〜大長編オリジナル日本史ファンタジー大河ドラマ小説〜

陰陽五行戦記

第一章 ◇平安編◇

第十二話「謎解きの昼下がり」



(ん? ちょっと待て。五行の話はともかく、俺はまだ重大なことを聞いていないんじゃないか?)

輪がそのことに気づいたときにはすでに辺りはそんな雰囲気ではなかった。

すでに5人とも元の姿(平安時代服)に戻っているがどうも随分とリラックスムードが漂っているのである。

先ほどから“五行戦隊センゴクマン”の第一話を勝手に作って盛り上がっている淳二と美亜子。

それをにこにこ聞いている広奈。

こっちを凝視したまま固まっている乙姫。

そしてそれを心配している春樹。

安倍晴明は先ほどから黙りきって何かを考えている様子だし、一条摩訶那は食事の用意をすると言って部屋を出ていってしまっている。

(所在ないものだな…)

一瞬寂しさを覚えた輪だったが、そもそも思考が大幅に脱線していることに気づいた。

(そうじゃなくて…。まずはこの状況を打開して、安倍晴明に質問をしなくては)

そうなのだ。聞きたかったことはたくさんあったはずなのに、どうやって現代へ戻るのか、という春樹の質問が全てに優先されてしまってこの始末だ。

輪は内心舌打ちしつつ、もう一度ゆっくりと聞きたいことを捻り出してみた。

例えば…

そもそも魔王とはいったい何なのか、いつ頃から暗躍しているのか、倒す方法はあるのか、どうして数百年周期で復活しているのか。

平将門の乱の詳しい事情も知りたいし、太郎坊および、愛宕山の天狗についての客観的な情報も欲しい。

そもそも、太郎坊は魔王のことを鞍馬山の天狗、と言っていたがそれは本当なのだろうか。

それに魔王は鞍馬山の天狗を従えているとも言っていたが、その天狗はどの程度の戦力なのか。

さっき安倍晴明が俺達のことを“人間と付喪神の融合体”と話していたが、どういうことなのか。

それにこの安倍晴明の母が葛の葉姫なのだ。彼女は今一体何をしているのか、そもそも、どうやって現代まで生き延びていたんだろうか。

この屋敷を見張っていた鬼、土蜘蛛や鵺、大ムカデとの関係もまだはっきりしていないし、葛の葉姫は『平安京を魔王の手から救ったのは安倍晴明』と話していたが、実際のところそれだけの力を持っているのだろうか。

更に気になるのは、平将門の乱と呼応するように藤原純友が海賊となって瀬戸内海で乱を起こしているはずだ。そちらには魔王の関与があるのか。

…まだある。それもとびっきり深刻なのが。

状況が状況だっただけに考えまいとしていたが、実際のところ“タイムパラドックス”…つまり、俺達が過去に飛ばされたことで歴史が変わってしまう可能性についても考えておかないと危険だ。

バタフライ効果(北京で蝶々が羽ばたくとニューヨークの天気が変わる)という、厄介な理論に従うと、そもそも俺達がこの世界に来てしまったことでどういう変化が現れるかも想像がつかない。

一歩行動を間違うと歴史が変わってしまい、俺達が戻るべき未来が存在しなくなる可能性もある…。

そうなるともう二度と両親や友人達にも会えなくなる。もちろん綾瀬とも…。

綾瀬…。

最後に会ったのはたった二日前の朝。それなのに今では1000年も時を隔ててしまっている。

今頃心配しているだろうか。

きっと泣いている。

だけど今のままでは俺にはどうすることもできない…。

ごめん。

俺は無力だ。

これから何をすればいいのかも分からない。

綾瀬…、俺はどうすればいい?

どうすればもう一度俺達は会えるんだ?

