〜大長編オリジナル日本史ファンタジー大河ドラマ小説〜

陰陽五行戦記

第二章 ◇源平編◇

第五話 「文治5年の昼下がり」


◇一条屋敷、輪&美亜子&泰成&摩訶那◇


平安京の鬼門に位置し、もう250年以上も同じたたずまいのままの一条屋敷。

そこでは安倍晴明7代の孫と現代から来た日本史マニアによる、ディープな歴史談義が繰り広げられていた。

だが、別に歴女でもなんでもない、武芸が生きがい、戦いが人生の本多美亜子がひそかに反逆の機会を狙っていたことを、もちろん輪はまだ知らない。


「さて、それではそろそろ本筋の話に戻ろう」

強い武将ランキングの話題で美亜子の興味を引けたようなので、輪はそう泰成に話を振った。

ここまでの話題はむしろ前菜。本当に聞きたいのは義経の戦いぶりなのだ。

だが、美亜子が音速で割り込んだ。

「やだ」

一言で却下された。

「やだじゃないっ」

「やだ」

美亜子再び却下。取り付く島もない。

「ぬぅ…」

美亜子は美亜子で歴史談義に付き合うのにだいぶフラストレーションがたまっている。

というか、歴史の話だとどうしても予備知識のない美亜子は蚊帳の外になりがち。なので、自分から話を振ってきた。

「お昼ご飯を食べ終わったんだから今は昼休みでしょ。あたしは体を動かしたいわけ。体育館でバスケしよ」

「お前はどこの体育館に行く気だ」

輪君の冷静なツッコミ。

「じゃあ、模擬戦しない? あんたが仮想義経で二刀流。あたしがそれをやっつける」

「俺が負けることは確定か」

「いいじゃん、いつものことだし」

「たまには勝つこともあるっ!」

「そこ、ムキになるとみっともないわよ」

「話がそれてるっ。いいから俺が話を聞くのを邪魔しないでくれ。義経のことを知っておかないと戦うとき困るだろう!」

「別に。話なんかいくら聞いても無駄よ。一回戦えば全部分かるし。百聞は一戦にしかず、ね」

自信満々に胸を張って言い返す美亜子。

「なんか、うまいこと言われた…」

輪君ショック。確かに美亜子ほどの天才なら常識が通用しないのは否めないが…。

しかし、ここで美亜子に言いくるめられるわけには行かない。

「だが美亜子、敵を知り己を知れば百戦危うからず、だろう」

「敵を知らなくてもあたしにかかれば百戦百勝」

「自信過剰すぎる!」

「強すぎるって罪よね」

「お前の罪は、いま強烈に話をそらしてることだ」

「だって退屈だし。あたしはお出かけしたいの」

「ぐぬぬ…」

輪君、いつのまにか大劣勢。そういえば以前もこんなやり取りをした挙句、一条戻り橋の鬼退治となったような記憶が…。

そのときのことを思い出し、輪君無言。

美亜子は調子に乗ってモノマネ開始。

「わしは、こんな話聞きとうなかった!」

「どこの子供店長だよ。大体もうそのネタは若干古いだろ」

「わしは、家の中に居とうなかった!」

「うるさい。おとなしくここで話を聞いてろ」

「つまんないわね。淳二ならもっといいノリツッコミを返すわよ」

「やかましい! 頑張ってお前にも興味を持ってもらえるように話をしている俺の身にもなってみろ」

「いいえ、そんな押し付けの親切はいらないわ。あたしが欲しいのは心踊る戦いだけ」

「どんだけ戦闘狂だ」

と、ここで美亜子はまじめな表情に戻ってつぶやいた。

「…だって、あんたは羅城門で一人で戦っててさ、あたしが行ったときはもう敵が居なかったし、魔王との決戦だってあたしは淳二達と一緒に行けなかった」

輪は言葉を失った。

冗談の中、最後に出た本音。

確かに美亜子は戦っていない。

戦いこそ人生の美亜子が。

そして輪は遅まきながら気がついた。

どうして起きたときに美亜子がそばに居たのか。

どうして美亜子は魔王との決戦に行かなかったのか。

(俺のため…だよな)

