陰陽五行戦記
第一章 ◇平安編◇
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たかがスリッパ、されどスリッパ(?) 猛スピードで急所を直撃したそれはオレの行動の自由を10分以上にわたって奪ったのだった。 特に最後の一撃が強烈だった。あれは反則。悶絶ものだ。 室蘭の隣にあるのは伊達紋別。 春樹が悶絶したら伊達悶絶。 ま、それはいいとして、ちなみにオレが今いるのはさっきまで寝ていた寝室だった。 心配そうな女性陣には悪いがオレは必死でこの部屋まで来て人払いをお願いした。 さすがにぴょんぴょん跳ねる様子を見られたくはないしさ。 そして、落ち着くまで寝ていたって訳。 ゆっくりと布団から出て立ち上がる。 もう痛みはなかった。 「…ふにゅぅぅ、もう大丈夫だな」 安堵の息が漏れた。 とりあえず変身してしまおう。まじめにやればさすがにツッコミは飛んでこないだろう。 一応周りに警戒しつつ…。 『真田・日本一ぃ!!』 変身完了。とりあえずスリッパはもう飛んでこなかった。 オレの気合いに呼応して真っ赤な闘気が吹き出す。 良い色だ。これでツノを付けたら三倍くらい速く動けそうな気がする。 ま、気がするだけなんだけど。 そしてゆっくりこっそり部屋を出た。 「あら、もう大丈夫なんですか?」 広奈ちゃんが廊下で待っていてくれたみたいだ。 さっきと変わらず黄金色に立ち上るオーラを纏った鎧姿だ。 「うん、全然オッケ〜。乙姫ちゃんは?」 「ええと、大事なことを忘れていたといって、またなにかを探しに行きました」 大事なこと? なんだろ? そう思っているとひらひらと白い袖を振りながら乙姫ちゃんが奥の方から歩いてきた。 何かを大事そうに抱えているけど。あれは、多分矢筒だな。 なるほど、戦いの時は矢を入れておく筒が必要だもんな。 「は〜い、おまたせ〜。淳二さんもういいの?」 もういいの? と小首を傾げる仕草がたまらなくキュ〜トだった。 「もう大丈夫。いつでも戦える」 そう言ってこの可愛い龍神様を安心させるよう、にかっと笑ってやる。 「よかった〜」 胸に手を当ててほっとしたように息を吐く乙姫ちゃん。 そして慌てて広奈ちゃんの方に向き直した。 「あのね、これは『豊穣の箙(えびら)』っていうの。身につけていると勝手に矢が出てくるんだよ」 「エビラ? 何それ? 怪獣の名前?」 一瞬オレの頭を巨大なエビの怪獣の姿がよぎる。 「いいえ、箙(えびら)というのは矢を入れて背負うための武具の名前ですわ」 そう言って広奈ちゃんがやんわりと解説してくれた。 なるほど、矢筒のことを箙っていうのか。初めて知りました。 さすがは弓道部。 「でも、本当に矢が現れるんですか?」 広奈ちゃんは半信半疑らしい。 「うん。手を伸ばせば手の中に矢が現れるの。便利でしょ。ね、つけてみて〜」 そう言ってその箙を広奈ちゃんに手渡した。 「ありがとうございます。しばらくお借りしますね」 そして広奈ちゃんは実際に箙を鎧につけた。 ふと思ったが、さっき矢が欲しいと言ったときこれ持ってくれば良かったんじゃないか? そうすれば試し撃ちもできるし。 そんなオレの内心を知ってか知らずか、広奈ちゃんは箙に手を伸ばした。 すると即座に彼女の手の中に矢が現れたのだ。 「これは便利ですわね」 笑顔で感心している広奈ちゃん。 「すごいでしょ〜」 それを見てこれまたにこにこの乙姫ちゃん。 いいなぁ、ほのぼのとして。 で、その空気に割り込むのもちょっとあれだったけど、一応言ってみることにした。 「あのさ、広奈ちゃん、これ使えばこの弓を使う練習できるんじゃない?」 すると広奈ちゃんはこっくりとうなずいた。 この様子だと多分最初から気が付いていたんじゃないかな。 「乙姫様、どこか広くて矢を放っても大丈夫な場所はありますか?」