………。


どよ〜〜〜ん。

いつの間にか輪の思考は再び脱線し、すでに修復できないところまで突っ走ってしまっていた。

そしてどんどん話が暗い方へ進んでいき、輪の周りだけがどんよりどよどよと重苦しい空気に包まれていた。

もちろんそれに最初に気づいたのは乙姫である。

彼女が見ているうちにどんどん輪の表情が悲痛になり、彼を取り巻く黒いオーラは力をなくし、端から見ていてもすっかり意気消沈しているのだ。

当然乙姫は心配になった。

さっき晴明が言っていた“魔王の呪い(!)”のせいで具合が悪くなったのだろうか。

乙姫は真っ先にその最悪の可能性を思い浮かべた。

それくらいに輪の表情は暗くなり冴えないのだ。

ちなみに先ほどから固まっていた乙姫を心配して春樹が声をかけていたのだが、それには全く気づいていない。

「乙姫さん? あの…、大丈夫? どうかしたの? ………あ、あの、乙姫さん?」

何度かひらひらと目の前で手を振ってみるが、反応はない。

今度は春樹までが不安になったところだったが、ここにいたって初めて乙姫は乙女チックポーズを解いて輪のそばへと駆け寄った。

「あ…」

完璧に無視されたような、そんな気まずさに春樹は立ちすくみ、肩を落とした。


どよ〜〜〜ん。

重苦しい空気に包まれた人間、これで二人目。

そんなことはつゆ知らず、乙姫は肩を落としている輪の目の前に立つと俯いていた輪の顔を下から覗き込んだ。

「り、輪さんっ、どうしたの? 具合が悪いの? 大丈夫?」

大声だったので輪ばかりでなく、部屋にいた全員がそちらに注目した。

当然輪は狼狽した。

「あ、いや、なんでもない、大丈夫だ」

気まずそうに咳払いをすると、自分を凝視している部屋の人間をちらっと一瞥し、視線を安倍晴明に向けるとさっきまで考えていた質問を切り出した。

「まだ、聞きたいことがあるんだ。魔王…とは、いったい何なのか、教えて欲しい」

質問を受けた安倍晴明が怪訝そうな顔を見せたので輪は言葉を継ぎ足した。

「つまり、魔王というのは本質的にどういう存在なのか知りたいんだ。そもそもどうして魔王が生まれたのか、あるいは魔王はどこから来たのか。太郎坊は『魔王は鞍馬山に住む大天狗だ』と言っていた。だが、俺達が見た魔王は子供の姿だった。まだ、魔王という存在を自分の中で捉え切れていないんだ…」

安倍晴明はそれを聞くと静かに目を閉じて頷いた。

「なるほど…。それを考えていたのか?」

そう聞いて輪の心中を見通すかのようにその目を見据えてきた。

さっきから輪が暗い表情だったことを言っているらしい。

「そう、…そんなところだ」

輪はそう言って乙姫の顔を見た。

(心配をかけてすまなかったがそういう理由だったから安心していい)

という意味を込めて軽く頷いてみせる。

にこっ。

了承の意を伝える乙姫の笑顔が返ってきた。

以心伝心である。

それだけでさっきまでの重苦しい自分の心配事が吹っ切れたような、そんな気がして輪も微笑んだ。

そして輪はもう一度安倍晴明の方を見た。

「魔王の本質は、怨念だ」

唐突に返答が返ってきた。

「怨念?」

ぱちぱちと瞬きをしてからようやく輪は頷いた。

(怨念、つまり、恨みの念か)

「怨念がおんねん?」

スパコーーン!

淳二がボケをかました0.1秒後には美亜子のスリッパが炸裂した。

「あんまりアホなこと言うと殴るわよ」

「もう殴ってる…」

「条件反射よ」

そんな二人の様子を横目で見つつ…。

「詳しく説明していただけますか?」

何事もなかったかのように広奈がやんわりと晴明に頼んだ。

そして再び安倍晴明の講座が開催された。



◇公開講座“魔王とその怨念について”◇


「怨念、あるいは怨霊と言い換えてもいい。魔王は元々は怨霊の類だった。それが“魔王”としての自我に目覚めたのは菅原道真が怨霊となったことがきっかけだ」

そうきり出して、晴明は順を追って説明していった。

794年に平安京への遷都を実行したのは桓武天皇だが、それ以前、784年にも桓武天皇は平城京を捨てて長岡京へと遷都している。

これは井上内親王と他戸(おさべ)親王の怨霊が立ちこめる平城京から逃げるためだった。

桓武天皇の父である光仁天皇ははじめ皇太子に桓武天皇の弟である他戸親王を立てていた。

母親の身分が違ったためである。

桓武(山部(やまべ)親王)の母が山城の豪族和史乙継(やまとのふひとおとつぐ)の娘、高野新笠(たかののにいがさ)であったのに対し、他戸親王の母は聖武天皇の皇女、井上内親王。

