陰陽五行戦記
第一章 ◇平安編◇
|
散々爆笑したあと美亜子はそう言って春樹の元へと颯爽と歩いていった。 あ〜おっかし〜、やっぱ輪って最高にからかい甲斐があるわね〜、という呟きを残しながら…。 「んじゃ、オレらも行きますか〜、ロリロリ大王さま」 「俺は断じてロリコンじゃねぇっっ!!」 輪の切実な叫びも美亜子と淳二を喜ばせるだけだった。 直江輪女難伝説の、これは幕開けでしかない。 一方、武田広奈は相変わらず難しい顔をして方術の最中。 乙姫はと言えば、先ほどから倒れたままの春樹のそばにその長いからだを横たえていた。 龍の顔だけに表情は読みとりにくいが、なにやら憂鬱な目で輪の方を見ている。 将門(の式神)と九頭竜を倒したあとの、それはつかの間の休息…。 言うなれば嵐の後の静けさ、そして台風の前の静けさ。 あれだけの激しい戦闘も、ほんの序章に過ぎないのである。
「あれ? ハルの奴、怪我してなかったのか?」 輪は迷ったが、やはり隠し事をするときは、なるべく少人数で秘密を守るべし、という鉄則に従うことにした。 「…傷だったら、陰陽道の術で武田が治した」 広奈と示し合わせていた、それらしい嘘で誤魔化すと、淳二はあっさりと騙された。 しかし、美亜子は将門(の式神)と戦っていたため、春樹に何が起きたのか、実はまだよく分かっていなかった。 「ちょっと待って、説明求む」 ぽん、と輪は淳二の肩を叩き、有無を言わせぬ口調で言った。 「よし、じゃあ淳二は春樹を起こす前に美亜子に説明をしておいてくれ。俺は乙姫と討伐軍の様子を見てくる。もしかすると、もう間もなく渡河地点に着くかもしれないからな、そうなったら一大事だ」 「えっ? あ、うにゅ?」 淳二が狼狽している隙に、輪はさっさときびすを返すと乙姫の元へと急いだ。 「乙姫」 突然輪に名前を呼ばれて乙姫は我に返った。 「はっ、はいっ!」 乙姫が延々と惚けていたのは、輪と広奈、美亜子の関係について想像を膨らませていたからである。 が、輪にはそんなことは分からない。 「ちょっと、討伐軍の様子を見てきたいんだが…、乗せてくれるか?」 「わ、わかりましたっ。…ど、どうぞ」 思いっきり動揺しながら、乙姫は輪が乗りやすいように頭を下げた。 「助かる」 輪はまるで乗り慣れた愛馬に乗るように乙姫の首にひらりとまたがり、両手で角をしっかりと掴んだ。 「よし、行ってくれ。雲を呼ぶのを忘れないように…」 「はい、輪さん」 ひらひらと上空に消えていった輪と乙姫の姿を見送りつつ、淳二はしみじみと呟いた。 「やっぱ、本人は否定してたけど、輪ってロリコンの気あるよな…。妙に乙姫ちゃんになつかれてるし」 「ロリコンと言うよりは年下キラーだけどね」 この中で唯一、綾瀬の存在を知っている美亜子がそう切り返した。 「で、それはともかく、ハルに何が起きてたの? あたしが見てたハルはあれは…、あ、えっと、あれは幻覚で、じゃあ本物は…、あれ? 九頭竜の中から出てきたわけだし、……ちょっと待って、なんか混乱してきた……」 言いながら美亜子はしきりに首を傾げた。 「じゃあ、最初っから逐一順次説明するから…」 結局、淳二が説明し終わるまで、春樹は相変わらず放置されたままであった。
そして、程なく藤原秀郷率いる軍勢を視認した。 特に軍勢の先頭に立っている藤原秀郷を乙姫はすぐに見つけた。 なぜなら秀郷は金色に輝く鎧をその身に纏っていたからである。 「輪さんっ、あれが秀郷さんです。それに、あの避来矢(ひらいし)の鎧はわたしが昔ムカデ退治のお礼にあげたものです」 そう言った乙姫の声はうれしさと、懐かしさで弾んでいた。 ちなみに、避来矢(ひらいし)の鎧とは、その名のとおり、なぜか飛んでくる矢がすべてこの鎧を避けて飛んでいくという、不思議な力を持った鎧である。 ちなみに現存し、現在、栃木県佐野市の唐沢山神社にある(国指定重要文化財)。 「…あれか」 輪も遠目にだが、その様子を見ることが出来た。 「渡河地点まであと2〜3qといったところだな」 と、今の乙姫の言葉にふと輪は引っかかるものを感じた。 