陰陽五行戦記
第一章 ◇平安編◇
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で、その治療というのが、湯治なわけだ。 竜宮のある洞窟の奥になんとびっくり温泉が湧いていたのだ。 しかも、この温泉乙姫ちゃんが言うには、怪我や病気に良く効くそうだ。 で、オレはそれを信じて傷を治すべく竜宮に帰還してからず〜っと温泉に浸かっていたわけだ。 美しい鍾乳洞。ほのかに光る洞窟の壁に囲まれた神秘の温泉。 しかもお湯も熱すぎずぬるすぎず。 水質も極上、こりゃ極楽極楽、びばのんのん♪ そうして長々と温泉を満喫していたら、なんとびっくり、これぞ生命の神秘。 見る見るうちにオレの身体にある変化が起こったのだ。 まず、だんだん意識が朦朧としてきて、体が熱くなる。 そして平衡感覚が麻痺してきてふらふらに……。 「うにゅ〜、ヤバイ。…のぼせた」 どうやら2時間も温泉に浸かっていたのはまずかったらしい。 危うく気絶する寸前でオレは湯から上がり乙姫ちゃんが用意してくれた浴衣を着て竜宮へ戻った。 なんだか帰る足取りが軽い。 ていうか、さっきまで全身を包んでいた怪我の痛みが軽減している。 わお、イッツミラクル! まだ左腕に痛みが残っているが、全身打撲の方はいつの間にか綺麗さっぱり治ってしまっていた。 こりゃぁすごい。 怪我は治るし、湯から上がったら広奈ちゃん、乙姫ちゃんと一緒に美味しい料理に舌鼓。 料理はうまいしお姉ちゃんは綺麗♪ ビバ温泉! びばのんのん♪ で、いい気分のままもりもり夕食を食べ、また温泉に入ってからゆっくりと睡眠。 そんなわけで、結局昨日は輪達を探しに行く暇がなかったのだ。 そこで、今日は広奈ちゃんの提案で平安京に行って“安倍晴明”を訪ねてみよう、ということになった。 闇雲に探し回っても輪達が見つかるとも思えなかったし、それだったらあの“葛の葉姫”の息子で、瑠華ちゃんの話ではこの時代の魔王を倒したという安倍晴明に今の俺達の状況を話し、力になってもらおう、というわけだ。 ナイス作戦。 それに、もしかしたら、オレ達と同じことを輪やハル、それに美亜子ちゃんも(?)考えているかもしれない。 そしたら安倍晴明の家が集合場所みたいになって無事合流できるってわけだ。 でも、その輪達は、今頃何をやってるんだろ…。
立烏帽子(たてえぼし)に狩衣(かりぎぬ)そして指袴(さしこ)。腰には太刀を佩(は)き手には扇。 いわゆる平安時代の武家装束に身を包んで美亜子が別室から出てきた。 髪の毛をまとめて立烏帽子に納めた美亜子は…。 「…随分と凛々しいな」 正直に呟いたのは輪である。 その輪も同じような装束を身を纏っている。 「本多さん、男装しても意外と似合いますね」 そう言う春樹も慣れない格好に身を包んでいる。 傍目には武家の子息三人組といった風情である。 「あははは、やっぱり? 動きにくい着物よりもやっぱこっちのほうが性に合ってるわ」 男装は美亜子自身が望んだことだった。 この時代の女性は何かと動きにくいのだ。 「ふむふむ、3人ともなかなか似合っておるではないか、わしの見立てが良かったのかのう」 満足げに太郎坊が頷いている。 「ところで、この刀は本物なのか?」 腰に佩いた刀を抜きはなって輪が尋ねる。 「ああ、良く切れるぞ」 さも当然というように太郎坊が頷いた。 「なにしろ、最近の都は物騒じゃからな。護身用にはちょうど良いじゃろう」 (使わなければそれが一番良い) 輪は静かに刀を納めた。 時刻は“伊達春樹殺人事件”の推理合戦から一夜明けた早朝である。 