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当然、うわさが広まる早さは新型肺炎もびっくりである。 たった一日しか経っていないのに、春子が瑠華さまを振ったことは全校生徒に知るところとなった。 地味で目立たなく、平凡が制服を着て歩いているような春子だったが、わずかの間にいきなり有名人に…。 「はぁ、みんなが帰ってから帰ろうかな…。じろじろ見られたりするのは嫌だし」 と、春子は掃除のあとも音楽室に一人残り、手持ち無沙汰にピアノをポロンと弾いてみた。 右手だけで、記憶をたどるようにワンフレーズ…。 (あれは白楊会主催の一年生歓迎式のとき) もやもやもやもや…(回想シーン)
そう、あの時白楊会を代表して、瑠華さまが新入生の為にオルガンでグノーの『アヴェ・マリア』を弾かれたのだ。 で、たちまち新入生を凍りつかせた。 そうなのだ。瑠華さまの演奏はテンポといい、音階といい、とにかく4次元的な外れ方をしていて、まるでジャイアンの歌のようにみんなに多大なダメージを与えたのだった。 もはや原曲の面影は全くなかった。瑠華さまのは『苦悩のアヴェ・マリア』だ。 今にして思えばあの日こそ、春子が瑠華さまの事を初めて知った日だったのだ。 あの時は、瑠華さまや白楊会の皆さまのことを、まるで雲の上の人のように感じたものだった。 自分のような、何の取り柄もない平凡な子が、あの方たちと関わることはないだろう、と。 それが、何をどう間違えたらこんなことに…。
がっくりとため息。 と、誰もいないはずの音楽室なのに、突然春子の背後からすっと手が伸びてきて、ピアノの鍵盤に触れた。 「あぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!??」 当然春子は飛び上がらんばかりにびっくりした。 「なんて声を出すのだ…。まるで鵺にでも襲われたようではないか」 呆れたような瑠華さまのお声。 しかし、完璧に気配を消して音楽室に入ってくるとは、瑠華さまもお人が悪い。 「おっ、音も気配もなく背後から手が伸びてきたら、誰だって悲鳴を上げます、瑠華さま」 瑠華さまは春子の抗議には耳を貸さず、マイペースでこうおっしゃった。 「弾け。もう一度だ」 「あっ、あの…」 「1、2、3、ホイッ」 (ホイッって何ですか、瑠華さま〜!?) 春子、気が弱いので心の中でこっそりツッコミ。 そして内心の動揺を抑えながら右手一本で『アヴェ・マリア』の主旋律を奏でる。 瑠華さまは左手でその伴奏を… (って、全然外れてますぅぅぅぅ) とてつもない不協和音が、音楽室に響き渡る。 (はぅぅぅぅぅぅぅ) 春子、気が弱いので心の中で号泣。 完璧な美貌を誇る瑠華さま、しかし音楽だけは駄目駄目だった…。 で、ついに春子は耐え切れなくなって演奏をストップした。 「や、やっぱり駄目ですね…。瑠華さまにはついていけません」 引きつる顔をどうにか愛想笑い程度に整えて、春子はようやくそう言った。 瑠華さまだって、もうこれ以上はこのひどい不協和音地獄に耐えられないはず…。 「そうか? この上なくすばらしい演奏だったが?」 「はぅっ」 春子は思いっきり突っ伏し、その拍子におでこを鍵盤にぶつけた。 ゴイーーン♪ そして、音楽室にひときわ派手な不協和音が響き渡ったのだった。
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