初めて魔王のことを明智瑠華に聞かされたとき、魔王を倒したのは安倍晴明、源頼光、俵藤太、と言っていた。 その俵藤太はムカデ退治で有名…。 そして歴史の教科書には将門を討伐したのは平貞盛と藤原秀郷と書いてあったはず。 乙姫の話では、ムカデ退治をしたのが藤原秀郷…。 「…乙姫、藤原秀郷とは、もしかして“俵藤太”のことか?」 「えっ?」 乙姫は少し考えてから、何かを思いだし、答えた。 「えっと、秀郷さんは確か“藤原藤太秀郷”、と名乗っていました。あと、わたしがムカデ退治のお礼に“無限に米が出る俵”をあげたら凄く喜んで、これからは“俵の藤太”と名乗るか、って笑ってました」 その瞬間、輪の中でこれまでバラバラだった情報の断片が一気に繋がった。 教科書に書かれているような“普通の歴史”と明智瑠華が言うところの“魔王史観”、それが整合されつつある。 つまり、この先将門は平貞盛と藤原秀郷に倒される。 それが後世の歴史家の視点から見た“史実”である。 その一方で魔王史観によれば、ムカデ退治の藤太が魔王の力を得た“魔人”将門を倒した、と言うことになる。 そして輪は不思議な感慨を受けていた。 “史実”の中では将門軍が九頭竜を使役していた、なんて話は絶対に出てこない。 それも当然過ぎるほど当然である。 九頭竜は討伐軍が到着する前に、自分達が倒してしまったのである。 つまり、九頭竜の存在を知っているのは自分達だけであり“討伐軍は九頭竜の存在を知ることはなかった”。 結果的に見て自分達が九頭竜を倒したことで、歴史が正しい(と言うよりは教科書通りの)方向に流れているのではないか? そこまで考えたとき、無意識のうちに輪の身体が震えていた。 以前広奈が言った言葉が蘇る。
自分達の行動が未来を大きく変える可能性がある、と改めて実感し、恐れとも高揚感ともつかない何かが、輪の身体を震わせていた。 「輪さん?」 それに気付いた乙姫が気遣うように輪の名を呼んだ。 不思議なことにそれだけで輪の身体から震えが消え、高ぶった気分も落ち着いてきた。 「…大丈夫だ。ありがとう」 「…?」 礼を言われる覚えがないので乙姫は少し考えてしまった。 そして同じく輪も考え込んでいた。 このことを果たして他の4人に言うべきかどうか。 (まだ、俺の考えが正しいと決まった訳じゃない。もう少し待ってから話した方がいいだろう…。少なくとも将門を倒したあとだ) そうまとめて区切りをつけると、本来の目的に戻ることにした。 つまり、討伐軍を偵察するという目的だ。 上空からしげしげと眺めていたが、輪はふとある疑念を抱いた。 (随分と騎馬兵が少ない) 4000からなる討伐軍だったが、ほとんど歩兵ばかり。 兵力はあっても、将門の騎馬軍団と戦うには少しお粗末ではないだろうか? 輪は少し考えたが、納得のいく解答は見つからなかった。 精々馬が不足していた、あるいは乗馬の技術を持った人間が少ない、といったところだろう。 「よし、偵察は終わりだ。みんなのところへ戻ろう」 「はい」 幾つかの収穫を胸に秘め、こうして輪は偵察を終えた。
将門の式神が倒された後に残っていた“形代”を手がかりに、残りの式神に対して《方向感知》及び《追跡》の方術を行っていた広奈だったが、一通り術を終えると首を傾げていた。 術自体は成功したのだが、その結果は少々意外なものであった。 ともあれ広奈はこのことは輪が帰還してからみんなの前で話すことにした。 そして傍らに置いてあった“謎の刀”を手に取ると、まだ気絶したままの春樹と、その近くで何事かを話している美亜子と淳二のそばへと歩み寄った。
