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直江輪
本作主人公(予定)。厳格な父と病気がちだがやさしい母のもとで育てられた。
輪の幼なじみで中学3年生。
輪とは腐れ縁の本多道場の一人娘。
高校入学時からの輪と美亜子の友人。
その美貌と美声のため白楊高校では知らないものがいない超有名人。
運の悪さだけは誰にも負けない。“不幸”がトレードマークの高校生。
謎が多い美少女。
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陰陽五行戦記
序章
◇現代編◇
第一話「出会いは突然に」
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4月に入ると北海道でも雪解けが進み、それとともに新学期がスタートする。 春の息吹を感じるころには真新しい制服に身を包んだ新入生の姿が街のあちこちに現れるのだ。 ここ函館市の中心部に位置する『函館白楊高校』も今日から新学期を迎えていた。 私服校なので思い思いの装いをした生徒たちが次々と玄関に現れては新しいクラス編成の掲示の前で立ち止まり自分の名前を捜す。 一緒に登校してきた友達と手を繋いで大はしゃぎする女の子たち。きっと同じクラスになったのだろう。 その傍では名残惜しそうに手を振って違うクラスの下駄箱に向かう子もいる。 悲喜こもごものそんな生徒たちの中に、近い将来常識では計り知れない体験をすることになる5人がいた。
それは、出会いと別れの季節。 長く厳しい北国の冬のように、オレ達を苦しめ続けた(嘘だけど)3年生は去った。 万歳。 待ちこがれていた春の気配が近づくように、きっと可愛い女の子が大挙してこの学校に入学してくるのだ…。 万歳。 重い冬服を脱ぎ捨て、軽やかに春の装いをするように、オレはまた新しいクラスメイトと出会う。 可愛い子が多いといいな。 「あああああぁぁっ、緊張するな〜〜」 この日、2年生に進級した真田淳二はいつもより早く学校に着いたものの、未だクラス編成の掲示を見ることが出来ずにいた。 彼の脇を通ってぞろぞろとこの函館白楊高校の生徒達が玄関へと吸い込まれていく。 「せめて、せめて、あの二人と同じクラスじゃありませんように……」 淳二の心境を語ると大体こんな感じである。 あの二人というのは、去年同じクラスだった本多美亜子と直江輪のこと。 美亜子ちゃんはいつも颯爽として格好いいので女子からも人気がある。 恐らく新入生の女子からも絶大な人気を集めることだろう。 いわゆる宝塚系だ。 そして輪。 悔しいが、あいつは背も高いし、顔だって美形だし、その上成績優秀で、スポーツだってオレと同じくらい得意。 更に更に悔しいことに、奴は妙にストイックでそれがなおさら女子の人気を集めているのだ。 つまり、この二人と一緒に行動すると、何となくオレの影が薄くなってしまうのだ。 その上この二人、武道に関してもオレより強かったりする。 いや、徒手空拳だったら真田流古武術をマスターしているオレの方が強いのだが、武器を持たせると鬼に金棒、キ@ガイに刃物…、あ、いやいや、とにかく、あの二人には敵わない。 「できれば、オレのライバルになりそうな男子がいなくて、かつ可愛い女子が多いクラスに…」 心情を非常にわかりやすい言葉で表現した独り言を呟きつつ掲示の前をうろうろ。 しかし、彼は気付いていなかったがむしろ輪と美亜子と行動をともにすることで彼は恩恵を受けているとも言えた。 というのも長身で美男美女の輪と美亜子は一般生徒にとって遠くから見ている分にはいいが、お近づきになろうとするとやっぱり腰が引ける。 ところが、そこに淳二である。 背はそれほど高くはないが、まぁそこそこハンサムでそこそこ精悍、そしてなにより、愛嬌があって人なつっこい。 輪と美亜子を難攻不落の要塞とすると淳二はその前にある小城。 攻略の橋頭堡とするべくまずは淳二に接近する女の子の数も結構いたのである。 将を射んと欲すればまず馬を射よ、というやつである。 そんなわけで、馬として(笑)去年一年間それなりにいい思いをしてきた淳二であったが、やっぱり引き立て役で終わるのは嫌なものらしい。 結局淳二の苦悩はその輪と美亜子が登校してくるまで続いた。
