〜大長編オリジナル日本史ファンタジー大河ドラマ小説〜

陰陽五行戦記

第一章 ◇平安編◇

第二十話「超VIP護衛作戦」



◇940年旧暦2月13日4時◇




与えられた任務を疑問を挟まずに忠実に遂行する、そんなロボットさながらに式神は騎乗のまま、前方に広がる下総の大地を睨み据えていた。

彼の任務は北方から攻め入ってくる討伐軍をたった一騎でくい止めること。

しかし、今のところその視野には軍勢の姿はなかった。

と、突然式神の頭上に影が差した。

何かに気付いて馬が耳を立てる。

「一番乗り!」

上空から漆黒の鎧に身を包んだ美亜子が飛び降りてきた。

「…やれやれ」

輪が続く。

そして高度を下げた乙姫から広奈、春樹、そして淳二がひらひらと飛び降りてくる。

全員が降りたのを見届けて、乙姫は再び上空に飛び去った。

それは端から見ていると、突如舞い降りた雲の中から5人が飛び降りたようだった。

しかも降りてきた5人はそれぞれ見慣れない鎧に身を包み、ゆらゆらと5色の闘気を立ち上らせているのだ。

これにはその式神も驚きを隠しきれなかったようだった。

さらにその式神以上に馬が驚いて暴れたため、式神はしばし、手綱を持って馬を落ち着けさせることに気を取られた。

その隙に美亜子が式神に駆け寄った。

慌てて他の4人も追う。

間近まで美亜子の接近を許した式神だったが、ようやく馬を落ち着かせると美亜子に向き直った。

年の頃は30そこそこに見える。

のばし放題の髭が精悍さと野性味を感じさせるが、総じて顔の作りはどこか高貴で、非凡なカリスマ性を発揮させている。

式神は鋭い眼光で5人を見据えると、馬上から大音響で誰何の声を上げた。

「貴様ら何者じゃ!!」

腹の底から響くような、威厳と強さを感じさせる太い声。

並みの人間なら今の一言だけでひれ伏してしまうほどの圧力。

だが、美亜子も蜻蛉切を構え、負けじと言い返した。

「あんた、将門の式神ね!」

「……………我こそは桓武天皇が後胤、鎮守府将軍平良将が子、関八州を統べし新皇、平小次郎将門なり!!」

いきなり式神だと見破られ、たっぷり2秒ほど沈黙してから、しかし式神はお約束通りの名乗りを上げた。

続いて問う。

「貴様ら、朝廷のものか?」

「…前と同じ質問だな」

輪がそう呟く。

そして続けて輪が何か言おうとする前に、それを遮って淳二が大声で答えていた。

「ここにおわすお方をどなたと心得る!!!」

皆が唖然とする中、淳二は輪を指し示すと更に続けた。

「おそれ多くも年下殺しのロリロリ大王、なおっ…」

ごちっ!

最後まで言う前に輪がグーで殴っていた。

「誰が年下殺しだ! 誰がロリロリ大王だ!」

「ちょっとした冗談じゃないかぁ」

「時と場合を考えろ、馬鹿者が!」

「にゅむぅ」

………

………

………

………

気まずい沈黙が流れた。

「もとい、各個に分散している敵を討つのは兵法の基本。将門本人を倒す前にまずは式神から討伐する」

「というわけで、覚悟しろ!」

気を取り直した輪と淳二が、仲良く将門に指を突きつけた。

「…笑止」

あっさりと式神は鼻で笑い飛ばした。

人間誰しも第一印象は大変重要である。

式神にとってこの2人はただのバカと認定された。

そして美亜子と広奈に目をやると一言。

「……おなごか?」

「あ、同じこと言うわけ…」

さすがに二回目ともなると美亜子も慣れたものである。

怒るより先に笑いがこみ上げてきた。

ともかく、目の前の4人(春樹をのぞく)にほとんど緊張感がないことを訝しがった式神は口の端をつり上げた。

「実力の差を認知できぬとは畜生にも劣る輩よ。これで遊んでいるが良い」

そう言うと式神はひらりと馬から下りた。

「…まさか」(輪)

「…また?」(淳二)

「…九頭竜かしら」(広奈)

「…望むところ」(美亜子)

「…あわわわわ」(春樹)

