〜大長編オリジナル日本史ファンタジー大河ドラマ小説〜

陰陽五行戦記

第一章 ◇平安編◇

第五話「天慶の夜明け前」


◇伊達春樹◇


輪と美亜子が謎の集団に取り囲まれ、淳二と広奈が乙姫と会っていた頃。

ついに春樹は立ち上がり、動き出した。

といっても、別に春樹というOSを起動したわけではない。

伊達春樹は単にあまりの心細さに一カ所にじっとしていることに耐えられなくなっただけである。

しかられた子供が暗くなってから仕方なく家に帰るように、とぼとぼと真っ暗な夜の森を歩いていた春樹であったが、彼の前方になにやらちらちら光る灯りが見えたときその表情が一変した。

朝教室に入ったら広奈しかいなかったときにもこんなに嬉しそうな顔はしないだろう、というくらいのにこにこ顔だった。

思わず走り出した春樹だったが、近づくにつれ、それが焚き火であることをまず確認し、次に火の側に一人の女性がいるのが見えてきた。

よく分からないまま連れてこられた魔王との戦いの中、気が付けばこんな夜の森に一人……。

周りに仲間の姿はなく自分の置かれた状況すら把握できずにいた…。

じわっ。

これまでの心細さの反動か知らず知らずのうちに春樹の目に涙が溢れてきた。

それを拭こうとした春樹は自分が未だ鎧姿のままだとこのときようやく自覚した。

「あ、どうやって戻るんだろ…」

そう口に出した瞬間、彼は変身前の状態、すなわちGパンにトレーナー、フード付きのジャンバーという普段着に戻った。

「……」

あまりの呆気なさに一瞬止まってしまった春樹だったが、気を取り直して焚き火の方へと近づいていった。

森の中から現れた春樹にその女性が気が付いたときには2人の距離はおよそ10m。

そして春樹の目に映ったのは何枚もの着物を重ね着し、明智瑠華と同じかそれ以上に長い髪を古風に結った30歳くらいの美しい女性だった。

着物といってもおそらくは旅装束。そして何よりも眉の上を黒く塗っているその姿は…。

(源氏物語に出てくる平安貴族みたいだ)

