陰陽五行戦記
第一章 ◇平安編◇
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渡河地点に万が一敵の斥候部隊がいた場合のことを考え、上空300m程まで上昇し、そこから下を眺めることになった。 龍となった乙姫の飛行スピードは速く、ものの数分で渡河地点上空へと到着。 そこは、沼の南端から流れ出た川が、一番浅く、流れが緩やかになっているポイントだった。 川幅は30m程だろうか。 ここならば徒歩のままでも、十分向こう岸に渡ることができそうである。 そこで、彼らは見た。 高度300mの輪達の遙か下、この渡河地点の川岸に馬に乗った一人の鎧武者がいたのである。 周りには他に誰もいない。その鎧武者のみが、なにをするでもなく、騎乗のまま川岸に佇んでいる。 「……何してるのかしら?」 「散歩とか?」 「斥候…にしては不自然だが」 「う〜ん、川を渡りたいのかな?」 4人が好き勝手なことを言っていたが、広奈のみ、真剣に警告した。 「皆さん、あれは人間ではありません。邪悪な気を感じますわ」 驚いた4人が改めてじっくりと観察すると、着ている鎧はかなり立派。 遠くて顔までは見えないが、その身体は恐らく2m近い巨体。 辺りに威を払うその圧力は、確かに並みの人間ではなかった。 「このプレッシャー……、もしかしてあいつが将門?」 いつの間にか戦闘モードの顔つきになっている美亜子が広奈を振り返る。 「そうかもしれませんわ。…この感じ、五稜郭で魔王と対峙したときとよく似ています」 「将門だっていうなら、なんでこんなところに一人でいるんだ??」 淳二の疑問にみな首を傾げたが、唐突に輪が振り返った。 「討伐軍がここに着くのを待っているのかもしれない。考えたくはないが、4000の討伐軍を一人で倒すつもりなのでは」 「いくらなんでも……」 将門の強さを想像したのか、戦々兢々な春樹。 「だったら討伐軍が到着する前に、なんとかしないとまずいんじゃねぇの」 深刻な顔でそう言ったのは、事態の難しさに気付いた淳二。 「あるいは、将門が単独で偵察に出ているだけかもしれませんが…」 一応別な角度で状況を分析する広奈。 「よくわかんないけど、あれが将門ならあたしが倒してみせるわ。そしたらいちいち面倒な作戦も考えなくていいでしょ」 強気な意見を言ったのはやっぱり美亜子だった。 「……えええっ、大丈夫なのかなあ?」 弱気な春樹。 だが、慎重意見を唱えるかと思っていた輪は意外なことを言った。 「確かに、これは千載一遇のチャンスかもしれない。ここに将門以外誰もいないと言うことは、俺達が全力で戦っても目撃者はいないし、うまく将門さえ倒してしまえば、戦いは討伐軍が勝利するだろう。一か八か、やってみる価値はある」 「本気かよ輪」 さすがの淳二も耳を疑った。 「本気だ」 「じゃああれがもし将門じゃなかったら? 人違いだったらどうすんだ?」 珍しく今回は淳二が慎重意見を唱えている。 しかし、それには広奈が反論した。 「将門でないにせよ、あれだけの邪悪な気の持ち主です。魔王と関わりのあるものでしょう。放っておくわけには参りませんわ」 この広奈の一言で大勢は決した。 「わかった、やってやるぜ」 一旦やると決めたからにはとことん、という淳二。 「…が、頑張ります」 みんなが行くなら僕も行く、の春樹。 「よし、逃げられてはまずいからここからはスピード勝負だ。乙姫、あいつのすぐ近くまで降りてくれ、俺達は飛び降りてあいつと戦う。乙姫は俺達が降りたら上空で待機していてくれ」 「待機するの? わたしも戦わなくていいの?」 「ああ、もし万が一俺達が負けそうになったら援護してくれ。…それでいいな、みんな」 「いいわよ」 「いいぜ」 「はい」 「う、うん」 「というわけだ、では行くぞ」 輪の号令の元、乙姫はするすると高度を下げ、見る見るうちに鎧武者との距離が縮まってきた。 ただし、直前まで見つからないように鎧武者の後方を着陸地点に定めていたため、その顔を伺い知ることは出来なかった。 