〜大長編オリジナル日本史ファンタジー大河ドラマ小説〜

陰陽五行戦記

第一章 ◇平安編◇

第二十五話「スター出すとメモリー」





◇2月14日0時 竜宮◇


戻ってきた春樹は生まれ変わったネオ春樹だった。

いやいや、その変わりっぷりを表現するに、“ネオ”だけでは役不足。

言うなれば、リファイン春樹Ζ、略してリハズィって感じ。

なにやら全身から溢れ出る自信、引き締まった表情、輝く瞳…。

とにかくやる気が違う。

陰陽師武田広奈の目を通しても、それは信じられない光景だった。

(まぁ、春樹さんのオーラには不安や恐怖が一切無くなっていますわ)

内心驚嘆する広奈。

なにしろ輪や淳二、そして美亜子でさえもそのオーラから不安、恐怖が消え去ることは無かったのに、である。

そんな春樹の豹変振りは早速再開された練習でも顕著だった。

結界展開! 急!!

急!!

如!!

律!!

令ぉっ!!!!

その瞬間、地面に星型の光が走り、星の中央には輝く文字が浮かび上がった。



広奈が書いた練習用の護符の効果がこれである。

つまり、うまくいったら地面に“成功”の文字が浮かび上がるのだ。

「素晴らしいです。一回で成功するなんて」

広奈が値千金の笑顔を春樹に向けた。

こんな笑顔を向けられたら誰だって気温40度のバターのように溶けてしまうんじゃないか、ってくらいのKOスマイルである。

しかし、春樹の反応は全員の想像を超えたものだった。

あの春樹とは思えないほどに引き締まった表情で諭すように一言。

「でも、これくらいで喜んでいちゃ駄目だよ、武田さん。将門を倒すためにはもっと実戦的な練習をしなくちゃ」

一同、あっけに取られて言葉も無い。

温泉に行っただけで、春樹が豹変していた…。

いったい何が春樹をこんなに変えたのだろう?

「ドーピングでもしたのか…?」

淳二がぼそっと呟く。

だが、その呟きも春樹の気合の入った言葉にかき消された。

「さぁ、みんな変身して。武田さんはヲルスバンを。ヲルスバンを将門に見立てて、もっと動きをつけて練習しよう!」



◇同時刻 北山付近◇


突如四方から沸き起こった鯨波(とき)の声に、北山に陣を張った将門の軍勢は、パニックを起こした。

もともと負傷者も多く、疲れ果てて眠りこけていたところにこの奇襲である。

まして将門の軍勢は女子供を含めても400人に満たない小勢。

混乱をきたしているうちに闇の中から襲い掛かった4000の討伐軍に蹂躙されていく。

「くっ、貞盛め、夜襲とはなんと卑怯な…。明朝正々堂々と決戦する、というのは私を欺く虚言だったというのかっ…」

将門は怒りに燃えてすぐに起き上がった。

「だが、私は倒れんぞ。私は義によって立っているのだからな!!」

もちろん将門は鎧をつける暇もなく手に太刀だけを持って応戦しようとした。

しかし…。


「でな、こっからが大事だからよく聞けよ。石井の営所にいる女子供は、なるべく全員保護するんだ。襲ったりする兵士がいたら斬り捨てるくらいの厳しさでな。特にアホ将門の嫁さんは絶対に捕まえとけ、怪我一つさせねぇでな」