5人が期待と不安で動きを止めた瞬間、将門はその良く通る太い声で叫んでいた。

「いでよ夜刀神!!」

将門の声に反応して、5人の周り、辺り一面の地面が盛り上がったかと思うと、大音響とともに地中から次々と巨大な生物が現れた。

地面から次々と顔をのぞかせたそれは、巨大な蛇だった。

一匹の大きさは10〜15mほど。

しかし、その数は少なく見積もっても30匹近い。

「これが夜刀神(やとのかみ)」

広奈は呆然と将門が口にしたその名を呟いた。

蛇、いや、夜刀神の頭には龍にも似た角が生えており、明らかに尋常の蛇とは一線を画している。

その鱗はぬらぬらと黒光りし、口からちろちろと赤い舌がのぞく。

しかも、どうやらそこそこの知能があるらしく、30匹がじりじりと5人を包囲するように動いているのである。

無論その包囲の中には式神もいるのだが、もちろん式神は自分が夜刀神を使役しているので余裕綽々である。

ただ、式神が乗っていた馬は一目散に逃げてはいたが…。

「…楽しめそうね」

ぺろりと唇をなめる美亜子。

「なっ、なんの冗談だこの化け物」

唖然とする輪。

もちろん30匹という数にびっくりしている。

「おいおい、こんなたくさんの化け物相手かよ…」

さすがに淳二も語尾が震えた。

「あわわわわわ…」

そしてやっぱりがくがくと足を震わせている春樹。

今回も気絶したり腰を抜かさなかったから、しっかり成長している。

「皆さん、化け物がいることは分かっていたはずです。力を合わせて倒しましょう」

一番冷静だった広奈が4人に声をかけた。

やっぱり広奈はどんな状況でもパニックとは縁が遠い。

広奈のお陰で、輪も一瞬のショック状態からすぐに抜け出した。

「あ、ああ、そうだった。やるしかないか」

そして淳二も油断無く構えて呟いた。

「ノルマは一人あたり6匹ってとこか…」

むしろ九頭竜の時よりも苦戦は必至だった。

なにより数の上でも6倍の敵に包囲されているのだ。

その上目の前には将門の式神。

「大ピンチだぜ…」

じわじわと包囲をつめてきた夜刀神のプレッシャーに、淳二の額から嫌な汗が落ちる。

しかし、夜刀神は鎌首をもたげてゆらゆらとこちらの様子をうかがうだけで、一向に攻撃してこない。

心なしか30匹ほどいる夜刀神の視線が春樹に集中しているようなのである。

「…どうした? 早く攻撃せぬか」

焦る式神。

そして夜刀神の視線を浴びていた春樹は、しかし、どうしてかは分からないが、夜刀神からは敵意ではなく狼狽を感じていた。

「もしかして…」

その原因に思い当たった春樹が、慌てて腰に吊していた九頭竜の剣を握りしめた。

ドクン!

再び春樹の全身が総毛立った。

「…これは?」

異変に一番早く気付いたのは広奈だった。

前と同じように春樹の“気”の質が変化していた。

退くが良い…。汝らも谷地を守護せしカミ。我と諍う理はない

春樹の声だった。

そしてそれを聞いた夜刀神はそのまま静かに後退し、あっさりと戦線を離脱していった。

「おいおい、冗談だろ」

「九頭竜の力…か?」

あまりのことに淳二と輪が呆然と呟く。

「やはり、あの剣には…」

豹変した春樹を凝視しつつ、広奈も独り言。

だが、この事態に一番狼狽していたのは5人ではなく式神だった。

「何が起きたのだ…」

唖然と夜刀神を見送る式神。

刹那…。

『真空烈破斬!!!』

今度はスリッパではなく蜻蛉切が閃いていた。

「なっ?」(輪)

「うにゅ?」(淳二)

「まぁ…」(広奈)

「………」(春樹)

「…隙だらけなのよ、まったく」

つまらなそうに言いながら、美亜子はひらひらと舞い降りてくる紙切れを掴んでいた。

「同じ相手に苦戦するほどあたしは甘くはないわ」

…つまり、夜刀神の戦線離脱に狼狽して隙だらけになった式神の首を、美亜子が一撃で飛ばしていたのだった。

美亜子の手中に収まった紙には『文曲(ぶんきょく)』と書いてあった。

「…はい、任務完了よ」

にこりともせず美亜子が輪の目の前に紙を突きつけた。

「…………ええと、なんだ? よく分からないが春樹が化け物を追い払って、美亜子は一瞬で式神を倒してしまったということか」

いちいち言葉に出して確認しているあたり、輪も相当翻弄されていた。

「…いいのか、こんなで?」

淳二も狐につままれたような面もち。

「…あ、あれ?」

九頭竜の剣から手を離した春樹は、やっぱりおろおろ。

自分の身に何が起きたのか、把握しているとは言い難かった…。

そんな春樹に淳二が声をかけた。

「なぁ、ハル。お前さん…、蛇と話ができるのか? 器用だな…」

「え? あ、べつにそういう訳じゃなくて、僕にもよく…」

分からない、と言う前に広奈が進み出ていた。

「春樹さん、やはりその剣には何かまだ不思議な力が秘められているようですわ」

それを聞いて何事かと輪と美亜子も話に加わってきた。

「あたしもそう思う。なんかね、謎だよね…」

と、美亜子。

「妙なことにならなければいいが。今更ながらだが、危険はないのか? この剣は抜かない方がいい、と自分でも言っていたが…」

慎重派の輪が、ここでその後の春樹の運命を左右する決断を促した。

「もし、不安があるなら持つのをやめたらどうだ? どこかに捨てるなりしたほうが良いんじゃないか?」

その不安を抱えていたのは実は春樹も同じだった。

だが…。

「うん、正直僕も怖くなった…。でも、今だってこの剣のお陰で戦わなくて済んだし、みんなを助けられたし…。だから僕、持っているよ」

春樹がそう言うと4人は晴れやかな顔で頷いて見せた。

(それに、これがあれば足手まといにならなくて済むかもしれないし…)

春樹は心の中でそう付け加えた。

そんな晴れやかな雰囲気の中、春樹は自分の左足に何か違和感を感じた。

(……?)

