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陰陽五行戦記
第一章 ◇平安編◇
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なにせベッドに縛り付けられている。 それも麻縄でぐるぐると。 いや、ちょっと待て、そんな趣味はないぞ。 そして、なぜか着せられているのは、いわゆる鎧直垂(よろいひたたれ)。 これはなんだ? 最近流行のコスプレというやつか? だから待て。そういう趣味もないからな。 かろうじて動く首をぐるっと回して見渡してみると、暗がりに浮かぶ、妙なデザインの甲冑が一つ。 そして甲冑の脇に立っているのは、信じられないほど美しい一人の女。
これは夢か? そりゃそうだろう。 身動きできないように拘束され、へんな着物を着せられ、見たこともない美女が登場。 なにより、“愛”という漢字を前立てに使った、世にも奇妙な鎧兜が自分の部屋に置いてある。 これが夢でなくてなんだというのだ。
聞き慣れない女性の声が頭の中に直接響いてくる。 なっ? (目覚めよ…) 誰だ? (そなたの力が必要なのじゃ) 誰なんだ? (このままでは恐ろしい災厄が起きてしまう。ってか、日本が滅んじゃうぞよ) 日本が滅ぶ?? (今宵五稜郭に、その前兆が現れるであろう) どういうことだ? (それを防ぐことが出来るかどうかはそなたにかかっておる) はぁ? (なに、心配するに及ばぬ。わらわに任せておけ) 話が飲み込めないんだが。 (これより『式神武戦具(しきがみぶせんぐ)』をそなたと契約させる) 『式神武戦具』? なんだそれは。 (400年の星霜を経た鎧の力。それに陰陽道の呪術の真髄をたっぷり詰め込んだ、わらわの特製式神じゃ。これと契約すればそなたは『陰陽武道士(おんみょうぶどうし)』となって、想像を超えた物凄い力を発揮できるようになるのじゃ) ちょっと待て、さっぱりわからんぞ。 (そして『陰陽武戦士』となれば、そなたは五行の属性に応じた『五行妖術(ごぎょうようじゅつ)』を使えるようになる。うまく活用し、魔を滅ぼすのじゃぞ) さっきから訳の分からないことばかり並べやがって、おい、人の話を聞け! (頼むぞ。あの子を助けてやってくれ) だから人の話をだな…。 (時間がないのでもうやっちゃうぞよ) な、何をだ…。 (『式神融合・急急如律令!!』)
まぶたを閉じてはいたが、しかし目を焼くような閃光の中、輪の全身がさっきの甲冑に覆われていく。 熱い。 力の奔流が流れ込んでくる。 身体の中が燃えるようだ。 だが、不思議と懐かしい。 そうだ、なぜ忘れていたのだろう…。 おまえはずっと俺の半身だったはずなのに。 ともに戦場を駆け抜け、謀略を巡らせ、戦い抜いた記憶。 その思いは今、輪の中で力となって蘇った。
って、おい何をした? 俺の体に何が起きたんだ? (折角だからすんごい必殺技も作ってあげちゃうぞよ☆) 聞いてねぇ…。 (ちゃんと呪を唱えないと発動しないゆえ注意いたせ。えっとぉ技の名前は何がいいかのう…)
ちゃぶ台が百個まとめて宙を舞う位の勢いで布団を跳ね上げ、絶叫とともに輪は起きあがった。 朝っぱらから元気がいいが、無論普段の彼はもっと普通に起床するので間違えないように。 ともあれ今朝の目覚めは最悪。むしろ訳が分からない。 そして更に間の悪いことに、輪を起こそうとしていたセーラー服姿の少女が布団の直撃を受けひっくり返った。 「きゃっ」 その少女は可愛らしい悲鳴を上げてしりもちをついた。 が、輪は気づかない。 目覚めたら、セーラー服姿の美少女が、自分の部屋にいたというのに!? あまつさえ、その美少女は、自分を起こそうとしていたらしいのに!? どういうことですか直江輪? まさか、それが、彼の日常的な風景だとでも言うのでしょうか? その輪君、布団の下敷きになってもがく少女には一切気づかず、まず真っ先にパタパタと自分の体に触れてみた。 (鎧は!? …って着ているわけがないか) そうでした。 ずしりとした、それでいて妙に体になじんだ鎧を着せられていたような…。 そしてそれをごく自然なこととして認知していたような…。 とはいえ目に見えるのはいつものパジャマ。手が触れた感触も、硬い鎧とは当然ながら違う。 おかしい。 さらに凄くカッコ悪いネーミングを押し付けられたような…。
一つため息をつくと、輪は額の汗を拭った。ちょっと自分の世界に入っている。 (あれは夢…だよな。しかし嫌にリアルだったな。あんな恥ずかしいネーミングを俺の希望も聞かずに強制しやがって……、ん?) ふと輪が横を見ると布団の中からもぞもぞと先ほどの少女が出てきた。 目が合う。 なんというか、ほんとに美少女だ。それが輪の顔を見て、にっこりと微笑んだ。 「ああ、びっくりしたぁ。おはよう輪くん。近年まれにみる凄い目覚め方だね〜」 「え? ああ、おはよう」 少々事情が飲み込めないまま、輪は条件反射的に挨拶だけは返した。 ベッドの脇で輪を見ていたのは上杉綾瀬、14歳の中学三年生。 お隣に住む2歳年下の輪の幼なじみ、と言うより輪の母親に家族同然に育てられたから妹みたいなものだ。 だから、こうして平気で輪の部屋に入ってくるし、こうして起こしてくれることも…。 いや、これまでそんなことあったっけ? 「ねぇ、輪くんどうしたの? 何が恥ずかしいって?」 ぱたぱたと制服のスカートを払いながら、綾瀬が顔を覗き込んできた。 嗅ぎ慣れた少女特有の甘い香りがふわりと輪の鼻に届く。 息がかかるほどの近さで、春の陽光を思わせるような瞳が、きらきらと輝いている。 青少年ならドキドキバクバクもののシチュエーションだが、輪はごく普通に答える。 「……忘れた」 あんな恥ずかしい技の名前、いくら夢とはいえ言えるわけがない。 第一、絶叫して目覚めるって事自体が十分恥ずかしい。 それに、何であんな妙な夢を見たんだろうと、首を傾げたくなる。 「それより目覚まし時計鳴りっぱなしだったよ。よく寝ていられたね〜」 ベッドのすぐ近くではオルゴール式の目覚ましが、リストの「愛の夢」を奏でていた。 確かにおかしい。普段の輪は目覚ましが鳴る前に目が覚めるくらい朝に強い。 