そしてようやくその鎧武者が上空から近づく“雲”に気付いて振り返った頃には、高度2m地点から次々と人が飛び降りてくるところだった。 真っ先に飛び降りたのは美亜子である。 『天下無敵っ!』 いつものかけ声とともに飛び降り、変身して着地。 「一番乗り!」 それに倣って他の4人も次々と変身し、飛び降りた。 全員が降りたのを見届けて、乙姫は再び上空に飛び去った。 それは端から見ていると、突如舞い降りた雲の中から5人が飛び降りたようだった。 しかも降りてきた5人はそれぞれ見慣れない鎧に身を包み、ゆらゆらと5色の闘気を立ち上らせているのだ。 それこそ、信心深い人間なら、天上人が降臨したかと思うかもしれない。 これにはその鎧武者も、驚きを隠しきれなかったようだった。 さらにその鎧武者以上に馬が驚いて暴れたため、鎧武者はしばし、手綱を持って馬を落ち着けさせることに気を取られた。 その隙に美亜子が鎧武者に駆け寄った。 慌てて他の4人も追う。 間近まで美亜子の接近を許した鎧武者だったが、ようやく馬を落ち着かせると美亜子に向き直った。 年の頃は30そこそこに見える。 のばし放題の髭が精悍さと野性味を感じさせるが、総じて顔の作りはどこか高貴で、非凡なカリスマ性を発揮させている。 その男は鋭い眼光で5人を見据えると、馬上から大音響で誰何の声を上げた。 「貴様ら何者じゃ!!」 腹の底から響くような、威厳と強さを感じさせる太い声。 並みの人間なら今の一言だけでひれ伏してしまうほどの圧力。 だが、美亜子も蜻蛉切を構え、負けじと言い返した。 「あんた、将門ね!」 「いかにも、我こそは桓武天皇が後胤、鎮守府将軍平良将が子、関八州を統べし新皇、平小次郎将門なり!!」 朗々とした見事な名乗りであったが、現代人の美亜子にとっては長いだけである。 「あたしは本多美亜子! いざ勝負!」 勢い良く繰り出された美亜子の斬撃をしかし、将門は抜きはなった太刀であっさりはじき返した。 (こいつ、強い!) 今の動きで美亜子は将門の強さを把握した。 一旦引いて隙をうかがう。 将門は美亜子と対峙しつつ、5人を見渡して改めて大声で誰何した。 「貴様ら、朝廷のものか?」 「ちがう!」 輪が答える。 そして続けて輪が何か言おうとする前に、それを遮って淳二が大声で答えていた。 「愛と正義のセーラー服美少…」 ごちっ! 最後まで言う前に輪がグーで殴っていた。 「誰が美少女だ」 「美少年かもしれないじゃないかぁ」 「美少年がセーラー服を着るか」 「にゅむぅ」 ……… ……… ……… ……… 気まずい沈黙が流れた。 「もとい、俺達は“魔王”によって史上最低な目に遭わされている人間だ」 「というわけで、魔王の力を借りているお前は許しておけないぜ」 気を取り直した輪と淳二が仲良く将門に指を突きつけた。 「…笑止」 あっさりと将門は鼻で笑い飛ばした。 人間誰しも第一印象は大変重要である。 将門にとって美亜子以外の4人はただのバカと認定された。 そして美亜子に対してはある疑念を抱いていた。 相変わらず鋭い眼光でこちらを睨み付けている美亜子の顔を凝視して一言。 「……おなごか?」 美亜子は打ち込む隙を見いだせなかったことに内心驚愕していたが、それよりも将門の今の一言に明らかな侮蔑を感じた。 そしてキレた。 「それが………、どうしたって言うのよ!!!!!」 一旦蜻蛉切を引くと叫びながら再び神速の斬撃を放った。 だが、信じられないことに、将門はそのまま右手一本で美亜子の攻撃を軽々と受け止めている。 周りにいた4人は援護をしようと思ったが、美亜子の背中から『邪魔するんじゃないわよオーラ』が漂っているので手を出せない。 「…ふん、おなごのくせになかなか強いな」 将門はそう言うと無造作に太刀を振るって美亜子の蜻蛉切を弾き、ひらりと馬から下りた。 威風堂々と仁王立ちする将門は見上げるほどに背が高く、一流の武人だけが持つ“気”を放っている。 