見る。

ちろちろ。

白くて長いものが春樹の左足に巻き付いて、赤い舌を出し入れしていた。

「わぁぁぁぁぁぁっ!!?」

ストン。

春樹はあっさりと腰を抜かした。

相変わらず突発事態に弱い。

「どうした?」

尻餅をついた春樹の左足の“それ”に他の4人も気付いた。

いつの間に現れたのか、それは…。

「…蛇だな」

「…あ、でも角が生えてるぜ」

「…すごい、真っ白」

「…夜刀神の子供でしょうか?」

4人の声に警戒感がなかったのは、その白い蛇の長さが40pほどだったからである。

しかし、ただの蛇ではない証拠に、頭には小さな角が見えている。

先ほど自分達を包囲していた夜刀神のミニチュア版だった。

しかも、あの巨大な夜刀神と違い、その身体は純白。

爬虫類独特のグロテスクさが、その体色のために全く感じなかった。

むしろ、不思議な愛嬌がある。

自分を見つめる5人の視線に気付いてか、そのミニ夜刀神はするすると春樹の左足を越えて胴体の方まで寄ってきた。

すりすり。

と、春樹の鎧にマーキングするように頬ずり(?)

「…ほえ?」

固まったままの春樹が間の抜けた声を上げた。

ちろちろ。

春樹を見つめて舌を出し入れ。

敵意や恐れの色は全く感じない。

「…まさか」

「…ひょっとして」

「…あんた、なつかれたんじゃないの?」

「…まぁ」

4人の間にほのぼのとした空気が流れた瞬間だった。

「…僕が?」

こくこくこくこく。

4人が頷いた。

「……え、えと」

ちろちろ。

ミニ夜刀神は春樹を見つめて動こうとしない。

「ど、どうも…」

ぺこ。

春樹がお辞儀をするとミニ夜刀神はちゃんと反応した。

ちろちろ。

「あの、君は誰?」

しーん。

…反応無し。

「夜刀神の子供だよね…。迷子?」

…反応無し。

「ええと、お父さんとお母さんは?」

…反応無し。

「帰り道がわからないの?」

…反応無し。

「…ひょっとして僕たちに興味があるとか?」

ちろちろ。

反応が返ってきた。

「…知能があるのか?」

「…か、会話してるぜ」

「…だから、あんたなつかれてるんだって」

「…春樹さんのこと、気に入っているみたいですわね」

春樹は困惑した顔のまま、問いかけた。

「えっと…、僕と友達になりたいの?」

すりすり。

「…そうらしい」

「…やっぱ会話してやがる」

「…飼ってあげたら?」

「…春樹さん、名前を付けてあげたらどうでしょう? この子、きっと喜びますわ」

「名前?」

ますます困った顔で春樹が広奈のことを見上げた。

「ええ、名前はもっとも基本的な呪です。名前を付けてあげるだけで、この子との間に絆が生まれます。それはとても素敵なこと…」

そう言って広奈お嬢様はにっこり。

で、春樹はころりと心を動かされた。

「じゃあ………………………」

そのままミニ夜刀神を見つめて考えること10秒間。

春樹はこの小さな新しい友人に相応しい名前をようやく捻り出した。

「…小十郎」

一瞬の間をおいて笑い声が響き渡ったのは言うまでもない。

「…なるほど、良い名前をあやかったな」

輪はちゃんと分かっていた。

しかし、淳二と美亜子は腹を抱えて大笑いであった。

「まぁ、この子凄く喜んでますわ」

ふわり、と広奈はしゃがんでミニ夜刀神に呼びかけた。

「…小十郎さん」

ちろちろ。

嬉しそうである。

それを見た春樹も呼びかけてみた。

「…小十郎」

すりすり。

ちゃんと反応する。

自分の名前だとしっかり認識しているらしい。

「あらま…」

「賢いなぁ」

ようやく笑いが収まった淳二と美亜子、そろって感心。

そしてその時になって、ようやく上空に待機していた乙姫が降りてきたのだった。

「皆さん、怪我はない? もうわたし、一時はどうなることかと…、あ?」

地上に降り立った乙姫が、春樹のお腹の上にいる小十郎を発見した。

「わ、わ、わ…」

どしんどしん。

なにやら慌てて春樹の横まで歩いてきた。

そしてその巨大な顔を小十郎に近づけた。

「えっ…、どうしたの?」

2m近い乙姫の顔が間近に迫り、春樹は慌てた。

すると…。

「可愛い〜〜〜〜〜〜〜〜〜(はあと)」

キャンディボイスが龍神の口から漏れたのだった。

「ね、ね、ね、この子どうしたの?」

可愛い子猫を前にした女の子のように乙姫は少々興奮気味。

その巨体をぷりぷりと揺すっている。

「春樹さんの新しいお友達ですわ」

にっこりとそう教えたのは広奈お嬢様。

「そっか〜。よろしくね! わたし乙姫です」

自分よりも遙かに小さな小十郎に乙姫はちゃんと挨拶をしていた。

ちろちろ。

小十郎も挨拶(?)を返した。

「ね、ね、ね、この子名前あるの?」

「ああ、名前だったらさっき春樹が付けた」

輪がそういって春樹に話を振った。

「う、うん」

興奮気味の乙姫に少々びびりつつ、春樹が答えた。

「小十郎」

「小十郎??」

乙姫は首を傾げた。

そしてぱちぱちと二度瞬きをしてから、困惑気味に春樹に告げた。

「あの、春樹さん。この子、女の子だよ」



◇2月13日4時15分◇


輪達は再び乙姫に乗っていた。

もちろん小十郎も一緒である。

春樹は名前を変えようとしたのだが、どうやら小十郎は自分の名前を大いに気に入ってしまったらしく、他の名前で呼んでも反応しなかったので、仕方なく小十郎のままになった。