180pの長身には無駄な贅肉は一切無く、剣道で鍛えられたその所作には常に隙がない。 いつも沈着冷静な態度を崩さず、すでに剣の道の達人だけが持つような“気”すら身に纏っている。 しかし、そんな輪にもどうしても勝てない相手がいた。 輪を“静かなる虎”とするならば、その相手は“吼え猛る獅子”。 その名を本多美亜子、という。 ちなみに淳二は“陽気な飛猿”といったところ。
朝は早くから起きだし、ランニング。 それが終わると腕立て伏せ、腹筋、スクワット、そして重い木刀で素振り。 輪は常に竹刀ではなく真剣と同じ重さの木刀を使って練習する。 それによって体を鍛えるとともに、美亜子の神速の攻撃に対抗できるだけのスピードを身に付ける狙いであった。 この毎朝の自主トレの目的はただ一つ。 『美亜子に勝つ』ことである。 元々幼なじみでもある輪と美亜子はこと武道に関してはずっとライバル関係にある。 家がそもそも道場で本多流槍術を極めている美亜子。 父親が警察官ということもあり、警察道場で剣道を習っている輪。 お互いを好敵手と認め合い切磋琢磨する二人である。 実は輪も美亜子も高校では部活には所属していない。 美亜子にしてみれば学校で練習するくらいなら父親から手ほどきを受ける方が有意義、ということだったし、輪は常に猛者揃いの警察道場で剣道を習っているので、部活程度では修行にならない、というわけだった。 朝練、というより朝修行を終え汗びっしょりの輪はすぐにシャワーを浴びて着替えた。 居間で新聞を読んでいると玄関から聞き慣れた声が響いてきた。 「おはよう輪くん、朝ご飯出来てるよ」 声の主は隣の家に住む上杉綾瀬。 輪の二つ年下でこの春中学三年生になった。 まるで春の野原を思わせる、ほのぼのとした好感の持てる容姿の子である。 一言で表現するなら人なつっこい印象の美少女。 彼女の父が函館の警察署の署長で、輪の父はその右腕役という関係で昔から家族ぐるみの付き合いがある。 特に綾瀬の母は早くに亡くなっていたので代わりに輪の母が幼い頃から綾瀬の面倒を見ていた。 そのため輪と綾瀬は兄妹のように育ってきたのである。 去年の冬、輪の母が病気で入院してからは綾瀬がこの両家の食事を切り盛りしていた。 今朝も朝食の用意が出来たことを知らせに来たのである。 「分かった、すぐ行く」 輪は新聞を置くと立ち上がり玄関で待つ綾瀬のもとに歩み寄った。 長身の輪との身長差は20p近くある。 「おじさんは?」 輪が聞くと綾瀬は少し寂しそうな表情を見せて答えた。 「今日も泊まり込みみたい。最近不思議な事件が多発しているとかで、忙しいんだって」 「そうか…、父さんも結局昨日は帰らなかったからな」 最近の函館市では刃物による殺傷事件、行方不明事件、集団暴行、放火など、凶悪事件が多発していた。 それも昨日まではおとなしかった人物が豹変して暴れる、というような不可解なものが多かった。 原因は全く不明。 そんなわけで警察署は猫の手も借りたいほどの忙しさに追われていた。 当然署長とその補佐役はなかなか家にも帰れない状態がずっと続いていた。 結局輪と綾瀬は二人きりで朝食を食べた。 食事中も最近この街で多発している事件についての話が中心だった。 輪はこの世代には珍しく、TVドラマとか最近の芸能界とか、ファッションとか、その手の話には疎いのである。 パンと目玉焼きとサラダとコーヒー、ごく一般的な朝食を食べ終わった頃、ふと思い出したかのように綾瀬が呟いた。 「ねぇ、輪くん。わたしね…、凄く嫌な予感がするの」 「嫌な予感?」 「うん。…今この街で色々と良くないことが起きてるけど、これは何かの前兆で、この後更に悪いことが起こるような気がするの」 「まさか…」 輪は笑おうとしたが、綾瀬の顔が常になく深刻だったのでそのまま口を結んで黙った。 「考えすぎかな…」 ちょっと救いを求めるように上目遣いで綾瀬が輪を見やった。 「ああ、大丈夫だ」 特に根拠はないが、輪はそう言わないといけないような気がして無理に微笑んだ。 「…それより綾瀬も今日から新学期だろう。朝から浮かない顔じゃ友達も心配するぞ」 「そうだね。輪くんも新しいクラスでいい友達が見つかるといいね」 「ああ」
肩に掛かるセミロングの豪奢な黒髪はちょっと癖があり、風に吹かれると、まるでライオンのたてがみのように猛々しい。 幼なじみである直江輪との関係も10年来のもので、“静の輪と動の美亜子”、あるいは“暴走する美亜子とそれを押さえる輪”、という図式はその当時からのものである。 そしてこの二人。どちらもこと武道に関しては並みの高校生ではなかった。
