〜大長編オリジナル日本史ファンタジー大河ドラマ小説〜

陰陽五行戦記

第一章 ◇平安編◇

第十三話「鬼女紅葉」



安倍晴明は有無を言わせず部屋にいた5人を連れ出し、屋敷を後にした。

摩訶那と、寝てしまった乙姫は留守番。

粛々と先頭を歩く晴明。

嬉々として従っている美亜子。

飄々と淳二もそれに続く。

悠々と歩いている広奈。

戦々兢々、春樹は不安げな面もち。

蕭々と肩を落とし輪は静かに最後尾を歩いている。

苦々しげな表情がその顔に浮かんでいたが、最後尾なので誰も見ていない。

「で、どこに行くの?」

門を出た段階で真田淳二が素朴な疑問をぶつけた。

といっても、5人はこの屋敷に来る途中、一条戻り橋で見つけた鬼を退治に行くと思っていたので、半ば確認の意味が強い質問であった。

その質問に晴明は煩わしそうにたった一言で答えた。

「すぐにわかる」

「にゅ」

淳二がよくわからない返事をした1秒後。

「着いたぞ」

一条屋敷の門を出てわずか5秒であった。

「着いたぞって……?」

5人の視線の先、それは一条屋敷の向かいの建物であった。

質実剛健な武家風の屋敷。

屋敷の周りは2mほどの高さの塀で覆われ、晴明が立っている正面に堅く閉じられた門があった。

「ここ?」

屋敷の門を指さしたまま淳二が目をぱちぱち。狐につままれたような信じられない面もち。

なにしろ、目的地がお向かいさんだったのだから。

「あたしらをからかってんの?」

美亜子の声にもちょっと苛立ちが混じっていた。

「ここは源経基殿の屋敷だ。経基殿は平将門の挙兵を知らせ、討伐軍を編成させるべく東国より都に戻ってきた。しかし、経基殿の力を警戒した将門は一人の美女を経基に近づけていた。経基殿に対する美人局(つつもたせ)というわけだ。その美女の名は紅葉、正体は鬼女だ」

「キジョ? キジョって?」

語尾上がりの美亜子の発言はイントネーションが違う。

奇天烈女子高等学校、略してキジョ、って感じ。

「鬼の女と書いて鬼女だろう?」

輪の言に晴明は頷いた。

「紅葉は経基殿の行動の自由を奪いつつ、同時に私の監視も行っている。これまで特に弊害はなかったので放置していたが、貴殿ら5人の力を見たいのでな、この際退治してもらいたい」

淡々と言う晴明に目立った感情の色はなかった。

「…ちょっと待ってくれ」

輪が若干狼狽気味に晴明の言を遮った。

「つまり、貴方の屋敷の向かいに貴方を監視する鬼が住んでいた、ということなのか?」

「そう言っている」

晴明は何を今更という感じだ。

(それを弊害がなかったからとこれまで放任していたのか?)