そばに立たれると二倍にも三倍にも大きく見える。 「どれ、少々遊んでやる」 そう言って不敵に美亜子の方を見て口元をあげた。 いわゆる余裕の笑みである。 そして美亜子の後ろに控える4人に目をやると、ますます凶悪な笑みを浮かべた。 視線を受けて早くも春樹が足を震わせていた。 広奈も険しい顔。 輪、淳二は将門よりも美亜子の方が怖い。 ともかく、美亜子以外は気圧されていると思ったか、将門は更に口の端をつり上げた。 「だが、邪魔をされては興をそぐのう。後ろに控えるこわっぱどもはこれで遊んでいるが良い」 輪達が一瞬何事かと動きを止めた瞬間、将門はその良く通る太い声で叫んでいた。 「いでよ九頭竜!!」 将門の声に反応して、輪達の右手、菅生沼の湖面が盛り上がったかと思うと、大音響とともに水中から次々と巨大な生物が現れた。 湖面から次々と顔をのぞかせたそれは、巨大な蛇だった。 一匹の大きさがそれこそ“龍の”乙姫と同じくらいあり、しかもそれが9匹。 さらに上陸して来るに連れて明らかになるのだが、驚いたことにこの9匹の蛇はひとつの胴体から生えていたのである。 「これが九頭竜……」 広奈は呆然と、将門が口にしたその名を呟いた。 そして、例によって例のごとく、右手を頬に当て、お決まりのポーズで 「まぁ…」 蛇、いや、九頭竜の9本の首はそれぞれ長さが15mほど、特に中心の一匹は二回りほど周りのものよりも太く、その頭部は人間などひと飲みに出来そうなほどの大きさであった。 巨大ムカデにも勝るとも劣らない大きさと迫力。 神話に出てくるヤマタノオロチもかくやというほどである。 水中から出てきただけにその鱗はぬらぬらと黒光りし、九つの口からちろちろと赤い舌がのぞく。 特撮の怪獣にはない、本物の生物の質感、常識外の気味の悪さである。 「なっ、なんの冗談だこの化け物」 唖然とする輪。 「おいおい、またこんな化け物相手かよ…」 ムカデと戦った経験から、まだ淳二の方が余裕があった。 しかし、さすがに語尾が震えた。 「あわわわわわ…」 そしてやっぱりがくがくと足を震わせている春樹。 気絶したり腰を抜かさなかっただけでも成長したとも言える…。 「輪さん、早くこの化け物を倒さなければ、討伐軍が…」 一番冷静だった広奈が輪に耳打ちする。 実に広奈はどんな状況でもパニックとは縁が遠い。 広奈のお陰で輪も一瞬のショック状態からすぐに抜け出した。 「あ、ああ、そうだった。やるしかないか」 そう言っている間にも、九頭竜はじわじわと輪達の方に向かって進んできた。 9つの巨大な首がそれぞれゆらゆらと動いて、こちらの様子を伺うさまは、本気で怖い。 (迂闊だった。将門一人だと思っていたらこんな化け物がいようとは…) 内心大きく舌打ちする輪。 (ということは、将門は討伐軍の迂回作戦を見破っていたのか? そうでなければこうも用意周到にこんな怪物を待機させてはいないだろう……。だが、ものは考えようだ。俺達が九頭竜に気付かなければ恐らく討伐軍はこいつの手によって壊滅されられていただろう。先に俺達が倒しておけば、討伐軍は安全に渡河できる) そこまで考えた輪は、皆に檄を飛ばす。 「この化け物を倒さなければ討伐軍は安全に渡河できなくなる。やるしかないぞ!」 「おう!」 景気良く応えたのは淳二。 だが、春樹は相変わらず足をすくませたまま。 一方広奈はあくまで冷静に状況を見ていた。 「水中では勝てません。上陸したところを迎え撃ちましょう」 そう指示を出す。 一方美亜子も九頭竜の登場に驚いてはいたが、目下の敵は将門と決めていた。 「あの化け物は任せたわ。あたしは将門を殺る!」 そう言って将門と対峙。 「良い度胸だ」 満足そうな将門。 そして淳二は震えている春樹のそばに近づくと、緊張をほぐすべく、肩を叩いてやった。 「ハル、敵が離れている今のうちだ。さくさく射撃しろ」 「え? あ、う、うん」 正気に返ったかのように春樹は震えを止めると手の中に火縄銃を出現させた。 「主砲斉射三連!! ファイエル!」 