〜大長編オリジナル日本史ファンタジー大河ドラマ小説〜

陰陽五行戦記

第一章 ◇平安編◇

第二十一話「将門の悪夢」



◇940年旧暦2月12日 下野国府◇


「いいか、おっさん。おっさんは雑兵を率いて南から迂回して夜を待つ。俺は精鋭の騎馬隊を率いておとりに回る。で、俺がバカ将門を引き付けるから、その隙におっさんは石井を攻め落としてくれ」

「…なるほど。策はわかった。だが、人のことを“おっさん”呼ばわりはするのはやめぬか」

「まぁ、いいじゃねぇの、秀郷のおっさん。でな、こっからが大事だからよく聞けよ。石井の営所にいる女子供は、なるべく全員保護するんだ。襲ったりする兵士がいたら斬り捨てるくらいの厳しさでな。特にアホ将門の嫁さんは絶対に捕まえとけ、怪我一つさせねぇでな」

「なんと?」

「まぁ、普通じゃ考えれねぇけどな、けど、これが将門の朴念仁には一番効くんだよ」

「…理由を聞かせてくれぬか」

「あのな、あのバカははっきり言ってお人よし過ぎるの。だから、あのアホには情に訴えるのが一番効果的なわけさ。嫁さんを無事に逃がしてやれば、あの変態野郎のことだからころりと態度を変えるぜ。そこでな、俺のとっておきの作戦があるんだよ」

「ほほぅ」

「いいか、やつの嫁さんにだな……」



◇940年旧暦2月13日6時 石井の営所◇




そろそろ西の空に太陽も沈みはじめ、薄暮のヴェールが戦場を覆い始めていた。

空にはねぐらに帰るカラスの群が舞い、地上ではいま、石井の営所を4000の大軍が十重二十重に包囲していた。

突然南から現れた大軍、そして貞盛を追いかけてしまい、将門は不在。

営所の中は大混乱が起きていた。

もともと兵士を解散していたため、営所の中で戦える人数は400人に満たない。

さらには多数の女子供もいる。

そんな敵情を素早く分析し、討伐軍の指揮官である藤原藤太秀郷は、居並ぶ兵士に良く通る声で指示を出した。

「よいか! これより総攻撃を行う!! 刃向かうものには容赦をするな!!! ただしっ!!!! 営所内にいる女子供は全て手厚く保護すべし!!!! 命令に背くものは断罪に処す。よいなっ!!!!!」

「応っ!!!」

すでに秀郷の薫陶が行き届いている兵士らは、そろって声を上げた。

夕日を浴びてきらきらと輝く黄金の鎧を纏った秀郷が右腕を高く上げた。

そしてびしっと振り下ろした。

「かかれぇぇぇぇぇ!!!!!!!」

「おぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!!」

秀郷の指示のもと景気よく銅鑼がうち鳴らされ、討伐軍は一気に営所に押し寄せた。

まともな防御設備もない石井の営所は、守り難く攻めやすい。

わずか15分の間に討伐軍は城門を突破し、勢いよく営所内へとなだれ込んだ。

数の上で圧倒的に不利な守備隊はこれにて戦意喪失。

多くの兵士は多勢に無勢で討伐軍によって討ち取られていった。

また、討伐軍は同時に多数の軍馬を奪うことにも成功。

これにより将門軍団の主力である騎馬部隊は事実上消滅。

さらに将門に“人質”として連れ去られていた貞盛の妻も無事保護され、営所内にいた女子供、もちろん将門の妻子を含むが、彼女らも全員討伐軍によって強制的に保護され、秀郷の元へと連行されてきていた。

いつ殺されるのか、とびくびくしていた将門の妻子らは、秀郷から意外な言葉をかけられることになる。

「我々は戦場において女子供に危害を加える気はない。将門を追って北方へと向かうがよい。そして将門にこう伝えてくれ。『明朝、北山の麓で“正々堂々”決戦を行いたい』と」

