〜大長編オリジナル日本史ファンタジー大河ドラマ小説〜

陰陽五行戦記

第二章 ◇源平編◇

第二話 「一条屋敷と秘密の扉」



◇午前11時ごろ、一条屋敷◇


痴話げんか中だった輪と美亜子にかけられた声。

聞いたことが無い、若い男の声に、

「「…誰?」」

輪と美亜子の声がぴったり揃った。

そして全く同じリアクションをしてしまったことに、二人はまた顔を見合わせ、やっぱり気まずそうにお互い目をそらした。

なんかまだギクシャクしている。

で、気まずいながらも若干の警戒と、そして好奇心の入り混じった視線をこの部屋の入り口の向こう、摩訶那の隣に立っていた若い人物に向ける。

一体、こいつは誰?

そんな二人の視線の先の彼は…。

身長は美亜子よりも若干低いくらい。年はまだ30前だろう。25歳くらいか、もう少しだけ上に見える。

安倍晴明がかつて着用していたような、ごく普通の白い直衣を、ごくごく微妙に着崩している。

どこか飄々とした、そして世の中を斜めに見るような皮肉っぽい口元の笑み。

まず美形といっていい顔立ちのようだが、無精ひげと眠そうな目がちょっとそれを台無しにしている。

髪もぼさぼさで長髪を無造作に結んでいるのだが、案外それが似合っているのが不思議な感じ。

(隠遁中の軍師?)と輪の第一印象。

(うわ〜、ひげ剃りなさいよ。髪も何とかしたらどうなの)と美亜子の第一印象。

安倍泰成

そこに、摩訶那の声がかぶった。

「ご紹介しますですぅ。こちらは安倍泰成(あべのやすなり)さまですぅ」


その男、泰成氏は輪と美亜子に対し、右手をちょっと上げて一言。

「…あ〜、ども」


ちょっと低音のなかなかの美声の持ち主だったが、挨拶はそれだけ。

「「はぁ…」」

輪と美亜子、またユニゾン。

249年先の未来、そしてこのどこか晴明の面影を残した青年。

彼の素性を推測するのは非常に簡単だった。

だが、どこかまだ信じられない…。


「泰成さまは、晴明様のひ孫のひ孫に当たりますぅ。ウチがお仕えする七代目の方ですね」

と摩訶那が紹介する。

「七代目…」

今更ながら時間を越えたことを実感する美亜子である。

「七代目か…」

それは輪も同じ。

「はい。晴明さま、吉平さま、時親さま、有行さま、泰長さま、泰親さま、そして泰成さまですぅ」

指を折りながら、摩訶那がそう説明する。

すらすらと7人の名前を挙げるとき、摩訶那の顔はとても幸せそうだった。

きっとその時代時代でともに過ごしてきた楽しい思い出があるのだろう。

「そっか…、摩訶那ちゃん、長生きねぇ」

と美亜子が思わず口にした。

「はいですぅ。ウチはウチですから〜」

色々と言葉が足りないが、まぁニュアンスは伝わった。

「なるほど、摩訶那はこの一条屋敷の付喪神だから人間のように年を取らないと言うことか」

全く見た目が変わらない摩訶那の怪奇にも、一応納得できる(?)理由を見つけ出した輪である。

「いや、摩訶那ちゃんがそのままだから、249年経ったって言われてもね…、ちっとも信じられないんだけど」

「そうだな…」

そこのところは意見が一致した二人である。


「あ〜、まぁ、いきなりで色々混乱しているとは思うが、あんたらのことはしばらく世話してやるし、こっちも世話になると思うんで、よろしく頼むわ」

とこれは泰成。

「ん?」

「世話になるってどういうこと?」

輪と美亜子がお互いに顔を見合わせて首をかしげる。

「ま、それはおいおいだ。摩訶那も久しぶりの再会だろ、ずいぶんと懐かしいんじゃないか?」

そう水を向けられた摩訶那は満面の笑みで頷いた。

「ふにゅ、そうですねぇ〜。当時の思い出が色々と…、そうそう、特にあの愛の人はとっても愉快な技を使うんですよ〜」

輪君を愛の人呼ばわり、そして摩訶那はゴキゲンに解説。

「ウチは200年以上経っても、あの技の衝撃だけは忘れられないんですぅ」

言いながら、摩訶那は半分くらい吹き出してたりして。

