣羽織の端を握り締めた。 「乙姫ちゃん?」 「大丈夫だよね、勝てるよね…」 想像以上の敵の大軍を不安げに見ながら、乙姫は泣き出しそうな声でそう言った。 「……」 淳二はさすがに即答できなかったが、乙姫は龍神とはいえ、見た目は幼い女の子だ。 そんな子が泣きそうな顔でこっちを見ているのだ。当然、気配りの人淳二は、弱音など吐けるはずがない。 なんとか心の準備に2秒ほど使ってから、きわめて明るい調子でこう言った。 「楽勝っす!」 そしてびしっとVサイン。 その様子を見た美亜子は淳二のことをなかなか頼もしいじゃないの、とちょっとだけ見直した。 大ピンチの極限状態でこそ、そいつの精神力の強さが見えてくる。 「…合格よ」 美亜子は淳二に対してそう言うと、そのまますっくと前に出た。 「さぁ、淳二。あのデカイのはあたしら二人で片付けるわよ」 「うにゅ、やっぱり、そういう役回りですか…」 あくまで強気な美亜子の様子に、淳二もいつもの調子を取り戻しつつあった。 そんな二人を見て、比叡連者の5人も一時の恐怖をぬぐい捨て、平静を取り戻しつつあった。 どんな時でもパニックや弱気とは無縁の美亜子の存在は、彼らにとっては心の支えともなっていたのである。 「…ここが、死に場所だな」 巨大な牛鬼を凝視しながら布武がそう呟く。 「もとより覚悟の上」 口元を引き締め、そう言ったのは他圧。 「一匹でも多く、道連れにしてやるぜ」 蛮那が不敵に笑う。 臆病は彼らの最も忌むべきところだった。 「我らの命、良源様のために…」 叛徒がそう言うと、施法もにやりとした笑みを浮かべて頷く。 「御仏のご加護があらんことを」 比叡連者、覚悟は決まった。 逆に、一番冷静でなければならない指揮官の春樹は、…何も出来ない。 どうしていいか分からない。 「さぁ、指揮官殿、我らに指示を!」 布武に逆に指示を求められる始末。 「えっ、は、はい」 心ここにあらずだった春樹は、ようやく自分の役割を思い出した。 敵が何かを仕掛けてくる様子はない。 城門を開いて牛鬼の姿を見せたが、逆にこちらの出方を待っているようである。 その城門までは、距離100m。 (…ど、どうしたらいいんだろ) 狼狽し、黙ってしまった春樹を見かねて、美亜子が檄を飛ばす 「さぁハル、あんたは援護してなさい。あのでかいのはあたしと淳二でやるから!」 蜻蛉切を構えた美亜子は今にも猪突しそうな勢いである。 「え…、ちょ、ちょっと待って。二人だけ前に出たら囲まれちゃう」 春樹の懸念はもっともだった。 牛鬼の背後、鉄の御所内には100の鬼がいる。 こちらから牛鬼に戦いを挑んだ場合、その100の鬼がたちまち包囲してくるだろう。 さしもの美亜子といえども多勢に無勢、苦戦は免れないはずだ。 「だったら、あんたここから狙撃しなさい。届くでしょ?」 煮え切らない春樹の声に、美亜子はちょっといらいら。 「う、うん…」 言われるままに火縄銃を構える春樹。 これではもはや誰が指揮官なのかわからない。 「指揮官殿ッ! 我らはどうすればよいのですか!?」 こちらもいらいらした様子の布武。 「あ、え、えっと…」 またまた狼狽する春樹。 (あっちゃぁ、こりゃ見ちゃいられねぇな…) そんな様子を見て、淳二が顔をしかめる。 唯一の救いは敵がこちらの様子を伺っているのか、何も仕掛けてこないことである。 城門を開け、一気にこちらに攻め込んできたのなら、なし崩し的に戦闘になっただろうが、そうでない以上、それなりの策を考えなくてはならない。 