こうして100人近い女子供、そして負傷兵らが北方へと逃げ延びていくことになる。

秀郷はこれらの処理を素早く行い、一旦兵をまとめると石井の営所に火を付けさせた。

すでに日も沈み暗くなり始めた戦場において、石井の営所が燃え上がるさまは遙か遠くからでもよく見えていた…。



◇940年旧暦2月13日6時 狙撃ポイント◇


夕暮れの到来は隠れている輪達にとっては有利な条件となった。

強い西日によって馬上の将門の視界は悪いだろうし、薄暗くなった灌木の茂みは隠れるにも絶好の場所となっていた。

作戦開始までの時間はわずかだったが、その間に広奈の素早い指示によって5人の役割分担がなされていた。

まず、将門が近づいてきたら広奈が念のため5人を隠すように幻覚をかけ、風景と同化させておく。

そして春樹は貞盛の軍勢をやり過ごしたあと、将門の馬を狙撃。

続いて輪、美亜子、淳二の3人が落馬した将門を挑発して誘い込み、貞盛に見つからないうちに倒してしまう。

また、もし貞盛が戻ってきた場合には広奈が対処することになった。

「…血がたぎるわね、早く来ないかしら」

うっすらと目を細め、美亜子は蜻蛉切を握りしめた。

美亜子の表情は、本気の時のそれである。

「油断するなよ。本物はどれだけ強いか、まだ未知数なんだぞ」

慎重派の輪が釘を刺す。

「はいはい、でも早く倒さないとまずいんでしょ? あたしに任せておきなさいって」

美亜子、自信満々。

「頼りにしてるぜ〜。でも、オレだって頑張るもんね」

そう言った淳二は最初から接近戦は美亜子に任せて、自分は適当に将門の気を引く役をするつもりでいる。

「…やれやれ」

ため息とともにいつもの口癖を呟いた輪だったが、この段階に来ては心配をするよりも作戦を成功させるために全力を尽くす方が大事、と気持ちを切り替えた。

間もなく、彼らの耳に馬蹄の響きが聞こえてきた。

「……き、来たっ」

戦々兢々、いきなりビビっている春樹がここにいた。

あっという間に心拍数が増加し、火縄銃を握りしめている腕が震える。

灌木の隙間から狙撃するため、春樹は片膝を立てて、ちょうど戦国時代の足軽がやるような体勢を取っている。

腰に吊した九頭竜の剣には小十郎が巻き付き、心配そうに春樹を見上げていた。

「春樹さん、大丈夫ですか?」

ぽん、と春樹の肩に手をおき、声をかけたのは広奈だった。

「…だ、駄目かも。僕、本番に、よ、弱くって」

そう振り返った春樹の顔からは血の気が引いている。

見ているだけで胃が痛くなりそうなほど。

「まずいわね…」

「ヤバイかも…」

「やれやれ…」

後方の3人は一気に不安が増大。

では、代わりに広奈が狙撃すればいいだろう、とは誰も言わない。

なぜならばこの灌木の茂みの中ではしっかりと弓を引くことなど不可能。

狭い場所からでも攻撃可能、引き金を引くだけで狙撃できる火縄銃を持つ春樹のみが作戦の鍵を握っているのである。

しかし、火縄銃を構えようにも春樹の両腕はぶるぶると震えており、このままではまともに狙いを付けることなど出来そうにない。

そんなわけで、広奈はとにかく春樹の緊張をほぐす必要に迫られた。

ふわり、と春樹のそばにしゃがみ、緊張して震えている春樹の手に自分の手を重ねると、間近からその目を見つめて言った。

「大丈夫。春樹さんなら出来ます。自信を持って」

吐息がかかりそうなくらい近くに広奈の顔がある。

春樹は沸騰した。

「が、がんばりまひゅ」

震えが止まっていた。

広奈はこの緊迫した場面でもいつもと変わらぬ笑みを浮かべて頷いた。

「では、幻覚の術をかけてわたくしたちの姿を隠します。将門からこちらは見えません。安心して狙いを付けて下さい」

「はい…」

そう言うと春樹は一つ息を吐いて気合いを入れ、火縄銃を構えた。

「『幻覚被覆・急急如律令』」

広奈の方術で、5人の姿は幻覚によって隠された。

これで外から見ても、ただの灌木と同化していて見分けはつかない。

そして徐々に貞盛の騎馬部隊の姿が近づいて来た。

先頭を行くのは貞盛その人。

『平貞盛』と大書した旗指物は、将門の矢を受けたのか中途で折れてしまっていた。

しかし、本人には怪我一つない。

「…強運だな」

彼の無事を喜ぶ輪。

そして安堵したのもつかの間、あっという間に騎馬部隊は5人が隠れている灌木のすぐ横を怒濤の勢いで通りすぎていった。

「おーしっ、野郎ども! もうしばらくの辛抱だ、しっかり付いて来いよ!! 勝ったら宴会だ」

「おうっ!!」

どどどどどどどどどどどどどどど……。

馬蹄の響きと貞盛の声が遠くなっていく。


「…いました」

真っ先に見つけたのは広奈だった。

貞盛の騎馬部隊から遅れること100m。

そろそろ乗っている馬も限界に来ている将門の姿があった。

「…もう少し引きつけてください」

通り過ぎた騎馬部隊との距離を測りつつ、広奈が指示を出す。

(頼むぞ春樹)

(うまく当たれよ)

(ミスったら後で文句言わなくちゃ)

控えている3人が固唾を呑んで見守る。

そして…。

「今です」

「…っ!」

心の中で、何度も馬に向かって謝ってから春樹は引き金を引いた。

もちろんなるべく苦しめないように馬の頭を狙っている。

ズドォン!