すると、どうやら綾瀬はいつまで経っても起きてこない輪を心配して、様子を見に来たらしい。 納得。 「……ところで今何時だ?」 「ああああーっ! 忘れてたぁ、もう8時過ぎてるよ〜、早く起きて起きて」 8時? いつもならもう家を出る時間である。 「…遅刻確定じゃないか」 輪の通う函館白楊高校までは自転車で30分はかかる。 「頑張ればきっと間に合うよ」 どういう根拠かは知らないが、綾瀬は力強く断言した。 (では頑張ろう。間に合うとは思えないが…) 手ぐしで髪を整えてちらっと綾瀬に目をやる。 「とりあえず着替えるか」 「うん」 ………。 「あの、着替えたいんだが…」 「どうぞ」 ………………。 「部屋の外に出てほしいんだが…」 「どうして?」 ………………………。 「いや、どうしてと言われると…、返答に窮する命題ではあるな」 たまらず綾瀬は笑い出した。 「冗談だよ。朝ご飯の用意が出来てるから、ちゃんと食べていってね」 「分かった」 そうなのだ。 この直江輪という男、お隣に幼馴染の美少女が住んでいるだけでなく、朝起こしてくれるだけでなく、なんと毎日の食事まで作ってくれていたりするのだ。 なんて羨ましい。 そして、羨ましがられることが分かっているがゆえ、彼は綾瀬のことを高校では常に秘密にしていたりする。 そのせいで、女性がらみで酷い目に遭うことが多いのだが、それはまた別のお話。 (今度こそ遅刻確定だな) 服に袖を通しながら今朝見た夢を思い出す。 (しかし、あの夢に出てきた女、どこかで見たことがあるような気がするが…) 考えても、なかなか答えは出てこない。 半ば無意識のうちに5分で身支度を整え、5分で朝食を食べると8時15分だった。 16年の間に染み付いた朝の習慣は、物思いにふけっていても、変わらずに体を動かしてくれる。 「ごちそうさま」 「はい、おそまつさま」 台所からエプロン姿の綾瀬が顔を出した。 セーラー服にエプロン…かなり可愛かった。 「って、何でまだいるんだ?」 「さっきお弁当落としちゃったんで詰め直してたの」 先ほど輪を起こしたときに被害を被ったらしい。 「弁当の中身が多少ごちゃごちゃでも、俺は別に気にしないが」 「わたしは気にするの。お弁当ってみんなで食べるんでしょ? 見栄えが悪かったら恥ずかしいじゃない」 (そういうものか) さらにだめ押しするように、綾瀬は輪の目を覗き込んで付け足した。 「それに、わたし、ちゃんとお母さんに負けないものを作りたいの」 こう言われると返す言葉がない。 「それはそれは、…わざわざお気遣い頂き恐悦至極」 「なにそれ? 輪くんてば時代劇の見すぎ〜」 もちろんこれは輪の照れ隠しなのだが、綾瀬は愛らしい頬を膨らませた。 半年前に輪の母が入院してからは、上杉・直江両家の食事は綾瀬が切り盛りしている。 輪にとってもそれはとてもありがたいことだが、中学三年生、受験生の子にそこまでやらせるのは気が引ける。 もっとも綾瀬は「わたしが好きでやってることだから」と反対を押し切って半ば強引に続けているのだった。 無論、輪が高校に持っていく弁当も、綾瀬の手作りである。 とてとてと台所から出てきた綾瀬は輪に弁当を手渡した。 今日の弁当は豪華三段重ね。 いや、ますます羨ましい。 「はい、出来上がり。ところで、学校まで乗せてくれるよね? このままだと遅刻〜」 綾瀬はいたずらっぽくこの2歳年上の幼なじみを見上げた。もちろん輪が断るなど考えもしない。 「ま、いいか、元はと言えば俺が寝坊したのが悪いんだし」 「わーい」
密着した背中から伝わる綾瀬の体温と柔らかな感触。 通いなれたいつもの風景。 春の風。 平穏な日常。 明日も、明後日も、ずっとこんな日々が続くと思っていた。 綾瀬の通う、そして自分の母校でもある中学校の少し手前で、輪は自転車をとめた。 「間に合ったな」 「うん、送ってくれてありがとう輪くん。お礼に今日の晩御飯は、輪くんの好きなラザニアにしてあげるね」 そう言うと、綾瀬は軽やかに自転車から降り、輪に向かって微笑んだ。 「そうか、楽しみだな」
手を振ってから、綾瀬はふわっとスカートを翻し、校門に向かって歩き出した。 2歩進んで、彼女はもう一度振り返る。 髪の毛が、風になびく。 にっこりと笑顔。
それが、綾瀬を見た、最後だった。
すでにホームルームが始まっている時間なので、駐輪場のスペースは自転車であふれかえっていた。 なんとか、自分の自転車を停めるべく、ほかの自転車の位置をずらして1台分のスペースを作っていると、背後から声をかけられた。 「なに? あんたも遅刻? 珍しいわね」 あふぅ…、とあくびをかみ殺しつつ登場したのは輪の同級生で、これまた幼稚園のころからの腐れ縁の少女だった。 ライオンの鬣を思わせる自然なウェーブのかかった髪。 167センチと女性にしては長身の体は「しっかり発育してますから!」と言わんばかりに凹凸がはっきりしていて、男性諸君の目を釘付けにするいわゆるナイスバディである。 黙って微笑んでいれば美人なのだが、美亜子の場合は何かに挑み続けるような強烈に鋭すぎる眼光の持ち主なのだ。 実際、超強気の性格で、そのメンタリティはいまどき珍しい武芸者のそれに近い。 だが、その自慢の眼光も、下手すると殺気すら放つような凛々しい立ち居振る舞いも、今はちょっとだけ眠そうに弛緩している。 「なんだおまえもか。確かに珍しいな」 「ん〜、なんか夜中に起こされちゃって寝不足。ってか、なんかよくわかんない」 意味不明だった。 輪が聞き返そうとすると、美亜子は無造作にさっき輪が作ったスペースに自分の自転車「ドラゴンフライ号」を駐輪。 「ちょっと待て、そこは俺が…」 「ありがと輪。それじゃ」 ひらひらと手を振って美亜子はすたすた玄関に歩いていった。 この遠慮のなさが腐れ縁の証拠。 こうしていつも輪は美亜子にいいように遊ばれているのだが、しかし勝てたためしがない。 口げんかでも、そして武道においても。 実は美亜子は、本多流槍術の免許皆伝。槍を持たせれば史上最強の人間凶器である。 中学生のときに全国大会の出場経験がある剣道二段の輪でも、勝負すれば子ども扱いである。 「やれやれ…」 そんなわけで、改めて輪は駐輪スペースを作り出し、小走りで教室へと急いだのである。