ようやく淳二の説明が終わった。 「ふぅん、でもハルのやつ、あんな凄い技を隠し持っていたなんてね…」 そう言う美亜子の心中は実は穏やかではなかった。 5人の中で“最強”を自負していたつもりだったが、あんなものを見せつけられた後ではその自信も少々揺らぎがち。 かといってそれをすんなり認める美亜子ではない。 (いくら九頭竜がでかいからと言っても4人掛かりだったし、ハルがあの式神と一人で戦って勝てるとは思えないわ) それにいくら春樹が強力な『五行妖術』を持っていても、その“技”だけでは戦闘には勝てない。 大事なのは『心・技・体』のバランス、そしてなによりも実戦経験。 (そこであたしが誰にも負けるはずないわ) 険しい顔をして考え込む美亜子に、恐る恐る淳二が声をかけた。 「美亜子ちゃん? どうしたの怖い…、あ、いや、難しい顔をして…。何か気になることでもあった?」 「…なんでもないわ」 美亜子はそれで気を取り直し、視線を気絶したままの春樹に向けた。 「さてと、早いとこ起こさないとね…」 そんな二人の元へ術を終えた広奈が歩み寄ってきた。
美亜子が声をかけると、広奈は柔らかく微笑んでから頷いた。 「術自体は成功しました。ひとまず春樹さんを起こして、それから輪さんと乙姫さまが戻ってきたら結果を説明しますわ」 「そだね。じゃあ起こすか…」 春樹に活を入れようと淳二が屈んだが、広奈がそれを制した。 「折角ですから《覚醒》の方術で…」 早速二人は興味を引かれた。 「おっ、なるほど〜、さすがは陰陽師」 「どうやるの?」 「それほど難しくはありませんわ。ええと…『意識覚醒・急急如律令』」 と、広奈が口にした瞬間。 し ゅ ぱ ぱ ぱ ぱ ぱ ぱ ぱ ぱ ぱ ぱ ぱ ぱ ぱ ぱ ー ん ! 色とりどりの閃光と炸裂音が春樹の目の前で巻き起こった。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 春樹は飛び起きた。 「うわ…」 さすがの淳二も顔をしかめた。 いくら何でもこの起こし方だったら、自分がやった方がまだ平和だったぞ、と。 「…豪快だわ。やるわね広奈、見直したわ」 美亜子はむしろ面白がっている。 「……え? え? え? ええっ? 何が起きたの? …あれ? 九頭竜は…」 飛び起きたもののしばし呆然とする春樹だったが、広奈が慌ててフォローした。 「驚かせてごめんなさい春樹さん。《覚醒》の術をどうやら失敗してしまったらしくて…」 「…え、えと??」 やっぱり事態を飲み込めない春樹。 その一方で…。 「なんだ、失敗だったの? あれはあれでいい起こし方だと思ったのに」 ちょっと残念そうな美亜子。 「ま、まぁ、結果としてハルが起きたから問題はないような気もするけど…」 とりあえずそう言って広奈をフォローする、気配りの人淳二。 そして渦中の人、春樹はしばし呆然と辺りをきょろきょろ…。 「……いない。あの、武田さん、九頭竜は?」 (やはり、覚えていないようですわね) 多少の安堵を覚えつつ、広奈は春樹に説明を始めようとした。 つまり、春樹が気絶している間に九頭竜はみんなで力を合わせて倒しました、と。 「…ああ、それだったらおまえさんがこうずべずべと『撫で斬… 淳二の言葉は中途で止まった。 その表情が恐怖で凍り付く。 淳二の視線の先…、そこには振り向いた広奈の顔があった。 広奈の表情は美亜子、春樹からは伺い知ることは出来ない。 ただ、淳二のみがその広奈の顔を見ていた…。 「あ、あ、あぅ………」 額に脂汗すら浮かべながら淳二は固まった。 と、淳二の言葉が中断したので、広奈はいつものおだやかな表情に戻って春樹の方に向き直り、すかさず言葉を継いだ。 「九頭竜は春樹さんが気絶していた間に、わたくしたちが力を合わせて倒しました」 そう言ってにっこり。 さらには美亜子にも(話を合わせて下さい)と目で訴える。 (ん、よくわからないけど、いいわよ♪) と美亜子はウィンクを返す。 以心伝心。 続いて広奈は改めて淳二の方を振り返る。 びくぅ、と露骨に淳二の顔が恐怖で引きつった。 が、広奈はマイペースのまま(話を合わせて下さいね♪)とにっこり。 こくりこくこくこくりこく。 淳二は引きつった顔のまま何度も頷いた。 頷きつつ心の中で叫ぶ。 (ど〜してオレの周りの女の子はこういうのばっかりなんだ〜!!!)