輪はこの安倍晴明という男の考えていることがすっかりわからなくなった。

というか、一体何を考えているのか、と唖然とする思いであった。

「じゃあさ、この屋敷に住んでるなんとかさんは、その鬼の味方になっちゃったのね」

事態を把握した美亜子も嬉々として晴明に問いかけた。

美亜子にとって、敵は多いほうがより燃えるものらしい。

男装のまま、戦意を昂揚させている姿は、美人と言うよりは凛々しく、ほとんど美少年剣士といった面もちであった。

そんな美亜子の方を一瞥し、晴明は首を振った。

「経基殿は紅葉の正体を知らぬ。東国で見初め、愛妾として側に置いている始末だ。つまり、味方ではなく、鬼女に利用されている哀れな男ということになる」

一刀両断であった。

「じゃあ、その経基さんも助けてあげないと」

真っ先にそう提案したのは人の良さでは一番の伊達春樹である。

「うむ、そのため、まずは経基殿の前で鬼女の正体を見せつける必要がある。そうすれば、経基殿も自分が騙されていたことに気付くことだろう」

「う、上手くいくかな」

不安げな春樹。

「上手くいくかどうかは、貴殿らの実力にかかっている。一つ言っておくが、情報を聞き出すまでは殺してはならんぞ」

そう言って晴明は美亜子の方をちらっと一瞥。

殺すなよ、という一言が誰に向けたものか、これではっきりした。

「わかってるわよ」

それを聞いて晴明は静かに頷き、そして源経基の屋敷の門を二度叩いた。

ドンドン。

…2秒後。

その門がゆっくりと開いた。

その時輪達は門の向こうに予想だにしなかった光景を目にすることになった。

門を開けたのはまだ若い、口ひげを生やした鎧姿の男だった。

だが、そこにいたのはこの男だけではなかった。

彼の背後、屋敷の庭には完全武装の武士約20人がひしめいていた。

一見して異様な光景。

6人の足が止まった。

「…なんだこれは?」

輪が呆然と呟く。

「まぁ…」

広奈もそう言うと右手で口元を押さえて首を傾げた。

驚いたときのポーズらしいが、緊張感が全くない。

悠然としているのか、鈍いんだか、よくわからない。

ともかく、輪達がそうして一瞬呆気にとられていた中、門を開けた武士が一歩前に出て安倍晴明に指を突きつけた。

「安倍晴明。そちらから出向いてくるとは好都合。貴様に恨みはないが紅葉様のために死んでもらう」

どうにも平坦な口調、その目を見るととろんとしていて、死んだ魚の目のようである。

その武士の言葉に反応したのかその武士団20人が一斉に輪達の方を向いた。

どうやら、そいつがリーダー格らしい。よく見ると着ている鎧も一際立派なものだった。

「ちょ、ちょっと、これどういうこと?」

慌てて淳二が晴明に問いかける。

「わからないか? 敵だ。それも操られているようだ」

ふらふらとゾンビのようにこちらに向かってくる20人。

「相手は鬼だけじゃなかったんですかぁ」

ほとんど悲鳴のような春樹の声。

不気味な鎧武者軍団を見てかなり腰が引けている。

「いつの間にか、戦力を増強していたのだろう。予想できなかった事態ではない」

「そんな冷静に構えている場合じゃないだろう。操られているということは、こいつらは元々普通の人間なんだな」

油断無く鎧武者軍団と対峙しつつ輪が聞いた。

「そうだ。彼らは経基殿の配下、多田の庄の武士団だ。率いているのは経基殿の嫡男、満仲殿。殺しては後々厄介なことになる。私が彼らにかけられた術を解除するまで、時間を稼いでもらおう」

そう言うと晴明はなにやら口の中で呪を唱え始めた。

「時間を稼げって…、完全武装の武士を相手にはちょっと厳しいんじゃ」

淳二の声にも焦りの色が見えた。

「そうは言ってもやるしかないでしょ」

いつの間にか美亜子の手には蜻蛉切が出現していた。

「とにかく、なるべく傷つけないように…。武田と春樹は下がっていろ」

輪が目配せすると二人は素直に後ろに下がった。

輪、美亜子、淳二が門の前に立っていた安倍晴明をかばうように前に出た。

それが、戦闘開始の合図になった。

「邪魔をするな」

先頭にいたリーダー格の男、源満仲が抜刀して輪に斬りかかってきた。

剣道の試合ではない、人を斬る経験を積んだ戦場の男の必殺の斬撃だった。

力、速さ、技量、どれも一流。

「むっ」

辛うじて輪は腰の刀を抜くと、居合い気味にその攻撃を受け止めた。

が、パキンと乾いた音を立てて輪の刀は根本近くから折れてしまった。

「ふっ、この退魔の太刀“膝丸”の前に敵はおらぬ」

満仲は感情のこもらない声でそう言うと、再び刀を上段に構えた。

「くっ、愛だっ!

たまらず輪が変身した。

「…? どういう小細工だ」

輪は黒い闘気、愛の前立ての鎧兜姿に瞬時に姿を変えていた。

その姿を見ても満仲はそれほど驚いた風には見えなかった。

やはり、操られている状態では感情が欠落しているようだ。

無表情のまま再び満仲は輪との間合いを詰め、斬撃を繰り出した。

「……死ねぃ!」

キィン。

輪は、脳天めがけて振り下ろされた一撃を間一髪、受け止めた。

その手には冷気を放って白く輝く刀が握られている。

備前兼光の銘刀である。今度は折れなかった。

輪は一度体勢を立て直すと、満仲と対峙した。

その一方で、淳二と美亜子も奮闘していた。

「淳二、敵をここから出すんじゃないわよ」

「おうよ、ここが最終防衛ラインだぜ」

二人は門の外に出ようと殺到した20人をなんとか押し返そうと、えらい勢いで頑張っていた。

ギャラクティカファントムキーーック! どっかぁぁぁん!!!

