〜大長編オリジナル日本史ファンタジー大河ドラマ小説〜

陰陽五行戦記

第一章 ◇平安編◇


第二話「過去への扉」


◇5月11日午後6時 五稜郭公園付近◇


函館市五稜郭近辺、夕刻を過ぎた繁華街はいつもと変わらぬ風景、普段通りの喧噪であった。

西の空、函館山の向こうに沈んだ太陽は雲を真っ赤に染めていた。もうすぐ一番星が輝き始めるだろう。

そんな中を直江輪、本多美亜子、真田淳二、武田広奈、伊達春樹、そして明智瑠華の6人は足早に五稜郭公園を目指していた。

かつて戊辰戦争の際に、榎本武揚率いる幕府脱走艦隊が本拠地とし、箱館戦争の舞台となった西洋式の星形城塞は、今では公園として函館市の名所、そして市民の憩いの場となっている。

今日5月11日、その五稜郭で魔王が復活するという。

そして、どういう因果か瑠華をのぞく5人はその魔王を倒す『陰陽武道士(おんみょうぶどうし)』なのである。

その一人真田淳二は持ち前の脳天気さで、先ほどからかちかちに緊張している伊達春樹をリラックスさせようと声をかける。

「しっかし、まさかハルまで『陰陽武道士』になるとはねぇ…」

「え? う、うん、というか、僕は未だに事情を把握し切れてないんだけど…」

「だから、オレらがこれから魔王って奴をけちょんけちょんにやっつければ万事解決、みんなもハッピー。単純明快だろ」

(単純明快なのはお前の頭の中だ)と輪は思ったが口には出さないでおいた。戦いの前に仲間割れは良くない。

しかし、相変わらず春樹の顔色は冴えない。

元々人の良さそうな笑顔を浮かべることが多い彼の顔は、現在苦笑い50%困惑30%“これが冗談だったらいいな”20%のオリジナルブレンドで配合されていた。

「う、う〜ん…、僕は足手まといにならないかなぁ」

「まぁ、おまえさんはこういう荒事は苦手だもんな」

剣道二段の輪、槍術の天才美亜子、そして真田流古武術の淳二と比べ、ただの天文部員伊達春樹の戦闘力は、限りなく低い。

『陰陽武道士』になったからといって、果たしてどれほどの働きが出来るのだろうか。

と、そこに割って入ったのが本多美亜子、槍を持たせたら間違いなく日本最強の女子高生である。

「大丈夫よ。あんたは後方から援護してくれればいいわ。やるのはあたし一人でも十分」

そう言って不敵に笑う。一応これでも励ましているつもりらしい。

「うん、援護だったら、なんとか頑張るよ」

“頼りにしてます”20%を配合して彼の表情がまた変わった。

「あまり無理はするなよ、生兵法は怪我の元だ」

それまで黙っていた輪も口を開く。

輪にしても、春樹が一緒に戦う『陰陽武道士』だということが最初は信じられなかったものである。

もっとも、その後武田広奈も『陰陽武道士』になったと聞いて、さらに唖然としたものだが…。

「くれぐれも気を付けてくださいね」

と、その広奈。正真正銘のたおやかな美少女だが、これまた魔王と戦う『陰陽武道士』の一人なのだ。

「は、はい。武田さんも気を付けて」

愁いを帯びた瞳で見つめられた春樹は途端に元気になった。

“広奈さんのため頑張ります”100%である。非常に分かり易いやつだ。

「それよりなんかさっきから背筋がゾクゾクする。殺気…というか危険な感じ。あんた達は気が付かない?」

心持ち周囲を警戒しながら美亜子が問いかける。

もともと勘が鋭く、危険に敏感な美亜子であるが、それに答えたのは広奈だった。

「無理もありませんわ、この通りにいる人のうちの何人かは人間ではありませんもの」

そう言うと右手を頬にあてて憂いのポーズをとる。

リアクションはそれぞれ、

「……」←輪

「どういうこと?」←美亜子

「うにゅ?」←淳二

「あわわわわ…」←春樹

「ほう、そこまで分かるか」←瑠華(初ゼリフ)