でもはっきり言って練習なんか不要だった。 なにせ、一射目から狙った場所に百発百中だったんだから。 広奈ちゃん自身もこの弓にはびっくりしているみたいだった。 何度も乙姫ちゃんに「すばらしい弓ですわ」って言ってたし。 で、結局10分くらいで練習を切り上げて、いよいよオレたちはムカデとの決戦に赴くことにした。 なんと言ってもオレ達の目的は行方の分からない輪達を捜すことだったしあまり時間もない。 「ね、乙姫ちゃん。そろそろムカデ退治に行こう」 「うん。広奈さんももういい?」 こっくり頷いて広奈ちゃんを見上げる乙姫ちゃん。 かわいいよな〜。こんな子なら妹に欲しいかも。 「はい、では参りましょう」 まるでこれからピクニックに行くかのようなのんびりした広奈ちゃんの口調だった。 なんというか、広奈ちゃんてどんなときでも頭のてっぺんからつま先まで常に力が抜けている感じがする。 ようするにそれが広奈ちゃんのカラーである優雅さってやつなのかな。 「ところで、ムカデはどこにいるんだっけ?」 オレの質問に乙姫ちゃんは小首を傾げ、しばし考えてこう言った。 「ん〜と、唐橋近くの三上山だとおもうよ。なんか、わたしがそこから都に遊びに行こうとすると必ずいるんだもん。困るんだよね〜。今までもそうだったし」 「え? じゃああのムカデはいつもあそこにいるってこと? 棲んでるのかな?」 すると乙姫ちゃんは考え込んでしまった。 「うん、そうなのかな。でもすっごく迷惑。おかげで唐橋からおでかけが出来なくなっちゃったし」 そりゃま、あんなのがいたら危なくて出歩けるわけがないな。 「じゃあ、違う出口を使ってるの?」 それには乙姫ちゃんが首を振る。 「ん〜ん、それ以外の出口は都から遠いところだし。だからもうしばらく都の方に行ってないの。こっそり行こうとしてもなんかわたしのことを追いかけて来るんだよ。危ないよね〜」 「それは、つまりムカデは乙姫様のことを監視、あるいは何かの目的で付け狙っているということでしょうか」 「あ、なるほど」 オレはそれで納得。 「え? どうしてどうして? わたし何か悪いことしたの?」 う〜ん、悪いことはしていないと思うけど、大体乙姫ちゃんを狙うような目的があるのかな。 「わたくしも状況がそれほど分かっていませんからこれは推測ですが、理由はいくつも考えられますわ」 そう言って広奈ちゃんが説明を始めた。 「非常に申し上げにくいのですが、ムカデが単に餌とする目的で乙姫様を狙っているかもしれません。先ほど乙姫様が龍神にとってムカデは苦手な相手とおっしゃっていましたし、それに類する理由、単に龍神を襲う本能やなわばり争いなどでムカデが動いている可能性がありますわ」 餌といわれた乙姫ちゃんがショックを受けていたけどそれでも黙って耳を傾けていた。 「あるいは、あのムカデが何かに命令されて乙姫様を狙っている可能性もあります。この場合ムカデに命令する黒幕が存在しますが、まだその存在も確認していませんから、あくまでわたくしの勝手な憶測です」 「う〜ん……」 乙姫ちゃんはその黒幕についてだと思うけど、何か思い出そうとしているように考え込んでいた。 「この竜宮城には様々な不思議な力を持った宝物があるようですし、狙われる理由にはなりそうですわ」 「じゃあどろぼうさんが狙ってるのかな? 有名な“袴垂”とか?」 その袴垂って人は聞いたことがなかったけど、その説はちょっと考えにくい。 