「そう、“愛”なんですぅ。“愛”がびぃぃぃぃ〜って、しかも、お空飛びながらですぅ。もう、もう…」

べしべしべし。

床を手でぺしぺし叩きつつ、摩訶那は一人思い出し笑い。

「はにゃ〜、ふにゃは〜、ほにゃは〜」

…笑い声である。念のため。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…。

そして摩訶那の爆笑に呼応するように一条屋敷全体が振動していた。

「…いやいやいや、摩訶那ちゃん笑いすぎだから」

美亜子が突っ込む。

「あぅ、失礼しましたですぅ。つい…」

笑いすぎで出た目元の涙を拭いつつ、摩訶那は居住まいを正した。

「ま、気持ちはよく分かるけどね」

と、美亜子のフォロー(?)。

「……くっ」

こっそり傷心の輪。

悄然とする輪に対し、泰成は親しげに声をかけた。

「あ〜、すまんな。ともかく、色々と説明しておきたいことがあるんで、落ち着いたらおれの部屋に来てくれ。昼飯を食べながら話すとしよう。摩訶那、この二人の分も頼む」

「はいですぅ」

そして泰成は輪に向かって一言。

「…あ〜、あと、その愛の格好はもういいから」



◇直江輪&本多美亜子◇


摩訶那と泰成が去ったあと。

「もういいってさ、そこの愛の人」

泰成の言い方が面白かったらしい、美亜子は上機嫌でいつものように輪をからかう。

「やかましい」

輪はむすっと膨れた顔のまま変身を解いた。

再び平安時代の武家装束姿に戻った輪に向き直って美亜子は確認するように一言。

「悪いやつじゃなさそうね」

泰成のことらしい。

「ああ」

摩訶那とのやりとりや輪と美亜子に対する態度から考えて、輪も同じ結論だった。

一応信用して大丈夫そうだな、と言うのが第一印象。

フランクな物言いや相手に緊張感を与えないゆるい雰囲気は晴明とは対照的だったが。


さて、それでは話を聞きにいくとして、こちらとしても確認しておきたいことが色々とあるな…。

輪はいつものように思考の海に一人もぐっていく。

考え込んだ輪のおでこ、さっきまで愛の前立てが燦然と輝いていたその辺りに美亜子が手を伸ばした。

「……なんだ?」

べちっ。

デコピン。

「ぬあっ!?」

いきなり何をされるのだ、と輪が目を白黒させていると、美亜子がぼそっと独り言のように呟いた。

「ふん。見た感じ、後遺症とかなんにも無いわよね。完全復活?」

「ああ、どうやらそのようだ」

ちょっと痛むおでこを撫でながら輪がそう答える。

「…まぁ、それもこれも主に美亜子のおかげだな」

ちょっとだけ照れつつも、それだけ言ってのけた輪君。

「そ、そうね。じゃあ、この借りはかなり高くつくから、しっかり働いて返してもらわないとね」

美亜子もまた軽く照れモード。

なんかいい感じである。いつものように雨降って地固まる。

「うむ、まぁ、何かお礼の方法を考えておく」

「なにそれ、考えとくだけ?」

「まぁそうだな、頑張って考えてみる」

「は? つくづくあんたってバカ」

「やかましい」

いつものようなやり取りだ。

それが美亜子にはたまらなく嬉しい。昨晩からの不安な気持ちを考えれば、一気に雨雲が消えて心の中は青空って感じだ。

が、それを輪に気取られるようなことはしない。そこは強がる美亜子である。


「しかし、全然実感ないんだけど」

ふと思い出したようにそう発言。

「なにが?」

「だって、二百何年経ったって言われてもさ、やっぱちょっと信じられないじゃん。だって摩訶那ちゃんはそのままだし、まぁ、屋敷の内装とか置いてあるものとかちょっと変わったけどさ…」

言われてみれば、まだこの部屋から一歩も出ていないわけだから、美亜子の感覚も分かる気がする。

「そうだな、時を越えたとして、何をどうすれば確認できるんだ?」

輪君自問自答。

まぁ、摩訶那はこの屋敷の付喪神で人間じゃないらしいから、同じ姿のまま生きていたとしても……(かなり常識外の出来事ではあるが)一応納得できないことも無いが…。

しかし、今一体西暦だと何年なんだ?