ランニングをしてから軽くストレッチ。 それから道場で練習用の棍を手に一通り型の練習。 16歳の若さにしてすでに本多流槍術の奥義を極めている美亜子の型は完成された舞のように洗練され、美しい。 そうして体を動かしたあとはシャワーを浴び、朝食を食べてから登校することになる。 こういう生活をしているお陰で、美亜子はほとんど風邪もひかず遅刻もしない皆勤賞を続けていた。 「今日から新しいクラス…か」 美亜子はそう呟くと愛車ドラゴンフライ号(自転車)に颯爽とまたがった。
新学期ということでちょっとおめかし、エレガントな装いをした広奈に対して、この家の執事板垣が渋い声で問いかけた。 武田広奈の家はいわゆる豪邸である。 両親は父親が世界的な指揮者、母親は有名劇作家。 とにかく多忙で、日本にいることも少ない両親に代わって昔から広奈の世話をしてきたのが、この執事の板垣であった。 広奈は優雅に微笑むと良く通る声で返事をした。 「食パンを一斤、フレンチトーストで。紅茶はフォッションのアップルを」 「かしこまりました」 朝食を終えたあと板垣の運転するリムジンで広奈は登校した。 その広奈の容貌は一言でいうと、超がつく美少女。 すでに学校ではかなりの有名人であり、廊下を歩くとほとんどの生徒が振り返る存在であった。 彼女がどのクラスになるか、ということはすでに同じ学年の男子生徒のほとんどが気にかけていることであり、そしてその多くはもちろん広奈と同じクラスになることを熱望していた。 それを知ってか知らずか、広奈はいつも通り、マイペースのまま掲示を見るとすぐに2年3組の教室へと向かった。
JRを使えば通学できないこともないが、離婚寸前の冷え切った両親から逃げ出すように、彼は一人暮らすことを選んでいた。 といっても下宿のおばさんが身内なのでそれほど寂しくはなかった。 さらに、下宿のおばさんの双子の娘、あいちゃんとあゆちゃん、そして同じ下宿に住む一つ年上の先輩である片倉真理が、何かと春樹をからかってくるので実は結構波乱の日々を送っている。 今朝も春樹は小学二年生になるこの双子の襲撃(ツインボディプレス)を受けて目覚め、目覚めてすぐに今度は深い眠りにつくところだった。 危ない危ない。 朝食では片倉真理嬢に好きなおかずを奪われ、あいちゃんにはせっかく着替えた服にソースをこぼされ、あゆちゃんには嫌いなおかずを押しつけられ、と、まぁ、これもある意味春樹らしい朝を過ごしていた。 そして今日も片倉真理に半ば引きずられるように登校していく。 「ほらほら、今日から新学期だってのに辛気くさい顔してないの。男ならしゃきっとしな」 さっぱりと気持ちのいい姐さん口調でまくし立てられて春樹はちょっと無理をして背筋を伸ばした。 背筋を伸ばせば174pだがなんとなく猫背気味なのでそれよりは低く見られがちである。 春樹はちょっと女顔で線の細い容姿の持ち主である。 その顔には何か困っているような表情が浮かんでいることが多く「絶対に悪人には見えない」とよく言われる。 一言でいうと気弱な善人顔である。 そんなわけで真理からの一言にも弱々しく微笑んで答えている。 「はい。……でもやっぱり緊張します」 その横顔にはすでに縦線が何本か走っていた。 「何言ってんの。クラス替えって自分の力でどうにかなるもんじゃないだろ。だったらじたばたしても無駄。黙って結果を受け入れればいいの」 「もう諦めてろってことですか?」 「ま、まぁ、お前の場合はその方が精神衛生上いいかもな…」 ちょっと歯切れの悪くなった真理。 彼女はすでに春樹の運の悪さをよ〜く知っていた。