だが、今の春樹はそれどころではない様子…。 そして、この時間的ロスが取り返しの付かない事態を招いてしまったのである。 「あっ、あれ見て!」 なにやら乙姫が緊迫した声で北東の空を指差す。 乙姫の指差す方向の上空、なにやら鳥の大群のような黒い点がたくさん近づいてきた。 目を細めそれを凝視する美亜子。 「ん…なんだ?」 淳二もそれに倣う。 全員が見つめるなか、その点はどんどんと大きくなり、やがてその正体が見えてきた。 それは鳥ではなかった。山伏のような格好に大きな翼。 赤ら顔に高い鼻のもの、カラスのような顔のもの…。 「…天狗? ま、まさか、鞍馬山から来たってのかよ」 さしもの淳二も声が震えた。 100体の鬼、巨大な牛鬼、さらに上空にはその数やはり100を越えそうな天狗の大群。 これら魔王の側の全戦力がここ大江山に集結しつつあるのだ。 そして、敵が動かなかった理由も判明した。鉄の御所の鬼たちと牛鬼はこの天狗の援軍を待っていたのである。 春樹は敵が集結する前に鉄の御所に全員で攻め込むべきだった。 だが、もう遅い。 敵は戦場に全兵力を集めることに成功してしまった。 地上から鬼、上空からは天狗の攻撃が集中するのは火を見るより明らかだった。 殺風の「敵襲」の声はやはり届いていたのだ。 そして鉄の御所の鬼たちは鞍馬山に援軍の要請を行い、それを受けて天狗の大群が飛来したのである。 「…ぼ、僕のせいだ」 絶望的な声で、春樹がそう呟いた。 「そうよ、あんたのせいよ」 きっぱりと美亜子に言い切られて春樹は泣きそうな表情になる。 だが、その後さらに美亜子はこう続けた。 「責任感じてるなら、あんたは死に物狂いで天狗を撃ち落しなさい。あたしは鬼が来るのを食い止めて見せるわ。上空の敵はあんたに全部任せる」 「は、はいっ!」 春樹は力いっぱい頷くしかなかった。 「じゃあ、比叡連者の皆さんは乙姫ちゃんと、あと上空を狙撃する春樹を守ってて。オレと美亜子ちゃんがなるべく敵の足を止めるからさ」 春樹からの指示を待っていた比叡連者だったが、淳二にそう言われ、そろって頷いた。 「「「「「お任せくだされ!」」」」」 こうして春樹の指示によらずして、彼らの布陣が決定した。 中央に春樹と乙姫を据え、比叡連者の五人が円陣を組んで周りからの攻撃から彼らを守る。 美亜子と淳二は少し離れたところで敵の主力に真っ向から立ち向かう格好だ。 たった二人で100体の鬼と巨大な牛鬼を食い止めなくてはならない。 「頼んだぜ…」 淳二がこっそり呟いたのは右手に装着された紅龍焔月爪にだった。 乙姫にもらった退魔の特殊武器、その威力がまさに、この極限の戦闘で試されるのだ。 「さぁ、ハル! 天狗が射程に入ったらすぐにも撃ちなさい!」 「はいっ」 春樹は銃を構え、もはや黒雲のような天狗の大群の先頭を狙う。 が、それまで一団で飛んでいた天狗が、まるでこちらの殺気を読んだかのように、見事に散開する。 烏天狗(からすてんぐ)を中心とする7割ほどの戦力が上空に留まり、四方八方に散る。そして鼻高天狗を中心とする3割ほどは高度を下げ、林の中へと消えた。 何をするつもりなのか、春樹には判断が付かなかったが、ともかく林に消えた天狗は狙撃が出来ない。 上空に残った烏天狗を狙うが、さすがの春樹も猛スピードで飛ぶ100m以上先の天狗に照準を合わせ続けることは難しかった。 ズドォン! 