ふざけたネーミングとは裏腹に、淳二の渾身の力を込めた前蹴りが3人まとめて吹き飛ばした。

なかなかの威力を発揮している。

「壱拾七式『竜虎天傷撃っ!』

あえて蜻蛉切を回転させて持ち直し、石突の部分で諸手突きを放つ美亜子。

その強烈な一撃を胸板に食らって先頭の男が景気よく吹き飛ばされ、後ろにいた5人もドミノ倒しで押し戻されてしまった。

ちなみに二人とも、わざわざ相手の鎧の一番頑丈そうな部分を狙って攻撃しているから、ダメージはそれほどでもないだろう。

付け加えると、この二人、変身しないままで戦っている。

「なんだ、強いのは大将だけで、あとは雑魚じゃないの」

美亜子にしてみるとそういうことらしい。

一方そのころ輪はというと…。


キィン、キィン、キィン、キィン、キィン、キィン、キィン。

延々と刀をあわせていた。

相手の攻撃は刀で受け、こちらからは満仲の持っている“膝丸”を狙って攻撃。

輪はそんな不可解とも思える行動を先ほどから続けていた。

相手を傷つけるわけにはいかない以上、なんとか武器を落とさせようとしているのだ。

だが、傍目には苦戦しているようにしか見えないだろう。

「晴明さま、術はまだなんですか?」

春樹が切羽詰まった声で晴明に問いかけた。

「術ならばすでにかけた」

冷静な晴明の声が帰ってきた。

「…防御結界だが」

春樹は理解した。

晴明は、自分の周りにだけ防御結界を張り、安全な場所で輪達3人の戦いぶりを見物していたのだ。

「ど、どうして? 早くみんなを助けて下さい」

切実な春樹の声にも、しかし晴明は首を縦に振らなかった。

「助けたければ、自分の力で助ければいいだろう。私は貴殿らの力を見たいと言ったはずだ」

「でも、僕は…」

春樹が晴明から視線を外す。

それを見た晴明は再び視線を輪達3人に向けると、ぼそっと呟いた。

「命が危険になったらその時は術をかけてやる」

要するに、術の出し惜しみしている晴明がそこにいた。

晴明自身もはじめはすぐに術をかけるつもりだったが、予想外に輪達3人の戦いぶりが面白かったのでしばらく術を保留していたのである。

実際、苦戦している輪とたった二人で20人の武士団を押し返そうと奮闘している美亜子と淳二、見ている分にはなかなか楽しいのかもしれない。

だが、春樹にとってはそれどころではない。

「くっ、僕はどうしたら…」

春樹が歯がみするが、だが、彼自身荒事は苦手、この状態ではどうしようもない。

救いを求めるように、広奈の方を向くと、彼女は春樹を見つめ返し、力強い口調でこう言った。

「春樹さん、わたくしたちも変身すれば戦えます。この場は皆さんにまかせて、わたくしたちは屋敷の奥にいる鬼女を狙い撃ちしましょう。元凶を倒せば彼らは解放されるはずですわ」

「…そうか」

春樹は顔を輝かせて広奈に対して頷いてみせると、口を真一文字に結んで集中した。

『独・眼・竜!』

もう完璧だ。一回で変身できるようになっている。

続けて広奈も華麗に変身を完了した。

「春樹さん、こっちです」

広奈が春樹を誘導した先は、美亜子が戦っている門から右に10m。

「ここからなら庭の奥にいた鬼女を狙い撃てるはずですわ」

どうやら広奈にだけは、鬼女紅葉の姿が見えたらしい。

「うん、わかった」

春樹は“足手まといにはなりたくない。自分にもみんなを助ける力があるんだ”という健気な決意を胸によじよじと塀によじ登り始めた。

「頑張って…春樹さん」

あまりにも健気な春樹の姿に思わず広奈も心から応援の言葉を告げた。

「よいしょ、よいしょ」

その言葉を背に受け必死で鎧を着たまま春樹は塀に登りきった。

そしてその塀にまたがり、体勢が安定すると手の中に火縄銃を出現させた。

彼の視線の先に、目を見開き、一心不乱に20人の武士団を操っている美女がいた。

塀にまたがった春樹に気付いた様子はない。

(あれが…鬼女紅葉。晴明さまは殺すな、と言っていたし、足を狙えば…)