そして思う。 (オレ…、輪のこと笑えないかも…) ともかく、内心打ちのめされている淳二を除き、その場はそれで収まった。 春樹は気絶したきりだった自分の非力を悔いていたようだったが、へたなフォローを入れると記憶を刺激される可能性があるので広奈は黙っていた。 それよりも、話を逸らす意味で広奈は例の“謎の刀”を持ち出した。 「ところで春樹さん、これ、抜いてみて下さい」 「…これは?」 「…ええと、九頭竜を倒したところ、この刀が残っていたのです」 そう言って春樹に手渡す。 そして春樹がこの刀を手に取った瞬間。 「…えっ?」 ドクン! 春樹の全身が総毛立った。
「討伐軍はあと2〜3qくらいまで近づいている。恐らく斥候を出すだろうから早くこの場を離れた方がいいな」 輪がそう言いながらひらりと乙姫の背から降りた。 もちろん先ほど考えた事はまだ言わない。 その輪の元に広奈が駆け寄ってきた。 そしてこっそりと輪に耳打ち。 「春樹さんは九頭竜との戦いのことは、やはり覚えていないようです。ただ、先ほどから様子が少し…」 広奈はそこで言葉を濁した。 輪は春樹が戦いのことを覚えていないことには少し安堵したが、広奈の口振りから、春樹に何か問題があったのか、との疑念を抱いた。 自分の目で確かめるべく、春樹の方を向く。 と、その目に飛び込んできたのは、春樹が九頭竜の形を模した、謎の刀を手にしている光景だった。 春樹の周りには、淳二と美亜子。 早くこの場を離れる、という当初の輪の目的は、この時点でこの刀と春樹への興味に取って代わられている。 「抜けたのか?」 興味津々に輪が尋ねると美亜子は、さぁ、と肩をすくめ、ショックの尾を引きずっている淳二は無言のまま目で春樹を指し示す。 「自分で聞いてくれ」という意思表示らしい。 すると春樹は、輪が聞く前に自分から話し始めた。 「直江君、この“九頭竜の剣(つるぎ)”は僕にしか抜けないよ。手に持ったときに分かったんだ…」 輪の眉が怪訝そうに寄せられた。 色々と疑問の言葉が浮かぶが、それより先に、春樹が顔を上げてきっぱりと言った。 「だけど、今は抜かない方がいいよ。僕には分かるんだ。抜くと、きっとよくないことが起こる。この剣は使うべき時と場所を選ぶんだ」 さすがの輪も、言葉に詰まった。 「さっきから何聞いてもこの調子。オカルトだわ…」 呆れたように肩をすくめる美亜子。 いつの間にか輪の隣に来ていた広奈が、補足するように剣を見つめながら言った。 「先ほどわたくしが手に持ったときには何も感じませんでしたが、今なら分かります。この剣は何か強い力を秘めています。そしてそれは春樹さんの手の中にあるときにだけ感じられるのです…」 「…春樹は剣に選ばれたって事か」 輪がそう言うと、春樹は小さく頷いた。 ようやく輪はこの事態が納得できた。 しかし、それでますます分からなくなったことがひとつ。 輪もため息とともに疑問を吐き出した。 「それにしても…、一体あの化け物は何だったんだ?」 「何って、くず…」 条件反射的に真っ先に答えた美亜子を、輪は首を振って黙らせた。 「そう言う事じゃない。何であんなものが存在している? それにこの剣との関連性は?」 “何も分からない”ということを極端に嫌がる輪のいつもの癖である。 どんな非常識な現象も、理屈で考え、ある程度の科学的な根拠を求めてしまう。 美亜子と淳二は首を傾げ、広奈はなにやら考え込み、しかし、春樹はきっぱりと答えていた。 「あれは“カミ”だよ」 「カミ?」 春樹のその答えに全員が目を丸くした。 「そう、あの九頭竜は遙かな昔から、この土地に住む人間達に祀られてきたんだ。“国つ神”として」 すらすらと春樹が説明する様を、美亜子や淳二は信じられないように呆然と見るだけである。 輪はなんとか理解しようと難しい顔をしているし、一方の広奈はうなずき、納得した様子。 「く、国掴みってなに?」 ようやくショックから立ち直った淳二が口を開いたが、漢字変換は間違っていたりする。 それに答えたのは広奈だった。 春樹に代わって説明を続ける。 「“国つ神”とは『古事記』『日本書紀』に言う“天孫降臨”の前からこの日本の国土にいた神、いわゆる“八百万(やおよろず)の神”のことです。古代よりこの国の民は自然界そのものを神として信仰してきました。山の神、川の神…。森羅万象ありとあらゆるものに神が宿る、それが現在まで綿々と続く日本人の宗教観です。それで、おわかりになりませんか?」 広奈はそこで一旦やんわりと言葉を切った。 