ここで貞盛の策の第二段階が見事に功を奏すことになる。

パニックに陥った将門の妻や妾たちが我先にと将門にしがみついてきたのである。

「将門様、お助けくださりませ」

「将門様、どうぞお見捨てなさいますな…」

彼女たちは恐怖のためぼろぼろと涙を流し、がたがたと震えている。

と、なれば将門の性格的に絶対に彼女らを助けずにはいられない。

「わかった、安心いたせ。私が守ってやる」

結果将門は彼女らが足枷になり、戦場を自由自在に動き回ることが出来なくなった。

将門が一箇所に足止めされている以上、そこを遠巻きに包囲しつつ、将門軍の残りの将兵を殲滅するのは貞盛と秀郷の手腕では容易なことだった。

衆寡敵せず、将門が新皇に即位したときに下野守になった平将頼、相模守になった平将文、伊豆守平将武、下総守平将為ら、将門の弟たちが次々と討ち取られていった。

しかも、ここでも貞盛は女子供は決して殺すな、との厳命を徹底させていた。

将門の弟たちの妻子は殺さずに捕まえて、将門のそばまで連れて行ってやる。

するとますます将門の周りには女子供が集まり、結果将門はここを一歩も動けなくなってしまう…。

第一段階では戦略的に将門の行動の自由をなくし、第二段階では戦術レベルでも将門を動けなくしてしまう。

将門のお人よしの性格を見事に利用した、貞盛の“女子供足手まとい作戦”である。


しかしあいにく将門には貞盛に見事に踊らされている自覚は無い。

むしろ将門が理解できないことが一つ。

「おのれ、貞盛め、どんな手を使ってこれほどの大軍を到達させたのだ…」

先ほどから将門の口からはこれに類する言葉しか漏れてこない。

将門にとっての誤算は2体の式神、そして九頭竜と夜刀神が討伐軍を食い止めるはずが、まったくその役目を果たしていなかったことにある。

将門はそもそも討伐軍が石井に到達することが出来るとは思っていなかった。

もちろん、式神と九頭竜が健在ならば4000の軍勢を一蹴できただろう。

それが、突如現れた外的要因、つまり輪たちによって倒されてしまったわけである。

そのことを知らない将門は、まさか討伐軍がその全兵力を温存していたことを最後まで理解できなかったのであった。



◇0時10分 竜宮◇


「準備はいい? じゃあ作戦を説明するよ。まず将門を直江君か本多さんが引き付ける。もし直江君の『毘沙門天』で将門を倒せるならそれでいいけど、駄目だったらとにかく防御に徹して時間を稼いでください」

まるで別人のような自信に満ちたしゃべりっぷりで春樹がてきぱきと指示を出していた…。

腰に吊るした九頭竜の剣には嬉しそうな(?)小十郎が巻きついている。

よく見れば小十郎の角がほのかに光っているのが見て取れるのだが、あいにく誰も気付いてはいなかった。

「…その隙に武田さんと真田君は将門の背後に回る。そして僕が将門の動きを封じてみせるからその間に結界を作ってしまうんだ。いいね?」

「おいハル、将門を封じてみせるって、どうやって?」

ようやくそこで淳二が話に割り込んだのだが、春樹は自信ありげに断言した。

「やってみればわかるよ。さ、武田さん。ヲルスバンを」

そんなわけで、すっかり春樹のペースに乗せられ、全員があっけに取られたまま、模擬戦が開始された。


『悪を切り裂け、ヲルスブレーーーードッ!』

将門の幻覚を纏ったヲルスバンがそう叫ぶと、手の中にばちばちと電光を放つビーム状の剣が出現した。

「ヲルスブレードは荷電粒子を収束してビーム化したものです。くれぐれも武器で受けないようにしてください」

広奈からの注意が飛ぶ。

「なるほど、本物の将門の攻撃も武器で受けられないからな、ちょうどいい」

そう言ってにやりと笑ったのは、実際将門に刀を折られた輪である。

「よし、まずは俺からだ。武田、ヲルスバンをこっちに」

「はい」

まずは将門が輪に向かったという設定の模擬戦。

『喰らえ、我が正義の剣っっ!!』

すっかり将門になりきった(?)ヲルスバンが輪に攻撃を仕掛ける。

輪は右手に神刀『毘沙門天』、左手に護符(練習用)を持っている。

迫り繰る将門(ヲ)の一撃に、輪は落ち着いて左手をかざすと叫んだ。

『護身氷壁!』

『なにぃっ!?』

将門(ヲ)の一撃は、突如出現した氷の壁に完璧に止められてしまっていた。

「輪さん、すごい…」

見物していた乙姫が驚嘆の声を上げる。

そして、将門(ヲ)の動きが止まった瞬間を春樹は見逃さなかった。

「舞い上がれッ! 『竜巻招来!』

その瞬間、将門(ヲ)は突如吹き荒れた小型竜巻に呑み込まれた。

『ヲヲヲヲヲヲヲヲッッ!!?』

それはまるで、洗濯機の中の洗濯物。

猛烈な上昇気流に巻き込まれた将門(ヲ)は竜巻の中に浮かび、クルクルと回転した。

「わ…」

あまりのことに見ている乙姫は言葉を失う。

それはほか4人にとっても同じだった。

「武田さんっ」

景気よく回っている将門(ヲ)を呆然と見ていた広奈は春樹の一言で我に返った。

「今です。輪さん位置についてください」

それで目の前で起きている非常識に一瞬動きが止まってしまった輪も復活した。

同時に美亜子、淳二も位置につく。

全員が配置についたことを確認した広奈が護符(練習用)に力を込める。

結界展開! 急!!