輪達が初めてこの時代に来てから二回目の朝。 輪は早めに平安京に行きたかったのだが、なにしろこの時代の一般的な衣服がないためそれもままならない状態であった。 そこで、太郎坊が3人分の服を用意することになり、結局その準備に一晩かかってしまったのである。 服さえ用意できれば問題はない。今朝は早くから着替えて平安京へ行ってみる作戦である。 とりあえず、第一目的地は安倍晴明の屋敷である。 「わしは魔王の動きを警戒するため愛宕山を離れられん。だが、麓までなら送ってやろう」 という、太郎坊の案内で夜が明ける頃から3人は山を下り始めた。 しばらく山道を歩くと平安京が遠目に見渡せる地点に出た。 「凄い、これが本物の平安京か…」 輪が思わず嘆息する。 東西4.5キロ、南北5.3キロ。山から見下ろすとそれは見事に碁盤の目を描いた都市であった。 都の中央には羅城門を起点として道幅85mの朱雀大路が通っている。 都を挟むように鴨川と桂川が流れているのがよく分かる。 そして都のさらに南側には巨椋池(おぐらいけ)、これは現在では埋め立てられて消滅している湿地帯である。 二本の川はこの池に注ぎ込んでいる。 (こういう景色を見せられると今が本当に平安時代だと実感せざるをえないな) 「は〜、ほんとに平安時代なのね」 美亜子も同じことを考えていたようだ。 「信じられないよ、こんな…」 春樹も都を見たまま固まっている。 そうしてしばらく無言の空間が続いた。 3人が無口になってしまったので太郎坊も業を煮やしたらしい。 「ほれほれ、さっさと行くぞ」 そう言って高下駄をならしてさっさと歩き出した。 ………。 無言で続く3人。 それぞれの心中はいかばかりなものか。 輪:(書物でしか読んだことのない平安京を実際に見られるのは歴史学者も羨む千載一遇のチャンスだよな) 美亜子:(とりあえず面白そうだわ♪) 春樹:(……不安だけど、直江君と本多さんがいるから少しは安心かな)
「これがあの芥川龍之介の小説で有名な羅城門か…」 先ほどから妙に楽しそうに見える輪である。 やはり実物を見ると歴史好きの血が騒ぐのだろう。 唐の国の様式の影響を受けた二層の巨大な楼門が3人の眼前にそびえていた。 そしてその門をくぐって都に入っていく人々。 「意外とみんなぼろぼろの服着てるのね」 美亜子の正直な感想である。 「ああ、平安時代と聞いて実際に俺達がイメージしているのは貴族だからな。実際には大多数の人間はこうやって貧しい生活をしていたんだろう」 ついつい解説をしてしまう輪である。 「なるほど…」 それを聞いて素直に頷く春樹。 そして何かに気が付いたかのようにはっと立ちすくむ。 「貧しいと言えば、僕たちってひょっとして今無一文じゃ…」 「そう言えば」 美亜子も動きがとまる。 「確かに…。まさか平安京に入るのに通行料は取られないだろうな」 一瞬不安げに羅城門を見やる輪。 しばしそのまま固まってしまった3人であった。
広奈姫は今日もご機嫌麗しい様子であります。 今日は長時間歩くので広奈ちゃんも十二単ではなく袿(うちき)姿。 なんでも平安時代の美人の条件は長い髪だそうで、ショートカットの広奈ちゃんはかもじ(つまり付け髪)を付けている。 その辺にもわざわざ気を使うあたりマイペースというか、さすが広奈ちゃんだ。 それにこの時代の高貴な女性はみんな眉を抜いて書いてるからね。 当然そんなことしていない広奈ちゃんは被衣(かずき)というあのひらひらの衣装を頭からかぶってそれを誤魔化している。 それで眉を隠しているって訳。 