青い軌跡を描いて飛んだ霊気の弾丸は、散開した烏天狗たちの間をすり抜け、上空へと消え去った。 「駄目だ…速い」 そしてその銃声が、まさにこの戦闘の火蓋を切ったのだった。 グォォォォォォォン!!!!! びりびりと辺りの空気を震わすほどの大音量で、牛鬼が咆哮をあげた。 そして地響きをたてながら美亜子と淳二めがけて突進を開始。 その後ろからは100体の鬼が散開しながらこちらに全速力で駆け出した。 その意図するところは一つだった。 こちらを四方から包囲するつもりだ。 (乱戦に持ち込まれて、まわりを囲まれたらヤバイ…) こちらはたったの9人、単純に計算しても一人当たり鬼10体と天狗10体に取り付かれてしまう。 そうなったらこちらは組織的に抵抗することは不可能。 戦線は一瞬で崩壊してしまい、後はなぶり殺しである。 淳二の頭の中で、嫌な想像が膨らんでいく。 だが、考えている暇は無かった。 猛スピードで突進してくる牛鬼がこちらの射程に入った。 こちらを包囲しようとしている鬼の大群のことはひとまず後回しだ。 まずはこいつの突進を止めなくては。 「燃えやがれ! 『爆炎拳!!!』」 淳二の右手から打ち出された炎が牛鬼の顔面に迫る。 グォォォォン!! だが、牛鬼が咆哮をあげるとその二つの角の先から物凄い水流が吹き出し、その炎を消し去ってしまう。 「なんとぉぉ!?」 淳二は知らなかったが牛鬼はもともと水棲の妖怪。 水を使いこなすのはお手の物なのだ。 『覇ぁぁぁぁっ!!!』 すかさず美亜子も蜻蛉切の穂先から不可視の衝撃を放つが、牛鬼は角の先から水流を噴出し続けている。 バシャァァァァァッ! 美亜子の攻撃はそれでも水流を粉砕し牛鬼に到達したが、当初の威力を失い、ダメージを与えられない。 「ちっ」 これでは正面からの遠距離攻撃は意味が無い。 牛鬼はまるで放水しながら爆走する消防車である。 しかし、横に回ったら後ろに控える比叡連者と春樹、乙姫が牛鬼の突進に蹂躙されてしまう。 だが、どうやってこの突進を止めればいい? 「上からならっ」 美亜子が瞬時に判断し、もう一つの『五行妖術』を繰り出す。 『メテオ!!!』 ひゅ〜〜〜〜〜〜〜ごちっ!! グモォォォッッ!! 上空から飛来した庭石ほどの大きさの金属の固まりが、ものの見事に牛鬼の頭部に落下。 たまらず苦悶の咆哮を響かせる牛鬼。 だが、それだけでは突進は止められない。 そうこうしているうちに、すでに牛鬼は美亜子、淳二との距離を詰め、もはや20mしかない。 そして牛鬼の噴射し続けている水流は、二人の目の前まで迫ってしまった。 もはや逃げるしか手は無いが、そうなったら突進は止まらず後ろの七人が蹂躙されてしまう。 『煉獄爆炎陣!!!』 淳二が牛鬼の目の前に炎の壁を出現させたが、それも一瞬で消火されてしまう。 「や、ヤバイ…」 「くっ!」 距離10m、あと1秒。 そして煉獄爆炎陣を突破した激流が二人の眼前に迫る。 牛鬼本体の突進と角からの激流の波状攻撃。 「にょわっ」 たまらず淳二が激流を飛び越えるように大ジャンプ。 だが、美亜子は動かない。 (美亜子ちゃん、やられるぞ!?) 淳二が心の中で悲鳴をあげる。 だが、その瞬間。 「消えちゃいなさーい!!!」 後ろのほうから乙姫の叫ぶ声が聞こえ、そして牛鬼の角から噴射されていた激流が一瞬で消滅していた。 水を使う能力で言えば、龍神である乙姫のほうが上だったのだ。 