小十郎は九頭竜の剣に巻き付いてゴキゲンである。

この小さな新しい友人の出現にみんなの心もほのぼのとしていたのだが、飛び立って間もなく思いがけない事態が起こるのだった。

「…見て下さい」

最初に見つけた広奈が4人に指で指し示す。

その先には疾走する騎馬部隊の姿があった。

「…なんだと?」

唐突に降って湧いたようなこの軍勢に、輪が驚きの声を上げた。

「どこの軍勢かしら」

美亜子が目を細める。

どうやら石井の営所のある方へ向かっているようだ。

その数はおよそ200。

しかも整然と隊列を組んで進軍中。

「…将門の援軍かなぁ?」

とりあえず思いついたことを口にしたのは淳二。

「もし将門の軍勢だとしたら厄介だな。討伐軍は4000だが、ほとんどが歩兵だからな…」

「歩兵は騎兵に弱い…。ゲームだったらお約束の取り合わせだもんな〜」

淳二がそう言って補足したが、輪は特に返事もせず、やっぱり思考の海へと沈んでいった。

もしこれが将門の軍勢ならば、合流されると非常にまずいことになる。果たして足止めするべきか…。

いや、むしろこれが討伐軍の別働隊である可能性もある。

「ここからでは判別できない…。乙姫、もう少し近づいてくれるか」

「はい、輪さん」

ひらひら〜と音もなく乙姫が高度を下げ、軍勢の背後へと回り込んだ。

この位置ならば、振り返られない限りは見つかることはないだろう。

傍目には上空100mにぽつんと浮かぶ小さな雲が見えるだけだ。

「…あれは?」

その雲の陰から軍勢を凝視していた輪は、先頭を走る騎馬武者の背にはためく巨大な旗指物を見つけた。

そこに書いている文字は上空からでも容易に確認できた。

「…『平貞盛』だと?」

輪が驚きの声を上げる。

「誰?」

淳二のそれは間抜けな問いだっただろう。

「平貞盛といえば藤原秀郷とともに討伐軍を率いている将だ」

呆れたように輪が振り返って説明した。

「お、そうだった。てことは、こいつらは討伐軍か…。でもなんでこんなとこに?」

「なんでって…、そりゃ戦うためでしょ?」

答えたのは美亜子。

「たったあんだけで?」

「えっ…そう言えばそうね」

そんな二人の会話を聞いていた広奈が輪に問いかける。

「討伐軍は軍勢を二手に分けていたようですわね。輪さん、この部隊の目的はなんだと思います?」

少々間をおいてから輪はすらすらと答えた。

「歩兵主体の本隊を藤原秀郷が率いて迂回ルートを進み、騎馬部隊を平貞盛が率いて最短ルートで進んでいる。まぁ、普通に考えれば将門の軍を挟み撃ちにする作戦に見える。見えるんだが…」

と、そこで一旦言葉を濁す。

「直江君、なにか気になることでも?」

控えめに聞いてきたのは春樹だった。

その傍らでは(気になることでも?)とでも言いたそうに、小十郎が小首を傾げている。

が、そんな小十郎のぷりちーさに、輪は全然気付かないで普通に返事をした。

「どうも、中途半端なんだ。挟撃作戦をするなら、もう少し兵力があった方がいい。だから伏兵かと思ったが、それならあんな大きな旗指物を持っているのは不自然だ。ということは…」

と、そこで輪はちらっと広奈の方に視線をやった。

広奈は小さく頷くとさらりと言ってのけた。

「おとり…ですわね」

「「おとり?」」

淳二と美亜子が声をそろえた。

「ああ、あれだけでかでかと『平貞盛』と大書した旗を持っているあたり、相当に将門の目を引きたいらしい」

輪がそう言うと、美亜子が納得した風に頷いた。

「…おとりだから目立ってなんぼ、ってわけね」

「ああ、将門の目を引きつけてうまくおびき出せば、その隙に討伐軍の本隊4000が手薄になった石井を攻め落とせる、というわけだ」

実際、輪も全く同じことを考えていたのである。

一騎当千の将門をどうにかして主戦場から引き離すのが、戦術レベルでの最善の策。

この軍勢がいなければ、自分達が石井の北部で騒ぎを起こし、将門をおびき寄せるつもりだったのだ。

「俺と同じことを討伐軍も考えていたわけだ…」

「ふぅん、軍師さんの考えることは、どこでも一緒なのね」

愉快そうに美亜子がそう言う。

「でも、よかったじゃん、オレらが式神と化け物をやっつけた後でさ。もしオレらがいなかったらこの軍勢、式神にけちょんけちょんにやられてたぜ」

淳二が自分達の功績を誇るようにそう言って笑った。

ほとんど偶然なのだが、ともかくこれで討伐軍は本隊、おとりともに式神と化け物の姿を目にしていないことになる。

「どちらにせよ、この部隊の目的がおとりだというなら、この段階で俺達の出番は無くなるな」

輪が少々物足りなさそうに言う。

「ええ、討伐軍の作戦が上手くいくことを祈るだけですわね」

何気ない広奈の一言はしかし、輪の心配性に火を付けてしまった。

ずるずると思考の海に沈んでいく…。

本当に上手くいくのだろうか?