すでに担任の“づら”の姿もない。 朝の喧騒のなか、二人に近寄る影一つ。
相次いで教室に入ってきた美亜子と輪に対し、からかい半分で声をかけたのは真田淳二。 いつもニコニコといたずらっ子の笑みを浮かべる、能天気なお気楽極楽キャラだ。 面白いことがあれば首を突っ込み、面白いことがなければ、自分でネタを作り出す。 そんなメンタリティの持ち主で、人なつっこい明るい性格と相まってクラスのムードメーカー的存在。 つんつん頭に168センチのちと小柄な体型だが、実は真田流古武術を使いこなす、格闘家だったり。 そして輪と美亜子とは1年生の時からの付き合いになる。 なので…。 「なんか怪しいですなぁ。うにゅ? もしかして!?」 その刹那! 美亜子の右腕がうなりを上げ、どこから取り出したのか、スリッパが淳二の顔面めがけ投擲された。
直撃。淳二は盛大に倒れた。 「それ以上変なこと言ったらシメるわよ」 「うむ。それには俺も賛成だ」 倒れた淳二を尻目に美亜子と輪は自分の席についた。 「うにゅ〜、寝不足でなければ美亜子ちゃんのスリッパを避けてみせられたのにぃ…」 これまで一度も美亜子のスリッパ攻撃をかいくぐったことがないのだが、そう強がる淳二である。 そして、彼もまた寝不足だということを、輪と美亜子は気づかなかった…。
うららかな春の函館。 窓から差し込む日の光はぽかぽかと教室を照らし、ぶつぶつと一人喋り続ける教師の声はα波全開である。 すでに教室の生徒の大半が机に突っ伏している。 輪はと言えば、なにげに窓の外を眺めつつ考え事をしていた。 今朝見た夢の内容についてである。 どうもおかしい。 何しろ目覚ましが鳴る前に起きることが多い輪が、目覚ましが鳴っていたことにも気が付かずに寝ていたのだ。 そしてあの女性が言っていた言葉。 (災厄が五稜郭で起きるとか言ってたな) そして夢の中で感じた感覚。 自分に力が流れ込んでくる。そしてその力のことを……。 (懐かしい、そう感じた) どうにも分からないことだらけだった。 そんな思案に耽っていた輪だったが、ひとまず意識を現実へと戻した。 少し開いている窓から、暖かな5月の風が吹き込んできた。 確かに、これは眠くなるのも無理はないな。そう思いつつ窓から目を転じて教室を見渡す。 すると背筋を伸ばしてきちんと授業を聞いている、ある意味稀有な人間が3名いた。 一人は伊達春樹、このクラスの学級委員長である。 若干気弱な面こそあるが、真面目かつ誠実。人の世話を焼くのが苦にならないタイプで、まさに学級委員長になるべくして生まれたような男である。 …しかし、背筋こそ伸ばしているが、ノートを取っている様子はないのでその格好のまま寝ているのかも知れない。 だとすると、便利な体質である。 もう一人も学級委員長で武田広奈という。 さらさらのショートカット、儚げな美貌、鈴を鳴らすような美声の豪華三点セットで学校中の男子生徒の憧れの的。去年のミス白楊にも選ばれ“演劇部と合唱部の救世主”の異名も頂戴している。 こちらはまじめにノートを取っている。当然成績の方もトップクラスである。 最後の一人はちょうど輪の斜め前の席に座っている明智瑠華。 広奈に勝るとも劣らない美貌の持ち主だが、他を拒絶する冷たい雰囲気のため、いまだ友人はいないらしい。 極端に口数が少なく、表情に乏しいので口の悪い生徒は“仮面の女”と呼んでいる。 入学以来、笑った顔を見た者がいないという伝説すらある。 輪は半分茫洋としながら、明智瑠華の腰まで届く長い髪を見ていた。 どちらかというと古風な顔立ちを引き立てるように、前髪は眉のところで切りそろえていて、さながら日本人形のような印象を与える髪型である。 窓から吹いてきた風に黒髪がひらひらと揺れている。 その瑠華だが、輪の位置からでは表情を伺い知ることは出来なかったが、実はひたすら憂鬱な顔で先ほどからため息をもらしていた。 彼女を悩ませていた原因。それはまだ秘密である。 やがて、周りを見ることに飽きたのか、輪も再び考え事に戻った。 どうしてあんな夢を見たのか。なにより、どうしてあんなにくっきりはっきり覚えているのだろうか。 ふぅぅぅ。 期せずして輪と瑠華は同時にため息をついた。 ふぅぅぅ。 そしてこれまた偶然にも、美亜子と淳二も盛大に寝息を立てた。
教室にいた生徒達も思い思いの場所へと散っていった。 学食へ行く者、パンを買いに行く者、近くのコンビニまで足を延ばす者、そして屋上へとエスケープする者…。 ちなみに輪、美亜子、淳二の三人は屋上組である。 ただし、屋上に上がるには鍵が必要で、それを借りることが出来ないとエスケープできないのだ。 で、どうするかというと……。 「おーい、ハル、屋上行こうぜ〜」 淳二が伊達春樹を早速捕まえたようである。 一般の生徒は屋上には上がれないのだが、天文学部は昼休みに太陽の黒点観測をするという大義名分があるので鍵を借りることが出来るのである。 そして、伊達春樹は天文学部である……。 かくして、今日も4人の生徒が屋上にて昼食をとる光景が繰り広げられていた。 一方そのころ、明智瑠華は4人にある話をつけるべく屋上に上がろうとしていたが、ドアのノブを掴んで絶句。 …がちゃがちゃ。 「ぬう」 屋上への階段には鍵がかけられていた。 仕方なく瑠華は広奈を捜して学食へと向かった。 そして広奈の食事が終わるのを待って(ある事情により結構待たされたが)なんとか話をつけることに成功した。 (しかしまだあと4人残っている) 瑠華の苦悩は続く。 結局午後の授業中も苦悩する輪と瑠華、熟睡する美亜子と淳二、まじめに授業を受ける春樹と広奈という構図が出来上がっていたのだった。
瑠華はまず伊達春樹の身柄を確保した。 人目に付かない屋上への鍵を手に入れるためである。 狼狽する春樹には3時15分に屋上で待っているようにと強引に告げると、今度は美亜子と淳二を捜し、二人には4時に屋上に来るようにと念を押した。 瑠華としては、まず物わかりの良さそうな春樹、そして広奈を言い含めておき、あとから来る輪、美亜子、淳二を説得する際に助力を願う作戦であった。