痛みで集中がとぎれ、操りの術も解除され、輪達が戦っている武士団も正気に戻るに違いない。

春樹はそう考えると、静かに照準を合わせた。


春樹の位置から左に8m。輪と満仲の戦いにも終わりの時が訪れていた。

「これでどうだっ」

輪の攻撃を満仲は膝丸で受け止めたが、その瞬間満仲の顔が苦痛にゆがんだ。

そしてその手から、膝丸がこぼれ落ちた。

よく見ると膝丸の刀身は表面に氷が張り付いている。

輪が攻撃の度に刀を通して冷気を膝丸に送り込んでいたのである。

そしてついに刀は氷のように冷え切り、手に凍傷を負った満仲はたまらず刀を取り落としたのだった。

思うように動かなくなった手を押さえて後退する満仲。

それを見た晴明が潮時と思ったか、術を発動させた。

すると地面に落ちていた膝丸が、白い輝きを放ち始めたのである。

「その刀を持て。退魔の力を増幅させたその刀で攻撃すれば、奴らを無力化できる」

晴明の檄が輪に向かって飛んだ。

「わかった」

輪は素早く膝丸を拾うと、流水のような素早い足裁きで満仲に接近し、低い体勢から大きく腕を伸ばし、相手の足元から浮き上がるような、防御が難しい神速の斬撃を見舞う。

満仲は辛うじてかわし、直撃を避けていたが、刀身よりも長く伸びていた白い輝きが満仲に取り憑いていた魔を切り裂いていた。

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

ほとんど断末魔のような叫びをあげ、満仲は激しく後ろ向けに倒れた。

…倒れた先には塀があった。

ごち。

後頭部直撃。

ぐらぐら。

塀が揺れた。

揺れた塀の上では、その瞬間春樹が霊気銃を発砲していた。

当然、揺れた瞬間に撃ったので、照準は微妙にずれていた。

結果…。

命中したのは足ではなかった。

ぱぁん。

嫌な音を立てて鬼女紅葉の頭部が吹き飛んだ。

春樹の撃った霊気の弾丸が見事に頭部を打ち抜き、鬼女紅葉、あっけなく即死であった。

すると、術が解けたのか、武士団の皆さんはぱたぱたと卒倒していった。

折角退魔の太刀を手にし、これから武士団を一掃しようとしていた輪は突然卒倒した彼らを見て呆然。

美亜子、淳二も顔に?マークを張り付け似たような反応である。

ひとり、状況を勘違いした広奈が笑みを浮かべた。

「春樹さん、上手くいったのですね」

返事はなかった。

代わりにすぷらった〜なシーンをもろに見てしまい、気絶した春樹が落ちてきた。



……こうして、安倍晴明の発案による、“鬼女紅葉を退治してついでに魔王の情報を聞き出そう作戦”は、ただ一度の春樹の射撃の前に脆くも失敗。

春樹によって即死させられた鬼女紅葉は死体も残さずに消滅してしまっていた。

さらに術に操られている間、精神に多大な負担を抱えていたであろう、屋敷にいた22人(源経基・満仲親子含む)は当分起き出しそうになかった。

仕方なく輪達は、彼らを屋敷に寝かせ、疲れた足取りで一条屋敷へと戻った。

魔王の情報を聞き出せなかったばかりか、何故急に20人もの武士団がここに集まっていたのか、その謎すら解けないまま。

唯一の収穫は、春樹の攻撃が一撃で鬼を仕留めるほどに強力なものだったことが分かったこと。

だが、春樹と広奈以外の全員が不完全燃焼であった。

そんな状態だったので美亜子が提案した“一条戻り橋にいた鬼を捜して再挑戦”という案に晴明も賛同した。

ただし、気絶したままの春樹を置いていくわけにはいかないと、広奈が残留。

太郎坊からもらった刀を折ってしまい、武器がなくなった輪も同行しないことになった。

そんなわけで、美亜子、淳二、晴明の三人だけの討伐隊が結成された。



◇本多美亜子&真田淳二&安倍晴明◇


「行ってらっしゃいませ〜。帰ってきたらお夕飯にしますからね〜」

にこにことお見送りする摩訶那ちゃん。

安倍晴明は、ふと何かを思いついたように、摩訶那ちゃんに何事か耳打ちした。

「はい、わかりました〜」

オレにはよく聞こえなかったけど、摩訶那ちゃんはにっこり笑って頷き、今度はオレ達の方を向いた。

「お二人ともお気をつけて〜」

ぱたぱたと手を振る彼女にこちらも手を振り返し、オレ達3人は鬼を倒すべく一条戻り橋へと向かった。

とはいえ、意外とそこまでは近い。

“一条屋敷”を出て数分も歩くと堀川に架かる橋、一条戻り橋が見えてきた。

すでに辺りは夕暮れ時を過ぎて暗くなりつつある。

そんな時間だから人通りも少なく、何となく不気味な感じ。

夕日を背にして歩くオレ達の影が前方に長く伸びていた。

その影の先にそいつはいた。

橋のたもと、美しい着物を着た、美しい顔をした女性。

すでにこちらに気付いたのか、オレ達の先頭を黙々と歩いている安倍晴明を険しい顔で睨み付けていた。

その目に宿っていたのは人のものとは思えない“魔”の力。

なるほど、広奈ちゃんほどではないけど、オレにもこいつが危険な鬼だということがわかる気がするよ。

すでに美亜子ちゃんも顔に薄笑いを浮かべて戦闘態勢に入っていた。

眩しいものを見るかのように目をうっすらと細め、その鬼を見据えている。

でもまだ少し距離がある。

せっかくの緊迫した空気に水を差すのもあれだったが、オレはちょっと気になったことを安倍晴明に聞いてみた。

「あのさ、あいつは昼間もそこにいたけど、この橋ってなんか常に見張るほどの重要な場所なの?」

すると晴明はこちらも振り向かずに答えた。

「この橋の下には私の式神の中でも最強の12体を隠してある。魔王の側としてはその12体に動かれると厄介なのだ。故にああやって律儀に見張っている」

「最強の式神が12体? それってどれくらい強いの?」

興味津々の美亜子ちゃん。

「一体でもそこの鬼相手に互角か、それ以上の戦いが出来るだろう」

言ってるそばから、その女性は見る見るうちに巨大化し、身長3mほどの鬼へと姿を変えていた。

女性に化けてはいたが、正体はごつい男の鬼だった。

額には角。虎縞のパンツを穿き、手には金棒。まさに日本昔話にでも出てきそうな、いかにもな鬼さんだった。

…ただし、本物だけにものすごい迫力。

その安倍晴明の式神、この鬼より強いってか?

オレが少々驚いていると美亜子ちゃんがオレの方を見てとんでもないことを言いだした。

「淳二、こいつはあたしが一人で片づけるわ」

「ほえ?」

大丈夫かな?

