〜大長編オリジナル日本史ファンタジー大河ドラマ小説〜

陰陽五行戦記

第一章 ◇平安編◇

第四話「遭遇者は夜に笑う」


前回までのあらすじ(真田淳二編)

あと一歩の所まで魔王を追いつめたオレだったが(著者注:追いつめてません)、魔王のやつは卑怯にもオレ達を異世界ってとこに飛ばしやがったらしい。

広奈ちゃんはオレの所にいるけど輪、美亜子ちゃん、ハル、そして瑠華ちゃんの4人はどこにいるのか分からない。

しかも辺りは鬱蒼とした夜の森。広奈ちゃんが言うには色々不思議なものが見えるらしい。

こんな場所じゃどんなことが起きるのか想像もつかない。

非常に危険が危ない状況なわけだ。

でも、オレの活躍でこんな所からさっさとおさらば、他の4人も見つけだしてみせるぜ!!


あらすじ終わり。


「というわけで広奈ちゃん、ここが異世界だって事は分かったからさ、他の4人を捜そうぜ。こんな暗い森の中に飛ばされたんだ、きっと今頃怖がってるぜ」

不安げな彼女を安心させるためにもにっこり笑って言ってやる。

正直に言えばオレも不安…なわけがあるわけないわけないわけだ。

二人して途方に暮れれてもしょうがない。行動あるのみ!

「そうですね、皆さんを捜してひとまずこの先どうするか相談しましょう」

オレの言葉を聞いて広奈ちゃんもにっこりと笑ってくれた。くぅぅぅ、やっぱ可愛いよなぁ。

普段着ている高そうな服もいいけど、鎧姿がこんな綺麗だなんて意外だなぁ。

よっしゃ、この笑顔を守るためならオレはどんな化け物とだって、戦い抜いてみせる!!

くいっくいっ

夜空に輝くお星様に向かって熱く誓いを立てていたオレの鎧を広奈ちゃんが引っ張った。

「なしたの?」

「あの、淳二さん、非常に言いにくいんですけど」

口元に右手をやって俯く広奈ちゃん。左手はオレの鎧をしっかり握って離さない。

「なに?」

そう聞くオレの口調、浮かれてなかっただろうか。駄目だ駄目だ、ここは男らしく頼りがいがあるところを見せよう。

「あれって、わたくしの目の錯覚ではありませんよね?」

おそるおそるって感じでオレの後ろを指さす彼女。

さては、またオレには見えない何かにおびえているんだろう。

「何がだい?」

オレ的には“頼れる男”っぽく振り返ってみた。どうせオレには見えないだろう。見えないものは全然怖くない。これ幽霊と同じ。

が、しかし。

「んきょわりゃぁ〜〜!!?」

「あ、やっぱり本物?」

オレが絶叫するサマを見て広奈ちゃんがこっそり呟いた。

そこにいたのはムカデだった。

とにかく長くて足がいっぱいあったからムカデだろう、でも大きさが並みじゃなかった。

頭を大きく持ち上げてこっちを見ているが、その高さはその辺の木より高い。

多分10mくらいだ。てことは全長は一体何メートルあるんだ?

尻尾の方は森の木々に隠れて見えやしない。

なんなんだこの非常識なナマモノは??

前言撤回。こんなのとは戦いたくないぞ。

思わず逃げ腰になるオレ。だが、またまた広奈ちゃんが鎧を引っ張る。

今度はなんだ?

「あの、淳二さん、非常に言いにくいんですけど」

さっきと全く同じ事を言う広奈ちゃん。っていうか、のんびり話しなんかしている場合じゃないぞ。

「どうぞ、言っちゃって」

またまた口元に手をやって俯き加減の広奈ちゃん。その口からこの場にそぐわない美声が紡ぎ出された。

「ムカデさん、わたくし達を餌と認識しましたわ」

「逃げるぞぉぉぉぉぉぉぉぉ」

オレは慌てて広奈ちゃんの手を取って走り出した。

鬱蒼とした森の中しかも夜、足下がおぼつかないが、んなこと言ってる場合じゃない。

後ろからはばきばきと木を倒しながら大ムカデが迫ってくる。

さすがは異世界、常識が通じやしねぇ。

って、なんかどんどん距離が縮まっているのはオレの気のせいか?