午後の授業中も夢の内容が頭から離れず一睡もできなかった(って、それはそれで問題ないぞ)輪はある決断をした。 ともかく、夢に出てきた女の言うとおりに、今晩五稜郭公園に行ってみようと思ったのである。 そこで何か起きれば、あれは予知夢だったというわけだし、何もなければ、それですっきりするだろうとの目論見である。 さて、それまで何をして時間をつぶそうか…。 普段なら剣道の稽古をしに警察の道場に行くか、図書館に行って本を探すかといった輪にとって、放課後学校に残ること自体珍しい。 すでに生徒の姿もまばらになった教室で思案していると、ゴミ箱を抱えた武田広奈が現れた。 ちょうど、掃除当番でゴミを捨ててきたようだ。 広奈の場合、たとえ抱えているのがゴミ箱だろうが、モップだろうが、まるでそれ自体映画のシーンか一幅の絵のように華やかである。 美人は得だ。 「あら、輪さん珍しいですね。こんな時間まで教室にいるなんて」 大の男を一撃でKOする無敵スマイルを向けて広奈が近寄ってきた。 「そうか?」 「ええ、いつもでしたらすぐに教室からいなくなってましたから。急いで帰る用事でもあるんですか?」 「…用事があるわけではないが、学校にいてもすることがないし、それだったら本屋に行くか図書館で時間を潰す方が有意義だ」 「まぁ、読書家ですのね」 輪の返答を聞いて広奈は微笑んだ。 読書家である、という輪の一面を知って、ちょっと好感度を上げたらしい。 「すこし、わたくしとお話いたしませんか? 三時半に用事があるのですが、少し時間が空いてしまいましたので」 なんと、輪君。学年一の美少女、武田広奈様直々に談笑の相手に指名されたのであった。 武田広奈ファンクラブから見たら、さぞ羨ましがられるであろう。 「別に構わないが…」 一方の輪は平然としたものである。 なぜならこの男にとっては綾瀬以外の女性などまるで眼中にないのだから。 もっとも、そのことを知るのはせいぜい美亜子くらいである。 そのため、これまでにも何人かの不幸な女子生徒が輪にアタックして見事に玉砕している。 一応客観的に見るならば輪は相当のハンサムだったし、成績も優秀。長身でスポーツも得意。 モテないわけがなかった。 だから、そうとは知らない春樹が仲良く談笑する輪と広奈を見てショックを受けていたが、それはまた別の話である。 「どんな本をお読みになるのですか?」 広奈はそう言いながら、ごく自然に輪の隣の席に腰を下ろした。丁寧にカットされたショートカットからシャンプーの香りが漂ってくる。 「読むジャンルは偏っているが…」 一方の輪は、利害が一致したな、これで俺も多少時間がつぶせそうだ、などと武田広奈ファンクラブの会員が聞いたら激怒しそうなことを考えていたり…。 「どんなジャンルですか?」 ごくわずかに小首を傾げつつ広奈がほほえむ。 「もっぱら歴史小説だな。三国志、戦国、幕末あたりを中心に」 「そうなんですか」 三つとも歴史ファンにはお馴染みのジャンルである。 人気があるので図書館の蔵書が多いのが輪には有り難かった。 「武田はどんな本を読むんだ? 演劇部ならシェークスピアとか?」 それを聞いて広奈は目だけで頷いた。その後で耳に心地よい美声が紡がれる。 「ええ、シェークスピアは高校に入ってから大体の作品を原文のまま読んでみました。ちょっと時間がかかりましたけど、色々と参考になりましたわ」 思わず輪の口が「ほぉ」という形に開いた。 「それは凄いな」 どうやらこのお嬢様はとんでもない才媛らしい。輪は認識を新たにした。 「でも、わたくしが好きなのは所謂“本格ミステリ”なんです。いつか演劇部でそういう舞台をやってみたいですね。見ている人は劇を楽しむだけではなく、謎解きも体験できますから」 言いながら広奈は胸の前で両手をあわせ指を絡ませる。そのポーズにタイトルを付けるならば“夢見る美少女”か。 「そうか、謎解きは俺も嫌いじゃないしな。そういう舞台なら見てみたいな」 「ええ、そのときは見に来てくださいね」 こうしてしばらく輪と広奈は相当にディープな読書談義を繰り広げた。 10分後…。 「輪さん、お腹空いてませんか?」 唐突に広奈がそう尋ねてきた。 「いや、それほどは」 なんといっても昼に食べた豪華三段重ね弁当綾瀬スペシャルが効いている。 「すいませんが、わたくし4時から舞台稽古があるのでちょっと…」 「ああ、練習は体力を使うからな。何か食べてからの方がいいのか」 一人納得する輪。 「ええ、そうなんです」 広奈はそういって高そうなリュックから次々とパンを取り出した。 “生チョコサンド”“ジャンボチョコ”“チョコバット”“チョコメロンパン”“チョコカスタード”どれも見ているだけで歯が浮きそうな甘いパンである。 しかも、どれも2個ずつある。 (まさかこれを全部食べるのか? 正気か?) 輪の感想ももっともである。 だが、さらにとどめとばかりに広奈が取り出したのは…。 『これでもかと言うくらいに砂糖をぶち込みひたすら甘さを追求した紅茶、500ミリリットルのペットボトル。シロップ代わりにホットケーキにかける人もいるらしい』…であった。 絶句し、硬直している輪を後目に広奈はあっという間にこれらを平らげ一言。 「ちょっと足りなかったかしら…」 がつん。 そのまま突っ伏した輪は額を机に強打した。 鈍痛とともに、輪は以前聞いた話を思い出した。 (そういえば昼食のたびに学食の全メニューを制覇する女生徒がいるという噂を聞いたことがあったが…) もちろん広奈のことである。 朝食と夕食をどれくらい食べているのかはファンクラブですら怖くて誰も聞けないらしい。 かくして、一体どうやったらこれだけ食べてあのプロポーションを維持できるのか、謎はどんどん深まっていくのである。 「輪さん? あの、具合でも悪いんですか?」 先ほどから突っ伏して動かない輪を不審に思ったのか、広奈が声をかけてきた。 むっくりと起きあがって輪が額をさする。 「あ、いや、気にするな。大丈夫だ…。それより、どうして今日に限って俺と話をしようと思ったんだ?」 それは当初から輪が抱いていた疑問であった。 元々それほど親しく話をするような仲ではなかった。 が、広奈の返事は今の輪にとっては不可解なものであった。 「この先もっとお話をする機会は増えると思います。だから…」 「それはまぁ、同じクラスだから話をすることもあるだろうが…」 広奈は儚げな微笑を浮かべたまま首を傾げた。言葉をさがしているのだろうか。 「ええと、そういう事ではないんですけど…。ごめんなさい、よくわからないことを言っていますね」 「……?」 確かによくわからない。 「そろそろ3時半ですわね。それではわたくしは用事がありますのでこれで…」 唖然としている輪にそう言い残すと、広奈は優雅に身を翻し教室から出ていった。 広奈がいなくなっただけで教室が殺風景になる。 途中廊下で広奈が誰かと話している声が聞こえてきたが、輪の耳には入っていなかった。 (世の中には常識では計り知れない人間がいるのだなぁ) 輪はそんなことを考えていたのである。 この先自分が常識では計り知れない体験をするとも知らず……。