一番先に納得した顔を見せたのは美亜子だった。 「そっか、あの九頭竜もこの辺の沼の神様だったって事ね」 こくり、と春樹が頷いた。 「でも、遙かな昔、ヤマトタケルの東征によって九頭竜は退治され、この剣に封じられたんだ…」 「ちょっと待ってくれ!」 春樹の言葉を遮ったのは輪だった。 「ヤマトタケルだって? 神話の登場人物だぞ、それは…」 輪はそのまま絶句し、あっという間に思考の海に沈降していった。 (古代大和王権が畿内に誕生してから、各国を征服し、豪族を従え、東国の狩猟民族を東夷や蝦夷と呼んで討伐した、その過程を神話に脚色したのが“ヤマトタケル”の物語のはずだ。だが、そのヤマトタケルが実在し、本当に東国の“国つ神”を、…あんな化け物を征伐していたというのか?) 輪が沈黙しているので、春樹はその話を再開させた。 「…それ以来この剣はご神体として密かに社に祀ってあったんだけど、将門はその封印を解いていたんだ。将門の持つ魔王の力で九頭竜は黄泉帰った。そして同じく朝廷に恨みを持つものとして協力していたんだ」 「だから、倒したらこの剣が残ったのか…。てことは、この剣にはまた九頭竜が封じられてるって事?」 ようやく淳二にも話が飲み込めたらしく、率先して質問を浴びせていた。 「そう。だけどもう魔王の力はないから、さっきみたいな巨大な体に戻ることはないよ」 「そっか。……ん? ちょっと待てよ……」 淳二はそこで一旦言葉を切った。 そして何か重大なことに気付いて慌ててまくし立てた。 「オレらって神様を倒しちゃったって事?? それってヤバくない? ばちが当たらない? それとも祟りや災いが…」 言いながら淳二は手を合わせた。 今にもこの剣を拝み始めそうである。 「大丈夫だよ」 それを見てやんわりと春樹がそう言った。 「“国つ神”はそういう意味の神様じゃない。言うなれば土地を守護する精霊みたいなもの…。それに九頭竜はもうこの剣に封じられてるから」 「そうなんだ……。よかった、よかった。なんまいだぶなんまいだぶ」 安心したのか結局拝む淳二。 意外と信心深いことが判明。 そんな淳二を押しのけて、美亜子が春樹に詰め寄った。 「じゃあさ、こいつの他にももっと凄い“国掴み”がいるかもしれないの?」 “俺より強い奴に会いに行く”的発想の美亜子にとって、より強大な相手の存在はわくわくする楽しみでしかない。 むしろ、春樹が九頭竜を倒したのだから、今度は自分が、と息巻いている。 ただし、美亜子もまた国つ神の漢字変換を勘違いをしていたが…。 「それは分からない。“国つ神”の多くは討伐されたあと、祀る人々を失い、消えていったから……。“カミ”はそれを信仰する人を失うと力をなくし、やがて消えてしまうんだ。この九頭竜は密かに祀っていた人がいたから消えずに済んでいただけ。もう分かるでしょ? この国には昔たくさんの神々がいた。でももう僕たちの時代にはみんな消えてしまった。現代の人間は自然の恩恵を、八百万の神々の恵みを感じられなくなったから」 春樹は無表情のままよどみなく説明を続けていた。 いつもの春樹を知るものであれば、どこかその姿に違和感を感じずにはいられないであろう。 案の定、先ほどから押し黙ったまま何かを考え込んでいた輪が、口を開いた。 「…なるほど、俺が疑問に思っていたことは、だいたいそれで納得できた。それにしても、春樹、何故そんなことを知っている?」 輪の最後の疑問は、この場の全員が強く思っていたことでもあった。 固唾を呑んで春樹の返答を待つ。 「…この剣から伝わってきたんだ。“想い”が、手に持った瞬間から。どうしてか、なんて分からないけどね」 そう言って微笑する。 明らかに常識では理解できない現象であった。 五人の中でもっとも頼りなかった春樹は、しかしその分もっとも変化が顕著であった。 原因はともかく、今の春樹はこの剣を持つ前とは違う、どこか底が見えないような深みのある雰囲気を漂わせている。 泰然自若と言った四文字熟語が輪の脳裏に浮かんだ。 (…理解しがたい現象だ) しかし、自分の目の前で起きているのだから現実の話なのだ。 (全く、信じがたい現象ばかり続くな) 信じがたい現象といえば…、と、唐突に輪は重大なことを思い出した。 「そういえば、将門の式神は? 武田、場所は分かったのか?」 春樹の話に気を取られていて聞くのを忘れていた。輪は内心舌打ちをする。 そうでしたわね、と口の中で呟き、広奈はゆっくりと説明を始めた。 「方術は成功しました。