将門の乱は940年の出来事だとして、プラス249年だと…。

1189年?

ちょうど鎌倉幕府が成立した頃だな。

確か明智瑠華の話だと、平将門、源義経、楠木正成、織田信長、土方歳三といった歴史上の人物の影で魔王が暗躍していたとか…。

そして今はその源義経が活躍していた時代だ。

瑠華の話が真実ならば、義経は魔王に力を与えられ“魔人”となっているはずだ。

“絶対に物理的攻撃では傷つかない”という特殊能力を持っていた将門のように、義経も何らかの超人的な力を得ている可能性は高いだろう。

そこまで考えて、輪君は口を開いた。

「そうだな、泰成氏に聞いてみよう。義経を知っているかどうか。知っていれば確かに今は平安時代末期ってことになる」

「ふ〜ん、なるほどね…。でも、あたしとしてはちょっと街中を見てみたいわね。どれくらい変わっているのか。お向かいとか、羅城門とか」

頭で考える輪君と、行動で確かめたい美亜子の好対照な姿がそこにあった。

「そうだな、それも確認したいところだ。あとは、みんなが無事かどうかも」

「…そうね。というか、みんなどこにいるんだろ? 探しに行ったほうがいいと思う?」


そこはちょっと迷ったが何はともあれ、泰成の話を聞くことにした。

「鞍馬山に行ったメンバーが無事だとしたら、きっとこの一条屋敷が集合場所になる。ならば、今は動かないほうがいい」

という輪君の判断を優先させたためである。

「あとさ、そもそもなんで249年経ったわけ?」

「確かに、それが最大の謎だな…」



◇安倍泰成の部屋◇


タイムスリップの謎についての泰成氏の回答である。

「あ〜、それな。一応晴明じいさんから代々伝わってきた話だと、あんたらの体には“強い魔の力と惹き合う呪い”がかかっているんだが、それは知っているか?」

「ああ、そう言えばそんな話を聞いた」

「…ような気がするわ」

「それで、249年前に魔王が倒された。あんたらは戦ってなかったそうだが、他の3人が魔王を倒した」

初めて明かされる戦果。

「そうか、俺たち抜きでも魔王を倒せたのか」

「ふ〜ん、やるじゃん」

美亜子は自分が参戦できなかったことで若干負い目を感じていたが、結果だけ聞けば無事ミッションを果たしてくれたらしい。まずは一安心といったところ。

「…喜ぶのはちょっと早い。そもそもあんたらが過去に飛ばされたのは強い魔の力に引き寄せられたことが原因だ。だから、魔王がいなくなったあと、あんたらをその時代に引き止めておく力もまた失われた。そして呪いは次なる目標を見つけた。強い魔の力、時間を越えた先にそれはいた」

「…それが次の魔王ってこと?」

「つまり、魔王がまた復活している、と?」

二人の回答に泰成は満足そうに頷いた。

「察しがいいな。要するにそう言うことだ、この時代にも魔王はいるぞ。んで、あんたらの呪いは今度は時間を越えて今の魔王と惹き合った。あんたらの体には元いた世界への復元力も働いているわけだからな。それらの要因で時間を越えてここに現れた」

これが時間を越えた理論(?)の背景ってことだ。

「…なるほど」

「ふ〜ん、じゃあ別にあんたがあたしらを召喚したってわけじゃないのね」

そもそも平安時代に出現したのは晴明の変な術が失敗したのが原因だ。

美亜子の指摘もそれを前提にしたものだった。

「あ〜、違うな。おれは何にもしてない」

泰成氏、あっさり否定。

「では、この屋敷自体に俺たちを呼び出すような仕掛け、魔法陣とか次元の扉のようなものがあるってわけでもない、と」

そう聞く輪君の脳裏にあったのは、某未来から来た猫型ロボットの登場するアニメの某時間を越えるマシンの出入り口のイメージである。

あの机の引き出しのような代物が一条屋敷に存在しているとか…?