「はいっ」 淳二の謎の檄に応じて、春樹が射撃を開始。 そして徐々に近づいてくる九頭竜に向かって火縄銃から次々と霊気の弾丸が発射される。 パン、パン、パン。 五行相生によるパワーアップの効果で、春樹の射撃スピードは従来の3倍になっている。 しかし、春樹のほどんどマシンガンのような連射も堅い鱗のために致命傷にはほど遠かった。 むしろ射撃のせいで九頭竜は怒り狂い、真っ先に春樹めがけて向かってきたのである。 「くっ、俺達で相手の目を引きつけるぞ」 輪はそう淳二に言うと向かって右側に駆けだした。 「あいよっ」 淳二はその反対側、左に向かった。 「ヲルスバン!」 広奈はヲルスバンを召還。 『ヲルスバン推参!』 「あの九頭竜からわたくしたちを守って下さい」 『了解です長官どの』 広奈の命令を受けたヲルスバンは九頭竜に向き直って戦闘ポーズ。 『人命救助はヲルスバンの本懐。さぁかかってこい謎の怪獣め!』 やる気満々のヲルスバンを頼もしそうに見つめると、広奈も自ら戦闘モードに入った。 「このっ、このっ、このぉぉっ」 先ほどから春樹は遮二無二射撃を繰り返していたが、九頭竜の動きは止まらない。 一応射撃を受けた場所からは血が噴き出し、ダメージを受けてはいるのだが、まだまだ元気。 恐るべき生命力、そして頑丈さであった。 「とにかく、首を一本一本倒していくしかない」 輪はそう叫んで自らの士気を高めると、刀を抜き、九頭竜に向かって振り下ろした。 『氷刃投射!』 刀身から放たれた冷気が氷の刃となって、九頭竜の一番右の頭部を切り裂いた。 首を切り飛ばすほどのダメージを与えてはいないが、それで3つの首が輪に向かった。 一方の淳二も、一番左の頭部に向かってパンチを繰り出した。 『爆炎拳!!!』 右腕から放たれた炎が一番左の頭部の鱗を黒こげにした。 しかし、致命傷ではない。 そして淳二の元には2つの首が向かった。 ヲルスバンを召還した広奈は、今度は龍鬚弓を取り出し、自ら九頭竜に向かって矢を放ち始めた。 豊穣の箙から取り出した矢に自らの黄金の闘気を纏わせて放つ。 広奈の狙いは左から3番目と4番目の首であった。 そして同時にヲルスバンを右から4番目の首の正面に向かわせた。 かくして輪達の布陣が完了。 右から輪が首を3つ、ヲルスバンがひとつ、春樹が中心の首をひとつ、広奈が2つ、淳二が2つ。 9つの首を各自がこのように受け持つような格好となった。 そして美亜子はたった一人で将門と対峙している。 上空には輪の言いつけ通り待機している乙姫。 そして本格的な戦いの火蓋が切って落とされた。
三方向から同時に攻撃されないように、じりじりと間合いを変える。 先に動いたのはAの首だった。 いかにも蛇らしく一瞬鎌首をもたげると、一直線に輪に向かって噛みついてきた。 巨体の割に信じられないようなスピード。 ほとんど瞬間的に10mの間合いを詰めてきた。 だが、輪も相手の首の長さを計算していたので、慌てずに飛び退いて攻撃をかわすと、すかさず伸びきった首にカウンター気味に斬撃を浴びせる。 大上段から振り抜かれた輪の刀は狙い過たず大木のような首に命中。 「むっ!!」 ガキッ! まるで金属とぶつかったような硬質の音を立てて、輪の刀が鱗を切り裂いた。 傷口からはどくどくと真っ赤な血が噴き出している。 堅い鱗にはじき返されずにダメージを与えることが出来たようだ。 「…力が増していたお陰だな」 十分倒せる。 輪はその手応えを感じて再び口を真一文字に引き締めた。 敵は三体、こちらから接近するのではなく、相手の攻撃をかわしてそこに攻撃を打ち込んでいく。 輪の基本スタンスは、地味だが堅実。 しかし、それは一方でこの戦いが長期戦に及ぶことを示していた。