それで、わたくしが確認した限りでは、式神はあと5体。うち4体は常陸、上総、相模、武蔵の四カ国に散らばっていて、残りは石井の営所の少し北にいるようです」 「…ちょっと待ってくれ」 輪は慌てて懐から地図を取りだした。 「いるのはだいたいこの辺か?」 地図を指し示すと広奈が確認の意味で、頷いてみせる。 「なんだ、戦場に近いところには一体しかいないぜ」 それを見た淳二が補足する。 確かに常陸、上総、相模、武蔵にいる式神はここからは随分と離れている。 その4体のうち一番近い式神でも、直線距離にして40kmほどの距離にいるようだ。 となれば、この4体は戦場に急行しても間に合わない可能性が高い。 輪はそう考えたが、と同時にひとつ気になることがあった。 「それにしても、5体しかいないのが解せない。北斗七星なら残り6体じゃないのか?」 輪の疑問にも広奈は首を振った。 「恐らく本人を含めて7人の将門、と言うことでしょう。北斗七星のうち『巨門』の星の式神は存在していませんでした。ですからその『巨門』こそが将門本人…」 「で、多分そいつがこの石井ってところにいるんでしょ」 輪の地図を覗き込みながら美亜子がそう言った。 そしてぺしぺしと輪の肩を叩く。 「で、どうするの? 軍師さん」 「そうだな…」 輪は素早く頭を回転させた。 討伐軍が完全に渡河を終えるまであと1時間はかかる。さらにそれから本陣目指して移動したとしても、警戒すべき“天然の城門”まで更に2時間。そこを無事に通過したとすれば石井の営所に着くのは夜7時くらい。 だとすれば完全に日が沈んでから夜襲するという計画だったのかもしれない。 となれば、自分達に残された時間はあと4時間弱。 より少なく見積もった場合は、渡河を終えるまでの1時間。 当初の予定では、このあと“天然の城門”、石井の営所、下野国府を偵察するはずだった。 では、その予定通りに移動し、途中石井の営所の北にいる将門の式神を倒しておくのが最善の策。 一時間以内にそれらを済まし、討伐軍の進軍速度を見て、その先の行動を考えるとするか。 それから更に細かい点を確認すると、輪は思考の海から浮上した。 「…よし、まずは再び乙姫に乗って当初の予定通り偵察を続行する。その後、石井の北にいる将門の式神と交戦、これを撃破する」 「残りの4体はどうするの?」 美亜子の疑問に輪は即座に首を振った。 「戦場から遠く離れた式神はこの際無視する。おそらくは討伐軍との交戦には間に合わないだろうし、将門を倒すという当初の目的から外れるからな。どういう理由かは分からないが、敵は各個に分散している。ではその利を生かして、こちらはそれらを順番に撃破するだけだ。5人掛かりなら危険も少ないし、一番厄介なシチュエーションは6人の将門が同時に戦場にいる、と言うことだったからな」 「なるほどね。じゃあ、その式神を倒したあとはどうするの?」 その質問には輪は少し考えてから答えた。 「あとは討伐軍とのタイミングを合わせて陽動をかける。その辺は臨機応変に現場の状況を確認してから決めればいい」 これでひとまずは行動の方針は決定。 ただし、輪はまだ気になることがあったので、それを4人に聞いてみることにした。 「話は変わるが、将門の式神が各地に分散している理由がさっぱり分からない。何故だと思う?」 それに対する各自の答えは以下の通り。
美亜子:「各地で討伐軍と戦争してるんじゃないの?」 春樹: 「討伐軍がどこに攻めてくるか分からないから、ひとまず式神をバラバラに配置して自分の領地を守ろうとした」 広奈:「各地で兵力を集めている。つまり徴兵の役目を果たしていたのでは?」
どちらにせよ将門の式神が分散していることは、輪達にとっては有利な事態である。
景気よく淳二がそう言うと、これにて作戦会議終了。 「あっ、ちょっと待って」 と、春樹がみんなを呼び止めた。 「ごめん、大したことじゃないんだけど、この剣、これ僕が持っていていいのかな?」 声のトーンがいつもの春樹だった。 「…というか、しっかりと帯刀しておいて言う言葉じゃないぞ」 半分笑いながら輪がそう言った。 無理もない、いつの間にか春樹は九頭竜の剣をしっかりと腰に吊していたのである。 「あ、ごめんなさい。…なんか、手が勝手に」 パタパタと慌てる春樹は、やっぱりいつもの春樹であった。 (…帯刀して剣から手を離したから、春樹さんが元に戻ったのかしら?) 広奈が内心そう分析。 「…いいんじゃないの、あんたしか使えないみたいだし、持ってなさいよ」 「そうそう」 美亜子と淳二が言い、輪と広奈も頷いた。 なにより、“独眼竜政宗”がかつて愛用していた漆黒の甲冑にこの“九頭竜の剣”はよく似合っていた。 三日月型の前立ての兜の下に見えるのが、“気弱な善人顔”というのが少々ミスマッチだったが。 「うん分かった。持ってるよ」 春樹は少々はにかみつつも頷いた。 「それじゃ、早く行きましょう。討伐軍が近づいてるんでしょ」 「そうそう。乙姫ちゃんもなんか退屈してるし…」 5人が視線を向けると、そこには蚊帳の外におかれて少々寂しそうな乙姫が、首を長くしていた。 …龍だからもちろん首は長い。