「ああ、そんなもんはない。要するにそんな細工をしなくても、あんたらは勝手に時間を越える“要因”を持ってたってことだ」

それが泰成の見解だった。いや、泰成だけでなく歴代の陰陽師の見解なのだろう。

ゆえに、召喚術のようなものは検討されていなかった。

「ってことは、今の魔王がいなくなればまた時間を越えるってわけ?」

美亜子の鋭い指摘。

「あ〜、そうだろうな、魔王を倒してもらえば、そこであんたらとはおさらばってこと。おれとしてはそれで世の中が平和になれば満足。あんたらも元いた時代に戻れて満足、だろ?」

すぱっと本質をまとめてきました。

「確かに!」

「そういうことか」

輪も美亜子もその一言で一気にモチベーションが沸いた模様。

魔王戦、リベンジのチャンスはまだまだありそうだ。

「何はともあれ、あんたらが現れたってことはあんたらを引き付けるくらいに魔王の力が増したってことの証拠だからな。何がどうなったかは分からんが、魔王完全復活ってわけだ。厄介なことに…」

やれやれ、と肩をすくめる泰成。

「ふふん。じゃあ、今度はあたしが魔王を滅ぼすだけよ」

「そうだな」

俺も戦力に加わるし、3人で戦うのと比べれば、格段に楽に勝てるはず。

輪君と美亜子はお互いに目線を交わして、頷きあう。

「あ〜、期待しているよ。おれの平穏な日常を取り戻すためにも、頑張ってくれ」

とりあえず、両者の利害や目的は一致している模様。


「ところで、俺たち以外の3人については何か話は無いのか?」

「そうよ。みんな無事なんでしょうね?」

泰成は少々考えてから答える。

「あ〜、そうだな。晴明じいさんの話だと、少なくとも死んだやつはいないそうだから、無事なんだろ。詳しい話は知らん」

だそうだ。

「そうか…。まぁ、無事ならば良かった。3人は今どこに? まだ鞍馬山か?」

「あ〜、そうだろうな。待っていればそのうちここに来るだろうさ」

泰成の言葉に美亜子が突っ込む。

「あのさ、あんた式神飛ばして迎えにいけないの?」

「そうだな、陰陽師なら十二神将を召喚して、飛ばせるんじゃないのか?」

輪も同意し、泰成にそう詰め寄るが…。

「あ〜、なんだそれ。飛ばすって空をか?」

「そうよ」

泰成は鼻で笑った。

「ははっ、そんなことできるわけねぇだろ」

…なんか、いろいろな意味でがっかりの返答である。

「…なにそれ」

「本気で言っているのか?」

美亜子も輪も半信半疑。まぁ、この二人にとって陰陽師と言えば安倍晴明。泰成についてもそのレベルを基準に考えているわけだが…。

「…な、なんだその失望しました、って顔は。言っておくがおれだって式神は使えるぜ。そいつに水汲みさせたり、薪を割らせたりしてるぞ。すげーだろ。かなり便利なんだぜ」

自信満々にそう言ってますが…。

「…ねぇ輪、あいつもしかして晴明と比べてかなりレベル低い?」

「しーっ、聞こえたらどうする」

輪が慌てて美亜子を叱責するものの。

「…聞こえてるよ」

ダメだった。

「失礼なやつらだなぁ。どんだけ高望みしているんだ? 第一陰陽師ってのはあれだ、適当に吉兆を占ってみせてだ、このままではとても悪いことが起こります。何とかして欲しかったら悪霊退散してやるからもっと金よこせ、ってのが仕事だろ?」