首が遠距離だった場合。 『ヲルスバーーン・ストーーームッ!!』 腰のベルトから燃え上がる炎が発射され首の真下の地面に命中すると、そこから間欠泉のように火柱が立ち上った。 相手の足止めや牽制に有効なヲルスバンの必殺技、ヲルスバーン・ストームである。 しかし、牽制にはなっても致命打にはほど遠い。 折角の火柱も九頭竜の堅い鱗の前にさしたるダメージを与えられていない。 首がゆらゆらと近づいてきて、中距離に…。 そこで第二の必殺技。 『ヲルスバァァァァァァァルカンッッ!!』 ドガガガガガガガガガ!! 額に装備されたバルカン砲が火を噴き、ヲルスバンの前方に火線の弾幕。 …しかし、これも雑魚敵を掃討する技なので威力はたいしたことがない。 当たったそばから堅い鱗に弾かれ、まるでダメージが通った様子はない。 「弾幕薄いぞ、なにやってんの!」状態である。 ヲルスバン苦戦中…。 こうなったら三つ目の必殺技しかない。 ちょこまかと攻撃を仕掛けるヲルスバンを黙らせようと、首Cが高く鎌首を持ち上げS字型に瞬発力を貯める。 それを見てヲルスバンも両手を高々と天に突き上げて叫んだ。 『ヲルスバーーン……』 首Cがヲルスバンめがけて噛みつくのと同時に、ヲルスバンもカウンターアタック気味にパンチを放っていた。 それもただのパンチではない。 必殺のヲルスバーン・ナックルである。 パワーを乗せた右腕を突きだし、全身で相手にぶつかっていく大変豪快な技。 対して、口を大きく開けてその牙を相手に叩きつけるように飛びかかるのが蛇の攻撃法である。 九頭竜の攻撃もそれと全く同じ。 それがえらい勢いでぶつかり合った。 『ナッコォォォォ!!!!』 そしてヲルスバンの放った渾身のヲルスバーン・ナックルは、堅い鱗に覆われていない喉の奥に深々と突き刺さった。 ちょうど、首Cの攻撃スピードそのものが威力を倍増させていた形となる。 予想外のダメージに首Cはもがき苦しむが、ヲルスバンは二の腕近くまでめり込んでしまった右腕が抜けないので、半ば飲み込まれそうになった体勢のまま振り回された。 だが、逆に堅い鱗に覆われていない口の中を攻撃するチャンスである。 ヲルスバルカンが火を噴き、容赦なく口の中に撃ち込まれていく。 そして口の中にヲルスバーンストームが放たれると、肉が燃える嫌な臭いが充満。 とどめとなったのが、接近戦で威力を発揮する左手に持ったヲルスブレードだった。 収束してビーム化した荷電粒子の剣が、口の中からちょうど蛇の脳めがけて突き刺さり、あっさりと首Cを戦闘不能に追い込んだ。 意外や意外、戦っている6人中一番早く首を倒したのがヲルスバンであった。 『正義は勝つ!』
美亜子の得物は槍、将門のそれは分厚い拵えの巨大な太刀である。 それは斬ると言うよりはほとんど鉈のように、その重さで相手を鎧ごと叩きつぶすことを狙ったような武器であった。 常人なら両手で持ち上げるのも難しいようなその武器を、将門は片手で軽々と振り回している。 恐るべき膂力であり、命中したときの破壊力は想像を絶する。 しかし、リーチの長さは美亜子の槍の方が上、従って将門が攻撃をするには美亜子の間合いの中に踏み込まなければいけないが、美亜子は巧みな技でそれをさせない。 槍対刀。美亜子にとってそれは、竹刀を持った輪を相手にするときと、よく似たシチュエーションだった。 (感謝するわ輪! あんたと散々戦ったお陰で将門の動きが読める!) 将門が間合いを詰めると牽制するように美亜子の神速の突きが飛び、その動きを封じる。 その突きもすでに何度か将門に命中していたが、さほど効いた様子はなかった。 鎧を貫いても、その後に更に鋼鉄の板が入っているかのように肉を貫く感触がない。 実に将門の筋肉は鋼鉄の鎧と化し、ほとんど九頭竜の鱗のように強靱な防御力を誇っている。 あまりの堅さに、美亜子も舌を巻く。 この強靱さはほとんど人間離れしている。 紛れもなくこの将門の力は“魔人”のそれなのだろう。 実際、一条戻り橋で戦った鬼よりも遙かに強靱で強かった。 だが、これほどの強敵と巡り会ったのは美亜子にとっても初めてのこと。 むしろそれを喜び、戦意がますます昂揚するのを感じる美亜子だった。