母親の身分の差だけで、年下の弟に皇太子の座を奪われた山部親王は、朝廷の重臣であった藤原百川(ももかわ)の提案した陰謀に加担した。

藤原百川の謀略により井上内親王と他戸親王は“天皇を呪詛した”という濡れ衣をきせられて大和国宇智に幽閉され、三年後にその地で殺されることになる。

こうして山部親王は皇太子となった。 だが、これ以後飢饉、疫病や地震などの天災が相次ぐ。

そして光仁天皇や山部親王自身も重病に倒れるなど怪異は止まず、ついには藤原百川が頓死。

これを井上内親王と他戸親王の怨霊と恐怖した山部親王は天応元年(781年)に皇位を継承し、桓武天皇として即位するとその3年後には平城京を捨て長岡京へと遷都を強行したのである。

新たに建設した長岡京だったが、遷都の翌年785年の9月23日、都の造営長官であった藤原種継(たねつぐ)が何者かの手によって暗殺された。

種継は藤原百川の甥で桓武天皇の寵臣だった。

すぐに犯人探索の命が下され、当時藤原氏と対立していた大伴一族の大伴継人をはじめとする数十人が逮捕された。

拷問された継人が暗殺計画の首謀者は桓武天皇の弟で皇太子であった早良親王と白状したため、早良親王は身柄を拘束され乙訓寺に幽閉される。

この間わずか四日。

あまりにも早すぎる処分。そして早良親王は皇太子の地位を剥奪され、事件に関しては一言の弁明も許されなかった。

というのも、父光仁天皇の遺言で桓武天皇の皇太子には同母弟の早良親王がたてられていたが、桓武天皇はそれを廃し、自分の息子である安殿(あて)親王に皇位を継がせたいと考えていたのである。

早良親王が事実暗殺計画の首謀者であったかはともかく、幽閉後、親王は一方的な嫌疑に抗議するため水も食事も絶って無罪を訴え続けた。

だが、桓武天皇はそれを無視。十日あまりの絶食の後、早良親王は餓死により壮絶な最期を遂げた。

そして再び怨霊が跳梁することになる。

まず桓武天皇の夫人藤原旅子(ふじわらのたびこ・藤原百川の娘)が死に、続いて妃の一人多治比真宗(たじひのまむね)が病死。翌年には天皇の生母である高野新笠も世を去った。

更に翌年、皇后であり皇太子安殿親王の母、藤原乙牟漏(ふじわらのおとむろ・藤原百川の姪)までもが死に、妃の坂上又子(さかのうえのまたこ)が死んだ。

桓武天皇はわずか3年の間に母と4人の妻を次々に失ったのである。

そして追い打ちをかけるようにして皇太子安殿親王までもが病の床に伏した。

ここに来てさすがの桓武天皇も怨霊のすさまじさに戦慄し、造営したばかりの長岡京を捨てる決心をした。

怨霊の呪力の及ばぬところ、怨霊の呪力を完璧に防御できる土地…。

そして見つけだしたのがすなわち平安京である。

四神相応の地である平安京に何重もの怨霊防御を施し、鬼門には比叡山に延暦寺、鞍馬山に鞍馬寺をおき、怨霊から身を守ったのである。

さらに、井上内親王、他戸親王の霊を大和国宇智から勧請し、早良親王の霊とあわせて上御霊神社に祀った。

こうして平安京は怨霊に対して完璧な防御力を誇る都となった。

その後も伊予親王、藤原吉子、藤原仲成、橘逸勢(はやなり)、文室(ふんや)宮田麻呂ら、無実の罪で恨みを抱いて死んでいき、怨霊となったものがいたが、すべて平安京の防御システムの前に都への侵入を拒まれていた。