だが、春樹に先んじてその女性が顔を恐怖にゆがませた。

「あ、あああぁ…」

言葉にならない声を上げて後ずさる。

当然春樹は慌てた。

少なくとも自分の顔を見られて怖がられた経験は………、あった。昔鉄棒から落下して頭を血だらけにして家まで帰る途中、道行く人が皆自分をびっくりした目で見ていた。

結局自分がどうやって手当されたのか覚えてないのに、自分を驚きの目で見る人、中には悲鳴を上げた女性もいた、そんなことは鮮明に覚えている春樹だった。

そして瞬時に連想されたそんな記憶を頭の中から振り払い、なんとか女性を落ち着かせようとつとめる。

「あ、あの脅かしてごめんなさい。僕は、あのそんな、あ、怪しいものでは…」

だが、女性はそのまま春樹に背を向けて逃げ出した。

再び春樹に悪夢の記憶が蘇る。あれは田舎の祖父の家に行ったとき、肥溜めに落ちて泣いている春樹から仲良くなったはずの女の子は素早く離れていったものだ…。

ふるふる、嫌な記憶を再度封印し、春樹は女性を追うことにした。

「待ってください」

いくらなんでもあそこまで怖がられる理由が分からなかったし、なによりここで初めて出会った人間だ。

ちゃんと話をしたかった。

分からないことだらけの自分を助けてほしかった。

「待ってください、聞きたいことがあるんです、お願いです」

追いかけながら必死に懇願する。

だが、女性は振り返らない。一心不乱に逃げている。

その逃げっぷりたるや『恐怖からの逃走』とか『恐慌状態』と名前を付けて額縁に入れて飾りたいほどだ。

春樹がよく見ると女性が履いているのは靴ではなく草履だった。

当然走りやすいわけが無くすぐに春樹は追いつくことが出来た。

「あの、怖がらないでください、その、道に迷っているんです」

らちがあかないと見て春樹は女性の前方まで回り込んだ。

暗くて表情までは分からなかったが、真正面から見たその女性の顔は恐怖にゆがみすでに血の気を失っているようだった。

それが春樹を見てまた後ずさる。

ともすれば自分も泣き出したいところだったが、なんとか笑顔を作ろうとする。

「あの安心してください、決して危害を加えようとかじゃないんです。あの…」

だが、春樹の言葉を聞くことなく、そして必死でこさえたぎこちない笑顔を見ることなく、その女性は苦しそうに胸を押さえてうずくまってしまった。

春樹はますます狼狽した。

「だ、大丈夫ですか」

「……げ……さい」

「え?」

声が小さくて聞き取れなかった。

「なんですか?」

その女性は苦しげに息をつきながら今度は春樹の顔を見てはっきりと言った。

「お逃げ…ください」



◇直江輪&本多美亜子◇


片歯の高下駄、山伏か修験者のような服、羽団扇、背中の大きな翼、赤ら顔。

そして何よりもその異様に高い鼻。

木の上から舞い降りてきた人影はこのような姿をしていた。

「わしの名は太郎坊。この愛宕山に棲む天狗を束ねておるものだ」

そう言って輪と美亜子を交互に見て不敵に笑う。

(蜘蛛の化け物に続いて今度は天狗か…)

輪は心中嘆息した。ますますもって尋常じゃない。

「ところで、愛宕山って言ったけど、ここが愛宕山なのね」

美亜子が平然と太郎坊を見つめ返して尋ねていた。

相変わらず怖いもの知らずだった。

「そうだ。なに、ここが愛宕山だと知らずに入ってきたのか?」

渋い中年の声が聞き返してきた。

「輪、愛宕山って聞いたことあるんだけど、どこだったっけ?」

太郎坊からの質問には答えず、美亜子が今度は輪に尋ねる。

「愛宕山といえば確か京都の近く。…ではここは京都なのか?」

逆に輪も太郎坊に聞き返した。

もし京都の近くの愛宕山だというなら一瞬のうちに函館から京都まで飛ばされたと言うことになる…。

「京、と? ああ、そうだ、この山を下れば“平安京”だ。……なに? そんなことも知らぬのか」

ますます不思議そうな顔をする太郎坊だった。

だが、輪が受けた衝撃は甚大だった。

「平安京!? 平安京だって!!?」

思わず額に手をやる輪。

がつん。

またしても“愛”の前立てと鎧がぶつかって金属音をたてた。

かなり動揺している。

「なに驚いてんのよ。平安京でしょ。鳴くよウグイス平安京。歴史でやったじゃない………え?」

続いて美亜子にも衝撃が走った。

「??」

二の句が継げないでいる2人をこの上なく不審そうに見ている太郎坊であった。

「…一つ教えてくれ。今、何年だ?」

やっとの事で輪がそう聞く。

「ますます面妖な…、今は天慶三年の如月、朱雀天皇の御世だ。よもや、それすらも知らぬと言うか?」

「“てんぎょう3年”って西暦だと何年?」

再び太郎坊の質問には答えずに、美亜子が輪に聞く。

……ふるふる。

輪は無言で首を振った。知らない年号だった。

さらに朱雀天皇という名前にも聞き覚えがなかった。

もう少し詳しく教えてもらった方が良さそうだ。

輪はモードを切り替えた。

「……いや、見苦しいところをお見せして申し訳ない。俺達はどうやら世事に極めて疎いようだ。良ければ詳しく教えてもらいたいのだが…」



◇真田淳二&武田広奈◇


「ね、乙姫ちゃん、すっごく基本的なこと聞いていい?」

ようやく鎧が乾いたオレが質問する。

「なぁに?」

ちょこっと首を傾げて聞き返す乙姫ちゃん。

「ここどこ?」

その質問に乙姫ちゃんが目を見開く。ついでけたけた笑い出した。

「ここは近江の国。この川は瀬田川だよ」

にこにことそう教えてくれる。

(オウミの国?)