「ええ、どうやら五稜郭に向かっているようですね。これも魔王の復活と関係があるんですか?」

広奈の問いかけに相変わらずの無表情で瑠華が答える。

「恐らく魔王の復活を感じ取った魑魅魍魎(ちみもうりょう)、悪鬼妖怪の類が集まってきているのだろう。だが、これくらいは予想の範囲内だ」

その瑠華の言葉に、輪は内心で苦笑していた。

(予想の範囲内か、人間じゃない存在がこれだけいることが…)

輪は学校の屋上で聞いた瑠華の言葉を思い出していた。

そう、「世界は、おまえたちが思うよりずっと、闇と混沌に満ちている」だったか。

確かにその通りだった。

世界は…、これまで自分が単純に信じていた、平和で、光に満ちていた世界の姿はもう見えなかった。

教科書に載っていることが全て真実ではないのだ。確かに…。

しかし、その魑魅魍魎とか悪鬼妖怪が確かに存在するとしても、

「危険はないのか?」

思わずそう聞いてしまう。

未知の出来事に対して、どちらかといえば慎重論が先に来るのが、輪の気質である。

「我々の脅威になるほどに力のあるものはいない。だが、集団で襲ってこられると厄介かもしれんな」

そう返答する瑠華。

その言葉からは、過去の実戦経験が透けて見えた。

間違いなく、この少女は闇と混沌に満ちた世界で戦ってきたのだ…。

輪はそれを改めて瑠華の言葉から察する。

そんな二人の会話に、美亜子が割り込んできた。

「雑魚が束になったって、あたしの必殺技で一掃してあげるわ」

ぐっとこぶしを握り締めたポーズで力強く宣言する。そして彼女の場合、実際に言葉通りの実力を発揮するのである。

「そう上手くいけばいいが…、まだ敵の力は未知数だぞ」

慎重派の輪が釘を刺す。

「大丈夫大丈夫、その辺臨機応変にいきましょ」

「お前のは臨機応変でなく、猪突猛進と言うんだ」

「むか」

途端に美亜子の柳眉が逆立つ。

「まぁまぁ、その辺にしてください」

見かねた春樹がなだめにかかる。仲介が好きなのは学級委員長の血であろう。

「それより、五稜郭の周り、人通りがないように見えるんだけど、気のせいかな?」

春樹の指摘に、6人の目が前方に集中。

「ほんとだ、誰もいないわね」

目を鋭く細めて五稜郭を注視していた美亜子が呟いた。

五稜郭は心なしか、さらに周囲より薄暗く闇が深いように見えた。

「人払いか」

「何だ瑠華ちゃん“人払い”って」

首を傾げる淳二。

「結界を張って普通の人間が立ち入れないようにする術だ。恐らく五稜郭全体が覆われているはず」

広奈がぽんと手をうつ。

「まぁ、でしたら好都合ですわね。人目を気にせず変身して戦えますわ」

「「人目?」」

と声をそろえたのは最初からそんなもの気にしていなかった淳二と美亜子である。

いささか猪突猛進というか、考えなしの点がある暴走二人組。

慎重派の輪とあわせるとちょうどいいバランスだろう。

「ともかく、これだけ前兆が出てきているところを見ると、急いだ方がいいかも知れない」

輪の一言で6人は足早に五稜郭へと急いだ。

近づくにつれて人通りが無くなっていく。そして、普段なら観光客で溢れている五稜郭が今は不気味に静まり返っていた。

なるほど、その点からも、常識では図ることが出来ない、何事かが起きていることが推察できる。

目には見えない何かが、続々とここに集結している気配が満ち満ちているのだ。

その雰囲気に呑まれたのか、先ほどから彼らの口数が減っていた。

そして一行は五稜郭への入り口、半月堡の堀に架かる橋の前に到着した。

「静かすぎるな、得体の知れない何かが息を殺してこちらを見ているようだ」

緊張した面もちで輪が口を開く。

「そうね、突き刺さるような殺気を感じる。ねぇ瑠華、そろそろ変身した方がいいと思うけど?」

美亜子が瑠華を促す。

「ああ、戦闘態勢に入ってくれ」