本番に弱い、という春樹の前言は見事に撤回された。

春樹の一撃は将門の愛馬の頭を打ち抜き、そりゃぁもう、筆舌に尽くしがたい、すぷらった〜な光景を出現させていた。

思わず顔を背ける春樹。

突然愛馬の頭部が吹き飛び、大量の血をかぶった将門は、当然そのまま地面に投げ出された。

「なんだ!?」

将門は巨体に似合わぬ俊敏さで受身を取るとすばやく立ち上がって、倒れた愛馬の元へ。

「“北斗”」

愛馬の名を呼ぶ将門。

しかし、頭部を打ち抜かれた馬は即死状態。

もはや将門の呼びかけに答えはしなかった。

「……くっ、貞盛め、なんと卑劣な」

悲しみと、怒りに肩を震わせる将門。

ここに、ひとつ現代人の輪達には気付けなかった落とし穴があった。

将門の足を止めるには馬を撃てばよい。

確かに、それは有効な策ではあったが、彼らは“愛馬を殺された将門の感情”を過小評価していた。

この時代、兵器としての駿馬の価値は計り知れないほどに大きい。

現代の感覚で言えば一機100億円の最新鋭戦闘機に匹敵するかもしれない。

それゆえ、将門自身も貞盛の軍勢の兵士は殺しても、馬には絶対に矢を当ててはいなかったのである。

“人権”なんて概念がなかった時代である。

兵士10人の命よりも軍馬が大事、なんて価値観が平気でまかり通っているのだ。

しかもこの“北斗”は、将門が手塩にかけて我が子のように育てた馬だ。

もはや将門にとって愛馬を殺した人間の命は、この瞬間から塵芥のように軽いものとなっていた…。

その上将門は当然ながら輪達を“貞盛の仲間”と見ている。

「許せぬぞ…」

全身に愛馬の返り血を浴びた将門が振り返った先。

「将門、勝負!!」

やる気満々で蜻蛉切を構える美亜子と、美亜子に遅れまいと灌木から出てきた輪と淳二の姿があった。

「これは、貴様らの仕業だな…」

低いトーンで将門が問う。

「そうだ! ざまぁみやがれ!」

将門の怒りがどれほど深いのか、まだわかっていない淳二が元気よく答えた。

続いて輪がびしっと将門に指を突きつけた。

「仮にも指揮官が単騎で敵を追うとは愚の骨頂。罠にかかった自分の愚かしさを知れ!」

過去二回は淳二に邪魔をされたが、ようやく輪もそれらしい決めのセリフを言うことが出来た。

三度目の正直とはまさにこのこと。

ちょっと満足していた輪だったが、はっきり言ってそれは見事に将門の怒りを増大させただけだった。

将門にとって輪達は“憎き貞盛の部下で、卑劣にも馬を殺した最低の敵”と認識されていた。

「許さぬぞ。貴様らのような分別のない者どもに我が正義の戦い、邪魔をされてなるものか」

「正義だって? 魔王の力を使って、あんな化け物を操って、何が正義だ!」

珍しく強い口調で将門を弾劾する淳二。

「我々は東国の民の真の解放をつかみ取るのだ。その為にはどんな力でも利用する。朝廷という看板がければなにもできんやつらには私は倒せぬ」

そう言って将門は輪たち3人をにらみつけた。

「あたしらは、朝廷の手先じゃないわ。自分のために、あんたを倒すだけ」

美亜子がそう言い切った。

「……ならば、力の違いを見るがいい」

そう言って腰につるした太刀をゆっくりと抜く。

式神が持っていたのと同じ、分厚い拵えの鉈のような太刀である。