飛行することおよそ10分。 しかし、上空から眺めたところ、そこには将門の軍の兵士は一人としていなかった。 「全くの無人…だと?」 輪が信じられないものを見るように呟いた。 「もし俺が一軍の将ならば、ここに野戦陣地のひとつも築いて兵を200は駐屯させているんだが…」 しかし目下に広がる光景は輪の予想と大きく違い、陣地どころか兵士すらいない。 「てことは、将門は九頭竜と式神がいれば、ここまで敵が来ることはない、と高をくくっていたんじゃないの?」 お気楽に言ってのけたのは淳二だった。 そして誰もその言葉を否定する根拠がない。 「ま、いいんじゃないの? これで討伐軍は無人の野を進めるって事でしょ?」 この美亜子の一言でひとまず一行は次の目的地“石井の営所”へと向かった。 もちろん、輪はその間ずっと釈然としない面もちのままだった。
申し訳程度に掘を穿ち、塀を巡らせた砦と、それに隣接して厩(うまや)や兵士の宿所などが無作為に建ち並んでいる。 どう見ても、元々ただの牧場だった場所を急ごしらえで砦に仕立て上げた、としか思えない。 さすがに馬の数は多かったが、しかし上空から見る限り、この営所にいる人数は400人程度。 しかも兵士だけでなく、女子供を含めてもその程度。 「…随分と少なくない?」 美亜子が疑問の声を上げる。 しかし、この近くにはそれらしい砦は見あたらないので、ここが石井の営所であることは間違いない。 そして、周りにある建物と言えば方々に散らばる牧場らしき建物だけ。 「たしかに、この環境ならば騎馬軍団を容易に編成できそうだが…」 それにしても美亜子が言うように、いくら何でもここにいる人数は少なすぎる。 輪は後ろにいる4人を振り返った。 「どう思う? 何でこんなに人がいないのか…」 それに対する反応は以下の通り。
美亜子:「最初からこんな少人数だったんじゃないの。将門が強いから少人数でも戦に勝てるし」 春樹:「兵士に離反されて兵力が激減していた、とか」 広奈:「なにかもっと別な理由があるような気が……。ですが、まだわかりません」
しかし、数時間前に晴明の術で戦場を見たときには将門の軍勢に動きはなかった。 となればそれは輪達がこちらに来てから出陣した、と言うことになる。 そこまで頭の中で考えて、輪は続けた。 「だが、その場合は将門軍はさほど遠くまで行ってはいないだろうし、それだったら今上空から軍勢が確認できてもおかしくない」 輪に言われて4人が視線を巡らすが、軍勢らしき姿をとらえることは出来なかった。 むしろ、振り返った先で討伐軍が渡河を始めているところを目にすることが出来るほどの高度である。 少なくとも半径10q以内に、大規模な軍勢の姿は見つからない。 「じゃあ、将門はやっぱりここにいるってことか?」 淳二の疑問には広奈が答えた。 「はい。ここからはそれらしい強力な気配を感じます。将門はここにいます」 “陰陽師”の広奈が言うからには信憑性は十分。 「…あまり信じられないが、やはり将門の本陣には少ない兵力しかいない。ということは……」 輪はそこで一旦言葉を切った。 そして思考の海へと沈んでいく。 どうしてこれほど兵力が少ないのか、という疑問をさておくとして、これでひとつ謎が解けた。 一体で1000人の兵に匹敵するほどの強さを持った式神を、わざわざ各地に分散しなければならない事情。 その理由は単純に考えれば、各地に派遣する兵力が不足していた、ということだろう。 各地を治めるにせよ、討伐軍と戦うにせよ、あるいは広奈が言ったように徴兵するにせよ、兵力が足りない分を式神で補おうという苦しい台所事情が見えてきた。 となれば先ほど“天然の城門”に誰もいない理由も明らかになる。 そこに駐屯させる兵力が“無い”のだ。 そして将門の式神がただ一体で渡河地点を守っていたという、一件不自然な点も、十分に納得できる。 