〜大長編オリジナル日本史ファンタジー大河ドラマ小説〜

陰陽五行戦記

第一章 ◇平安編◇

第六話「目覚めれば平安の朝」


◇真田淳二&武田広奈◇


「あさ〜、あさだよ〜。朝ご飯の時間だよ〜」

(うにゅ?)

「ほらほら、起きて起きて」

ゆさゆさ。

「にゅ〜〜、母ちゃんあと5分。いや、1分でいい。…やっぱり10分」

真田淳二、寝ぼけている。

「こら〜、もう広奈さんは起きて待ってるんだからぁ」

(ん? 広奈ちゃん?)

ばさぁっ。オレは布団をはねのけた。

「きゃっ」

ん? 何かがオレの布団の下敷きになったような気がしないでもない。

「ふわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんにゃ、みゅぅぅ」

オレは盛大にあくびをして辺りを見渡した。

「ん? どこだここ?」

見慣れない和室。

「え? あれ?」

ちょっとまて冷静に考えろ、オレ昨日何してたっけ…。

いまだ寝ぼけている脳みそを必死に回転させる。

カラカラカラカラ…。

いい感じで空回りしている。

と、もぞもぞと10歳くらいの女の子が布団から這い出てきた。

「もぉぉぉ、なんですかせっかく起こしてあげたのに、ひどいな〜、ねえぇ〜」

思い出した!

ぷんすか怒っているのは乙姫。

いまはめちゃめちゃ可愛い女の子の姿だが、本性は龍神様だ。

そしてオレが寝ていたこの屋敷、竜宮城の主。

「ごめんすまないわるかった。オレ朝弱いの、許して勘弁して」

とりあえず謝る。

「むぅぅぅ。…すぐに着替えて昨日の部屋に来てね、もう朝ご飯出来てるんだから」

そう言ってぽいとなにやら服を渡された。

「んにゅ? なにこれ? 着るの?」

「そうだよ。昨日のあのへんてこりんな服じゃ京の都は歩けないよ」

渡された服を広げてみると、なにやら神社の神主か何かみたいな、白くて所々赤いひらひらの服だった。

「平安貴族?」

こんな訳の分からない服を渡されて、着替えるのに難儀したのは言うまでもなかった。

四苦八苦しながら着替えつつ、ぼんやりと昨日の夕食後のことを回想する。

そのとき乙姫の話から分かったことは今がどうやら1000年くらい前の平安時代だってこと。

(これには仰天して言葉を無くしてしまったけど、平安京という都の名前と藤原さんが権力を持っているという2点から判断した)

そして東国で平将門が朝廷に反乱を起こしている最中だということ。

全く信じられないような現実だった。

だけど、不思議なもので結局昨日はそのまま疲れて眠ってしまったし、目覚めてみれば意外に落ち着いている自分がいた。

(ていうか、一瞬現状を全部忘れていたが…)

こんな途方もない状態なのに、思考がネガティブに傾かない。こんな自分の気楽さを有り難いと思うよ、ほんと。

それとも、広奈ちゃんがいるからなのかな…。



◇直江輪&本多美亜子◇


輪が目を覚ましたのはすでに日が中天近くなっていた時刻だった。

「しまった寝過ごした…」

これで二日連続の寝坊である。輪にしてみれば珍しいことだったがなんと言っても平穏な日常とはかけ離れた状況だ。

起きあがって辺りを見回しても、そこは見慣れた自分の部屋ではなく、古めかしい山寺の中だった。

太陽の光は窓ではなく割れ目の入った木戸の間から部屋へと差し込んでいた。

すでに囲炉裏の火は消えており美亜子の姿はなかった。

立ち上がろうとした輪は今度は自分の上に美亜子のGジャンと自分のジャケットが掛けられていることに気づいた。

(美亜子のやつ…)

と、庭の方からなにやら風を切るびゅんびゅんという音が聞こえてきた。

行ってみると案の定美亜子が蜻蛉切を振り回し、型の練習をしているところだった。

気温はむしろ五月の函館よりも寒いくらいだったが美亜子はデニムのワイシャツにGパンという軽装で汗を流していた。

一通りの型を終わらせてから彼女は輪の方へ近づいてきた。

かなり激しい動きをしていたが特に息を乱した様子もなかった。

「おはよう、眠れた? 身体いたくない?」

言われて気が付いたが、堅い床の上で寝たせいか身体がぎしぎしする。

「確かに身体中痛い。それより顔を洗いたいんだが、どこか水が出るところはないか?」

「あ、それだったら裏の方に井戸があったわ」

そう言って美亜子は朝稽古を再開させた。

「あ、美亜子、顔を洗ったらちょっと手合わせしてくれないか、体を動かしておきたい」

くきくきと首を回しながら輪はこの寂びた建物の奥にある井戸に向かった。

「OK、せいぜいしごいてあげるわ」

凄まじい速さで蜻蛉切を振り回しつつ美亜子が応じた。

2人の対戦成績が39勝3敗になるのはこの後すぐだった。



「ところで、輪、これからどうするの?」

一通りの稽古も終わり、さていよいよやることが無くなってしまった美亜子であった。

「……そうだな、まずはここが本当に平安時代なのか、実際の平安京を見てみたい。それに他の4人の行方も捜す必要があるし、昨日太郎坊が朝にはまた会いに来ると言っていたから待っていた方がいいだろう。ただ、……まずは朝食を食べたくないか?」