「了解。『愛だっ!』

刹那、輪の身体は漆黒の闘気に包まれた。鎧姿に“愛”の前立ての兜。これが『陰陽武道士』としての輪の姿である。

変身するとどこからともなく鎧が現れ、装着される。

そして装着した鎧はもはや身体の一部になったかのように軽く、むしろ力を与えてくれるのである。

「ところで輪、その『愛だっ!』ってのは何?」

半分笑いながら美亜子が聞いてきた。

「美亜子ちゃん、何かキーワードを言って変身するのは基本でしょ」

まじめな顔をして答えたのは淳二である。

「そうなの?」

「というより、いちいち変身の手順をイメージするよりは、それとキーワードを関連づけることで、一言で瞬時に変身できないかと思ったんだが」

「で、うまくいったの?」

「まずまずだな」

と、そこに瑠華がおもむろに割り込んできた。

「当然だ。言葉には律令を変える力がある。直江の着眼点は事態の本質を突いている」

輪は少々面食らったが、どうやら褒められたらしいと気付くと頬をほころばせた。

「ふ〜ん、じゃああたしも何か言って変身しようかな」

「美亜子ちゃんはなんて言うの?」

興味津々に淳二が聞く。

ちなみに彼はすでに自分の変身ゼリフを決めていた。

「そうねぇ、何がいいかな。天下無敵、国士無双、一騎当千、花実兼備、常勝不敗、剛勇無比、この辺から適当に…」

そして大きく息を吸い、変身の手順を思い浮かべる。

『天下無敵っ!』

大きく掲げた美亜子の手には名槍“蜻蛉切”。そして、いつの間に身に纏ったのか漆黒の鎧に鹿角の大兜。白く立ち上る闘気。美亜子の変身も完了である。

「なるほど、美亜子ちゃんらしい。それじゃオレも」

淳二はなぜか指を鳴らした。パッチン!

『出ろぉぉぉぉぉぉっ!! ガンダァァァァ』…むべっ」

スパコーーン!!

「違うでしょうがっ」

美亜子の神速の一撃が決まった。それにしても変身してもきちんとスリッパが出てくるのが謎である。

「一度やってみたかったんだよぉ」

「アホかぁぁぁっ!」

「うい、ちゃんとやります」

一転まじめな顔に戻った淳二、しかしそれでも無意味にポーズを決めたのが淳二の淳二たる所以であろう。

『真田・日本一ぃ!!』

両腕と両足が格闘戦向けに強化された赤塗りの鎧と、炎のごとく立ち上る真っ赤な闘気。これが淳二の変身後の姿である。

「よっしゃ、出来たぜ」

またしてもガッツポーズ。

「それではわたくしもやってみますわ」

にこにこと事態を見ていた広奈も目を閉じて集中。

広奈はすでに自分の力となっている“鎧”にもっとも相応しい文句を見つけていた。

『御旗、楯無、御照覧あれ』

金色の闘気に包まれた源平合戦を思わせる古い型の鎧と弓を手にした広奈の姿がそこにあった。

弓道部に所属しているだけに広奈は弓を使うらしい。

「へえ」←美亜子。

「ほう」←輪。

「めーとる(?)」←淳二。

思わず見とれてしまう美しさであった。

広奈の力の源となった『式神武戦具』は甲斐の武田家に伝わる“楯無”の鎧であった。

これで残るは伊達春樹のみ。5人の視線が彼を貫く。

「えっと、どうすれば?」

事態を静観していた瑠華が声をかける。

「おまえには伊達政宗公が使っていた“黒漆塗五枚胴”という鎧が『式神武戦具』としてすでに宿っている。その力を思い浮かべ身に纏えばよい」

「う、うん」

じっと集中。そして…。

『へーんしん』

…………。

「あれ? あれれ?」

春樹の額から一筋の冷や汗が流れる。変身は、出来ていない。

『へーんしん』『へーんしん』『へーんしん』『へーんしん』『へーんしん』『へーんしん』『へーんしん』『へーんしん』『へーんしん』『へーんしん』『へーんしん』『へーんしん』『へーんしん』『へーんしん』『へーんしん』『へーんしん』『へーんしん』『へーんしん』『へーんしん』