ぶっちゃけすぎである、この男。

「んな、インチキ新興宗教じゃあるまいし」

さすがの輪も呆れるが…。

「少なくともおれの知ってる陰陽師ってのはそう言うもんだ」

泰成氏、自信満々にそう断言されました。


「お待たせですぅ〜、お食事ですぅ〜」

そうして摩訶那が再登場し、結局うやむやのうちに輪と美亜子は泰成を戦力外と断定した。

すなわち、

「まぁ、早めに今の魔王の情報をこいつから聞きだして、後は自分らで何とかしよう」

「そうね。今度はあたしも参戦できそうだし。あいつがいなくても楽勝でしょ」

ということである。

なんにしろ二人は希望を持っていた。

それはとにかく魔王さえ倒していけば、やがて現代に戻れるかもしれない、ということが泰成の話からわかったからである。


お昼ごはんを食べながら話は続く。

ちなみに摩訶那の料理の腕は249年で格段に進歩していた。

食材の質や鮮度も上がっているのだろう。どれもおいしい。

褒められた摩訶那は満面の笑みだ。

「ふにゅ〜、どうもです〜」

そんな一幕もあったり。


ともかく、3人を迎えに行くのは無理そうだ。

「まぁ、仕方ないわね。じゃあ、みんなが戻ってくるのを待って、あとで魔王との戦いがどんなだったか聞くってことでオッケー?」

それが美亜子の結論。

輪も同意したので、それを待つとして、次は魔王の情報が気になるところ。

「…じゃあ、ちょっと聞くが、源義経の名前を知っているか?」

輪君は次なる質問へ。

「義経? あ〜、もちろん」

泰成はあっさりそう答えていた。更に付け加えていわく、

「…と言うより、都で義経の名前を知らないやつはいないだろ。木曽義仲を京から追い払って、そのあとは平家相手に連戦連勝。4年前に壇ノ浦で平家を滅ぼしたあとは頼朝に嫌われて奥州に逃げたんだよな。なんか、そろそろ奥州十七万騎を率いて鎌倉に攻め込むんじゃないか、ってのが今の世間の評判だ。ほんとにそうなれば、はた迷惑な史上最大の兄弟げんかだな」

間違いない。この情報からもはっきりしたこととして、確かに今は鎌倉時代らしい。

しかも、すでに平家は滅んだあと。

「ふ〜ん、そうなの?」

と美亜子、これは輪君に対して、日本史的にそれって合ってるの? と言う問いかけである。

もちろん合っている。教科書的知識から言っても。

「…義経は、まだ生きているのか?」

一応歴史上では奥州藤原氏の裏切りにあって義経は死んだはず。

有名な弁慶の立ち往生のシーンもそのときのエピソードだ。

…それが西暦何年の出来事だったかは、日本史マニアの輪君も詳しく覚えていなかった。

ただ、少なくとも「いい国つくろう鎌倉幕府(1192年)」に、頼朝が征夷大将軍になった時には義経はすでにこの世にいなかったはずだ。

輪君の疑問にも泰成は頷いた。

「あ〜、そうだ。少なくともおれは義経が死んだって話は聞いたことが無いね」

「ふ〜ん、じゃあ今度は義経と戦えるかもしれないってこと?」

いつもながら頭の中はそんな発想でいっぱいの美亜子。

将門に勝てなかった分、義経でリベンジしようとか、考えていたりする。

「…やれやれ」

義経との戦い…。案外その可能性が高そうな気がしないでもない輪君である。

というわけで、

「もう少し詳しく、義経についての話を聞きたいのだが」

輪君の頼みに泰成は面倒そうに首を振った。

「あ〜、ちょっと落ち着け。その前にうちの一族の話でも聞いてやってくれや」



◇安倍家の話◇


泰成はのんびりと語りだした。

まずは晴明六代の孫で泰成の父親である安倍泰親の話。


1183年に没した先代の泰親は占験の天才で、特に予知、予言の的中率の高さは驚異的なものだった。

御所の火災、平清盛のクーデター、鳥羽法王の幽閉、以仁王の挙兵、清盛の死などを予言し、ことごとく的中させてきた。

そしてもちろん平家の滅亡も見通していた。

泰親はその神がかった能力ゆえ“指神子(さすのみこ)”と呼ばれていたほどである。

一方で、自分の死後のことも予見していたのだろう。

次代にも優秀な陰陽師の血筋を遺すため尽力し、五人の男子に恵まれている。

長男季弘、次男業俊、三男泰茂、四男泰成、五男親長の五人兄弟だ。

このうち、最も才能があった三男泰茂は摂政九条兼実にも気に入られ、壇ノ浦の合戦(1185年)で沈んだ三種の神器の一つである天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)の行方を占っているなど、歴史の表舞台にも名を残している陰陽師である。