聞いただけだと漢字変換できなかった。

「広奈ちゃんオウミの国だって。ナの国とかラウの国の仲間かな? やっぱりオーラロードは開かれた?」

「あの淳二さん、言っている意味がよく分かりませんが、近江は昔の国名で、近江の国は今の滋賀県のことですよ……………………。あら?」

広奈ちゃんからフォローが入る。

と同時に何かに気が付いたのか広奈ちゃんはなにやら考え込んでしまった。

「滋賀県? じゃなに? ここは異世界じゃなくて滋賀県なの?」

……滋賀県ってあんなムカデの化け物が生息してたっけ?

二人して考え込んでしまったオレ達を不思議そうな目で見ている乙姫ちゃん。

「ね、お話は竜宮城でしようよ。こっち来て」

そう言ってすたすた歩き出してしまった。

しょうがないので無言でついていくオレと広奈ちゃん。

そしてしばらくすると橋が見えてきた。

といっても、木製の古めかしい橋だ。

「これが瀬田川の唐橋。そして橋の下に竜宮城への近道があるの」

自慢げに紹介する乙姫ちゃん。そして

「じゃ行きましょ☆」

ざぶざぶとそのまま川の中へ進んでいく。

「あの、ついていきたいのは山々ですが、オレら溺れますけど…」

当然だわな。

すると乙姫ちゃんはにっこり笑って振り返った。

「ところがどっこい溺れないんだよ〜」

マジですか?