身を守る激流が消滅してしまった牛鬼は、正面に立ちはだかった美亜子めがけてまっすぐに突っ込んだ。 美亜子は揺るがない。 「弐式『獅交殺!』」 蜻蛉切が一瞬のうちに二度閃き、牛鬼はコンマ何秒でその両目を貫かれていた。 (よし! 後は任せたわ) 美亜子はひらりとジャンプし、牛鬼の進路上から身を避けた。 そして、美亜子は牛鬼をきっぱり無視し、背後から迫る鬼の大群めがけ、身を躍らせた。 と、同時に…。 「喰らえっ!!」 ジャンプしていた淳二が、牛鬼の頭上から攻撃を仕掛けたのだ。 両目を失った牛鬼の角の間、そこに紅龍焔月爪が突き刺さった。 ブモォォォォォォッッ!! 致命的な一撃に、牛鬼が悲鳴じみた咆哮をあげる。 さらに力を込めると魔を払う特殊武器が、頭蓋を突き破った。 淳二はそのままの体勢で気合を込める。 『爆炎拳!!!』 紅龍焔月爪の先端から炎が噴き出し、牛鬼の頭蓋の内部を焼き尽くす。 ボアァッ! 牛鬼の両目、両耳、鼻、口。すべてから煙が噴き出し、同時に退魔の力によって紅龍焔月爪が刺さった付近の組織がちりちりと崩壊していく。 だが、止まらない。 「は、早く死ねってぇぇぇ!!」 淳二を乗せたまま、牛鬼は突進を続け、後ろの七人まで10mって所にまで迫ってしまった。 「淳二さん、逃げて!!!」 そこには牛鬼の前に立ちはだかる乙姫の小さな体。 巨大な牛鬼に向かって両手をかざしている。 「任せたっ」 淳二は紅龍焔月爪を抜くと、その場からまたまた大ジャンプ。 「ええーい!!!」 いくら精度の悪い乙姫の激流攻撃とはいえ、巨大な牛鬼の目の前から放てば当然命中する。 牛鬼のが水鉄砲なら、これは消防車の放水。 巨大ムカデを押し返すほどの乙姫の激流に、牛鬼も突進をストップさせられた。 そのまま派手に吹き飛ばされ、ひっくり返ってしまう。 やがて動かなくなり、頭部から崩壊していく…。 「やったぁ☆」 乙姫、会心の笑顔。 その乙姫の隣に、淳二がすちゃっと着地する。 「助かったよ乙姫ちゃん」 「えへっ☆」 まずは最大の危機を乗り越えることが出来た。 二人が笑いあう。 だが、戦場で気を抜いてはならない。二人は致命的な隙を作ってしまった。 この二人めがけ、すでに真上まで移動していた烏天狗が攻撃を仕掛けていたのである。 「「「「「クワァァァァァァッ!!」」」」」 烏天狗5匹が、ばさぁっと翼を羽ばたかせると、真っ黒な羽毛が何本も飛び出した。 鋭い手裏剣のようなその黒い羽毛の雨が、淳二と乙姫めがけ頭上から殺到する。 空気を切り裂く音に淳二が顔を上げるが、もはや対処する時間は無かった。 「乙姫ちゃんっ!!」 とっさに淳二は乙姫をかばった。 乙姫を腕の中に抱きかかえ、そのまま倒れこんだ。 その闘気のバリアと鎧を貫き、淳二の背中に羽毛の雨が次々に刺さる。 「ぐあぁぁっ」 たちまち淳二の鎧は真っ黒な羽毛で埋め尽くされてしまった。 遅れて傷口から真っ赤な血が噴き出し、黒い羽毛を根元から赤く染めていく…。 「じゅ、淳二さん!?」 下になった乙姫が悲鳴を上げる。 その声を聞き、上空の天狗を必死で撃ち落していた春樹が淳二の現状に気づいた。 「さ、真田君!!」 慌てて淳二に攻撃を続けていた烏天狗5匹めがけて銃ではなく左手を向けた。 そして叫ぶ。 『独眼竜烈風昇天破っ!』 春樹の左手からものすごい威力の風撃が巻き起こり、たまらず3匹が直撃を受けて落され、2匹は散開して逃げ去った。 「くぅぅっ、痛ぇじゃねぇかよ…」 ようやくこの段階で淳二は起き上がることが出来た。 