結果的にはこのとき潮流が早すぎたせいで、この天叢雲剣の引き上げは出来なかったが。

ともかく、この五人兄弟の中で正嫡となったのは三男の泰茂であり、安倍家の現当主は泰茂の嫡男で、まだ年若い泰忠である。

なぜそうなったかと言えば、去年(1188年)泰茂が何者かによって殺されたためである。

誰が、何のために、どうやって泰茂の命を奪ったか。


「おれの話を最後まで聞けば、きっと想像がつくだろうさ」


ともあれ、泰茂が死んだことで、朝廷での陰陽頭の任は長男の季弘が勤め五男親長がそれを補佐。当主泰忠をはじめとした一族の子供たちへの陰陽師としての教育や、泰親の業績を「天文変異記」という書物にまとめる作業は教え上手で文才のある次男業俊が勤めている。

で、安倍一族の一番の重要機密である一条屋敷の主としての役割は、6年前(1183年)の泰親の死より四男泰成が任されることになった。

当初は一条屋敷は正嫡たる泰茂が任されるとみなが思ったのだが、なぜか泰親の遺言で四男の泰成にその任が与えられたのだった。

そう、一条屋敷の主としてここに住む事が出来るのは安倍家の一族でも当代ただ一人である。

それはある秘密を外に漏らさぬため、晴明の息子の吉平以来守られてきた一族の掟。

その秘密と言うのが…、


「ま、一つにはあんたらのことなんだが」


まさしく輪たち五人、魔王を倒す戦士“陰陽武道士”の存在こそが安倍家の秘密の一つ。

そして数百年に一度よみがえるという魔王のことも。

魔王がよみがえりし時、魔王を倒す陰陽武道士が時間を超えて復活する。

晴明が予言したこれらの情報は安倍家の中でも当主となる一条屋敷の主にのみ伝えられてきたのである。


「では、俺たちが再びこの時代に現れることを晴明の子孫たちは知っていたのか?」

輪君の疑問に泰成はぽりぽりと頭をかきながら頷いた。

「ああ、具体的な日時までは無理だが、大体今ぐらいってのは晴明じいさんも親父も予言していたみたいだぜ」

「なるほど、用意周到だな」

「ま、そうじゃなかったらあたしらも途方にくれてただろうし、ありがたいことよね」

「あ〜、まぁ、優秀な先代たちに感謝してくれ」

結局その優秀な先代、泰親から輪たちと魔王の話を伝えられたのは今の代では安倍家の中でも泰成だけってことらしい。


「と言うことで、今にして思えばきっと親父は泰茂兄貴が死ぬことも予見していたんだろう。んで、あんたらの相手はおれにさせることも予定通りだったってわけだな。魔王のことやあんたらのことをあんまり世間に知られるわけには行かないだろうからな。その辺の厄介な仕事は全部おれに押し付けた、と」