「くそっ、やっぱり森ん中は走りにくいぜ」

思わず毒づく。それを聞いたのか後ろを走る広奈ちゃんが声をかけてきた。

「淳二さん、水音が聞こえました。多分この先に川があります。行き止まりかもしれません」

やばい、大ピンチ。いわゆる背水の陣てやつじゃないか。

韓信もびっくりだ、って、こういう話は輪の十八番だったな。

いや、だから、そんなことはどーでもいい。ここは迎撃するしかないのか? でもこんな超巨大怪獣大戦争とどうやって戦ったら…

真田淳二生涯最大のぴ〜んち!!

「あ、よかった、河原があります。これなら少し走りやすいですね」

オレの張りつめた緊迫感にぷすっと割り込むように広奈ちゃんの声が聞こえてきた。

彼女全然焦ってるように見えない。2人並んでマラソンの練習でもしているかのような錯覚に陥りそうになる。

「よっしゃ、これで逃げ切れる!」

つられて楽観的になってしまうオレ、単純。

が、世の中そう上手くいかない。

河原に出た途端ムカデのスピードが上がりやがったんだ!

「走りやすくなったのはムカデさんも同じでしたか」

冷静に分析する広奈ちゃん。

っていうか、追いつかれた!!

ムカデの顎がオレ達の真後ろに迫った。かみつかれたら一撃でアウトだ。

それにそろそろ走り疲れてきた。ここは覚悟を決めるときみたいだな。

「広奈ちゃん、そのまま走って逃げろ!! 振り返るな!!!」

そう叫んで自分を奮い立たせる。そして急停止、ムカデを迎え撃つべく振り返る。

ムカデの顎はオレの目の前にあった。グロテスクで無骨な頭部はそれだけでワゴン車くらいの大きさだ。

そして、それがオレに食いついてきた瞬間!!

「にょわっ!!」

オレは跳んだ。

恐らくムカデにはオレが消えたように見えただろう。

がちん! むなしくオレのいた場所でムカデの顎が閉じられた。

そしてそのときオレはまさにムカデの頭部の真上にいた。そのまま重力によって落下運動に入る。

「急降下爆弾キーーーーーック!!!!!」

ぶわっ。

オレの気合いに呼応してつま先から炎が吹き出した。これがオレの『五行妖術』だ。

そしてそのままムカデの頭部に跳び蹴りを叩き込む!!

ずどぉぉぉん、ぼへぇぇぇぇ!!

決まった!!

オレのキックはムカデのカチカチの外骨格を突き破り、吹き出した炎は傷口を焼き尽くす。恐らく内部組織は黒焦げだろう。

ふっ、恐ろしい、恐ろしいぜ、このオレ様の実力!!

広奈ちゃん!見ててくれたかい?

きぴーん、オレはポーズを決めて後ろを見た。

「………確かに振り返るなとはいったけどさ」

彼女は一心不乱に逃げていた…。

「にゅむぅぅぅ、どうしてほんとに逃げてるかな」

だが、ムカデの動きが止まったのに気が付いたのか広奈ちゃんはこっちを振り返った。

そして、遠目でよく分からないが多分びっくりしていた。

その証拠に彼女が両手で口を押さえていた。

口が何か言葉を紡ぐように動いた。

ん? よく聞こえない。なんて言ってるんだ?

「淳二さん危ない!!」

そのとき、オレの足下がぐらりと揺れた。

そうだ、オレムカデの頭の上に乗っかってたんだっけ。

やけにゆっくりとそのことが認識される、そして、オレは気が付くと10mくらい上空まで持ち上げられていた。

そう、ムカデが思いっきり頭を上げたのだ。

そして、それはいきなり来た。

びりびりびりびりびりびりびりびり。

「しびゃらぁぁぁぁぁぁぁ」

感電した。

突然ムカデのやつが帯電したのだ。

電気ナマズもびっくりである。こいつは超巨大電気ムカデだったらしい。

って、冷静に解説している暇はなかった。

なぜなら、オレは衝撃で吹っ飛ばされて真っ逆さまに落下中だからだ。

ん? 落下中だと?