「どろぼうったって、あの超巨大怪獣ムカデに命令できるようなどろぼうがいるかなぁ?」 オレの質問に広奈ちゃんもこっくり頷いた。 「確かにそうなんです。もしいるとしたら途轍もない力を持った存在でしょうし…」 「じゃあ悪の大怪獣でもいるのかな? “キングなんちゃら”とか、“なんちゃら大魔王”とかさ」 ん? 「大魔王?」 オレと広奈ちゃんが思わず顔を見合わせた。 「まさか…」 「“魔王”かもしれませんわ」 言われてみれば、なんか瑠華ちゃんが平将門には魔王が関わっていたようなこと言ってたな。 この時代に平将門が乱を起こしていたってんなら、やっぱり、魔王はいるはず。 「きっとそうだ。魔王の奴この竜宮の宝を狙ってるに違いない。あの巨大ムカデもあの魔王の力で巨大化したんだよ」 「ええ、わたくしもそう思いますわ」 こくりこくこく。 オレと広奈ちゃんは力強く頷きあった。 「わたしにも詳しく教えて〜」 で、結局広奈ちゃんが魔王について知っている範囲で説明したのだった。
う〜ん、全然憶測だけで話が進んだんだけど、まぁいいか。 ともかく意気揚々とオレ達は再び昨日来た道を引き返して唐橋の下に出た。 例によって水中にいるのに周りに空気のバリアーが出来て、さながら水族館な気分。 で、水から上がろうとしたんだけど、乙姫ちゃんが待ったをかけた。 「ちょっと待って。人に見られたら困るでしょ? “人払い”をするから」 人払い? あれか? 確か五稜郭に行ったときに周りに誰もいなくなっちゃってた、あの不思議な現象を引き起こそうというのか? 「入って来ちゃ駄目よ☆」 乙姫ちゃんが可愛らしくそう言うと、柔らかな光が彼女を中心にふわ〜っと広がっていった。それで術は終了だったらしい。 川岸に立っても辺りには人っ子一人いなかった。 「あのさ、ここの橋って本来はどれくらい人が通ってるものなの?」 ふと疑問に思ったことを聞いてみた。 昨日来たときも人は誰も見かけなかったけど、あれは夜だったからだろうし。 「うん、いつもはたくさん通ってるよ。平安京と東国を結ぶ大きな道にかかっている橋だし。だから急いでいこっ、すぐに術を解くから」 で、あたふたとオレ達は道から離れて小高い山の中へと移動した。 振り返ると木の茂みの向こうに来た道が見えていたけど、結構人が通っていた。 しかも、冗談じゃなくみんながみんな平安時代っぽい服を着ていた。 ほんとに1000年前でやんの。 ようやく実感がわいた気がする。 だけど感傷に浸っている暇はない。すぐにでも巨大ムカデとの決戦が控えてるんだ。 くいっくいっ。 「淳二さん…」 広奈ちゃんがオレの鎧を引っ張った。 振り向いた先、山の頂上付近にそれはいた。 超巨大お化けムカデ、堂々のお出ましだった。 山の頂でぐいっと頭を持ち上げているその姿はまるでアンテナ塔か何かのような大きさに見えた。 …今更ながらこんな化け物にほんとに勝てるのか心配になってきた。 あの巨大な口に飲み込まれたらいくら何でも助からないだろうし…。 オレが一瞬弱気になった瞬間。 「出たわね〜、でも今日こそお仕置きしちゃうんだから、覚悟しなさいよ〜」 乙姫ちゃんが早速啖呵を切ってるし…。 「戦う前に聞きたいことがありますの。あなたに命令して乙姫様を狙わせたのは“魔王”ですか?」 びしっ。広奈ちゃんもそう言ってムカデに指を突きつけた。 あの、多分ムカデにそんなこと聞いても応えてくれないと思うんですけど……。 そして案の定ムカデは無反応のままこちらに向かって突進してきた。 「応えないところをみると図星ね〜」 そう来るか乙姫ちゃん。 でもそんな問答をしている暇はなさそうだ。 猛スピードで駆け下りてくるムカデが全身にびりびりと電光を走らせている。 