実際正嫡の泰茂が殺されたことで、この安倍家の極秘情報が断絶する危機もあったわけで、その辺の先読みがさすがは天才陰陽師。“指神子(さすのみこ)”の面目躍如だ。

ともあれ、前年の泰茂の死により、今は当主と一条屋敷の主が別人というちょっとややこしい状態なのである。

しかし、それゆえ泰成には朝廷での役職も無ければ、安倍家の当主でもない。

自由気ままに無職生活謳歌中。ゆえに時間だけはたっぷりある。そして世間的に全く無名。

要するに人目に触れさせたくない輪たちの世話役として、ぴったりのポジションにいるわけだ。


「…ますます用意周到だな」

「ほんとそうね」

感心することしきりの輪と美亜子である。


「249年もあれば、色々準備も出来るってもんだ。ま、おれとしてはこの日が来なければいいな、と思いながら過ごしていたが…。予言が当たりすぎるのも考えもんだな」

そんな泰成の言い草にあまりいい思いをしていない人が約一名。

「なにそれ、まるであたしたちが疫病神か何かみたいじゃない」

「…いや、ある意味で実際その通りなんだろうが」

微苦笑とともに輪がそう返す。

「面白くないわね」

「…やれやれ」

口を尖らす美亜子と肩をすくめる輪の姿を見て、泰成も本音を言い過ぎた事に気付いたのだろう、一応フォローする。

「あ〜、すまんな。なにせこれまでは全然働かなくても三食付きで屋敷でゴロゴロしていられたんでな。このままあんたらが現れなければ、ずっとお気楽な人生を送られたんだろうと思うとつい…」


「…仕事しろ」

「そうよ」

ごく真っ当な二人からのツッコミが炸裂。


「あんたらにさっさと魔王を倒してもらえば、おれも元の気楽な生活を送れるわけだしな。しばらく我慢して働くとしよう」

…なんかよく分からない方向にモチベーションを見出したらしい。

泰成の説明は続く。

そう、輪たちが一番聞きたがっているのは、なんと言っても魔王の話なのだから。



さて、一方その頃…。



◇鞍馬山奥の院魔王殿、真田淳二&武田広奈◇


「うまくいくかどうかはあまり自信がないのですが、【方向感知】の方術で春樹さんの居場所を探してみますわ」

とりあえず、手分けしてこの辺りを探してみよう、というオレの提案に対し、広奈ちゃんはそう逆提案してきた。

なるほど、陰陽師である広奈ちゃんの術を使って春樹が見つかればそれが一番手っ取り早い。

「じゃあ、ひとつそれでお願いします」

「はい、お願いされました」

広奈ちゃんはそう言って微笑んだ。

…なんか、あんまりこれまで無かったタイプのリアクションだな。

もしかして、これって広奈ちゃんの好感度が上がったことによる、態度の軟化?

いわゆるデレモード突入ですかっ!?

オレがそんな妄想にかき立てられていると、広奈ちゃんはちょっと不満げに自分の体、そしてオレ、更に辺りをきょろきょろ。

「ど、どしたの?」

「ええ、なにか春樹さんの持ち物が手元にあれば術をかけるときの媒体に出来るのですが…」

う〜ん、春樹の持ち物か。

困ったことに、それっぽいものはオレも広奈ちゃんも持っていないし、もちろん辺りに落ちているわけもない。

「ちょっと難しいですが、ともかくやってみます」

ということで、ヒント(?)なしで、いきなり春樹の場所を探す術をかけるようだ。


『方向感知、急急如律令!』


しばし目をつぶったまま集中していた広奈ちゃんだったが、やがてその目を開けた。

「どう?」

「残念ながら…。なにも見えませんでした」

広奈ちゃんは首を横に振った。

「そっか…。じゃあヲルスバンを召還して、空から探すのは?」

ふむ、我ながらいいアイデアじゃん。

…と思ったら、

「すみません。ヲルスバンを召還するために必要な形代、あの人型の紙のことですが、それをもう全部使い切ってしまって…」

「え? じゃあそれがないからもうヲルスバンを呼べないってこと?」

「はい。それを作るためには色々と儀式や準備が必要なので今すぐは無理です」

う〜む、呼べないとなるととたんに不便に感じるな。

そう考えると、何気に便利なやつだったんだな、ヲルスバンって。

ってことで、どうするか。

「とりあえず晴明さんの屋敷に戻るか。そこでヲルスバンの原料を作って、輪や美亜子ちゃんとも合流して、あとは晴明さんに春樹を探してもらうってことで」

広奈ちゃんはこっくり頷いた。

「はい、わたくしもそれが一番いいと思います。あ、でもすれ違いにならないように、一応輪さんの居場所を確認しておきますね」

そう言って広奈ちゃんはまた目を閉じて集中モード。


『方向感知、急急如律令!』


「…どう?」

「はい、まだ晴明様の屋敷にいるようですわ」

あ、今度は成功したのか。

「ちなみに輪はもう起きてるのかな?」

一応そこもまだ心配だったので聞いてみたけど。

「ええ、そんな風に“見えます”。美亜子さんも一緒のようですわ」

そっか。あの愛野郎も無事目覚めたか!