自分のお腹をさすりつつ輪が少しだけ情けない顔を見せた。

結局昨日は夕食を食べられなかったので、正直育ち盛りの輪にとっては辛い朝だった。

「そうね、あたしもお腹は空いた。でもこんな山の中で食べ物なんて無いし…」

そう言って美亜子も肩をすくめる。

と、途方に暮れていたところ実にいいタイミングで太郎坊がばっさばっさと庭に降り立ってきた。

「どうじゃ、多少は休めたか?」

そう言って不敵に笑う。

どうやらこの天狗はこのニヤリとした笑いがトレードマークらしい。

「まぁ、それなりには…。それよりも食事がしたいのだが」

控えめに輪が提案すると太郎坊は文字通り飛び上がって驚いた。

…単に驚いた表情で一回羽ばたいてふわっと浮いたのだが。そして一言。

「なんじゃ、おぬしらは食料の備えもなく旅をしているのか? さても面妖な…」

(また“面妖”が出たな)、と内心そう思いつつも輪が仕方なくフォローする。

「まぁ、昨日は時間がなかったので話さなかったが、これでも俺達はいろいろと事情があって…説明すると長くなるんだが、要するに俺達はこの世界の人間ではなく、1000年先の未来からやって来たんだ。それも強制的に。だから当然この時代のことには疎いし、旅をするような装備もないんだ」

言いつつもため息をもらす輪。さすがにこの時代の人間(天狗だが)にこんな話をしても通じるとは思えなかった。

が…。

「なるほど、それは難儀なことだったのう」

ふむふむと頷いてみせる太郎坊がいた。

「って、理解したのか?」

目を丸くする輪。

「千年後の人間ならばおぬしらのように面妖な鎧を纏っていたとしても不思議はあるまい」

言いながら自分で頷く太郎坊。知ったかぶりをしているように見えなくもない。

要するに“天狗”なのだから常にいい格好したいのだろう。

輪はそう解釈した。

「千年後の人間がみんなあたしらみたいな鎧姿って訳じゃないんだけどね。ま、でもそんなのはどうでもいっか?」

美亜子が輪に同意を求めた。

「そうだな。どちらにせよ俺達がこの時代について無知なのはこれで分かってもらえたと思う。それと俺達の他にあと四人がこの時代に飛ばされた可能性がある」

輪の言葉に太郎坊が反応する。

「昨日言っていた捜している四人というのがそれか?」

太郎坊の物わかりの良さに満足げに輪が頷く。

「そうだ。昨日も言ったように今日は四人を捜すつもりだ。ただ、闇雲に捜して見つかると思えないし、あなた方の助力を請いたい。もちろん出来る限りの礼はさせてもらう」

輪はそう言うと真剣な目でじっと太郎坊を見つめる。空を飛べる天狗の力が借りられれば四人を捜しやすくなるだろうとの算段だった。

「あたしからもお願い。手伝って」

美亜子も珍しく素直に頭を下げた。

それが功を奏したかどうかは知らないが太郎坊はにやりと笑みを浮かべると快諾した。

「よろしい。わしらに素直に頭を下げる、その態度や良し。ただし条件がある」

そう言うともったいぶるように2人をにやりと見つめた。

「伺おう」

「あたしに出来ることなら」

2人とも即答。

「条件というのは他でもない。おぬしらの類い希なる力を貸してほしい。魔王を倒すためにな」

魔王だって?!