そう思ってしまうと、輪もなんだかありがたいような申し訳ないような、そんな若干の負い目を美亜子に感じてしまう。

「美亜子…」

輪もまたまじめな表情で美亜子を見つめた。

「輪…?」

これまでと打って変わった声色の輪に、美亜子も何事かと身構える。

見つめあう二人。


「じー」

「はにゅー」


それを見つめる二人(泰成と摩訶那)。


「なっ!」

「あっ!」


輪と美亜子、二人してようやくまた気づいた。

またしても自分たちの世界に入ってしまい、ギャラリーの存在を忘れていた。

二人の顔面温度が20度上昇。

そして互いに顔をそらしてうつむいた。


ちょっと残念そうな泰成と摩訶那。

いつのまにかお茶とお菓子を用意して、完全に観客モードに入っていたりする。

「あ〜。なんだもう終わりか。もっとやれ」

「ふにゅー、やっぱり輪さんと美亜子さんは仲良しさんですぅ。見ていて楽しいですぅ(はあと)」



◇真田淳二&武田広奈&乙姫◇


「んー、話すと本当に長くなっちゃうんだけど…」

乙姫ちゃんはそう前置きしてからオレたちが消えてしまった後のことを語ってくれた。

聞き手はオレと広奈ちゃん。梅雨の晴れ間、初夏の日差しの平安京上空での語らいだ。

魔王を倒したオレたちがこうして249年の時間を越えてこの時代に現れることを、安倍晴明は乙姫ちゃんにすぐに教えてくれたそうだ。

だけど乙姫ちゃんはそれを信じたくなくて、輪がどこかにいるんじゃないか、探せば逢えるんじゃないかと思って何年も何年も日本中を探し回った。

「…おかげですっかり地理に詳しくなっちゃったけどね」

いまでこそそう笑って話せる乙姫ちゃんだけど、当時はどれだけ寂しかっただろうか。

むしろこの話はオレたちより直接輪に聞かせてやってほしいと思った。

それにしても、249年間の乙姫ちゃんの行動は凄かった。

歴史好きという輪のために、その間に起こったいろんなことをなるべく直接見聞きしようとしていたんだ。

どこかで大きな戦が起こりそうなときは、なるべくそれを克明に覚えておくために上空から見ていたんだそうだ。

まさに自分が歴史の証人になって真実を輪に伝えるために。

そんな乙姫ちゃんだから、こんな話まで。

「そうそう、もしかしたらわたし広奈さんの着ているのと同じ鎧を見たかもしれない」

「まぁ、『楯無』を? では新羅三郎義光さまとお会いになったことが?」

「うん義光さん。今から100年くらい前の陸奥での戦のときにね。そのあと源氏八領の鎧のひとつとして大事にされてたし、もしかしたら、と思ったけどやっぱりそうだったんだ」