将門だってバカじゃない。

普通に考えれば討伐軍がたった200の兵力で攻め込んでくるはずはない。

いくら何でも怪しいと思うんじゃないだろうか…。

もし裏があると読んで迂闊に動かなかったら…。

あるいは電光石火の迎撃でおとり部隊があっさり全滅し、返す刀で討伐軍本隊が将門によって蹂躙される可能性すらある。

果たして、このおとり部隊は将門をうまく引きつけておく自信があるのだろうか。

率いている平貞盛に秘策があるのか…。

それともおとりというのはこちらの勝手な憶測で、何か別な策があるのだろうか。

しかし、それにしてはあの旗指物は目立ちすぎる…。

あそこまで『平貞盛』の名前をでかでかと書いておく意味があるのか?

何か理由があるはず…。

それは……


閃くものがあった。

「そうか…。武田、平貞盛は確か将門とは何か因縁があるんじゃないか?」

広奈は輪の質問の真意を読みとろうと少々首を傾げて考えていたが、すぐに最良の解答を導き出していた。

「ええ、二人は従兄弟同士です。そもそも将門の乱自体、元々は身内同士の争いから始まったものですから。ちょうど騒ぎを大きくした当事者二人ということになりますわね」

「そう、俺の記憶が正しければ、二人は宿敵同士だったはず」

「はい」

広奈が首肯。

「なるほど分かった。貞盛は自らが将門を引きつける餌になろうというわけだ。だからこそ貞盛がこの部隊を率いることに、そしてあの旗にも意味があった訳か」


将門にとって貞盛は今もっとも憎んでいる相手だろう。

それを見越した上で貞盛自身が少数の騎兵で将門本陣に近づけば、間違いなく将門は気を取られるはずである。

上手くいけばおびき寄せることも可能かも知れない。

そうして将門を本陣から引き離した段階で、南方から回り込んでいた討伐軍本隊4000が一気に石井の営所を攻め落とす。

つまり貞盛は進んで自らがおとりになろうとしているのである。

もちろん長く逃げ回るために、貞盛の率いる手勢は全員騎馬兵。

そしてこのおとり部隊に兵を割いたために、討伐軍本隊に騎馬兵の数が少なかったのである。


一旦解決の糸口を見つければ、これまでに入手した情報とも組み合わせて、事態を読み解くことが出来る。

そして輪の考えているとおりに進めば、作戦の成功率は非常に高いように見える。

そう考えていた輪だったが、そこに春樹が控えめに発言した。

「でも、もし将門さんが本気で貞盛さんを追いかけたら、きっとこの軍勢は全滅しちゃうよ…」

「…確かに」

例え式神が追ったとしても、200の軍勢程度あっさり全滅させるだろう。

まして“魔人”将門本人が動いた場合、逃げ切るだけでも至難の業だ。

もちろんこの軍勢が全滅しても、残った4000が石井を陥落させれば目的は達成される…。

だが、歴史は…。

「輪さん、“平貞盛”といえばあの平清盛ら平家一門の祖です。死なせてしまえば日本の歴史が変わってしまいますわ」

そう、輪もそのことを考えていた。

『平家にあらずば人にあらず』というほどの栄華を誇る平家一門は、この貞盛の子孫なのである。

以前輪が戦った源満仲が源氏の祖であるように、ここにも日本の歴史にとって極めて重大な人物がいたというわけである。

「…俺達の使命は決まった。貞盛を守るんだ。さもなければ日本の歴史が、未来が変わってしまう」

「そりゃ重大だな…」

輪の言葉に、淳二は少々恐れたような呟きを漏らした。

自分達の行動が、いよいよ本格的に歴史の流れに関与してしまうというわけだ。

「…面白いじゃないの」

重圧を楽しむ女、本多美亜子ここにあり。

「でも、どうやって? 人に見られたらまずいんでしょ?」

再び春樹が問いかける。

控えめな発言ではあるが、最近の春樹は事態の難しさを正確に突いてくる。

また輪は考え込むことになった。

そして輪よりも美亜子の方が早く答えを見つけていた。

「…やっぱさ、将門が乗ってる馬をなんとかするのがいいんじゃない?」

「なんとかって?」

「まぁ、ぶっちゃけ、見つからないようにハルが鉄砲で撃って殺しちゃえば、将門も追っかけられなくなるでしょ」

「え? 僕が? …………でも、それは」

出来ることなら無益な殺生はひたすら避けたいのが春樹イズム。

当然困惑した。

だが、珍しく今回ばかりは輪も美亜子の作戦を支持した。

「俺もそれがいいと思う。春樹が嫌なら仕方がない、別の誰かがやるしかないな」

そして真っ先に手を挙げたのは広奈だった。

「では、わたくしが…」

「ええっ、武田さんが? それは……」

広奈にそんな殺生をさせてしまうのは、春樹としても非常に心苦しかった。

だが、実は春樹は無類の動物好きなのである。