「邪魔をするものは、我が正義の剣によって斬るのみ!」

将門が抜刀したのを見て、美亜子が一歩前に踏み出した。

左右に控える形になっていた輪と淳二にびしっと一言。

「あんたたちは手を出すんじゃないわよ、こいつはあたしが…」

「えっ?」

驚く淳二。

「無茶を言うな美亜子」

いさめる輪。

しかし、将門の一言が美亜子に火をつけてしまった。

「ふっ、その心意気はよし。だが相手がおなごではな…」

瞬間、美亜子は怒りに任せて間合いを詰めると蜻蛉切を振るっていた。

一撃必殺、首を狙っての斬撃である。

2体目の式神を一瞬で葬った美亜子の神速の一撃。

「百式『覇王七星斬!!』」

ほとんど一瞬の閃光のように蜻蛉切が煌き、鋭い刃が将門の首筋へと吸い込まれる。

しかし、将門は美亜子ですら想像もつかないほどのスピードで、無造作に間合いを詰めてきた。

「…!?」

美亜子の攻撃は将門に命中してはいたが、将門が前に出たせいで蜻蛉切の鋭い刃ではなく、柄の部分しか当たっていなかった。

それでも、大抵の相手なら吹き飛ぶほどの威力だったが、将門はまったく揺るがない。

そして、懐に飛び込まれてしまった美亜子が、あわてて蜻蛉切を引くよりも早く、将門が振るった太刀が美亜子を袈裟懸けに斬り払っていた。

将門の一撃は美亜子の鎧も闘気のバリアをも易々と突破し、美亜子の肉体に初めて傷を負わせていた。

いや、傷などと生易しいものではなかった。

とっさに身を引いていなければ、美亜子は真っ二つに斬り裂かれていたかもしれない。

美亜子は左肩口から腹部までを、ざっくりとかなり深く斬られていた。

「えっ!?」

吹き出した自分の血を見て美亜子が驚愕の声を上げる。

傷は心臓まで達しているかもしれない。

常人ならば即死は免れないほどの、つまり致命傷である。

「うそ…、あ、あたしが…」

そのまま崩れ落ちる美亜子。

「美亜子!!」

「美亜子ちゃん!!」

絶叫し、輪は美亜子に駆け寄ろうとした輪と淳二だったが、その前に将門が立ちはだかった。

「すぐに後を追わせてやる」

「畜生っ、そこをどけぇ!!!」

淳二が将門を殴り飛ばそうと、右拳に炎をまとわせて渾身の突きを放つ。

「よくも美亜子をっ!」

輪が刀身に冷気をまとわせて大上段から斬撃を放つ。

その二人の同時攻撃も将門には通用しなかった。

将門は右手の太刀で輪の攻撃を受け止め、左手で淳二にカウンターパンチを放っていた。

「ぐあっ」

淳二は吹き飛んだ。

自分の攻撃が命中する前に、将門の拳が顔面を捉えていたのだ。

リーチの差もあるが、将門のスピードは淳二の予想をも遥かに超えていた。

優に5mは転がってから淳二は立ち上がろうとしたが出来なかった。

どうやら脳震盪を起こしているらしい。

そして輪も、最初の一撃を軽々と受け止められ、とっさに間合いを取ろうとしたのだが、その間合いに将門が無造作に踏み込んできた。

「私を敵に回すには、貴様らはまだ…未熟!」

「くっ」

将門が振るった太刀を輪も自分の刀で受け止めた。

キィン。

しかし、輪の刀は受け止めた瞬間、もろくも折れてしまった。

「なっ…」

「もらった!!」

直江輪生涯最大の危機!!