致命傷ではないが、決して軽傷でもない。 「淳二さん、大丈夫? ごめんなさい、ごめんなさい…」 淳二の傷を見た乙姫が、ぽろぽろと涙を流しながら詫びる。 「…大丈夫。それより敵さんが来てるぜ」 淳二の視線の先、たった一人で戦場を駆け巡り、次々と鬼を切り伏せている美亜子の姿が映った。 しかし、いかんせん美亜子は一人。すべての鬼を足止めできるわけがない。 美亜子の防衛ラインを突破した鬼たちが、すでに淳二を包囲しつつあった。 さらに、その上空からは烏天狗が虎視眈々とこちらを狙って飛び回っている。 もはや乙姫をかばいながらでは戦いにならないだろう。 「乙姫ちゃん、ハルのところに行くんだ」 険しい表情で、そう言われ、乙姫はこくこく頷いた。 「う、うん…」 乙姫は再び春樹の近くに戻った。 さて、その春樹だが、CIWS(近接迎撃兵器システム)のバルカン砲のように凄まじい弾幕を張って天狗たちの接近を阻止していた。 かなり、頑張って戦っているといえよう。 そして美亜子と淳二を避け、北東の方向から大回りしてこちらに到達した鬼たちが、いよいよ到達してしまい、春樹と乙姫を守って円陣を組んでいる比叡連者5人と死闘を繰り広げていた。 布武の蝶剣が煌き、他圧の上段回し蹴りが鬼を吹き飛ばす。 施法の三節棍に鬼は近づくことも出来ず、叛徒は鬼の攻撃をものともせずに鉄杖を振り回し、蛮那の斬馬刀が二匹の鬼をまとめて両断する…。 真言を唱えながら次々と鬼を倒して行く彼らは、まさに降魔戦隊の名に相応しい。 彼らが地上の鬼を食い止めてくれるおかげで、春樹は上空の敵の迎撃に専念できるのである。 それゆえ比叡連者も上空の敵を気にせずに目の前の鬼に全力で対処できるのだ。 だが、比叡連者も一人の例外もなく、どこかしらに傷を負って血を流しながら戦っている。 5人のうち、一人でも倒れたら拮抗する戦闘のバランスが崩れ、一気に戦線が崩壊しかねないのである。 そしてこの7人から少し離れたところでは、背中にびっしりと羽毛が刺さった状態のまま、淳二が孤軍奮闘。 たった一人で、十重二十重に囲んだ鬼と、上空から攻撃を仕掛ける天狗と戦っている。 右手の紅龍焔月爪で地上の鬼をなぎ払いつつ、左手から炎を撃ち出し上空の天狗を牽制する。 一方の美亜子も、すでに鬼と天狗の大群に包囲されて動きが取れない状況だった。 勇壮な漆黒の鎧には何本も羽毛が突き刺さり、何箇所か鬼に噛み付かれて出来た傷もある。 やはり上空を自在に飛び回り、死角から羽毛攻撃を仕掛けてくる烏天狗の存在が戦闘の自由度を奪い、苦戦を免れない元凶となっている。 完全に制空権を取られた状況である。 太平洋戦争末期の日本のように、空爆され放題なのだ。 そして、敵はついに切り札を投入してきた。 林の中に消えていた鼻高天狗たちが、一斉に飛び上がってきたのである。 その数およそ30。よく見れば、そのすべての天狗が大きな岩を抱えている。 岩を抱えて飛び上がった天狗。 となれば、やることは一つである。 (あれを落とされたら…) 春樹の血の気が引いていく。 中学生の物理の知識があれば分かることだが、落下する物体の速度は毎秒9.8m/sずつ増加する。 たとえば、上空240mから落下した物体は地上に到達するのに約7秒かかり、その地表衝突速度は、空気抵抗を無視すると9.8×7=68.6m/s、時速に直して約250km。F1並みのスピードだ(!) 運動エネルギーの大きさは重さと、速度の二乗に比例する。 