「にゅごわぁぁぁぁ……」

どばっしゃーーん。

そして、オレはものの見事に川に落下した。

河原だったら石に頭を打ってお陀仏だったかもしれないからある意味ラッキーだ。

しかし、なんだかデジャブを感じる。そう、前にもこんな事があった気がするぞ。

って、今はそれどころじゃない。大体この川意外と深いぞ。10mの高さから落下したのに川底にぶつからなかった。

つまり、足がつかない→鎧は重いから川底まで沈む→息が出来ない→溺死。

…ある意味もっと大ピンチ。

!! 思い出した。オレ五稜郭の堀にも落っこちたんだっけ。

あの時は橋に掴まってよじ登ったんだった。でも今回は掴まるものなんて無いぞ、おい。

なまらやべぇ。(←つい方言が出る淳二)

必死で泳ごうとするがむなしく身体は沈んでいく。


……と、べち。

何か柱のようなものにぶつかった。どうやら水面まで伸びているようだ。

助かった。そのまま柱を上っていく。

苦しくて気が遠くなるが、ここで力つきたらマジで死んでしまう。気合いと根性とガッツでオレは頑張った。

「ぷっはぁぁぁぁぁぁ」

水面に出てようやく呼吸が出来た。

九死に一生ってやつだ。

海江田艦長もびっくりだな。

っと、広奈ちゃんは? ムカデに襲われてないか?

慌てて彼女の姿を捜す。いた。

ムカデに向かってものすごい連射をしていた。

矢をつがえずとも弓を引くだけで輝く闘気が矢となって飛んでいくのだ。

なるほど、これが広奈ちゃんの『五行妖術』か。

べんべんべんべんべんべんべんべんべんべんべんべんべんべんべんべんべんべんべんべん……。

ほぼ毎秒一回ずつ弓弦の音が響き、大量の矢がムカデに刺さっていた。

(豆知識:弓弦を引いてべんべん鳴らすことを“弦打ち”といい、これは魔物を退散させるまじないなのである。だから広奈は知らず知らず攻撃と弦打ちを同時に行っていたわけだ)

そして、オレが呆然と見ている前で、ムカデは背を向け逃げ出した。

でも、ムカデのやつまだまだ元気そうだ。あれだけの攻撃をくらって……。

っていうか、それ以前に広奈ちゃんてば、あの怪獣大戦争を一人で撃退したのか?

「広奈ちゃんって、ひょっとしてめちゃ強い?」

「ほんとだねぇ、すごいなぁ〜」

「だべ。っていうか、オレの立場無いと思わん?」

「時間稼ぎくらいにはなったと思うよ」

時間稼ぎか……。

確かにその通りかもしれん。でもせめてか弱い女の子をかっこよく守ってあげたかった…。

「ふみゅぅぅぅぅぅ」

ため息がこぼれた。

そしてぶるっと来た。

「ぶわっくしょい〜〜〜、オラァ!」

くしゃみが出た。なんか今更ながらこの川の水えらく冷たいんですけど…。

と、オレはもうひとつ重大なことに気づいた。

川のど真ん中にいたんだった。

「っていうか、どうやって川岸に戻ればいいんだ」

「え? 戻りたいなら送ってあげる」

「あ、あんがと」

「どういたしまして」

そう言って柱がするすると川岸に向かって動き出した。

ん?

………

………

………

オレ今誰と会話してた?