◇一方その頃◇


「大将、将門が来ません」

部下からの知らせに、貞盛は軍勢をいったんストップさせた。

「何してやがるんだ、あの変態野郎は…」

そしてそんな貞盛の軍勢の様子をこっそり見ている女陰陽師が一人。

もちろん、広奈のことである。

広奈は春樹の狙撃が成功したのを見ると、すぐに回れ右して貞盛の軍勢の様子を確かめていたのである。

貞盛の目的を考えれば将門が追ってこなければ不審に思い、あるいは戻ってくる可能性もある。

そうなっては自分たちと将門の戦いを目撃されてしまうことになる。

そうならないために、広奈には秘策があった。

「ヲルスバン」

小声でヲルスバンを召喚。

『ヲルスバン推参!』

小声でヲルスバン登場。

そして現れたヲルスバンに対して方術を唱える。

『幻覚被覆・急急如律令』

すると、ヲルスバンに幻覚がかぶせられ、将門になった。

「あそこにいる軍勢を追いかけてください、でも決して追いつかないように…」

『了解です長官どの』

幻覚を作って動かすのは精神に負担がかかる上、幻覚から目を離せなくなってしまう。

そこで、あらかじめ召喚した式神に幻覚をかぶせることによって、半自動的に動かせる幻覚の出来上がりである。

これだと広奈の精神にかかる負担を軽減できる。

名づけて「お願いヲルスバン、将門のフリをして貞盛を追いかけて」作戦である。

『長官の命令を果たすため、この作戦成就のため…』

そして景気よくヲルスバン将門は灌木から飛び出していった。

『貞盛よ、私は帰ってきたぁ〜っ!!』

ヲルス門

「やべっ、野郎ども、逃げるぞぉぉぉ」

どどどどどどどどどどどどどど………。

『待てぇ〜、貞盛ぃ〜』

どたばたどたばた。

ヲルスバン将門は元気よく貞盛を追いかけていく。

こうして貞盛はヲルスバンに任せておいて、自分は将門と戦うほかの4人の援護に回る。

広奈の計画は一見完璧だったが、将門によってあっさりと3人が戦闘不能に追い込まれているという非常事態を、さすがに予想することは出来なかったのである。

がさごそと灌木の茂みを抜けて将門と戦う4人の戦況を確認しに戻った広奈は、おそらく彼女のこれまでの生涯で最も動転した。

「…美亜子さん!」



◇直江輪生涯最大の危機◇


一撃で刀を折られてしまった輪は、完全に防御手段をなくしてしまった。

2mの巨体が鉈のような太刀を振りかぶる。

(斬られるっ!)