これは、怖い。はっきり言って、かなり逃げたい…。 オレが躊躇していると広奈ちゃんがその良く通る声で指示を出し始めた。 「乙姫様。作戦その一です。わたくしが合図したらムカデに水をかけてください」 「はいっ☆」 元気良く応えると乙姫ちゃんは両方の手のひらをまっすぐムカデに向けた。 「良く引きつけてください」 広奈ちゃんがそう言ってタイミングを見計らう。 「淳二さんは水がかかったらすぐにムカデの気を引いてください」 「了解っ!」 オレの気合いに応えるように両手の手甲に打ち込まれた六文銭が輝いた。 そして広奈ちゃんもゆっくりと龍鬚弓を構えた。 どんどんムカデとの距離が縮まっていく。 100、80、60、40、20! 「今です」 「ええーい!!!」 乙姫ちゃんが気合いを込めると、その手のひらから物凄い勢いで激流が迸った。 もう、消防車の放水が水鉄砲なら、これは噴水って感じ。 「乙姫怒りの一撃なんだからっ!」 その怒りの一撃は凄まじい破壊力で山肌を直撃して土砂をまき散らし、辺りを水浸しにし、そしてムカデには見事なまでにかすりもしなかった。 「あ、あれ?」 「どぉぉしたらあの巨大な目標を外せるんだよぉぉぉぉぉ↑」 ショックの余り声が裏返ってしまった。 ムカデはその激流の勢いに一瞬足が止まったが、すぐに轟音を上げて迫って来た。 その迫力はジャンボジェット機の着陸に引けを取らないぞ。 「乙姫様、もう一度」 それでも広奈ちゃんは焦った様子も見せずに指示を出した。 凄い精神力。 「すぐには無理なの〜」 グェッヒョン。 「!」 広奈ちゃんがとっさに神鏑を放ったが鋭い音を発してムカデに突き刺さるかに見えたそれは、電光に阻まれ、命中せずにはじき飛ばされてしまった。 やっぱり、この電気びりびりをなんとかしないと致命傷が与えられないようだ。 もう、ムカデは目の前に迫ってしまった。 目の前にそびえ立つ超高層ビルがこちらに向かって倒壊してきたような、そんな絶望的なほどの重量感と死の恐怖がオレの動きを一瞬束縛する。 すでにオレの心中はいかにして逃げるかの一点に集中してしまった。 広奈ちゃんも乙姫ちゃんもこのままだとムカデの突進に蹂躙されてしまうだろう。 自分だけでも逃げるか、2人を助ける方法はあるのか、オレに一瞬の躊躇が生まれてしまった。 その瞬間。 音もなく広奈ちゃんがムカデの真っ正面に立ちはだかった。 いつの間にか広奈ちゃんの右手には軍配が握られていた。 『風・林・火・山!!』 広奈ちゃんが、その綺麗な声を響かせて軍配を振り下ろすと、たちまち暴風が巻きおこり、今まさに広奈ちゃんに食いつこうとしていたムカデの頭部に命中した。 いや、暴風だけじゃない。その風と共に無数の葉っぱや小枝が一斉にムカデに殺到していたのだ。 傍から見れば、まさに緑色の疾風だ。 そして、一瞬で、ムカデは前面びっしりと葉っぱと小枝が刺さって、さながら小さな林状態。 しかも、それだけでは終わらなかった。 突如地面が盛り上がり、間欠泉か活火山のように吹き上がった灼熱のマグマがムカデを直撃したのだ。 たちまちびっしりと刺さった葉っぱと小枝が燃え盛る。 ほんとに“風林火山”でやんの。 それにしても、なんて恐ろしい『五行妖術』だろ。一発であのムカデの突進を止めてしまった。 マグマのぶち当たった威力と、その熱さに、ムカデも身悶えて嫌がる。 その威力は間違いなく、オレの必殺技を凌駕してやがるぜ。 しかも、攻撃した側の広奈ちゃんの周りには、技の余韻なのか、ひらひらと多数の木の葉が舞い落ちていて、それはもう、とっても絵になる光景だった。 舞い散る木の葉吹雪と古風な鎧をまとった美少女。