瑠華はいつもと同じ鉄面皮だが、何となく落ち着きがない。 輪の姿を認めるとすたすたと歩いてきた。 それに気が付いた輪が瑠華に目を向けると、彼女は髪をさらっと掻き上げ、 「大事な話がある、4時になったら屋上に来てくれ」 と、一息で言った。 まるで最後に皿に残ったニンジンを一気に掻き込むかのような苦々しい表情をうかべて。 (!?) 少々困惑を隠しきれない輪であった。 (俺、何か悪いことをしたのか?) 瑠華の表情から思わずそんなことを考えてしまう。 しかし呼び出しをくらうような悪いことをした覚えもない。だとすると何の用事だろうか。 「話を聞くくらいなら、今ここででも構わないが」 そう切り返すと、瑠華は無下に首を振った。 「人目がある。ここでは言えない」 ますます謎である。 「………わかった。4時だったな」 結局輪の好奇心が勝ったらしい。さらに瑠華の無言のプレッシャーが断りの台詞を拒絶していたことも大きい。 それだけを聞き届けると、瑠華はすぐさまその場を立ち去った。 シャンプーのCMのように綺麗な黒髪を見送った後ふと、輪は別な可能性を思いついてしまった。 まさか、あの瑠華に限って、有り得ないことだとは思うが……、普通女の子が大事な話があると言って呼び出したら、する事は一つである。 もしも、万が一、それが用件だったら……。 (なるほど明智は緊張して顔がこわばっていたのか) 都合良く解釈する。 (さて、なんと言って断ろうか…) またまた悩み事が増えた輪であった。 こうして、どんどん思考の海に沈んでいくのが美亜子をして「あんたは考え過ぎなのよ」と言わしめる輪の欠点である。
とりあえず思いつく限りの断りの台詞をシミュレーションしてから輪は屋上に出た。 「あ、なんだ輪か、あんたも呼ばれたわけ?」 そう言って輪を手招きしたのは美亜子である。隣には淳二もいる。 瑠華からの愛の告白という輪の甘い想像は木っ端微塵に砕け散った。 「なんで、おまえらがいるんだ?」 律儀にも肩を落とす輪であった。 「私が呼び出した」 後ろから聞こえてきた声に輪が振り返ると、瑠華が階段を上がってくるところだった。 相変わらずの鉄面皮だが、何となく機嫌が悪そうに見える。 実は瑠華には誤算が2つ生じていたのだ。 ひとつはまず最初に事情を話した春樹が卒倒してしまったこと。(そのため一時屋上の天文ドームに放置、じゃなかった、休ませている) もうひとつは広奈が事情を聞き、瑠華への助力を了承したものの「4時から舞台稽古がありますので、またのちほど」と、さっさといなくなってしまったこと。 予想以上に小心者の春樹と、事情をすっかり納得しつつもあくまでマイペースを崩さない広奈。 要するに作戦は大失敗だった。 そして更にこの3人に単独で事情を説明しなくてはならない。 かなりの困難さが予想された。 とりあえず、3人が瑠華の周りに集まる。 「で、瑠華ちゃん、オレらに何の話があるの?」 口火を切ったのは淳二である。 瑠華は全く表情を変えないまま髪を掻き上げた。 こうなったら覚悟を決めて言いくるめなくてはならない。 「話すと長くなる。が、必要だから話す、聞け」 3人が呆気にとられて黙っているのを、了承の意味と取ったのか、瑠華が話し出した。 「今日5月11日五稜郭で“魔王”が復活する」 反応は三者三様だった。輪は表情を変えないまま絶句し、淳二は口をあんぐりと開け、美亜子は思わず吹きだした。 そりゃそうだ。大人びた美貌の無口系少女が、開口一番これである。 大事な話があると呼び出されていきなり魔王とは…。 「な、なにそれ。あんた本気で言ってんの?」 半笑いの美亜子が突っ込むが、瑠華は気にする風もなく、淡々と続けた。 「本気だ。私がこれから話すことは全て真実だ」 あくまでも真っ直ぐな視線で。 これが嘘をつく人間の顔なら、よほどの演技力だろう。 真剣な表情で、落ち着いた口調のまま瑠華は語る。 3人は顔を見合わせたが、瑠華の静かな迫力に押されてか、黙って次の言葉を待った。 「“魔王”と私は呼んでいるが、それは人ではなく、いわゆる怨霊だ。魔王には大きく分けて2つの力がある。一つは天変地異や疫病を起こす力。もう一つは人間に強大な力を与え“魔人”を生み出す力。古来より、この国が乱れ、歴史が変わるときには、その背後に魔王と魔人の存在があったのだ」 3人は唖然として言葉もない。何より瑠華がこれだけ長く喋り続けていること自体、希有な出来事と言うほかない。 とは言え瑠華の語った内容に関し、輪には看過できないところがあった。 「魔王と魔人だって? それが歴史を動かしていたと言うのか?」 思わずそう口を挟んだ。 元々大の日本史好きの輪である。そんな得体の知れない歴史的解釈は聞いたことがない。 「そうだ。教科書に書いてあることが、全て真実だと思わぬことだ。世界は、おまえたちが思うよりずっと、闇と混沌に満ちている」 きっぱりとそう断言する瑠華。 なぜかこの『世界は闇と混沌に満ちている』という言葉は3人にとって強く印象に残った。 それは瑠華の実感がこもっているからかもしれない。 そして瑠華は輪を驚愕させる一言を発した。 「私の知る限り、魔王によって力を与えられ、魔人となったのは、平将門、源義経、楠木正成、織田信長…」 「なっ…」 絶句する輪。 有名な歴史上の人物の名前が矢継ぎ早に出てきて混乱に拍車がかかる。 輪にとっては自分の積み上げてきた歴史的知識、常識が一撃で崩壊するほどのインパクトだった。 