「やっぱり、いい天気だと気分もいいもんね〜」 にこにこ歩いている乙姫ちゃんも同じような格好。 二人そろって貴族のお姫様姉妹って感じだよな。 で、オレは昨日と同じような平安貴族衣装だ。なんでも正確には直衣(のうし)っていうらしい。 そして現在オレ達は竜宮城を出発し平安京へと向かっている最中なわけだ。 幸い天気も良かったし唐橋をわたって平安京へ向かう商人の人たちに混じって歩いている。 何しろどこを見渡しても1000年前の風景。1000年前の人々。 なかなか興味深い。 そして今日の目的地は安倍晴明の屋敷だ。 「ところで乙姫ちゃん。安倍晴明と会ったことあるの?」 「うん、むかし私のお友達を助けてもらったことがあって、一度竜宮に来てもらったことがあるよ」 乙姫様のお友達というと…、浦島太郎が助けた亀で竜宮城だから…。 「…まさか、そのお友達って、亀さん?」 「ううん、龍神の眷属の白蛇さん」 「あ、そうなんだ〜、安心したよ。安倍晴明に玉手箱をあげる話かと思った」 「まぁ、それじゃ本当に浦島太郎の話になってしまいますね」 笑いながら広奈ちゃんがそう言ってきた。 やっぱり、オレと同じこと思っていたみたいだ。 「ん? 玉手箱? 違うよ。わたしはね、えっと、“青眼”と“竜王の秘符”っていう秘宝をあげたの」 またまた耳慣れない秘密道具が出てきた。 「それはどういう効果があるのですか?」 早速広奈ちゃんが聞いてくれてた。 「えっと、“青眼”は人間の過去、未来が見えるようになって、さらに動物の声が分かるようになるの。“竜王の秘符”はどんな病気でも他人や動物に移し替えることが出来るの。ねぇ〜すごいでしょ」 得意げな乙姫ちゃん。 ていうか、そんな凄い道具が1000年前にあったなんて、ちょっと信じられない話。 「いや、ほんと凄い。…ところで、そういう凄い道具って他にもう無いの??」 「え? どうして?」 「そりゃぁもう、もし沢山余ってるんならなんか1個くらい欲しいなぁと思ったりなんかしちゃったり」 「あ…」 それを聞いてちょっとびっくりしたような顔になった乙姫ちゃんはそのまま固まってしまった。 あれ? …ちょっと図々しかったかな〜。 「どうかしたんですか乙姫さま??」 広奈ちゃんが心配そうに聞くと 「いっけな〜い、ごめんなさい淳二さん。わたしったらムカデ退治を手伝ってもらったのに…なんにも気が付かなくて」 「え? いやまぁ、別にそれは構わないんだけど」 「あとで竜宮に戻って取ってくるね。良いものがあるの。多分淳二さんも気に入ってくれると思うよ」 「やった♪」 その一言を待ってました。 何が貰えるんだろ〜。ドラえもんがポケットを探るのを待つのび太君の心境だよな、これ。 るんる〜ん♪ そんなご機嫌な話をしているうちにどうやら平安京の入り口、羅城門が見えてきた。 「これが…羅城門ですか」 広奈ちゃんもしばし見とれているみたいだった。 遠くからでもそうと分かる巨大な楼門が都の大路にそびえていた。 オレ達と同じように唐橋を渡ってきた人たちがどんどんそこから都に入っていく。 「はぁ〜、凄いなぁ」 思わずオレも嘆息してしまった。 そうして立ち止まっていたオレ達3人だったが、迂闊にも何人かの身なりの悪い男達に囲まれていたことに気が付かなかった。 そして…。 「え? わ! なにするの? きゃっ」 一瞬の隙に乙姫ちゃんが人相の悪い大男に抱えられてしまっていた。 「へん、どこの貴族の姫様かは知らないが、これはいい金蔓になりそうだ」 そう言って下卑た笑みを浮かべる男。 「えええええええええ????」 