とんでもない破壊力の技からは想像もつかないエレガントな取り合わせだな。 一瞬、ここが危険な戦場であることを忘れさせてしまうような、あまりに美しすぎる広奈ちゃんの超必殺技だった。 「乙姫様、今のうちに…」 おっと、オレが感心している暇はなかった。 突進は止まったが、ムカデはまだまだ元気みたいだ。 こっちの生命力も恐るべし。 広奈ちゃんは乙姫ちゃんをかばってムカデから距離をとるべく後退した。 よし、二人が安全圏に退避するまで、ここは一旦オレが引きつけるっ。 それが男の役割ってもんだぜ。 「真田家直伝、秘奥義!『表裏比興拳・六文銭気弾!!!』」 オレの拳の六文銭から放たれた6つの気弾が上下左右裏表の軌道で弧を描いて飛び、そろそろ炎も消えかかっていたムカデに直撃した。 ぷちぷちぷちぷちぷちぷち。 が、ムカデの身体を取り巻く電光のせいで威力は半減。 当たっても外骨格にはじかれてしまった。 でも、それで奴の気はオレに向いたらしい。 「おらっ、こっちにきやがれ」 ムカデが狙い通りオレの方に突進し始めた。 いくら巨大とはいっても所詮は昆虫。単純だ。 「いいかっ、オレがこいつを引き連れて戻ってくるから、今度は当てろよ」 広奈ちゃんの「風林火山」の威力もすごかったけど、やっぱり乙姫ちゃんの攻撃こそがこっちの切り札だ。 期待を込め、乙姫ちゃんに向かってそう叫びつつオレは山道を駆け下りた。 後ろからは木をばきばきと踏み倒しながらムカデが追いかけてきた。 だが、斜面を下るとなると、どうやらオレの方がスピードが出るようだ。 少しずつ距離が開いていった。 そろそろかな。 オレは懐からある物を取り出して前方に投げた。 「真田忍法、『煙隠れ』」 そしてオレが投げたもの「煙玉」が爆発し、オレの周囲は一瞬にしてもうもうとした煙に包まれた。 その隙にオレは手近な木の陰にこっそりと隠れた。 が、ムカデにはそんなことは分かるまい。 奴はそのまま煙に突っ込んでいき、煙を抜けたところでオレを見失った。 当然だわな。 そこでオレが再び気を引いて、もう一度乙姫ちゃんのいる所へおびき寄せればいいわけだ。 というわけで、オレはゆっくりとムカデとの距離をとって、尻尾の後ろまで回り込んだ。 ムカデはオレを捜しているのかきょろきょろと辺りを見ているようだ。 その隙にオレは広奈ちゃんと乙姫ちゃんに目で合図を送った。 (もう大丈夫?) (こくこく) どうやら準備は整ったらしい。 オレはまた拳に気を集中した。 「いけっ、ファンネルたちっ」 オレの拳から放たれた6つのファンネル(大嘘)が再び6通りの軌道を描いてムカデにぶち当たった。 なんか気持ち的にはアレックスのガトリングガンに近いよなぁこの技。 って、そんなことはどうでもいい。 それでムカデがこちらを向き直った。 向き直ったと言っても50mの巨体が方向転換するんだからそれだけでも大仕事だな。 でもこちらを向いて首を上げただけで追いかけては来なかった。 オレの様子をうかがうようにゆらゆら頭を揺らしている。 ん? 疲れたのかな? それとも怖じ気づいた? これはもっと挑発しないとこっちに来ないのかも。 というわけで、挑発挑発…。おちょくってやろう。 「ヘイヘイ、ムカデさ〜ん。オレが怖いのかぁ?」 (反応無し) む。では改めて。 「あんたばかぁ?」 (やっぱり反応無し) だめ? じゃあ最後の手段。
「ねぇ、ムカデさん、オレを捕まえるのに何日かかる? 六日で(むぃかで)
な〜んちゃって、ぬわっはっはっ…