あっさり小十郎に情が移って連れてきてしまったくらいである。

罪もない馬の命を奪うのは、人殺しと同じくらい春樹にとってはタブー…。

かくして春樹は見事にジレンマに陥っていった…。

春樹が延々と悩んでいる間に、着々と輪達は作戦を練り、ひとまずの行動の指針が完成していた。


まず、貞盛率いるおとり部隊の位置と進軍スピードから考えて、討伐軍の作戦を読んだ。

輪の予測では、『平貞盛』と大書している旗を見せるため、少なくとも日没前にはおとり部隊は石井の営所付近に到達するだろう。

そして挑発なり示威行動なり、あるいは営所に攻撃してみせるなりして将門の目を引く。

するとこれまでの二人の因縁から、将門は貞盛を追ってくる可能性が高い。

そうなったらおとり部隊は全速で逃げ、なるべく将門を石井から引き離す。

やがて日没を迎えるので、暗やみに紛れて討伐軍本隊4000が営所を奇襲。

将門が気付いたときにはすでに営所は落ちている…。

と、これが予想される討伐軍の戦術。

あるいは貞盛はすでに将門の強さをよく知っているだろうから、殺されることも覚悟のおとりかもしれない。

もちろん戦略レベルではおとり部隊が全滅し、貞盛が殺されても討伐軍が石井を落とせば勝利である。

しかし、輪達にとっては貞盛が殺されては日本の歴史が塗り変わってしまうという緊迫した戦いなのである。

もちろん貞盛を殺されるわけにはいかないから、ここに輪達の介入は避けては通れなくなってしまった。

そして現在輪達が考えた作戦は、常に貞盛の上空に待機し、将門が貞盛に近づいてきたらその馬を上空から撃って将門を足止めするという、極めて行き当たりばったりなものであった。

もちろんそれだけでは不安なので、第二案も考えてある。

それは5人の一斉攻撃を将門に浴びせて、落馬させるというものだった。

が、その場合はある程度近づく必要があり、将門とおとり部隊双方にこちらの位置が知れてしまう可能性が高い。

それゆえ出来ることなら遠距離から一撃で馬を撃つのが良策なのである。

そこまでが第一段階。

そして、将門の足が止まった段階でおとり部隊と将門の間に“人払い”の結界を張り、将門を孤立させた上で、自分達が将門と直接戦闘をするというのが第二段階。

うまくすれば、これで将門を倒してしまうことも可能である。

また、輪が予想したとおりに事態が動かなかった場合などにも備え、“最低限『平貞盛』と『藤原秀郷』の命を守る”のが作戦の至上命題とした。

どちらにせよ二人の命を守るのが究極の目的なので、いざというときは臨機応変に対処することをあらかじめ5人で確認しておいた。

例えば、急を要するときは上空から乙姫が飛来し、直接貞盛を捕まえて保護するという案もある。

そんなこんなで5人は乙姫に乗ったまま貞盛の軍勢を上空から護衛し、時刻はすでに5時を回っていた…。



◇2月13日5時すぎ◇


ついに貞盛率いるおとり部隊は、石井の営所の間近に到達していた。

突如北方から騎馬部隊が襲来してきたため、営所内はドタバタと慌てふためいている。

それをあざ笑うかのように、おとり部隊は騎乗のまま全員が営所に向けて弓を構え、満月のように引き絞っている。

そして…。

「よ〜し、嫌がらせ攻撃、はじめ!」

貞盛の檄に合わせて矢を一斉に放つ。

200本の矢が営所に向かって降り注いだ。

(嫌がらせ攻撃って…)

上空で輪達が絶句しているのを知ってか知らずか、飄々とした表情のまま貞盛は呼びかけた。

「お〜い、無位無官の将門ぉ。いるんだろ〜? 俺だぁ、平左馬允貞盛さまが決着を付けに来てやったぞぉ〜」

その声に応じるように、営所の塀の上に将門登場。

「貴様ぁ、貞盛! あれだけ逃げ回っておきながら、良くものこのこと私の前に顔を出しおったなぁ!!」

さすが本物は迫力が違う。

しかし、貞盛も負けじと言い返した。

「うるせぇこの負け犬が! 都で官位を得られなかったからといってこっちに逃げ帰って反乱か? ご大層に『新皇』なんて名乗りやがって、そういうのを負け犬の遠吠えっていうんだよ! しかも反乱のついでに俺の親父まで殺しやがって、お陰で都で出世街道まっしぐらだった俺がこんな田舎に呼び戻されてだ、挙げ句おまえの尻拭いをしろってんだから、冗談じゃないんだよぉ。だいたいおまえあれだろ、自分が出世できなかったからって俺に思いっきり劣等感を持ってるんだろ? そのひがみ根性でこっちに戻ってきた俺を追っかけ回してだ。先週だってあれだろ、俺を捕まえるのに5000も兵力を集めて、しかも取り逃がしたもんだから、兵士から不満続出だ。んで慌てて兵力を解散したんだろ? しかも悔し紛れに俺の女房を連れ去りやがって。この人妻好きの変態野郎。俺の女房返しやがれ!」