広奈が輪に護符を向ける。

急!!

配置についた輪が、淳二に。

如!!

淳二は美亜子に。

律!!

美亜子が春樹に護符を向けると、春樹が集中を解いて、竜巻を消滅させた。

『ヲアッ』

将門(ヲ)は地面に落ちた。

その瞬間、春樹は護符に力を込め叫んだ。

令ぉっ!!!!

そして地面には将門に引導を渡す“輝く星”が生まれた。

『ギャァァァァァァ!!!』(←ヲルスバン迫真の演技)

将門(ヲ)が倒れた地面に“成功”の文字が浮かぶ。

「やったぁ☆」

見物していた乙姫が喜びを爆発させた。

思わずぴょんぴょん飛び跳ねている。

「すげぇ、これならやれるかも」

高揚感に包まれつつ淳二がそう言うと、広奈もうなずく。

「きっとうまくいきますわ」

一方、輪はといえば、春樹のそばに行き、満足げに微笑むとその肩をたたいて労をねぎらった。

「成功してよかった」

春樹は少々照れつつもそう言って輪に笑いかける。

「しっかし、あんたたちそろってあんな技を隠し持ってたなんてね…」

ちょっぴり皮肉っぽく口元を吊り上げつつ、しかし美亜子の目はとても嬉しそうに笑っていた。

これなら将門を倒せるかもしれない。

彼らの間にそんな安堵の空気が流れていた。



◇1時0分 北山付近◇


戦闘開始からおよそ1時間後には将門の軍勢は完全に壊滅し、残るは将門と彼を取り巻く女子供だけ、という状況になった。

単純に兵力は1対4000。

「くっ、ぬかった…」

歯噛みしながら将門は自分がまんまと貞盛に翻弄されていることを、そして軍略家としての腕は向こうがはるかに上だという事も自覚せざるを得なかった。

なにしろ、将門の目から見れば、貞盛は式神と九頭竜の守りを突破し、まるで奇術のように4000の軍勢を石井に出現させたのである。

石井の営所を落とされ、多くの馬を奪われた将門軍はもはや最強の騎馬部隊を失い、あとは衆寡敵せず、殲滅されていくだけだった。

そして将門は女子供に囲まれて戦場を往来することも出来ず、事態を呆然と見送るだけ…。

まさに牙を抜かれ、足枷をされた猛獣といった状態である。

しかも逃げてきた義妹たちから弟らが討ち死にしたことは伝えられている…。

もはや、自分が築こうとした東国の独立国家の夢は風前の灯であった。

いったい何故、いつから歯車が狂ってしまったのだ、と将門は今更ながら悔恨に打ちひしがれていた。

新皇に即位した当初は自分の東国での人気の高さから8000を超える動員兵力を誇っていたはずである。

東国の悪党、俘囚、野伏、イ就馬(しゅうま)の党など任侠肌の将門に心酔し、最強の騎馬軍団の一翼を担っていた、その彼らは何故この戦場に駆けつけてこないのだ。

いくら農作業のために兵士たちを解散したとはいえ、再び自分が徴兵をかけたのだから8000の兵力はすぐに集まるものだと思っていた。

しかし、いったん解放した兵力は再び集まることはなかった。

慌てた将門は最後の手段として、自らの分身とも言える式神たちを各地に派遣し、兵力を再集結させようとしていた。

式神とはいえ各地に派遣するときは、本物の将門と同じことである。

将門自身が来た、というのに兵士たちは集まらないのである。

その理由は、最後の最後まで将門には分からなかった。


その理由。それは貞盛の情報戦の成果であった。

将門が新皇に即位した直後から、貞盛は自分の部下を使ってさかんに民衆の間に噂話を広げていた。

(たしかに、将門と正面から戦って勝ち目はねぇ。だが、将門軍と民衆との間にくさびを打ち込み、やつの人気を地に落とすことなら出来るぜ)

貞盛が実際に戦場に立つ前に、そうした下準備をこつこつとしていたのであった。

今、将門が新皇に即位したが、それによって民衆の生活は楽になったか? いや、かえって都からの討伐軍に怯え、将門軍を養うためにさらに重い年貢を課され、働き手を兵士として奪われた。