でも、一旦そう言い出したら絶対に後には引かないのが美亜子ちゃんなんだよな。

「わかった。危なくなったら勝手に助けるからそのつもりでよろしく〜」

「危なくならないから大丈夫よ」

美亜子ちゃんはそうきっぱりと言い切るとお決まりの台詞を叫んで変身した。

『天下無敵っ!』

その美亜子ちゃんに安倍晴明からも檄が飛んだ。

「目的はあくまでも尋問だ。それを忘れるな」

「わかってるわ」

そう言うと美亜子ちゃんはこちらに向かって突進してきたその鬼を一人迎え撃った。

「貴殿は戦わなくていいのか?」

結局変身もせず傍観にまわったオレに晴明が聞いてきた。

「うん。だいたいさ、こう見えてもオレと広奈ちゃんはあの鬼よりも遙かに強敵の巨大ムカデを倒してるんだよね。…そして、そのオレよりも美亜子ちゃんは強い」

「…つまりこの程度の鬼では相手にならないということか」

「そゆこと」

オレがきっぱり断言するのと、美亜子ちゃんが戦闘体勢に入るのはほぼ同時だった。

「さぁ、いらっしゃい」

なんだか嬉しそうに美亜子ちゃんがそう言うと、鬼は勢いよく突進し、美亜子ちゃんめがけて金棒を振り下ろした。

「がぁぁぁぁぁぁっ!!」

「…遅い」

余裕でそれをかわした美亜子ちゃん。

そしてかわすと同時に蜻蛉切の穂先が閃いた。

「うがっ!?」

ごてっ。

金棒が地面に落ちた。

いや、よく見ると金棒には鬼の手首がついている。

それは一瞬の出来事だった。

金棒を握った手首の先を、すっぱりと美亜子ちゃんに斬り落とされていたのだ。

「ごあぁぁぁっ!!」

痛みのためか、絶叫する鬼…。

「うわっ…。瞬殺じゃん」

オレがびっくりしている間にも美亜子ちゃんは攻撃の手を休めていなかった。

「参式『哮天殺!』

立て続けに蜻蛉切が繰り出され、鬼の足を破壊。

「壱拾七式『竜虎天傷撃っ!』

そして石突で鬼の顎をしたたかに突き上げた。

「がっ…」

ずどぉぉぉぉん。

あっさりと鬼は仰向けに倒れた。

もはや戦闘不能だろう。

「1ラウンド8秒、本多美亜子のKO勝ち」

オレがそう言うと美亜子ちゃんは実に嬉しそうに笑ったのだった。



◇直江輪&武田広奈◇


「あの、輪さん。少し気になることがあるのですけれど」

ちょっと改まったように広奈が切り出した。

「なんだ?」

「輪さんは源経基、源満仲という人の名前、聞き覚えがありませんでしたか?」

「言われてみれば…、源ということは、源氏の一族だが、……まさか清和源氏の?」

輪が口にしたのは清和天皇の末裔であり、武士の棟梁といわれる源氏の一族の通称である。

平将門らの平氏が桓武天皇の末裔であるように、清和源氏の一族も清和天皇の子孫が臣籍に下り源の姓を賜ったのを始まりとする。

そして、一般に源平の戦いで有名な源義経、源頼朝らこそ、その清和源氏の直系の子孫である。

「そうです。わたくしの記憶が確かであれば、源経基は清和源氏の祖。源満仲は源頼光、頼信の父です」

「源頼光の父…?」

「ええ、不思議に思うのですが、わたくしが見た感じでは満仲さんはまだ20代。ですから源頼光は恐らくまだ生まれていないはずなのです」

広奈が言ったことは、輪を驚かすには十分だった。

瑠華からの話で聞いた頼光と頼光四天王の酒呑童子退治。あれは現実には無かったということなのだろうか…。

「すると、瑠華の言っていた話が間違っていたのか?」

「それは分かりません。もしかしたら酒呑童子らは魔王が倒された後も生き残り、それを頼光らが退治した、ということかもしれませんし」

「なるほど。その可能性はあるな」

とはいえ魔王との戦いにおいて、こちらの味方になるかと期待していた伝説の源頼光と四天王は、現実にはいないということはこれではっきりした。

少々の落胆を誤魔化す意図で輪は広奈に対して違う話題を振った。

「ところで源氏の始祖を直接見たのは、武田にとってもそれなりに感慨深いものがあったんじゃないか?」

「そうですね。特にわたくしが着ている“楯無”の鎧は元々新羅三郎義光のものですが、義光から見たときに満仲は曾祖父に当たります」

つまり、現在まだ20代のあの源満仲の曾孫こそ、広奈の持つ鎧“楯無”の元々の持ち主であり、甲斐の武田氏の始祖である新羅三郎義光なのである。

付け加えると、新羅三郎義光の兄、八幡太郎義家の曾孫に当たるのが源頼朝、義経兄弟の父義朝である。

そこまで考えた広奈がふっと微笑んだ。

「もし輪さんが先ほどの戦いで満仲さんを殺してしまったら、この国の歴史は大幅に変わったでしょうね」

にこにこ笑いながらかなり恐ろしいことを口にする広奈。

「ああ、全く危ないところだったな。武士の棟梁たる源氏がいない日本史。…想像もできないな」

そういう意味でもこの源満仲という男はこの先の歴史を考えると、この時代の最重要キーパーソンとも言える。

彼がいなくなっただけで日本の歴史が大きく変わってしまう。

まさに、“北京で蝶が羽ばたけばニューヨークの天気が変わる”というバタフライ効果、そのものである。

そうして、輪と広奈が、“もしも満仲がいなかったら”というifについて、歴史談義をしようとしていたときである。

ぱたぱたと足音がして摩訶那が部屋へと入ってきた。

そして広奈の前まで歩み寄ると、一冊の本を差し出した。

「あの〜、晴明さまが、広奈さんにこれを渡すようにと」

印刷技術のない時代、当然手書きで書かれたその本の表紙には

『超入門 すぐに使える陰陽道 理論と実践』

と書いてあった。



◇本多美亜子&真田淳二&安倍晴明◇


美亜子ちゃんの華麗な戦いにより、鬼はあっという間に戦闘不能へと追い込まれた。

「魔王の保有する戦力を教えろ。鞍馬山に天狗が何匹いる? 大江山の酒呑童子の戦力はどれほどだ?」

両手両足に深手を負って立ち上がることもできないでいるその気の毒な鬼さんに安倍晴明は矢継ぎ早に質問を飛ばしている。

でも、鬼は答えない。

憎悪の炎を両目に燃やしつつ晴明をじっと睨み付けるだけ。

だけど晴明は気にした風もなく、別の質問を始めた。

「貴様は誰に命じられてここにいた? 鬼女紅葉が急に戦力を集めたのは何故だ? 魔王は何をする気だ?」

鬼さん、黙秘中。

「もっと痛めつければ答えるようになるかしら?」

美亜子ちゃんが恐ろしいことを平気な顔で言い放った。

その双眸にはサディスティックな色がちょっと見えた。

(「おーっほっほっほ、女王様とお呼びっ!」)