つまり、重さが10倍になっても運動エネルギーは10倍だが、速さが10倍になれば運動エネルギーは100倍になるのだ。 したがって時速250キロで落下してきた10sの岩の威力は、時速25キロで落下してきた岩の100倍の威力(!)であり、同じ時速25キロならば1トンの岩と同じ破壊力を持つのだ。 そんなものが直撃したら即死は免れないだろう。 そんな春樹の恐怖をあざ笑うように、鼻高天狗は春樹の最大射程の外を飛び、はるか上空300mほどまで舞い上がった。 「このっ、このぉっ、当たれぇッ!!」 パァン、パァン、パァン!! 必死に春樹が撃ちまくるが、さすがに300m上空には届かない。 「だ、駄目だ…」 どうしようもないほどの絶望が春樹を襲う。 岩を落とされても、春樹たちに逃げ場は無い。 周りを十重二十重に鬼の大群に囲まれ、その圧力と必死に戦っているのである。 (し、死んじゃう…。みんなやられちゃう…) 春樹の対空砲火が止んでしまった。 その隙をついて、すかさず烏天狗が上空から羽毛攻撃を仕掛けてきた。 「あ、危ないっ!」 乙姫の声に、春樹が我に返る。 だが、彼の目の前まで、羽毛が迫っていた。 「…っ!」 目をつぶり、身を堅くする春樹。 だが、春樹の心の中に小十郎の叫びが届いた。 (止まって!!) 純白の夜刀神、小十郎の角がほのかに輝き、春樹の目前に迫っていた羽毛がぴたっとその動きを止めていた。 そしてそのままはらはらと落下する。 (ご主人さま、しっかり!) 「で、でも…」 辛うじて小十郎にピンチを救ってもらった春樹だったが、もうどうしようもない。 上空を振り仰げば、天狗たちは慎重に狙いをつけているのか春樹たちの真上で密集陣形を取っているのが見て取れた。 そこから一斉に岩を落とすつもりらしい。 まさに絨毯爆撃に匹敵する恐怖の攻撃だ。 だが、ここからではもはや手の打ちようが無い…。 「みんな、ここから逃げて! 岩を落とされちゃう!!」 それが出来ないとわかっていても、春樹はそう叫ぶしかなかった。 春樹の悲鳴じみた叫びに、比叡連者も何事かと上空を振り仰ぐ。 乙姫も、そして淳二も…。 全員の視線が集中するなか、まさに今、恐怖の絨毯爆撃が開始されようとした。 その瞬間!! ピカーン! はるか上空で、何かが輝いた。 それは凄いスピードで迫り、密集した天狗たちを一撃で粉砕した!! じゅびぃぃぃぃぃぃぃぃ(効果音) まるで宇宙空間を切り裂くコロニーレーザー。
音の速度は光の速度より遅い。一瞬遅れて、頼もしい叫び声が地上に届いた。 『ラァァァブラブ、ビィィィィィィムッ!!!』 もはや説明は不要だろう。 別働隊として大江山の背後に回っていた輪君が、頼もしい援軍として駆けつけたのである。 それも、上空から(!) 「直江君!」 最大のピンチを救われ、春樹感涙。 「り、輪さんっ!!」 一番会いたかった最愛の人の登場に、乙姫も。 「ど、どうなってやがる…」 あまりに非常識な輪の再登場に、淳二が上空を凝視する。 よく見れば、輪の背後、銀色に鈍く光るメタルスーツ…。 「ををっ、ヲルスバンかよっ!?」 淳二が唖然とうめき声をもらす…。 「輪、あんたって…」 美亜子も絶句…。 そう、輪はヲルスバンに抱きかかえられ、猛スピードで上空から登場したのである。 そして今まさに春樹たちに向かって恐怖の岩石落しを敢行しようとした天狗たちを瞬殺したのである。 恐るべき、輪の愛の力! 