輪は必死で将門から離れると身を硬くした。

その瞬間。

ズドォン、ズドォン、ズドォン。

「むっ」

三度銃声が響き、将門の右腕に春樹の攻撃が三度命中。

そのおかげで将門の攻撃は中断され、輪は将門の斬撃を受けずに済んだ。

輪の危機を救った春樹のファインプレイだった。

命拾いした輪が何とか間合いを離したときには、将門は憤怒の形相でいまだ灌木の中にいた春樹の元へとゆっくり進んでいくところだった。

そう、春樹の攻撃を受けた将門は理解したのだった。

いったい誰が“北斗”を殺したのかを。

すでに輪も、淳二も、そして美亜子も将門の眼中にはない。

ただ、春樹を殺すことだけに、将門の目的は絞られた。



◇武田広奈◇


一刻の猶予もない。

そう瞬時に判断した広奈は、急ぎ灌木を飛び出すと倒れている美亜子の元に駆け寄った。

駆け寄りつつ輪に向かって声をかける。

「輪さんっ、早く乙姫さまを呼んでください。この場は撤退します!」

「わっ、わかった」

折れた刀を持ったまま、呆然としていた輪だったが、すぐに行動に移した。

「乙姫ぇぇっっ!!!」

遥か上空に待機している乙姫を呼ぶ。

そしてあわてて美亜子の元へと駆け寄ってきた。

うつぶせに倒れている美亜子の周りの地面は、激しい出血のため、赤く染まっていた。

先に美亜子のそばに来ていた広奈が慎重に、美亜子の体を起こす。

すでに意識はない。

まだ生きていたが、呼吸はか細く、傷口からはとめどなく血が流れている。

勇壮な漆黒の鎧も、今は血に染まっていた。

「輪さん…」

広奈が美亜子の体を輪に預けた。

「早く傷をふさいでくれ、頼む」

輪の懇願に広奈は真剣な顔でうなずくと、そのまま治癒の術の集中に入った。

『刀痕治癒・急急如律令!』

しかし、陰陽道の術でふさげる傷には限度があった。

広奈はあきらめずに何度も術を施す。

『刀痕治癒・急急如律令!』

『刀痕治癒・急急如律令!』

『刀痕治癒・急急如律令!』

だが、それ以上はもはや術の効果は現れなかった。

美亜子は出血こそなんとか止まったが、完全に傷が癒えたわけではない。

むしろ依然として危険な状態であるといえた。

「美亜子! しっかりしろ! おい!」

輪の呼びかけにも、美亜子は反応しない。

血の気を失った蒼白な顔。

だらりと垂れ下がった手足。

どんな時でも活力に満ち、自信溢れる表情を崩したことのない美亜子。

美亜子は絶対に倒れることなどなかったはずだ。

どんな強敵が相手でも一人で倒してしまう、そうじゃなかったのか。

心のどこかで、今起きている事態を認識できない輪がいた。

美亜子が、あの美亜子が血を流して倒れているなど信じられない、信じたくない。

だが、今自分の目の前に倒れているのは紛れもなく、その美亜子だった。

輪がぎりりと奥歯をかみ締めた。

「なぜだ、春樹のように一瞬で回復しないのか? このままでは…」

その続きの言葉を輪は呑み込んだ。

美亜子の体から生命の輝きが失われていくように、あたりの風景が日没とともに闇に包まれていく。

黄昏…、日没…。

美亜子の黄昏…。

どんな時でも負けることのない美亜子が負けたとき、それは美亜子の命が終わるときではないのか…。

「駄目だっ」

自分の頭に浮かんだ不吉な連想を輪は、何とか振り払おうと、しっかりと美亜子の手を握り締めた。

「絶対に助ける!」

そして輪は上空を振り仰いだ。

ようやく乙姫がこちらに向かってきていたが、到着までの時間は輪にとっては果てしなく長く感じられていた。

「竜宮まで…」

そんな、輪を落ち着かせようと広奈が輪の肩に手を置く。

「竜宮まで戻れば傷を治す不思議な温泉があります。それまで美亜子さんが持ちこたえてくれれば…」

声は落ち着いていたが、肩に置かれた手が小さく震えているのを、輪は感じ取っていた…。



◇伊達春樹◇


蛇ににらまれた蛙。

今の春樹はまさにその状態だった。

全身から怒りを発して接近してくる将門の姿に、その眼光に射すくめられて春樹は指一本動かせないでいた。

「くそぉ、ハル! 逃げろ!!」

ようやく立ち上がった淳二が叫ぶ声が聴こえた。

だが、将門はもう、目の前にいた。

「あ、あ、あ…」

春樹がぶるぶると震えながら見上げると、将門はゆっくりと太刀を振りかぶっていた。

「報いを受けよ」

そう言ってまさに春樹めがけて太刀を振り下ろそうとした瞬間。

「…ぬっ?」

将門の動きが急に止まった。

「えっ、あ…、小十郎!?」

春樹と将門の間にいたのは小十郎だった。

白く、まだ幼い夜刀神はその小さな体を精一杯もたげて、将門をにらみつけていた。

その小さな角がほのかに金色に輝いている。

どうやら将門の体が硬直してしまっているのは、小十郎の力らしい。

「おのれ、小癪なっ!」

幼いとはいえ“国つ神”の夜刀神である。

しかも、ほかの夜刀神とはまったく違う、純白の体色を持つ小十郎には、どうやらなにか秘めたる力があるらしい。

現に、小十郎の不思議な力は、今、完全に将門の動きを封じている。

春樹には、この隙に逃げ出すチャンスが生まれるはずだった。

しかし春樹は躊躇した。

自分が逃げたら将門の目の前に残される小十郎はどうなる?

春樹はたっぷり2秒は狼狽し、動けなかった。

その2秒が運命を分けた。

『表裏比興拳・六文銭気弾!!!』

春樹の危機と見た淳二が、とにかく将門に一矢報いようと必殺の『五行妖術』を放っていたのである。

輪と広奈が倒れた美亜子の元にいる以上、春樹の危機を救えるのは自分しかいない。

これはそんな淳二の友情のなせる業だった。

もちろん硬直していた将門はその攻撃をまともに喰らった。

「むっ…」

硬直していた将門が技の衝撃を受けてそのまま倒れこむ。

「ハル! 早く逃げろ〜!!」

かなりのダメージを与えたと思った淳二は声の限りに叫ぶ。

だが…、淳二の渾身の一撃は、春樹にとって不幸なことに、まったくの逆効果だった。

将門は攻撃を受けて倒れたせいで、小十郎の不思議な力から逃れ、身体の自由を取り戻していたのである。

しかも、淳二の『五行妖術』もまったく将門にはダメージを与えてはいない。

そして小十郎が再び将門をにらみつけるよりも早く、将門は驚くほど俊敏に立ち上がると、小十郎の視野から外れるようにして間合いを詰めた。

「畜生風情が…」

将門の目が足元の小十郎を睨みすえている。

「こ、このっ」

小十郎の危機と思った春樹が、ようやく攻撃に転じた。

ズドォン、ズドォン、ズドォン!