当然都へと侵入できない怨霊は鬼門の方向に集まり、停滞する。

比叡山は延暦寺の霊力で守られているため、鬼門の方角、防御の弱い鞍馬山には都への侵入を果たせなかった怨霊が集まり、溜まっていった。

恨みの念を晴らすことも出来ず、鞍馬山に集まった怨霊はいつしか融合し、大きな怨念の固まりとなっていく。

そして時は流れて903年、菅原道真が左遷先の太宰府で失意のうちに病死。

これこそ、平安京最強の怨霊の誕生であった。

学者の名門に生まれた道真は本人の能力と、宇多天皇の知遇により順調に出世を繰り返した。

宇多天皇は藤原氏への対抗として道真を重用していたのである。

醍醐天皇へ譲位した宇多上皇は道真を右大臣とし藤原時平の専横を押さえようとするが、時平の政治手腕の前に道真は失脚。

901年、菅原道真は太宰府へと流され2年後に無念のうちに息を引き取ったのである。

そして怨霊となった道真は凄まじいまでの怨念の力により平安京の防御を易々と突破し、都を恐怖に陥れる。

908年、まず時平の陰謀に力を貸した藤原菅根(すがね)が急死。翌年には時平が39歳の若さで病死。

923年には皇太子・保明親王も21歳の若さで夭逝。その母で時平の妹の隠子も病死した。

この祟りに慄いた朝廷は道真を右大臣にもどし、正二位を追贈した。

しかし怨霊の怒りは収まらない。

925年、新たに皇太子に立てられた慶頼(よしより)王が5歳で病死。この慶頼王の母親は時平の娘仁善子(よしこ)であり、つまり慶頼王は時平の孫にあたる。

さらに京を洪水が襲い、台風や豪雨、凶作による餓死者も続出。

極めつけは930年の清涼殿への落雷だった。

醍醐天皇は恐怖のあまり体調を崩し、皇太子寛明(ひろあきら)親王に天皇の座を譲った。

しかし譲位の7日後46歳で死んでしまう。

結局道真は人臣として最高の位である太政大臣を贈られ、北野天満宮天神として祀られることになる。

だが、それで終わったわけではなかった。

937年には富士山が噴火し、翌年4月には京中で大地震が起こった。

そしてついに最悪の事態が起きた。

鞍馬山にて道真を含む全ての怨霊がついに融合し一つの意志を持ちだしたのである。

つまり“魔王”としての自我に目覚めたのだ。

この誕生の経緯を見ると分かるとおり、魔王の本質は怨霊であり、その力は怨念そのものである。

そして魔王の自我はこれまでの怨霊とは異なった方法で都を恐怖させた。

つまり、怨念を他人に与えて力を振るわせる方法である。

魔王に怨念を与えられた蜘蛛やムカデは巨大化し、人間すらも魔王の力によって鬼へと肉体を変化させられた。

都を騒がす妖怪、百鬼夜行、怪異の数々の原因はこの魔王によって引き起こされたものなのである。

では何故魔王が直接自分の手を下さないか、と言うと、魔王の本質は怨霊、つまり、霊的な存在なのである。

霊が現世に物理的な力を及ぼすことは出来ない。

いくら魔王が膨大な霊力を有していたとしても、肉体を持たない霊体の身では石ころ一つ動かすことは出来ないのである。

もしそれをしようとすると魔王は自分の存在を物質化し、肉体を持たなくてはならず、それにはかなりの“力”を消費する。

そのため元々肉体を持つ存在に自分の霊力を分ける、という方法で現世に干渉しているのである。



「つまり、元々魔王は自分の姿を持っていないのだ。それゆえ自らの存在を物質化し、肉体を持とうとしたときには、恐らくどんな姿にもなれるのだろう。貴殿らが出会った魔王が少年の姿をしていたのは、それが“力”を余分に使わずにすむからだろう」

安倍晴明はこう言って輪の投げかけた疑問に答えた。

「つまり自分の力を割いて肉体を持つのだから、余分な力の浪費を防ぐためにも肉体は小さいほど良い、ということか…」

「物わかりは良いようだな」

輪の一言に晴明はもっともらしく頷いた。

「じゃあ、魔王は天狗だって話は嘘なの?」

太郎坊から話を聞いていた美亜子には当然の疑問だ。

「魔王が鞍馬山の天狗を配下にしようとした場合、自らの姿を天狗に見せるのが有効だ。私の勝手な予測だが、そんな理由で天狗の姿をとっているのではないか?」

「はぁ…、なるほどね」

一刀両断である。

「では、その鞍馬山の天狗というのはどれほどの力を持っていて、どれだけの数が魔王に従っているんだ?」

これは輪の疑問。

「知らぬ。天狗の力についてはむしろ貴殿の方が詳しいのではないか? その疑問は私が聞きたいくらいだ」

素っ気なく答える晴明。

別に全知全能ではないらしい。

「そうか…」

輪の脳裏に太郎坊の不思議な術が浮かんだ。あれだけの力を持った天狗がダース単位でうじゃうじゃいたら…。

「かなり嫌だな…」

「なにが?」

美亜子に突っ込まれて輪は慌てた。

「いや、なんでもない。…それより、実際に魔王が意のままに出来る戦力はどれくらいあるんだ? すでに倒したムカデや土蜘蛛以外にも魔王の配下はいるのか?」

ここぞとばかりに輪が疑問を挟んだ。

『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』

戦いにおける情報の大切さは孫子を引き合いに出すまでもない。

「今のところ私が確認しているのは、鞍馬山に魔王と天狗多数、大江山に酒呑童子という名の鬼を首領とする鬼が多数、北山に土蜘蛛、他にも都へと入り込んでいる鬼がいるが、数は少ないだろう」