力は自分の方が上だが、技のキレ、スピード、戦い方の巧みさ、どれも目の前の女のほうが上。 だが、相手の攻撃は自分に致命傷を与えるほどの威力はない。 従って勝利を掴むためには、持久戦に持ち込み相手の疲れを待つしかない。 しかし、将門はその点でも美亜子を甘く見ていた。 美亜子の集中力は延々と途切れることが無く、精神的な消耗戦においてはすでに将門の方が追いつめられていた。 将門は知らない。 美亜子はまだ一度も『五行妖術』を使わず、自分の身に刻みつけていた槍術のみで戦っていることを。
いくら春樹が霊気銃を撃ち込んでも、一際堅い鱗のせいで致命傷を与えられない。 「くっ、駄目だ…」 春樹が諦め、後ずさりを始めると、九頭竜は小さく鎌首をもたげ、首を前方に突き出すと同時に口を開けた。 開かれた口からのぞく二本の牙、その先端から春樹に向かって何か液体が発射された。 「えっ?」 完全に不意をつかれた春樹は硬直し、その攻撃をもろに喰らってしまった。 しかも、よりによって命中したのは顔面。 闘気によるとっさのバリアも攻撃を完全にくい止めることは出来ず、春樹は顔にその液体を浴びることになってしまった。 「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 顔面に熱湯を浴びせられたような熱さと痛みを感じ、春樹は絶叫した。 とっさに液体を拭おうと両手を顔に当てるが、当てた両手すら痺れてしまう。 それは毒蛇の持つ毒を更に強力にしたような、猛毒の液体だった。 しかも、その液体は春樹の両目をも直撃していた。 「め、目が、目が見えないっ」 春樹は恐慌状態に陥った。 なんとかその場から逃げようとするが、足がすくんで思うように動いてくれない。 「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ」 そのまま尻餅をついてしまう。 なおも這って逃げようとする春樹は、目が見えないため、九頭竜が接近していたことに全く気付くことが出来ないでいた……。
いつの間にか、武田広奈が二人に増えていたからである。 しかも、一人は無造作に首Dの間合いに踏み込んできた。 九頭竜には高い知能はない。 攻撃範囲にいる敵にひたすら噛みつくだけである。 首Dもそうして大きく口を開けると、武田広奈に向かって飛びかかった。 広奈はよける素振りも見せない。 だが、攻撃が命中した瞬間広奈の姿はかき消え、その後ろに立っていたもう一人の広奈が右手の軍配を振り下ろして叫んでいた。 『風・林・火・山!!』 それは、首Dの大きく開けた口の中を直撃。 自分の姿の幻覚を作り、それをおとりにしての狙い澄ました超必殺技。 暴風に乗って猛スピードで殺到する、無数の木の葉や枝の一つ一つが鋭利なダーツのよう。 そう、この木の葉や枝は自然にある普通のものではなく、変化した“律令”によって生み出された飛び道具なのだ。 それが首Dの柔らかな口の中に次々と突き刺さり、傷口からは血が吹き出す。 鮮血で真っ赤に染まった、残酷な生け花のようである。 と、そこに地面から猛烈な勢いで噴出した灼熱のマグマが続けざまに命中。 そんなものが口の中に飛び込んでは、さしもの九頭竜といえどたまらない。 マグマ地獄に散々もだえ苦しんだあと、ぱったりと動きを止めてしまった。 かくして、華麗な『五行妖術』が見事に決まり、ヲルスバンに少し遅れて広奈も一体の首をあっという間に倒していた。 そして再び口の中で小さく呪を唱えると、まるで分身の術のようにもう一人の広奈が現れる。 その幻覚の広奈は残る首Eの注意を引くべく、移動を開始した。