うにょ? ちょっと待て冷静に考えろ、この状況でオレが会話できる相手は広奈ちゃんしかいないが、彼女は50m(推定)くらい離れてしまっているし、ムカデは人語を解すとも思えないし、あるいはこれはオレの妄想というか空耳というか、溺れかけて錯乱しているというか、実は二重人格で内なる人格が語りかけていたというか、あるいは急に悟りを開いてしまって神(?)の声が聞こえているというか、そういうオカルト好きの妄想大爆発で駒ヶ岳噴火というか、火山灰ならぬいい塩梅で脳味噌に降り積もっているというか、FMいるか、そがのいるか、そんなやついるか、そうだ、大体何こんな訳の分からないことを考えているんだ<自分、って思考に記号が入ってるぞ、ああ、そうだ、考えていても始まらないわけだし、結局論理的な帰結に至る道って言うのは足で稼ぐことで得られることもあるかもしれないし、百聞は一見にしかず、論より証拠、ロンよりツモスーアンコー、役満だぜおいしびれるな、痺れるってそうだ、オレは電気びりびりでショートしてしまったからこんな思考が飛ぶんだ、でも帯電して水に落ちたって事は放電現象によりもう楽になっているはずだから関係あるとも思えないし、結局単なるオレの気のせいなのか、それとも実は輪か美亜子ちゃんかハルか瑠華ちゃんが近くにいてオレを担いでいるとか、いやまてでも声は女の子の声だったぞ、そうだ、ずいぶん幼い感じがしたし、舌っ足らずな感じで可愛い声だったし、美亜子ちゃんや瑠華ちゃんではないし、広奈ちゃんの声は届かないだろうし、じゃあ一体誰の声なんだろ、って、なんか岸が近づいてきたぞ、広奈ちゃんもこっちに歩いてきたし、どうなってんだ、オレ実は鎧付けたままで泳げたのかって、違うそうだ、なんか送ってくれるって言ってたな、オレの掴まっている柱が動いてるのか、いやまてなんで柱が動いてるんだ、どういうメカニズムだ、川を渡るのに柱に掴まって渡るのか、普通は橋があるよな、あ、でもここが異世界ってんなら、橋のかわりに柱に掴まって川を渡るのかもしれないし、そもそも一体どんな柱なんだこれ、ちょっと見てみるか。

そして、オレは柱を見上げた。

眼が合った。

「にゃわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

だが、オレは最後まで悲鳴を上げることが出来なかった。

理由は簡単。思わず手を離して落ちたからである。

ぁぁぁぁ…がぼがぼ」

「もう、ちゃんと掴まってないと危ないよ〜」

そうして、オレはいとも簡単に水中から引き上げられ広奈ちゃんの待つ川岸へと降ろされた。

が、オレはそれどころじゃなかった。

「は、はだでぃう゛ぃずはいっだ…」(訳:は、鼻に水入った)

げーほげほげほ。

オレが苦しそうに咳をしているのを見て広奈ちゃんが背中をさすってくれた。

「大丈夫ですか淳二さん。どこか、怪我はしていませんか?」

「だ、だいじょうぶ…」

ようやく落ち着いた。難点は凍死しそうなくらいに寒いことだけか。

だが、そんなことよりも急務があった。

ゆっくり立ち上がって川の方を見る。

そこに、そいつはいた。

やっぱり、オレの気のせいでも目の錯覚でも無いらしい。

水面から長い首をのぞかせてこちらを見ているのは巨大な蛇だった。

さっきのムカデよりは小さいが水面から出ている部分だけで3メートルくらいあるし、柱だと思ってオレが掴まっていた感じからすると胴体だって函館八幡宮の鳥居くらいの太さだろう。

口には鋭い牙。黄金色の瞳が爛々と輝き、頭部にはなにやらたくさん角が生えている。

蛇かと思ったけど、角があるって事は……。

「龍神様かとお見受けします。淳二さんを助けてくださってありがとうございます」

オレが呆然と考えていたら広奈ちゃんがその蛇(龍神様?)にお礼を言っていた。

ていうか、広奈ちゃん…、こんな化け物(失礼)見ても全然びっくりした様子がないぞ!