…………。

「………」

5人の視線が痛い。

「やむを得んな、実戦に出せば勝手に変身するだろう」

と瑠華。無表情の中にも落胆の色が見て取れた。

実のところ、当の瑠華も春樹を戦力としてはあまり期待していない。

「…仕方ないか。ま、いざとなったらガードしてやるから大丈夫だ」

輪がなぐさめる。もともと輪にしても、春樹の性格上あまり頼りにしていなかったからこれも予想のうちであった。

「ううぅ、すいません…」

すっかり春樹は肩を落としてしまった。

「春樹さん」

見かねた広奈が春樹の手を握り、正面から見つめる。

「大丈夫、春樹さんならきっと出来ます。自信を持ってください」

にこっ。神々しいまでの微笑みを向けられて春樹は奮い立った。

「が、『頑張りましゅ』(?)」

変身…した。

黒塗りの鎧に三日月の前立ての兜、青い闘気を纏い、手には火縄銃。

が…。

輪、美亜子、淳二の三人は腹を抱えて笑い転げていた。

「“ましゅ”ってなんだよ」

輪はツボだったらしい。

折角変身できたのに爆笑されて春樹は泣き笑いである。

「でもきちんと変身できて良かったですね、春樹さん」

広奈はほっとした様子でにこにこ笑っている。

「武田さんのおかげです」

途端に元気になる春樹。だが彼の幸せも長くは続かなかった。

「ん! 敵よ。橋の向こう」

美亜子が警戒の声を上げる。

橋の向こう側では数十の魑魅魍魎や悪霊、悪鬼の類がこちらを虎視眈々と狙っていた。

これまで見えなかったものが変身して見えるようになったらしい。

彼らにとっては初めて目の当たりにする化け物の姿であった。

明らかに人ならざる異形の存在。

昔話に登場するような鬼や天狗もいる。

人間社会の闇にまぎれていた尋常ならざるものたちの姿を目にして、彼らは少なからずショックを受けた。

なるほど、こんなものが存在するというのなら、魔王がいるというのもうなずける。

瑠華の語った魔王史観が輪の常識をどんどん上書きしていった。

まったく、本当に闇と混沌の象徴を見せつけられた思いだ。

「ずいぶん数が多いな…」

少々辟易した様子で輪がそう口にした。

「これが前哨戦だ。一掃して五稜郭に入るぞ。直江、おまえが指揮を執れ」

「分かった」

瑠華からの指名を受け、輪はてきぱきと4人に指示を出し始めた。

「美亜子と淳二は前衛となり敵を蹴散らせ。ただし深追いし過ぎるなよ」

「オッケー、まかせなさい!」

「格好いいとこ見せちゃうぜ」

やる気満々の二人。

「武田と春樹は後方から二人を援護だ」

「はい」

「……(ガタガタガタガタ)」

こんな場面でも緊張感のかけらもない広奈と足が震えだしている春樹。

「俺は明智の護衛をしつつ遊軍として動く。それじゃ、今言ったように陣形を組め。指示があるまで仕掛けるなよ」

輪の指示に従って6人が位置についた。

「どうせおまえ達の実力なら一人でも片づけられるような雑魚だ、特に武田と伊達は実戦練習と思え。本多、真田は程々にして敵を残しておけ」

瑠華からも檄が飛ぶ。

「オッケー」←美亜子

「うい」←淳二

「分かりました」←広奈

「あわわわわ…」←春樹

敵を見たときから足を震わせている春樹に瑠華がつかつかと近づく。

「しっかりしろ」

そして春樹の足を思いっきり踏みつける。

「…痛い」

瑠華の方が一方的に痛かった。さすが伊達政宗が愛用した甲冑、頑丈に出来ている。

だが、それで震えが止まったようだ。

「あ、大丈夫です、いけます」

「よし、戦闘開始!」

輪の号令の元、真っ先に美亜子が敵に猪突する。

「行くわよーっ!」

…楽しそうだ。

「破っ! 破ぁっ! 覇ぁぁぁぁっ!!!

美亜子の槍術は神速を極め、敵は攻撃する前にその身を槍で貫かれている。

あっという間に10匹ほどの悪鬼が血溜まりに沈んだ。死ぬとその身体は土にとけるように消滅していく。

縦横無尽に槍を振るう美亜子に負けじと淳二はその場から一気に10mほど跳躍し、橋の上にいた鬼めがけて跳び蹴りを放った。

スーパー稲妻キィィィィック!!

稲妻と言いながら足の先からは炎が吹き出している。とはいえ当たると痛そうだ。

が、その鬼は運良く後方に飛びずさった。そして、今まで鬼がいた場所に淳二の渾身の蹴りが炸裂した。

ちなみにここは橋の上である。それと、橋は木製である。

ドカッ!!!