2人の声が見事に重なった。

「なんじゃ? 知っておるのか?」

「……」

思わず顔を見合わせてしまっていた輪と美亜子だったが、早合点かもしれない。

……世の中に魔王と呼ばれる存在がそんなにあるとも思えないが。

「いや、魔王という名に聞き覚えがあっただけだ。それは何者なのか教えてくれないか」

とりあえず輪がそういって説明を促した。

「魔王というのは鞍馬山に住む大天狗じゃ。あやつの呼び名は他にもあるがわしたちはそう呼んでおる。僧正谷にいるから『僧正坊』とか、そのまま『鞍馬天狗』とか、あるいは『鞍馬尊天魔王尊』などとも呼ばれておるがな」

「魔王が鞍馬山にいる…?」

美亜子が呆然と呟いた。

そして一瞬遅れて輪が顔色を変えた。

「鞍馬天狗…。美亜子、鞍馬天狗が魔王というなら合点がいく話があるぞ」

「え、なに?」

「伝説では源義経は元服前に鞍馬山で天狗に兵法を習っているんだ。もし葛の葉の話が正しいのなら、これはつまり義経は牛若丸と呼ばれていた頃に魔王と出会っていたと言うことを示唆している」

「じゃあ、あの弁慶と牛若丸の五条大橋の戦いは…」

が、ここで太郎坊が割り込んできた。

「ちょっと待てちょっと待てちょっと待て〜い。なんじゃ? おぬしらはやはり魔王を知っているような口振りだな」

「知ってるもなにも、あたし達をこの時代に飛ばしたのは魔王なんだから。そっか、この時代にもちゃんといるのね…。ふふふふふ、絶対殺すっ!!

(やれやれ、美亜子のやつ正直に自分の手の内をさらしてしまった。ま、この場合は問題無しか…)

美亜子の豹変ぶりに唖然としている太郎坊に対して輪は一応のフォローを試みた。

「これも説明すると長くなるが、魔王は倒されても時間が経つと復活しているんだ。だからこの先の千年間で……、5回か、この国を戦乱に叩き込んでいる。そして俺の生きていた時代にも現れた。俺達はその魔王に戦いを挑んだが、倒すことが出来ず、逆にこうやって千年前に飛ばされてしまったというわけだ」

しかし太郎坊はそれを聞いてショックを受けていた。

「なんと魔王は倒しても蘇るというか…」

(しまった)

輪が内心舌打ちする。未来を知っていると言うことは危険だ。

「だが、いくら復活するとはいえそれまでには数百年かかっている。少なくともその間は魔王が人間の歴史に干渉する事態は避けられる。ならばそのためにも魔王は倒さなくてはならないはずだ」

「………ふむ、そうかもしれぬな」

(もう一押し)

「それに、現実問題としてあなた方には今の魔王を倒すだけの理由があるのではないか」

「そう、その通りだ。わしは何を迷っていたのだ」

(やれやれ、危なかった)

内心胸をなで下ろす輪であった。

「ではわしらは魔王を倒すという目的は同じというわけだ。協力はして貰えるのだな」

「ああ」

「もちろんよ」

輪と美亜子は強く頷いた。

「ではわしらもその四人を捜すことに全力を尽くそうではないか」

そう言って太郎坊は呵々と笑った。

「まだ肝心なことは聞いていない。あなた方の魔王を倒そうという理由だ」

それに水を差す輪。

「ふむ、ならば説明せねばなるまい」

わざとらしく咳払いする太郎坊。話したくてたまらないのに無理にもったいぶっているのは明らかだった。

「そもそもいつ頃から鞍馬山にあやつが現れたのかは今となっては分からぬが、ともかく気が付いた頃には鞍馬山に住む天狗はみなあやつの手下となっておった。もちろんそれだけならわしらも倒そうなどという気にもならぬが、あやつは人間の世界にも干渉を始めたのじゃ」

輪も美亜子も黙って聞いている。それに満足したように太郎坊は続けた。

「まぁわしらとて時には深山にまでやってくる修験者に力を与えたり武術を教えたりすることはある。だが、魔王のやり方は違った。あやつはその人間を破滅させることを目的として持て余すほどに過分な力を与えるのだ。当然魔王に力を与えられたものは人間界に波乱を巻き起こし、その力を制御しきれず不幸な最期を迎えた。だが、例外もいる。それが平将門じゃ」

「では、やはり平将門は魔王に力を与えられているのか?」

そこが輪にとって一番聞きたいポイントだった。

「そうじゃ。将門は元々東国で親族との領地争いをしていたんじゃが、朝廷がその仲裁をするために将門の一族を都に呼んだことがあった。その際、魔王が彼をそそのかし、力を与え反乱にまで追いやったのだ」

太郎坊の話す内容は、瑠華が言っていた話とも一致していた。

すなわち、平将門は魔王に力を与えられた“魔人”であるということだ。

「そして今や東国はことごとく将門の手に落ちた。都の住人はいつ自分たちが攻められるかと右往左往する有様じゃ」

「では、平将門が反乱を起こし、勢力を拡大した裏には魔王が手を引いていたという事実があるのか」

「瑠華が言っていたとおりね」

2人は顔を見合わせうなずきあった。

「わしはこれでも善良な平和主義者で通っておる。だが、これ以上魔王が人間の世界に干渉することを許すわけにはいかぬのじゃ。戦うべきじゃろう」

「それを聞いて安心した。まさに俺と目的は合致している」

初めて輪の表情が緩んだ。

それを見た太郎坊はまた不敵な笑みを浮かべた。

「ふむ、ではわしは部下に食事を用意させよう。腹が減っておったのじゃろう?」

「そう、そうよ。昨日の夜からなんにも食べてないんだから」

美亜子が途端に元気になる。

「そう焦らんでもよいじゃろう。それより食事の前に捜している四人の特徴を教えてくれ」

「名前は真田淳二、伊達春樹、武田広奈、明智瑠華という。見分ける方法は簡単だ。俺達と同じようにこの時代には無い服を着ているから目立つはずだ。あるいは昨日の俺達のように鎧姿の可能性もある」