“酒呑童子”という名に輪達は聞き覚えがあった。

もちろん鬼退治の童話の話ではなく明智瑠華が魔王の配下に酒呑童子がいたと話していたからだ。

そして酒呑童子を倒したのは源頼光と頼光四天王であるとも…。

「酒呑童子がいるなら源頼光もいるのかな」

淳二が問いかける。

「ねぇ、晴明さん、源頼光って人知ってる? あと頼光四天王も」

だが、晴明は淳二の質問には無言で首を振る。

「そんな名の人間は知らぬ。四天王など聞いたこともないが」

「ありゃ?」

せっかく強い味方が出来るかと期待した淳二だったが、拍子抜けである。

「まだ無名だったのでしょうか?」

広奈の疑問にも誰も答えることは出来なかった。

この謎が解けるにはまだしばらくの時間が必要だった。

5人が沈黙したのを見て晴明は再び話を続けた。

「私の見たところそれらが問題にならないほど強力なのが、平将門だ」

「強力って、大ムカデよりも?」

素朴な疑問を投げかけた淳二。

いくら何でもあの巨大ムカデに比べればちょっとやそっとの奴はたいしたことがないだろう、との甘い観測であったが…。

「将門は魔王の力を完璧に受け入れるだけの器だ。その力は大ムカデなど問題にならぬほど強い」

「がびーん」

信じられない、とばかりに目を見開く淳二。

「できれば、平将門について、詳しく教えて欲しいのですが」

「ああ、なぜ将門はそれほどの力を得ることが出来たんだ?」

広奈と輪が続けざまに質問をぶつけた。

それを受けて晴明は再びゆっくりと話し始めた。



◇公開講座“平将門と魔王の関係について”◇


将門が生まれたのは903年。それはちょうど菅原道真が死んだ年である。

将門の祖父高望王は上総介として東国へ下る際に時の天皇から平の姓を賜り平高望(たいらのたかもち)となった。

高望王という名が示すように将門の祖父はれっきとした皇族、それも桓武天皇の曾孫だったのである。

だが、時代は藤原北家が隆盛を迎え、皇族であることはむしろ出世の妨げとなっていた。

将門は若い頃東国から都へ上り、藤原忠平に使えて官職を望んだが得られず、結局失意のうちに父の死によって下総へと戻ることになる。

当然藤原忠平を憎悪したことは想像に難くない。

この藤原忠平こそ菅原道真の怨霊によって死んだ藤原時平の弟であり、醍醐天皇の譲位を受け即位した朱雀天皇の摂政なのである。

つまり、平将門は桓武天皇の子孫であり、なおかつ藤原忠平に恨みを抱いているという、生きながらにして怨霊の素質を持っている人間なのである。

その点が魔王の目に留まった。

魔王の力の根幹をなす菅原道真の恨みの力は将門のそれとよく似ていた。

そのため将門は魔王によって膨大な力を与えられ、東国において反乱を起こすことになる。

939年、常陸、上野、下野などの国府を占領。

そしてその時一人の巫女が将門の前に現れてこう告げたという。

「我は八幡大菩薩の使い。汝、将門を帝位につける。その位記は菅原道真の霊が取り次ぐ」

将門は礼拝してこれを受け、以後新皇を名乗り、独自に国司を任命して関八州に君臨した。

つまり、将門には菅原道真の怨霊が助力している、と朝廷に対して高らかに示したのである。

以後将門の軍勢は連戦連勝。

朝廷はいつ将門の軍勢が都へと攻め上ってくるかと恐怖し、ついに諸国に将門追討を呼びかけ、功績のあったものに恩賞を約束。また、参議藤原忠文を大将軍とする征東軍を組織し京から進発させている。