「ねりゃぁぁぁ!?」

ぼちゃん。

橋を蹴り破った淳二はそのまま堀に落下した。

…合掌。

「何やってるんだ、あの馬鹿は」

瑠華の護衛とはいえ、今のところする事がない輪は呆れて呟いた。

しかし、淳二があまりにもあっさりと戦線を離脱したため、ちょうど美亜子だけが敵中に孤立した格好となってしまった。

「しまった、美亜子が突出しすぎだ。行くぞ」

輪が後方援護の二人を促す。

4人が橋を渡ると、前方では敵に包囲されつつも獅子奮迅の大立ち回りを演じている美亜子の姿があった。

素早く敵の只中に走りこみ、怯む相手に蜻蛉切を振り回す。

「本多流槍術奥義っ! 百式『覇王七星斬っっ!!』

穂先に止まった蜻蛉が勝手に真っ二つになって落ちたという伝説からその名がついた“蜻蛉切”。

その伝説そのままの切れ味を発揮し、周りにいた敵が数匹まとめて両断され消滅していく。

美亜子の技の速さと、槍の鋭さの相乗効果で、まさに一撃必殺。

(恐ろしいやつだ)

感心してばかりもいられない。

「春樹、武田、美亜子の後ろに回り込もうとしている敵を撃て」

「はい」

広奈が弓を引き絞ると金色の闘気が集まって矢となった。

「…ごめんなさい!」

弦音高く金色の矢が放たれると、それは狙い違わず美亜子を後ろから襲おうとしていた魍魎を直撃した。

「お見事!」

輪が感嘆する。

さらに弦音が響き、上空から美亜子を狙っていた天狗が撃ち落される。

「…凄いな」

百発百中とはこのこと。

思わず輪も見ほれる弓の腕だった。

そして春樹も火縄銃を構える。

実は友達には秘密だったが春樹はサバイバルゲームが趣味だった。

しかもポジションはスナイパー。当然射撃はお手の物。

狙いを付けると青く輝く闘気が銃口に集まる。

「…当たれっ」

蒼い軌跡を残しながら弾丸は飛び、なんと立て続けに3匹の魑魅魍魎を貫き、まとめて葬り去ってしまった。

が、その余勢を駆った弾丸はそのままピンポイントで美亜子の左膝の裏側を直撃した。

カックン。

鎧のおかげでダメージこそなかったものの、今まさに槍を繰り出そうとしていた美亜子は当然バランスを崩した。

「「しまった!」」

思わず片膝をついてしまった美亜子にここぞとばかり鬼が飛びつく。

周りの魑魅魍魎よりも一回りでかく、2メートル近い身長で筋骨隆々。猛獣のような鋭い爪と犬歯をむき出しにして襲い掛かるその鬼は、おそらくはここの中ボス的な存在なのだろう。

美亜子ちゃん大ピンチ!

「真田家直伝、秘奥義!『表裏比興拳・六文銭気弾!!!』

が、いつの間にか堀から這い上がったらしい淳二が放った必殺技がその鬼を直撃した。

前後から撃ち抜かれた合計6個の風穴が六文銭の形をとる。

「ごがぁっ!?」

断末魔をあげ中ボス(?)はあっさりと消滅した。

「サンキュ、淳二。ハルは覚えておきなさい」

「ご、ごめんなさーい」

美亜子が体勢を立て直す間、広奈の矢と気を取り直した春樹の弾丸は次々に敵を葬り去っていった。

そしてずぶ濡れの淳二が加わったことで敵の戦線はあっという間に崩壊した。

「よーし、とどめの一撃」

美亜子が蜻蛉切を構える。

「本多家直伝、百八式『真空烈破斬!!!』

そう叫んで蜻蛉切を勢いよく振り回すと、槍の先端から真空波、巨大なカマイタチが撃ち出され、たちまち十数匹の魔物が真っ二つになった。

「上出来ね♪」

「こりゃ凄い、気力150で魂かけてマップ兵器って感じ」

一部の人にしか分からない感想を漏らしたのは淳二。

これで残る敵は数匹。

「よっしゃ、オレの獲物♪ オラァッ! 喰らえぇっ!! 燃えろぉぉ!!!