そして瑠華は最後にとどめの一言。 「一番最近では土方歳三」 新撰組の“鬼の副長”。箱館戦争で戦死した幕末の超有名人。 それが、魔人? 土方歳三が魔王に力を与えられていた? それだけじゃない、平将門も、源義経も、楠木正成も、織田信長も? 「なんの冗談だ…」 世界が、常識がガラガラと崩壊していくような…。 輪はぶんぶんと首を振った。信じられるわけがない。 美亜子と淳二もいかにも半信半疑。というか瑠華の言葉を半分も理解できているかどうか。 「魔王はたとえ倒しても怨念が集まることで数百年の周期で復活する。そして疫病や天変地異を起こし、魔人を生み出して世を乱す。戦乱が起こり多くの血が流れると魔王は人々の負の心を糧として成長する。そんな厄介な存在だ。それが今日五稜郭で復活する」 瑠華はお構い無しでそこまで語った。そこには有無を言わせぬ迫力があった。 魔王が復活するのは五稜郭? そして魔王が生み出した魔人が土方歳三? 輪の中で、何かが繋がった。 「明治二年、1869年、土方歳三は函館で戦死…」 「そう。そのとき魔王もまた倒された」 輪の呟きに瑠華が補足する。 「ははぁ、なるほど」 淳二もぽんと手を打つ。 「土方歳三が魔人だか魔王なら函館で復活するってことか」 「そうだ。飲み込みが早くて結構なことだな」 瑠華は相変わらず表情を変えずに淡々と答える。 「あ、あのさ、これが冗談じゃないっていうなら、何であたしらにこんな話をするわけ? ていうか、あんたって何者?」 これまでずっと黙っていた美亜子だがここに来てさすがに瑠華に尋ねた。 「私が何者かはあとで話す、おまえたちには『陰陽武道士』として魔王を倒す手伝いをしてもらいたい」 再び3人して絶句。 「おんみょう…、ぶどうし?」 呆然と輪がつぶやく。 その言葉、どこかで聞いたような…。 「そうだ。『式神武戦具』との契約により『五行妖術』を駆使して魔王や魔人とも互角に戦える唯一の存在。最強の戦士『陰陽武道士』。それが、おまえたちだ」 「まさか、昨日の夜の…」 と、淳二。 いつもニコニコの彼にしては珍しく、真剣に考え込んでいる。 「…夢じゃ、なかったわけ?」 こちらは美亜子。常に強気な表情が、今はいささか茫然自失気味。 それを聞いて輪もまた考え込んだ。 なるほど、今朝見た夢はそのことを言っていたのか。 そしてそれは俺だけではなく、美亜子と淳二にも同様に…。 「じゃあ夢に出てきた女って、あんた?」 美亜子が尋ねる。やはり夢を見ていたのは輪だけではないようだ。 「厳密に言えば、私であり、私ではない」 「はぁ?」 「…説明するのが面倒だ。ちょっと待て」 そう言うと瑠華は口の中で小さく呪を唱えた。 すると、冷たく澄ましていた表情が一変した。信じられないことだが、にっこりと笑ったのである。 「つまり、そなたらに夢を見せたのは、このわらわじゃ。“葛の葉姫”って呼んでたもれ♪」 声まで違う。 輪は頭を抱えた。美亜子は目を見開いたまま微動だにせず、淳二は顔面から地面に突っ込んでぴくぴくしている。 たしかに、瑠華とは別人としか思えない豹変ぶりである。 3人の受けたショックは甚大であった。 「驚かせたか? 許してちょ☆ わらわは瑠華ではない。瑠華の肉体を一時借りて話しているのじゃ」 「…………はぁ」 一時的に言語中枢に異常をきたしたか、3人はそう気の抜けたような相槌を打つのみ。 「まぁ、わらわの正体についてはおいおい申し渡すとして、まずは、そなたらに施したわらわの術について説明するぞよ」 「……はぁ」 「この国では長い年月を経て愛用された名品には魂が宿ると言うであろう。“付喪神”と呼ばれるものがそれじゃ。わらわはその付喪神に対し特殊な術を施すことで『式神武戦具』とし、それを“力”ある人間と融合させることで魔王を倒す『陰陽武道士』を生み出すことが出来るのじゃ」 「……はぁ」 「すでにそなたらには昨日の夜のうちに儀式を行い『式神武戦具』と契約させておる。輪、そなたには直江兼続が愛用した“兜”、美亜子には本多忠勝の名槍“蜻蛉切”、淳二には真田幸村が使い、その死後は兄信之に伝えられし手甲“真田丸”、それらが『式神武戦具』として宿っておる。強く念じることでそれらを呼び出し、身に纏うことが出来るじゃろう。さすればおのずとその力を使いこなせるはずじゃ」 「……はぁ」 「さらに、わらわが決めておいた呪を唱えると…現代風に言い換えるならば、“決めゼリフ”を言うと瞬間的に霊力が高まり『五行妖術』、いわゆる必殺技が発動するはずじゃ。危なくなったら試してみるがよいぞ」 「……はぁ」 「なに心配することはない。おぬしらが力を引き出せさえすれば、後は勝手に身体が動くはずじゃ。なにしろ先人の戦闘の技能が霊力となってすでに宿っているのじゃからな」 「……はぁ」 「まぁ、詳しいことは瑠華に聞くがよい。代わりに説明してくれるはずじゃ」 「……はぁ」 「ではさらばじゃ」 この間およそ1分。怒濤のように話し終えると瑠華は再び鉄面皮に戻った。 心なしか、顔が赤い。取り繕うように髪を掻き上げると一言。 「……何か質問は?」 こうして3人は、さらに状況が飲み込めないという事態に追い込まれることになった。 結局瑠華が事情を説明し終えるまで、あと30分近くかかることになる。 これにより普段からしゃべるのが嫌いな瑠華の機嫌は著しく悪くなったが、3人にしてみればそれどころではない。
一人の英雄が平安京を救った。 その男の名は安倍晴明、今なお謎多き伝説の陰陽師である。 そして、伝説はこう伝える。『安倍晴明の母、葛の葉姫は化生の者である』と。 和泉の国信太の森の白狐、葛の葉は安倍保名と契って晴明を産み、宝玉と黄金の箱を我が子に授けた。 晴明は長じて陰陽道を極め、母より受け継ぎし霊力をもって天下無双の陰陽師となった。 その後、晴明は源頼光、元三大師良源、俵藤太、平貞盛らとともに魔王と“魔人”平将門に挑み、見事これをうち破ったのである。 このときの戦いのうち、魔王の配下である酒呑童子と頼光の戦いや藤太の大百足退治などは伝承として今に伝えられている。 また、死して肉体を失った後も、葛の葉姫は魂を他人に憑依させるという方法で1000年の時を生き続け、歴史の影で魔王を倒す『陰陽武道士』を生み出してきたのである。 平将門以来、源義経、楠木正成、織田信長、土方歳三らの魔人も、その時代の魔王も、皆『陰陽武道士』によって倒されたのだ。 もっとも、『陰陽武道士』は歴史の影そのもの。その存在が明るみに出ることはなかった。 時は流れて現代。魔王が永き眠りから目覚めようとしている…。