なにやら鎧の話で広奈ちゃんと二人で盛り上がっていた。

そっか、広奈ちゃんの鎧ってこんな昔に作られたものだったんだ…。


1000年の時間の長さの途方もなさ。

そして249年ずっと輪のことを思い続けていた乙姫ちゃん。

その気持ちは想像を絶するぜ…。

いやはや、輪、お前どんだけ愛されてるんだよ。

ちょっとこれはやばいレベルだぜ。

大丈夫か? 美亜子ちゃんとうっかりラブラブしてねぇだろうな、輪。



◇一条屋敷、輪&美亜子&泰成&摩訶那◇


気を取り直して。

こほん、と咳払いして輪は再び泰成に向き直った。

「いささか話がそれたが、それはともかく。義経やその郎党がどんな戦い方をしたのか、源平の合戦の話を聞かせてほしいのだが」

輪がそう水を向けると、安倍晴明の7代の孫である泰成は無精ひげをぼりぼりと掻きながら、にやりとした笑顔を見せた。

「あ〜、おれとしてはあんたらふたりの会話を聞いてたってよかったんだが…」

「うっさい。おとなしく聞いてるから話しなさいよ」

まだ顔が赤いままの美亜子はそうツンデレ風に返した。

泰成はニヤニヤしたまま続ける。結構な上機嫌モードだ。

「あ〜、そうだな、そんじゃどうすっかな、いきなり屋島や壇ノ浦の話をしてもアレだから、人物紹介なんかを交えつつ順番に話そうか」

…が、それだと話が長くなりそうだ、と思った美亜子がすぐに釘を刺す。

「何でもいいけど、簡潔にお願い」

「あ、そ。ん〜〜じゃあ、アレを使うか。……お〜い摩訶那〜」

泰成が呼ぶといつの間にか部屋の外に出ていた摩訶那がとててー、と戻ってきた。

「はい〜、泰成さま〜、どうぞですぅ」

そう言って現れた摩訶那、手には巻物が二つ。

泰成はごく平然とそれを受け取った。

「ん、まぁ、これを見てくれや」

見ればそれぞれ、

『源氏略系図』
『平氏略系図』

と書いてある。

どうやらそれが泰成が持ってきてほしいものだったらしい。

あまりのことに輪と美亜子はそろって絶句。

『お〜い』の一言で何でも出てくる熟年夫婦のような息のあった泰成と摩訶那である。

「…なんて用意のいい」

「以心伝心ってヤツかしら?」


あと、巻物には小さな字で(お得意様用)って書いていた気がするが…。

「そんなに都合よく略系図がそろっているものなのか?」

つい泰成にそう聞いてしまう輪。

「あ〜、そりゃそうだろう。こういう商売だから有名どころの貴族の家の略系図の類は全部そろってるぜ」

「そうか、なるほど…」

吉兆を占う陰陽師たるものお客さんの家のことはちゃんと把握してなければダメなのだろう。

そう思って納得することにする。


「じゃあ、先に今はもう滅んでしまった平家の説明から。えーと、清盛が死んで、あとを継いだのが宗盛。実際に兵を指揮して義経と戦ったのは知盛と教経。以上終わり」

巻物を広げたら、一息で説明終了。

「早っ」

ついついそう突っ込んでしまう輪。

「あ、簡単でいいわね」

そう言って美亜子は略系図を見やった。



平氏略系図
-貞盛- -維衡- -正度- -正衡- -正盛- -忠盛- --清盛(入道相国)-- -(次へ続く)-
経盛(修理大夫)--- --経正(皇太后宮亮)
| 敦盛(無官大夫)
教盛(門脇中納言)- --通盛
| 教経(能登守)
頼盛(池大納言)
忠度(薩摩守)



(続き)-清盛- --重盛(燈籠大臣)--- --維盛(中宮権亮)
| 資盛(右近衛中将)
基盛------------- --行盛
宗盛(権大納言)-- --清宗
知盛(権中納言)-- --知章
重衡(本三位中将)
知度
徳子(建礼門院)-- --安徳天皇


「とりあえず、平家では知盛と教経さえ覚えておけば大丈夫だ。あとは知盛の妹の徳子が安徳天皇の母ってことくらいかな」

じっと略系図を見る二人に泰成がそう補足した。

「ちなみに知盛はその名の通り平家一門でも随一の知将で、さっき説明した平家最強の教経と組んで戦えばほとんど負けなし。各地で連戦連勝だった。でもこの二人は結局義経には勝てなかったんだよな」