「どういたしまして」

その龍神様の口から出たのはやっぱり幼い感じの可愛い声だった。

すげ〜ミスマッチ。違和感ありまくり。

「でも、確かにわたしは龍神だけど、ちゃんと“乙姫”って名前があるよ〜。これからはそっちで呼んでほしいな〜」

「乙姫?? 乙姫って事は浦島太郎で助けた亀が竜宮城な乙姫か??」

思わず聞き返してしまった。

「んと、浦島太郎とか助けた亀ってなんのことかは知らないけど、わたしが住んでるのは竜宮城だよ。よく知ってたね〜」

嬉しそうに(多分)くねくねと首を揺らして乙姫が答えた。

「え、でも、乙姫って言ったらこんな化け物じゃなくてちゃんと美人のおね〜さんだろ?? どうなってんだ????」

「淳二さんっ」

広奈ちゃんがたしなめるようにオレの肩をぺちっと叩いた。

ほえ? オレ何か悪いことしたか?

「ううううううううううう、化け物…、化け物だなんてぇぇぇぇ〜〜〜。ひどいひどいひどいひどいひどいひどい……」

今度は悲しそうに(多分)くねくねと首を揺らして乙姫がざぶざぶと水の中に沈み込んでいく。

恨みがましくこちらを睨んでいる黄金色の目の位置がだんだん下がってきてオレと目線が合う。

謝った方が良さそうだな…。

0,1秒でそう判断して即座に頭を下げた。

「ごめん、すまない、悪かった、勘弁して、お願いだから食べないで、オレ全然美味しくないよ、っていうか、全然化け物じゃない、うん、ほら、その、よく見ると結構、えっと、そう、なかなか味のある顔だし、首なんか細いし、声だって可愛いし、その、オレも悪気があって言ったわけじゃなくて、夢と現実のギャップってのに、ほら、ちょっと、その戸惑ってしまってつい、ね、いや、だから、機嫌を直してください、お願いこの通り」

とまぁ、オレは誠心誠意謝った。これで機嫌直してくれ!

「……………」

返事がない。

変だなぁ、と思って乙姫を見たが様子がおかしい。

なんか皮膚、いや違う蛇だから鱗だ、それがどんどん色とつやを失っていっていた。

さっきまで黄金色に輝いていた目にも光がない。

「ど、どうなっちゃってんの?? オレ何かまた悪いこと言った?」

思わず広奈ちゃんに聞いてしまった。

彼女もびっくり半分、心配半分といった表情のまま乙姫を注視して固まっている。

「わたくしにも何が起きたのか分かりません。乙姫さま、大丈夫ですか?」

「………………」

返事がない。ただのしかばねのようだ…。

それに色を失った乙姫の身体はすっかり白くかさかさになっていた。

再びオレと広奈ちゃんが顔を見合わせた瞬間。

ぴきっ。

……ん?

ぴきぴきぴきぴき。

乙姫から音がしている。

よく見ると頭に一本亀裂が入っていた。

と…。

ばりばりばりばりばりばりぽんっ☆

その亀裂が大きく左右に割れて中から何かがこちらに向かって飛び出してきた!

「うにゃらぁぁ?!!」

思わず悲鳴を上げて後ずさってしまうオレ。

「!!」

広奈ちゃんも身を固くしている。

そんなオレらの目の前に、乙姫の頭を割って飛び出してきた物体が着地した。

「あ〜、すっきりした♪ 改めまして、乙姫です」

乙姫登場!
如月綾さま画『乙姫登場!』


ぺこり。そう挨拶したその白い物体は優雅にお辞儀までした。

よく見るとそれは10歳くらいのめちゃめちゃ可愛らしい女の子だった。

しかも、例の白くてひらひらな、昔話に登場するそのまんまの衣装を着ている。

「え、あの、まさか、もしかして、いわゆる一つの、えっと、よもや乙姫さん?」

開いた口がふさがらないオレ。

「そうだよ☆」

にかっと笑ってそう答えた声にはちゃんと聞き覚えがあった。

「え、でもあの化け物がどうしてこんなになっちゃうの?」

「むー、また化け物って言ったぁぁぁ。それに、わたし人間を食べたりしないもん」

しまった、また言ってしまった。

それにさっき「お願いだから食べないで」と思わず漏らしてしまったのをしっかり聞かれていたらしい。

ぷくっと、頬を膨らませて怒っている乙姫。でも可愛い。

「あの、先ほどのあれは一体何をしたんですか?」

広奈ちゃんがそう聞いていた。うむ、オレもそれはすっごく疑問。

「え、脱皮しただけだよ」

脱皮?