「真田淳二は赤、武田広奈は金、伊達春樹は青の炎みたいに見える闘気を纏っているわ」

だが、瑠華は鎧姿ではない。彼女の場合は葛の葉姫が憑依しているのだから。

それで輪はふと気が付いたことがあった。

美亜子に耳打ちする。

「なぁ、美亜子。もし瑠華がいるなら彼女は葛の葉姫でもあるんだからこの時代には詳しいはずだ。それに葛の葉姫の霊力があれば俺達を捜すことだって出来るんじゃないか」

「あ、そっか。それもそうね。でももし彼女がいないなら…」

「葛の葉姫は魔王のあの光をかわしている可能性もある。いるかどうかは五分五分だと思う。もちろんこの先いつまで経っても彼女がこちらを見つけてくれないのなら、この時代にいないと考えた方がいいだろう」

小声で話す2人を怪訝そうに見ていた太郎坊だったが、じれたのか声を掛けてきた。

「どうした? 何を話しているんじゃ?」

「いや、なんでもない。単に…、そう、あなた方が信用できるようだし、昨日のうちに頼んでおいた方がよかったと思って」

ちなみに昨日は太郎坊が信用できるかどうか分からなかったため、なるべく自分たちの事情は秘密にしてあった輪である。

「ふむ、なるほどな」

それで納得してくれたらしい。

太郎坊はてきぱきと部下を集めると次々に指示を出していった。

こうして輪達が食事をとっている間、太郎坊の部下の天狗達が四人(実際には輪の予想通り瑠華はいないので三人なのだが)を捜して飛び回ることになった。



◇真田淳二&武田広奈◇


朝食の用意してある部屋に入ったオレは、まずは広奈ちゃんのあでやかな姿に目を奪われた。

彼女は、十二単姿だったのだ。

もちろん重ね着した着物は12枚も無かったが、それでも金色に輝く美しい柄の着物は彼女の美しさをますます引き出していた。

その広奈ちゃんは入ってきたオレの格好にまず口が「まぁ」という形に開いた。

「おはようございます淳二さん。その服、よく似合ってます」

そう言ってにっこり笑った彼女の表情は着物姿もあってか、いつも以上に上品で綺麗だった。

「え、ああ、なんか動きにくいけどね、これ」

ひらひらと袖を振ってみる。

「それより広奈ちゃん、着物似合うね〜。えっと、なんて言うんだっけな“錦上に花を添える”ってやつだね」

むしろ“錦上に高嶺の花”だな、と思ったがそこまでは口にしなかった。

「ふふっ、ありがとうございます。乙姫様の用意してくださった着物が素晴らしいものだったんですわ」

そして花が開くように笑顔。

…たまらん。

ま、そうこうしていると乙姫ちゃんが例によってふよふよと空中にお皿を漂わせて部屋に入ってきた。

「おまたせ〜〜、さ、食べよっ☆」

朝から豪華な食事だ。

その朝食の席、オレと広奈ちゃんは乙姫ちゃんをオブザーバーにしてちょっとまじめに今の状況について整理してみた。

広奈ちゃんは割と乙姫の説明を聞いても理解できていたけれど、オレはどうも駄目だった。

こんなことならもっとしっかり日本史を勉強しておけばよかった。

あと、古文とか文学史とかさ。

まったく、受験にしか役に立たないと思って手を抜いていたら、こんなしっぺ返しがあろうとは。

ま、それは今更言っても仕方がない。あとで輪にでも教えてもらおう。

広奈ちゃんも「こういうことは輪さんがいれば…」って言ってたし。

なんか話がそれたな、んで、乙姫ちゃんにあのムカデについても心当たりがあるのか聞いたんだけど。

「あるよ。これが二回目」

平然と答えられてしまった。

「何年か前、わたしがまだ子供だったときにね、竜宮周辺に同じようにムカデが現れて困っていたことがあったの」

(子供だったとき…)