平知盛

だからこそ、後世ではすっかり義経の引き立て役的なポジションになってしまっているわけだが。

しかし歴史好きの輪君なんかだと、むしろこの知盛なんかは結構お気に入りの武将の一人だったりする。

天下を取れるほどに超有能なんだけど、最後までナンバー2として主君をフォローし続けた姿勢が誰かさんみたいで輪君のツボなのだ。

とはいえその辺のことは輪君は心の中だけにとどめておいて口には出さない。


「ちなみにこの中で今生きているのは建礼門院だけ。出家して大原寂光院にいるが、平家のかつての繁栄を思えば儚いもんだな」

建礼門院平徳子


「さて、それじゃ次は源氏だな」

泰成はもうひとつの巻物を広げて見せた。



源氏略系図
-経基- -満仲- --頼光- -頼国- --頼綱(多田)------ --仲政------- --頼政(源三位)-- -仲綱
頼信- -頼義- --義家(八幡太郎)- --義親------- --為義-(次に続く)-
| 義国------- --義重(新田)
| 義康(足利)
義光(新羅三郎)- --義業(佐竹)
義清(武田)- --清光----------- -信義



(続き)-為義- --義朝(左馬頭)--- --義平(悪源太)
| 頼朝(鎌倉殿)
| 範頼(蒲冠者)
| 義経(源九郎)
義賢(帯刀先生)- --義仲(木曽・旭将軍)
為朝(鎮西八郎)
行家(新宮十郎)


「さて、そんじゃ簡単に説明するぞ。まず源氏の祖は源経基。この人は清和天皇の第六皇子の貞純親王の子だ。だからこの一族を清和源氏と呼んだりする」

略系図の先頭の『経基』と書いたところを指差しつつ泰成がそう説明を開始。

「覚えてるわ。経基って、確か春樹が撃ち殺した鬼女にたぶらかされてたひげのおっさんでしょ」

その覚え方はどうかと思うが…。

「まぁ、概ね間違っていない」

ある意味歴史の生き証人でもある美亜子と輪の言葉に泰成は若干引き気味。

「あー、続けていいか。経基の孫のうち頼光の子孫が摂津源氏。ちなみに頼光は部下の頼光四天王とともに大江山の酒呑童子を退治したことで有名だな」

泰成はさらりと説明したが、これまた輪と美亜子が反応した。

「あのさ、大江山の酒呑童子って広奈がやっつけたわよね」

「うむ。俺たちと良源、それに比叡連者が大江山を攻めた戦いのときだな」

そう、その後うっかり暴走した良源が広奈様を殺しかけたが。

「あ〜、なるほどな〜。たぶん晴明じいさんがあんたがたの存在を歴史に残さないように、頼光の武勇伝といろいろごちゃ混ぜにして流布したんだろ」

「…そういうものか」

「ふぅん…」

とりあえず、細かい突っ込みはしない方向で。

輪と美亜子は再び授業を聞くモード。

「頼光の弟の頼信の孫が八幡太郎義家と新羅三郎義光だ。新羅三郎義光の子孫が佐竹氏、武田氏で、八幡太郎義家の息子のうち義国の子孫が新田氏、足利氏、そして義親の子孫が今の源氏の棟梁である頼朝に繋がるわけだな」

と、略図を見ていた美亜子が泰成に聞いた。

「なんだっけ、さっきの崇徳院とだれだかの兄弟げんかの紙見せて」

「あ、はいはい」

さきほどの保元の乱の説明に泰成が書いた紙をもう一度美亜子が凝視する。

 勝ったほう(後白河天皇側)  負けたほう(崇徳院側)
源義朝(源為義の長男) 源為義(八幡太郎義家の三男義国の子)
源頼政(源頼光の孫の孫) 源頼賢(為義の四男)
源義康(八幡太郎義家の次男義親の子) 源為朝(為義の八男。通称“鎮西八郎”)
平清盛平貞盛の孫の孫の孫)  平忠正(清盛の父忠盛の弟)