……!!!

再び絶句する広奈ちゃんとオレ。

いや、まぁ、身体が蛇だから脱皮はしてもおかしくはないだろう、うん。でもどうして脱皮したらあの巨大な蛇からこんな女の子が出て来るんだ???

ふと目を川にやるとすでに抜け殻となった巨大な蛇の身体がふよふよ〜と川を流れていた。

すでに常識の範疇じゃねぇ。

この先どんな不条理で理不尽な非科学的なことが起きてもいちいち驚かないようにオレは覚悟を決めた。

それは言い換えれば開き直ったって事だ。

「ところで、名前教えてほしいな」

にっこり笑って乙姫が聞いてきた。そう言えばまだ名前言ってなかったっけ。

「オレは真田淳二。んでこっちが…」

そう言って左手で広奈ちゃんを指し示す。

「武田広奈と申します、乙姫さま」

広奈ちゃんはしっかりとよそ行きの声で挨拶し優雅にお辞儀した。

男女を問わず魅了する広奈スマイルも完璧だ。

この乙姫さんが人間の美的感覚を理解できるなら好印象間違いなしだろう。

「淳二さんと広奈さん。うん、よろしくね♪」

ぺこりと頭を下げる乙姫。

う〜ん、なんかちゃんと人間の姿だからごくごく自然に会話が成り立っている。

「それで、…実はわたくし達はある事情でこの世界のことを知りません。それで出来れば乙姫さまにいくつかお聞きしたいことがあるのですが…」

すでに広奈ちゃんはマイペースを取り戻していた。ん、いや、ちがうな。多分この乙姫が化け物のままだろうとなんだろうと同じように聞くだろう。

そもそも、最初から広奈ちゃんは乙姫の姿にも全然動じていなかった。

ムカデなんかと違ってこっちに敵意を持っていないってことが最初から分かっていたのかもしれないな、うん。

オレは一人そう納得した。

広奈ちゃんと乙姫は二三言葉を交わしていたけど結局長くなりそうだから、竜宮城へ来ないかってことになった。

乙姫はムカデを追い払ってくれたオレ達にお礼がしたいらしい。

こっちとしても願ったり叶ったり。

そもそもこんな場所じゃ今日の宿を見つけることもできないところだったから、寝床が確保できそうだって事がひとまず安心だった。

正直寒さは限界だった。

まずは身体を乾かして暖かい毛布にでもくるまりたい。

っていうか、こういう方法もあるな。

思いついた手を試してみる。

「おおぉぉぉぉ!!」

手のひらに気合いを込めると、炎が吹き出した。

「暖かい…」

自家発電で暖をとる。

冬には便利だなこの“力”。

人心地ついたら急に他の連中のことが思い出された。

まぁ、“すべてが雑魚になる”美亜子ちゃんや知的無敵輪くん、“笑えない二重人格者”瑠華ちゃんに限って滅多なことにはならんだろうし、心配なのはハルだよな……。

あの“好きにしてもオッケー”委員長、無事だといいけど…。



◇伊達春樹◇


「ふぇっ、ふぇ、へっくちゅ、……うううぅ、寒い」

春樹はひたすら寒かった。

「みんなどこなんだろ、無事なのかなぁ……」

少なくとも春樹よりは無事だ。

すでに春樹は自分が遭難の危機にあることを理解し、体力の消耗を避けるために木陰にてじっと座っていた。

「ふぅぅ、でも5月だってのにやっぱり夜は冷えるなぁ」

その認識にすでに重大な勘違いがあるのだが、今の春樹には知る由もない。そしてそれが彼の不幸だった。

夜はまだまだ長い……。

時折フクロウの声や狼の遠吠えが聞こえるたびに身を固くして周りを気にする春樹。

彼に安眠は訪れない。



◇直江輪&本多美亜子◇


「やれやれ、参ったな」

「へぇ珍しい。あんたが弱音はくなんてよほどの事ね」

「今俺達が陥っている状況ってのは、よほどの事だろ…」

輪は本日31回目のため息をついた。

ちなみに「やれやれ」は18回目だ。