間近から放たれた三連射は、すべて将門に命中してはいたが、しかしまったく効いていない。

「貴様の攻撃など、所詮蟷螂の斧!」

将門は春樹の攻撃など意に介さず、小十郎めがけてその足を踏み下ろした。

ずんっ。

「あああっ…」

小さな小十郎の身体は、その半分以上が将門に踏みつけられていた。

「…悲しむか? それとも怒るか? だが、我が愛馬を殺した貴様には当然の報いだ」

自分を見下ろす将門の視線。

そのとき春樹は理解したのだった。あの馬が、自分が殺してしまった馬が、どれほど将門にとって大切な存在だったのかを。

「…ご、ごめんなさい」

悄然とうなだれた春樹に、将門はためらわずにその太刀を振り下ろした。

そして、春樹もまた血の海に沈んだ。

倒れこむ瞬間、春樹は薄れ行く意識の中で、必死に小十郎に向けて手を伸ばしていた…。



◇乙姫◇


上空から舞い降りてきた乙姫は、その優れた視力で惨状をほぼすべて理解していた。

美亜子は瀕死の状態であり、今また春樹が将門の凶刃に倒れていた。

「許せない…」

乙姫は怒っていた。

まさに将門の所業は龍神の逆鱗に触れていたのだった。

「絶対に許さない…」

それに呼応するように上空がにわかに掻き曇り、風が強くなってきた。

乙姫の視界の中、倒れた春樹に駆け寄ろうとした淳二の前に、将門が立ちはだかっていた。

このままでは淳二も殺されてしまうかもしれない、そしてその次には広奈か、あるいは輪が…。

「やらせないもん!!」

乙姫は一直線に将門めがけて急降下。

「淳二さんよけて!」

上空から飛来する巨大な龍の姿に、さすがの将門も一瞬動きを止める。

その隙にさすが淳二はすばやく飛びのいて将門と距離をとった。

『神雷・招来!!』

瞬間、光が爆発した。

乙姫にとって、生まれて初めて、己の、龍神の真の力を開放した瞬間だった。

呼び寄せた積乱雲から自然界ではありえないほどの大規模な落雷が生じ、狙い過たずそれは将門を直撃していた。

将門の立っていた地面が、あまりのエネルギーに一瞬で真っ赤に染まる。

「ぐぅぅぅぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!!!!」

空気を切り裂く落雷の轟音とともに、将門の絶叫が響き渡った。

しかし…、落雷の閃光が消え去ったとき、そこにはまるでリング際でガードを固めるボクサーのような格好で乙姫の一撃を耐え切った将門の姿があった。

大地すら融解させるほどの威力の技を受けて、しかし、将門は倒れなかった。

「そんな馬鹿なっ!?」

「まさか、あれでも?」

輪と広奈が驚愕の声を上げる。

あの攻撃でも倒せないなら、自分たちでは絶対に勝てない。

なんと恐ろしい相手を敵に回してしまったのだろう。

(とんでもない誤算だ)