五行相生によって使えるようになった幾つかの新しい『五行妖術』を実戦で試すチャンスである。 二体の首を前にして、淳二は早速新しい技を放ってみた。 『閃光弾!』 そう叫んで右手を高くあげる。 すると九頭竜の首の目の前で強烈な閃光が爆発した。 「どうだ、これでしばらく目が見えなくなる……、ってあれ??」 しかし、淳二の期待とは裏腹に、二体の首は何事もなかったかのように淳二の方をしっかりと見ている。 淳二が移動すると首もそれを追うように動く。 「おっかしいなぁ」 淳二は首を傾げたが、九頭竜は今にも攻撃を仕掛けてきそうだったので、また新しい『五行妖術』を使用した。 『煉獄爆炎陣!!!』 今度は叫びながら地面を拳で殴りつけた。 すると九頭竜と淳二の間の地面から突如炎が吹き出し、それはまるで炎で出来たカーテンのように横に広がった。 その炎の勢いに、九頭竜は首を引く。 しかも、淳二は気付いていなかったが、蛇は相手の体温を察知し、視覚としているのである。 それゆえ先ほどの閃光は蛇の視覚を奪うことは出来なかった。 だが、今のように蛇相手に炎の幕を展開すると、完全に相手の温度センサーを狂わせ、盲目にしてしまうのである。 これで九頭竜の側からは淳二の姿は隠されてしまい、その動きを伺い知ることが出来なくなってしまった。 さらに淳二にとって幸運なことに、実は九頭竜は湖に生息するため八卦で言えば沢、五行の金に当たる。 つまり五行相克の理で言えば“火克金”。 金は火に弱いのである。 そのため九頭竜は淳二の作り出した炎の幕に近づこうとはしない。 そこへ、炎の幕越しに淳二の伝家の宝刀が炸裂。 「真田家直伝、秘奥義!『表裏比興拳・六文銭気弾!!!』」 一旦真上に打ち出された六文銭気弾は炎の幕の上を越え、急降下して九頭竜の首を直撃。 6つの命中痕をくっきりと鱗に刻みつけた。 しかし、さすがに九頭竜の鱗の堅さは尋常ではなかった。 淳二の戦法は有効ではあったが、やはり仕留めるために多少時間がかかるのであった。
では、金は何に強いのかというと“金克木” つまり、五行の木、この場合は春樹に強いのだ。 それゆえ春樹の攻撃は致命傷とはならず、逆に今九頭竜は春樹に対して圧倒的に有利な状態であった。 そして春樹は絶体絶命。 牙から発射される猛毒の直撃を喰らったため、視力を失い、ほとんど無防備な状態のまま九頭竜の目の前を這いずり回っている。 その春樹の状態に最初に気付いたのは広奈だった。 しかし、自身も残り一体の首との戦いの最中。 それでもなんとか春樹を救おうと陰陽道の術に集中。 「防御結界、急急如…」 だが、間に合わなかった。 九頭竜は高く鎌首を持ち上げると、地面を這っていた春樹に噛みつきそのままくわえ込んだ。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」 口にくわえられたまま春樹は高々と持ち上げられた。 目が見えない春樹は、必殺技を放つことも出来ず、口の中でもがき苦しむだけ。 しかも毒の牙で噛み付かれたため深刻なダメージを負っていた。 「春樹さんっ!」 広奈は悲痛な声で叫び、龍鬚弓を構えた。 首Fとの戦いを中断し、なんとか春樹を助けようと首Dに狙いを定める。 そしてヲルスバンにも指示を出す。 「春樹さんを助けて!」 『了解です長官どの』 すでに首Cの口の中から脱出を果たしていたヲルスバンは景気良く応えると、最大最後の超必殺技の準備に入った。 びしっ、びしっと両手両足を忙しく動かし、技の名前を叫ぶ。 『ヲルスバン…(まだ続く)』
将門は全く自分の間合いで戦うことが出来ず、美亜子は何度か攻撃を当てたものの将門にダメージはほとんどない。 互いの精神力をすり減らすような対峙の末、先に痺れを切らしたのは将門の方だった。 「ぬぅあぁぁぁぁぁぁ!!」 咆吼をあげて美亜子に向かって突進。 しかも、どうぞ突いて下さい、と言わんばかりに胴体の防御はがら空き。 (捨て身?) 美亜子の脳裏に一瞬迷いが生じたが、それでも体は自然に動いていた。 隙だらけの将門の胴に強烈な突きが放たれる。 だが、鎧を貫いた蜻蛉切の穂先は将門の強靱な筋肉の鎧を貫くことが出来ない。 (なんて硬さ!?) 槍を引いて、再び間合いを広げようとした美亜子だったが、それより先に将門の左手ががっちりと蜻蛉切を掴んでいた。 「しまっ…」 美亜子が将門の狙いに気付いたときにはもう遅かった。 将門はわざと胴を隙だらけにして美亜子の突きを誘い、あえて攻撃を受け、その際槍を掴む賭に出たのだった。 