オレが躊躇していると広奈ちゃんがざぶざぶと川の中へと入っていく。

よく見ると彼女の周りに空気のバリアーが出来ていて全然濡れていなかった。

こりゃ凄い。

オレも続いて川に突入。

面白い。まるで球形の透明なボールに入って川に潜ったような感じ。

でも夜だからはっきり言って暗くてよく見えない。

そうして暗闇にぼんやりと見える乙姫ちゃんの白い着物の後を追っていくと川底になにやら亀さんのような石像?が置いてあった。

「これに手をふれてね」

まず広奈ちゃんが触ると瞬時に彼女の姿が消えてしまった。

「え?? どこ行っちゃったの?」

「竜宮城へ転移したの。淳二さんもどうぞ」

言われるままにオレも手をかざす。すると一瞬身体が軽くなったような感覚があり、続いて光に包まれた。



◇直江輪&本多美亜子◇


桓武天皇の平安京遷都よりおよそ150年。

平安時代も中期の頃である。

およそ40年前には太宰府で憤死した菅原道真公の亡霊が都を悩ましていた。

35年程前には紀貫之らの手によって新古今和歌集が完成している。

そして現在。このころの朝廷は藤原氏の全盛期をまさに迎えんとしていた。

しかし、東国では富士山が噴火し、平将門が乱を起こしていた。

海には藤原純友を初め海賊が横行し、世情は不安定。

都には怪異が頻繁に起こり、世は混迷の度を深めていた、そんな時代であった。



「……これまでの話から判断すると、今俺達がいるのは多分西暦940年の2月。歴史の教科書通りなら平将門の乱が終結する年だ」

「驚いた、細かい年号までよく覚えてるわね」

美亜子が目を丸くする。それは明らかに芝居じみた仕草だった。

「…俺が驚いてほしいのはここが1000年前の京都だってことだが」

「そんなこと分かってるわよ…」

いいながら美亜子は俯き手を額にあてた。

そして2人同時にため息。

輪と美亜子は先ほどまで太郎坊に聞いた話を整理し、今後の対策を練っているところだった。

場所は愛宕山の山中、すでに人のいなくなった山奥の廃寺、あるいは修験者の修行場とも思える古い建物。

疲れているので雨露をしのげる場所がないかと輪が尋ねたところこの場所に連れてこられた。

とりあえず寒いので囲炉裏に火を起こしてもらい、その火に当たりながらの対策会議というわけだった。

「要するに“魔王”のせいであたし達は1000年前の過去に飛ばされた訳ね」

「そう…考えるとしっくりくるな」

ちなみに2人とも今は鎧姿を解いて普段着に戻っていた。

美亜子はストレートのGパンに白のワイシャツ。Gジャンを羽織っている。

輪は黒のズボンに黒のワイシャツ。限りなく黒に近い紺のジャケットと黒ずくめ姿。

太郎坊は輪と美亜子の姿に「面妖な」と何度も繰り返したが今はどこかに行ってしまっていなかった。

輪と美亜子が人払い(天狗払いか)を頼んだので一応周りには誰もいなかった。

狭く薄暗い建物の中で時々焚き火がはぜる音が響いている。

「……みんな無事かしら」

膝を抱えた姿勢のまま美亜子がぽつりと呟いた。

それはいつもの傲岸不遜な彼女からは5光年ほど離れた態度だったので輪は正直驚きを隠せないでいた。

「…どうだろうな、でも夜が明けたら太郎坊に頼んで捜してもらおう。空からなら見つけやすいだろうし」

「そうね…」

美亜子の返事があまりにも弱々しかったので輪は言葉を失ってしまった。

しばらくそのまま時間だけが流れていく。

輪は自分の考えに没頭していった。

今日の放課後に瑠華から聞いた話。

魔王、魔人となった平将門、そして魔王と戦う『陰陽武道士』。

日本の歴史が動くときその影に存在していた魔王。

今が平将門の乱と同時期だというのならこの時代にも魔王はいるのだろうか。

そして瑠華の話だと魔王と平将門を倒し、平安京を救ったのは安倍晴明だという。

だとするとこの時代には安倍晴明の母だといっていた葛の葉姫も…。

まずは安倍晴明を尋ねてみよう。彼から話を聞けば何か分かるかもしれない。

そして出来ることなら葛の葉姫とも会ってみなければ。

「なぁ美亜子明日の…」

輪はそこで言葉を飲み込んだ。

すでに美亜子は膝を抱えたまま寝息を立てていた。

(やっぱり美亜子も…)

輪は自分のジャケットをそっと美亜子に掛けると、いつ果てるともしれぬ思考の海へと沈んでいった。

1000年前も時間は静かに流れている。



◇伊達春樹◇


「オニゲ、クダサイ…?」

初め春樹はその女性の言った言葉の意味が分からなかった。

この状況と全くそぐわない第一声だったからだ。

(お逃げください?)

逃げろ? 何から逃げろと言うのだろう、逃げていたのはこの女性ではなかったのか?

立ちつくす春樹の耳に間近から甲高い鳥の鳴き声のような叫び声が聞こえた。

「え…?」

どこから現れたのだろうか、女性のすぐ後ろにそれはいた。

それは非常に奇怪な獣だった。なんと表現したらいいのか、いくつもの獣の寄せ集め、合成獣、キメラ…。

大きさは熊ほどもあるだろう、頭は猿、胴体は狸、手足は虎のそれで尻尾は蛇だ。

そして鳥のような鳴き声。

春樹は辛うじて悲鳴を飲み込んだ。

だが、足が震えて動かない。襲いかかる死の恐怖に精神はなんとかしようとするのだが、身体が動いてくれない。

よくこういう夢を見る…。

逃げなければと思って足を必死に動かすが、強い風に吹かれているかのように少しも前に行けず、そしてそこで目が覚めるのだ。

だが、目の前にいるそれは夢などではなかった。

そうしている間にその化け物はじりじりとこちらに回り込みながら近づいてきた。

ちょうど春樹を中心にコンパスが半円を描くようにして化け物はそのまま後ろまで回り込んだ。

恐らくうずくまってしまったその女性の視界にも入っただろう。

だが、悲鳴は聞こえなかった。

「………に、逃げないと」

ここに来てようやく思い至った春樹はその女性の方をちらりと見た。

顔を覆って泣いているようだった。その化け物が目に入っているのかいないのか、それとも必死に目をそらしているのだろうか。

(どうしよう、この人を置いて逃げるなんて出来ないし、でもこんな化け物相手にこのままじゃ…)

だが、その化け物はこれ以上の考える時間を与えてはくれなかった。

甲高い鳴き声を発するとこちらに向かってきた。

(……!!!)