さらに、将門の従兄弟にあたる平貞盛や下野の押領使、藤原秀郷らも軍勢を率いて将門追討に乗り出している。



「……というのが、現在までの状況だ」

晴明教授はそこで一旦教鞭をおいた。

「疲れた。私は少し休んでくる」

そう言ってさっさと座を外してしまった。

チャイムが鳴ったのですぐに教室を去る教師のようである。

残された5人は晴明を見送った後、思わず顔を見合わせた。

「一度情報を整理してみないか?」

輪がそう言うと淳二と美亜子も賛同の意を示した。

「賛成」

「ていうか、ごちゃごちゃしててよくわかんない部分もあったし、良いんじゃない」

「そうだな、とりあえずは魔王についてわかったことを」

まず口火を切ったのは美亜子である。

「……ん〜と、細かい部分はわかんないけど、要するに魔王ってのは怨霊の固まりで、将門は怨霊の力で戦ってる訳ね」

美亜子はたった一言で晴明の説明をまとめてしまった。

「んで、オレらが戦ったムカデなんかの化け物も全部魔王によって生み出された。だから、魔王が諸悪の根元、と」

淳二も普段の授業もこれくらい熱心ならよかったのに、と思わせるくらいしっかり理解している。

「…それで考えたんだけど、魔王って倒しても何百年か経って復活するのは、また時間がたてば新しい怨霊が生まれて、それが新しい魔王になっているからじゃないかな」

控えめに意見を言ったのは春樹。

「あ、そっか、ハルってば賢いじゃない」

ぺしぺし。春樹の肩を軽く叩いて美亜子が賛同の意を示す。

(この辺の情報は以前明智も言っていたが…)

と輪は思ったが口には出さなかった。瑠華の言葉を聞いていなかったのなら、各人が自分で考えて理解するほうがずっといい。

「魔王という存在が本質的に怨霊だというのでしたら、その行動はすべて恨みの念から発したもの。魔王が世を乱すのも何らかの復讐の念に取り憑かれているからなのでしょうね」

広奈が綺麗にまとめた。

それが輪の思考のヒントとなった。

「魔王の力の根元である恨みと、将門の恨みの方向が一致したから両者が協力できた、というわけだな」

「ええ、そうですわね。両者の利害が一致した。だからこそ将門は魔人になれた。それが葛の葉姫が言っていた“魔人将門”の誕生の理由でしょう」

広奈がすかさず輪の思考の方向へさりげなく助言した。

「となると、将門以外にも“魔人”となった、源義経、楠木正成、織田信長、そして土方歳三。彼らにも魔王の恨みの念に共感する部分があったからこそ、魔王の力を得ることが出来た…」

「なんか共通点でもあるの? あたしは日本史苦手だからよくわかんない」

「オレも」

美亜子と淳二は聞く方にまわった。考えるのは輪の役目、とばかりに期待した目で輪を見ている。

「義経が歴史に名を残したのは、わずか数年で平家を滅ぼしたからだ。というより、彼の生涯は平家を滅ぼすという目的のためだけにあり、残りは残滓に過ぎないくらいだ。それが魔王の力を借りてのことなら魔王にも平家を恨む理由があるのかもしれない。同じように楠木正成は鎌倉幕府相手に凄まじいゲリラ戦を展開し、結局幕府を滅ぼすきっかけを作った。信長は室町幕府を滅ぼしたし、比叡山を焼き討ちしたり、それに一向宗相手に何度も皆殺し、ジェノサイドを行った」

「つまり、これは仮定ですが、源義経には平家を恨む怨霊、楠木正成には鎌倉幕府を恨む怨霊、織田信長には室町幕府、あるいは比叡山や一向宗を恨む怨霊が魔王として助力していた…、ということになりますわね」

またまた広奈が綺麗にまとめた。

輪の知識の羅列にも似た発言も広奈にはしっかり伝わっているようだ。

「ただ、土方歳三は徳川幕府を守るために戦っていたようにしか思えないし、となると逆に薩摩、長州あたりの倒幕の急先鋒となった藩を恨んでいたのだろうか…」

「それは…わかりません。もう少しその時代に詳しければよかったのですが」

広奈が俯く。

輪もしばらく考えていたが、何事かを思いついて顔を上げた。

「…待てよ。戊辰戦争において土方が戦ったのは薩長。だが、それは倒幕の密勅を受けて『官軍』になっていた。つまり戊辰戦争は朝廷軍対旧幕府軍の戦いとも言える。ということはもし魔王が朝廷への恨みを抱いていたならば土方に助力する理由にもなるか…」