(おいおい、そこまで言うか…)(輪)

(オレらが戦う最強の相手って、人妻好きの変態野郎かよ…)(淳二)

(将門を最初から負け犬呼ばわり…、やるわ、こいつ)(美亜子)

(まぁ…)(広奈)

(なんか、将門さん気の毒かも)(春樹)

「くっ、きっ、きっ、きっ貴様ぁぁぁ!!!」

貞盛の挑発は見事に将門の逆鱗に触れ…、いや、逆鱗を蹴飛ばし、あっさりと将門を逆上させていた。

「はん、おまえみたいな負け犬がいくら吠えても鬱陶しいだけなんだよ。悔しかったら俺を捕まえてみな。ま、どだい無理だろうけどよ〜」

「お、おのれぇぇぇぇ!!!!!」

「よ〜し、野郎ども。逃げろ

言いたいことだけ言って、あっさりと貞盛は背を向けた。

200騎の騎馬兵が貞盛を護衛するように取り囲むと、一団となって素早く退却していく。

「許せん!!!!」

将門はドタバタと厩に駆け込むと、愛馬にまたがってたった一騎で貞盛を追いかけていく。

「貴様のような俗物に、私の大義を…、私の正義の戦いを、汚させてなるものか!」

大音声を上げながら将門は馬に鞭をくれた。

当然残された営所の面々は右往左往。

将門について行くべきか、この場に留まるべきか、てんやわんやの大騒ぎが巻き起こっていた。


かくして、事態はコミカルな皮を纏ったまま推移していく。

いわば、将門はものの見事に罠にかかってしまったわけである。

事態が拍子抜けするようなコミカルさで進んだため、輪達は貞盛という人物の能力を見誤っていた。

“単なる口の達者なおっさん”といった印象が刻みつけられてしまったが、いちいち見事に将門の感情を逆撫でする挑発、そして200騎を自在に操る指揮手腕は一級の知将のそれである。

そんな貞盛の罠にはまった将門だったが、しかし、この男、罠など粉砕するほどに、常識外れの強さを発揮し始めた。

後ろを振り返りもせずに全力で逃げ続ける貞盛率いる200騎を、将門はこちらも全力で馬を走らせながら騎射で次々と倒していったのである。

将門が矢を射るごとに、まだ100m以上先を走る討伐軍の兵が落馬し絶命していく。

恐るべき弓術の、そして乗馬の技であった。

それを見ていた輪達の受けたショックは甚大であった。

「まずい、あれでは迂闊に近づくことすら出来ない…」

輪がそう呟いたのは、上空から近づいたところで将門の腕ならば乙姫を射抜くことなど容易だろう、と嫌な予測を立てたからである。

「凄い、すっごいわ。さすが本物…」

自分の目の前で兵士が次々に射殺されているということよりも、美亜子の目にはとにかく将門の“強さ”だけが強烈に映っていた。

「くそっ、なんとかなんねぇのかよ」

歯がみする淳二。

「そんな…、あんなに簡単に、人を…、殺せるなんて…」

その後ろでは春樹が今にも倒れそうな、蒼白な顔で戦況を見つめている。

「………これが、戦争…なんだ」

そう、同じ場面を見ていたとしても、受け取る人間によってこれほど印象に違いが出てくるのである。

早く将門と戦いたい美亜子には彼の強さばかりが見え、春樹の場合は殺されていく兵士達の悲惨な映像が目に焼き付いている。

ちなみに輪は常に自分達の取るべき策を考えているし、淳二はなんとか出来ないのか、といらいらを募らせる。

そして耐えきれなくなったのか、春樹が声を上げた。

「ねぇ! 僕たちは何もしないの? このままじゃ、みんな殺されちゃうよ。見てるだけじゃ…」

春樹は自分の手の中にいつの間にか火縄銃を出現させ、それを握りしめながらもう一度呟いた。

「見てるだけじゃ……」

ぎりりっ、春樹の手が火縄銃を強く握りしめている。

すりすり。

心配そうに小十郎が春樹に身体をすり寄せているが、あいにく春樹は全く気付かないでいる。

そんな春樹の様子に気付いた輪が慌てて振り返った。

「落ち着け。将門が持っている矢は200本もないから全員を殺すことは出来ない。もう少し様子を見るんだ」

そう、将門がまだ矢を討ち果たしていない以上、上空からとはいえ近づくことは危険である。

さらにはこの状態で近づいた場合、乙姫の姿を討伐軍にも見られてしまう危険もある。

だが、少々感情的になっている春樹は、首を縦に振らなかった。

「でも……」

輪は春樹と、そして戦いたくてうずうずしている美亜子に向けて、少々きつく言い含めた。

「いいか、まだ将門は石井からそれほど離れてはいない。この状況で将門を足止めした場合、討伐軍本隊の石井攻略が気付かれる可能性がある。もう少し将門を石井から引き離すまでは俺達も動いちゃいけない。貞盛はそれを承知の上でおとりをしているんだ」