春樹の意識とは無関係に彼は再び『陰陽武道士』としての姿に戻っていた。

すなわち黒塗りの鎧に三日月の前立ての兜、手には火縄銃。そして全身から青く輝く闘気が吹き出している。

だが、春樹は自分が変身したことにすら気が付いていない。

唖然としたまま化け物の一撃を体は勝手にかわしていた。

無意識のうちに銃口が化け物に向いていた。

そしてそこから霊気の弾丸が発射された。

ズドォン!! 至近距離から撃たれ化け物は一瞬ひるんだ。

だが、春樹の方の抵抗はそれまでだった。自分が攻撃したことに呆然としている。

そして立ち直った化け物が前脚の鋭い鉤爪を春樹に叩きつけた。

ざくっ、立ちつくす春樹の右腕に深々と爪が食い込み血が噴き出す。

初めに感じたのは灼熱の鉄を押しつけられたような途方もない熱さ。

ついで気を失ってしまいそうな痛みが襲ってきた。

「あ、あぁぁぁ!!?」

自分の腕から流れる血を見て春樹はこの時初めて悲鳴を上げた。

そのまま化け物は春樹に前脚を何度も叩きつけ、鋭い牙で激しく何度もかみついた。

そのたびに春樹の身体の各所から血が噴き出す。

獲物の全身を赤く染める血にますます化け物は興奮し、凶暴さを増していた。

最後に尻尾の蛇が春樹の首筋にかみついたとき、彼の意識は飛んだ。

(死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない)








………。

そしてどれくらいの時がたったのか、春樹が正気を取り戻したときには、すでに目の前に化け物の姿はなく、受けた傷も急速に塞がっていた。

「……生きて、る?」

安堵した瞬間、彼は再び人間の姿に戻っていた。ジャンバーにもトレーナーにもGパンにも、彼が流した血は一滴も付いていない。

「助かった……? あ、そう言えば女の人は?」

(よかった、自分が助かったのだから彼女も無事だろう)

そう思って振り返った春樹の目に飛び込んできたのは、まず色だった。

それは暗闇の中で黒く見えた。

地面に染みついた黒い液体。

そして辺りに散らばっている何かの欠片のようなもの。

「え……?」

それは無惨に切り刻まれ血の海に沈む女性の亡骸だった。

いや、すでにバラバラの肉片と表現する方が適当なほどにそれは原形をとどめていなかった。

遅れて春樹はむせ返るような血の匂いを感じた。

「な、なんで……」

呆然としたまま後ずさる春樹はそのまま尻餅をついた。

視点が低くなったため、彼の目が女性の頭部を発見した。

赤く染まり、すでに何も映していない瞳だけが春樹のことを見上げていた。

(何故こんなに低い位置に頭があるんだろう)