オレの脳裏に鬼相手に鞭を振り回す美亜子ちゃんが浮かんだ。

妙に似合っていた。

(「さぁさぁ、さっさと吐きなさい」)

びしっ。

うわっ、痛そっ。

って、そんなオレのアブナイ想像はあっさり雲散霧消。

晴明は美亜子ちゃんの言葉に無言で首を振った。

その表情には何か考えがあるようにも見えた。

それを感じたのか、美亜子ちゃんも黙って頷いた。

晴明は更に質問を浴びせかける。

「愛宕山に行きたいのか? そこで何がある? 私を足止めしてどうするつもりなのだ?」

晴明の質問にその鬼は露骨に驚いた顔をした。

ていうか、突然質問の趣旨が変わったような…。

「愛宕山?」

美亜子ちゃんが首を傾げる。

どういうこと? とこっちを見てきたけどオレにもさっぱり…。

「…そうか、大体の事情は理解した。苦労して小細工を弄したようだが、残念だったな。私はこれから愛宕山へ行く」

いよいよ鬼は驚愕に顔を引きつらせた。

美亜子ちゃんはますます怪訝そうな顔をしたが、それはオレも同感だ。

そんなオレ達の方を一瞥し、晴明は冷たく一言。

「用は済んだ。《読心術》で大体の情報は聞き出した。もはやこれと関わっている暇はない。とどめを刺せ」

「読心術って、なるほど、心を読んでいたのか」

道理で質問ばっかりぶつけていると思った。

鬼が勝手にその質問の答えを心の中で考えるから、全部ばれちゃうんだ。

「あ、そっか。そういうことなら」

美亜子ちゃんも納得したのか、槍を構えた。

「くっ、…無念。だが、今更愛宕山へ行ってももう遅いわ」

鬼は悔し紛れなのかそう言うとぐはぐは笑い出した。

死ぬ間際のやけくそらしい。

「やかましい」

さく。

「ぐがっ」

…ぱた。

って、あっさり美亜子ちゃんがとどめを刺し、静かになった。

死んだ鬼の身体は塵となってやがて消えていってしまう。

その途端、余裕綽々って感じだった晴明の表情が一転した。

苦々しく顔をゆがめると小さく舌打ちしたのだ。

「ん? どうしたの?」

美亜子ちゃんが聞くと、晴明は苦虫をかみつぶしたような顔のままさくさく歩き出した。

オレ達が付いていくとこちらを振り向かないまま事情を話し出した。

「どうやら鞍馬山の魔王配下の天狗と、大江山の酒呑童子を中心とした鬼の軍団が、今日愛宕山を急襲したらしい」

「太郎坊のところ?」

その情報には美亜子ちゃんもさすがに驚いていた。

「そうだ、いよいよ魔王が本格的に動いた。…鬼女紅葉も今の鬼も、私と貴殿らが愛宕山に向かわないように足止め役をしていたのだ」

なんてこった。

「そういう事情だ、一度屋敷に戻り、すぐに愛宕山へ向かうぞ」

それは、会ってから初めて聞く晴明の焦りの声だった。

さっきまで平然としていたけど、……なるほどこの鬼相手には焦った姿を見せまいとしていたのか。

うむっ、晴明さん意外と意地っ張り。

なんかだんだんわかってきたぞこの人の性格。

冷酷気味で見栄っ張りで自己中心的でちょっと怠惰って感じだな。

ん? なんか瑠華ちゃんみたいだな…。



◇直江輪&乙姫◇


広奈が渡された本を読み始めたので、輪は一人庭に出てみた。

ほとんど手入れ伸されていないようにも見える庭に立ち、太郎坊からもらった刀を抜いてみた。

無論すでにその刀は根本近くから折れている。

折れた部分をしげしげと見つつ、輪は先ほどの戦いのことを回想していた。

(今日一日で真剣を持った相手と2回も戦うことになるとは)

一人目は、乙姫を抱えていた盗賊のリーダー。

そして二人目は子孫が武家の棟梁となる源満仲。その手には銘刀“膝丸”。

盗賊のリーダーはともかく、輪の目から見ても、実戦で経験を積んだであろう、満仲の技は完成の域に達していた。

(だが、俺は当たれば死命を制されるような斬撃を受けても、冷静に対処できていた…)

一度の実戦は一年間の稽古に勝る経験となるという。

真剣同士の戦いという、ぎりぎりの精神状態を経験したことで、輪は確実に強くなっていた。

そして、なにより彼にとっての自信となったのが、満仲の斬撃を簡単に見切ることが出来ていたことである。

(無理もない…、あの美亜子といつも立ち会いをしているんだからな)

考えてみれば当然であった。

輪が日常的に練習相手を勤めているのはあの美亜子である。

当然美亜子の神速の攻撃に目が付いていく輪にとって、美亜子よりも弱い相手ならその攻撃を見切るのは簡単、というわけだ。

(美亜子との4勝39敗の対戦がこれほど貴重な経験だったとはな…)