「おお…、愛染明王の化身か…」 傷だらけで戦っていた叛徒、感激のあまりそんな事を口走り…。 「愛宕大権現が降臨なさったというのか…」 布武も重大な誤解をしていたが、この場合は問題なし! 輪の愛は地上で戦うすべての味方に、等しく勇気と希望をもたらしたのである! と、輪が天狗たちを瞬殺したきっちり8秒後。 ラブラブビームで粉砕された岩のかけらが辺り一面に降り注いだ。 しかし、それは輪の攻撃により落下点が微妙にずれており、春樹たち7人は被害を免れた。 逆にそれは彼らを囲んでいた鬼たちに殺到した。 美亜子の『メテオ』に匹敵する威力の岩石の雨が次々と直撃し、鬼たちはばたばたと倒れ絶命していく…。 「す、凄い…」 春樹、もはや凄いとしか言えない…。 輪君のラブラブビームの戦果。
「チャンスよ!! 一気に敵を押し返しなさい!!」 すかさず美亜子が声を張り上げ、戦意を鼓舞する。 「よっしゃ! やってやるぜ!!」 淳二も背中の痛みを忘れて烈火のように奮戦。 「我らには愛染明王のご加護がある。一気に揉みつぶせ!」 蛮那の景気のいい掛け声に、比叡連者が気勢を上げる。 その一方では春樹の対空砲火が全開。 「落ちろ落ちろ落ちろぉぉッ!!」 絶好調の春樹、次々に天狗を撃ち落していく。 さて、その頃上空では輪とヲルスバンめがけ烏天狗たちが一斉に襲いかかっていた。 その烏天狗の攻撃を避けるべく、ヲルスバンが叫ぶ。 『ヲルスジェットォッ!!』 翼のジェットで急加速。 「くっ、ぬおっ…」 輪君、急なGの変化と落下の恐怖に顔面蒼白。 一応ヲルスバンと輪とはきつーく、帯で結んでいるのだが、羽毛攻撃を避けるためとはいえ、急な旋回や宙返りまでされるとさすがに怖すぎである。 もはや輪は生きた心地がしない。 だが、烏天狗は執拗に追いかけてくる。 仲間の仇と思ったか、あるいは倒すべき最大の脅威と感じたか。 とにかく、ヲルスバンは輪を抱えたまま縦横無尽に上空を逃げ回ることになった。 「お、落ちるっ。おい、…おいっ。早く地上に降ろしてくれっ!」 だが、烏天狗はそれをさせない。 高度を下げようとするヲルスバンに先回りするように、下のほうで待ち受けているのだ。 で、ヲルスバンはそこを突破しようと、いよいよ烏天狗に反撃を試みたのである。 輪を抱えたままその耳元で叫ぶ。 『ヲルスバァァァァァァァルカンッッ!!』 ドガガガガガガガガガ!! 額に装備されたバルカン砲が火を噴き、ヲルスバンの前方に火線の弾幕を張る。 「くっ、人の耳元で…」 輪が顔をしかめるがお構いなし。 だが、輪とて無力な存在ではない。 一応この状況でも攻撃手段はあるのだ。 と、いうわけで…。 『ら、ラブラブ、ビーム…』 もはやへろへろになった輪の愛が飛んでいく。 じゅびぃぃ(効果音) クワァァァァァ!! 輪のラブラブビームで烏天狗が悲鳴を上げてまとめて吹き飛ぶ。 『ラブ、ラブ…、ビぃムっ』 じゅびぃぃ(効果音) キュワァァァァァ!! 輪にとってある意味命がけの戦いである。 羞恥心を捨て、彼は頑張った。 で、頑張った甲斐あって残るは一匹。 ヲルスバンはそいつに向かって一直線に飛んでいく。 「おっ、おい…。な、何を?」 慌てる輪。 だが、それに答えず、ヲルスバンはこれまでしっかりと抱きかかえ、輪の身体を固定していたその両腕をぱっと離した。 「うおっ!?」 これで輪を支えているのは腰の帯一本。 輪の身体が「く」の字型に折れ、顔ががくっと下を向く。 