ていうか、オレが馬鹿みたいじゃないか。 仕方がない、こうなったらもう一度六文銭気弾をぶち当てるか。 オレがそう思って集中したときだった。 突然ムカデがオレをめがけて口から何かを吐き出した。 とっさに身体が動いてくれて助かった。 飛びずさったおかげで直撃は免れたけど、さっきまでオレが立っていた地面にそれは命中した。 嫌な緑色をした液体だった。 しかも命中した箇所の草がしゅうしゅう煙を上げてあっという間に溶けてしまっている。 「毒か」 これはまずい。 どうやらムカデの奴オレを捕まえるのは無理と思ったか、毒の唾攻撃に切り替えたらしい。 おびき寄せるどころではなくなってしまった。 オレは今度は本気で逃げ出した。 もちろん向かう方向は広奈ちゃんと乙姫ちゃんがいる辺り。 毒が怖いので後ろを見ながら走る。 するとムカデもぺっぺぺっぺと毒の唾を吐き出しつつのろのろ追いかけてきた。 これはさっきよりも遙かに危険だ。 しかも毒の唾攻撃は正確で速い。 よけるだけで精一杯。 それでもなんとか二人のいるところまで引きつけないと。 オレはますます走る速度を上げた。そして素早く左右にステップ。 べちべちと地面にむなしく毒の唾が落ちる。 「当たらなければどうということはないっ!」 前方20mではすでに乙姫ちゃんが手のひらをムカデに向け、広奈ちゃんが龍鬚弓を構えて臨戦態勢。 振り返るとムカデは唾攻撃を中断して本格的にこちらめがけて突進体勢。 このときオレはムカデが毒の唾をいっぱいに貯めていたことに迂闊にも気づかなかった。 「よし、後は任せたっ。ちゃんと当てろよ」 オレは乙姫ちゃんにそう呼びかけた。 十分ムカデを引きつけたし、これでオレの役目も果たせた。 そう思って、それが油断になった。 「淳二さんっ!!」 広奈ちゃんの悲痛な声にオレが振り返ったのと、ムカデの口から濁流のように唾が吹き出したのは同時だった。 「危な〜〜〜いっ!」 そして乙姫ちゃんの手のひらからも激流が放たれていた。 その激流は今まさにオレに命中しようとしていた毒の唾を粉砕して押し流し、そのままムカデに直撃した。 全長50mの巨大ムカデすら押し返すほどの途轍もない水の力。 ムカデが纏っていた電光の防御壁すらその力の前にあっさりと消滅する。 まさに一撃必殺! 当たりさえすれば効果抜群だ。 その、乙姫ちゃんの強烈な激流にオレは巻き込まれていた。 「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」 水の圧力によってオレは激しく前方に吹き飛ばされた。 ゴチン! びりびりびり。 「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」 なにやら堅いものに激しく激突し、しかも感電した。 当然その堅いものはムカデの頭部で、水によって放電したムカデの電気びりびりで文字通りオレは痺れた。 身体はびりびりのせいで麻痺、ムカデの口はオレのすぐ近く、しかも逃げようにも後ろからの水の勢いに負けて動けない。 これは本格的にヤバイ。 オレの脳裏に“死”がよぎった。 そして、乙姫ちゃんの水が止まったとき、オレは逃げ遅れた。 オレが飛びのくよりも速く、ムカデの口がオレめがけて食いついてきた。 避けようとするが、足が痺れていてオレは後ろに倒れそうになってしまった。 とっさに右手を地面につく。そしてバランスを保つため、左腕が一瞬宙を泳ぎ、そのまま左腕はムカデの口にくわえられてしまった。 「淳二さんっ」 「逃げて〜〜〜〜〜」 二人の悲鳴が聞こえてきた。 だけど動けない。 左腕をくわえたままムカデが頭を上げる。 そのままオレは持ち上げられてしまった。 まるで左腕が一瞬で潰れてしまうような錯覚。 