美亜子はしばし2枚の紙を交互に見やって頷いた。

「ん、とりあえず、こっちの系図とこれを見たらなんとなく関係がわかったわ。続けて」

そう美亜子に促された泰成だったが、何か思いついたらしい。

「あー、摩訶那」

いつの間にか部屋からいなくなっていた摩訶那を再び呼んだ。

「はいですぅ」

そして摩訶那はまたしても手に巻物を持って登場。

「こいつは自信作だ」

泰成はそう言って巻物を自慢げに広げてみせる。

今度は源平合戦を簡単にまとめた一覧のようだ。

泰成の注釈つきのそのリストを輪と美亜子が覗き込む。


 泰成の超簡単 源平合戦覚書
 起こった順番  合戦の説明  勝ったほう  負けたほう
(治承4年5月) 以仁王の挙兵
(宇治平等院の戦い。以仁王・源頼政ともに討死)
まだまだ平家の勢力は強大すぎるだろ。知盛強ぇー
平知盛・平重衡 以仁王・源頼政
(治承4年8月) 石橋山の戦い
(頼朝が平家に敗れ安房国へ逃れる)
負けたはずの頼朝はその後すぐに復活。しかも軍勢は10万に。東国ではよっぽど平家への恨みを持った武士が多いのか〜
大庭景親 源頼朝
(治承4年10月) 富士川の戦い
(水鳥に驚き平維盛率いる平家軍敗走)
飢饉のせいで平家の兵力は激減。遠征は失敗。戦う前から負けてる〜
源頼朝源義経 平維盛・平忠度
(治承4年12月) 近江攻防
(近江源氏と平家との一連の戦闘)
これまた平家軍が勝利。やっぱ知盛強ぇー。
平知盛 山本義経・柏木義兼
(治承4年12月) 南都焼討
(重衡の追討軍が南都を燃やし尽くす)
東大寺と興福寺が全焼。大仏も溶け崩れてしまった。清盛はこの後熱病にかかって亡くなってしまう。たたりか!?
平重衡 東大寺・興福寺僧兵
(治承5年4月) 墨俣川の戦い
(行家の奇襲が見破られ大敗。義経の兄義円が戦死)
行家の戦下手は異常。弱すぎだし。
平重衡 源行家・源義円
(治承5年6月) 横田河原の戦い
(平家方の越後の城助職を義仲が破る)
またすごいのが出てきた。義仲も相当の戦上手らしい
木曽義仲 城助職
(寿永2年5月) 倶利伽羅峠の戦い
(義仲の夜襲で平家大敗)
平家軍10万が地獄谷に落ちて無残に敗戦。維盛また負けた…。
木曽義仲 平維盛・平行盛・平忠度
(寿永2年6月) 篠原の戦い
(敗走する平家を義仲が追撃)
維盛踏んだりけったり…。勢いに乗って義仲上洛。平家は都落ちだ…。
木曽義仲 平維盛
10(寿永2年閏10月) 水島の戦い
(義仲の配下を教経が立て続けに射殺)
王城一の強弓精兵、能登守教経の本領発揮! 平家が勢いを盛り返してきた。
平知盛・平教経 足利義清・海野行広
11(寿永2年11月) 法住寺合戦
(義仲が後白河法皇と後鳥羽天皇を幽閉、政権を掌握)
義仲が旭将軍に。だが、昇った朝日はやがて…。
木曽義仲 平知康
12(寿永2年11月) 室山の戦い
(行家の軍勢を知盛が一蹴)
天下の戦下手! 源行家また負けた。
平知盛・平重衡 源行家
13(寿永2年11月〜) 六箇度の合戦
(瀬戸内海の反平家勢力を教経がことごとく鎮圧)
能登守は常勝不敗。あいつは化け物か…。平家は福原にまで戻ってきたぞ。
平教経 源義嗣、義久兄弟
河野通信
沼田次郎
安摩忠景
園辺忠康
臼杵惟隆・緒方惟義兄弟
14(寿永3年1月) 宇治川の戦い
(義経軍の上洛。旭将軍義仲、討死)
昇った朝日がたちまち沈んだ。義経を都の民衆は大歓迎。
源義経・源範頼 源義仲
15(寿永3年2月) 三草山の戦い
(一ノ谷の前哨戦。義経の夜襲で平家敗走)
平家としては、ここで義経を食い止められなかったのが痛かった。
源義経 平資盛・平有盛・平師盛
16(寿永3年2月) 一ノ谷の戦い
(義経の奇襲。鵯越の逆落とし)
知盛と教経がそろってても義経には負けるのか…。
源義経・源範頼 平知盛・平教経
17(元暦2年2月) 屋島の戦い
(嵐の中義経軍が四国上陸。またしても奇襲して勝利)
たった150騎で四国を制圧って、そんな馬鹿な…。いったいどんな手を使ったんだ?
源義経 平宗盛・平教経
18(元暦2年3月) 壇ノ浦の戦い
(平家滅亡。知盛・教経入水、天叢雲剣は行方不明)
義経の功績は強大すぎる。これは頼朝ともめそうだぞ…。兄弟だけに。
源義経 平知盛・平教経