トレードマークの深紅のフェラーリ帽子が玄関前をうろうろしている。 「あんた、なにしてんの?」 「え? え〜と、いや、別に、特に、…まぁ、なんだろな、うん、とりあえず、そういうことで、掲示見に行こうぜ」 曖昧に言葉を濁して淳二は二人を誘って玄関に掲示してある2年のクラス表を見に行った。 心の準備がようやくできたらしい。 輪と美亜子は二人して怪訝な顔をしたが、自分たちもどのクラスになったか、その興味が勝った。 3人とも掲示の前に行き、そして自分の名前を捜す。 2年3組に真田淳二の名前があった。 出席番号を下っていくと、直江輪、本多美亜子の名前も同じ2年3組であった。 「あらま、また同じクラスだわ」 「…縁があるな」 「………………がっかりなり」 淳二は小声で言ったが、美亜子の地獄耳にはしっかり聞こえていた。 「なにががっかりなの?」 まさか聞こえているとは思わなかった淳二は、びくぅ、と露骨に反応すると、慌てて別のがっかり理由を捜した。 「え〜っと、ほら、あれだな、あの、そうそう…、去年一緒だった加藤と福島が別なクラスになっちゃったしょ、球技大会の時の強い味方がいなくなったなぁと思ってさ」 淳二の口に出した二人、加藤哲は身長192p“白楊新都庁”と呼ばれるバスケ部のレギュラー、福島龍は“暴走戦車”の異名を持つラグビー部の主力選手である。 去年の球技大会では男女混合9人制バレーボールで輪、淳二、美亜子らとともにクラスの主力として、1年ながら校内準優勝の成績を収めた原動力となった。 「そうだな、他にも黒田、藤堂、細川も違うクラスか」 去年までの仲良しが去って、輪は少々寂しそうだった。 「あらまぁ、ねぇ淳二、誰か球技大会の戦力になりそうな人いないの?」 美亜子の問いかけに淳二は慌てて掲示を見直した。 「う〜んと、この島勝智って確か野球部でキャッチャーやってるらしいから、そこそこ期待できる。あと、明石雄大って、ハンドボール部のレギュラーだったはず。後藤聖治ってのが確かテニス部で黒田とダブルス組んでたな。…あと次生っちくらいかなぁ」 淳二から次生っち呼ばわりされたのは大谷次生、淳二とも仲がいいサッカー部のフォワードである。 去年のバレーボールの際には直江、真田、加藤、福島、大谷、この男子5人衆が攻守にわたって大活躍した。 「女子の方はどうだ?」 冷静に輪が聞く。 「あ、それだったら心配ないわ。香澄、メグ、若葉が同じクラスになったから」 ちょっと嬉しそうに美亜子が答えた。 井伊香澄、陸上部所属の長距離ランナー。去年のマラソン大会では最後まで美亜子と優勝争いを繰り広げ、堂々と勝っている。 酒井めぐみ、放送部所属。将来スポーツキャスター志望の彼女は暇さえあれば運動部に顔を出しており、そのバイタリティは美亜子も一目置いている。 ちなみに美亜子はめぐみに運動部に入るように散々誘われた経験があり、その縁で何度か助っ人としてバスケやバレー、ハンドボールの試合に加わったことがある。 榊原若葉、柔道部所属、48s級の有力選手。実は美亜子と輪とは同じ中学出身。体は小さいが技のキレ、スピードは一流。その運動神経は美亜子も認めるほどのレベル。“白楊高校のヤワラちゃん”の異名を持っている。 3人とも美亜子の旧知であり、新学期早々4人組で行動を開始しそうな勢いであった。 更に名前を見ていた淳二が何かに気付いた。 「あっ、“辣腕の石田”がいる」 「文化祭実行委員の石田?」 美亜子もその名前は知っていた。 1年のとき、彼が文化祭実行委員を務めたクラスだけが泊まり込みや徹夜なしで文化祭の準備を乗り切ったという伝説が残っている。 早め早めに手を打ってクラスメイトを働かせる、彼の実務処理能力は群を抜いているらしい。 「これで文化祭の時に力強い味方が出来るな」 輪も彼とは話をしてみたかったのでその口調は嬉しそうだった。 「ほかに有名なのは武田広奈くらいかな」 名前を見終わった淳二がそう言ってまとめた。 「去年のミス白楊の子ね。確かに美人だけど…」 「……」 この時点で特に興味はない美亜子と輪。 ついでにいうと伊達春樹は話題にすら上っていない。 「でも、石川ちゃんが別のクラスになっちゃったね」 女子の名前を確認して、淳二が美亜子に言った。 石川淑乃、去年は美亜子と仲良くしていた子だったが、今年は残念ながら離ればなれということになっていた。 「う〜ん、残念。…ともかく、そろそろ教室に行きましょ」 ざっとそれくらいのことを確認すると3人はそろって2年3組の教室へと向かった。 (やったっ、“あの”武田広奈と同じクラスぅ〜♪) ちなみに内心大喜びの淳二であった。