さらに都から征討軍が出発し、将門を討ったものには五位、四位の位を与える、との勅命も出ている。

そのため関東でも将門の討伐に多数の兵力が集結しつつある。

そんな情勢からいって、将門に味方することは自殺行為だ、ここは討伐軍に加われば恩賞は思いのままだぞ。

貞盛の扇動は効果抜群。民衆の間にたちまち動揺が走り、疑心暗鬼に陥った彼らの心はすぐに将門を離れた。

こうして貞盛は将門が知らぬうちに東国の民の心をがっちりとつかんでしまい、逆に将門の人気を地に落としていたのである。

  (そういうことさ、馬鹿将門。戦いってのは戦場に出る前から始まっているんだぜ。都で出世するにもな、ちゃんと根回しが必要なのと同じことだ。おまえはその辺が全然なってねぇんだよ)



◇1時0分 竜宮◇


「よし、次からは将門が飛び道具を持っていた場合を想定して練習しよう」

てきぱきとした春樹の指示の元、万全を期すべく、特訓は続いていた。

ちなみに乙姫はもう寝る時間、ってことで一足先に屋敷で休んでいる。



◇1時30分 北山付近◇


たった一人になってしまった将門とそれを包囲する4000の軍勢。

しかし、圧倒的有利なはずの討伐軍も将門の武名に怯えてうかつに動くことが出来ずにいた。

自分を恐れる4000の兵を睥睨し、将門の瞳はたった一人の男だけを探していた。

もう将門には分かっていたのである。

自分をここまで追い詰めたのは、ほかの誰でもなく、貞盛だと言うことを。

「こうなれば、せめて貞盛だけでも殺してやる…」

将門がそう呟いた瞬間。

おい! 負け犬!!

まるで呼応するかのように貞盛の声が響き渡った。

そして、将門が怒りの形相でその声のした方向を振り向いた瞬間!!!

闇を切り裂いて弦音が響き、そして…


将門のこめかみに、秀郷が射た“神鏑”が突き刺さった。


「いいかおっさん、俺が将門の気を引くから、おっさんは将門が振り向いた瞬間を狙ってその“神鏑”をやつのこめかみに当ててくれ」


との打ち合わせどおり、貞盛の隣で弓を引き絞っていた秀郷は、かつて若かりし頃、ムカデ退治の折に乙姫にもらって一本だけ残っていた“神鏑”をものの見事に将門の急所に命中させたのだった。

「ぬぅぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁっ!!!!!」

将門の絶叫が響いた。

“いかなる攻撃を受けても決して傷つくことの無い”将門の身体もこめかみだけはその例外であった。

その急所に魔を払う“神鏑”が命中したのである。

そのため将門の体内にあった“魔王の力”が“神鏑”によって消滅させられていく…。

彼を取り巻く軍勢が見つめる中、将門の全身から噴出した黒い霧のようなものがつむじ風のように立ち上り、闇に溶けて消えていった。

「な、なんだありゃ…」

呆然と見つめる貞盛。

やがて、将門の身体を取り巻く黒い霧のようなものは消滅し、と同時に、神鏑が刺さったままのこめかみから、真っ赤な血が吹き出した。

そして、言うまでも無くこの傷は致命傷であった。

魔王の力が失われたとき、“いかなる攻撃を受けても決して傷つくことの無い”という“呪い”は解け、将門の精神もまた魔王の呪縛から、“憎しみの連鎖”から開放された。

死を迎えるまでのわずかな間、将門はようやく自分の本当の心を取り戻したのであった。

将門が本来持っていた夢は東国が朝廷から不当に貶められることなく、独立独歩の気概を持ったまま共存する、そんな理想の国を作ることだった。

いわば、中央集権国家における、地方自治の確立こそが将門の本意だったはずである。

しかし、いつの間にか、将門の精神は取り憑いた魔王の怨念に染められ、朝廷との共存の理想も消えていた。

「そうか、…この力、これこそが獅子身中の虫であったというのか」

がっくりと膝をつき、辛うじて倒れるのを踏みとどまっている、そんな瀕死のはずの将門の表情はしかし、不思議と穏やかだった。

そして、将門はその視線を貞盛に向けた。

彼には死ぬ前に貞盛に伝えなければならないことが残っていたのである。

何かに突き動かされるように、将門の唇が最期の言葉をつむぐ。

「さ、貞盛…、すまなかった。おまえの父を、舅殿を、私は…。ずっと詫びたかったのだ。そして私と共に理想の国を作ってほしかった…。貞盛…おまえさえいてくれれば…」

暗く影を落とす死に抗いながら、将門は最期に、ようやく自分の心の内をさらけ出していた。

それを聞かされた貞盛は、この男には珍しく、狼狽し、激昂した。

「やめろ!! 今更そんなことをっ。おまえは朝敵だ。憎むべき反逆者だ。もう、すべて遅いんだよ!」

叫びながら貞盛は矢をつがえ、弓を引き絞った。

「おまえは敵だ。もう、俺はおまえを殺すしかねぇんだ…」

常にない貞盛の鬼気迫る様子に、ようやく将門は理解した。

貞盛は自分と戦うため、かつて弟のように可愛がった自分を討つ為、心に鬼を住まわせていたのだと…。

「そうか…、腐った朝廷に属さねば、おまえも苦しむことは無かったろうに」

瀕死の敵から憐憫の情をかけられ、むしろ貞盛は口元に笑みを浮かべた。

将門は最期まで将門以外の何者でもなかった…。

それが、貞盛の背中を押した。

将門を殺すのは…、この騒乱に決着をつけるのは自分しかいないのだ。

「最期まで、口の減らねぇ野郎だぜ…。俺が、永久に黙らせてやる」

そして貞盛は将門のもう一方のこめかみに狙いをつけた。

自分に向けられた矢を凝視して、将門も覚悟を決めた。

ゆっくりとうなずく。

「もはや何も語るまい。我が首で、末代までの武功とするがいい。そして私の夢はおまえに託そう。…外すなよ、貞盛」

将門はゆっくり目を閉じて、その瞬間を待った。

「おまえがいなくなると寂しくなるぜ…」

そして貞盛は万感の思いを矢に込めた。

「再びおまえとくつわを並べたかったぞ、貞盛…」


こうして、将門はその波乱に満ちた生涯に幕を閉じた。

享年38歳。

死に顔はかすかに微笑さえ浮かべた穏やかなものだった。

天慶三年二月十四日早暁のことである。

こうして“輪たち五人をあっさり倒すほどの将門の強さ”はまったく発揮されないまま終わってしまった。

そして将門の死と共にこれまで将門の味方をしていたあらゆる勢力は一掃され、東国に再び平安が戻ってくることになる。


この功績により平貞盛は正五位上の位を得た。

そして平家に代々伝えられることになる名刀“小烏丸”を朱雀天皇に下賜される。

都に戻った貞盛は順調に出世を繰り返し、勢力を拡大していく。

そして貞盛の子孫の中から“平家にあらずば人にあらず”というほどの隆盛を誇ることになる平清盛が登場する。

一方の藤原秀郷も従四位下となり、やがて関東地方に大きな勢力を持つにいたる。

ちなみに、のちに平泉で栄華を誇る奥州藤原氏はこの秀郷の子孫である。

また、将門の乱と同時期に起きていた“海賊”藤原純友の乱は源経基が平定することになる。

この平将門の乱と藤原純友の乱をあわせて、“承平・天慶の乱”と呼ぶが、これらを制圧した三人の子孫こそが、のちに平家物語に登場する三大勢力となる。

つまり平家は貞盛の子孫、奥州藤原氏は秀郷の子孫、そして源氏は源経基の子孫ということになる。

今はまだ藤原氏の全盛すら迎えていない平安中期の940年。

しかし、やがて迎える“武士の時代”を作ることになる、小さなきっかけがこの2月14日に起こったのであった。

まさにこの瞬間「歴史は動いた」のである。

輪たち5人の知らないうちに…。



◇午前2時過ぎ、竜宮◇


「…ふぅ、だいぶ良くなりましたね。そろそろ休みましょうか」

ようやく広奈のOKが出たのは練習を開始してから2時間も過ぎてのことだった。

「晴明さまが下さった護符は一度使ったら力を失ってしまいます。失敗は許されません。皆さん、明日はくれぐれもよろしくお願いしますね」

「わかってるにょ」

至極まじめな顔で淳二はうなずいた。

にょ〜にょ〜言ってたので癖になったらしい。



◇午前2時半、竜宮の寝室◇


疲れ果てた彼らだったが、しかし、布団に入ってもなかなか寝付けなかった。

無理も無い。明日は再び将門との決戦だ。

戦って勝てる保証も無いし、負ければ今度こそ死ぬかもしれない…。

将門の強さを考えれば文字通り命がけの戦いだ。

明日のことを思い、5人は眠れない夜をすごしていた。



◇武田広奈&本多美亜子◇


「…あの、美亜子さん、起きてます?」

「ン…、どうかしたの?」

「明日のことなんですが…」

「なぁに広奈、やっぱあんたでも不安なの? 大丈夫よ。あたしは同じ相手に二度負けたりしないわ」

「……あの」

広奈は言葉を呑み込んだ。

いくら妙な予感を覚えたからといって、それを美亜子に言うことも無いだろう。

まさか、将門がもう、いないなどという予感など…。

「広奈、心配しなくても勝てるって」

「ええ…。ありがとうございます」

「なんのなんの、じゃ、おやすみ」

「おやすみなさい…」



◇直江輪◇


(しかし、俺たちで将門を倒してしまって本当にいいのだろうか…。そうなった場合歴史はどうなる? やはり史実どおりにするためにもどうにかして討伐軍によって将門を討たせる方法を考えなくては…。しかし、どうやればいいんだ………)