そう言っている間にもまた一人将門の矢を受けて落馬していく…。

「………っ」

春樹はそれを見て再び悲しげに顔をゆがませたが、輪の言葉にも納得していたのか、悲痛な表情のままゆっくり頷いた。

すりすり。

「あっ」

ようやく春樹は心配そうな小十郎の様子に気が付いた。

「…ありがとう、心配してくれてたんだ」

ちろちろ。

「うん、大丈夫…辛いけど、みんなの足を引っ張るわけにはいかないよね」

春樹が小声で小十郎にそう言う。

こくこく。

小十郎が小さく頷いたように見えた。


そうしているうちに、将門は矢筒の矢が減ってきたので一旦騎射をやめ、追いかけることに専念し始めた。

しかし、将門は2m近い巨体である。

いくら乗馬の腕が良くても、そしてどんな名馬に乗っていてもさすがに体重がハンデとなってなかなか追いつかない。

逆に、よく見れば貞盛の軍勢は必要最低限の防具は付けているが、非常に軽装であり、すでに長距離を逃げつづけることを考えているようであった。

それらの情報を素早く分析していたのは、この緊迫した場面で、一人冷静だった広奈だった。

そしてこの先自分達が取るべき行動を、広奈はようやく見いだしていた。

まだ将門が矢を残している以上、上空から乙姫に乗って将門に近づくのはリスクが大きい。

ならば、貞盛と将門の進路に先回りしてどこかに隠れ、そこから将門を狙撃する…。

貞盛の軍勢を上空から追跡していた段階で、この辺の地形は全て頭の中に入っている。

5人で隠れ、狙撃が可能な場所は…。

広奈はもちろん下には聞こえない程度に、良く通る声で全員に告げた。

「皆さん、貞盛の進行方向、湿地に左右を挟まれて狭くなった場所に灌木の茂みがあります。わたくしたちは先回りしてそこに潜み、討伐軍を先に行かせてから将門を狙撃、足止めします。乙姫さま、急いでそこに向かって下さい」

「え?」

乙姫は少々狼狽した。

これまでは輪の言うとおりに動いていたのだが、ここに来て突然広奈から指示が飛んだのだ。

「…えと、輪さん?」

困った乙姫がとりあえず輪に伺いをたてた。

「………なるほど、分かった。乙姫、武田の指示に従ってくれ」

少々考えてから輪はそう応じていた。

「は、はい」

乙姫が慌ててそちらに進路を変え、スピードを上げる。

貞盛を追い抜き、しばらく飛行していると確かに灌木の茂みがあった。

5人でも隠れるに良さそうで、しかも灌木のすぐそばには騎馬部隊が通った跡、つまりたくさんの蹄の跡が残っていた。

そしてここ一帯は低湿地が多く、事実上騎馬部隊が通れる場所はこの灌木の近くに限定される。

この蹄の跡というのは、つまり、貞盛の軍勢が先ほど通った跡なのである。

上空からこの地形を眺めた輪が舌を巻いた。

伏兵を潜ませるには絶好の場所なのである。

(武田もよくこの場所のことを記憶していたな…)

輪の頭の中でも、この地形を利用した戦法がすぐに浮かんだ。

実際に地形が頭に入っているのでイメージしやすい。

こんな感じである。

第一段階で貞盛軍をやり過ごし、灌木の茂みから将門を狙撃。

第二段階で将門を灌木の近くまでおびき寄せて、そこで決戦。

その際貞盛の軍勢からは灌木がブラインドになって、将門や自分達の姿は見えない。

そして誰にも見られないように将門を倒してしまう。

どうやら取るべき戦法を理解したのは他の皆も同じだったらしい。

「なるほど、待ち伏せ作戦だな」

ようやく行動の指針が分かって、いらいらが解消された淳二。

「そっか、ここに隠れて奇襲攻撃ね」

いよいよ将門との直接対決となりそうなので、戦意を昂揚させている美亜子。

「……やっぱり僕が狙撃するよ。これ以上誰かが殺されるのは見たくないし」

ついに決意を固めた春樹。

そして乙姫は広奈の指示に従って、一旦まだ濃霧が立ちこめている沼の方から侵入。そのまま高度を下げ、灌木の向こう側に着陸した。

その位置からでは、まだ貞盛の軍勢の姿は見えない。

輪達5人はしばらくここに潜んで、いわば将門に対する伏兵となる。

当然作戦が終了するまでは乙姫は上空で待機することになるため、しばらくは別行動である。

「よし、なるべく音を立てないように、そしてあまり枝を揺らさないように…」

輪の指示で5人がこっそりと、灌木の茂みの中に踏み込んでいった。

その後ろ姿に乙姫が思わず呼びかけていた。

「あの、輪さんっ」

何事かと輪が振り返る。

「どうした?」

「え、えと、気を付けて、怪我しないでください…。わたし待ってますから」

熱のこもった目で輪を見つめる乙姫…。

しかし、如何せん龍なのでどの辺が熱がこもっているのかよく分からない。

ともかく輪も微笑を浮かべると頷いた。

「わかった。気を付ける。将門を倒したら、俺達を拾いに降りてきてくれ」

「はいっ」

乙姫は目立たないように、再び濃霧の中へと戻っていった。

作戦が終了するまでは上空で待機だ。

そして乙姫が上空から見つめる中、輪達が想像だにしなかった事態が起きてしまうことになる。

それは何か…。

次回を待て。




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