「「…………」」

多分オレも広奈ちゃんも「あんたまだ子供やろ〜」と突っ込みたかったに違いない。

でも龍神の年齢はよく分からないので黙っていた。

「…それで、そのときはどうしたんですか?」

広奈ちゃんが何事もなかったように聞いた。

「あのね、龍神にとってムカデって苦手な相手なの。だからわたしにはどうしようもなくて、誰か強い人間が助けてくれないかなって唐橋で待ってたら、えっと、藤原秀郷(ふじわらのひでさと)さんって人がやって来て、わたしのお願いを聞いてやっつけてくれたの」

一生懸命思い出しながら話す乙姫ちゃん。

「え、じゃあ、あんな化け物相手に戦った人間がいたの?」

「うん、凄い力持ちで、しかも弓矢の名人だったの。それでね、わたしはちゃんとお礼に黄金の太刀と黄金の鎧、赤銅の釣り鐘、それと無限に米が出てくる俵をあげたんだよ。大事に使ってくれてるかな…」

そういってちょっと遠い目をする乙姫ちゃん。

「しかし、いくら力持ちとはいえ、よくあんな超巨大怪獣相手に勝てたなぁ」

オレが嘆息すると乙姫ちゃんはふるふると首を振った。

「うんとね、そのときのムカデは多分昨日の十分の一くらいの大きさだった」

十分の一というと、まぁ、5mくらいか。

なんとか人間でも戦えるくらいかな。

…………ん?

「では、今のムカデはそれとは比較にならないくらいに巨大ということですか…」

「うん、そう。だからわたしも困ってたの」

そしてじっとオレの目を見る乙姫。

む。

じーっ……。

むむむ。

じーっ……。

むむむむむむむむむむむ。

じーっ……。

「分かった分かった、でもオレが倒せる保証はないぞ」

根負けしたのはオレの方だった。

「ううん。頑張ればきっと大丈夫だよ」

どういう根拠かは分からないが彼女は力一杯断言した。

「わたくしも喜んでお手伝いしますわ。でも出来れば代わりに、といってはなんですけど、ムカデを倒したら今度はわたくしたちの人捜しを手伝っていただきたいのです」

広奈ちゃんも控えめにそう提案する。

「うん、ありがとう。もちろんお手伝いするよ」

乙姫ちゃんがにっこりする。

よっしゃ、この笑顔を守るためならムカデなんぞけちょんけちょんに退治してやる!

くいっくいっ。

オレが熱く誓いを立てているとまたまた広奈ちゃんが袖を引っ張った。

平安貴族の服だけあって袖は長い。

「あの、淳二さん、非常に言いにくいんですけど」

広奈ちゃんは俯きがち。

そのため彼女の白いうなじがちらりと見えた。

めちゃめちゃセクシービューティだった。

「…淳二さん?」

「え? な、なに?」

いかんいかん、つい見とれてしまった。

「あの、ムカデですがこのまま戦っても多分勝てないと思うんですが…」

「ほえほえ??」

「わたくしの攻撃で逃げ出しはしましたがほとんど傷ついた様子はなかったですし、多分あの身体に纏っていた強力な静電気のようなものが防御壁となってこちらの攻撃を防いでいるみたいなんです」

広奈ちゃんが冷静に説明してくれてやっと理解できた。

「なるほど、確かにそうかも。なにかいい方法がないと勝てないな。第一あれじゃオレは近づけないし」

黙りこくってしまった2人を見て乙姫ちゃんが明るく提案してきた。

「あのね、いい方法があるんだけど」

きぴ〜ん。オレは音速で振り向いた。

「なになに?」

「えっとね。竜宮の秘宝に“神鏑”っていう矢があるの。残り三本なんだけど全部あげるから、それを使えば倒せるんじゃないかな」

「“しんてき”? どういう字書くの?」

恥ずかしながら聞いただけでは全然漢字が出てこなかった。

「えっと、鏑矢(かぶらや)って分かる? 飛ぶとき音がする矢なんだけど、神様の鏑矢って書いて『神鏑』。魔を払う力を持った凄い矢なんだよ」

黙って聞いていた広奈ちゃんがそれを聞いて頷く。

「わかりました。わたくしがそれをすべて命中させればムカデを倒すこともできるかもしれませんね」

「うん、秀郷さんも神鏑でムカデを退治したし、頑張ればきっと大丈夫だよ。朝ご飯食べたら持ってくるね」

「ちょ〜っと待った。ムカデの電気びりびりはどうするの? あれに当たったら矢が焼けちゃうんじゃない? それにオレもあれがあると戦えないし」

一応オレも作戦立案に関心がある。特に自分の出番がないのは許せない。この点をなんとかしてもらいたいな。

「“でんき”? でんきってなに? 防御結界のこと?」

乙姫ちゃんが聞き返してきた。なるほど、千年前には電気なんて概念はないわな。

「ええと、まぁそんなところ。雷の親戚みたいなもんかな。…で、どうにかなんない? 水でもかければ放電して無力化出来そうな気もするけど」

オレのそのアイデアに乙姫ちゃんの目が嬉しそうに輝いた。

「水をかければいいの? だったらわたし出来るよ。水を操るのは簡単だもん」

さすが龍神。

「…ではまず乙姫様が水をかけてムカデの防御結界を無力化します。それから淳二さんに接近戦をしてもらってムカデの気を引きます。そしてわたくしが“神鏑”を三本なんとか当てて見せますわ」