「とまぁ、こんな感じで短い間にいろいろあったもんだ。そして平家滅亡から4年。今は鎌倉と奥州で壮大な兄弟げんかが始まろうってわけだ」

美亜子のリクエストどおり、というわけでもないが、泰成はあっさりとそうまとめた。

「しっかし、こうしてみると義経って連戦連勝ね。全部勝ってるじゃない」

源平時代にはさほど詳しくない美亜子も、この戦歴には驚いたようだ。

「うむ、義経の戦略の特徴は少数精鋭の騎馬兵による奇襲にある。一ノ谷も屋島もそれで勝ってるからな。稀代の用兵家と言えるだろう」

と、これは輪による補足情報。

「ふーん。でも数が少なくても義経自身や弁慶とかが強いから勝てたんじゃないの?」

「そうだな、実際のところ義経やその郎党がどれくらい強かったかは想像の域を出ないからな。実際に見て確かめたい……、のは否定できん」

最後の発言を一瞬躊躇した輪君だったが、本音を隠すほど野暮ではなかった。本質的なところでは美亜子と同類である。

輪の言葉に美亜子は顔を輝かせる。

「戦ってみたいわねー。義経と弁慶、どっちが強いかしら」

その美亜子の反応には泰成は苦笑せざるを得ない。

もちろん実際義経が五つの写本の持ち主なら決戦は避けられないのだが。

「ところで、どうして義経は平家を滅ぼした後、頼朝と兄弟げんかしてるの? 普通なら強敵を倒してめでたしめでたし、じゃないの?」

美亜子らしい率直な、そしてずばり本質を突いてきた質問だった。

それには輪も考え込んだ。

歴史上、これにはいくらでも理由はつけられてきた。

たとえば頼朝に無断で勝手に官位をもらったこと。

たとえば梶原景時の讒言のせいで頼朝の信頼を失ったこと。

たとえば独断専行が多く、自ら功を独占し東国武士の怒りを買ったこと。

そしてなにより頼朝中心の鎌倉武士にとって義経の存在自体が邪魔だったこと。

しかし、実際のところはどうだったのだろう?

「あー、それな。いや、これは結構謎が多いんだよなー。平家を滅ぼした後の義経の行動って正直意味が分からないことが多いし」

泰成の発言は、すべて第一級の歴史的証言である。

輪は真剣に泰成の言葉を待った。

「謎とは?」

「そうだな、まず京に凱旋した後、すぐに鎌倉に戦勝の報告に行くはずだったが、なぜか急に予定を変更したんだよな。先に軍勢だけを鎌倉に返して自分は少数の郎党とともに京に留まっただろ。しかも何の説明もなしにそんな行動を取った。それが第一の謎。あと妙に平家の生き残りの平時忠や建礼門院に近づいてたし、後白河法皇にも四六時中べったりで官位もらったり、もうあからさまに怪しい動きをしてた。そりゃ頼朝だって疑心暗鬼になるだろうな」