で、ヲルスバンは自由になった右手を突き出し、最後の烏天狗に猛スピードで突進。 「バカ、やめろぉぉぉぉぉ!!」 輪の悲鳴が上空に響きわたる。 『フライング・ヲルスバーン・ナッコォォォォ!!』 輪の迷惑は一切顧みず、必殺のヲルスバーンナックルが、烏天狗を見事やっつけた。 『任務完了!!』 「………そ、それはいいから早く降ろしてくれ」 げっそりとやつれた輪が、ほとんど気絶寸前といった様子でそれだけ呟いた…。 一方その頃。 『真空烈破斬!!!』 美亜子必殺の『五行妖術』が5匹の鬼をまとめて切り裂いた。 「おらおらおらおらおらおら!!!」 淳二の紅龍焔月爪と左手から撃ち出される炎が鬼たちを次々に屠っていく。 「このっ、このぉっ!!」 上空からの援護もなく、もはや絶望的な突撃を敢行してくる鬼たちを春樹が迎撃。 そして、三人の活躍で、見事上空の天狗、地上の鬼、すべてを一掃し終えた頃。 「し…、死ぬかと思った…」 紙のように蒼白な顔色で、輪が地上へと降り立ったのである。 震える手で帯をほどくが、一人で立ったそばからふらふらと倒れそうになってしまう。 すっかり三半規管がおかしくなっていた。 しかも、急なGでシェイクされたせいで輪の胃は深刻な状況にあった。 つまり、ジェットコースターに乗った後のように、ひどい乗り物酔い状態だったのだ。 何かの拍子に筆舌に尽くしがたい悲惨なことになりそうな、そんな大ピンチ。 が、そんな輪に向かって乙姫が泣きながら駆け寄ってきた。 「輪さん、輪さん、輪さんっ」 「お、乙姫…」 乙姫にとっては感動の再会シーン。 だが、輪は焦りまくった。 (まて、来るなっ) どーん。 輪の心の声など届くはずもなく、その勢いのまま乙姫が輪の胸に飛び込んだ。 「おぐっ…」 輪の目にたまらず涙がにじむ。 メーデー、メーデー。リミットブレイクです。 「乙姫っ、悪いっ…」 ばっ。 乙姫を引き剥がすと、輪は脱兎のように逃げ出し、木陰に入った。 「り、輪さん…?」 唖然とする乙姫。 「なんだなんだ?」 淳二が寄ってきた。 「どうしたの、輪?」 美亜子も近づいてきた。 「直江君?」 春樹も。 「直江殿?」 そして比叡連者も。 全員の視線を一身に浴び、輪は…
もはや誰も疑問を挟まないだろう…、この戦いを勝利に導いたのは、輪のラブラブビームだということに。 が、英雄であるはずの輪は地上に降り立つと、よりによってリバースしてしまうという大恥をかいたのであった…。 めでたくなしめでたくなし。
鉄の御所の内部でも、酒呑童子と良源、広奈が想像を絶する死闘を繰り広げていた。
かなり久しぶりに本編の最新作をお届けしました。 最近はサバゲーシリーズのほうに注力していたので、こっちはずいぶんお待たせしてしまいました。 が、その分大迫力の(?)戦闘シーンをお伝えできたのではないかな、と。 そして、輪君。やっぱり君こそ主役だ(笑) ま、今回は各自が存分に必殺技を駆使して激闘を繰り広げました。 さすが1000CPキャラだなって感じです(笑)。 ただ、春樹はまだまだ真の実力を出し切っていないですけどね…。 彼の真価が発揮されるのは、もうすこし先のようです。 今回も指揮官としては失格だったし…、ともあれ、頑張れハル君。成長の楽しみがあるのは君だけなのだから(笑) というわけで、作者でした。
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