広奈ちゃんのこの一言で作戦は決まった。

あとは実戦。でもその前に…。

「おかわり〜」

「……わたくしも」

オレと広奈ちゃんは同時に茶碗を差し出した。

“腹が減っては戦は出来ぬ”ってね。

そしてオレ達の食欲に唖然とする乙姫(「朝からよく食べるね〜」)を後目に嵐のように朝食の時間は過ぎ、膨大な料理が食べ尽くされた。



◇直江輪&本多美亜子◇


「ところでおぬしら、力は欲しくないか?」

食事中の輪と美亜子に太郎坊はそう聞いてきた。

もちろん顔には例の不敵な笑みを浮かべている。

「欲しい…、と言ったらくれるのか?」

すぐに欲しいと言いそうな美亜子を一瞬手で制して、冷静に輪が答える。

「ああ、すぐにくれてやろう。もっともそれがどんな力なのかはお主らの持つ潜在能力次第じゃ。人によっては怪力を得ることもあるし、武芸に秀でる可能性もある。念力や幻術を使えるようになるものもおる。未来を予知したり、普通の人間には見えないものが見えるようになることもあるな」

聞いていると欲しくなる2人であった。

なにしろ現代において魔王にはまるで歯が立たなかったのだ。

少なくとも今のままでは絶対に倒せないのは明らかだった。

…無論無事現代に戻ることが出来てからの話だが。

「それは危険とか、代償とかはないの?」

美亜子が質問していた。ただし彼女の顔には『力が欲しい』とでかでかと書いてある。

「ない。ただ、その力を持った故に慢心したり、自ら身を滅ぼすものもいる。過分な力はその身に災いをもたらす可能性もある、ということだ」

「………」

珍しく美亜子がおとなしく聞いている。

「それにおぬしらはすでに人の領域を越えた力を持っておる。この上更に力を引き出したらどうなるのか、それはわしにも分からぬ」

「なるほど…」

腕組みをして輪が考え込む。

(“過ぎたるはなお及ばざるが如し”という言葉もある。自分自身が持て余すような強大な力は不幸を呼ぶ可能性もある。だが、このままではあの魔王には勝てるとも思えない。どうだ、これ以上の力を手にして自ら律することが出来るのか? どうなんだ?)

こうして輪はいつものように思考の海へと沈んでいった。

「……だが、正直、魔王と戦おうというのだ、わしとしてはおぬしたちが力を持ってくれれば心強いと考えているのじゃが」

「……」

輪は熟考モードに突入している。返事はない。

(もし、これで魔王を屠るほどの強大な力が手に入ったとしよう。ではその後で魔王以上の力を持った自分たちは正常な思考が出来るのか? その力が野心に変わったとしたら、自分の正義は? 他の4人はどう動くのだ?)

「…あたしは力欲しいけどね。でもそう言うあんたの力ってどれほどのものなの?」

美亜子は口元は笑っているが眼光は鋭かった。輪に言わせると、ろくでもないことを考えているときの表情だ。

「ほほう、わしの力が見たいと申すか」

こちらも不敵な笑み。

「そうね、興味あるわ」

眼光を飛ばしあう2人。

「ではこれはどうじゃ」

そういって、太郎坊は持っていた羽団扇でこちらにふわっと風を送ってきた。

と、ごひゅぅぅぅーーー

「…な? ぬわっ!?」

考え事をしていた輪はそのまま5mほど吹き飛ばされた。

辛うじて転倒は免れたがかなりびっくりしている。

一方の美亜子も突風に一瞬ぐらついたがなんとかこらえていた。

さすがに根性でも吹き飛ばされまいと踏ん張ったらしい。

「ほほう、だが、これはわしの本気ではないぞ」

ふふんっ、と太郎坊が鼻を鳴らす。

「他には?」

平然と聞く美亜子。

「ちょっとまてい。お前らこっちの迷惑もだな…」

輪の苦言も2人の耳には入っていなかった。

「これはどうぢゃっ」

太郎坊が印を結ぶと今度は天から石つぶてが雨あられと降ってきた。

「のわっ!? 『愛だっ!』」

命の危機を感じて輪はとっさに変身した。

そして変身が完了するやいなや、左手をまっすぐに伸ばすと叫んだ。

『護身氷壁!』

かざした輪の左手の前に一瞬で巨大な氷の盾が作られた。

これもまた輪の持つ『五行妖術』である。

ばちばちばちばち。

石つぶてが盾に当たって景気のいい音を響かせる。

一方の美亜子もいつの間にか手に蜻蛉切を握っており、それで飛んできた石つぶてを次々に粉砕していた。

(人間業じゃねぇ)