抱えられたまま乙姫ちゃんは狼狽している。 「何をするんだよ、乙姫ちゃんを離せ」 「ふん、護衛も連れないでこんなところを歩く奴が悪いのさ。おい、そっちの姫さんも頂いていくぞ」 男が声をかけるとオレ達を取り囲んでいた6人の手下(?)が一斉に広奈ちゃんとの距離を詰めてきた。 「淳二さん…」 広奈ちゃんがオレの後ろにぴたっと近づいてきた。 「人目がありますからこの姿のままでなんとかするしかありません…」 さすがに冷静だな。だけどいくら何でも相手は全部で7人。しかも、全員武装している。 …こいつら、タチの悪い山賊か何かか。 どちらにせよオレ一人で広奈ちゃんと乙姫ちゃんを守り切れるだろうか…。 これはマジでヤバイって。 その瞬間。 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」 乙姫ちゃんの悲鳴が響き渡った。
真っ先に反応したのは美亜子だった。 そしてそのまま走り出した。 一瞬遅れて輪も続く。 「悲鳴?」 春樹は呆然と呟くと、辺りをきょろきょろと見渡した後で二人の後を追って走り出した。 「おい美亜子、あまり軽率なことはするなよ」 走りつつ輪が前をゆく美亜子に釘を刺す。 「はいはい、分かってるわよ」 そう応える美亜子の口調が妙に浮かれている。楽しそうだ。 しばらく走ると騒動の現場が見えてきた。 顔はよく見えなかったが、どうやら襲われているのは身なりからして貴族らしい。 6人が2人の貴族らしい男女を取り囲み、一番身体が大きい男が女の子を抱えている。 しかも、襲っている側は全員太刀や弓、槍で武装している。 見たまま、非常に分かり易いシチュエーションである。 「いやぁぁぁぁぁぁぁ、離してよぉぉ」 じたばたじたばた。 「輪はあの子をお願い。あたしは雑魚を片づけるわ」 一目で状況を見て取った美亜子がそう言って輪を振り返った。 「分かった」 輪が短く応える。 「…あの、僕は?」 「あんたは危ないから離れてなさい」 美亜子にピシャリと言われて春樹は立ち止まった。 「……はい」
じたばたじたばた。 「おかしら、急がねぇと、検非違使が来ますぜ」 手下その1に言われてリーダーは頷いた。 「よし、引き上げるぞ。そちらの姫さんも怪我したくなかったらおとなしくついてくるんだな」 リーダーがそう言うと手下6人が広奈ちゃんとオレに太刀を突きつけた。 この体勢のまま連行しようということらしいな。 「淳二さん、ここはこのままおとなしく従いましょう」 小声で広奈ちゃんが囁いた。 「それしかないね」 ここは黙って付いていき人目が無くなった段階で変身すればけちょんけちょんだろう。 「乙姫さま、大丈夫です、今はおとなしくしていてください」 広奈ちゃんがそう言うと乙姫ちゃんは抵抗をやめた。 オレはその乙姫ちゃんと目を合わせて無言で頷くと歩き出したリーダーの後に続いた。 と…、そのオレ達に向かって二人の人間が走って近づいてきたのが見えた。 「淳二さん、あれって…」 広奈ちゃんが呆然と呟く。 「さぁさぁ、抵抗したら痛い目に遭うわよ、…じゃなかった、痛い目を見るぞ」 武家装束に身を包んだ先頭の美少年が無理に作ったような低い声で啖呵を切っていた。 そしてその後ろにいる長身の相方は「やれやれ」と呟いている。 どっかで見たような二人組だった。 ていうか 「美亜子ちゃん!?」 思わず叫んでしまった。 「へっ? あ、あれ? なんでアンタがそこにいるのよ」 男装していたから一瞬分からなかったがやっぱり美亜子ちゃんだ。 後ろにいるのは輪か。 「なんだ、お仲間がいたのか。