とりあえず、やっぱり輪と美亜子ちゃんは同じクラスだった。 また今年も冷遇されそうな予感。 ふぅ〜。(ため息) だがしかし、教室に行ってみて気が付いたが、このクラスにはオレが前からチェックしていた可愛い子がたくさんいたのだ。 その筆頭が武田広奈ちゃん。 去年の文化祭では“ミス白楊”に輝いた我が校が誇る正統派美少女。 丁寧にカットされたショートのサラサラヘア、演劇部と合唱部で鍛えた声優真っ青の美声、そして文字通りその辺のアイドル顔負けのルックス。 背は高からず低からず、容姿端麗、八面玲瓏、歩く高嶺の花。 その上我が儘なところが全然なくて、誰とでも仲良くしているらしい。 聞くところによると、校内にすでにファンクラブがあるそうだ。 う〜ん、こいつは是非お近づきになりたいものだぜ。 続いて、明智瑠華ちゃん。 まるで日本人形のように端正かつ古風な顔立ち。 腰まで伸びた黒髪と氷のように冷たい表情がかなり人目を引く。 広奈ちゃんに勝るとも劣らない美女だけど、その冷たい雰囲気と、無愛想さから親しい友達はいないらしい。 ちょっと変わったタイプの子みたいだ。 他にも陸上部で足の綺麗な井伊香澄ちゃんとか、放送部のプリチー・コケティッシュ・メガネっ子、酒井めぐみちゃん、柔道部で軽量級のアイドル榊原若葉ちゃん、この辺の子は要チェックだな。 そして嬉しいことにこの三人って美亜子ちゃんとは仲が良い。 オレの情報では香澄ちゃんは去年のマラソン大会で美亜子ちゃんと優勝を争った縁で仲良しだし、めぐみちゃんは運動部の助っ人として活躍する美亜子ちゃんを追っかけて友達になってるし、若葉ちゃんはそもそも美亜子ちゃんとは同じ中学だったはず。 よし、これは美亜子ちゃんを通じて是非ともお知り合いに…。
去年まで仲の良かった友達は同じクラスに一人もいなかった…。 よりによって自分だけが離ればなれ、という格好。 (その分新しい友達が出来ればいいな) そう思って気を取り直すことにする。 「あ〜、まずは男子からだ。誰か学級委員長に立候補するものは?」 担任松浦続連(まつらつぐつら)の気怠い声が教室に響いていた。 現在新学期最初のHRの真っ最中。 早速クラスの委員を決定しているところだった。 基本的に学級委員長という職はただの便利屋と化すので誰しもが敬遠している。 「あ〜、誰もいないのか〜」 その発音しにくい名前ゆえ、あっという間に『づら』というあだ名が広く認知されることになる、松浦続連(まつらつぐつら)の声がむなしく響く。 (どうしよう、せっかくだから僕が立候補しようかな。それがきっかけで友達が出来るかもしれないし) 春樹は一生分の勇気を振り絞り手を挙げた。 「誰もいないなら僕が…」 途端に男子から安堵の声が漏れた。 男子生徒の誰もが(よかった、かわりにやってくれる奴がいて)と安心していた。 と同時に(いやはや、よくもまぁ進んでこんな面倒なことをやるなぁ)とも思っていた。 輪や淳二もその例外ではなかった。 結局異議なしということで男子の委員長は伊達春樹に決定した。 これが、この伊達春樹というこれまで無名だった人間の名前がクラスに認知された最初だった。 第一印象は(わざわざ委員長をかって出た奇特な奴)であった。 しかし、その印象はわずか数分であっさりと覆されることになる。 「あ〜、では女子の委員長に立候補するものはいないか?」 『づら』の声に真っ先に手を挙げた生徒がいた。 (なにぃぃぃ?!) 男子生徒の9割が驚愕していた。 手を挙げていたのは学校のヒロイン、クラスの女神、男子生徒の憧れの的、ご存じ武田広奈嬢だったからである。 これまた他に立候補者がいなかったのですんなり決定した。 (しまったぁぁぁぁ、広奈さんが相方になるなら委員長に立候補すればよかった〜) 男子生徒の9割が落胆していた。 と同時に先ほど春樹に下された印象はあっさりと転換した。 (広奈さんと一緒に仕事できるとは、なんて羨ましい奴…) 哀れ伊達春樹はいきなりクラスの男子生徒の恨みがましい羨望を集めることになってしまった。 もちろん彼になんの落ち度もない。 そしてこのことが彼をさらなる不幸に導くことになろうとは、もちろんこのとき知る由もない。
この学校に存在する委員会はこれだけ。 そしてクラス編成の掲示前での会話からも分かるように、美亜子と淳二はとにかく“クラス対抗”と名のつくイベントに燃えるタイプなのである。 二人が球技大会実行委員になるのも二年連続。 彼らに目を付けられてしまった面々はいずれ2年3組チームの主力として美亜子から鬼のようにしごかれる運命に……あると思われていた。 この時点では…。