輪が嘆息する。

「ふふん、他には?」

得意顔でそう聞く美亜子。

「むぅ、では、何かわしに向かって投げつけてみるがよい」

そう言って悠然と構える太郎坊。何をしようというのか。

「いいわ、よけられるものならよけてみなさい!」

美亜子の右手がまるで居合い抜きをするように左の腰の辺りに伸びる。そしてその瞬間。

「本多家直伝!七拾七式『飛燕一閃!!!』

すると目にも留まらぬ速さで美亜子の右手が空を切り裂き、何かが太郎坊めがけて飛んでいった。

…スリッパ?

輪がなんとかその物体を認識した瞬間。

それは太郎坊の目の前で宙にとけるように消えてしまった。

「なっ??」

さすがの美亜子もこれには驚いたらしい。

「どうぢゃ」

太郎坊、鼻高々。

一瞬動きが止まった美亜子だったが即座に復活した。

彼女の闘争心に衰えはない。

「秘奥義!禁・七拾七式『飛燕乱舞!!!!』

そうして今度は合計4個のスリッパが唸りを上げて太郎坊へと殺到した。

「転移結界ぢゃっ!」

太郎坊の気迫がまたしてもスリッパを中空へと消し去る。

それを見た美亜子がゆっくりと微笑んだ。

「………おっどろいた。やるじゃないあんた」

「そうぢゃろう、そうぢゃろう。いひひひひひひ…」

嬉しそうに笑う(奇声をあげているとしか思えなかったが)太郎坊だった。

「ふふふふふふ…」

「むひひひひひ…」

笑いあう2人。よく分からないが意気投合したらしい。

「なぁ、あのスリッパはどうなったんだ?」

一瞬唖然としていた輪がようやく立ち直った。科学考証を全く無視している現象に好奇心を刺激されたらしい。

ところが、それに対する太郎坊の返答と言えば…。

「知らぬ。そのうち戻ってくるじゃろう」

「「………??」」

これには唖然とし、顔を見合わせる2人だった。

使えるんだか使えないんだかよく分からない能力だった。

「ま、この程度はほんの小手調べじゃ。他にもいろいろあるが疲れるのでな…」

一応面子は保てたのか太郎坊は不敵に笑った。

確かに面白い力を持っていることは輪と美亜子にも十分すぎるほど分かった。

特に一番の利点は長すぎる輪の思考を中断した点にあったかもしれない…。

しかし、スリッパはどこに行ったのか…。



◇真田淳二&武田広奈◇


オレと広奈ちゃんが食後のお茶をすすっていると乙姫が三本の矢となにやら曰くありげな大弓を抱えて戻ってきた。

「おまたせ〜」

じゃ〜ん、とでも言いそうな勢いで喜色満面に床に並べていく。

「へぇ、それが神鏑か…」

それは先端が二股の、要するにY字型の矢尻の付いた矢だった。

手に取って見てみると矢尻は中が空になっていて穴が空いていた。

「あの、これって当たって痛いの?」

「…え? う〜ん、破魔の力があるから大丈夫なんだよ。それに穴が空いているのは飛んだときに音を出すためなの」

「ほぇぇ〜」

なるほどなぁ。

「この弓は…」

広奈ちゃんがまるで吸い寄せられるかのように、いつの間にかその弓を手にとっていた。

割と古めかしい黒塗りの弓だった。

そして弓弦をべんべん鳴らしてみている。

「これは…、普通の弓ではありませんね。弓弦が違う…?」

それを聞いて乙姫ちゃんが口をぽかんと開けた。

びっくりしているらしい。

「ええええ?? どうしてどうして? なんでわかったの?」

「わたくしヴァイオリンをたしなんでおりますの。弓の感触には敏感ですわ。普通の弓にはこのような材質の弓弦は使いません」

淡々と説明する広奈ちゃん。

「そもそもわたくしは弓道部ですから」

「……ほぇ〜」

目を丸くして広奈ちゃんの話を聞いている乙姫ちゃん。

「ねね、で、結局どんな弓なの?」

聞いたのはオレ。

「あのね、これはね“龍のひげ”を弓弦に使ってるの。特別の弓なんだよ」

「龍のひげ?」

オウム返しに聞くオレ。

「龍鬚弓(りゅうしゅきゅう)って名前なの。もうずっと昔からある秘宝だよ。多分このひげは私のご先祖様のものだと思う」

自信満々。胸を張って説明する乙姫ちゃん。

「じゃ、これと神鏑があれば無敵って訳だな」

「そうなのっ☆ 破魔の力が凄く上がると思うよ♪」