新情報だった。

輪の知っている歴史とは微妙に違う。

それじゃ、義経は自ら進んで頼朝を袂を分かつように動いていたように見えるが。

「義経がなぜそんな動きをしていたのか、理由は分かっているのか?」

思わず聞いてしまう輪君。

「さぁな。もし最初から頼朝に反旗を翻すつもりなら、軍勢を先に鎌倉に返した意味が分からん」

「確かに…」

「しかも、頼朝から直接鎌倉に戻るように命令されるとそれに従ってるし、かと思うと鎌倉の直前で引き返して結局頼朝と会わなかったし」

これまた新情報である。

「謎ね…」

「謎だな…」

「最後は軍勢を率いて京を出たっきりだ。摂津の大物浦から船団を組んで出航したそうだが、その船団が難破して軍勢を失ってしまう、と」

「…ダメダメじゃん」

「…ダメダメだな」

「これで義経に従うのはわずか数人になってしまった。あとは多勢に無勢、結局こっちにはいられなくなりその後奥州に逃げ込んだ、と」

「…ひたすら自滅してるように見えるわね」

「…見えるな」

「義経って稀代の用兵家じゃなかったの?」

「平家を滅ぼすまではな…」

なんだか輪君もトーンダウン。

「…なんで?」

「…なんでだろうな。………………むぅ……」

そうして輪は考え込んでしまった。自らの思考の海にダイブ。

「で、この辺の謎って誰が知ってるの?」

美亜子の率直な疑問第二弾。

「あー、そんなの義経本人にしかわからんだろ。もし義経と戦うことがあったら直接聞いてみたらどうだ?」



◇鞍馬山【人払いの霧の結界内】九頭竜(伊達春樹の体)◇


春樹(の体を乗っ取っている九頭竜)と謎の鬼面の男“海尊”の間で、一触即発の空気が流れる中。

不意に海尊の口元がゆがみ、うやうやしい笑みの形が作られた。

「お待ち申し上げておりました。御大将」

その鬼面の向く先、九頭竜もまた視線を向けるとそこには煌びやかな大鎧を身にまとった貴公子の姿。

まるで絵物語から抜け出したような見事な武者ぶり。そして美女と見まごう整った顔立ち。

体つきは大柄ではないが、背筋が伸びた動作の一つ一つが美しく、ただ歩いているだけなのに目を奪われてしまう。

源九郎義経

「そやつは何者だ海尊。久方ぶりに我ら五人が揃うめでたき日に無粋な客人の侵入を許すとはな」

あたりを制するカリスマ性にあふれた涼やかな美声だった。

大音量で怒鳴られたわけでもないが胆力のないものなら、その声だけでひれ伏してしまうかもしれない。

あの九頭竜すらも海尊との間の戦闘モードを解除し、思わずその貴公子に視線が釘付けになる。

そして、

(……あ、あれ?)

そう、その声だけで春樹の意識を呼び戻してしまうほどの言霊のパワー。

海尊が“御大将”と呼ぶ以上、その男は只者ではなかった。

その男が、ゆっくりと九頭竜に向かって歩みを進めてくる。

左右両方の腰にそれぞれ明らかに相当な業物と分かる豪奢な宝剣の鞘を下げている。

二刀流の使い手らしい。

次から次へと…、汝こそ誰ぞ!

苛立ちを隠さぬまま、九頭竜がほえる。

だが、その貴公子が答える前に、その背後からさらにもう一人大男が現れた。

武蔵坊弁慶

「無礼な。このお方をどなたと心得る!」

僧兵姿で筋骨隆々、大なぎなたを構えるその男は。

(この二人? もしかして…)

春樹の知識に心当たりがあった。特に歴史ドラマでよく見る、いかにもな格好の二人である。

そう、だって、その二人にしか見えないわけで。

(義経と弁慶だよね…)

春樹は軽く混乱した。

あれ? この二人って平安時代の人だっけ?