そして食事が終わった途端淳二が教室を飛び出していった。 「う〜しっ、暇な奴は来い、さっさと着替えてバスケやるべ」 5時間目の授業は体育。淳二達は早々とジャージに着替えて授業の時間まで体育館で遊ぶつもりであった。 「じゃあボクも」 淳二と仲良しの大谷次生がとてとてとその後を追った。 「………」 無言のままそれに続く明石雄大。それを見て後藤聖治もジャージの入った袋を片手に教室を出ていった。 「石田と直江は行かないのか?」 島勝智が聞いたが、二人は視線を外さないまま小さく首を振った。 「なんだ、また将棋か…。わかった、おれは先に行ってるからな」 ちょっと呆れたような仕草でやれやれのポーズをとると、長身の島も姿を消し、あとには将棋盤を真剣な顔で眺めている輪と尚貴が残っ た。 新学期に入ってすでに2週間が過ぎていたが、輪はあっという間に尚貴と意気投合していた。 ともに切れ者で思考パターンや持っている知識などもよく似ており、いわゆる「類は友を呼ぶ」の典型だった。 石田尚貴という人間は歯に衣を着せぬ言い方をすることや、慇懃無礼な口調で傲岸不遜な態度を貫くため、はっきり言うと人から嫌われやすいタイプでもあった。 いかにも優等生チックな容姿と、そして実際にトップクラスの成績が、その反感を助長している。 ただし、輪は彼の態度が自信と信念にしっかり基づいていることと、彼の吐く正論がいつでも至極もっともであることに感銘を受け、むしろ自分から進んで彼と親しくなった。 そして屋上に上がれない雨の日には決まって彼と将棋を指している。 「食事をした直後の激しい運動は体によくない」 ぱちり。 言いながら輪が角の右斜め前まで歩を進めた。 「…そうきますか」 ぱちり。 尚貴がやむを得ず自分の歩を進めて輪の歩をとった。 「それは……甘いな」 ぱちり。 輪がさっき上げた歩の隣の歩を更に上げた。 「これは…、なるほど角を封じる手ですか」 尚貴の表情が曇る。 「折角作った攻撃的矢倉囲いの布陣もこの一手で終わりだ」 ちょっと嬉しそうな輪。 「角が死に体になってしまうとは、我ながら迂闊でしたね」 「これが本当の『九仞の功を一簣に角』だな」 (注:『九仞の功を一簣に虧く(きゅうじんのこうをいっきにかく)』長い間の努力を最後のちょっとした失敗で駄目にする、の意) 「ほう、うまいことを言いますね」 ぱちり。 尚貴は輪の手をあえて無視し、自分の飛車の前の歩を輪の歩の前まで進めた。 「これは…」 途端に余裕綽々だった輪の顔が険しくなった。 「『目には目を、歩には歩を』ですね」 ちゃきっ、と尚貴はメガネの位置をなおして微笑んだ。 形勢逆転。 居飛車で矢倉囲いの尚貴に対して輪は振り飛車で美濃囲い。 ちなみに過去の対戦から尚貴は美濃囲いが苦手であることを輪は熟知していた。 尚貴はすでに棒銀戦法で飛車の前に銀を進めており、このまま進めば輪は飛車の自陣突入を許してしまう格好。 「ここはとる一手」 ぱちり。 やむを得ず輪は尚貴の歩をとった。 「でしょうね」 ぱちり。 それも予測済み、と尚貴はその頭に再び歩を打った。 しかし、ここで輪の表情がまた変わった。 「…残念だったな。ここで一手余裕が出来る。『先んずれば金を制す』」 ぱちり。 輪は構わず先ほど進めて置いた歩で尚貴の歩をとった。 ちょうど角の頭に歩を突きつけた格好。 「これは金でとるしかないですね」 ぱちり。 「それで矢倉も崩れたな。この一手が『試金石』を作る」 ぱちり。 輪が金の前に歩を打った。 これで完全に金は行き場を無くし死んだ。 「しまった…。無駄死にはさせませんよ」 ぱちり。 そのまま尚貴は金を右前に上げ、銀と交換の格好。 「よし、受けてたとう」 ぱちり。 輪も素直に交換する。 「今度はこちらの番です」 尚貴が中断されたままになっていた自分の攻撃を再開させる。 しかし、輪はそれをあっさり無視。 構わず先ほどとった持ち駒の金を尚貴の角の前に打った。 ぱちり。 「言っただろ、これが『試金石』だ」 それは尚貴の堅固な陣に打ち込まれた強力な楔だった。 必死で対処する尚貴に対して、輪は余裕綽々で駒を進めていく。 流れは完全に輪のものとなり、数手後、輪はついに尚貴の陣に飛車を突入させた。 成って龍になったその飛車はそのまま尚貴の玉を追いつめていく。 そして輪は次々と歩を貼っては“と金”に変えて尚貴の陣をじわじわと蝕んでいた。 「『智将は敵に食む』だな」 と金となら敵の駒と交換しても惜しくはない。 駒得を繰り返せば輪は戦力を増強し、尚貴は自陣がやせ細るというわけだ。 