だが、その瞬間。 『破ぁぁっ!!!』 美亜子がこれまで封印していた『五行妖術』を使用したのだった。 蜻蛉切の穂先から不可視の衝撃が生じ、それは将門の胴に刺さったままの状態だったため、行き場を失い、大爆発を起こした。 鎧が吹き飛び、将門の腹部にぽっかりと穴が開いていた。 「なんとぉっ!?」 初めて将門が苦悶の声を上げる。 しかし、驚いたのは美亜子も同じ。 将門は胴体に大穴を開けるほどの傷を負って、しかし一滴の血も流していない。 その左手は槍を掴んで離さないまま。 それどころか、右手の太刀を捨てると両手で美亜子の蜻蛉切を引っ張ったのである。 それは穴の開いた自分の胴に蜻蛉切を貫通させるという、想像を絶する行為だった。 急激に、それも猛烈な力で引っ張られ、美亜子はバランスを崩し、前方に倒れそうになる。 その瞬間、将門はその身に槍を貫かせたまま美亜子との間合いを詰めた。 とっさに美亜子は槍を離して逃げようとするが、将門の右手ががっちりと美亜子の左肩を掴むのが先だった。 「くっ」 初めて美亜子の顔に焦りの色が浮かぶ。 身長167pの美亜子と2mを越す巨体の将門。 一旦組み付かれたら勝敗は明らか。 しかも、蜻蛉切は将門に刺さったままなので美亜子は徒手空拳。 「この勝負、もらったぞ!!」 己の勝利を確信して将門が獰猛な笑みを浮かべた。
まだ首Bは元気だったが、1対3の戦いが1対2になった以上、輪の優勢は変わらない。 堅実な戦いぶりを見せる輪は、まだ無傷だ。 何しろ反対側では淳二が戦っているため、九頭竜本体が自由に動けない以上、輪の側にいる首の攻撃範囲は限られている。 言うなれば九頭竜は巨大な足かせによって動きが取れないようなものである。 相手が動けないなら、間合いはこちらが自由に決められる。 輪はぎりぎり相手の攻撃が届かない程度の間合いを保ちつつ、あくまで相手の攻撃に反撃を与える、というスタンスを崩さずに戦っていたのである。 だが、戦っているのは輪一人ではない。 隣にいたヲルスバンはすでに首を倒していたが、その向こう、伊達春樹の現状に気付いた輪は表情を凍らせた。 「しまった、悠長に戦っている暇はなかったか」 慌てて輪は短期決戦用に作戦を切り替える。 そしてバカのひとつ覚えのように攻撃を仕掛けてくる首Aの噛み付きをひらりとかわすと、その口の中に刀を差し込んだ。 『氷刃投射!』 その瞬間、刀から撃ち出された鋭利な冷気の刃が、口中を抜けて脳まで達していた。 首Aは大きく二三度痙攣すると、地響きをすらあげて、ばったりと倒れた。 そのままぴくりとも動かない。 残る敵は一体のみ。 しかし、輪はそれを丁重に無視してまずは春樹を助けるべく、九頭竜の正面に移動を開始した。 その輪の視野に上空から九頭竜めがけて舞い降りる雲が見えた。 「乙姫か!」 輪は駆けだした。
急降下爆撃機のように降りてくると首を持ち上げ、前脚を前に出してその落下スピードを乗せた鉤爪攻撃。 名付けて「急降下式フライングドラゴンクローアタック」 それが、首Dの中程に直撃。 さすがの堅い鱗もこの攻撃の前には陥落し、九頭竜は首から大出血。 乙姫よりも二回りほど大きい九頭竜の首がひしゃげ、地面すれすれまで湾曲する。 しかし、この攻撃の拍子に九頭竜は思わず、口の中の異物をそのまま飲み込んでしまっていた。 ちょうど、口の中にものが詰まっているときに背中を叩いてもらったようなものである。 ゴックン。
「春樹さんっ!」 悲痛な声を上げたのは広奈。 「くそっ、春樹!」 歯がみする輪。 「ハルッ!」 慌てて淳二も正面に向かう。 「え? え? ええっ??」 乙姫はまだ現状を把握していない。 『…オリエンタル・ノーブル…』 ヲルスバンは超必殺技の途中。 そして離れたところでは美亜子も大ピンチだった。
次回を待て。
おまけ四コマ漫画
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