床についても輪の頭脳は回転を続けていた。

いや、さっきのように身体を動かしていれば余計な心配をしなくても済んだのであるが、こうして布団に入ったところで、再び考えすぎの癖が出てしまい、結局輪はなかなか睡魔が訪れなかった。



◇伊達春樹◇


(ふぅ…。今日は疲れたな…。びっくりすることばっかりで…)

布団の中で、春樹は回想に耽っていた。

なにしろ今日一日だけで何度死にそうになったか分からない。

上空500mから落下し、九頭竜には毒液を浴びせられ(注:食われたことは覚えてない)、そして将門に斬られ…。

ほとんどトラウマになりそうなほどの恐怖ばかりである。

そしてその一方で春樹は九頭竜の剣を手に入れ、小十郎という新しい友人(?)を得た。

だが、このことについても春樹は不安で一杯だった。

九頭竜の剣を持ったときに自分の中に流れ込んでくる謎の“意識”といい、人間の姿になった小十郎が語った内容といい、独りで抱え込むには荷が重過ぎる。


…僕は、…僕は強くならなくちゃ。武田さんだって危険をおかして陰陽師になったんだし、僕だってさっきみたいに小十郎に力を貸してもらえれば…。

そして将門に勝つんだ。

絶対に、絶対に…。



◇真田淳二◇


「…うにゅぅ、かあちゃん勘弁…」

………。

………。

真田淳二、ただひとり熟睡中。





かくして5人はさまざまな思いを抱きつつ疲れきった身体を横たえ眠りに落ちていった。

…すでに肝心の将門が討たれたとも知らず。

ちなみに竜宮の地面には幾つもの星が刻み付けられていた。

2時間に及ぶ練習でたくさんの星を出したが、結局永久に将門を倒すことが出来なくなった彼らにとってそれはすでに思い出としての価値しかない…。



◇同時刻 比叡山延暦寺◇


その夜、一人の男のもとに晴明が放った式神が舞い降りた。

「そうか東国の星が堕ちたか…。わかった、俺も少し動くとしよう」

かすかに月の光の差し込む、巨大な延暦寺の伽藍に、涼風のように男の声が流れた。

男の名は良源、のちに比叡山中興の祖と呼ばれることになる偉大な僧である。

「蛮那、他圧、施法、布武、叛徒」

呼びかけに応え、屈強な五人の僧兵が良源の前に姿を現した。

そのいずれも一騎当千のつわものである。

人間離れしたパワーで放たれる一撃は破壊力抜群。

斬馬刀使い、豪腕の蛮那。

その強力な足腰から放たれるハイキックは防御不能。

詠春拳使い、蹴りの他圧。

相手に攻撃の暇を与えない、怒涛のスピードと技のキレ。

三節棍使い、神速の施法。

変幻自在のテクニック、トリッキーな技と必殺のかかと落し。

蟷螂拳使い、幻惑の布武。

どんな攻撃にも決して倒れない脅威のタフネス。

鉄杖使い、不倒の叛徒。

彼らこそ、比叡山でも限られた人間しかその存在を知らないという、良源直属の極秘降魔部隊なのである。

なにゆえ存在が秘されているのかと言えば、彼らの目的は仏敵を実力によって排除することである。

ようするに並みの僧侶では調伏できないような怨霊、悪霊、妖怪の類を“肉弾戦”でブチ殺すのが彼らの仕事、ってわけで比叡山としてはおおやけにはできないのである。

「…御前に」

畏まった五人に良源は衝撃の事実を語って聞かせた。

「晴明殿から知らせが入った。将門が討たれたぞ」

「なんと! では…」

「うむ、我らも攻勢に転じる。哀れな怨霊どもを仏法の光で導いてやるのだ」

「御意!」

こうして良源の命を受け、翌朝延暦寺からは多くの僧侶が各地へと散っていった。

平安京でも闇の時代が明けようとしていた…。


次回を待て。



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