もちろん自分が時間を越えたことを春樹は知らない。

義経に、弁慶、とな…?

春樹の心の声が伝わったらしく、九頭竜がそうつぶやいた。

と、その瞬間。

彼我の距離、およそ20m。

だが、

「無礼者が」

その貴公子の姿が残像のようにぼやける。

否、まるでレーザービームのごとく高速で真横をすり抜けていったのだ。一瞬のうちに。

およそ人間にはありえない動き。認知できない。

(……?)

!!

そして春樹の喉元からシャワーのように血飛沫が舞った。

(い、今何が!?)

ぐおぉぉぉっ!?

九頭竜、本日何度目かの大出血。

だが、それだけでなかった、振り向くことすらできないままの九頭竜に、とどめとばかりに真後ろから袈裟がけにばっさりともう一撃。

がふっ!

九頭竜の体がよろめく。

だが、ダメージは肉体的な損傷だけではなかった。

な、力が抜けていく!

力だけでない、九頭竜の抱えていた憎しみが、恨みが、負の感情が消えていく。

それは魔王の残滓。

これまで九頭竜を狂わせていた怨霊の力。

「義経様、お待ちを!」

僧兵姿の大男が更なる攻撃を加えようとした貴公子、義経を制止した。

「悪しき怨念がこの者から消えてゆくのが見えまする」

「ほう、この『薄緑』の退魔の力か。ならば、弁慶!」

「ははっ」

“弁慶”と呼ばれた僧兵姿の大男は両手で印を結ぶと、

『オン・キリキリ…』

なにやら真言を唱え始めた。


ぐおおっ!?


退魔の太刀で斬られたことに加えて真言密教の悪霊払いの真言を受けては九頭竜とて分が悪かった。

かつて晴明が浄化し切れなかった魔王の残滓が九頭竜から綺麗さっぱり消えてしまったのだ。


わ、我は何を…


弁慶が真言を唱え終わるころには喉と背中の傷口もふさがっていた。

そして、すっかり負のオーラを無くした九頭竜がそこに居た。


「気の質が変わった。そしてその傷の治り、人ではないな。物の怪の類か!?」

怪訝そうに見やる義経。

弁慶も、海尊も、そしていつの間にか戻ってきた伊勢三郎も何かあれば必殺の一撃を打ち込もうと九頭竜を包囲している。

伊勢三郎義盛

海尊

だが、九頭竜からはもはや戦闘を継続する意欲は感じられなかった。

半ば呆然と自分を緩やかに包囲している4人を眺め回し、そして最後に義経の右側の腰に下げられた剣に目をやった。

驚愕する。

(やはり、天叢雲剣に反応したか。面白い)

その様子を観察していた海尊が内心でほくそ笑む。


ま、まさか…、その剣は!?


「ほう、知っておるのか? 改めて問う。貴様は何者だ?」

高らかにそう義経に問われ、九頭竜は意外な行動を取った。

すなわち、義経に対してひざをつき、こうべを垂れたのだ。

それは臣下の礼だった。


我は九頭竜。古より東国を治めし“カミ”。そしてその剣の正当なる所有者には忠誠を誓う者ぞ




(ええええええええーっ!??)

春樹の絶叫は、しかし誰にも聞こえなかった。



◇次回予告!◇


なんと正気を取り戻した九頭竜は義経の軍門に下ってしまった。

どうする、どうなる春樹!?

そしてついに一条屋敷で輪と乙姫が再会する。

そのとき摩訶那は? 泰成は? なにより美亜子の反応は?

加速する歴史の流れの中で、この先どんな衝撃の事実が明らかになるのか。


次回、陰陽五行戦記第二章『源平編』第六話

「気がつけば九郎の臣」


ご期待ください!




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