いや、間違いなくこの鎧が無ければあっさりと食いちぎられていただろう。 驚くべき頑丈さだった。だけど、それにも限度がある。 がっちりとオレの腕をくわえ込んだこの巨大な口は万力のように左腕を締め付けてきた。 「くっ、駄目だ外せねぇ」 こうなったら…。 オレは覚悟を決めた。 左手が潰されるのが早いか、奴の口の中が丸焦げになるのが早いかだ。 「燃えろ!!」 オレが気合いを込めると、左手から炎が吹き出した。 相打ち覚悟で反撃したのだ。 奴の口の中が焦げる嫌な匂いがする。 だが、それで締め付けがきつくなった。 このままだと左腕がもたない。 オレの骨がきしみを上げる音が聞こえる気がした。 オレの反撃を受けて、本気で腕を食いちぎろうとするムカデ。 ますます顎に力を入れたため、ほんのわずかの間ムカデの動きが止まった。 その瞬間。 鋭い音を発してオレの左腕のすぐ脇、左腕をくわえているムカデの口のわずかな隙間を何かが通り過ぎた。 なんだ? オレが認識するよりも早く、ムカデの口の中に何かが刺さったような音。 そして、ムカデはその口を開けてオレを離した。 そのときに一瞬だけ見えた。ムカデの口の中に神鏑が刺さっていたのだ。 広奈ちゃんがこんな針の穴ほどの隙間にドンピシャ神鏑を命中させたのだった。 魔を払うという神鏑の力は確かに凄かった。 神鏑が刺さった辺りからぼろぼろとムカデの身体が崩壊していくのだ。 再び神鏑をつがえた広奈ちゃんが満月のように弓を引き絞った。 そして弦音高く放たれた神鏑は狙い過たずにムカデの顎に下から突き刺さった。 口の中と顎、二本の神鏑を受けたムカデはそのまま大音響を発して地面に倒れた。 そしてゆっくりと頭部からちりちりとその躰が崩れ落ちていく。 「勝った…か」 安堵した途端足に来た。 オレはそのままその場に座り込んでしまった。 気を抜いたら変身がとけてしまい、元の平安貴族服に戻ってしまった。 ひらひらの袖をまくって見ると左腕はぼろぼろだった。 あちこちが変色して血が滴っていた。 だけど、骨折はしていない。 「よくもまぁ、折れもせずに…」 自嘲気味に呟くと、後ろからど〜んと乙姫ちゃんがタックルしてきた、いや、一応抱きついてきたと言うべきだな。 「淳二さん、淳二さん、大丈夫? 大丈夫? 痛い? 痛い? ごめんなさい、ごめんなさい」 かなり狼狽しているし。 そして広奈ちゃんも足早にこっちに向かってきた。 ちなみにオレの左腕は動かしてみようと力を入れると激痛が走った。 (はっきり言って無茶苦茶痛ぇ) が、ぽろぽろと涙をこぼしている乙姫ちゃんと普段の10倍は緊迫した表情の広奈ちゃんを前にして、痛いだなんて言えるわけがない。 (これくらいは男だったら我慢できる!) オレは気合いと根性とガッツで平然を装って乙姫ちゃんに笑いかけた。 「大丈夫、大丈夫。ちゃんとムカデ退治できたし、よかったじゃんか」 (こくこくこく) すでに乙姫ちゃんは言語機能が麻痺しているらしい。 かえってオレよりも痛そうな顔でこくこく頷いている。 「淳二さん…」 広奈ちゃんがオレの左側に座って傷の具合を見ている。 「骨は折れてないよ。痣はしばらく残ると思うけど」 オレが苦笑を浮かべると、広奈ちゃんはほっと一息。 「よく無事で……よかった…」 「助かったのも広奈ちゃんのおかげだよ。よくもまぁ、あんな見事に命中させたもんだ」 「ふふっ」 広奈ちゃんがかすかに微笑む。 やっぱり、広奈ちゃんって本番に強いタイプだ。 今度はまだ泣いている乙姫ちゃんの方に向き直る。 泣いている女の子は誠心誠意慰めるのがオレの流儀。 「乙姫ちゃんもよくやったよ。ちゃんとムカデに水をかけたしな」 (ふるふるふる) またまた無言のまま乙姫ちゃんが首を振っている。 (でもわたしが淳二さんを巻き込んだせいで…) と涙でくしゃくしゃな顔に書いてある。 「気にすんなって、あれのおかげで毒を避けれたんだし。終わりよければすべて良し、ってね」 (こくこく) 「さて、じゃあ一旦戻るか」 「そうですね」 広奈ちゃんは笑顔で立ち上がった。 「ほら、乙姫ちゃんも泣いてないで。今度は約束通りオレの友達を捜すの手伝ってもらうよ」 そう言ってぐしぐしと頭をなでてやる。 「…はいっ」 やっと笑った。 まるで梅雨空から太陽がのぞいたような、そんな笑顔を向けられて晴れがましい気持ちになったオレは立ち上がろうと力を入れた。 と…。 「ぐあっ、やっぱり痛ぇ…」 考えてみれば、乙姫ちゃんの激流にもまれてムカデにえらい勢いでぶち当たったんだっけ。 左腕の他にも、全身打撲だった…。 更に感電したせいであちこち痺れてるし。 一瞬よろけたオレを広奈ちゃんが支えてくれた。 「さ、淳二さん。わたくしの肩に掴まってください」 そういってぴたっと寄り添ってくれたりなんかしちゃったりなんかしてるし〜。 役得役得♪♪ と、よく分からないが乙姫ちゃんも対抗意識を燃やしたらしい。 「淳二さん、わたしにもつかまってっ」 …それはちょっと無謀だと思うぞ、オレは。 「そんなちっちゃい身体じゃ無理だから。気にすんなって」 「むー、小さくないもんっ」 そして…、オレは龍神の姿に戻った乙姫ちゃんの口にくわえられて竜宮城まで強制連行されのだった。
彼は高熱を発していたのである。 昨日輪達が一夜を明かした寂れた山寺には現在輪、美亜子、寝ている春樹、太郎坊、そして春樹を見つけた鴉天狗が二人詰めかけていた。 その場に居合わせた面々は交代で春樹を看病する羽目になったのである。 ただし、暇はしなかった。 発見されたとき、春樹は血塗れでバラバラの惨殺死体のすぐ近くで気絶していた。 春樹に一体何が起きたのか、状況不明瞭、しかも本人意識不明のまま推理されていたのである。 「これはバラバラ殺人事件ね。きっとハルは何か重大な証拠を目撃したのよ。だから気絶させられたんだわ」 高らかに美亜子が断言した。 「なぁ美亜子。探偵ごっこもいいけど、どうせ春樹が目を覚ましたらはっきりするんだからあまり意味はないぞ」 冷ややかに輪が呟く。 「む……、いいじゃない。それよりあんたはどう考えてるのか、聞かせなさいよ。犯行の動機は? 密室のトリックは? アリバイ工作は?」 矢継ぎ早に美亜子が質問をぶつける。 「というか、おまえ三文推理ドラマの見すぎだ」 さっきよりも2℃ほど冷たい輪の返答。 「むか」 そして輪は考え事をするときの癖で顎に手をあてて呟いた。 「そう、すべては春樹が起きたときに判明するから、今憶測を述べても仕方がない。だが、これまでに入ってきた情報を総合するとある可能性が浮かび上がる。せっかくだから余興として説明しようか」 太郎坊のお株を奪うように薄く笑うと輪は一同を見渡した。
「あくまで可能性の問題だ」 飛び交う推理と明かされる真実。 「そんな馬鹿な。ではこれまでの仮説はすべて成り立たなくなるぞ」 登場人物達の織りなす愛憎の人間ドラマ。そしてさらなる事件が勃発する。 「あの、僕生きてますけど…」 果たして直江輪は事件の真相を掴むことが出来るのか!? 「そんなことは関係ないわ。事件は現場で起きてんのよ!」 驚きのトリック!実行不可能なアリバイ!冴え渡る迷探偵の推理!! 次回陰陽五行戦記第八話「名探偵、困難?」を待て。
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