『嵐を呼ぶレース参戦記』
| 第一話「嵐を呼ぶプロローグ」 | ||||||||||||||||||||||||||
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私の携帯がTruthのメロディを奏でた。誰からの電話からはすぐに分かった。 この着信音を鳴らすことが出来る人物はただ一人。 私の大学時代からの友人にして、カートのライバル『kyu氏』である。 電話に出た私にkyu氏は衝撃的な提案を持ちかけてきた。 彼の話は、要約するとこうである。 「中古の軽自動車をワリカンで買って、みんなで耐久レースに出るぞ」 「出るぞって、私も…なのか?」 「もちろん(どきっぱり)」
“自称”嵐を呼ぶレーサーが、本当にレーサーになる時が…。 例えば、私が18歳で免許を取って以来、マニュアル車に乗ったことがないことや、グランツーリスモは上手くても、実車での経験がまるでないことは、気にしてはいけない。 その辺は根性でどうにかなるのだ!!(注:ならない)
私は米沢にて愛の旅の真っ最中。 普段の貧乏生活からは考えられないくらいに豪華な昼食、米沢牛のステーキを食べていたところ、kyu氏からメールが届いた。 『アルトワークスゲット』 ふむ、ネットオークションで手ごろなのを見つけた、と言っていたが、どうやら無事落札できたらしい。 メールを返信。 『おつかれさま〜♪』 そうなのだ、私はこの段階で何もしていない。単に果報を待っていただけである。 というのも、今回の企画は先に紹介した、私、kyu氏、T氏、E氏の4名によるものである。 耐久レースも、もちろん4人で交代でマシンに乗って走るのである。 んで、この中で、私の立場はとっても弱い(笑) レースやサーキット走行の経験豊富、百戦錬磨の3人に比べ、私は正真正銘の初心者である。 余計な口は挟まず、財源の一端を担うことに徹すると最初から決めていたのである。 なにしろとるべき戦略は壮大にして華麗な“ケチケチワリカン作戦”なのだ。 今回のコンセプトは『いかにお安くレースを楽しむか』である。 とりあえず、車の購入やその他もろもろの予算は20万円。一人当たり5万である。 んで、ネットオークションでの落札価格は13万円。 米沢にいた私を蚊帳の外に置き、彼ら3人は、即日車を受け取りに行き、その足で早速乗車テスト。 なかなかの好感触であることを伝えてきた。 さて、ではここで、我々のレース車両となるアルトワークスについての情報を紹介しよう。
となれば、この次にやるべきことはひとつである。 すなわち、私を鍛えるのだ。 私以外の3人については、まったく心配いらない。 実力は折り紙つきで、不安要素はゼロ。 そこにきて私である。 何度も言うが、私は自動車教習所以来マニュアル車に乗ったことがない。 それに、いくら速く走れたとしてもゲームはゲーム、グランツーリスモにはクラッチは無いのだ。 そんな素人を、実車の耐久レースでそこそこ走れるぐらいに、鍛えておかなければならないのだ。 んで、どうするかというと… 「じゃあ、とりあえず、ジムカーナに出て」 というkyu氏の一言により、いきなり実戦に放り出されることが決定。 5月30日、埼玉県の桶川サーキットにて行われる 『OSL四輪ジムかーな第2戦』に出場することになったのである。 もちろん、これがアルトワークスのデビュー戦でもある。 そして… 「あと、6月4日の桶川走行会も出て」 というkyu氏の一言により、いきなり走行会( セカンドステージ)に放り出されることも決定。 「それと6月20日のしのい走行会にも出て」 というkyu氏の一言により、またまた走行会に放り出されることが決定。 なんと3週間の間に3度もサーキット走行である。 果たして大丈夫なのだろうか…??
T氏が運転し、私の元に運んできてくれたのである。 実は私がこのアルトの実物を見るのもこれがはじめてだった。 なにしろ、8日以降、色々あってこの日までアルトに会えなかったのだ。 本来なら、もっと前からアルトに乗って練習するはずだったのだが、結局私に与えられる時間はたった1週間となってしまったのである。 ちなみにこの日はkyu氏のインプレッサも一緒。 んで、そのまま桶川サーキットに行って、ジムカーナの参加申し込みをしてこよう、ということになった。 そこまで運転するのは、もちろん私。 公道を走ることも、今の私にとっては大切な練習だ。 大事なのは、簡単な作業の堅実な積み重ねなのである。 早速助手席にkyu氏、後部座席にT氏を乗せ、私は運転席に座った。 初めて乗ったアルトワークス。車内の匂い、シートの座り心地、ハンドルを握った感触。 すべてが新鮮、すべてが感動的。 なにしろアルトワークスといえば「GT3」にも登場し、ダイハツのミラと双璧をなす、軽スポーツの代表格。 ゲームでは軽自動車最強の名をほしいままにする、名車中の名車である。 そんなアルトワークスのハンドルを、今私が握っているのである。 「いや〜、緊張するなぁ」 妙なうれしさに、顔が思わずほころんでしまう。 「じゃあ、桶川までナビするから、安全運転でお願い」 とkyu氏。 「気をつけてね」 とT氏。 「大丈夫、制限速度は守るよ」 なんてなことを言いつつ、早速エンジンをかけ、ギアをバックに入れる。 軽くアクセルを踏んで回転数を上げると、水冷直列3気筒SOHCターボの名機F6Aが軽快にエンジン音を響かせてくれる。 「おおっ、いい感じじゃないの」 私は、慎重の上に慎重を重ね、ゆっくりとクラッチを離す。