ええぇい面倒だ。男は全員殺してしまえ」 それを見たリーダーが部下に命じた。 こうも簡単に人を殺せ、だなんて最低だな。 「本気で怒るぞ、コラ」 オレは神経をとぎすませ、戦闘態勢に入った。 6人の手下は3人が美亜子ちゃん、2人はオレの相手をするらしい。残る1人が広奈ちゃんが逃げないように太刀を突きつけている。 真っ先に動いたのは美亜子ちゃんだった。 「七拾七式『飛燕一閃!!!』」 美亜子ちゃんの右手が閃いたかとおもうと、何かが槍を持った男の顔面に直撃していた。 スパコーーン! 「うがっ」 スリッパだった。 そして男がひるんだ隙に突進した美亜子ちゃんは男の槍をあっさり強奪。 奪う際にはきっちり股間に蹴りを入れている。 「………♂☆!!」 声にならない悲鳴を上げてまず一人悶絶。 ごちっ! 鈍い音を立ててあっさりもう一人が倒れた。 奪った槍の石突き(刃が付いていないほう)で後頭部を強打されたらしい。 「なっ? ごふっ!」 最後の一人もみぞおちに強烈な突きを喰らって倒れた。 美亜子ちゃんてば3人を倒すのにものの3秒とかかっていない。 ていうか、強すぎ。 あ、いけね、よそ見している暇はないよな。 「むっ!!!」 オレは丹田に力を込めると一足飛びで間合いを詰め、相手の喉元に突きを放った。 もちろん標的はオレの前で呆然としている二人じゃなくて、広奈ちゃんに太刀を突きつけている手下6だ。 「げふっ」 そいつは不意を付かれたのか、あっさりそれで吹き飛ばされる。 そこをオレは華麗にジャンプし、倒れて転んだ手下6の上に容赦なく着地。 「ぐえっ…」 それであっさり失神する手下6。 「見たかッ、これがオレ式奥義『千載一遇前代未聞先手必勝拳』だっ!」 敵の上で勝ち誇るオレ。 これで広奈ちゃんの安全を確保。そして残るは二人だ。 早速手下4を挑発。ちょいちょい…っと手招き。 「野郎!」 案の定、ムキになって斬りかかってきた手下4。 だが、そいつが太刀を振り下ろすよりも早く懐に飛び込む。 「!」 そして素早く手首を掴んでひねり上げる。 「うぎゃっ」 手首を極められて思わず太刀を落とす手下4。 そしてひるんだところに膝蹴りを叩き込む。 「うぐ……」 たちまち身体をくの字に折り曲げ、手下4は戦意喪失。 「これぞ、真田流古武術『無刀取り』」 残るは敵は一人。 …って、手下5はとっくに逃げていた。 「うにゅう、ある意味賢いぞ」 ともかく、こっちは片づいた。 あれ、そう言えば輪はどうした?
いつの間にか輪がリーダーのすぐ後ろに移動していた。 怒りを込めた低い声がリーダーの動きを一瞬束縛する。 そもそもリーダーは両手で乙姫を抱えていたため、腰の太刀を抜ける状態ではない。 それを把握した輪は、リーダーが美亜子に気を取られている隙に、まるで流水のように素早く移動し、必殺の間合いに踏み込んでいたのである。 「そのままその子を地面におろせ。いいな。無駄な足掻きはよせ。おまえが何かするより俺の攻撃の方が早い」 そう言って輪が静かに刀を抜いた。 白刃の輝きに空気が一気に凍りつく。真剣を持った輪からは凄まじい気迫が放たれていた。 その迫力に押されたのか、リーダーはじっと輪をにらみつけたまま動けない。 輪は抜いた刀をリーダーに突きつける。 「もう一度言う。その子を放せ」 (か…格好いい) 乙姫は自分が人質だという立場も忘れ、輪に熱い視線を送っている。 リーダーの目を見据えている輪は、当然それには気が付かない。 「わかった、今、放す…よぉっ!!」 リーダーは乙姫をそのまま輪に投げつけた。 