ぱっちん☆と自分の胸の前で手を合わせてにかっと笑う乙姫ちゃん。

「でも、試し撃ちとか出来ませんよね…。実戦でうまく当たるかしら…」

ちょっと不安げな広奈ちゃん。なるほど、新しい弓に慣れるために練習したいわけだ。

「ね、予備の矢とか無いの? 練習した方がいいと思うんだけど」

それを聞いて乙姫ちゃんの表情が翳る。

「それが…無いの。…………どうしよう、都まで行って買ってきた方がいい?」

「いえ、それには及びませんわ。大丈夫です。わたくしに安んじてお任せください」

乙姫ちゃんを安心させる女神の微笑み。

「うん♪」

ま、広奈ちゃんって器用だし本番で失敗するタイプじゃないから大丈夫だろう。

「それより、ムカデはどこにいるの? 作戦が決まったことだしちゃっちゃとやっつけようぜ」

「そうだね。えっと、多分唐橋に近い三上山にいると思う。大丈夫? 今すぐ行くの?」

「もちろん! 広奈ちゃんは大丈夫?」

広奈ちゃんもそれに応えてこくりと頷いた。そして、目を閉じて集中する。

『御旗、楯無、御照覧あれ』

一瞬金色の光が彼女を覆ったかと思った瞬間。そこには楯無の鎧を身に纏った広奈ちゃんがいた。

相変わらず神々しいまでに綺麗だった。

乙姫ちゃんもうっとりと見つめていた。

「綺麗な…脱皮

違いますって。

「ほらほら、淳二さんも脱皮して」

だから違うのに…。

「むぅ、いいけどさ」

すちゃっ。オレは右手を天に突き上げポーズを取った。

ムーンプリズムぱわ〜〜〜ぁべしっ」

スパコーーン!!

どこからともなくスリッパが飛んできてオレの顔面を直撃した。

「なにゆえ〜〜?!」

ずべち。オレは盛大にすっころんだ。

「ほえ?」

「今のは?」

三人が顔を見合わせたときにはスリッパは跡形もなく消えていた。

「美亜子さん?」

広奈ちゃんが呟いていた。

よく分からないが超常現象だったらしい。

…というか深く考えると余りにも恐ろしいのでオレは思考を停止した。

では、気を取り直して。

今度は華麗に変身せねばなるまい。

ちゃき〜ん。オレは再びポーズを決めた。

ムーンクリスタルぱわ〜〜〜・メーイ…

スパコーン!
ぐふッ、

スパコーン!
ざくッ、

スパコーン!
どむッ、

スパコーン!!
ずごぉ!?……っくぅぅぅぅぅ

喉仏、眉間、みぞおち、そして股間。

またしても突如出現したスリッパがご丁寧に急所ばかりに4連コンボ。

「淳二さんっ」

広奈ちゃんの声がやけに遠く聞こえる…。

「と、父ちゃんにも、殴られた、こと、ないのに……」

ぱた。

「ええええぇ? なんなのなんなの? どうしてぇぇ??」

乙姫ちゃんが混乱していた。

そんなの答は簡単じゃないか。

「美亜子だからさ…」

オレは薄れゆく意識の中でそんなことを考えていた。



◇直江輪&本多美亜子◇


ぺち。

「ん?」

ぺちぺちぺちぺち。

輪の足下に唐突にスリッパが五つ出現した。どうやら戻ってきたらしい。

「…どういう理屈だ?」

輪が呟く。

「ま、確かによく分からないけどそれなりに力はあるみたいね」

美亜子も自分の技が通じなかったことで太郎坊を見直したらしい。

スリッパを拾って服のどこかにまたしまい込んだ。

「…どこに収納しているんだ?」

こちらもある意味謎だった。

「さて、どうだ、力を求めるか?」

再び太郎坊が問う。

「そうね。あたしは…ん?」

美亜子が何かに気づいたようだ。

空の片隅を指さしている。

「あれは?」

輪と太郎坊も美亜子が指さす方を向いた。

ばっさばっさと鴉天狗が二匹、何かを抱えながら飛んできた。

「太郎坊様! 見つけました!!」

「しかし、危険な状態です!!」

二匹がほぼ同時に叫んでいた。

よく見ると抱えているのはぐったりとしている人間だった。

「…ハル?」

それは伊達春樹に間違いなかった。だが、地上に降ろされ輪達の目の前に寝かされた春樹に意識はなく手足もだらりと力無く垂れ下がっている。

「春樹! おい春樹っ、しっかりしろ!!」

輪の叫び声が愛宕山の山中にこだました…。


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