「甘いですよ直江君、『二とを追う者は一とも得ず』」 しかし尚貴はと金を無視して輪の角を取りに行った。 「この状況で使えない角に用はない。『兵は拙速を聞く』そして『激水の石を漂わすに至るは勢なり』」 ぱちり。 輪は尚貴の挑発を無視して角を捨てた。 「『人を致して人に致されず』…やりますね、直江君」 ぱちり。 だが、尚貴の抵抗もここまでだった。 持ち駒に勝る輪の勢いは止まらず、そのまま尚貴を追いつめていく。 しかし、尚貴も負けていない。 とにかく防御に集中して容易に輪に隙を見せない。 と…。 キーンコーンカーンコーン。 昼休み終了5分前のチャイムが鳴っていた。 「しまった、時間か」 「…ふぅ、これでまた引き分けです」 二人して苦笑している尚貴と輪。 無理もなかった。二人の対戦成績はこれで6戦して6引き分け。 「昼休みの短い時間に勝負を付けようと言うのが間違っているな」 「そうですね」 二人はそろって教室を出ると更衣室へと急いだ。 体育の授業は二クラス合同なので輪達3組と4組が一緒に行うことになる。 この学校の男子更衣室は体育館の入り口に入って右奥にあるので、二人が更衣室に入る頃にはほとんどの生徒がすでに着替え終わって体育館で遊んでいる光景が見えた。 淳二らは未だにバスケに夢中だった。 授業開始まであと3分ほどである。 入ってみると更衣室にはすでに輪と尚貴しかいなかった。 二人が急いで着替えていると更衣室の表、つまり体育館の端の方からの話し声が聞こえてきた。 「…3組の伊達春樹だな。あんた、広奈に近づく目的で学級委員長になったらしいな」 「えっ? ええと、あの、僕はそんなつもりは…」 「言い訳はいらない。広奈さんと親しくしたいのであれば『武田広奈FC』に加入してもらおう」 「な、なんのこと?」 「広奈さんはこの学校の至宝とも言うべき女性だ。我らは広奈さんを守るため、不逞の徒が彼女に近づくことを断固阻止している」 「当然抜け駆けは最大のタブーだ。よってあんたも広奈と親しくしたいのであればファンクラブに加入し、抜け駆け禁止の掟に同意してからにしてもらおう」 「僕は…、その、別に抜け駆けとか……」 「ほう、抜け駆けはしないか。ではすぐにそれを誓ってもらおうか。そしてこの先むやみに広奈さんに近づかないと言え」 「そ、そんなこと…」 会話の一部始終は更衣室の中に筒抜けだった。 どうやら伊達春樹が聞き慣れない声、つまり合同で体育の授業を受けている2年4組の男子生徒3人と話しているらしい。 そして声の調子からして、明らかに春樹は脅されているように見える。 (やれやれ、高校生にもなってくだらない理由で…) 輪は呆れつつその一部始終を聞いていた。 もちろん聞きながらも素早く着替えている。 着替え終わったらすぐに春樹の加勢にまわるつもりだった。 一方の石田尚貴はすでに着替えそっちのけで耳を傾け、怒りの形相。 ちなみに尚貴は仲間意識とかクラス意識が非常に旺盛だった。 自分のクラスの生徒に害を及ぼす輩は敵、とすら考えている。 その上彼は人一倍正義感が強かった。 するとどうなるか…。 バタン!! ものすごい勢いで尚貴は更衣室を飛び出した。 そして唖然とする春樹の前に立つと、彼を取り囲んでいた4人(しゃべっていないのが一人いた)の生徒にビシィッと指を突きつけ早口でまくし立てた。 「先ほどから聞いていれば、ファンクラブが聞いて呆れますね。あなた方のやっていることは立派な恐喝ですし、その内容が、言うに事欠いて、広奈さんに近づくな、ですと? あなた方には羞恥心が一欠片でも残っているのですか? 伊達君の恋心は彼だけのものであり、あなた方の卑劣な行為によって歪められ、抑圧されていいものではありません。ファンクラブだかなんだか知りませんが、むしろあなた方のような腐った存在こそが広奈さんの名を貶めていると知りなさい。これ以上うちのクラスの人間に不当な脅迫を繰り返すのでしたら我々はクラスを挙げて断固戦います」 尚貴の啖呵は体育館中に響き渡った。 そしてその尚貴の格好がさらに生徒の目を引いていた。 一方啖呵を切られた方の4人も一瞬尚貴の迫力とその格好に度肝を抜かれた状態だったが、すぐに気を取り直して反論してきた。 「なんだあんた? 俺達は伊達と話しているんだ。余計な口を挟むな」 そう言ったのは広奈と同じ演劇部所属、高坂鏡(キョウ)だった。 次期部長候補。本気で役者を目指しているだけあってその喋りには人を圧倒させる力がこもっている。 