長い長い説明がやっと終わった。 「つまりあんたに憑依しているのは葛の葉姫で、あたしらにその“陰陽師”をやれってわけね? 千年前のように」 美亜子はどうやら乗り気のようだ。先ほどまでと違い、目が爛々と輝いている。 「そうだ、厳密に言えば陰陽師ではなく『陰陽武道士』だが…」 「ま、どっちでもいいでしょ」 お気楽に美亜子はそう言うが、一応瑠華のほうでは確固たる違いがあるらしい。 「陰陽師は方術を使い、式神を召還して戦わせる術士だ。分かりやすく言うなれば、概念的には魔法使いに近い存在だ。対して『陰陽武道士』は『式神武戦具』を身にまとい、自らが武器を振るって戦う、つまり…」 「分かった! ファンタジーで言うところの魔法戦士か」 ぽむ、と手を打って淳二が発言した。 ゲーマーであるところの彼の知識が、瑠華の説明と合致したらしい。 「そういうことだ」 「そっか、ソーサリーソルジャーか。うっひょー、なんかカッコいい」 説明を聞いただけで、なんか淳二はすでにやる気満々、実に楽しそうある。 「事情は説明したとおりだ。魔王が復活してしまえば、この平和な日本もどんな戦乱に巻き込まれるか分からない。勝手におまえたちを『陰陽武道士』にした非礼は詫びる。だが、ほかに手段もないし時間もないのだ。どうか、私に協力してくれ」 そう言うと瑠華は改めて3人に対し、頭を下げた。 これまた意外な瑠華の姿だった。 他人とまったく打ち解けない瑠華が、こうして頭を下げる姿を3人は想像できなかった。 「いいわよ」 だからと言うわけではないが、美亜子は即断即決。あっさりOKを出した。 淳二もパンと手を打つと、ちらっと美亜子を見てから宣言した。 「もちろん、やってやろうじゃないの。美亜子ちゃんが戦うってんならオレが逃げるわけにはいかないさ」 それを聞いて美亜子が肩をすくめる。 「あたし一人でもいいんだけどね、せいぜい足手まといにならないでよ」 「そりゃひどい」 そうして二人してけたけた笑い出した。 この辺の脳天気さは輪には決して真似の出来ない点である。 「で、あんたはどうすんの? 手伝ってくれるでしょ?」 「…もう少し考えさせてくれ」 「はあ?」 正直輪は自らの去就を決めかねていた。 “魔王現れし時、国乱れる”そう瑠華は言う。 だが、国が乱れるときこそ、歴史は英雄を産みだし、戦火に流される血を欲するのである。 そして、流れた血の分だけ、歴史は加速し、時代が変わる…。 平将門、源義経、楠木正成、織田信長、土方歳三。5人とも陸戦に関しては神がかった冴えを見せた軍略家である。 そして何より、歴史のターニングポイントに歴然たる名を残している。 平将門は日本史上初めて、朝廷に代わる独立国家を東国に出現させ、源義経はわが世の春を謳歌していた平家を滅ぼし、楠木正成はそのすさまじいゲリラ戦によって鎌倉幕府が亡ぶ原因を作り、織田信長は中世という時代そのものを破壊、土方歳三は蝦夷地に独立国を作り新政府に最後まで抵抗し続けた…。 そんな彼らが魔王に力を与えられた“魔人”だとは…。 なまじ歴史に造詣があるため、輪にとってはその“魔王史観”は、にわかには受け入れがたかったのである。 彼にとって歴史とは何より生身の人間が、いかに考え、どう行動したのか、その積み重ねであった。 魔王がそれを操っていたなど、人間の歴史に対する侮辱としか思えない。 ならば、もし魔王が本当に存在するというのであれば、歴史の表舞台に立つ前に滅してしまえばよい。 少々乱暴な理論だが、ともかく輪はそこに戦いの意義を見いだすことにした。 「…よし、俺も手伝おう。ただし、本当に魔王が存在していることを確認してからだ」 顔を上げた輪には迷いの色はなかった。 「分かった。期待している」 こうして葛の葉姫の魂を共有する少女明智瑠華の元に直江輪、本多美亜子、真田淳二と3人の『陰陽武道士』が誕生した。 瑠華の当初の予定では5人だったが一人は現在舞台稽古の最中。もう一人は卒倒中である。 それでも3人に戦いの意志があることを見て、瑠華はひとまず安堵のため息をもらした。 「聞きたいことが色々ある」 そんな瑠華だが、輪の一言で再び緊張する。 「なんだ?」 「その“魔王”を倒せるあてはあるのか? それに魔王の復活をあらかじめ知っていたのなら、俺達をもっと早く、その『陰陽武道士』にすることだって出来ただろう。なぜそうしなかった?」 なるほど的確な質問だった。 瑠華は少し考え込むと、小さくうなずいてからこう答えた。 「おまえの言うことにも一理ある。だが『式神武戦具』を用意し、おまえたちを『陰陽武道士』とするための儀式を執り行うための条件がそろったのが今日だけだったのだ。それに魔王は復活したばかりならば力は弱い。大丈夫なはずだ」 相変わらずの無表情で瑠華が答える。あまり大丈夫な気がしない。 「しかし、力が弱いというのは我々も同じだろう。大体まだ自分にどれだけ力があるのか分かっていない」 その言葉に瑠華は少々顔を曇らせる。確かにいくら復活したばかりとはいえ、相手は魔王だ。 ぶっつけ本番で倒せるような相手ではない。 「わかった、では少々危険だがここで軽く模擬戦闘をしてもらおう」 瑠華は決断した。なにより、彼女自身この3人の実力を知らない。 一旦『式神武戦具』を呼び出し変身してしまえば、体が勝手に動き、問題なく戦えるはず。 だが、まずはここで、おおよその力を見ておくことも必要であろう。 「ではまず直江、おまえと一体化している『式神武戦具』を呼び出し、その力をその身にまとってみろ」 輪は静かに頷いた。 「やってみよう」 そうして目を閉じ、400年の年月を経て輪に注がれた力をイメージする。 己の唯一無二の主君を守る力、ひいては全ての人を包み込む思い。 それは兜の前立てに象徴されていた。 その一字を強く念じる。 『愛だっ!』 その瞬間、輪は漆黒の炎に包まれた。…そう見えた。 