と、考え事を続けている輪をめざとく見つけ、一人の少女が庭に降りてきた。

先ほど昼寝から起き、読書中の広奈に輪の居場所を聞いた乙姫であった。

そのままとてとてと輪のそばに駆け寄り、にこっと笑って輪の顔を見上げた。

「輪さん、こんなところで、何をしてるんですか?」

乙姫の疑問ももっともであった。

なにしろ先ほどから輪は折れた刀を凝視したまま、微動だにしないで考え事に没頭していたのである。

輪は自分を見上げる乙姫の笑顔につられるように、さらっと答えてしまった。

「先ほどの戦いのことを考えていた」

「戦い? 戦いって?」

寝ていた乙姫は当然その戦いを知らない。

輪は少し困ったように笑うと、先ほどの戦いについて、かいつまんで乙姫に説明した。

乙姫は輪の説明を熱心に頷いたり、驚いたり、質問をしてきたりとくるくる表情を変えながら聞いている。

なかなかの聞き上手ぶりだった。

輪はそれにつられるかのように、ついつい多弁になっていた。

そしていつの間にか、自分が武道を始めた経緯まで話していた。

美亜子とは家が近所で小さい頃からよく遊んでいたこと。

そして美亜子の家が槍術の道場で、美亜子がそこで父“本多常勝”氏から槍術を習い始めた途端自分より強くなってしまい、悔しかったこと。

美亜子よりも強くなりたい一心で、父に頼んで、警察署の道場に通い剣道を習い始めたこと。

警察署最強の前田刑事に気に入られ、散々手ほどきを受けたこと。

そして10年にわたる稽古、美亜子との43試合。

結局未だに美亜子のほうが遙かに強いが、その美亜子と戦っていたお陰で、自分の実力も飛躍的に伸びていたこと。

高校に入って真田淳二という古武術使いと出会い、美亜子と三人で異種格闘技戦を何度もして、いつの間にか、友達になっていたこと。

いつになく多弁だった輪の話を楽しげに聞きつつも、しかし、乙姫の内心は複雑だった。



◇再び一条屋敷◇


美亜子ら3人はすぐに一条屋敷へと到着した。

晴明がすぐに屋敷にいた5人に声をかける。

「事態は思ったよりも深刻だ。急ぎ愛宕山へ行くぞ」

「愛宕山? あの晴明さまお夕飯は?」

驚いた顔でそう聞いたのは摩訶那。

8人分の食事を用意していたところ突然の晴明の言葉。

「食べている暇はない。事情は道中説明する」

「ふにゅう、せっかくお作りしたのに…」

先ほど気絶から回復し、休んでいた春樹が気の毒そうに摩訶那を見た。

だが、摩訶那は悄然とした表情を一瞬で回復させて、にこっと晴明に告げた。

「わかりました〜。冷まさないようにしてますから帰ってきたら食べて下さいね」

晴明は小さく頷いた。

「そうする」

そしてきびすを返すと屋敷の外に出て、なにやら術を唱え始めた。

摩訶那も再び台所へと戻っていった。

後に残されたのは輪達5人と乙姫。

ひとまず、淳二と美亜子はそのまま庭へと移動し、庭にいた輪と乙姫、部屋から縁側へと出てきた春樹と広奈に事情を説明する格好となった。

「どういうことだ?」

二人はまず当然のごとく輪の質問を浴びた。

傍らでは折角の輪との二人きりの語らいを中断されて残念そうな乙姫。

「愛宕山が魔王軍に襲われたみたいよ」

「そうそう、鞍馬山の天狗と大江山の鬼が攻め入ったらしい」

「愛宕山…、つまり太郎坊たちが襲撃を受けたのか」

形のいい輪の眉が寄せられ、眉間にしわ。

「多分ね。太郎坊もそう簡単に負けないとは思うけど…」

「大丈夫なのかな…」

春樹が不安そうに呟いた。

「いつだ? …俺達が出てきた後か?」

「そうなんじゃないの? あと、鬼女紅葉とあたしが倒した鬼がね、安倍晴明を足止めするために行動していたそうよ」

「だから晴明もあわてて愛宕山に向かおうとしてる」

二人の報告に輪はごくごく基本的な兵法を連想した。

「つまり、魔王は自分と敵対する戦力を分断し、各個撃破を謀ったというわけか」

となれば、安倍晴明が愛宕山に急行しようとするわけも理解できた。

太郎坊ら愛宕山の天狗達が完全に敗北する前に自分たちが援軍として駆けつけ、敵を撃退するつもりなのだろう。

だが、愛宕山に向かったとしても、すでに太郎坊らが敗北していた場合、こちらも魔王軍の天狗と鬼相手に単独で戦うことになる。

それはつまり、こちらも各個撃破のいい餌食になってしまうということだ。

そこまで一瞬で考えた輪が、懸念を示した。

「今から駆けつけてもかえって危険かもしれないぞ」

「どうして? 太郎坊を助けないの?」

輪の慎重論に美亜子がほとんど条件反射的に反発する。

「今から向かうのではリスクが大きい」

そう言って輪は事情を簡単に説明した。

「だけど、まだその太郎坊って天狗が負けたと決まったわけじゃないんだろ? だったらオレは助けに行った方がいいと思うけど」

「そうよ。それに鬼と天狗が束になったところで、あたしらが蹴散らせばいいだけでしょ」

強行派、淳二と美亜子。

「でももう暗くなっちゃったし、愛宕山まで急いでも2時間以上かかるよ。間に合うかな…」

「それに、例え駆けつけたところで、夜の森で空中から天狗の大群に襲われたら苦戦は免れないぞ」

慎重派、春樹と輪。

「ですが、すでに晴明さまは愛宕山へと向かうおつもりなのでしょう? でしたら、わたくしたちとしても、助力して差し上げなくては」

状況容認派、広奈。

(真剣に議論している輪さんって素敵…)