日本のどこかに転移されたならともかく、こんな化け物が闊歩している世界に自分たちがいるという状況。

そもそもここがどこなのか、人間は住んでいるのか、いたとしても言葉が通じるのか、どうやって元の世界に帰るのか、他のみんなはどこにいるのか、そして身近な悩みとしてはこの寒い山のなかでどうやって夜を越せばいいのか。

悩むべき点は山積みだった。

「とにかく情報が全然足りない。この森の状況や樹木の種類、今出ている満月、そして星座なんかは日本のものだと思ったんだが…」

そう言って美亜子の方に視線を向ける。その表情はすでに途方に暮れたそれだった。

「でもあの化け物、あんなのが日本の山ん中にいるわけないでしょ」

「それはそうだ、俺達の常識で考えるならな」

そうしてため息32回目。

「でもこれまでの常識が通じるなんて思わない方がいいかもよ。特にこの先も生き残りたいならなおのことだわ」

肩をすくめてそう言いながら美亜子は蜻蛉切を構えた。

なんでもない風を装いながら声のトーンが微妙に違う。

「ん、確かにな。あんなのがこっちを見ている。そしてこれが現実だってんなら自分の常識なんて砂上の楼閣だな」

要するに輪も美亜子もある意味開き直ってしまっていた。

だから2人を取り囲んでいた複数の存在にもさほど衝撃は受けなかった。

「一つ聞いておくわ。あんた達は敵?」

すでに完璧な戦闘モードの美亜子が聞く。

「土蜘蛛をあっさりと屠るほどの力を持ったものが自分の住処の近くに突然現れた。当然住人は警戒のためにこのような行動に出るとは思わぬか」

頭上から声が響いてきた。こちらの言葉が通じるようだ。

それだけで敵かどうかすら分からぬ相手に対してある種の安心感を持ってしまった輪であった。

一番恐ろしいのは意志の疎通が出来ない相手に襲われることだ。

言葉が通じる相手に襲われるのならば、その敵意がはっきり分かる以上、ある意味それほど恐ろしいことではない。

「だとすれば安心していい。俺達は良識ある人間だ。襲われない限りは何もしない」

「つまり我らに敵対する者ではないということか」

再び頭上から声が落ちてきた。木の上にいるのがリーダーだろうか。

声の感じからすると中年の渋い男のようだが…。

“敵対する者かどうか”と質問すると言うことは、何らかの闘争の渦中にあるのだろうか?

「そっちが正体を明かしてくれれば、それははっきりするわ」

美亜子が頭上を見上げてそう返答する。

よかった、意外と美亜子が冷静だ。輪は安堵した。

彼女のことだから問答無用に戦闘に突入という可能性もあったわけだし、最悪の状況にはならなかったようだ。

ちなみに美亜子の側の認識は少し違っていた。

単に周りから恐れや警戒心こそ感じても、殺気は感じなかったのだ。

だから、彼女も音便に事を済まそうという気になったわけだ。

頭上からの返答がなかったので輪も提案した。

「ひとまず、ここまで降りてきてほしい。このままでは俺達としても警戒を解くことが出来ない。それにそちらの言うような“敵”かどうか、話してみて判断してはどうだ?」

「………いいだろう」

ばさぁっ

大きな羽音をたてて木の上から“それ”は降りてきた。

それと同時に輪達を取り囲んでいた視線の緊張が緩む。

美亜子もむしろ楽しそうな表情すら浮かべて事態の推移を見守っている。

(さて、交渉のテーブルにつかせたはいいが、果たして吉と出るか凶と出るか…)

心中そう呟いて輪は目の前に降り立った相手を見つめた。

にやり、相手は不敵な笑みを浮かべこちらを見返してきた。



苦難に満ちた輪達の物語はまだまだ始まったばかりである…。




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