まるで地面から生えているようなその頭部がすでに胴から切断されていた生首だと認識した瞬間、春樹は意識を失った。



◇真田淳二&武田広奈◇


「………こりゃ絵にも描けないわ」

竜宮城を見たオレの正直な感想。

それは自然が作り出した奇跡ともいうべき美しい洞窟だった。

どういう原理か壁がぼうっと光っていて全然暗くない。

しかも鍾乳石が垂れ下がっている天井は遙かに高い。

一体どこの地底空間にこんな広い場所があるのだろうか。

オレが呆然と天井を見上げていると後ろから声を掛けられた。

「凄いでしょ? ここが竜宮城。琵琶湖の底にある洞窟なんだけどね。いろんな所と繋がってるんだよ。瀬田川の唐橋もその一つなの」

後ろから声が聞こえてきたので振り返るとかすかに輝きを残す亀みたいな石像が置いてあってその隣に乙姫ちゃんが佇んでいた。

「この亀さんがそのいろんな場所に繋がっている転移装置ってことかい?」

「そうだよ。他にもたくさんあってわたしも全部は把握していないの。さ、こっちに来て、お腹空いてるでしょ?」

「ええとっても」

オレと同じように天井を見上げていた広奈ちゃんが目を輝かせていた。

考えてみれば晩ご飯を食べていなかった。

そして乙姫ちゃんの案内でオレ達は洞窟の更に奥へと進んでいった。

すると…、驚いたことにそこに正真正銘の宮殿があった。

写真で見た平等院鳳凰堂ってこんな感じだったかな。確か寝殿造り、そんな貴族の邸宅って感じの宮殿。

それが洞窟の中、広大な空間に違和感なく建っていた。

「…これは、素敵なお住まいですね」

広奈ちゃんがそう言っていた。

「えへへ、そう言ってくれると嬉しいな♪ ささ、どうぞ〜」

そう言ってオレ達を迎え入れた乙姫ちゃんに続いて玄関をくぐるとまさに日本家屋の粋をこらしたような内装が出迎えてくれた。

「どこぞの超高級老舗旅館みたいだな…」

それが正直なオレの感想。

そして玄関から屋敷に上がろうとした時に気が付いた。

脱ごうにも靴を履いていない。

いやいや、それどころか未だにオレ達は鎧姿のままだった。

思わず広奈ちゃんと顔を見合わせるオレ。

「これさ、元の姿に戻ったほうがいいよね…」

「そうですわね」

そして二人して元の、普段着の姿へと戻った。

「え、え、え、え、えぇぇぇ!? 脱皮?

それを見ていた乙姫ちゃんが驚きの声を上げる。

「あ、いやこれは脱皮じゃなくて、その変身を解いたというか、元に戻ったというか」

ま、そういいつつオレにも良くこのメカニズムは分かっちゃいないんだけどね。

ともかく、変身を解くと鎧はどこへともなく消えてしまい、また普段着に戻るってわけだ。

オレはベージュ色のズボンに跳ね馬のマークが付いた真っ赤なフェラーリポロシャツ(お気に入り)。そしてワイン色のブルゾンといういでたち。

当然真っ赤なフェラーリ帽子も忘れちゃいけない。

一方の広奈ちゃんは黒地に淡い花柄模様のタイトスカート、白のハイネックセーターに高そうなブラウン系のコート姿だった。

はっきり言って普段着とはとても思えないような、とってもエレガント、実にお嬢様チックな姿だった。

もうコーディネートはこーでねぇと。

………こほん。

「実のところわたくしたちがあの姿になったことも話すと長くなります。食事の時にお話ししましょう」

やんわりと広奈ちゃんが乙姫に話していた。

「そうだね、じゃあ奥の部屋で待ってて、今食事を運んでくるから」

そう言って乙姫ちゃんは右側の部屋へと消えていった。

多分そっちに台所があるんだろう。

「……って、あの子料理できるのかな?」

オレの疑問は当然のものだったろう。

広奈ちゃんも心配そうだったがひとまず奥の部屋に行くことにした。

待つこと数分。

オレは度肝を抜かれた。

なにせ、ふよふよとたくさんのお皿が宙に浮かんだまま部屋まで運ばれてきたのだ。

そして乙姫ちゃんがそれに続く。

「お待たせ〜☆ ささ、遠慮しないで食べてね」

二畳くらいあるような巨大な食卓に次々とお皿が並べられていく。それも勝手に。

「……あのさ、どういうからくりでお皿が宙を舞ってるんだ?」

「え? わたしの念力で」

さらりと答えられてしまった。なるほど、念力ね…。

「まぁ、これはご馳走ですわね」

さも嬉しそうに広奈ちゃんが目を輝かせる。

食卓に所狭しと並べられたのは最高に旨そうな山海の珍味だった。

それでもう念力なんてどうでもよくなってしまった。

「さ、どうぞ召し上がれ☆」

「「いただきます」」

唱和してしまった。そして後はひたすら食べまくる。

これが、旨いのなんの。

「ね、乙姫ちゃん、これ全部君が作ったの?」

「ううん、これは竜宮城に伝わる秘宝『赤銅の鍋』から出てきたの。この鍋からは無限にご馳走が出てくるの」

凄い秘宝だ。ドラえもんのひみつ道具みたいだな。

ちなみに広奈ちゃんに目をやると、彼女は常人の5倍くらい上品に、10倍くらいの速さで食べていた。

むしろこっちの方がいろんな意味で神秘だった。

……ともかく、オレ達はこの食事の席でいろんな情報を交換した。

もちろん乙姫が話した情報はオレ達を驚かせるものばかりだったけど、それは話すと長くなるからまた今度にしよう。

ひとまず今晩はゆっくり休んで夜が明けたら輪達を探しに行こう。

オレが巻き込まれたこの不思議な体験はこのときまだまだ始まったばかりだった。




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