いや〜、これはめでたい。

「そりゃ良かった。んじゃ一旦帰ってみんなで作戦会議だな。摩訶那ちゃんには戦勝を祝して豪勢な料理をお願いしたいところだし」

「ええ、でも歩いて帰るにはいささか距離がありますよね…。晴明様が迎えの式神を送ってくれると嬉しいのですが」

「う〜ん、まだ寝てるのかなぁ」

「では、晴明様の居場所も調べてみますわね」

ということで、三度広奈ちゃんの術が炸裂。


『方向感知、急急如律令!』


「どうだった?」

「ええ、晴明様のお屋敷にいるようです。ですが、何か不思議な感じ…」

「というと?」

広奈ちゃんはあごの辺りに軽く手を当ててしばし小考してこう答えた。

「確かにそこにいるらしいことは分かるんですが、具体的な場所が“見えない”んです。曇りガラスの向こうにいるような…、姿もおぼろげで…、どうしてかしら?」


広奈ちゃんに分からないものを、オレが分かるわけがない。

それも含めてやっぱり晴明さんの屋敷に戻って確認してみるしかない。


と、そのとき、


「ほんとに、いた…。広奈さん、淳二さん…」


女の人の声だった。

振り返ると…、


ものすごい美人がそこにいた…。

え? 誰?



◇九頭竜(伊達春樹の体)◇


ここはどこじゃ…

いつの間にか立ち込めた濃い霧のせいで10メートル先も見えない。

とりあえず、平安京まで降りていき、さくっと内裏に侵入。そして帝をはじめそこにいる人間を全員皆殺しにして楽しもうかな♪ という九頭竜の素敵計画はいきなり壁にぶち当たっていた。

ってか、どっちが都?

真っ白い世界。

鞍馬山の杉林のはずだが、歩いても歩いても、ぐるぐると同じ場所を巡っているような錯覚までしてきた。


(もしかして、これって遭難なんじゃ…)


そ、そんなはずは…。ええい、忌々しい霧め!

抜き身のままの九頭竜の剣を右手に持っていた九頭竜(春樹の体)は、腹いせにその辺の杉の木に斬りつけた。

大上段からの一撃!


むんっ!


ずばっ!


(えええっ!?)

幹の太さ1m近くありそうな杉の木が、まるで刀の試し切りに使う藁束のようにさくっと切れちゃいました。

与作もびっくりです。

なんという切れ味! そしてなんという膂力!

化け物じみたこの破壊力は、おそらくは美亜子の必殺技並みかそれ以上…。

(僕の体なのに?)

そう、しかも変身もしていないのにこのパワー。


ふはははは! この九頭竜様の持つ本来の力からすれば、これくらい…


と、斜めに切り落とされた高さ10mほどの杉の木は、そのまま切断面を滑り落ちるようにまずは真下に落下。

さらに、そこからぐらりとバランスを失って倒れてきた。

…九頭竜(春樹の体)の立っているところに(!)

おわっ!?


(はうっ!?)


ぐちゃ。


九頭竜(春樹の体)はつぶされた。




◇次回予告!◇


おいおい、九頭竜(春樹の体)は生きているのか?

そして泰成の口から語られる、知られざる歴史の裏話。

淳二と広奈の前に現れたのは一体誰?

数多の英雄たちが現れ、戦い、歴史を作っていった平安末期。

5人が勢ぞろいするのはまだまだ先のことである…。


次回、陰陽五行戦記第二章『源平編』第三話

「源氏の国の輪くん」


ご期待ください!



雨続海岸100万ヒット記念って事で、感想をいただけたら嬉しいです。

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