エンストである。 アルトワークスは1mほど後退して止まってしまった。 以来、うんともすんとも言わない。 「………」 「………」 「………」 車内にはたっぷり3人分の沈黙。 私が呆然と固まっていると、kyu氏が半ば呆れつつ一言。 「とりあえず、エンジンかけて」 再びキーをまわしF6Aに火を入れる。 ギアはバックに入ったまま、もう一度アクセルと軽く踏み込み、クラッチを離す。
車内、3人の頭が前後に揺れまくり。 スムーズな発進、とは3光年ほど離れまくった調子でアルトワークスがギクシャク後退。 それでもなんとか路地に出ることに成功。 「ふぃぃぃ〜」 大きく息を吐く私、これで第一関門突破。次は前に進むレッスン。 今度はギアを一速に入れ、前進開始。
狭い路地を推定時速4キロで駆け抜け、これまた狭い直角右コーナーに差し掛かる。 「う、右折、ウィンカー、(ガッコン)あっ、クラッチ…、ぬぅ、そんなところに停めやがって、あっ、いかん、歩行者…、ぶ、ブレーキ、あれ?」
しかも、曲がり角で立ち往生である。 kyu氏、ジト目で私を見やりつつ、クールに指示を出す。 「とりあえず、バックして」 「わ、わかった…」 エンジンをかけ、ギアをバックに入れ、アクセルを踏み、クラッチを離す。
「………」 「………」 「………」 いっそう重苦しい沈黙に包まれる車内。 私は脂汗を滝のように流しつつ、いったい何回目か分からなくなったが、エンジンをかけ直し、1速にギアを変え、ゆ〜っくりと曲がり角をクリア。 第二関門突破。 続いて私の前方に飛び込んできた光景、それは…。 歩行者、正確には10人ほどの女子高生の群れである。 「歩行者怖い〜〜」 車内に私の悲鳴が響く。 こいつら、狭い路地なのにアルトワークスのぎりぎりを平然と通り過ぎやがるのだ。 「やめてくれ〜〜」 (注:グランツーリスモには歩行者はいません) 汗だくになりつつ、推定時速3キロで歩行者障害クリア。 そして一方通行の狭い路地をようやく抜けて右折、信号があるちょっと大きな道にいよいよ乗り出した。 乗り出したらいきなり信号が赤。今度は信号障害である。 もちろん止まる。 私の後ろにも車が止まる。 背後から伝わる無言のプレッシャー。 信号が青に変わる。 アクセルを踏み、クラッチを離す。
なんと、後ろに車がいるのにエンストをぶちかましてしまった。 背後からのプレッシャーが増加。「このプレッシャー、シャアか?(違)」 私はほとんどパニック状態のままエンジンをかけ直し、アクセルを踏み…過ぎた。 ぶおーん! 名機F6Aが咆哮する。 んで、パニック状態のままクラッチを離す。 ぎゅおーん! 軽量コンパクトなアルトワークスが暴力的な加速を見せる。 「うぎゃー」 完全にパニックになり、あわててアクセルを緩める。
kyu氏の指示が飛ぶ。 クラッチを踏み、今日初めての2速へギアチェンジ。 恐る恐るクラッチを離す。 ガクっ、と一瞬振動が来たが、アクセルを踏み込むと、アルトはようやくおとなしく走り出してくれた。 「ふぃぃぃ〜」 安堵の息を吐き出したところで、kyu氏が思いがけない指示を出してきた。 「ハザードつけて、そこに停めて」 言われたとおりにすると…。 「じゃあ、ドライバー交代。桶川までは俺が運転するから」
というか、わずか3周でエンジンブローした、F1モナコGPの佐藤琢磨の気持ちがなんとなく分かったような気がする。(ほんとか?) こうして、私のアルトワークスとのファーストコンタクトは、時間にしておよそ5分に満たず、走行距離も多分200mくらいで終了。 ショックと、運転の重圧から開放された脱力状態で私が助手席に腰掛けると、後ろにいたT氏から声がかかった。 「がんばって練習しないとね」 そうなのである。 自分の今の腕前をこれでもか、ってくらいに再確認したところで、更なる重圧が私にのしかかってきた。 なんといっても、あと1週間でジムカーナの大会に出なくてはならないのだ。 そしてそこから3週間で3回のサーキット走行が待っている。 …大丈夫か私? 桶川までの道のり、スムーズにアルトワークスを走らせるkyu氏のドラテクに、私は改めて感嘆した。 というか、マニュアル車ってこんなに運転難しかったっけ? ジムカーナの申込書を手に、私は改めて不安に襲われた。 ほんとに出場して大丈夫だろうか? そして、kyu氏の運転で我々は桶川サーキットに到着したのである。 で、悩んだ末(実はぜんぜん悩んでいないが)、私は覚悟を決め、申込書を出してきた。 たとえ失敗してもそれはそれでネタになる。 嗚呼、我が人生ネタ人生。 これで1週間後の5月30日、私のジムカーナデビューが正式に決定したのである。
まともにマニュアル車の運転すら出来ない状態から、どうやってジムカーナの大会に参加しようというのか。 無謀すぎる私の挑戦が今始まる! 果たして「GTで速いやつは実車でも速い」のか? 全国1千万人のグランツーリスモファンのために、直江雨続が激走する!
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