キョウさまと呼ばれ、女子生徒にファンも多いそのハンサムな顔が怒りで赤く染まっていた。 「そうだ。それともおまえも広奈さんに気があるのか? だったら無駄だ。おまえなどに広奈さんは渡さん」 きらりとメガネを光らせて、尚貴を睨み付けたのは4組の学級委員を務めている山県聡士だった。 「戦い上等。4組男子24人が相手になるぞ」 びりびりと体育館の壁を震わせる見事なバス。 広奈と同じ合唱部のこれまた次期部長候補である馬場展男がその巨体で尚貴を見下ろした。 「………」 先ほどから一人、一言も発していないのはこれまた広奈と同じ弓道部の内藤衛。もちろん彼も次期部長候補だった。 彼らこそ『武田広奈FC四天王』と呼ばれ、生徒達から恐れられたりこっそり馬鹿にされたりしている曰く付きの4人だった。 ちなみに彼らは全員が去年は広奈と同じクラスだった。 今や体育館にいる全生徒が固唾を呑んでその有様を見守っていた。 もちろん事態を正確に把握していない生徒も多かったが、尚貴の格好は確かに人目を引いていた。 その尚貴は4人の圧力にも負けず昂然と胸を張って言い返した。 「おどろきました。この上更に恥の上塗りをする気ですか? どうやら本当に自分たちがいかに恥知らずな主張をしているのか、お気づきではないのですね。伊達君の気持ちを卑劣な手段で踏みにじろうなど、言語道断! そもそもあなた方のしていることは、広奈さんが望んでいることなのですか?」 尚貴の正論に4人は一瞬気圧されたようにその顔を背けた。 しかし、真っ先に高坂鏡が頭痛を振り払うように頭を振ると、その目にどす黒い炎を燃やして尚貴を睨み付けた。 「うるさいっ、広奈は俺達のものだ。おまえらなどには渡さん」 そう叫びつつそのまま尚貴に殴りかかった。 バシィッ! だが、その拳は尚貴に届く前にとっさに彼をかばった輪の右手に受け止められていた。 「…正気の沙汰じゃないな」 怒りを込めて輪は受け止めた拳に力を加えた。 ぎりぎりぎり…、拳を握りつぶされそうな痛みに、高坂は一瞬ひるみ、手をふりほどいて輪から離れた。 輪は体育の島津先生の姿を認めると静かな口調で4人に言った。 「暴力に訴えるようなことか、これは?」 すると、いつの間にか輪の隣に移動していた淳二が、ちょっとおどけた調子で宣言した。 「どうせこれから体育だから、スポーツで決着をつけようじゃないの。おまえさんらとオレらのクラスで勝負だっ」 「いいだろう」 「ぜってぇ負かす」 「覚えておけ」 「………ふん」 4人はそれぞれ捨てぜりふを残すと自分たちのクラスの男子の方へ向かった。 「勝手なことを…。話がややこしくなるぞ」 輪が冷ややかに淳二に言う。 「まぁまぁ、喧嘩するよりはいいっしょ」 「そうですね、あの4人はどうもおかしい。彼らの衝動を他の方向に向けるのは有効な手でした」 尚貴がそう言って淳二の判断を支持した。 「ともかく、二人ともありがとう。助かりました」 「いや、礼はいい…。それよりもその格好をなんとかしろ」 輪に言われて尚貴は初めて自分の格好を見た。 着替えの途中で飛びだしてきたので上半身ジャージ、下半身はGパンが半分脱げて膝までずり落ちトランクスが丸見えだった。 非常に恥ずかしい。 「!☆※〒潤裸d!?」 尚貴は声にならない悲鳴を上げてそのまま更衣室へと消えていった。 「あっ、石田君ありがとう」 その背中にこのときようやく萎縮がとけた春樹が声をかけた。 そんな二人の様子を半ば呆れたように見ていた淳二が改めて輪に聞いた。 「あいつ、自分の格好も忘れてハルを助けに出てきたのか?」 「ああ」 「すげ〜いいやつじゃん」 「そうだな」
戦端を開いたのは石田と直江だったが、いつの間にかクラス対クラスの大勝負になってしまっていたのは彼ら二人にとっての大誤算である。 当事者として4人と相対していた輪と尚貴はあの4人が正気を失っているようにも感じられ、事態の異常さを知る立場だったが、しかし、彼ら以外の男子は半ば冗談だと思ってむしろこの状況を楽しんでいる有様だった。 かくしてこんな理由から3組と4組のクラス対抗試合が急遽開催されることとなった。 その勝負の結末にはあるとんでもない事態が待っていたのだが、この時点で彼らに知る由も無かった。
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