「え? きゃっ」 とっさに輪が身体を開いて抱き留める。 その隙にリーダーは太刀を抜き放ち、輪に向かって斬りつけてきた。 キィン…。 輪は左手で乙姫を抱いた格好のまま、右手一本でリーダーの斬撃を切り払った。 そしてそのまま後ろに下がって間合いを取る。 女の子を一人抱えたままとは思えない、軽快な動き。 「よく見ろ。もう手下は全員やられているぞ」 次の攻撃を受ける前にそう言って相手の動揺を誘う。 輪のとっさの判断が功を奏し、リーダーはそれ以上の戦いを諦めてそのまま逃げ去っていった。 「くそっ、覚えてろよ〜」 (なんてお約束な) 輪は抱いていたままの乙姫をゆっくりと降ろすと、ゆっくりと刀を鞘に納めた。 そして乙姫の顔を見る。 「怪我はないか?」 だが乙姫は夢見がちな表情で輪の顔を凝視したまま固まっている。 「……?」 ひらひら。 輪が何度か顔の前で手を振っても反応がない。 「大丈夫か? どこか打ったか?」 ぴくっ。 初めて呼びかけられたことに気づいたらしい。 「…あ、あの、その、んと、えと……」 もじもじ。 「どこか痛いのか?」 輪が不安げな顔で尋ねる。 「え? あ、痛くないです。だいじょぶ…です」 妙に顔が赤い。 (ひょっとしたら怖がっているのだろうか) 輪はその可能性に思い当たった。 怖がらせないようにやさしくやさしく…。 ちょっと屈んで目線をあわせる。 「安心していい。もう大丈夫だから」 そう言って落ち着かせるようににこっと笑ってやる。 そして頭をなでなで。 「…あっ」 たちまち乙姫は顔を真っ赤にしてうつむいた。 (ん?) 頭をなでたときの照れた仕草。 (俺は、この子を…知ってる?) だが、輪のその一瞬の感覚は美亜子の一言であっさりと雲散霧消した。 「こらぁ、輪。なんで大将逃がしてんのよ、じゃない、逃がしてるんだよぉ」 「あ…」 慌てて輪は手を引っ込めた。 そして美亜子の方を向き直る。 「逆に聞くが捕まえておく理由もないだろう。後々面倒になる」 「そうなの? じゃない、そうなのか?」 「そうなんだ」 きっぱり断言。 そうこうしているうちに淳二が接近してきた。 「乙姫ちゃん大丈夫?」 「あ、はいぃ〜」 とろんとして間延びした返事。 「??」 一瞬首を傾げた淳二だったが、今度は輪に声をかける。 「おかげで助かったよ。ところでハルは? いるの?」 「ああ、危ないから置いてきた。向こうの方にいると思うが…」 輪が視線を向けるとちょうど春樹がこっちに向かって走ってきていた。 「あ、ほんとだ」 くぃっくぃっくぃっくぃっくぃっくぃっくぃっくぃっくぃっくぃっくぃっくぃっくぃっ。 「ん?」 物凄い勢いで淳二の袖が引かれていた。 「あ、乙姫ちゃん、なに? どしたの?」 淳二がそっちを見ると、上気した顔で興奮気味の乙姫。 「淳二さんっ、そっ、その方、お、お、おおぉおおおお知り合いなんですかぁっ」 常ならぬ乙姫の取り乱し方だった。 一瞬気圧されてしまった淳二だったがともかく応えた。 「うん。ほら言ってたしょ、オレが捜してた4人の中の1人」 「あの、お、おおぉおおおお名前は?」 何をそんなにどもってるんだ? と思いつつ。 「こっちは直江輪。あっちが本多美亜子で、今来たのが伊達…って、乙姫ちゃん?」 その乙姫、輪の方しか見ていない。 「直江、輪さん…」 ん? と、輪が振り向いた。 乙姫と視線が合う。 「あ、あの、わ、わたし、お、おおぉおおおお乙姫、ですっ」 運命の出会い(?)であった。
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