名誉挽回とばかりに淳二が片づけてしまった。しかもかなりギャラリーを意識している。

「…燃えたろ」

そして人差し指を立てて謎に決めポーズ。

しかし、全身ずぶ濡れな上、頭に藻が付いているのでは滑稽なだけである。

「これで、まずは大手門を突破と言ったところか」

これは今回全く戦闘をしていない輪。余裕の発言である。

「ハルのせいでちょっと危なかった以外は、準備運動にもならなかったけどね」

こちらは美亜子。相変わらず強気の発言。

「本多さん怪我はなかったですか?」

やっぱりというか、落ち込んでいる春樹である。

「うん、全然オッケーよ。この鎧けっこう頑丈みたいね。ま、ハルは後でラキピのハンバーガーで勘弁してあげるわ」

「それくらいなら…」

一つ借りが出来てしまった春樹であった。

「無駄話は後にしろ。行くぞ」

瑠華にしてみればこんな雑魚相手の前哨戦で喜んではいられない。あくまで目的は魔王を封じることなのだ。

5人が後に続く。

すでに太陽は沈み、あたりは闇に包まれ始めている。このような時間を逢魔が時という。

光と闇、陰と陽、現実と夢、現世と冥界、あらゆる境界線がぼやける時間。

薄暗く静まり返った五稜郭の中は肝試しにも最適なほどに恐ろしい。

さらにはどこからともなく無数の視線を感じる。

いや、実際に多くの悪霊の類が彼らを注視している。

「「「「「…………………」」」」」

最初に沈黙に耐えきれなくなったのは淳二だった。

「ねぇ瑠華ちゃん、魔王が現れるのはどの辺? まだ歩くの?」

「恐らくこの辺の筈だが」

そこはちょうど五稜の星の中心部であった。

「誰もいないし…。まだちょっと早かった? それともオレらがあんまり強いんで怖がって隠れてるとか?」

「「「「「………………」」」」」

相変わらず淳二以外は無言。

「あ、でもまだオレは全然実力を出してないよ。早く来ないかな。やつが出てきたらもう、こてんぱんのぎったんぎったんのけちょんけちょんに…」

くいっ、くいっ。

「ん? なんだ?」

突然鎧の端っこが引っ張られた淳二は振り返った。

そこにいたのは場違いなほどに可愛らしい7,8歳くらいの男の子だった。

「こんばんは、また逢ったね。にぎやかなお兄さん」

にっこりと淳二のことを見上げている。

「おっ? どうした坊や、こんな所にいたら母ちゃん心配するぞ」

ほとんど条件反射的に淳二は屈んでその男の子と目線をあわせる。

(今この子どこから…?)

美亜子は目を疑った。自分がこの子の気配に全く気が付かなかった。

……!!!