「…そうかもしれません。現に今の魔王は朝廷を倒すべく将門に力添えして反乱を起こしているのですから」

それを聞いて輪も何度も頷いた。

「ああ。考えてみると土方歳三らが蝦夷に独立国を建設しようとしたのは平将門の乱とよく似ている。確かに共通点はあるな」

「どちらも朝廷とは別の国家を築こうとした、と言うわけですね」

「こうなってくるとほとんど新しい史観を考える作業にも似てくるな。今すぐ図書館に行って調べてみたいくらいだ」

もしここに豊富な蔵書を持つ図書館があったら輪は一週間くらいこもりっきりで新しい歴史観を構築する作業にいそしむだろう。

それくらい輪の知的好奇心が刺激されたらしい。

それに、先ほどからいい感じで合いの手を入れてくる広奈の存在も輪の好奇心を旺盛にしている。

ぽんぽんと言葉のやりとりをする二人を見て春樹は顔を曇らせていた。

ちなみにこっそり部屋に残っている乙姫は議論に熱中する輪を見てにこにこ。

が…、それはまた別の話。

一方二人がどんどん歴史の話に盛り上がっているのを苦々しい顔で見ている人間も約二名。

マズイ傾向だわ…。

美亜子はそう判断した。

「ねぇ輪。なんか話が逸れてるんじゃない? 歴史の勉強もいいけど、もうちょっと現実的な話はないの?」

「ん? というと?」

「あたしとしては、さっき広奈が見つけた鬼が気になるんだけど。今から捜してみない?」

それを聞いて輪が怪訝な表情をする。

何を言い出すんだこのじゃじゃ馬は…、と顔に書いてある。

「見つけてどうするんだ?」

美亜子は力一杯それに答えた。

「ボコボコにして魔王の情報を聞き出すのよ!」

ぽんっ!

「それいい!」

淳二が手を叩いて同意した。

「でしょ」

にかっ。

意気投合して笑いあう美亜子と淳二。

輪は顔色を変えて慌てて止めに入った。

「ちょっと待てい」

「なにさ、いいじゃないの、ちょっとくらい」

すねる美亜子。

「考えなしの行動はやめろ。下手に俺達が動いたせいで歴史が変わったらどうするんだ」

「はぁ?」

歴史が変わる…。

輪の一言で残り4人の表情も変わった。

「タイムパラドックス…ですわね」

真っ先に反応したのは広奈だった。

「どういうこと?」

美亜子が聞き返す。

「時間を遡った結果、未来が変わってしまうというSFによくある話ですわ。有名な命題としては“過去に戻って自分の両親を殺したらどうなる”というのがあります」

広奈が普段通りの口調で恐ろしいことを口にした。

「そりゃ、両親が死んだら自分も生まれてこなくなるから…、んー、どうなるんだ?」

淳二が逆に聞き返した。

「消えちゃうんじゃないの? 生まれてこないんだから存在自体が」

これは美亜子。

それを聞いた一同の間に嫌な沈黙が流れた。

「それは極端な例えだが、あまり下手に動くと俺達の帰るべき未来が無くなる可能性だってあるだろう」

これは効いた。

盛り上がっていた美亜子と淳二も視線を落とした。

「だから、なるべくならこの世界にあまり干渉しない方がいいと思う」

ようやく輪の懸念している内容が伝わったらしい。

一同が重苦しい空気に包まれた。


どよ〜〜〜ん。

「でも、もう手遅れじゃ…」

身もふたもないことを悲痛な表情で口にしたのは、当然春樹である。

……。

無言で顔を見合わせた5人。

だが、美亜子はあっけらかんと言い放った。

「そりゃそうかもね、実際あたしらはいろいろやってるし。今更遅いって」

それを聞いた輪はむっとした表情で言い返した。

「だからといって何をしてもいいわけじゃないだろう」

美亜子はそれに大きく頷くと、だが、強い調子で輪に反論した。

「それはそう。それくらいはあたしにも分かる。でもさ、あたしらが現代に戻るための努力も放棄していいの? 歴史が変わるのを怖がって何もしないの?」

「………」

美亜子の目は真剣だった。

輪が沈黙しているので彼女は更に強い調子で続けた。

「タイムパラドックスだかなんだか知らないけど、そんなの机上の空論でしょ。実際どうなるかなんて確かめようがないし、そんなことを怖がるより他にもっとやることあるんじゃないの?」

輪は美亜子から目をそらした。確かに美亜子の言うとおりかもしれない。

「オレは美亜子ちゃんに賛成だなっ。ほら、毒を食らわば皿までっていうだろ」

淳二も二人を取りなすように言って笑った。

「その例えは違う気がするが…。それはともかく、美亜子の言うとおりだ。俺の消極策では何も解決しないしな」

輪がそう言って肩をすくめて見せた。

「わかればいいのよ」

美亜子嬉しそう。

「ただ、一つ気に入らないのはだ…、美亜子のその意見は単に鬼と戦いたいという不純な動機から出ていることだ」

「…ぎく」

図星である。

「ともかく、鬼の件は保留。もしかしたら安倍晴明は何か考えがあってあえて鬼にこの屋敷を見張らせているかもしれない。だから、まずは晴明に相談してからだ」

「…わかったわ」

しぶしぶ、といった感じで美亜子が頷いた。

「あの、輪さん。もしかしたら歴史は変わらないかもしれません」

そこへ、控えめに広奈が意見を出してきた。

「どういうことだ?」

「つまり、最初から歴史は一つなんです。わたくしたちが過去に行った結果生じたことも含めて、一つの歴史。だからわたくしたちのいた未来自体が、わたくしたちが過去において行動した結果生じた未来なのかもしれません」