そんなのはどうでもいい派、乙姫。

だが、彼らの議論も外的要因によってあっさりとうち切られることになる。

「用意が出来た。疾く来い」

屋敷の門の辺りから、晴明が5人を呼んだのである。

「ふぅ、議論は無用か…。だが、行くからには魔王の率いる全戦力と戦うくらいの覚悟が必要だぞ」

そう言う輪の顔には躊躇の色はなかった。

すでに開き直り気味に覚悟を決めていたのである。

「それくらい、朝飯前だわ」

輪の忠告も美亜子の闘志に火を付けただけだった。

常に最強たる誇りを胸にしているからこそ、美亜子は輝いているのだ。

「おまえらしいな」

輪が肩をすくめて苦笑すると美亜子は自信たっぷりに頷いた。

「当然よ」

そして美亜子は輪を驚かせる一言を付け加えた。

「あたしとあんたが本気を出したら、どんな敵相手にも負けるはず無いでしょ」

「…そうか」

「そうなのよ」

そう言うと美亜子は少し照れたような顔で晴明の方へ小走りで近づいた。

輪も苦笑してそれに続く。

その様子を複雑な顔で見ている乙姫。

そんなことには気づきもせず、淳二もばしっと手のひらを拳で叩いた。

「うしっ、それじゃ行きますか」

そう言って振り返ると、やっぱり戦々兢々、暗い顔の春樹。

「大丈夫だって、さっき戦ったけど、鬼といってもそんなに強くなかったよ。オレと美亜子ちゃんならダース単位で倒せる」

自信たっぷりにそう断言することで、淳二なりに春樹を安心させようとしているのだ。

それが伝わったか、広奈も頷いた。

「春樹さんだって鬼女紅葉を倒すだけの力があったのですし、きっと無事に帰って来れますわ」

結局不安がったところで、ここに残ることが出来るわけもない。

強い意志の力で行動する4人を眩しく思いながら、付き従うしかない。

そんな諦めにも似たことを考えつつ、春樹は無言で頷くと晴明の方へ向かった。

まだ、春樹の顔に輝きはなかった。

その後ろ、こちらも何事かを決心した乙姫が続いた。

(ひょっとして輪さんと美亜子さんって……。これは確かめないと)


6人が出た門の外、安倍晴明のすぐそばには怪しげな牛車が止まっていた。

車輪は長身の輪よりも高く、直径は2mほど。

車体(屋形)はちょっとした小屋ほどの大きさで、牛車全体としては高さ3m、長さ4m、幅2m。

恐らく6人乗りほどの巨大牛車だった。

「なに? これに乗って行くの?」

先頭切って門の外に出た美亜子が呆れたような顔で牛車を指さした。

その牛車はいかにも重そうで、牛に引かれた場合最高時速は歩くのとそれほど変わらないだろう。

そしてなにより、その牛車には牛が繋いでいない。

「……歩いたほうが速そうだが」

輪も美亜子の横に並ぶと、そう言って晴明を見やった。

「気付いていないのか? これはただの牛車ではない」

怪訝そうに顔を見合わせた輪と美亜子は後ろから聞こえた広奈の一言にそろって振り返った。

「まぁ、この牛車には顔が付いているのですか」

「「顔?」」

声をそろえて再び牛車を見やった輪と美亜子は、今度は牛車の背後に夜叉のような顔が浮かび上がっているのを確かに見た。

「こっ、これは…」

絶句する輪と思わず笑い出した美亜子。

「あははは、ほんとだ。これいったい何なの?」

その後ろでは同じように顔を確認した春樹が例によって例のごとく、卒倒しかけた。

「はぅ」

「だぁぁぁ、まだ倒れるなっ」

慌てて淳二が支えて活を入れる。

そんなドタバタを呆れたように一瞥し、晴明が煩わしそうに説明をくわえた。

「これは“朧車(おぼろぐるま)”という妖怪だ。今は私が式神として使役している。これに乗ればすぐに愛宕山に移動できる」

「朧車?」

疑問形で聞き返した輪の耳に、ちょっとトーンの高い、若い男の声が聞こえてきた。

『おうよ、俺様の名は朧車の“荒路”。人呼んで跳ね馬荒路。さぁ、早く乗りな。すぐに愛宕山に連れてってやるぜ』

しゃべっていたのは牛車の背後に浮かんだ顔。

そして早く乗れよという声に合わせて簾(すだれ)が勝手に上がっていった。


平安京の夜の大路を猛スピードで走る朧車とその中から聞こえてきた若い男女の悲鳴。

後々まで都の噂になった怪奇現象が起こるのはこれからすぐだった。


次回愛宕山の決戦(!?)



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