美亜子はそれで理解した。

少し遅れて輪も刀を抜き、広奈は距離を取る。瑠華も呪を唱えた。

「あ、気づいた♪」

男の子が嬉しそうに顔をほころばせる。まるで天使の笑顔だ。

「なにが?」

状況を把握していない淳二。

「だから、僕のこと呼んだでしょお兄さん?」

「淳二、そやつが魔王じゃ。離れよ」

瑠華の声が変わっていた。どうやらその身に葛の葉姫を降臨させたらしい。

「はに?」

事態を飲み込めていない。

「くっくっく、最高だよ。この格好をした甲斐があったね」

その男の子=魔王は心底愉快そうに笑い転げた。

これでようやく呆然としていた春樹と淳二も、この男の子を敵と認識したらしい。

「130年ぶりじゃが、おぬしには再び眠ってもらう。覚悟を決め…」

葛の葉の発言は中途で止まった。

魔王が突然その妖気を爆発的に増大させたからである。

「なんじゃと…?」

その気は明らかに過去の魔王の数十倍。葛の葉は己の目を疑った。

「君は130年前、僕を封じ込めたと思っているようだけど、それは違うんだよ」

身体から吹き出す妖気を恍惚の目で見ながら魔王が告げる。

「あれは僕が自発的に眠りについたの。ここで力を蓄えるためにね」

言って魔王が手を振ると五稜郭全体が光り輝いた。地面に複雑な文様が浮かび上がる。

上空から見れば、それは五稜郭の中をなぞるように星の形をしている事に気が付いただろう。

「まさか、五芒星? いや、これは逆五芒星!? しかもこの文様は…」

「そう、ここはちょうど龍脈の真上にあってね。ちょっと細工してその力を貰い受けたって訳」

魔王は上機嫌だ。

「ま、まさか、そんな…」

茫然自失の葛の葉。そして、先ほどから魔王に気圧されて5人も全く動けないでいる。

あの美亜子ですら、己の中に沸き上がる死の恐怖と戦っていた。

まさに、蛇ににらまれた蛙だ。

「よかったよ、130年間ずっと君たちが気が付かなくて。これだけ大がかりな魔法陣、隠すのが大変だったんだから」

そして6人を見定めるように見渡す。

「ま、おかげでこれ以上ないくらい力を蓄えることが出来た。いままでご苦労様。そろそろ僕の邪魔はやめてもらうよ。残念だけど、もう君たちじゃ僕には勝てない」

「そんなの…やってみなきゃ分からないでしょうがっ!」

美亜子が恐怖を払いのけるように獅子吼する。

「そうだそうだ。けちょんけちょんだぜ」

それに後押しされるように淳二も魔王に向き直った。

輪は静かに刀を青眼に構え、広奈も弓を引き絞る。春樹は……失神寸前。

「やれやれ、これまでの恨みを考えると簡単に殺したくないんだけどなぁ。…あ、そうだ。余興を思いついたよ」

魔王はそう言ってから口の中で小さく呪を唱えた。

「雲外鏡招来」

その小さな手に何か光るものが突如出現した。

それは古めかしい鏡だった。

「生きてまた僕の前に立つことが出来たら、そのときは相手をしてあげるよ」

そんな魔王に美亜子が猛然と猪突する。

「その前に、死ねぇぇ!!百八式『真空烈破斬!!!』

美亜子の裂帛の気合いとともに巨大な真空の刃が魔王に襲いかかった。

「無駄♪」

虫でも払うように魔王が手をかざすと、不可視のエネルギーが迸ってあっさりと美亜子の技をかき消した。

「なっ…」

「さようなら」

魔王の手にある鏡が光を増した。

「いかん、春樹、あの鏡を破壊するのじゃ」

魔王が何をしようとしているのかを理解した葛の葉が慌てて指示し、同時に呪を唱え始めた。

指示を受けた春樹だが…。

「(ガタガタガタガタ)」

それどころではなかった。

「わたくしが…」

広奈が狙いを付ける。

輪と淳二も魔王に突進する。

「遅いよ」

魔王が鏡をかざしたその瞬間、光が爆発した。

『防御結界、急急如律令』

葛の葉が辛うじて生みだした結界はしかし、全員を覆う事は出来なかった。間に合わなかったのだ。

そして光が消えたとき、その場にいたのは魔王と葛の葉の二人だけであった。

「なっ、…何という事じゃ」

葛の葉が呆然と呟く。5人は魔王の持つ鏡の中に吸い込まれるようにして消えてしまった。

「くっくっく。君が残ったのは好都合だ。1000年分の借りをゆっくり返させて貰おうかな」

魔王はますます上機嫌に笑いを漏らした。

「でも、すぐに殺すのは勿体ないな。君にはぜひ地獄を見て貰いたい」

そういって魔王が一歩踏み出した瞬間。

「なにやってんの、さっさと逃げるわよ」

電光を伴い、突如葛の葉の後ろに人影が現れた。

その人影、浅葱色の鎧と闘気を纏った女性は魔王の足下に技を放った。

刀を振ると強烈な電光が迸る。

『雷王咆吼撃!!!』

地面を直撃した雷撃が大量の小石や土埃を巻き上げ、一瞬魔王を覆い隠した。

「ほら、掴まりなさい」

「すまぬ、なつめ」

なつめと呼ばれた女性が葛の葉の手を握ると、そのまま二人は一瞬電光を残してその場から消え去っていた。

「なるほど。まだ一人遊軍がいたわけだ。面白い。楽しみが増えたよ。くっくっく……」

薄暗い五稜郭に魔王の笑い声が木霊した。

果たして消えてしまった5人の運命は?

そして突如現れた謎の女性“なつめ”とは?

蘇った魔王の目的は?

謎を残しつつ、待て次回。



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