将門はあの九頭竜と式神だけで十分南方からの攻撃は防げると考えたのだ。 だからこそそこに余分な兵力は一切回さなかった。 そして同様に北方の守りにも式神を一体。 もしかするとそこにも九頭竜のような化け物を配備しているかもしれないが、どちらにせよ石井という天然の要害に籠もり、南北の入り口のみ式神で固めておけばこのような少数兵力でも十分守りきれる公算なのだろう。 敵の様子を探るために斥候を放っておく余裕が無くても、どうせ敵が侵入するルートは二カ所しかないから、そこさえ押さえておけばいいのだ。 そう考えればちゃんと理にかなっている。 と、輪の思考はそこで一旦脇道に逸れた。 …今更ながらだが、式神と九頭竜が倒されたことは、まだ誰も、特に将門は気付いていないのだろうか? もし将門がそれに気付けば南方へ自ら迎撃に向かう可能性もある。 辺りに斥候らしき姿はなかったが、この点は心配してしすぎることはない…。 そして思考の海から浮上。 「ところで武田、例の式神が倒されたことに、将門は気付いていると思うか?」 その質問に広奈は不意を付かれたように驚いた顔を見せ、そのまま考え込んだ。 「…確かに、そのことを考慮していませんでした。ですが、あれだけ強力な、しかも自分の意志を持った式神を同時に6体も制御下におくことは不可能です。ですから、おそらくはあの式神は完全自律型、つまり一旦作られたらあとは術者による制御を必要としないタイプだと思います。それでしたら恐らく倒されても将門本人は何ら気付かないと思いますわ」 一切の淀みなく、すらすらとそれだけのことを広奈は言ってのけた。 その受け答えのレスポンスは驚嘆すべきものだったが、ともかく考えられる危険性がひとつ減ったことは確かである。 そこまで考えたところで輪は一旦情報を整理する意味で、4人に向かって説明を始めた。 「どうやら事態は思ったよりも単純だった。理由は不明だが、将門軍は致命的なほど兵力が少ない。それゆえ要害である石井に籠もり、考えうる討伐軍の進軍ルートに式神と九頭竜を配して守りとしていたんだ。これだったら少ない兵力でも十分に討伐軍を押さえることが出来る」 「なるほどね」 美亜子が頷き、他の3人も納得顔。 「それだけ分かれば十分だ。どちらにせよ討伐軍は全く抵抗を受けないまま石井の営所に到達できるだろう。その段階で俺達がうまく将門を営所から引き離しておけばいい。…その前にひとつ仕事が残っているな」 「もう一体の式神を倒しておくって事だろ」 淳二がにやっと笑って輪に告げる。 「ああ」
葦原のうち、水はけがよい場所が開墾され、水田となっていたのである。 そこでは大勢の人々が田に入り、おそらくは田植えをしているのが上空からでも確認できる。 旧暦の2月13日は今で言う4月上旬、つまり関東地方ではちょうど田植えの時期に当たる。 (……そうか!) 輪の頭の中で謎がひとつ解けた。 と、時を同じくして。 「分かりましたわ」 広奈が声を上げていた。 輪も振り向く。 「ああ、俺も分かった。将門の兵力が少ない理由が」
だが、農民である以上、常に兵士として働くことは出来ず、当然春になれば田を耕し、田植えをし、秋になれば稲を収穫する必要がある。 それを怠れば自分達が生きていくことすらままならない。 つまり、将門軍の主力である兵士はこの時期、田植えをするために自分達の田へと戻らざるを得ない状況になっていた。 それゆえ将門の本陣にもあれほど兵士が少なかったのである。 逆に討伐軍はその時期を見計らって兵力を集め、軍を動かしたのである。 そのことを輪と広奈が3人に説明する。 「これは蛇足だが、歴史的に見るといつの時代も大軍を率いるものは常にこの問題を抱えていたんだ。ところが、かの織田信長やその後を継いだ豊臣秀吉は違った。彼らは農民を兵士にするのではなく、豊富な資金で傭兵軍団を抱えていた。いわゆる“兵農分離”だ。だからこそ四季を問わず一年中どこにでも迅速に兵力を展開することが出来たんだ。秀吉が天下を取った理由はその辺にもある」 「…はぁ、さすがは“歩く戦国時代事典”だわ」 半ば呆れた美亜子の声に輪は苦笑する。 「まぁ、知識として知ってはいたんだが、実際に今が田植えの時期でそれで将門軍の兵力が激減していた、って事にはなかなか繋がらなかった。俺もまだまだ修行が足りん…」
葦原の中でも少し小高く、見通しの良さそうな場所に一人の騎馬武者の姿。 「見つけた! 将門の式神だ!」 真っ先に淳二が声を上げた。
|