式神よりも少々強い程度だろう、と思っていたことが、この結果を招いたのだ。

絶体絶命の、それこそ、全滅の危機に瀕していることを、輪は耐え難いほどの後悔とともに自覚していた。

だが、乙姫にはもう一撃あった。

『神風・招来!!』

今度は猛烈な突風が乙姫から将門に向けて吹き荒れた。

そしてさすがの将門も、これには抗えず、そのままえらい勢いで吹き飛ばされていった。

「お、おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」

まるで凧か何かのように将門は天高く舞い上がり、輪たちの視界から消えていった。

「す、すげぇ…」

乙姫のあまりに非常識な力に、絶句し、ただ呆然と将門の消えていった先を見詰める淳二。

しかし、事態に一刻の猶予もないことを思い出すと、あわてて春樹の倒れている場所へと駆け出した。


結論から言えば、春樹は生きていた。

鎧は血まみれなのだが、春樹は無傷で気絶していた。

倒れた春樹の伸ばした手のひらの下、小十郎が元気にじたばたしていた。

春樹は気絶したまま、小十郎をその右手の中に握り締めていたのである。

それに気付いた淳二が手のひらを開けてやると“まったく無傷”の小十郎が元気に飛び出してきた。

とりあえず、淳二には春樹が将門に斬られた瞬間しか見えてなかったから、小十郎が無傷であることに何の疑問もない。

「おいっ、ハルっ、起きろ!」

ぺしぺし。

何度か頬を叩いても春樹は起きなかった。

「仕方ねぇ」

ひょいっ。

淳二は軽々と気絶したままの春樹を抱えて立ち上がった。

「あれま、オレってこんなに力もちだったかな」

五行相生の効果で自分の力がはるかに増していたことに、ようやく淳二も気付いたのだった。

そして淳二に抱えられた春樹は気絶したままだったが、勝手に変身が解けてしまった。

もとの、太郎坊が用意した武家装束姿に戻っていた。

「なんだ? もう危険はないってわかったのか?」

淳二は首を傾げたが、ともかく美亜子のことも心配だったので春樹を抱えたまま、小走りで移動を開始。

春樹の上では小十郎が心配そうに気絶したままの自分の飼い主(?)の顔を見つめていた。



一方の美亜子はいまだ予断を許さない状況が続いている。

淳二が春樹と小十郎を抱えて走っていくと、すでに輪は美亜子を抱きかかえたまま乙姫の背に乗っているところだった。

こういう非常事態でなければ“お姫様抱っこ”と冷やかしたくなる輪と美亜子の位置関係。

しかし、美亜子は依然として意識のない状態であり、いまだ変身時の姿のままである。

過去、何度も命の危機には勝手に変身していた春樹が、今はどうやら身の安全を悟って変身を解いていたこととは対照的だった。

そして二人を照らし合わせて考えると、淳二には美亜子の鎧姿からはいやな連想しか出来なかった。

つまり、美亜子はいまだ命の危機に瀕しているということだ。

そんなことを考えていた淳二に、輪から大いに焦った声がかけられた。

「急げ淳二!」

「あいよっ。来い小十郎」

呼びかけに答えて小十郎が春樹を離れ、淳二の腕の上に移ってきた。

どさっ。

淳二は布団でも干すように春樹をうつぶせにして乙姫の背、広奈の後ろに乗せると自分もその後ろにまたがった。

「いいぜ」

淳二が乗ったことを確認すると、輪は乙姫に離陸命令を出した。

「乙姫、急いでくれ」

「わかってます!」

こうして瀕死の美亜子を乗せた乙姫は、全速で竜宮を目指して飛ぶことになる。

果たして美亜子は助かるのか…、それは時間との戦いだった。

「美亜子、死ぬなよ…。絶対に生きて帰るんだからな…」

輪は何度もそう呼びかけ、呼びかけることによって逆に不安に押しつぶされそうな自分を何とか奮い立たせているのだった。



◇一方その頃◇


ヲルスバン将門はがんばって走っていたが、さすがに騎馬部隊との差は見る見るうちに開いていった。

どたばたと走って追いかけてくる将門の姿を見て、貞盛は鼻で笑い飛ばした。

「はっ、あの変態野郎はアレで追いつけるつもりらしいぜ」

どっ。

必死で逃げていた軍勢に笑いが戻った。

(もう大丈夫だ)

そんな気のゆるみが、貞盛の騎馬部隊を包み込んでいた。

そして、ヲルスバンは…。

『いかん、このままでは長官の命令が果たせなくなる…』

半自律型の式神の特徴は、ある程度自分の判断で行動できる点にある。

ヲルスバンも今、自らの判断でこの状況を打開するべく動こうとしていた。

高らかに叫ぶヲルスバン。

『ヲルスウィング!!』

シャキ〜ン、と将門の背中からジェット戦闘機のような翼が生えてきた。

そして…。

『ヲルスジェット!!』

ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ……。

将門は背中のジェットで勢いよく空中に飛び上がった。

『わはははははははははは、貞盛ぃ〜、待てぇ〜』

将門の背中に翼が生えて、空を飛ぶ…。

余裕で逃げ切れると思っていた貞盛の軍勢は、そんな光景を目撃して当然パニックに陥った。

というか、貞盛自身がさすがに度肝を抜かれた。

「うそぉ?!」

「た、大将ぉ、ど、どうしましょう?」

「どうしましょうじゃねぇだろ、とにかく逃げるんだよぉぉぉぉぉ」

どどどどどどどどどどどど……。

いきなり騎馬部隊の速度が上がった。

しかし、さすがにヲルスジェットは速かった。

あっという間に距離を詰めると、将門は軍勢を次々と追い抜きあっさりと貞盛の隣に並んだ。

『貞盛ぃ〜』

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

さすがの貞盛も悲鳴を上げるしかなかった。

むしろ、落馬しなかったことをほめるべきかもしれない。

『おっと、追いついてはいけないのだった…』

ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ……。

ヲルスジェットのパワーを下げ、将門は徐々に後ろに下がっていく…。

「あ、遊んでやがるのか…」

一気に憔悴した顔で貞盛がつぶやく。

そんな貞盛の心臓に悪い追っかけっこは、広奈がヲルスバンを消すまで、延々と続いていた…。



のちに、貞盛をして「悪夢を見ていたとしか思えねぇ」と言わしめるこの事件は“将門記(しょうもんき)”にも“将門の悪夢”として記載されていたが、さすがに現実味に乏しいということで、やがて消え去っていく。

しかし、将門が空を飛ぶ、という怪奇現象はやがて将門の首が空を飛んだ、という怪談に取って代わられ現代まで語り継がれることになるが、それはまた別のお話である。




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