しかし、その炎の中に見事な甲冑に身を包んだ輪の姿が見える、それは壮絶なまでに冷徹な美しさであった。 およそこの世のものとは思えないビジョン、人間が正気を保てるレベルではない。 当然それを目撃した二人は…。 「きゅ〜」 ぱたっ。 淳二はそのまま気絶した。 一方の美亜子は15秒ほど硬直した。 が、さすがは怖い物なしで有名な美亜子である、一旦落ち着くと今度は笑い出した。 「あははははははは、何それ、輪の頭、“愛”だって、笑っちゃうわ。はずかし〜〜」 そう、輪の兜の前立ては“愛”という文字をそのままあしらった作りなのだ。 そうして美亜子はしばらく笑い続けた。あるいはショックのせいで錯乱していたのかもしれない。 だが、当の輪にはそういった驚きは何もなかった。 念じただけで、勝手に鎧姿に変身できてしまう体。 それは、すでに普通の人間の体とはいえない。 ある意味冷静に考えれば、その点こそが、錯乱してもおかしくないほどの異常事態なのだが、輪も、美亜子も、なぜかそこに思い至らない。 むしろ、自分本来のスタイルを思い出したかのように、ごく自然にそのことを受け止めているのである。 実際『式神武戦具』をまとい、変身した輪は身体中に溢れる力に圧倒されていた。そして時間が経つごとにどんどんその力が自分のものになっていくようであった。 刀を抜き軽く振ってみる。気合いを込めると刀は白い冷気を発しきらきらと輝いた。 そして、夢の中で葛の葉に教えられた『五行妖術』、最大の“必殺技”を……。 (そんな恥ずかしい台詞言えるものか) 輪は沈黙した。 「律令への干渉はうまくいっているようだな」 輪を見ていた瑠華が満足そうに呟いた。 そして黙っている輪に声をかける。 「どうだ? 力は使いこなせそうか?」 (必殺技以外なら) 「大丈夫だ」 ひとまず輪はそう答えた。 「では真田…は気絶しているのか、…本多やってみろ」 今度は瑠華の目が美亜子に注がれる。 「オッケー」 そうして静かに集中する。 「“蜻蛉切”出てきなさい」 美亜子が高々と手を掲げるとそこに漆黒の輝きを放つ槍が現れた。 その美亜子自身はゆらゆらと立ち上る真っ白な炎に包まれていた。 否、まるで炎のように立ち上る純白の霊気を纏っていた。 そしてその身は漆黒の大鎧姿。頭には鹿角の大かぶと。 「………!!」 輪は実はびっくりしていたが内心の動揺を抑えることに成功した。 表面上は静かに佇んでいる。 一方の淳二はまだ気絶したままだ。 『式神武戦具』を纏った美亜子は槍を二度三度振るってみる。 「あ、なんかいつもよりいい感じかも。破っ!!」 気合いを込めると槍の穂先から不可視のエネルギーが迸った。 「あはははははは、凄い、すっごいわ! どんなからくりだか知らないけど尋常じゃないわ」 美亜子も自分の中から溢れてくる“力”に正直驚きを隠せないでいた。 「大丈夫のようだな?」 瑠華が確認する。 「あたしは問題なし。使いこなしてみせるわ」 蜻蛉切を軽々と振り回し、美亜子は自信満々に瑠華に宣言した。 「そうか。ではあとは真田だな。おい、起きろ」 ぺちぺち。 瑠華に頬を二三度たたかれて淳二は目を覚ました。 「あ、あれ?」 「気が付いた?」 純白の炎を纏った(ように見える)美亜子が淳二を覗き込んだ。 目が合う。 「うにゅぅ」 目標再び沈黙。 「……こいつ、使い物になるのか?」 事態を傍観していた輪が呟いた。 その言葉が淳二の耳に入らなかったのは、ひとまず幸運であったであろう。 周囲の心配をよそに、気絶から回復した淳二は彼の『式神武戦具』である手甲“真田丸”の霊力を存分に引き出すことが出来たのだから。 そうしてしばらくお互いに軽く模擬戦闘をこなした。 初めのうちは3人とも突然得た力に戸惑っていたが、まずは美亜子がその抜群のセンスで“力”の使い方をものにし、続いて輪、淳二とも自らの戦闘力を開花させていった。 この3人は元々生身の状態でも高い戦闘力を持っており、自らの“力”への順応も早かったといえる。 そしてそれを見ていた瑠華は内心驚きを隠せないでいた。 模擬戦闘とはいえ、彼らの振るう力はこの千年間に現れた『陰陽武道士』の中でも群を抜いていた。 かの伝説の安倍晴明をもっても彼ら3人に果たして勝てるだろうか…。 これならたとえ彼らが単独で戦っても魔王を封じる事が出来るかもしれない。 (思いがけない収穫だった) 瑠華は珍しく安堵の表情を浮かべた。 と、……がちゃ。 ドームのドアが開いて卒倒していたはずの春樹が顔を出した。 どうやらいつの間にか目を覚まして外に出てきたようだ。 ただし、タイミングが悪すぎた。 彼の目にはすでに『式神武戦具』を纏った3人の姿が飛び込んできたのである。 黒、白、そして赤。3色のオーラを漂わせる甲冑姿の人外魔境。 正気の沙汰ではなかった。 そして当然の成り行きとして 「あぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」 …ぱた。
舞台稽古を終えた広奈と気絶から回復した春樹を加えた総勢6人は、いよいよ運命の場所“五稜郭”へと足を踏み入れたのである。 果たして彼らの運命やいかに。
登場するキャラは綾瀬以外全て「F.C.S.室蘭」にて私が作り、演じたキャラを妖魔夜行用にアレンジしたものです。(さらには戦国武将ネタを混ぜてます) ちなみに直江輪はヒジカタ・リン、上杉綾瀬はネコイ・アヤセ、本多美亜子はレイピア・プリムローズ、真田淳二はジャンニ・ルクレール、武田広奈はヒローナ・ラフーレ・カーサ、伊達春樹はアルフレッド・パジール、そして明智瑠華は瑠珈です。 これらのキャラクターを知りたければHPに掲載しているリプレイなどを読んでみてください。 一番分かり易いのはリン君でしょう。 リン君といえば“愛”。愛と言えば直江兼続。こういう安直な考えからこのキャンペーンが生まれたと言っても過言ではありません(笑)。 それではしばし、このお間抜けな世界におつきあいください。
それと、おまけとして全員分のキャラクターシートを掲載しておきます。
本多美亜子 真田淳二 武田広奈 伊達春樹 明智瑠華
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