「うにゅ? ごめんよくわかんない」

さっぱりわかりません、と顔に書いてある淳二。

美亜子も顔に?マークを張り付けている。

「俺達の生きてきた歴史自体が、俺達が過去に行った結果生じた歴史、ということか?」

「ええ」

「要するに何をしても結果は一緒ってこと?」

美亜子が首を傾げた。

この考え方はある意味最高に美亜子向けだ…。

「あくまでも仮定ですわ」

広奈がやんわりと釘を刺した。

(助かる)

輪は内心安堵のため息をついた。

「結局どうなるかなんて誰にもわからないんだ。あとは俺達に出来る最善を尽くして、現代へ帰ろう」

「そういうことだな」

輪の言葉に淳二が同意し、全員が頷いた。

現状としては彼らに出来る最善の策というのは、安倍晴明になんとかしてもらう、というものであった。

闇雲に動いてもどうにかなるものではないし、今は自分たちの運命は安倍晴明という一人の陰陽師に預けるしかないのである。

で、その肝心の安倍晴明は先ほどから部屋を出ていったきり戻ってこない。

「あのさ、なんかオレ、さっきの安倍晴明の説明の中にさ、どっかで聞いたような名前があった気がするんだよ」

唐突に淳二がそう言って額に手をやった。

思い出そうとするポーズ。

「…誰のことだ?」

「う〜ん、固有名詞はすぐに忘れるタチだもんで、ちょっと思い出せないんだよ〜。でも、全然知らない人の名前に混じってなんか聞いたことある人の名前が出たんだよ。…あれ? そもそもどこで聞いたんだっけな」

そう言ってぺきぺき首を左右に傾げてしかめっ面の淳二。

思い出せなくて悔しいらしい。

(誰のことか、読者は考えてみてね)

結局淳二が一人でもだえ苦しんだものの思い出せないままその件は放置された。

晴明屋敷には昼過ぎの気怠い春の陽が射し込み、ぽかぽかと眠くなる午睡の時間。

なにやらまったりとした時間が流れていた。

「ところで、晴明さまはどうしたんでしょう。なかなか戻ってきませんけど」

広奈の心配事はすでにそっちへ移っていた。

「また昼寝してるんじゃないの?」

美亜子がなにげに呟いた。

「やれやれ…」

輪は手に持った扇をぱちぱち弄びつつなにやら考え事の最中。

「…あふぅ」

あくびをかみ殺している春樹。

「にゅぬぅ…思い出せん」

相変わらずむなしい戦いを繰り広げている淳二。

先ほどから台詞の無かった乙姫は壁により掛かってこっくりこっくり半分寝ていた。

まったり…。

こういう暇な時間になるとろくでもないことを考え出す人間が約一名いる。

「ねぇ、淳二。暇だしちょっと散歩でも行かない?」

美亜子である。

「ふぇ? うん、いいよん」

すっくと立ち上がると二人は部屋から出ようとした。

その背中に輪の一言。

「おい、どさくさに紛れて鬼と戦うなよ」

「…ぎく」

さっくり刺さったらしい。

「あはははは…」

乾いた笑いを響かせて美亜子が振り返った。

「やっぱだめ?」

「当たり前だ」

「いいじゃない別にぃ」

「いいわけあるか」

「ケチ」

「そういう問題じゃない」

「いいじゃん、ケチ」

「おい」

二人の間に視線の火花が散った。

とその時ようやく安倍晴明が部屋に戻ってきた。

「すこし仕事をしてもらいたい」

部屋に入った途端唐突にそう言う。

「仕事って?」

きょとんとして聞く美亜子。

晴明は5人を見渡し、少し間をおいてからさっくりと切り出した。

「私の屋敷を見張っている鬼を捕まえたい。縛り上げて魔王の情報を聞き出す」

「ぐあっ」

絶句する輪の手から扇がこぼれ落ちた。



次回鬼退治!


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